上弦は原作と同じように100年入れ替わりはありません。
炭治郎が胡蝶邸に来てから2週間が経っていた。その間に3~4度任務があったが、それ以外は屋敷でのんびりとした生活をしている。それもカナエ、しのぶ、アオイ、カナヲの目があるからであって、炭治郎本人は任務に向かいたい気持ちの方が大きいが、この前の様な事もありしばらくは体を休みめる事にした。
「炭治郎君、お茶が入ったわよ」
縁側に座っている炭治郎にカナエはお茶を渡す。そレは側から見るともう仲睦まじい夫婦にしか見えない。しかし二人ともそれを機にする様子も無く、ごく自然に接している。
「カナエさん、ありがとうございます。この前、御館様にこのお茶を持っていったら喜んでいたよ」
「本当?それはよかったわ。それより炭治郎君、今日は何かする予定はあるの?」
カナエは姿勢正しく腰を下ろしながら、お茶を飲む炭治郎に聞いてみるカナエは、どこかソワソワしているように見える。匂いでは何か落ち着かない事を察している炭治郎だが、何故そうなのかは分かっていない。
「今日は特に何も。軽く刀でも振ろうかと思ってるくらいですよ」
「そう、それじゃその後に街にでも行かない?久々にお出かけしたくて」
「買い物なら女性同士、しのぶとかカナヲを誘えばいいのでは?」
「私は炭治郎君とお買い物したいの。ダメかしら?」
普段から世話なっているカナエの頼みを断れる訳もなく、炭治郎は快く返事をした。するとカナエからは喜びの匂いが溢れてくる。それは一人ではなく、誰かと一緒に出かける事ができたのが嬉しいのか。それとも、自分と一緒に行けるから喜んでいるのか。はたまた他にも理由があるのか。少し考えようとしたが、答えが出る気がしなかったので早々に考える事を諦めた炭治郎は、隣で微笑んんでいるカナエを少し見つめると、再びお茶に口をつけた。
「ねぇねぇ炭治郎君、このお椀素敵だと思わない?この前割っちゃったから買おうと思っているのだけど、どうかしら?」
街に来て数刻、炭治郎とカナエは色々な店を歩き回り沢山の品物を見ていた。その中でも幾つかの物を購入し、炭治郎が荷物を受け持っている。その殆どがカナエが購入すると決めた物だが、炭治郎は少し気になっている事があった。
「あの、カナエさん。そのお椀もいいと思うんですが、その、カナエさんが欲しい物を買わなくてもいいんですか?」
「自分の?買ってるわよ?」
「いや、そうじゃなくて。自分だけの物っていうか、何か飾り物とか買わないんですか?先程から見ているだけで買おうともしていなかったし」
カナエも22歳、思春期はとうに終えているとしても、まだお洒落などしたい年のはず。気を遣っていない訳ではないが、やはり鬼殺隊の隊士、それも柱という重役の立場であるが故なのか、同じ年頃の女性と比べると遠慮しているように見えた。唯一持っている飾り物も、今付けている蝶形の簪と身に纏っている衣くらいで、他の物を見た事がない。
「そうね。欲しくないという訳じゃないのよ?でも、なんと言うか・・・私には何か遠いものかなって思っちゃってね」
「そうですか・・・」
二人の間に沈黙が訪れる。何か気に触る事を言った訳でも、言われたくない事を聞かれた訳でもない。だが何か重たい空気が二人を包んでいる事だけは分かった。このままではいけないと感じた炭治郎は、他の店に行こうと提案しようとした時だった。
「お、おい!向こうで煙が上がっているぞ!」
「「 !? 」」
その声に二人は周りを見渡す。するとさっきの声の持ち主であろう男が、焦った様子で向こう側を指差していた。その方角を見てみると、確かに煙が上がっている。しかも一箇所ではなく、全部で三箇所もだ。その三箇所はそれぞれ500メートルほど離れている様にも見えた。しかも煙の様子を見ると、かなり大きな火事になりかけている。早く鎮火しなければ街全体に火の手が回りかねない。
「くっ!カナエさん!僕は右の方に行きます!カナエさんは左の方からお願いします!」
「分かったわ!」
必要最低限の会話をすると二人はそれぞれ目標地に向かった。炭治郎はさっきまで持っていた荷物をその場に放置するが、人命がかかっているこの状況ではカナエもその事に関して気にしている様子は全くない。
二人はものの二分足らずで火事が起こっている現場に到着。そこで二人がそれぞれ目にしたのは、異常とも言える炎の上がり方だった。まるで渦を巻いているような巨大な炎。建物は一階建てで約5メートル。その建物を包む炎は10メートルはあるだろう。これほどのものとなると、熱風で近づけないはずだが、炭治郎があと数歩の所まで近づいても熱が伝わってこない。
「なんだこの炎は・・・。熱くはない。けど、建物を燃やしている」
「お、おい兄ちゃん!その火に近づいちゃいけねえ!さっき、試しに水をかけてみたんだが、一気に蒸発した。触ったら間違いなく大怪我しちまうぞ!」
炭治郎がどうするか考えている時、酒屋の店を営んでいる中年の男が炭治郎に注意を促した。
いくら近づいても熱を感じず、触れればただでは済まない炎。ここまで条件が揃っていれば、考えうる可能性はただ一つ。血気術しかないだろう。だが今は真っ昼間で、鬼が活動できる環境下ではない。そこに関して幾つかの可能性が考えられなくも無いが、今はそんな事を気にしている場合じゃない。
「あの!この建物の中に人はいましたか!?」
「あ、あぁ。普段人が来ない金物屋で、そこのオヤジが逃げ遅れたみたいなんだ・・・」
一人、逃げ遅れている人がいる。であれば、ここをこのまま立ち去る訳にはいかない。血気術で起こしたかも知れない巨大な炎、普通の人間ならばても足も出せず、ただ傍観していることしか出来ない。だが鬼殺隊は別であり、その中でも炭治郎は普通の隊士ではない。
さっきまで隠していた刀に手を付ける。だがその刀を周りの人に見せる訳にはいかない。そのために深く深く呼吸をする。その呼吸音は普通の呼吸の何倍も大きい。鬼殺隊になるために必ず身につけなければいけない呼吸方法『全集中の呼吸』。酸素を大量に取り込む事により血流、心拍数を上昇させ身体能力を最大限まで高める。
『水の呼吸
炭治郎は居合いの要領で刀を抜き、鞘に納める。それは常人の目には止まらないスピードであり、なんの前触れもなく炎が二つに分かれた様に見えただろう。そして炭治郎の刀は建物に殆ど傷を付けてはいなかった。
「な、何が起こったんだ?」
「分からねえ。いきなり火が消えたぞ」
「もしかして、あの兄ちゃんが何かしたのか・・・?」
「いや、そんなはずねえ。人間がそんな事出来るはずがねえよ」
後ろの野次を気にする様子もなく、炭治郎は建物の中に入っていく。あの火事が起こってからどれくらい経ったのか、正確には分からない。だがここまで辿り着くまでに約2分、あの火の中に閉じ込められれば、生存の可能性は極めて低い。それでも放っておく訳にはいかなかった。
だが、結局その店の主人は見つかる事は無かった。最初から中にはいなかったのか、それとも骨までもの残らず燃え尽きてしまったのか。前者であって欲しいが今それを確かめている暇はない。柱であるカナエもいるとは言え、もたもたしている訳にはいかない。
「お、おい兄ちゃん。そこの店の親父は・・・?」
炭治郎に話しかけてきたのは、最初に注意をしてくれた男性だった。他の街人は目の前で立て続けに起こった出来事のせいで、炭治郎を警戒していた。だがその男性は全く気にしていない様子だった。
「姿は見えませんでした。どこかに出かけていたのか、それとも・・・」
「・・・そうか、分かったよ。兄ちゃん、向こう火事に行かなきゃいけないんだろ?オヤジの事はオレ達が探してみるから、早く言ってやってくれ」
炭治郎は刀を見せない様に抜いたため、他の人は炭治郎が何をしたのか正確には分からない。だがその男性は、あの炎を消したのは炭治郎だと察していた。
「ありがとうございます!」
炭治郎は男性にお礼を言うとすぐ様に火事の現場に向かった。
「あの兄ちゃん、一体何モンなんだ・・・」
結局その後、炭治郎が最初に駆けつけた火事現場の店主は見つからず、他の火事の被害にあった建物の住人も見つから無かった。だが、炭治郎は二軒目の現場で微かに鬼の臭いを見つけた。カナエには街の事を任せ、炭治郎は鬼を追う事に。その結果、街から4キロ離れた大きなボロ屋敷に辿り着いた。
「ひどい血の臭いだ。一体何人が犠牲に・・・」
炭治郎がたどり着いた時には既に日が落ち掛けていた。本来ならここで一旦退き、日が登るのを待ってから戦闘を開始するのが安全策だが、これ以上被害を増やすわけにも行かない。一気に仕掛けてカタをつけようと思った時、屋敷から大きな炎の柱が上がった。その柱はまるで大きな蛇のようにうねれりながら空を飛ぶ。それと同時に屋敷全体にも火の手が上がった。その炎は先程と同じで、大きな渦を巻き、建物自体を燃やしてはいない。
「ヒャーっハッハッハッハ!鬼狩りか!?鬼狩りだ!オレを殺しに鬼狩りが来やがった!」
空を渡る炎の柱から鬼であろう者の声が聞こえた。そしてその鬼は炭治郎に向かって突っ込んでくる。その炎は今までのとは違い、周囲に強烈な熱を放ち木々を燃やしていく。
「水の呼吸
炭治郎は静かに技を放つ。その突きは炭治郎に向かってくる炎を見事に真っ二つにし、その二つになった炎は炭治郎を素通りしていく。しかし鬼を切った手応えが無く、日輪刀にも鬼の血が付いていない。何より後ろから鬼の臭いがする。
「君が街の火事を引き起こしたのか?」
炭治郎は体の向きは変えず、顔と目だけを鬼に向け鬼に問う。鬼は先程の攻撃をかわしたらしく、獣のように四つん這いになりながら今にも襲ってきそうな体勢をしている。その目に理想など宿っている気配は全くなく、今まで見た鬼の中でも最も人間からかけ離れた様にも見えた。
「聞いてみ無駄みたいだな」
「オ、オマエモ、クウ!クッテヤル!アイツラミタイニィィィィイイ!」
炭治郎に襲いかかってくる鬼、だが炭治郎は冷静に対処する。スピードもパワーもあるが、ただそれだけの話。予備動作も大きく、フェイントも無ければ駆け引きもない。そんな鬼を相手に炭治郎は隙を付いてただ刀を振る。水の型も使わず、ただ鬼の頸を撫でるかのように。その事に気付かず、鬼の体は倒れ、頸は地を転がる。
「コロシテヤル!クッテヤル!オマエヲコロシテヤルゥゥゥゥウ!」
その言葉を最後に鬼は灰になって消えていった。この瞬間はいつも虚しい。自分が鬼になった事への後悔を抱きながら消える者。鬼になったからそこ、死への恐怖が強くなった者。まだ人間を殺したりないと思いながら消えていく者。どれをとっても幸せなど微塵も無い。そんな鬼が、どうしても可哀想でならないのだ。だが、そんな鬼を切らなければそれよりももっと多い悲劇が繰り返される。
「来世では、どうか幸せな人生を・・・」
「あ、炭治郎君!大丈夫だった?」
鬼を討伐してすぐにカナエの元に戻っきた炭治郎に、カナエはすぐに駆け寄る。炭治郎に親しい者以外は気付いてはいなが、鬼を討伐した後の炭治郎には少し影がかかっている事がある。
「えぇ、カナエさんの方はどうでしたか?」
「一人は助けられたど、二人助けられなかったわ・・・」
「僕も、助けられませんでした」
助けられなかった命はこれまで多くあった。名前も知らない人、顔も見た事ない人、助けを求められても助けられなかった人。それでも慣れない。だがそれは人間として正しいのだ。耀哉やカナエが炭治郎の思いを知ったら、慣れてはいけないと一喝されるだろう。それならやる事は一つだけだ。そしてそれは今までやってきた事と何ら変わりがない。
「・・・もっと強くならないと」
こんな悲劇をこれ以上出したくない。少しでも、目の届く範囲だけなんて言いたくない。苦しんでいる人全てを助けたい。だから僕は貪欲なまでに、強さを求める。それがこの身を蝕んでいこうとも