ポケットモンスターHEXA BRAVE   作:オンドゥル大使

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第三章 六節「結成、ブレイブヘキサ」

 エドガーからの通信を受け、ランポは入り口に視線を投じる。

 

 モンスターボールの緊急射出ボタンに指をかけ、ボタンを押し込んだ。中から現れた紫色の体躯をした人型がぐぐっと喉の奥から鳴き声を漏らす。オレンジ色の鉤爪を翳し、ドクロッグが戦闘状態の構えをした。人の喚き声が聞こえてくる。我先にと駆け出してきたスーツ姿の男の前にランポは歩み出た。

 

「な、何だよ、あんた。退けよ!」

 

 叫んでランポに掴みかかろうとした男の腕をドクロッグがねじ上げた。男を肩に担ぎ、滑らかな巴投げを決める。男は背中から地面に叩きつけられた。その様子を見ていた後から来た客達がどよめく。ランポは、「リヴァイヴ団だ」と告げる。

 

「ウィルの反社会的行為を見逃すわけにはいかない。あなた方は金で揉み消せるだろうが、ウィルの蛮行は世に知らしめなければならない。そのためにあなた方には人質になってもらう」

 

 ランポの放った言葉に、「テロリストが」と誰かが忌々しげに口にした。ランポがそちらへと目を向ける。誰が言ったのか、全員が顔を見合わせていた。

 

「ああ、あなた方からすれば我々はテロリストだろう。しかし、あなた方は違法な金を賭けていたのと同じ手で同じ口で、家族を愛し家族を守るというのか? それはとんだ詭弁ではないのか」

 

 ランポの言葉に誰も言い返す者はいなかった。ポケッチの通信モードでテクワへと繋ぐ。左手を耳元に翳し、「テクワ、そちらから見えるか?」と尋ねる。

 

『ああ、見えてるぜ、ランポ。あんたの指示通り、このビルからなら逃げようっていう連中の浅はかな考えが丸見えだ』

 

 ランポは次いで、マキシに繋いだ。『どうした?』と不機嫌そうなマキシの声が聞こえてくる。

 

「そちらこそどうした? えらく不機嫌そうじゃないか」

 

『俺の制止を無視して行こうとした奴がいたからちょっと黙らせた。殺してはいない』

 

「ああ、それが重要だ。殺すな。彼らはウィルに加担していたとはいえ民間人。それにここは公衆の面前だ。リヴァイヴ団のイメージを下げることになるからな」

 

『了解』の復誦が返り、ランポは息をついた。今度はミツヤへと繋ぐ。

 

「ミツヤ。予定通り、エドガーの仕入れてきた情報はどうなっている?」

 

『全て順調ですよ。ネットに情報拡散するまでの十分間。それだけ凌いでくれれば後はどうにでもなります』

 

「そうか」とランポは通信モードをオフにした。これから対処すべき事は十分間、客達の動向を見張る事と外からの援軍に注意する事だ。客の中の誰かがひそかにウィルを呼ばないとも限らない。いや、もしかしたら既に呼んでいるのかもしれない。そうなった場合、ランポはユウキ達が脱出するまでの時間を稼がねばならない。十分間あればどうにでもなるとミツヤは言ったが、実際、その十分間が命運を分ける。こちらではさばききれないほどの援軍を呼ばれればそれまでだ。ミツヤが情報を見張っているはずだったが、同時進行でどこまで間に合うか。胸の奥から溢れ出しそうな不安を押し殺し、ランポは顔を上げた。

 

「何もしなければ危害を加えない。ただ大人しくしていて欲しい」

 

 ランポの呼びかけに客達のささくれ立った気性が凪いでいくのが分かった。どうにか自分の言葉が通じる間はもってくれ。その願いを胸に目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ達がニシダを人質にして上がってきた時には、既に客達の喧騒は収まっていた。入り口のところで夜風に長髪をなびかせたランポがポケットに両手をいれて佇んでいる。

 

「遅いぞ」

 

 開口一番に放たれたのがそれだった。エドガーがなかなか起き上がらなかったために遅くなったのだ。ふらふらと頭を揺らすエドガーは満身創痍に見えた。

 

「ああ、悪い」

 

「エドガー。その具合を見たところ、相当やられたらしいな」

 

「ちょっと無茶したか」

 

 エドガーがくわえた煙草から灰が落ちるのをユウキは見ている。まるで都会の空気に汚れた雪のようだった。だが、雪よりも美しい。エドガーの魂の輝きが見えた気がした。エドガーはニシダを縛っていた手を離し、その背中を蹴りつけた。ニシダが、「ひい」と短い悲鳴を上げる。もうニシダに抵抗の気力があるようには見えなかった。

 

「恐らくウィルがそろそろ察知してくる。こいつを置いてとんずらしよう」

 

「ランポ。客達はどうしたんです?」

 

 ユウキが尋ねると、ランポは、「逃がしたよ」と短く告げた。思わず、「えっ」と聞き返す。

 

「彼らにも罪はある。だが、俺達が裁くのはあくまでウィルだ。民間人じゃない。そこを取り違えれば、取り返しのつかないことになる」

 

 ランポの言葉にユウキは承服した。ランポはあくまで大きな支配存在としてのウィルを敵対対象としている。狂乱に興じていた人々は自らの罪を自らで購う事になるだろう。きっと、そのほうが暴力で解決するよりも重たい結末になる。ランポはそれを知って、客達を逃がしたのだ。

 

「さぁ、行こう。俺達が捕まっているんじゃ世話ないからな」

 

 ランポの言葉にユウキは歩き出した。エドガーはランポの肩を借りている。いつの間にか追いついてきたマキシが一行に加わった。

 

「マキシ。今回はどうでしたか?」

 

「殺しちゃいけないんだ。やりづらかったよ」

 

 淡々とした返事はマキシらしい。彼は本当にやりづらかったのだろう。戦うだけの人生において手加減ほど難しいものはない。ユウキ達は二台タクシーを拾ってF地区手前まで乗って行った。エドガーとマキシ、ユウキとランポの組み合わせだった。車中でランポは唐突に尋ねた。

 

「どうだった?」

 

 初任務の事と、エドガーの事を訊いているのだろうが、どっちなのか分からなかった。

 

「どっちですか?」

 

「両方だ。お前はどう思った? 俺達の在り方を」

 

 ユウキはちらりと運転手を見やる。来た時と違い、帰り道の運転手は無口だった。水を差される心配はないだろう。

 

「正直、僕は今回の任務を失敗の寸前まで追い込んでしまいました。自分の勝負に熱中し過ぎて、本当の、大きな目的を見失っていたんです」

 

「エドガーから聞いている。だが、結果的にお前達はウィルの悪行を暴く事が出来た」

 

「違うんです、ランポ。結果じゃない。僕は、あと一歩間違えば、とんでもないミスを犯すところだった」

 

 ユウキは頭を振った。結果がいい方向に転がったのは偶然だ。エドガーが地下闘技場で殺され、自分も口を封じられた可能性は充分にあった。ランポは窓の外を眺めながら、「そう気に病むな」と口にした。ランポを見やる。その眼にはコウエツシティの極彩色のイルミネーションが映っている。

 

「確かに結果論ではない。物事はそう単純でない事は入団試験の時に実感したはずだ。結果に至る過程、お前の心の内を教えてくれ」

 

「僕の、心の内……」

 

 呟くように発した声に、「そうだ」とランポが押し被せる。ランポは窓の反射越しにユウキを見据えていた。

 

「お前とエドガーを組ませたのは俺にとっても賭けだった。吉と出るか凶と出るか分からなかったわけだが、俺はお前らを信じていた。たとえば、二つの荒波があるとしよう」

 

 ランポが手元に視線を落として両手の人差し指を立てた。人差し指同士を磁石のように引き合わせる。

 

「荒波は反発し合い、さらに強大な波となる。辺りを巻き込む大しけだ。しかし、こうも考えられないか。荒波同士がぶつかった事で大きな一つの巨大な力になったと」

 

「その大きな力が、今回の事を成したと?」

 

「俺はお前を買っている。エドガーの事も信頼している。だから、今回のような無茶な任務を任せられた」

 

「無茶だって、自覚はあったんですね」

 

 ユウキは少し微笑んだ。ランポは口元に笑みを浮かべる。

 

「任務はいつだって無茶さ。俺達、下っ端に与えられるものなんてな。その無茶を道理でこじ開けるか、閉ざすかはそいつら次第だ。俺達はこじ開ける側につきたいと考えている。それだけの事だ」

 

 何でもない事のようにランポは言う。しかし、真実のところではそれは相当な困難を伴う生き方だ。一種、不器用ですらある。

 

 だが、前に進む足を止めるか歩みを進めるかはその人間の矜持次第だ。どこまで自分達にプライドが持てるか。それにかかっている。エドガーはプライドを全うした。ならば自分は、とユウキは問いかける。エドガーを救うために隠し通すつもりだった退化の能力を晒した。これも覚悟のうちなのだろうか。

 

「ユウキ。言いたくないのなら言わなくてもいい」

 

 まるでユウキが退化の能力の事を言うべきか逡巡したのを見通したような口調だった。事実、ランポには全てお見通しなのかもしれない。ユウキは静かに目を閉じた。

 

「ランポ。僕はあなたのチームの部下だ。聞いて欲しい。僕のポケモンの能力の事を」

 

 車のクラクションが鳴り響く。ユウキはテッカニンとヌケニンの有する退化の能力と、自分の戦術を打ち明けた。ランポはさして驚く事なく、当然の出来事のように受け止めた。

 

「そうか。退化は机上の空論かと思ったが実在していたとはな。一晩では二体に分離できないという事か」

 

「ええ。この事を知っているのは、エドガーとランポだけです」

 

「情報の共有はもちろんされるべきだと俺は考えている。ただし、それはお前がここにいて正解だったと思えた時でいい。今は俺の胸の中で留めておこう。他の連中にも一つや二つは知られたくない秘密がある。それを開く鍵が信頼だ」

 

「僕はエドガーを信じました。一発逆転の策があると言ったエドガーを。だから、僕も信頼して一撃を止めてみせると言ったんです」

 

「命を背中合わせに預けているのなら、それは当然の帰結だろう」

 

 ランポの言葉にユウキは、まさかあの状況を狙っていたのかと勘繰ってしまいそうになった。エドガーかユウキが危機に陥り、命を預けあう状況になるという事をランポは最初から読んでいたのではないか。少し考えてから、まさか、と否定する。いくらランポといえども、そこまでは読めるはずがないと考えたからだ。

 

「俺達はいびつだ」

 

 告げられた言葉に思案の海に沈んでいたユウキは一瞬、反応が遅れた。ユウキがランポに目を向けると、ランポもユウキを見つめていた。

 

「いびつ、ですか」

 

「そうさ。まだ本当の信頼関係に至っていない。俺だけがお前ら全員の秘密を知っている。だが、お前ら同士ではお互いの事は分かっていない。本当の信頼とは、ユウキ、背中を預けるまでもなく命を投げ出せる事だと考えている」

 

「命を投げ出す……」

 

「そうだ。間違うなよ、捨てるんじゃない。捨てるのは愚か者だ。投げ出せるという事は誰かの事を自分の事のように考えられるという事だ。一人は皆のために、皆は一人のために。青臭い理想論だが、俺はそれを振り翳す」

 

 ランポは自分で言った事が可笑しかったのか少し吹き出した。ユウキは笑う気にはなれなかった。非情な組織の中でそれでも希望の一筋を見出す。ランポの行動は暗闇の中で砂金を見出すかのごとく難しい事なのかもしれない。しかし、それをやろうとしている。それすら覚悟だ。自分の行動に責任を持っている。

 

「やっぱり、僕はまだまだですよ。そうまで考えられない。自分の事で精一杯で」

 

 今回のカジノの件でエドガーに余計な心労をかけてしまった自分の事を恥じる。ランポは、「恥じ入るという事は」と口にした。

 

「これから成長できるという事だ。お前は成長の機会を得た。いっその事、今回の報酬はそれでいいんじゃないか?」

 

 フッと口元を緩めたので、それがランポの冗談だという事が分かった。ユウキは気安い口調で返す。

 

「何ですか、それ。僕だって普通の報酬が欲しいですよ」

 

 唇を尖らせると、ランポが微笑んだ。しかし、次の瞬間には真面目な表情の中に消え入っていた。

 

「エドガーや俺達と、うまくやっていけそうか?」

 

「分かりませんよ。でも、光が見えた。そんな気がするんです」

 

 ユウキの答えにランポは満足したようでそれ以上言葉を重ねようとはしなかった。タクシーがF地区の前で停車する。ランポが金を払い、ユウキ達はF地区へと戻ってきた。「BARコウエツ」へと続く階段をランポに肩を貸してもらったエドガーが降りていく。マキシとユウキはそれに続いた。ジャズの穏やかな調べが聞こえてきて、ユウキは帰ってきたのだという認識を新たにした。

 

「おかえりなさい」と店主がグラスを拭きながら口元に笑みを浮かべる。「ああ、ただいま」とランポが返した。エドガーを近くの椅子に降ろし、ランポは定位置のカウンター席に座った。

 

 ミツヤはノート端末を取り出し、キーを忙しく叩いている。テーブルの上には角ばったピンクと水色を基調とした鳥型のポケモンが置かれていた。端末と繋がっており、緑色の電気信号が血脈のように浮き上がっている。ミツヤが説明するつもりがないようなので、ランポが補足した。

 

「ポリゴンを使って情報伝達速度を高めている。ミツヤの戦い方だ」

 

 ミツヤは特に訂正するつもりはないらしい。一心にキーを叩いている。それを見て、この人も戦っているとユウキは実感した。

 

「いつものを」と注文すると、店主はランポの前にオレンジ色のカクテルを置いた。どうやらランポが飲むものは決まっているらしい。エドガーも、「いつものをくれ」と呻く。まだ痛みが尾を引いているらしかった。店主は奥へと引き下がり、サイコソーダの入ったグラスを持ってきた。ユウキが目を見開いていると、エドガーは微かに笑った。

 

「俺は下戸だ。ビールで吐く」

 

 そう言ってサイコソーダを一気に飲み干した。これもまた、秘密の一面だったのだろう。ユウキは微笑ましい気分になった。しばらくジャズの音に耳を澄ませていると、扉が開いた。

 

 現れたのはテクワと見ず知らずの男だった。仕立てのいいスーツを着込んでおり、髪を撫で付けている。入団試験の黒服や試験官と纏っている空気は似ている。しかし、温厚な眼をしており、少し頼りなさげに見えた。四〇くらいの歳に見える。テクワがライフルの銃口を男の後頭部に向けている。銃口は確か固められていたはずだったが、知らなければ充分な凶器だろう。

 

「ランポ。こいつ、この店の周りをうろちょろしてたから締め上げてきた。誰なんだ? まさかウィルか?」

 

「私がウィルだって?」

 

 男が卑屈に顔を歪める。テクワが銃口を押し付けようとすると、ランポが急に立ち上がった。

 

「馬鹿野郎! テクワ! その銃口を退けろ!」

 

 平時のランポとは思えない口調にテクワは困惑の表情を浮かべる。ユウキも気持ちは同じだった。

 

「えっ……、でもよ」

 

「その方の胸元を見ろ」

 

 ユウキ達は男の胸元を注視した。見ると、「R」を逆転させたバッジがつけられていた。リヴァイヴ団だと感じた瞬間、ランポが歩み寄ってテクワの銃口を退けさせた。テクワが両手を上げて、「知らなかったんだよ」と弁解の笑みを浮かべる。ランポは振り返って声を張り上げた。

 

「この人は俺達に任務を下してくれる直属の上司、レインさんだ。全員、立て!」

 

 その言葉に先ほどまでキーを打っていたミツヤまでも立ち上がり、恭しく頭を下げた。怪我をしているエドガーも同様だった。ユウキとマキシは顔を見合わせ、立ち上がってそれに倣った。レインと呼ばれた男は、「いやいや」と謙遜するように手を振った。

 

「堅苦しいのはなしにしよう。今回の働き、ご苦労だった」

 

「いえ。運がよかっただけです」

 

 ランポも頭を下げたが、レインは、「頭を上げたまえ、ランポ。それにチームの者達よ」と言った。その言葉でランポがゆっくりと頭を上げる。それでも尊敬の念は持っているようで、物腰が少し低かった。

 

「それで、今日はどのようなご用事で」

 

「うん。今回、ウィルのコウエツカジノでの違法な賭けの実態を暴けた。ウィルは情報封鎖に躍起になっているが、もうネットにも出回っている。明日の朝刊の一面はこれで決まりだな」

 

 レインが笑みを浮かべる。どこか気安い笑みだった。店主へと視線を向けると、「いつものですね」と店主はバーボンの瓶を取り出した。

 

「いつもすまないね」

 

「いえ。この酒の価値が分かるのはあなたぐらいですから」

 

 店主が笑うとレインも破顔一笑した。どうやら店主とは対等な地位にあるようだ。それとも旧知の仲なのだろうか。勘繰っても答えは出そうになかった。

 

「さて、作戦の報酬だがいつもの口座に振り込んである。チームで割り分けたまえ。それと今回の作戦の成果を、上は高く評価してくれている。以前話していたチーム名、喜ぶべき話だ、名乗ってもいいと」

 

「本当ですか?」とランポが声を上げる。ミツヤが手を上げた。

 

「じゃあ、イービルアイズで!」

 

 ミツヤの声にレインは、「若いっていいね」と笑った。ランポは少し気後れした笑みを浮かべる。

 

「他の者、案はあるか?」

 

 ランポの声にエドガーは沈黙していた。ユウキはおずおずと手を上げる。

 

「何だ? ユウキ」

 

「ブレイブヘキサ、という名前を提案します」

 

 その言葉にレインは、「ほう」と声を漏らした。顎に手を添えて、「君達が、ヘキサの名を名乗るか」と意味ありげに呟く。ユウキは名前の由来を説明しようとしたが、その前にランポが全員を見た。

 

「他の案は? なければ多数決に移る」

 

「だから、イービルアイズですって」とミツヤが言うのをエドガーが無視して、「いいんじゃないか」と言った。

 

「ブレイブヘキサ。悪くないと思うがな」

 

 エドガーの声にミツヤが衝撃的な顔をした。テクワも口を開く。

 

「俺も、それがいいと思う」

 

 マキシは無言で頷いた。

 

「ミツヤは? どうだ、反対意見」

 

 ランポに問いかけられ、ミツヤは渋々と言ったように顔をしかめた。

 

「多数決なんでしょう。だったら、俺の意見はいいですよ」

 

 ミツヤがユウキを睨みつける。ユウキはばつが悪そうに顔を伏せた。エドガーが小さく声をかける。

 

「伏せんな。自信持て」

 

 その声にユウキは顔を上げた。エドガーは口にした言葉を自分のものではないかのように振舞った。ランポが全員と目を合わせ、レインへと向き直る。

 

「俺達は今日から、チームブレイブヘキサを名乗ります」

 

 レインが一つ頷き、「いいだろう」と口にした。

 

「君達は今日からブレイブヘキサを名乗りたまえ。リヴァイヴ団の名において許可する」

 

 その言葉にランポが頭を下げた。

 

「感謝します」

 

「いいさ。しかし、ヘキサか。君達にはいささか皮肉に聞こえなくもないがね」

 

 その言葉が気になったが、テクワが、「よっしゃー!」と叫んだ事で気が紛れた。

 

「チーム名が決まったわけだ。ユウキ、お前が名付け親だぜ。誇り持てよな」

 

 テクワに指差されユウキは意味もなく緊張した。それを見越したように、エドガーが声をかける。

 

「気張るな。俺達でブレイブヘキサだ。お前だけのもんじゃない」

 

 その言葉はユウキの心を癒すのに充分だった。「はい」と頷き返すと、エドガーは口元に笑みを浮かべた。

 

「よっし。そうと決まれば祝杯だ! 飲むぞ!」

 

 テクワがマキシとユウキの肩を掴んで引き寄せる。ユウキが、「未成年ですよ」と返したが、「今日ぐらいいいって」とテクワは言った。

 

「ランポも、いいよな?」

 

 レインと話し込んでいたランポは、「ああ。いいんじゃないか」とおざなりに答えた。ランポとレインが何やら深刻な様子で話していたのが気にかかったが、それを吹き飛ばすような勢いでテクワが店主に注文した。

 

「あの甘ったるいサイコソーダ以外の。そうだな、あのオッサンと同じ奴」

 

 テクワが調子に乗ってレインを指差すと、ランポが叱責の声を飛ばした。

 

「テクワ。分を弁えろ!」

 

「ああ、いいって。若者はあれぐらい無鉄砲じゃないとね。しかし、少年よ。このバーボンはかなり度数が高いぞ。それでも挑むかね?」

 

「上等、上等!」とテクワは依然、上機嫌だった。ユウキにはそれが何かを無理やり頭から退けているように思えたのだが、ただ単に機嫌がよかっただけなのかもしれない。マキシへと視線を移すと、「あいつはいつもあんな感じだよ」という台詞が返ってきた。マキシが言うのだから、いつものテクワなのだろう。

 

「君もどうだい? 今回の功労者のわけだから」

 

 レインの勧めに、ユウキはやんわりと断った。

 

「いえ。僕はサイコソーダで」

 

「何だよ。ノリ悪いな。合わせろよな」

 

 テクワの小言に、エドガーが歩み寄って言った。

 

「いいんだよ。こいつはこいつのままで」

 

 エドガーがユウキの下にサイコソーダが運ばれてきたのを見て、「乾杯しよう」と提案した。

 

「賛成だな。初任務の成功を祝ってー」

 

 テクワがバーボンの入ったグラスを掲げて傾ける。既に酔っているような口調だった。レインもグラスを掲げる。マキシへはミックスオレが運ばれてきた。ランポもカクテルのグラスを掲げて合わせる。ミツヤだけが、「俺はパスでいいです」とキーを叩いて作業を続行した。

 

「では、諸君。君達のこれからのさらなる躍進を願って」

 

 レインの号令で全員がグラスを合わせた。

 

「乾杯!」

 

 合唱した声に、この場の一体感を感じる。ユウキが飲んだのはサイコソーダだったが、バーボンを飲んだレインやテクワと同じように浮き足立っている自分に気づいた。こうやって喜びは分かち合えるのだ。

 

「よっしゃ! 今日は飲むぞ!」

 

 テクワの声に、ユウキは、「僕はよしておきます」とランポに告げた。「いい心がけだ」とランポが薄く笑う。

 

「今日は宴会だ! マスター、飯も準備してくれ」

 

「おいおい。俺は怪我人なんだ。あんまり騒ぐと傷に障る」

 

「そうだな。エドガーは明日にでも病院に行くといい。今日ははめを外し過ぎるなよ」

 

 ランポの言葉に、「外さないっての」とエドガーが声を返す。店主が奥へと引き返して、何か食べ物を作ってこようとする。ユウキが、「僕も手伝います」と言うと店主は笑った。

 

「では、少しだけお手伝いをお願いしましょうか」

 

 ユウキは軽いつまみやピラフを作る事になった。カウンターを見ると既に出来上がっているテクワがレインに絡んでいる。絡み酒か、とユウキは呆れた。レインもそのような若者は見慣れているのか、適当にあしらっていた。ユウキは店主と顔を見合わせ、微笑んだ。この場にいる全員と繋がっている感覚がしたのはきっと間違いではなかったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仲間が寝静まってから、ランポはレインと共に店を出た。

 

 店主が片づけをしながら、すっかり酔っ払ってひとしきり暴れたテクワ達に毛布を被せている。他の面子も疲れが出たのか熟睡しているようだったが、ランポだけは眠る事が出来なかった。まるで予定調和のように朝霧のかかったF地区に出てレインはランポと話をする事になった。チーム名を名乗る、という意味をランポは重く見ていた。レインもそのランポの懸念事項を理解しているのか、「心配かね」と声をかけた。

 

「ええ。俺達は今までこれほど大きな仕事を成した事がなかった。だから、チンピラの喧嘩の調停や小さな揉め事を専門にやってきたわけなのですが」

 

 今まではそれが平穏な日々だと信じていた。だが、ユウキの目指すものに近づくためには今までのようなやり方では駄目だ。そう感じたランポが今回の任務を買って出たのだった。

 

「正直、私も驚いているよ。君達は、言い方は悪いがせこく生きていくものだと思っていたからね。あ、気に障ったのならば謝ろう」

 

「いえ。事実ですから」

 

 今まではエドガーとミツヤを抱えただけの組織の中では中間の位置にいた。ここで浮上するという事は内外から目をつけられるという事だ。今までのようなやり方では生きていけない。その上、今までのような任務も与えられない。

 

「チーム名を名乗る意味、君ならば分かると思うが」

 

「はい。リヴァイヴ団のために、命をかけるということですよね」

 

 今までは命を張るほどの大仕事はなかったが、これからは死と隣り合わせになる。それが何よりもランポの心を不安で満たしていた。この事を、本来ならば言うべきなのだろう。しかし、入ったばかりのユウキや今まで自分を支えてくれたエドガーやミツヤにはなかなか言い出せなかった。

 

「いずれ分かるさ。名前が背負う意味。それに気づく頃には後戻り出来なくなっているかもしれないが、いいのだね?」

 

 レインの声にランポは踵を揃えて佇まいを正した。

 

「はい。あいつらはあれでも覚悟がある。覚悟を胸に抱いてるから、先に進める」

 

「その覚悟の輝きを買って、やってもらいたい任務がある」

 

 早速か、とランポは感じたが顔には出さなかった。もうブレイブヘキサとして戦うと決定付けられたのだ。今さら、後には引けない。レインが左手首に巻かれたポケッチを差し出す。ランポもポケッチを突き出して翳した。データが赤外線で送られていく。

 

「ある人物の有するデータの保護と、安全な輸送を頼みたい。詳細はデータの中にある。私の口から言えるのは、その人物が我らリヴァイヴ団の根幹に関わっているという事だけだ」

 

「根幹、とは」

 

「言わずもがなだろう。ボスの事だよ」

 

 ランポは覚えず心臓が跳ね上がったのを感じた。ボスへと通じる手がかり。謎に包まれたリヴァイヴ団を解き明かす鍵が渡されたのだ。覚えず脈拍が早くなるのを感じながら、ランポは平静を努めた。

 

「その人物がいるのは?」

 

「人物とデータの保護が最重要だが、最悪どちらかでも構わない。ただ、忘れないで欲しいのは、もう既にウィルの手が迫っているという事だ」

 

「馬鹿な。速過ぎるでしょう」

 

 驚いて目を見開くランポへとレインは冷静な声を重ねた。

 

「それくらい、事は可及的速やかに行われねばならない。ウィルの実働部隊が動いている。奴らはその人物を消すつもりだ」

 

「……消す、ですって。だとするならば」

 

「そうだ。戦闘状況が想定される。明日の朝にも動き出してもらいたい」

 

 ランポはそれほどまでに事態が切迫している事に驚きを隠せずにいたが、やがて頷いた。

 

「分かりました。その人物の居場所は?」

 

「ああ、それは――」

 

 朝靄が煙る中、死地へと誘うかのような言葉が微かに響いた。ランポはその言葉を聞いて深く瞑目した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三章 了


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