ポケットモンスターHEXA BRAVE   作:オンドゥル大使

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第四章 七節「猫かぶり」

 コウエツシティに着いたのはその日の夕方頃だった。

 

 傾いた日差しが錆び付いたクレーンを照らし出し、濃い影を落としている。ユウキ達はレナを引き連れて、F地区へと向かった。F地区の入り口である鳥居を見るなりレナは、「酷いところね」と口にした。事実なので、誰も何も返さなかった。

 

 ユウキ達はF地区の住民達から一目置かれるリヴァイヴ団なので友好的に声をかけてくる浮浪者が多かったが、レナの姿を見るなり一様に目を丸くした。

 

「なんだい、女連れとは色気づいたね、エドガー」

 

「うるせぇ。こいつはただ保護対象だ」

 

「そんな事言っちゃって。その子はどうしたんだ? 白衣を着て、まるで医者だな」

 

「みたいなもんだ」

 

 エドガーがそう返すと、浮浪者達はクスクスと笑いながら通り過ぎていった。エドガーは額に手をやった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 ユウキがそう声をかけると、「正直、面倒だ」とエドガーが言葉を返した。

 

「だが俺達はランポに従う。それがチームのあり方だからな」

 

「ですね」とユウキが返すと、レナが声を上げた。

 

「ねぇ、そのランポって誰なの?」

 

「俺達のリーダーだ。もうすぐ会える」

 

 エドガーが振り向いて面倒そうに返すと、レナは髪をかき上げた。

 

「よく分からないけど、あなた達がそれほどまでに信頼する人って言うのはどんな人なのかは興味あるわ」

 

 レナの言葉を背中に受けながら、ユウキ達は「BARコウエツ」へと向かう階段の前に立った。レナが口元を押さえる。

 

「ここに入るの? 何だか不潔そうだけど」

 

「あんたがいた研究所に比べればな。だが、F地区ではまだ綺麗なほうだ」

 

 エドガーが階段に歩を進める。ユウキが続き、ミツヤがレナへと入るように促した。レナは不服そうに階段を降りていく。扉を開けると涼やかな音が迎えた。

 

「おう。作戦は無事に終わったみたいだな」

 

 テクワの声が最初に弾けた。サイコソーダをテーブル席で飲んでいる。マキシも一緒だった。テクワの視線がユウキの後ろにいるレナへと注がれる。テクワが立ち上がり、「あれ? カシワギ博士の確保じゃなかったの?」と無遠慮に歩み寄ってきた。それを見て、レナが眉間に皺を寄せる。

 

「ねぇ、この人がランポ?」

 

「違う。こいつは新入りだ。テクワ、下がってろ」

 

 エドガーの厳しい声にテクワは、「はいよ」と引き下がった。それでもレナを物珍しそうに見ている。全員が店へと入ると、店主が、「おかえりなさい」と言葉をかけた。「ああ、ただいま」とエドガーが声を返して周囲を見渡す。

 

「ランポは?」

 

「さっき出かけられたところですよ。入れ違いになってしまったようですね」

 

「そうか」とエドガーはテーブル席に座った。ミツヤもその奥へと歩んで、椅子に座る。ユウキも席につこうとすると、所在なさげにしているレナの姿が目に入り、「ああ」と声をかけた。

 

「どこでもどうぞ」

 

「どこでもって、あたし嫌よ。何だか汚いし」

 

 その言葉にユウキが店主へと目を向けた。店主は少しだけ眉をひそめたようだった。

 

「その方は?」

 

 警戒の眼差しを店主が注ぐ。エドガーが説明した。

 

「カシワギ博士の娘だ。研究所で唯一の生存者だった」

 

「娘? へぇ、どうりで。ユウキと同じぐらいじゃないのか」

 

 テクワの声にレナはつんと澄ました様子で顔を背けた。テクワが怪訝そうに見つめる。

 

「ユウキ、ちょっと」と手招きされたので、ユウキはテクワへと歩み寄った。「何ですか?」と尋ねると、テクワは声を潜める。

 

「何だよ、あの女。気にいらねぇぜ」

 

「僕らも困っていたんですよ」

 

 ユウキは肩を竦めた。頬杖をついてテクワがレナを見やる。

 

「野郎連中ばっかりで珍しい女だってのに、何も面白くねぇ」

 

「聞こえてるぞ、テクワ」

 

 エドガーの声にテクワは気後れしたようだった。マキシはレナの存在を特に気にするでもなく、サイコソーダを飲んでいる。ユウキが気を遣って、レナへと話しかけた。

 

「何か飲みますか?」

 

「じゃあ、ウイスキーを」

 

 レナの声にユウキは目を白黒させた。

 

「お酒は駄目ですよ」

 

「何で? あなた達は飲んでいるじゃない」

 

「俺のはサイコソーダ」

 

 テクワがグラスを掲げると、「黙って」とレナが鋭い声音で発した。

 

「心配ないわ。あたし酔わないから」

 

「駄目ですよ。そういうのは」

 

「何か飲むかって訊いてきたのはあなたでしょう。だったら、注文通りのものを出してよ」

 

 ユウキが声を詰まらせていると、店主がカウンターにグラスに入った飲み物を置いた。その音が静寂の中に波紋を浮かべたように響き渡る。

 

「チェリンボのウイスキーです。女性でも飲みやすいかと」

 

 チェリンボとはポケモンの一種で、甘いとされている。レナはつかつかとカウンターに歩み寄り、「気が利くわね」と言ってグラスを呷った。

 

 勢いづいて飲んでいるのを一同は黙って見ているしか出来なかった。レナが息をつき、グラスをカウンターに置く。

 

「おいしかったわ。ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 静かなやり取りが行われ、その場にいた全員が固まっていた。レナはカウンター席に座る。そこはランポの定位置だった。

 

「あ、レナさん。そこは駄目です」

 

「駄目って何がよ」

 

 レナは足を組んでふんぞり返る。ユウキは、「ランポの席なんです」と言ったが、レナは聞き届けた様子はなかった。

 

「はぁ? 何よ、さっきから駄目、駄目って。これじゃ保護じゃなくって誘拐だわ」

 

 両手を上げてレナが抗議の声を上げる。ユウキがエドガー達へと視線を巡らせた。全員、レナの処遇は決めかねているようだった。どう取り扱えばいいのか、まるで分からない男連中が、そろって渋面をつき合わせている。

 

 その時、からんと涼しげな音が聞こえた。全員が、そちらへと視線を向ける。

 

 ランポだった。入ってくるなり、空気が変わったのが分かった。レナを見やり、次いでユウキ達へと視線を配る。

 

「上と話をつけてきた。悪いな、遅れてしまって」

 

「いえ」とユウキが気圧されたように佇んでいると、ランポはレナの下へと真っ直ぐに向かった。レナはランポを見つめたまま硬直していた。ランポはレナの前に立つと、その場に跪いた。一瞬、誰もがランポが何をしているのか分からなかった。エドガーが腰を浮かしかけると、ランポが口を開く。

 

「この度の非礼、お詫びする。お父上は、残念だった。我々がもっと早くに動くべきだった」

 

 ランポの言葉にレナは、「……いえ」と今までとは違う空気を出していた。ランポは立ち上がって、「すまないが」と口にする。

 

「俺の席なんだ。君が座りたいというのならば構わないのだが」

 

「い、いえ。あたしこそ、知らないで」

 

 レナが席を立って譲った。ランポはカウンター席に座り、レナはテーブル席へと座った。一瞬にして立場が逆転したようだった。ランポが漂わせる風格にレナがたじろいだ結果なのだろう。

 

「今回の作戦の遂行、上は高く評価している。よくやってくれた、ユウキ、エドガー、ミツヤ」

 

「いえ。肝心のカシワギ博士を保護出来なかったんですから、ミスみたいなもんですよ」

 

 ミツヤの声に、「そうだな」とランポはカウンターに片肘をついた。

 

「しかし、カシワギ女史は研究データ全てが頭に入っていると聞いた。それは事実か?」

 

 ランポの質問に、レナは一拍遅れて返した。

 

「あ、はい。ちゃんと覚えています」

 

 その様子を見て、ランポが、「かしこまる必要はない」と首を振った。

 

「俺達は君を無理やり連れてきた。誘拐と言われても文句は言えない」

 

「いえ。正当な保護だと思っています。皆さんがいなければ、あたしの命はなかったでしょうから」

 

 先ほどと明らかに態度の違うレナに一同は辟易していたが、ランポはそれを察してかそれとも知らずか、「そう言っていただけると助かる」と口元を綻ばせた。

 

「リヴァイヴ団が野蛮人の集まりだと思われても仕方がない、と感じていたからな。R2ラボがいくらリヴァイヴ団寄りの研究施設だったとは言え、今回は実力行使だった。怖い目にも遭わせたかもしれない」

 

「いえ、そんな。皆さん、よくしてくださいました」

 

 その言葉にエドガーが目に見えて不愉快そうに顔をしかめたが、ランポは気にしていないようだった。

 

「ではカシワギ女史、いや、言いづらいな。レナ、と呼んでも構わないか」

 

 その言葉にレナは僅かに顔を上気させて、「はい」と控えめに頷いた。

 

「では、レナ。本題に入ろう。リヴァイヴ団の研究データ。書き出してもらえるか」

 

「書き出し、ですか。端末がないと……」

 

「端末なら、俺が持ってる」

 

 ミツヤがポリゴンと繋いだ端末を指し示した。レナがランポへと顔を向ける。

 

「あの、すぐには……」

 

 その言葉にランポは片手を上げた。

 

「ああ、了解している。俺達も焦っているつもりはない。二日三日はかけていただいて大丈夫だ」

 

 レナはホッと息をついて、「じゃあ、今からやります」と言った。ランポが取り成すように言葉を投げる。

 

「無理はしなくてもいい。まだ本調子ではないかもしれないだろう」

 

「いえ、あたしはリヴァイヴ団のために自分の力が役立つと言うのなら、それを示したいんです」

 

 レナの強い口調に、ランポは顎に手を添えて考え込む仕草をした。ランポの事だ。本当にレナの精神状態を気にしているのだろう。

 

「無理はしないと約束してくれ。そうでなければ保護した意味がない」

 

「分かっています」

 

「あと、もう一つ」

 

 ランポが指を一本立てた。レナが首を傾げていると、ランポが言い放つ。

 

「俺達の中では敬語は不要だ。さっきまで話していたように、俺の前でも話してくれて構わない」

 

 その声にレナがぼっと顔を赤くさせた。

 

 ミツヤが吹き出し、エドガーが笑みを浮かべる。テクワもしてやったりとでも言うべき笑みを浮かべていた。

 

「聞いていたのね。趣味が悪い」

 

 先ほどまでの口調に戻ったレナが、肩を荒立たせた。

 

「聞こえたのだから仕方がない。表裏はこの際、必要ないと俺は感じる」

 

「本当。その通りだわ」

 

 レナがランポから顔を背けて、ミツヤの端末を引っ掴んだ。ポリゴンがテーブルの上を滑る。

 

「おいおい、慎重に扱ってくれよ」

 

「分かっているわよ!」

 

 叫び返したレナが椅子にどんと座ってキーを打ち始めた。一同は顔を見合わせる。ユウキと目を合わせたランポが薄く微笑んだ。

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