ポケットモンスターHEXA BRAVE   作:オンドゥル大使

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第六章 十二節「BEYONDⅠ」

 紙を繰りながら、ランポは額の汗を拭った。

 

 もう何度目だ、と頭の中で反芻する。何度読んでも、自分が口から発する言葉とは思えなかった。仰々しい言葉が並び立ち、言葉の節々に滲むのは傲慢さだった。

 

「まるで八年前のロケット団総帥だ」

 

 ヘキサの首領、キシベと言わなかったのは、私怨ではないからだ。組織のために読み上げなくてはならない。重責だった。ランポはポケッチの時計機能を見やる。一時間前には準備をしていなければならない。リハーサルなしの一発勝負。これに敗れれば、リヴァイヴ団は大きく戦力を削がれる事となるだろう。自分の言葉一つに組織の命運がかかっている。ランポは息を吐き出して、「重たいな」と呟いた。慌てて首を横に振り、そのような感傷を振り落とす。今は囚われている場合ではない。そうは分かっていても、割り切れないのが実情だった。ため息をつくと、扉がノックされた。「どうぞ」と声を出すと、現れたのは腹心に仕えていた紳士だった。長身痩躯で、腹心とは正反対だ。

 

「そろそろお時間です」

 

「もう、ですか」

 

 ランポは時計を再び見やった。「入念な準備がありますので」と紳士は告げた。ランポはまだ頭に完全に入ったわけではない原稿をその場に置いて、「分かりました。行きましょう」と襟元を整え立ち上がる。紳士が頷いて、ランポを促して部屋から出た。

 

 次に落ち着けるのはいつになるだろうと考えると一時的とはいえ寝泊りしていた部屋が恋しくなる。だが、やはり脳裏に描くのはコウエツシティの自宅とBARコウエツだった。マスターは元気でやっているだろうか。自分達のとばっちりを受けていないだろうか。今さらの心配が過ぎり、ランポは顔を伏せていると、前方から歩いてくる影が見えた。顔を上げて見やると、オレンジ色のジャケットを着込んだユウキだった。真っ直ぐにランポを見据えている。ランポは指揮官の顔になって、ユウキとすれ違い様に言葉を交わした。

 

「レナの護衛はどうなっている。お前に命じたのは俺の見送りではない」

 

「レナさんも承諾してくれました」

 

「それでも、一時的に任務を放棄していい理由にはならない」

 

「ランポ」

 

 短く名を呼ばれ、ランポは身を強張らせた。ユウキはただ一言だけ添えた。

 

「お気をつけて」

 

 言葉以上の意思を携えた声にランポは感極まりそうになりながらもぐっと堪えた。無機質に返す。

 

「お前もな」

 

 それでも抑えきれない情が滲み出ていたのかもしれない。これ以上言葉を交わせば、自分は任務を全う出来なくなる。それをお互いに感じたのか、同時に歩き出していた。ユウキの足音が遠ざかっていく。ランポはこれが決意の足音だと感じた。離れていくのは怖い。だが、託してくれてもいる。その意志を無駄には出来ない。

 

「よろしいので?」

 

 紳士が尋ねる。ランポは、「はい」と一言で片付けた。

 

「しかし、部下だったのでは」と続ける紳士に、「部下はいません」とランポは返す。

 

「では、どのようなご関係で?」

 

「いるのは仲間だけです」

 

 その言葉に紳士は暫時、面食らったようにランポを見やっていたが、やがて前を向いて歩いた。紳士に連れられ、リヴァイヴ団の中でも一握りしか知らない演説会場に導かれた。

 

 演説会場はワンフロアを貸し切った形となる。カメラが並び立てられ、ランポ一人が立つであろう演説台を映していた。あの場所に自分が立つのだ。そう思うと指先が震えだすのを感じる。ランポは手首を掴んで、震えを鎮めようとした。拳を固めて、ランポは深く息を吸う。腹心の姿も、ボスの姿もなかった。

 

 影武者である自分には結局、ボスの足取りを掴む事は出来なかったわけだ。あるいはこれからボスと会えるのかもしれないが、ユウキと示し合わせた計画ではない。最早、独自の判断が求められていた。見渡すと、先ほどまでいた紳士の姿もない。腹心のボディーガードであるのだから、いつまでもランポに張り付いているわけにもいかないのだろう。恐らくはレナ引き渡しに付き添うはずだ。

 

「ユウキ。頼んだぞ」

 

 託すしかなかった。最後にユウキと言葉を交わせただけでも充分だ。自分はこれから茨の道を歩いていく事となる。仲間と交わせる言葉はもう存在しない。あるのは部下という括りだけだ。

 

「ランポ様。演説台へ」

 

 撮影するリヴァイヴ団の団員が声をかける。ランポは、「ああ」と声を返して、マイクの用意された壇上へと向かう。これから先に発する言葉は全て、リヴァイヴ団のボスとしての言葉だ。自分のものであって自分のものではない。ランポは呼吸を整え、演説台についた。

 

 カメラが回り始める。一時間後には演説が始まろうとしていた。

 

 


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