さよなら実力至上主義の教室よ   作:漁利の夫

1 / 7
計らずも比企谷八幡はフラグを立てる。

       

   「中学生活を振り返って」

                            3年〇組 比企谷八幡

 

 今、現代社会は平等、平等と訴えて止まない。人種、性別、身分や性的指向などの違いによる差や偏見を取り払い、平等であるべきだと全世界が躍起になっている。それは決して悪いことではないが、裏を返せば人は生まれながらにして不平等であるからこそ、このような運動が活発になるのではないだろうか。

 世界という大きな枠組みから意識を外し、学校という小さな子供社会に目を向けると、この平等意識は途端に不鮮明なものになる。優れた容姿や学力、運動能力、特にコミュニケーション能力を備えた者は周囲からの好意や徳望を集め、順風満帆な学生生活を送る。逆にそれらを持ち合わせない者は疎まれ、避けられ、時には虐げられ、過酷な日々を過ごすことになる。この二者はとても平等とは言えないだろう。更に、先ほど挙げた4つの能力は遺伝、環境などに大きく依存し、それらを自らの手で改善することは不可能に近い。

つまり、人は生まれたときから個人差があり、その差は自分の手で埋めることは難しく集団に放り込まれることで如実に表れる。そうしてスクールカーストが構築され、勝者と敗者に二分されるのだ。

 結論を言おう。

 人はまったくもって不平等である。

 

 

 担任の平塚先生は額に青筋を立てながら、俺の作文を大声で読み上げた。

 こうして聞いていると、自分の文章力の稚拙さに気づかされる。小難しい単語を並べれば頭が良さそうに見えるんじゃないかという浅い考えが透けて見えるようだ。

 

「比企谷、これはなんだ」

 

「何って授業で出された課題ですけど」

 

「私は現代社会の平等主義についてなどという課題を出した覚えはない」

 

 平塚先生は呆れたように大きくため息をついた後、鋭い眼光を俺に向ける。俺はまるで蛇に睨まれた蛙のように硬直し、目を泳がせた。これがホントのヒキガエル、なんつって。

 

「い、いや、俺なりに中学生活を振り返った結果ですよ?日陰者の俺は日々の生活の中で不平等を実感しているわけです」

 

「確かに君に友人がいないことも女子に振られてからかわれていたのも知っているが、課題はちゃんと書け」

 

 おいおい急に傷口を抉ってきたよこの人、教師がすることかよ。というかなんで知ってんだ。イジメとまではいかないが結構精神的にきてるんだぞこっちは。

 

「知ってるなら助けるのが教師ってもんじゃないんですかね」

 

「大事にしたら君も困るだろう。それに本気で悩んでいるなら教師を辞めてでも助ける」

 

 いや滅茶苦茶カッコいいんですけど。漫画やアニメでしか聞いたことないぞそんなセリフ。平塚先生の目には一片の曇りもなく本気で言っていることがわかる。ヤンクミもびっくりの今時珍しい熱血教師だ。

 

 平塚先生は胸ポケットから煙草を取り出し、100円ライターでさっと火をつけると大きく煙をふかした。さっきの発言といい妙に男らしい。ここが喫煙可能スペースとはいえ、生徒の前で煙草なんて吸って問題にならないのだろうか。昨今そういうのにうるさいからな。

 

「ところで君は、進路先は決まったかね?」

 

「正確には決まっていないですけど、他の奴らが誰も行かなそうな高校を目指してます」

 

 俺はこの学校で数々の黒歴史を残してきたからな。もし進学先で同じ中学の奴がいたらたちまち噂は広まり、俺の平穏な生活は崩れ去るだろう。いや、誰からも相手にされなくなりある意味平穏な生活が送れるかもしれない。考えるだけで泣きそう。

 

「そうか、なら君に一つ進路先を勧めておこう。難易度は高いが、目指してみる価値は大いにある」

 

 そう言って平塚先生は俺にパンフレットを差し出した。そこにはこう書かれていた。

 

『高度育成高等学校』と。

 

 

 

***

 

 

 月日は流れて4月。入学式。俺は勉強に勉強を重ね、平塚先生に勧められた高度育成高等学校に見事合格した。今はその高度育成高等学校に向かうバスに乗車しているところだ。

 

 高度育成高等学校とは、日本政府が造り上げた未来を支えていく若者の育成を目的とした学校であり、希望する就職、進学先にほぼ100 % 応える全国屈指の名門校である。

 この謳い文句は確かに魅力的ではあるが、俺がこの学校を選んだ一番の理由は同じ中学の奴らが来れないだろうと踏んだからだ。俺は星の数、は言い過ぎにしても惑星の数ほどの黒歴史を中学校で残してきた。それを知っている奴が誰も居ない場所で心機一転、新しい学生生活を送りたいと願ってのことだった。

 さらに、この学校は授業料全額免除、全寮制で光熱費なども払う必要がなく、親の負担を大幅に減らすことができるのも魅力の一つだ。初めての一人暮らしは少し不安であるが、両親が仕事人間であまり家にいなかったため、ある程度の家事は身についているのでおそらく大丈夫だろう。

 

 ただ、政府主導の施設ともあって機密性が非常に高く、在学中の3年間は学校外部との接触を完全に禁止される。家族、特に最愛の妹である小町にしばらく会えないのは些か寂しい。

 

 

 

 ……嘘だ。些かどころではない。兎だったら間違いなく寂死してしまうレベルである。ちなみに寂死はサビシと読み、俺が今思いついて作った造語であるが、スマホでググったところ既に存在していた。くだらないことを考える奴もいるもんだ。

 

 そんなことはどうでもいいとして、俺と同じように小町も寂しがってるだろうか……。寂しがってないだろうな……。お兄ちゃんよかったじゃん!これで妹離れできるね!とか、お兄ちゃんが受かるなら小町も余裕では!?とか言ってたし……。

 

 

 

「ねえ、席譲ってもらえないかな」

 

 一人で勝手に感傷に浸っていたところ、走行音のみが微かに響く静かな車内からそんな声が聞こえた。反射的にそちらに目を向けると、高度育成高等学校の制服を着た人懐っこそうな茶髪ショートの美少女が、これまた同じ制服を着た横柄な態度の金髪ロン毛男に話しかけていた。

 

「そこ、優先座席だし……お婆さんに座ってもらったほうがいいと思うの」

 

 どうやら金髪ロン毛は近くで年寄りが立っているにも関わらず、堂々と優先席を占領しているようだった。

 

「おやおや、プリティーガール。優先席は優先席であって法的な義務は存在しない。若者だから席を譲れと?ハッハッハ!実にナンセンス!」

 

 うわー出た。『法律で禁止されてないよね論法』の使い手だ。これはモラルやマナーを問われているときに使われ、違法ではないと主張することで論点をずらしつつ優位性を示す手法のことだ。他にも「それ、君の感想だよね論法」などが存在し、これらを巧みに使いこなすことによって相手を苛立たせることができ、結果めちゃくちゃ嫌われて友達をなくす。ソースは中学校時代の俺。

 

「私が若かろうと立てばより体力を消耗する。なぜ、意味もなく無益なことをしなければならない?」

 

「でも、社会貢献にもなると思うんだ。それにお婆さん、辛そうにしてるから」

 

「社会貢献には興味ないんでね。それに、私以外の一般席に座っている者はどうだ?優先席かそうでないかなど些細な問題だと思うのだがね」

 

 しばらく二人の会話に耳を傾けていたが、金髪ロン毛は頑として席を譲らないようだ。ただ、金髪ロン毛の優先席かそうでないかなど些細な問題だという言説も一理あり、耳が痛い話である。車内を見渡せばほかの乗客もばつの悪そうな表情を浮かべている。……多分。だって俺一番後ろの席だから表情とか見えないし。雰囲気でなんとなく察せられるぐらいだ。

 

「いいよ、私は大丈夫だから。ありがとう」

 

 婆さんが申し訳なさそうにそう言うと、少女は男の説得を諦めて一般席の乗客に助けを求めた。

 

「皆さん、どなたか席を譲ってあげてもらえないでしょうか」

 

 これはとても勇気の要る発言だ。なぜならこの瞬間、少女は一般席に座る多くの乗客から疎ましく思われる存在になってしまうからだ。そのあまりにも眩しい姿を直視できず、ついつい視線を床に向けてしまう。断じて席を譲りたくないからとかではない。ぜ、全然そんなんじゃないんだからね!

 

「あ、あの、どうぞ」

 

 頭の中でツンデレ風言い訳をしていると、ほどなくして一人の社会人女性が席を譲るために立ち上がった。でかしたぞ君、出世間違いなしだ。

 

「ありがとうございますっ!」

 

 こうして一件落着となり、車内に張りつめていた緊張感は霧散していった。ミラーに映る運転手の顔もどこかホッとしているように見える。

 

 しばらくするとバスは目的地である高度育成高等学校に到着した。最後にバスを降りた俺の前には、天然石を連結加工した門が待ち構えていた。いよいよ高校生活がスタートするとあって、柄にもなく心が躍ってしまう。流石に気分が高揚します(加賀並感)。

 

「さっき私の方を見ていたけれど、なんなの?」

 

「悪い。ただちょっと気になっただけなんだ。どんな理由があったとしても、あんたは最初から席を譲ろうなんて考えを持っていなかったんじゃないかって」

 

 ボケーっと門を見上げていると、そんな会話が前方から聞こえてきた。会話内容から、どうもさっきのバスに乗っていた生徒らしい。一人は黒髪ロングのクール系美少女で、その発言は非常に刺々しい。触るもの皆傷つけそうだ。もう一人は一見なんの特徴もない、しかしどこか不思議な雰囲気を纏った少年だった。

 

 二人は知り合いというわけではなさそうで、ちょっとした口論を繰り広げていた。いや、あの、門の前でやりあうのは止めてもらっていいですかね。通りづらいんですけど。

 二人はしばらく応酬を続けた後、同じように校内へと歩き出した。朝からなんとも忙しないものだ。

 というか、今日って入学式だからほとんどが一年生だよな。つまりさっきの金髪ロン毛も今の二人も新入生の可能性が極めて高い。

 

「同じクラスは勘弁願いたいな」

 

そう言って、一人盛大なフラグを立てながら門をくぐる男がいた。

 

 

 

まぎれもなく俺だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。