さよなら実力至上主義の教室よ   作:漁利の夫

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やはり綾小路清隆は友達が欲しい。

 嫌な予感というものは得てして当たるもので、逃れられない運命は確実に存在する。1年Dクラスの教室に入った俺はそう感じずにはいられなかった。

 

 

 軽く校内を見て回ったせいか、俺が教室に着く頃にはほとんどの生徒が登校しており、それぞれ談笑したり学校の資料を見たりしている。その中にはバスや校門前で見かけた4人の生徒が勢揃いしており、すぐさま引き返したい衝動に駆られた。バスの中でひと悶着起こした金髪ロン毛は特に目立っており、両足を机の上に乗せ、鼻歌を歌いながら爪の手入れをしている。明らかにやべー奴だ、近寄らんとこ。

 

 踵を返すと変に目立ってしまうので、仕方なく自分の席に向かう。窓際の後ろから二番目、俺の偏った知識では物語のヒロインが座ると決まっている席だ。そしてその後ろ、窓際の最後尾は物語の主人公の特等席である。そこに座っていたのは校門前でちょっとした口論をしていた、というよりも一方的に絡まれていた少年だった。

 ふうん、あんたが私の主人公?まあ悪くないかな。……いやダメだろ、俺の目だけじゃなく周りの目まで腐ってしまう。主にBL的な意味で。

 

 ちなみにその隣には、絡んでいた方のクール系美少女が凛とした佇まいで本を読んでいた。入学式から誰とも絡もうとせず堂々と読書に耽るとは。こやつ、歴戦のぼっちと見た。いずれコイツとはぼっちの王を決める戦いになるかもしれない。勝った方が人間的に負けという、誰も得をしない戦いだ。

 

 着席した俺は改めて周囲を観察する。人間観察はぼっちの習性であり、情報収集することで平穏な生活を送るための肥やしとする。

 

 まず気づいたのは、この学校の女子のレベルが非常に高いことだ。女子だけ入試の採点項目に容姿が含まれてるんじゃないかと疑うレベル。しかもなんか皆スカート短いし、どことなくこう……エロい。やはりトモセは神。

 

 そして何より気に掛ったのは、一般の教室にはとても似つかわしくない監視カメラの存在だ。校内を見て回ったとき、教室だけでなく学校のいたるところに設置されているのを確認しており、不思議に思っていた。政府主導の施設ともあって、イジメやカンニングといった不当な行為を徹底的に排除するためだろうか。

 

 席に着いてから程なくして、始業を告げるチャイムが鳴った。それと同時に、長い黒髪を後ろで一つに結んだスーツ姿の女性が教室へと入ってきた。いかにも仕事人間というオーラがバリバリに出ている。働いたら負けだと思っている俺がそのオーラに触れてしまえばたちまち粉々に砕け散るだろう。仕事・電車・通勤、ムリムリ。

 

「えー新入生諸君。私はDクラスを担当することになった茶柱佐枝だ。この学校には学年ごとのクラス替えは存在しない。卒業までの3年間、私が担任としてお前たちと学ぶことになる。よろしく。今から1時間後に入学式が体育館で行われるが、その前にこの学校の特殊なルールについて書かれた資料を配らせてもらう」

 

 前の席から配られた資料にはすでに何度も目を通している。この学校には普通の高校と異なる様々な特徴があり、その中でも他に類を見ないのがSシステムだ。

 

「今から配る学生証カード。それを使いポイントを消費することで、敷地内にあるすべての施設を利用したり、商品を購入することが出来る。学校内においてこのポイントで買えないものはない。それからポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。お前たち全員に10万ポイントが既に支給されているはずだ。なお、1ポイントにつき1円の価値がある」

 

 つまり、入学早々俺たち新入生に10万円が支給されたということだ。授業料免除や学生寮だけでも十分すぎる待遇だというのに、太っ腹すぎやしないだろうか。うまい話には裏がある、まずはすべてを疑え。というのは親父の教えで、今では宅急便の配達さえ宗教の勧誘じゃないかと疑うほど疑心暗鬼になってしまった。俺が雛見沢の住人なら秒で発症する自信がある。

 

「ポイントの支給額が多いことに驚いたか?この学校は実力で生徒を測る。入学を果たしたお前たちには、それだけの価値と可能性がある。ただし、このポイントは卒業後には全て学校側が回収することになっている。現金化したりなんてことも出来ない」

 

 さすがにそれはそうか。単純計算して3年間で360万。半分使ったとしても180万が何の苦労もせずに手に入ってしまうことになる。

 

「質問はないようだな。では良い学生ライフを送ってくれたまえ」

 

 戸惑いの広がる生徒たちを残し、茶柱先生は教室を出ていった。正直いろいろ質問はあったんだが、まあいつでも聞きに行けるだろう。

 

 

 

「皆、少し話を聞いてもらってもいいかな?」

 

 そう言って一人の男子生徒が手を挙げ、教室全体に問いかけた。いかにもカースト上位に君臨してそうなさわやかイケメンだ。どうせサッカー部なんだろこういう奴は。

 

「僕らは今日から同じクラスで過ごすことになる。だから今から自発的に自己紹介を行って、一日も早く皆が友達になれたらと思うんだ。どうかな?」

 

 なん……だと……?

 イケメンくんさあ、そういうのは先生が仕切ってやるべきことじゃない?一生徒がやるべきことじゃなくなくなくない?

 しかし、すぐに賛成の声(主にイケメン(ぢから)にやられた女子の声)が多数上がり、とても反対できるような空気ではなくなった。ここは民主主義の国、日本。俺のようなマイノリティな存在は、マジョリティに溶け込むか淘汰されるかしか道はない。

 

「僕の名前は平田洋介。中学では洋介って呼ばれることが多かったから、気軽に下の名前で呼んで欲しい。趣味はスポーツ全般だけど、特にサッカーが好きで、この学校でもサッカーをするつもりなんだ。よろしく」

 

 非の打ちどころのない完璧な自己紹介だ。予想通りサッカー部だったので、とりあえず敵認定する。

 

 その後、平田主導のもと規則性のない順番で自己紹介が始まる。中には言葉に詰まる生徒もいたが順調に進んでいく。

 途中、やべー奴筆頭である金髪ロン毛の高円寺や、今朝のバスで老婆を手助けした少女、櫛田桔梗の挨拶もあった。高円寺は、どこぞの社長の御曹司らしく、傲慢な物言いで周囲をドン引きさせていたのに対し、櫛田は平田同様百点満点の自己紹介で、男子だけでなく女子からも人気が出そうだった。

 彼女曰くクラスメイト全員と仲良くなりたいそうだが、俺みたいな奴とも仲良くできるかな?ん?

 

「次の人……そこの君、お願いできるかな?」

 

 そんなことを考えているうちに俺の番が回ってくる。とにかく俺は無難な自己紹介をするだけだ。そもそも紹介するほどの自己なんてないし、なんなら絶賛自分探しの旅の最中まである。

 ゆっくりと立ち上がり、一つ呼吸を整える。

 

「あー……比企谷八幡だ。趣味は読書で、特技はこれといってない。まあ、3年間よろしく」

 

 シンプルイズベター。我ながら面白みのない自己紹介だ。え?それで終わり?という意思のこもった視線が飛んでくるが無視だ無視。

 こんなつまらない挨拶でも平田はこちらこそよろしくね、と微笑みかけてくれた。やめろ、そのさわやかスマイルを俺に向けるな、惨めになるだろうが。

 

「じゃあ次──」

 

「俺らはガキかよ。自己紹介なんて必要ねえよ、やりたい奴だけでやれ」

 

 平田が改めて進行しようとしたが、赤い髪をしたガラの悪い男子生徒に遮られた。

 

「こっちは別に、仲良しごっこするためにココに入ったんじゃねえよ」

 

 そう言って赤髪は席を立った。おいヤンキー、そういうのは俺の自己紹介が始まる前に言えよ。もうすべてが終わった後なんだよ。

 赤髪の後に続いて、数人の生徒が教室を出る。どうやら例のクール系美少女も席を立ったようだ。人間関係を構築しようとしないあたり、ますますぼっち疑惑が濃厚になる。

 

 平田は少し寂しそうに教室を出ていく彼らを見送っていたが、残った生徒たちの自己紹介を進めるため、場を仕切り直した。

 

「勝手に始めたのは僕だし、彼らを悪く言うのはよそう。今は残った人たちの自己紹介を続けたい。それで次は……君、お願いしてもいいかな?」

 

「えー……えっと、綾小路清隆です。その、えー……得意なことは特にありませんが、皆と仲良くなれるよう頑張りますので、えー、よろしくお願いします」

 

 そう挨拶したのは俺の主人公……じゃなくて俺の後ろの席の綾小路。なんともまあ誰の記憶にも残らないような、俺好みの平凡な自己紹介だ。勝手ながらとても親近感が湧く。

 それに対しても平田は好意的な返事をし、パラパラと同情っぽい拍手が起こる。他人事ながら少し胸が痛い。

 

 その後も自己紹介は続いたが、その間俺と綾小路は二人、教室の隅で自分の不甲斐なさに頭を抱え込んでいた。

 

 

***

 

 

 入学式も無事に終了し、一通り敷地内の説明を受けた後、俺たちは解散となった。

 友人ができた者たちはカフェやカラオケに行くようだが、当然俺はさっさと寮へと帰る。と、その前に確認しなければならないことがあったのを思い出し、寄り道をすることにした。

 

「な、ない……!」

 

 いくつかの自販機を探して回ったが、どこにもお目当てのものは見つからなかった。そう、俺の愛飲ドリンクであるマッ缶が売ってないのだ。あれを飲まないと禁断症状でどんどん目と性根が腐っていく。まあ、どっちも元から腐ってるから変化はないんだが。

 自販機にはなかったが、まだ諦めてはいけない。コンビニやスーパーにもペットボトルのMAXコーヒーが売ってることがある。個人的には缶のほうがなんとなく美味しく感じるが、この際贅沢は言ってられない。ちなみに紅茶〇伝も缶の方が好きだ。

 

 希望を捨てずに近くのコンビニに立ち寄ると、偶然にもクラスメイトである綾小路と出くわした。

 

「奇遇だな」

 

 似たような自己紹介を見て通じるものがあったのだろうか、綾小路は俺に話しかけてきた。無視するわけにもいかないので、俺もそれに答える。

 

「おう、綾小路か」

 

「そっちも買い物か?」

 

「ああ、MAXコーヒーを探しに来た」

 

「MAXコーヒー?美味しいのかそれ」

 

 MAXコーヒーをご存じでない!?お前、人生の半分損してるぞ!と言ってやりたくなったが、確実に煙たがられるので我慢する。実際、こういうことを言ってくる奴の相手をするのは面倒くさい。聞いてもないことをペラペラと語りだすからなあいつら。

 

「簡単に言えば、練乳みたいなもんだ」

 

「コーヒーじゃないのか……?」

 

 簡単に言いすぎて混乱させてしまったようだ。一口飲んでもらえれば理解できると思うので、とにかく現物を探そう。

 二人でコンビニの中に入ると、これまた偶然、黒髪ロングのぼっち系女子と鉢合わせた。

 

「……またしても嫌な偶然ね」

 

 そう言って綾小路にガンを飛ばす。ついでに俺の方もにらみつける。しかし、俺のタイプはゴースト(存在感的な意味で)かつ特性がクリアボディ(存在感的な意味で)なので、ぼうぎょは下がらない。

 

「そんなに警戒するなよ、堀北。と言うか、お前もコンビニに用事だったのか」

 

「ええ、少しね。必要なものを買いに来たの。そっちのあなたは……ヒキタニくん、だったかしら」

 

「ヒキガヤだ。俺の自己紹介聞いてただろ」

 

「あまりに陳腐な挨拶だったから頭に残らなかったわ。名前を間違えられたくなかったらもっと印象的な挨拶をすることね」

 

「ぐぬぬ……」

 

 ぼっち系女子、もとい堀北は正論でバッサリと俺を切り捨てた。名前を間違えられた側なのに、なんで怒られなきゃいけないの……。八幡病む……。

 

 何も言い返せない俺を放置して、綾小路と堀北は会話を続ける。二人の会話を盗み聞くと、どうやら堀北は友達を作るつもりがないらしい。やはりこいつは歴戦のぼっち、一人でも生きていけるだけの能力を持っているのだろう。当然、俺はその生き様を否定するつもりはないし、なんならカッコいいとさえ思う。

 

 それにしても、綾小路はさっきからボコボコに口撃されているようだが、怯まずに会話を振り続けている。ひょっとして堀北に気があるのだろうか。確かに顔は良いが、おっかないしやめといた方がいいと思うぞ。

 

 会話を続ける二人を置いて、俺は本来の目的を遂行する。飲料置き場を確認したが残念ながらMAXコーヒーは置いていなかった。けっ、しけた店だな。

 

 やることがなくなったので、何か面白いものはないかと店内を見渡すと、コンビニの隅に無料と書かれたワゴンが置かれていた。そこには、歯ブラシや絆創膏といった日用品が詰められていた。

 どうやら綾小路と堀北もこのワゴンに気付いたようで、こちらに近づき訝しげな表情を浮かべている。

 

「無料……?」

 

「ポイントを使いすぎた人への救済措置、かしら。随分と生徒に甘い学校なのね」

 

 堀北の言うように随分甘いなと俺も思う。それはもうMAXコーヒーくらい甘い。こんな救済措置があっては、支給されたポイントを散財しても困ることなく生活ができてしまう。ポイント遣いの荒い生徒は、ここを卒業して元の生活に戻ったとき苦労しそうだ。

 

「っせえな、ちょっと待てよ!今探してんだよ!」

 

 突如、レジの方から怒鳴り声が響いてきた。

 

「だったら早くしてくれよ。後ろがつかえてるんだから」

 

「あ?なんか文句あんのかオラ!」

 

 典型的なヤンキーのセリフだなと思い声のする方を覗くと、案の定というかなんというかクラスメイトの赤髪ヤンキーが別の男子生徒と睨み合っていた。どうやら会計で手間取っているらしく、ヤンキーの手にはカップ麺が握りしめられている。

 

 すると何を思ったか、綾小路がヤンキーに声をかけに行った。オイオイオイ、死ぬわアイツ。あ?なんだお前?とか言われてるし。

 しかし、綾小路が手助けにきたと分かるとヤンキーは少し落ち着きを取り戻し、学生証を忘れたことを説明した。そんなヤンキーに対して綾小路は支払いを立て替えると申し出た。とんだお人好しだな、絶対帰ってこないぞそれ。

 

 そんなやり取りを俺は少し離れたところで、堀北と共に見守っていた。

 

「綾小路って変わった奴だな」

 

「そうね。手助けするのもそうだし、彼の風貌に恐怖している様子もない」

 

 確かに、言われてみればそうだな。普通ならビビって知らぬ存ぜぬでやり過ごすだろう。現に、俺なんて見てるだけなのに顔が引きつって冷や汗をかいている。女子の前なので平静を装っているが、恐らく堀北には気づかれてるだろう。なんかコイツ勘鋭そうだし。

 

 そんな綾小路はというと、まだヤンキーと話を続けているようだ。用事も済んだし、ヤンキーと友達になるつもりもないので俺は先にお暇するか。ちなみにヤンキーの名前は須藤というらしい。

 

「じゃあ俺は先に帰るわ。綾小路にはブツはなかったと伝えといてくれ」

 

「嫌よ。あなたの頼みごとを聞く義理も筋合いもないわ」

 

「……さいですか」

 

 堀北はこちらに視線もよこさずに、俺の頼みをにべもしゃしゃりもなく断った。ホント冷たい奴だな。お前なら液体窒素といい勝負できるよ。

 

「さよなら、ビビリガヤくん」

 

 去り際に堀北からそんな別れの挨拶を頂戴した。やっぱりバレてんじゃねーか。

 

 

 

 その後、いくつかのコンビニやスーパーを見て回ったが、MAXコーヒーを見つけることはできず、寮に帰り悲しみの涙で枕を濡らすこととなった。決して堀北にいじめられた悔しさの涙ではない。

 

 

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