さよなら実力至上主義の教室よ   作:漁利の夫

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それでも須藤健は勉強ができない。

 朝からなんだか肌がヒリヒリしていた。といっても乾燥肌というわけではなく誰かにビンタされたというわけでもない。

 原因はおそらく教室内、というか斜め後ろの方から発せられるピリピリとした空気のせいだろう。それを俺の敏感肌が捉えてしまい、脳をビリビリと刺激している。もう頭の中がオノマトペだらけ。

 

 その空気の発信源である堀北は、何があったかは知らないがとても不機嫌だった。綾小路が話しかけても反応はなく終始無言、無表情。綾小路はさながら“いないもの”のように扱われていた。

 

 あれ? いつの間にかanotherの世界に迷い込んだ? “いないもの”役なら俺の方が適任だし誰も死なさずに済む自信があるぞ。なんなら既になってるまである。

 

 

 

 そんな自虐的思考に浸っているとあっという間に放課後。今日丸1日ひと言も発さなかった空気汚染機こと堀北の声が聞こえてきた。

 

「勉強会に参加すべき人は集まったの?」

 

「……櫛田が集めてくれてる。今日から参加するんじゃないかな」

 

 無視され続けていたことを根に持っているようで、少し不満そうな声で綾小路がそう答えた。

 

 どうやら堀北は綾小路や櫛田と一緒に勉強会を開くつもりらしい。参加すべき人というのは例の3バカのことだろう。あいつらは平田主催の勉強会にも参加していないようだし、このままだと本気で退学しかねない。

 

「櫛田さんにはちゃんと伝えたの? 勉強会に参加はさせないって」

 

「伝えた」

 

 どういう経緯で勉強会を開くことになったのかは知らないが、人を集めてくれた櫛田を参加させないってどんだけだよ。なぜそこまで嫌う必要があるのか。

 やっぱりあれか、胸か。そんなとこに無駄な脂肪つけてんじゃないわよ! きーっ! ってやつか。堀北もないわけじゃないんだが櫛田の迫力と比べるとどうしてもなー。

 

「比企谷くん」

 

「ひゃいっ!?」

 

「気持ち悪い声出さないで」

 

「アッ、スイマセン……」

 

 聞き耳を立てていると突然堀北に声を掛けられた。

 ヤバい、失礼なこと考えてるのがバレたか? 違うんです、漫画とかアニメだとこういう流れあるよなって思っただけなんです。決して女性の身体的特徴をネタにしているわけではなく……。

 

「あなたにもちょっと協力をお願いしたいの」

 

「協力?」

 

 よかった、思考盗聴されたわけではないようだ。危うく頭にアルミホイルを巻いて生活する羽目になるところだった。

 

 それにしても協力か。昨日と同じく嫌な予感しかしないんだが。

 

「ええ、あなたにも勉強会に参加してほしいの」

 

 やはり碌でもない話だった。綾小路が勉強会に参加するのも、堀北の罠に引っかかってしまったがために協力を強いられているのだろう。

 俺は当然の如く断固拒否する。

 

「ことわ――」

 

「小テストの結果を見るに勉強はできるようだし、指導役をお願いするわ」

 

「いやだからことわ――」

 

「比企谷くんなら協力する、そう言ってくれると信じてた。感謝するわ」

 

「言ってねーよ。俺から言論の自由を奪うな」

 

 人の発言を捏造した挙句勝手に感謝するな。

 

「いいえ、私には心の声が聞こえたもの。協力するって言ってた」

 

「思ってねーよ。俺から思想の自由まで奪うな」

 

 とうとう電波なこと言いだしちゃったよ。頭にアルミホイル巻いた方がいいのはコイツだったわ。

 

 しかし、堀北は何故かやれやれといった様子で溜息をついた。呆れてるのはこっちなんだがな。

 

「分かってないわね。そもそもあなたに拒否権なんてないのよ」

 

 あん? どういうことだ?

 全ての決定権は私にあり私の言うことは絶対である、とでも言うつもりか? どこのパワハラ鬼だよ。

 

「だってあなたには貸しがあるもの」

 

「貸し? お前に借りを作った覚えなんてないが」

 

 昨日だってお昼ごはん御馳走トラップを回避したはずだ。そもそも貸し借りを作るにはある程度の人間関係の構築が必要であり、ぼっちにそんなことができるはずもない。

 

「入学式の日、綾小路くんへの言伝を頼まれたわ。もう忘れたのかしら」

 

 ……思い出した。確かにあの日、コンビニで偶然堀北に出会った俺はMAXコーヒーが見つからなかったことを綾小路に伝えるように頼んだ。それは事実であるが……。

 

「あんなのが貸しになるのかよ。というかそもそも断ったじゃねーか」

 

「あの場では断ったけれどちゃんと伝えたわ。所謂ツンデレというやつよ」

 

 お前のはツンデレじゃなくてツンドラって言うんだよ。物語シリーズ100回読み直してこい。

 

「それにあれからもう1か月以上。貸しは小さいものだけれど相当な利子がついてる」

 

「こんなやり取りに利子をつけるな」

 

 ただの高校生の、しかも金銭でもない貸し借りに利子を持ち出すやつがいるかよ。実際に金を借りたら闇金も真っ青な利率を提示してきそうだ。

 

「そもそも他人と関わろうとしないお前がなんで勉強会を開こうと思ったんだ?」

 

「当然クラスポイントを獲得するためよ。そのためには赤点候補の人に勉強させる必要がある。Aクラスを目指すのにこんなところで躓いてられないの」

 

 分かってはいたが須藤たちを心配する様子はつゆほどもなく、あくまで自分自身のためらしい。

 さすがは鉄血にして冷血の女。そこに熱血な部分も加われば某吸血鬼のようになれるのだが。

 

「とにかくあなたは協力するしかないの。諦めなさい」

 

 なんて横暴な……。

 

 俺は助けを求めるため綾小路に視線を向けたが、勢いよくサムズアップで返された。

 いやグッじゃねーんだよ。こいつ俺が巻き込まれて喜んでやがるな。それとも昨日逃げたことへの腹いせか。

 

「はぁ……分かった、今回は協力してやる。けど人に勉強を教えたことなんてないからな」

 

 堀北の言ってることは滅茶苦茶で従う必要もないが、ここらで折れておかないと今後も面倒ごとに巻き込まれる可能性がある。借りは早いうちに返しておくべきだと判断し、やむを得ず協力することにした。

 ちなみに小町に勉強を教えたことはあるが、彼女は天使であり人の定義からは外れるので嘘をついたことにはならない。

 

「大丈夫よ。私も知能の低い人間に教えられる自信なんて微塵もないから安心して」

 

「安心できる要素どこ?」

 

 本当に大丈夫? この人。

 

 こうして俺は勉強会に参加することになり、多大な不安を抱えながら会場となる図書館に連行されていった。

 

 

 

 

 

 図書館に着いた俺たちは長机の一角に陣取り、残りの参加者を待つことにした。

 

「連れてきたよ~!」

 

 しばらくすると3バカを率いた櫛田が大きく手を振りながらやってきた。元気がいいのは大変よろしいが、図書館内だからもう少し静かにしような。

 

 4人は長机の向かい側まで来ると、ようやく俺のことに気付いたのか少し驚いた表情を見せた。なんでこいつがここに? っていうか誰? ……いやマジで誰? といった顔である。

 

「あれ? ヒキタニって赤点だったっけ? お互い頑張ろうぜー」

 

「いや、俺は勉強を教える側だ。あとヒキタニじゃなくてヒキガヤな」

 

 山内が失礼なことを言ってきやがったので即座に訂正する。まあ名前を間違えられはしたが、ほとんど話したこともないので存在を認識されていただけマシなのかもしれない。

 

「ヒキタニっていつも一人で居るからなー。ここに来るなんて思わなかったぜ」

 

 今度は池が無礼を働いてきた。だからヒキガヤだっつってんだろーが。それに俺だって脅されただけで本当は来たくなんてなかったわい。

 

 だが、本音を言ってしまうとせっかくの雰囲気が悪くなるかも知れない。ぼっちとは言わば空気のような存在、故に、ぼっちにとって空気を読むということは自身を律することと同義であり、造作もないことである。ここは適当に良い人ぶってやり過ごすべきだ。

 

「退学者なんて出てほしくないからな。俺にできることをやろうと思っただけだ」

 

「お前、いけ好かない野郎だと思ってたが意外と良い奴じゃねーか」

 

「そんな風に思われてたのか……」

 

 何故だか須藤にも散々な言われ様だった。

 なんなんだよこいつら、ターン制失言バトルでもしてんのかよ。俺のターンいらないからもう帰っていい?

 あと堀北、お前なにニヤついてんだよ。まさか俺が馬鹿にされるのを見たいがために協力させたんじゃないだろうな?

 

「私も比企谷くんが来てくれて嬉しいよ! 一緒に頑張ろ!」

 

「お、おう」

 

 そんな中、櫛田だけは素直に喜んでくれたのだが、照れくさいのでやめてほしい。シャイボーイ八幡は相変わらずbotのような返答しかできない。

 

「櫛田さん。綾小路くんから聞かなかったかしら? あなたは……」

 

 全員が着席し、さて勉強会を始めようと意気込んだところに堀北が水を差した。どうしても櫛田を参加させたくないらしい。

 

「実は、私も赤点取りそうで不安なんだよね」

 

「あなたは小テストで悪い成績ではなかったはずよ」

 

「うーん、実はあれ偶然っていうか、半分くらい当てずっぽうだったの。実際は結構ギリギリで……。だから私も勉強会に参加して、しっかりと赤点を回避したいなって。……ダメかな?」

 

 思ったよりも櫛田はしたたかな女の子のようだ。堀北に排斥されることを想定してきちんと対処法を考えてきている。これならテストの方も傾向と対策はバッチリだろう。

 

「……わかったわ」

 

「ありがと」

 

 ここで拒否しても参加するさせないの押し問答になるだけ。無駄なやり取りで時間を浪費することになるし、赤点組のやる気を削いでしまう可能性もあるため堀北は認めざるを得ない。

 

「それでは始めましょう。皆には50点を目指してもらうから、そのつもりでいて」

 

 そんなひと悶着があった後、堀北が場を仕切り直しようやく勉強会が始まった。

 

 

 

 

 

 しかしその数分後。

 

「……なんでそれで答えが出るんだ?」

 

「そもそも連立方程式ってなんだよ……」

 

「ダメだ、やめる。こんなことやってられっか」

 

 3バカは予想以上にバカだった。堀北が用意した中間テスト対策問題集の1問目でいきなり躓いている。勉強を教わりに来たはずの櫛田が丁寧に問題を解説していたが、3人とも頭の上にクエスチョンマークが浮かんだままだ。中学校レベルの基礎すら理解しているか怪しい。

 

「あなたたちを否定するつもりはないけれど、あまりに無知、無能すぎるわ」

 

 我慢できなかったのか、堀北が侮蔑の言葉を放った。3人の無知さ、情けなさに相当お怒りのようである。

 

「無知無能つったか!?」

 

 それに呼応して今度は須藤がヒートアップ。机を勢いよく叩いて立ち上がり、堀北にガンをとばす。

 

「ええ。連立方程式も解けなくて将来どうしていくのか、私は想像するだけでゾッとするわね」

 

 対する堀北は全く動じることなく言葉を続ける。

 あーあ、収拾つかないぞこれ。

 

「こんな問題がどうした? 勉強なんて不要だろ。教科書に齧り付いてるくらいならバスケやってプロ目指した方がよっぽど将来の役に立つぜ」

 

「そう、幼稚ね。そんな夢が簡単に叶う世界だと本気で思っているの? すぐに投げ出すような中途半端な人間は絶対にプロになんてなれない」

 

「テメェ……!」

 

 とうとう須藤のボルテージがマックスに達し、堀北の胸倉を掴む。

 

「須藤くんっ!」

 

 さすがに止めるべきだと判断して立ち上がったが、誰よりも早く櫛田が須藤の腕を抑えた。

 

「……っ。わざわざ部活を休んで来てやったのに、完全に時間の無駄だ。じゃあな」

 

 櫛田のおかげで須藤が手を上げることなく済んだが、勉強会は完全に崩壊。須藤は苛立ちを隠そうともせず、乱暴に荷物をまとめて出て行ってしまった。

 

「俺もやーめよ。堀北さんは頭良いかもしんねーけど、そんな上から来られたらついていけないって」

 

「おーれも」

 

「退学しても構わないなら、好きにするのね」

 

 堀北の冷然な態度に我慢できず、須藤に続いて池と山内も図書館から去ってしまう。どのみち、あの状況で勉強会を続けられるはずもないので誰も止めることはない。

 

「堀北さん……こんなんじゃ誰も一緒に勉強なんてしてくれないよ……?」

 

 櫛田が表情をこわばらせながらも優しく問いかける。

 

「確かに私は間違っていた。実に不毛で余計なことをしたと痛感したわ」

 

「それって……」

 

「足手まといは今のうちに脱落してもらった方がいい、ということよ」

 

 つまり、今後も枷になる可能性がある者は先に切り捨てるべきだと結論付けたということ。

 

「……わかった。私がなんとかする。してみせる。こんなに早く皆と別れるなんて嫌だから」

 

「あなたが本心からそう思っているなら構わないわ。でも、私にはあなたが本気で彼らを救いたいと思っているようには見えない」

 

 

 

 ――どういうことだ? 櫛田が他人を救うのは打算的な考えによるものだと言いたいのだろうか。

 

 これまで俺が見てきた櫛田は底抜けに明るく誰にでも優しい女の子で、そこに功利的な意図は感じ取れなかった。唯一、櫛田の言動で不可解なのは堀北に対して執拗にアプローチをかけていること。傍から見ているだけの俺と当事者である堀北とでは、見えているもの感じているものに違いがあるのかもない――。

 

 

 

「何それ、意味わかんないよ。どうして堀北さんは、そうやって敵を作るようなこと平気で言えちゃうの? そんなの……私、悲しいよ」

 

 より一層悲哀に満ちた表情を浮かべた櫛田は足早にその場から立ち去った。

 

 先ほどまで喧騒に包まれていたせいか、際立った静寂が押し寄せる。

 

「ご苦労だったわね。これで勉強会は終了よ」

 

「そうみたいだな」

 

 ご苦労と言われても何もしてないんだがな。ラッキーといえばラッキーだが、晴れやかな気分には到底なれない。

 

 ここに残る理由もなくなったので、綾小路は勉強道具を片付けて立ち上がった。

 

「帰るの?」

 

「須藤たちのところに行く。なんとなく雑談しにな」

 

「もうすぐ退学するかもしれない人と接して、得することなんて何もないわ」

 

 人付き合いを損得勘定でしか量れないとは実にぼっちらしい。そういった考え方は、大半の人間には共感を得られず非難されるだけなので口にするべきではない。

 

「オレは単純に友達と接することは嫌いじゃないんだよ」

 

「随分と勝手ね。友人だと言っておきながら退学している様を傍観しているなんて」

 

 これは堀北の勝手な決めつけだ。綾小路は雑談しに行くとしか言っていないが、その実は憤りを感じている友人たちのメンタルケアをするつもりだろう。決して傍観しているだけではなく自分にできる範囲のことをやろうとしている。

 

 帰ろうとした綾小路は一度立ち止まり、振り返って堀北の方を見据えた。

 

「オレはお前の考えを否定するつもりはないし、勉強を嫌う須藤をバカにしたくなる気持ちも分からないじゃない。だけどな堀北、少しは須藤の後ろにある背景を想像することも大切なんじゃないのか? 何故バスケのプロを目指すのか、何故この学校を選んだのか。そこまで考えて初めて、相手の本質が見えてくるんじゃないのか?」

 

 ……驚いた。いつも飄々とした態度の綾小路がこんなに真剣に語るとは。堀北の高慢な物言いが目に余ったのだろうか。

 

「……興味ないわね」

 

 しかし、堀北は教科書に目を落としたまま冷めた返事をするだけ。綾小路はそれ以上何も言わずに図書館を後にした。

 

 こうして残されたのは俺と堀北の2人だけ。なんとも気まずい。

 

 

 

「良かったのか? 須藤たちを放っておいて。Aクラスを目指すんじゃなかったのか」

 

 綾小路の後を追って帰ってもよかったのだが、どうしてか俺は堀北に問いかけていた。

 

「さっきも言ったはずよ。足手まといは脱落してもらって構わない。むしろ、今のうちに赤点組を切り捨てれば必然的にマシな生徒だけが残って、上のクラスを目指すことも容易くなるわ」

 

「お前の言ってることが間違ってるとは思わん。だが、退学者が出たときのデメリットを何も考えてないんじゃないか?」

 

「……デメリット?」

 

 堀北はようやく教科書から目を外し、顔を上げた。

 

「遅刻や授業中の私語だけでポイントが引かれるんだぞ。退学なんてことになったらどれだけマイナスポイントが付くか分からないだろ」

 

「それなら0ポイントである今こそ勉強ができない生徒を排除するべきね。ポイントは0以下にはならないのだから」

 

「それは遅刻や私語の場合だろ。退学が同じように扱われるとは到底思えないな。それに退学者が出たクラスはAクラスになれない、なんて最悪の事態も有り得る」

 

「……確かに、その可能性は否定できない。だけど、あなたの言ってることは想像の域を超えていないわ。逆に言えばそんなデメリットなんて存在しない可能性だってある。だから今このタイミングでリスクを取っておくことも間違いではないはずよ」

 

 そもそも頭の切れる堀北のことだ、この考えに至ってないわけがない。そうでなければ、勉強会など開かずに初めから赤点組を見捨てていたはずだ。

 

 この場で堀北の考えを改めさせるには、想像ではない明確なデメリットを提示する必要がある。

 

「だったら空論じゃなく実のある話をしてやる。今回の中間テスト、1教科200万プライベートポイントで答案用紙を学校から購入できる」

 

 つい昨日入手した情報を伝えると、堀北はキョトンとした顔になった。なかなかに珍しい表情である。

 

「……何を言ってるの? そんなこと信じられるわけないでしょ」

 

「残念だが事実だ。嘘だと思うなら茶柱先生に確かめてくればいい」

 

「……仮にそれが本当だとして何の意味があるの? Dクラス全員が協力してもそんなポイント払えないわ」

 

「俺が言いたいのは、答案用紙なんてものまで購入できるポイントこそが最も重要だってことだ。クラス全体で考えたとき、退学者を出してしまえばその人数分毎月獲得できるプライベートポイントが減ってしまう」

 

「……」

 

「今後、プライベートポイントが必要になってくる場面が必ずある。今、損切をしてクラスポイントを上げたとしても、いつかその場面に出くわしたときプライベートポイントの差が確実に響いてくる。だからこそ退学者を出すのは避けるべきだ」

 

 これこそが今ある情報で考えられる明確なデメリット。実際に、プライベートポイントさえあれば今回の中間テストも乗り越えられるのだから、このデメリットは否定できない。

 

「……退学者を出したときのデメリットについては理解したわ。けれど、浪費の激しいDクラスの生徒たちがポイントに余裕を持つとは思えないし、全員が協力するとは限らない」

 

 なかなかに痛いところを突かれた。20代でさえ約半数が貯蓄0だって聞くしな。

いざというとき、ポイントを余らせている生徒がほとんど居らず、節約家の一部の生徒に負担がかかってしまう可能性がある。それに、高円寺なんかは確実に協力してくれないだろう。

 

「連中もクラスポイントが0になって痛い目見たんだから考え直すはずだ。それに、ほとんどの生徒はAクラスを目指してるだろうし協力せざるを得ない」

 

 

 

「……わかった、あなたの言うこと一応胸に留めておいてあげる」

 

 苦し紛れの切り返しだったが、どうにか堀北を納得させることができた。

 

「でも、結局退学になるかは本人次第よ。勉強する以外に赤点を回避する方法なんてないのだから」

 

「……あるにはあるだろ、赤点を回避する方法」

 

 そう、あるにはある。それこそ俺が思いついた2つの愚策のうちのもうひとつが。

 

「どういうことかしら?」

 

「お前も気付いてるだろ? 赤点の求め方」

 

 堀北は勉強会が始まるとき、須藤たちに50点を取ってもらうと言っていた。これは、50点が確実に赤点にならない点数だと知っての発言だったと推察できる。

 

「……ええ、クラスの平均点÷2未満、小数点以下は切り捨てか四捨五入ね。それがどうかしたの?」

 

「おそらくそれで間違いない。その算出方法だったらクラス全員が0点を取ればいい。点数がマイナスにならない限り、0未満になることはないだろ」

 

「……呆れた。よくそんなこと思いつくわね。よっぽど性格が歪んでいるのかしら」

 

 堀北は聞いて損した、と言わんばかりに大きくため息をついた。

 

「その方法は欠点が多すぎるわ。まず、全員が協力しないと意味がない。1人でも点数を取ってしまえば退学者だらけになる。そこまでの信頼関係は築けていないし高円寺くんがいる時点で不可能ね。それに、仮にその方法が成功したとしても一時凌ぎにしかならないしクラスポイントも増えないまま。テストの度にそんなことしてられないわ、愚策も愚策ね」

 

 さすが堀北、あの短い間で欠点をすべて見破られ、完全論破されてしまった。是非とも某匿名掲示板の開設者である論破王と対決してほしい。

 

「まあ、愚策だろうがそういう考え方もあるってことだ。視野は広く持っておくに越したことはないぞ」

 

「余計な忠告どうもありがとう」

 

 全く感謝の意思が込められていないありがとうが返ってくる。

 

言うべきことがなくなった俺は、静かに立ち上がり図書館の出入り口へと向かう。

 

「比企谷くん」

 

 途中、堀北に呼び止められその場に静止する。

 

「ひとつだけ聞かせて。人との関わりを避けるあなたがどうして私を説得したの? Aクラスに上がるため? それとも須藤くんたちを救うため?」

 

「……さあな」

 

 俺は振り返らずにそれだけ言い残し、図書館を後にした。

 

 

 

 

 

 その日の夜、ベッドに横たわった俺は堀北の言葉を頭の中で反芻していた。

 どうして私を説得したの……か。

 

 確かに、あのときの俺は柄にもなく熱弁をふるっていた。それはなぜか。

 

 多分、俺は堀北に諦めてほしくなかったんだと思う。

 今まで何でも1人でこなしてきたであろう彼女が、他人に協力を求め、自ら進んで勉強会を開いた。そこには少なからず彼女なりの葛藤や決断があったはずだ。

 たとえそれが自分自身のためであったとしても、俺にはとても真似できない。だから、同じぼっちなのに、俺にできないことをやってのける彼女に断念してほしくないと思い、説得した。

 

 だが、俺が伝えるべきことはもうない。あとは彼女自身がどうするかだけ。

 

 ようやく気持ちの整理がついた俺は、ゆっくりと眠りについた。

 

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