「君に、特別迎撃作戦への参加を命じる」
ボーダー本部内高層階に位置する本部長室にて、忍田本部長はきっぱりと命令を下した。式典の挨拶やニュースで流れる記者会見の映像などでしか見たことがない偉い人は、見るからに偉い人の仕事場っぽい大きな机の奥に座し、今まさに智也の目の前で真っ直ぐにこちらを見据える。
気をつけの姿勢で硬直した智也は、本部長と一対一で話している緊張で、自分に向けられた言葉をうまく理解できなかった。トリオン体だというのに、冷や汗がじわじわと背中に滲むのを感じるし、口の中はカラカラに乾いている。
「特別迎撃作戦……ですか……?」
やっとのことで、本部長の言葉を復唱する。自ら口に出してみても、内容はさっぱりわからなかった。わからないが、何か面倒ごとの気配だけは感じ取れる。
智也は混乱していた。普段のようにボーダー本部へ赴き、混成チームでの防衛任務を黙々とかつ淡々とこなし、今日は早めに帰ろうかだなんて考えていたときに、支給品のスマホ型通信端末がメッセージの受信を告げたのがつい三十分前のこと。智也に連絡をしてくるボーダー内の知り合いなどたかが知れていて、智也は「どうか二宮さんからじゃありませんように」と願いながらメッセージを確認したのである。が、送信者はもとよりその内容は、智也の想像を遥かに超えていた。
本部長補佐の沢村の名前で届いたメッセージには、すぐに本部長室へ出頭するようにとの指示が簡潔に記載されていた。
本部長室。出頭。指示を確認した瞬間、智也の頭はフル回転で自分がここ最近でやらかしてしまったかもしれないことの心当たりを洗い出し始めた。防衛任務への参加回数が少ないこと? いや、確かに慣れない隊員と組まなければならない防衛任務は好きではないけれど、隊務規定にある最低限は参加しているはずだ。では、B級にいながら隊に属さずフラフラしていること? いや、珍しくはあるだろうが規定違反でないのは確かだ。では、なぜぼくは本部長室に呼び出されて、本部長直々にお叱りを受けなければならないのだろう。
そんな考えで頭を一杯にしてきた智也へ、忍田本部長は特別迎撃作戦なるものへの参加を指示した。絶対に叱られるに違いないと思いながら首を縮めてビクビクと立っていた智也は、全く想定していなかった指示に、理解が追いつかずにいた。
間抜けにもオウム返しをした智也に、忍田本部長は「そうだ」と頷く。加えて、「そんなに緊張しなくていい」と微笑む。本部の隊員をまとめる地位にあり、自らも戦闘員としての実力を誇る忍田は、智也にとって「めちゃくちゃ偉くてすごい大人」だった。だから、緊張するなと気遣われても、それは無理な相談なのだ。ひとまず、休めの姿勢になるが、全身に力がこもってガチガチの状態なのは変わらない。
「説明をするが、いいかな」
「は、はい!」
「よし。これから話すことは厳秘だ。ボーダー内でも情報統制を敷いているため、任務に携わる者以外へ情報を漏らしてはいけない。気をつけてくれ」
厳秘と言われ、智也の心は「じゃあなぜぼくに教えるんだ」という疑問でいっぱいになった。が、本部長の手前、必死でそれを押し殺す。
「近々、近界民の襲撃が予想されている。君にはその迎撃作戦に参加してもらいたい」
「近界民というと……普段相手にしているようなトリオン兵ではなく、人型の襲撃、ということですか?」
忍田が頷く。人型近界民と聞いた智也はごくりと生唾を飲み込んだ。
つい一ヶ月ほど前に三門市は近界民の大規模侵攻を受けた。市街地が襲われ、四年半前の第一次大規模侵攻を思い出させる被害を受けたものの、迎撃したボーダー隊員たちの奮闘により、被害は最小限に止められた——とボーダー本部からの公式報告により聞いている。
ボーダー隊員として近界民襲撃の報を受けて駆けつけたものの、三門市外に住む智也が到着した頃には、近界民らは撤退した後だった。智也が関わったのは、壊れた街の後片付けのみ。つまり、そもそも先日の大規模侵攻には出撃せずに終わっており、人型近界民なんて噂に聞くだけのものであった。
しかも、正直に言うと智也は三門市の防衛に、そんなに興味はない。こんないくらでも代わりのきくB級隊員がわざわざ出なくても、他に強くてやる気がある人はいっぱいいるのだから。ボーダーから正式に命令されればもちろん働くけれど、基本的に智也は省エネ主義だった。
ではなぜ、そんな経験の浅く、やる気もあんまりない智也なんかを、わざわざ本部長が指名して作戦に関わらせようとするのか。さっぱり予想がつかない。
「先ほど『厳秘』と言っただろう。大規模侵攻から日も浅い今、再度の近界民襲撃は市民にますますの動揺を与えかねない。そのためこの迎撃作戦は、市民に襲撃を気付かせないよう、ボーダー内部でも厳しく情報統制を敷きながら進める必要がある。基本的には、A級以上の人員を中心に、B級以上の必要最低限の人員を集める予定だ」
「いや、あの……そこでなぜ、ぼくが忍田本部長にお声がけいただくのか、全くわからないのですけれど……」
おずおずと疑問を呈すると、忍田はきりりと鋭い目元をわずかに綻ばせて、智也を好ましそうに見る。自分に自信のない子供の、成長に期待を寄せる年長者の眼差し。
「東隊の東隊長が、君を推薦してくれたんだ。今回の作戦に有用だろうと」
「東隊長、ですか?」
またしても、なぜ、だ。東隊長とは少し話したことがある程度で、わざわざこんな重要作戦に推薦されるような縁はなかったはずだ。表情いっぱいで疑問を示す智也に、忍田本部長はきちんと言葉を砕いて説明してくれる。
「今回の迎撃作戦は、ランク戦および通常の防衛任務を普段通りに回しながら同時進行で行うこととなる。そのため、侵攻のタイミングによっては作戦に参加できない隊が複数出てしまう」
「……わかりました」
そこまで説明されれば、智也にも理解できた。隊に所属している者だと作戦へ参加できない可能性があるが、一人でフラフラしているB級隊員ならば、いつでも暇で、融通が効くだろうということだ。
煩わしいのが嫌でチームの所属を断っていたことが、こんなところで仇となるとは。智也は、自分を推薦したという東のことを、内心ちょっと恨んだ。
「加えて、今回の迎撃作戦では射撃戦となる可能性が高い。だからといって近接戦闘が必要となる可能性も排せない。君なら、どちらの場合でも対応可能だろう?」
「いや、まあ……弾トリガーも孤月も、まだまだですが……」
「あまり謙遜ばかりするものではないよ。東隊長も私も、見込みのない者に声をかけたりはしない」
「はあ……」
智也としては過ぎた評価だと思うが、ここで食い下がるのも行儀が悪いような気がして、生返事をするに留める。
ここで自分が何と言おうと、対近界民の特別迎撃作戦とやらに駆り出されることは、既に決定しているようだし。仕方ないと諦めて、求められるところを全うするしかないのだろう。
忍田本部長からは、「詳細は端末に通知する」と言われ、智也はその場を後にした。本部長室を退室する直前、忍田から「期待している」と声をかけられ、智也は緊張の面持ちで頷くしかできなかった。
智也には街を守りたいという使命感はないし、戦功にも興味はない。ただ一つ大事なのは、学校から離れた居場所としてのボーダー。一人でいても異端視されない、個人個人が自立していて、無駄に体力を消耗するばかりのコミュニケーション——空気を読んだり、愛想笑いをしたり——を求められない場所。
そのボーダーから仕事を要求されてしまったのなら仕方ない。自分の大事な場所に居続けるため、求められる役割を果たすしかない。
本部長室からラウンジへ向かうエレベーターに乗り込み、智也はため息をついた。現状を受け入れる、諦めのそれは静かに響く。
一つだけ、腑に落ちないことがあった。これを追及しようとすれば、また慣れない人と話さなければいけない。しかし放置すれば、余計に気になっていらぬ気を遣う。
どちらがマシか考えていると、ちょうどエレベーターが到着の音を鳴らした。降りたところで行先をしばし逡巡し、智也はラウンジの方向でなく、B級部隊の隊室が並ぶ区画へと足を向けた。
「来ると思っていたよ」
アポイントメント無しに隊室のドアを叩いた智也を、東はにこやかに歓迎した。
訪れた東隊の隊室には幸運にも東一人しかおらず、智也はほっと胸を撫で下ろす。他の隊員がいると、いろいろ詮索されて面倒だ。
東は智也を応接セットに案内し、自分も向かいに腰掛けた。
「忍田さんと話したか?」
彼は智也の思うところなどお見通しのようで、前置きを飛ばして本題に入る。多くの隊員たちから信頼を集める実力者たる東と二人きりという状況に、心臓がバクバクしている。しかも以前東と会話したときには、緊張のあまりひどい失態を晒してしまった。蘇る羞恥の記憶を努めて無視し、智也はどうにか緊張を抑え込み、東の問いに頷いた。
「はい。それで、あの……」
「うん。言いたいことがあるなら言ってみろ」
東は決して急かすことなく、泰然と構えていた。そのおかげで智也も落ち着いて言葉を選ぶことができる。
「今回の迎撃作戦、東隊長がぼくを推薦したと忍田本部長からうかがいました。あの……なぜ、ですか?」
「忍田さんから聞かなかったか? 射撃も近接も対応可能で、隊にも所属していない、おまえのような駒を浮かせておくのは勿体ないからだよ」
「あ、いえ……そこはぼくも納得できているんです。ぼくがわからないのは……」
智也は一度口を噤み、適切な言葉を探した。できるだけ失礼のないような、自分の疑問が解決できるような問い方を。
「ぼく、東隊長とお話ししたこと、ほとんどありませんけど」
「そうだな」
「なぜ、ぼくのことをよくご存知なのでしょうか。孤月を使い始めたのだって、つい最近ですし……」
聞かれることがわかっていたように、東は一つ頷いた。そして子の成長を見守る親のような微笑みを浮かべ、智也の向こうに誰かの姿を見るように、目を細めた。
まだ二十代のはずの東だが、その老成し、また保護者然とした表情を見れば、彼がなぜ隊員たちから慕われるのか、彼とさほど関わりのない智也にも容易に察せられた。子供の多いこの組織で、上層部よりもっと身近なところにいてくれるこの眼差しは、多くの者にとって心強いはずだ。
東は、嬉しそうな笑いを言葉の端に滲ませて、「二宮の進言だよ」と種明かしをする。
「俺のところに二宮が来て、今回の作戦におまえを使うことを提案してきたんだ。俺はそれが作戦に有用だと思ったから、忍田本部長へ口添えした」
東の話を聞きながら、智也はもはや聞き慣れてしまった名前に、渋面を作っていた。智也を買ってくれているらしいその人は、ボーダー防衛の重要局面だろう作戦にまで、智也を駆り出そうとしていた。
己の力を買われて喜ぶどころか顔を顰める智也に、東が苦笑する。
「二宮に気に入られるのは嫌か?」
「い、いやっ、嫌というわけ、では」
あわあわと、表情を隠すように顔の前で手を振る智也に、言葉通り、嫌悪の色はない。東に誤解を与えてしまったかと慌てて、視線をあっちこっちに泳がせながら、適切な言葉を探る。
「ただ、あの、その」
「落ち着け。焦らなくていいから」
宥められ、深呼吸をする。すう、はあ、と何度か繰り返すと、ようやくしっちゃかめっちゃかだった頭の中が平坦になった。
落ち着いた脳内に浮かぶのは、幾度となく戦った二宮の顔。智也では遠く及ばないトリオン量に、培われた技術や戦術。怜悧な瞳でこちらを見据える、揺るぎない強者の姿。
「どうしてぼくのことを、とは思います」
何度考えても納得のいく答えの出ない問い。二宮に直接訊ねるのは憚られるし、他の人では想像に過ぎない答えしか返せない。智也はいまだに、自分の中に二宮に気に入られるだけの才能があるとは思えずにいた。
指と指を組んで、半分自分に語るように言葉を紡ぐ智也は、自分を見守る東の視線に気付かなかった。多くの隊員を育ててきた東の評価は、いつでも過不足なく、公平である。
「一つ、言わせてもらうが」
東がそう切り出すと、思考に没入しかけていた智也は、ここが東隊の隊室で東隊長の前であることを思い出し、はっと顔を上げた。
「おまえを今回の作戦に起用すると、最終的に決めたのは忍田本部長だ。おまえはただの二宮のお気に入りじゃなく、俺や忍田本部長が力を認めた隊員なんだよ」
それは忍田本部長からも言われたことだった。別の人から二度目を言われれば、いくら自己評価の低い智也だろうと、納得せざるを得ない。
自分の実力は、組織のためになると評価されている。
それが喜ばしいものか、疎ましいものか、今の智也には判別できなかった。確かなのは、自分がこの仕事をやるべきであるということ。本部長室を出た時に諦めとともに受け入れた仕事は、いま改めて、僅かな重みを持って、智也の胸の中に落ちてきた。
近界民襲撃の報を、智也は二宮隊の隊室で聞いた。辻から宿題を教えてもらっていた智也は、普段と違う端末のバイブレーションにびくりと跳び上がった。
北東方向にゲート発生、トリオン反応多数。近界民の侵攻と見られる。
隊室に揃っていた二宮隊の面々にも、同様に緊急の報が届いたようであった。端末を確認した二宮たちはすぐに戦闘体へと換装し、氷見がオペレーターデスクへと走った。智也も慌ててトリガーを起動する。
もしかしたら人型近界民と会敵するかもしれない。そう思うと、体が強張ってしまう。そんな智也の様子を目敏く気づいた犬飼が、軽く肩を叩いてきた。
「そう気負わなくても大丈夫。いつも通りでいいんだよ」
「犬飼先輩に励まされると余計ドキドキします……」
迎撃のために外へ急ぎながら、二宮が「佐藤」と声をかけてきた。二宮に名前が智也の名前を呼ぶのは珍しく、驚きと恐れとともに返事をする。二宮は前を見据えたまま、智也に指示を出す。
「おまえの扱いは忍田本部長から俺に一任されている。オペレーターも氷見が担当する。戦闘の状況によっては自分で判断して動け。わかったか」
「は、はい!」
「くれぐれも、俺に恥をかかせるなよ」
付け加えられた言葉に顔を引き攣らせた智也の耳元へ、辻が口を寄せる。
「あれは『期待している』ってことだよ」
「あ、頭ではわかるんですけど、やっぱり萎縮しますよぅ……」
弱音を吐きながら、智也は初めての近界民迎撃へ足を早めた。
二宮隊とともに外へ駆け出た時には、すでに辺りは銃声が響いていた。本部の屋上からは狙撃手の射線が光る糸のように、何本も連なり真っ直ぐに敵へ向かっていた。
地上では銃手や万能手たちが、本部に迫る二足歩行のトリオン兵たちを迎撃している。自分はあの場に加勢すべきなのだろう。
「敵のトリオン兵は連携してシールドを重ねるみたい。火力を集めて割る必要があるよ」
「わかりました、氷見先輩」
オペレーターからの通信に頷いて、自分の取るべき行動を考える。手っ取り早く火力を出すならば。両手にアステロイドを起動し、二つのトリオンキューブが溶け合い強力な一つになる姿を想像する。アステロイドは触れ合ったところから溶け合い、威力を秘めた弾となる。
「ギムレット」
宣言した声は、近くにいた二宮のそれと重なった。智也の弾が右の群れのシールドを割ると同時に、二宮の弾が左の群れを襲った。ガードが外れたところを、犬飼をはじめ、銃手たちが射撃する。どうやら、智也の判断は間違っていなかったらしい。内心で、ほっと胸を撫で下ろす。
銃手や射手の射程外へ退却した敵に、戦いは小休止となる。各隊の隊長ら年長者たちが何か話しているようだったが、智也はA級やB級の猛者たちの姿に、二宮の後ろに隠れ流ことで精一杯だった。
智也にとって、普段戦闘の記録映像でしか見ない姿の揃い踏みである。防衛任務の混成部隊で一緒になったことがある人もちらほらいるが、まともに話したことがある相手は皆無だった。この状況では、二宮ですら心強く思える。二宮さんの背がでっかくてよかった。
「ところで二宮ァ、見慣れねえヤツ連れてんな?」
狙撃手が地上に降り、戦闘が再開するかと思った時だった。タバコを咥えた粗野な口調の隊員——記憶が確かであれば諏訪隊の隊長だったろうか——が、二宮に水を向けた。明らかに自分のことを言われている。智也はびくっと肩を揺らして、二宮の背から恐る恐る顔を出した。
諏訪だけでなく、加古や嵐山といったA級隊長、その他鈴鳴第一の人や諏訪隊の銃手の人など、おそらく年長の面々が、物珍しそうにこちらに注目している。自分が話すのも烏滸がましいような実力者たちに目を向けられ、どうしていいか分からず、ひとまず可能な限り目を合わせないようにしつつ会釈をしてお茶を濁す。
そんな中、いたく楽しそうな加古がはいはいと挙手をした。
「私知ってるわ。あなた、二宮くんの弟子なのよね」
「えっ、いや、あの」
「ああ、噂になってたヤツか」
「あ、あの、ちが……」
智也が二宮の弟子だという誤情報は、こんなところまで届いていたようだ。訂正するより前に重なる誤解に、智也は焦って二宮を見上げる。どうにか訂正してくれないだろうか。そう期待するものの、二宮が誤解を正す様子はなく。
「……無駄話をしていないで、追撃に入るぞ」
二宮は、部隊を指揮する諏訪を促しただけだった。
「そうだな。期待してるぜ、二宮の弟子!」
「援護よろしくね、二宮くんのお弟子さん」
そうして、地上に揃った部隊は、敵トリオン兵への射撃を再開する。内心、「弟子じゃないんですけど⁉︎」と叫びたい智也を取り残して。
「別動隊に背後に回られた。佐藤、孤月を準備しておけ」
動きの違うトリオン兵が出現し、陣形が崩されかけたところで、二宮が智也にそう指示した。ハウンドでシールド越しの追尾射撃に集中していた智也は、突然呼ばれた自分の名前に反応が遅れる。
「はえ」
「遅い」
「は、はいっ!」
指示通り孤月を起動すると、左腰にまだ慣れない重みが出現した。鞘に収めた状態であるため、両攻撃のハウンドは継続している。だが、これでいつでも孤月に切り替えられるようになった。
「辻先輩と、えっと、ささ……先輩の方に行くべきですか?」
「今は必要ない。だがあのエース機がこちらに向かってきたら、おまえが抑えろ。できるだろう」
「が、頑張ります」
頷いたところで、二宮が智也の孤月の腕について、エース機を抑えることが「できる」と思っていることに気づく。普段は個人戦でボコボコにされるばっかりのため、この迎撃作戦が始まってから、新しく気付くことが多い。普段じゃありえないくらい二宮と会話をしているし。
トリオン兵に向き合いながら、智也は少しだけ心が軽やかなことを自覚した。
二宮に認められていることを実感できるのは、嬉しかった。
戦闘があと数分で終わると知らされ、玉狛第一の二人がフルパワーで射撃するなか、智也の耳に聞き慣れない声の通信が入った。
「佐藤くん、ちょっといいかしら」
玉狛のこぼしたトリオン兵を撃破していた智也は、突然入ってきた内部通信に素っ頓狂な声をあげ、キョロキョロと辺りを見回す。すると少し離れたところで球状の弾丸を操っていた加古が、智也に向けてウインクをしたのに気づく。
通信は智也のみに向けられているらしく、二宮や犬飼はトリオン兵の相手にかかり、加古と智也の内緒話に気付く様子は見えない。
智也はつとめて平然と、トリオン兵を射撃する手を止めずに、返事をした。
「加古さん、でよろしいんでしょうか」
「そう。改めて、はじめまして。いつも二宮くんがお世話になっているわね」
「お、お世話なんて……」
「彼、人の話を聞かないところがあるから、大変でしょ?」
「……まあ、それは」
否定をしない智也に、通信の向こうで加古が笑う声が聞こえた。そこで自分が、本音とはいえ、二宮について失礼なことを言ってしまったことに気づき、頭の中はわぁっと慌てふためく。嘘をついたり誤魔化したりするのが苦手なせいで、思っていることが口からすぐにポロッとしてしまうのは、智也の悪癖だ。
そういえば加古は二宮と同い年だったか。同級生に失礼な口をきく中学生というのは、加古から見ても不快なものなのでは……⁉︎
動揺に射撃の狙いがぶれ、二宮がじろりとこちらを見る。慌てて手元を修正すれば、また加古が笑う気配がした。
「すみません、思わず口が滑りました……」
「あら、いいのよ。二宮くんのそういう話、聞くの大好きだもの」
言葉通りうきうきしている加古の声音に、この人結構意地悪なんじゃないかと智也は慄く。
加古は笑いを含んだ声のまま、「あなたに言っておきたいことがあるのよ」と語った。
「彼、絶対あなたには言ってないだろうと思って」
「な、何を、でしょう」
「二宮くんが、あなたのことをすごく気に入ってるってこと」
その言葉に、智也はぱちぱちと目を瞬かせた。
「それ、犬飼先輩にも言われてます」
「そう? じゃああなたも承知の事実?」
「いやぁ……正直、半信半疑なんですけれど」
半信半疑どころか、二信八疑の方が正しいくらいである。犬飼や他の先輩たちからは何度もそう言われているのだが、あの二宮が智也なんかを気にいるというのは、いまだに信じがたいものがあった。
加古は簡潔に「犬飼くんの言ってることは本当だわ」と述べた。
「だって彼、私たちと一緒にいるとき、よくあなたのこと話しているのだもの」
「エッ」
「あなたが個人戦で二宮くんに勝とうと創意工夫していることとか、あなたがどれだけ有望な隊員かとか。もちろん、言葉は少なくて迂遠でわかりにくいけど、あれは確かにあなたのことを気に入っている話し方よ」
あの二宮が。言葉少なく、いつもすまし顔で、何を考えているのかわからない、あの二宮が。加古や他の友人たちといるとき、智也についてそんな評価をしていたとは。
「ほ、本当です……?」
「本当よ、間違いなんてないわ。元チームメイトの目は誤魔化せないもの」
自信たっぷりに言い切る加古へ、智也も納得せざるを得ない。そもそも、嘘を伝える理由が過去にはない。
今回の迎撃作戦への推薦もそうだったが、ここ最近、二宮が智也を評価してくれていることを様々な方向から知らされている。二宮自身は正面きってこちらを褒めてくれることなんてないので、与えられる情報の断片から、二宮の考えを必死で読み取ることしかできないのだけれど。
どんなに智也の自己評価が低くても誤魔化せないくらい、二宮匡貴という人に好意的に思われているのは確かだった。
にわかに、胸が熱くなる。智也は二宮の弟子ではないし、マイペースにボーダー生活を楽しんでいるだけの隊員だ。誰にどう思われようと、自分が楽しく快適にやれればいいと思ってボーダー隊員として活動してきた。ずっとそれでいいと思っていたし、今でもそれは変わっていないが——自分よりずっと高みにある人から力を買われるというのは、なるほど、なかなか気分の良いものだ。
「加古さん、ありがとうございます。ぼく、結構うれしいみたいです」
「よかった。二宮くんも、思っていることをもう少し素直に言葉にすればいいのだけれど」
「いえ……犬飼先輩とか加古さんみたいに、こうして教えてくれる人がいるので、十分です」
「そう? じゃあ、ここからは補足ね」
やけにもったいぶった加古に、智也は違和感を抱く。智也が先ほど薄々思ったように、加古は結構意地悪だった。
「二宮くんの話を聞いていた太刀川くんが、今度あなたと個人ランク戦してみたいって言ってたわ」
「たち……エッ、太刀川って、ええっ⁉︎」
突如挙げられたA級一位部隊隊長、個人総合一位の隊員の名前に、智也は動揺のあまりアステロイドの分割を忘れ、一発丸ごとトリオン兵に叩き込んでしまったのであった。
間もなく敵が撤退し、トリオン反応は全て消えた。地上で戦っていた部隊はいましばらくの警戒を指示されていたが、隊員たちの間にはリラックスした空気が漂っていた。
通常の防衛任務以外で、初めて敵性近界民の迎撃に出た智也は、皆とは少し離れたところで、無事に作戦が終了したことに安堵していた。
二宮は向こうで三輪と何か話しているし、犬飼は近界民のトリガーで手足に謎のぷよぷよつるつるの付着した米屋で遊んでいる。辻は攻撃手たちと健闘を労いあっているので、智也は一人ゆっくりと、この短くも濃い戦闘を反省することができていた。
「よう。おまえも駆り出されていたんだな」
気さくな声に振り向くと、イーグレットを担いだ荒船が、「お疲れ」と片手をあげていた。慣れぬ人々の中、顔見知りの隊員の姿に、張り詰めていた気持ちが少し緩むのを感じた。
「お疲れ様です。荒船先輩も無事で何よりです」
「俺がこんなトリオン兵にやられるかっての」
にや、と不敵に笑う荒船に、智也もつられて笑い返す。彼はきっと智也の姿を見て、気を遣って声をかけてくれたのだろう。その優しさがありがたい。
「おまえは大規模侵攻に出てなかったんだったか。初めての近界民迎撃はどうたった?」
「そう、ですね……」
二宮の進言が東と忍田に認められて参加することとなったこの作戦。見知らぬ大勢の隊員の中に放り込まれ、連携を求められる。緊張はしっぱなしだったし、たくさん気を揉んだ、けれど。
忍田や、東や、加古の言葉を思い返す。初めてのことに一歩踏み出したおかげで、彼らからたくさん二宮のことを聞けた。自分にはもったいないと思うような言葉とか、にわかに受け入れ難いような言葉とかだったけれど、智也の知らない二宮について、片鱗だけでも感じ取れたように思える。
「悪くなかった、かな?」
「……生意気な言い方だなァ」
荒船からヘッドロックをかけられキャアキャア悲鳴を上げながら、気づけば緊張は解れ、笑みが溢れていた。「ギブギブ」と荒船の腕を叩いていると、智也の声のせいか、こちらを見ている二宮と目が合った。
二宮はいつものようにクールで表情を崩さずにいて。普段なら萎縮してしまうというのに、今はなんとなく心が軽快だった。智也は少しだけ照れの混じった笑みで、この場に呼んでくれた二宮へ、感謝を示した。