二宮さんとコミュ障くん   作:まるとも石油王

2 / 12
コミュ障くんと犬飼先輩

 二宮匡貴というボーダーが誇るナンバーワン射手に、なんの因果かランク戦にて徹底的にぶちのめされた事件からこちら、智也は「強い人間と戦う」ことに今までよりも少しだけ積極的になっていた。

 今までの智也に向上心が無かったわけではない。自分の成長は自分自身で評価すれば良いという非常に内省的で個人主義な考え方であったため、彼の興味が他人との対戦に向かなかっただけである。二宮との対戦は、能動的なコミュニケーションを苦手とし、無意識のうちに避けてきていた智也の内面に、一石を投じるものとなったのだ。他人と関わることが苦手なのは変わらずとも、勇気を振り絞って、自分より上位の隊員へ個人ランク戦を挑むことができるようになってきていた。

 あの事件以降妙に智也を気にかけてくれているらしい二宮とも、何度か対戦をした。ポイントを取り合わない模擬戦であることもあったが、基本的には個人ランク戦での対戦だ。正直智也から二宮への苦手意識は増すばかりで、感謝の気持ちはあれどもこちらから自発的に彼へ関わることはほとんどない。決して二宮が嫌いなわけではないが、容姿端麗で、強くて、智也ごときの庶民が近寄ってはいけないオーラを感じて胃酸が分泌過多をおこしてしまうのだ。

 そんな二宮との試合は、突然現れた彼が智也に有無を言わせず「戦(や)るぞ」と一言口にするだけで成立する。重ね重ねになるが、彼との個人ランク戦自体はそれほど嫌ではないのだ。腹をくくって戦闘フィールドに転送されてしまえば、自分の持つ技術をぶつけて相手をダウンさせることに全霊を注ぐだけなので二宮が怖いとか胃が痛いだとか考えている暇はなくなる。それでも、腹をくくる前までの、心の準備がなされていないときに二宮と対峙することには、本能的な恐怖を感じずにはいられない。智也のほうから二宮にランク戦を挑むなら、前日の夜から精神統一をして決意を固めておく必要があるのに、二宮はこちらの事情などお構いなしに現れるのだ。もう少しこちらを気遣ってほしいと思うが、矮小な自分ごときの言葉が聞き入れられるとも思いにくい。強引な態度と冷たい表情の合わせ技で、智也にとって彼の姿は畏怖の対象だった。

 つい先日二宮から強引にランク戦を要求されたときなど、早めに帰り支度を済ませて帰路につこうとしていた智也を誘ってきたのだ。強引を通り越して非常識ではないか。いくら二宮が忙しく、その日その時間を逃せば次の機会は遠くなってしまうとしてもだ。

 今回ばかりはきちんと拒否すべきだと、仁王立ちで行く手を塞ぐ二宮に抗議した。

「こ、今夜は八時から観たいテレビが! そのあと読みたい本が!」

「よし、頭を吹っ飛ばされるか、胴体に風穴開けられるか。好きな方を選べ」

「すみませんつい本音が! 無闇な暴力は良くないと思います!」

 結局二宮から弾丸の嵐をたっぷりお見舞いされ、家に帰れたころには夜九時を過ぎていた。こんな調子のやりとりを何度したか考えるのも既に諦めるほど、二宮に連行されての個人ランク戦は智也にとって身近なものとなってきていた。少々不本意ではあるが。

そもそも智也のような平々凡々かつ根暗コミュ障にとって二宮や二宮隊のような人たちは、普通に生きている限り逆立ちしたって接点などないはずの人種なのだ。芸能人みたいに綺麗な顔をしているし、黒スーツが恐ろしいくらい似合っているし、戦闘の実力もあって、直視するだけでキラキラオーラで目が潰れそう。

 どうしてそんな激強キラキラ集団の筆頭がこれほど自分を構うのか疑問を抱きながら、智也は戦闘記録から他隊員の戦闘スタイルを分析し、それを元にした自主練習に励み、たまに勇気を出して模擬戦や個人ランク戦を挑んだりと、それなりに充実した日々を過ごしていた。

 

 中間テストと試験勉強の関係で、ボーダーへの出勤が十日ぶりとなった今日、智也はそれなりに上機嫌でラウンジの一角を陣取って、一人で戦闘記録を眺めていた。自分が休んでいた間のB級ランク戦だけでも、観るべきログはたくさんある。試験が終わった開放感を満喫しながら、智也は意気揚々と愛用のノートを開き、ボールペンを走らせた。学校の勉強も嫌いではないが、トリガーを使った戦闘から自分なりに戦術の意図を考察したり、智也では思いつかないような立ち回りに感嘆したりするのは、数学や英語の問題を解くのとはまた違って楽しい。智也が独力で戦闘について学ぶようなことを、周囲の隊員たちは自分で見つけた師匠に教わっているのだろう。きっと、そのほうがよっぽど効率的だ。それでも、智也は自分のやりかたが非効率的であることを自覚しながら、この方法を捨てる気にはなれなかった。だって、こんなに楽しいのだ。地味で、ぼっちで、効率が悪くても、楽しいということはなにものにも代え難い。

 ――などと、非常に気分良くテスト終わりの放課後を謳歌していた智也は、自らに忍び寄るわざわいの足音に気づくことができなかった。

「やあ智也くん、久しぶりだね」

 がたり、智也の牙城と化しているテーブルの、智也のちょうど正面にあたる位置の椅子に誰かが腰掛ける。ランク戦の記録映像を再生する液晶にかじりついていた智也はかけられた声への反応が遅れ、一拍おいて声の主に思い当たった瞬間にぞっと背筋が冷えた。硬直した筋肉を無理矢理動かして顔を上げると、にこにこ笑いかける犬飼と目が合った。合ってしまった。

「こ、こ、こんにちは、犬飼先輩」

「うん、こんにちは。最近顔見なかったけどどうしてたの?」

 目を細めて少しだけ首を傾げた微笑みは、女子が見たら喜びそうだ。男の智也でさえ、こんなイケメンに笑いかけられれば動悸が激しくなるのも仕方ない。この胸のどきどきは、ときめきとは全く違うものだとはわかっているけれど。――怖い。智也は内心で悲鳴を上げながら、よりにもよって犬飼に捕まった不運を嘆いた。

 智也は犬飼に対して、二宮へとはまた違ったベクトルの苦手意識を明確に抱いていた。二宮はいつでも難しい顔をしていて、怒っているのかもしれないと深読みしてしまうのだけど、犬飼はにこにこして気さくに接してくれるのに、その笑顔の底が知れなくて恐ろしさが拭えない。何より、イケメンで、フレンドリーで、頭が良くて、女の子にもモテるという、スーパーリア充の波動を感じてしまって、生粋の根暗を自覚する智也は彼のテンションを全面に受けるだけで刻々と生気を吸い取られるような心地なのである。相容れぬ人種というやつだ。

 ともすると二宮以上に一対一の会話に苦手意識を抱く犬飼を正面に、智也はあっちこっちへ視線を彷徨わせて「中間テストが……」とぼそぼそ弁解した。

「ボーダー来ないでずっと勉強してたんだ? 智也くんもしかして真面目?」

「勉強してました……」

「他の中学生たちは先週にはテスト終わってたみたいだけど」

「ぼ、ぼくは市外の学校なので……ボーダー提携してない私立だから、融通効かなくて……」

 あくまでも穏やかな雰囲気で、しかし智也にとっては取り調べを受けているような心地だった。たしかに少々長く休んでしまったが、本部にはきちんと届けを出してあるし、防衛任務のシフトだって開けてもらったのだ。智也には何一つ落ち度はないはずだ。

 問い詰められる理由に心当たりがなく、居心地の悪さに智也は冷や汗を流す。緊張するとすぐに背中のほうに嫌な汗をかく体質で、それが不快でたまらない。逃げたい、逃がしてほしい。カメレオンを持っていたならいますぐトリガー起動(オン)して逃亡するのに。緊張のあまり思考が迷走してきた智也を前に、犬飼は喉を鳴らして笑いを漏らした。

「智也くんさ、それ二宮さんにちゃんと言った?」

「えっ……」

「試験のこと。休み入る前に報告しなかったでしょ」

 智也は十日前を思い返す。休みのことは、書類上で本部からきっちり許可を貰っていたが、一般の隊員には誰一人として告げていなかった。長期間顔を見ないからと心配してくれるほど親しい友人はおらず、チームにも所属していないので、告げる相手も必要性もなかったのだが。しかし、なぜこの話の流れで、二宮の名前が出るのか。智也には見当がつかない。

「確かに二宮さんに言ってないですけど……というか誰にも言わなかったし……」

「二宮さんご立腹だったよ」

「えっ」

「あー、ご立腹っていうか、イラついてたっていうか」

 くすくす笑いを噛み殺しながら、犬飼はおかしくてたまらないといった様子。けれども智也は自分の休みと二宮の立腹が全く繋がらず、混乱して首を捻るばかりだ。その察しの悪さまで犬飼のツボに入ったらしく、彼は肩を震わせている。随分ご機嫌のようだ。

「あー、やばい。まさかとは思ってたけど、これマジだ。智也くん最高だね」

「ぼくは全然最高じゃないです……なにがそんなに面白いんですか、もう」

 むっと顔を顰めて、犬飼を睨む。智也が睨んだところで威圧感など与えられるわけもないが、不快だということは表せるはずだ。犬飼は、今度はにやにやと人の悪い笑みを浮かべて、猫のように目を細めた。笑ってるだけなのに、ころころと表情の変わる人間だ。

「智也くん、試験とはいえ十日も休むんなら、師匠に一言いっておかないと駄目だよ」

 そのアドバイスに、智也はきょとんとして一呼吸、次に首を捻った。智也に師匠はいないので、犬飼の言葉は的外れが過ぎる。

「師匠ってなんのことですか。誰かと間違ってるんじゃ」

「いやいや、きみ、二宮さんの弟子でしょ」

 ――二人の間に沈黙が落ちた。騒がしいラウンジの中、智也と犬飼が向かい合うテーブルのみ、外界から隔絶されたように静まり返っているように思えた。智也は瞬きを二度、三度。犬飼を見つめて、再度首を傾げた。はて、〝きみ〟とは。もしかして自分の後ろに誰かいるのかもしれないと、智也は背後を振り返り、ついでに周囲をきょろきょろと確認する。それらしき人物はいない。

 智也は犬飼に向き直り、自分を指さした。

「えっ、ぼく、二宮さんの弟子だったんですか?」

 あまりに突拍子もない指摘に驚く以前に、「なにかの間違いでは」と真顔で聞き返す。確かに二宮と顔見知りになり、どうしてだかちょくちょく試合をするような関係になってしまっているが、師弟関係になった覚えはこれっぽっちもない。

 ついに犬飼は吹き出し、耐えられないと腹を捩る。面白がらせるつもりのない智也には心外の反応だ。

「笑ってないで説明してください!」

「あはは、説明もなにも。二宮さんが智也くんを弟子にしたってこと、もうみんな知ってるよ」

 噂ってのは足が速いねとにやつく犬飼の顔をまじまじと見つめて、智也はようやくことの重大さに気がついた。戦慄し、血の気が引く。

「二宮さんはそんな話まったくしてませんでしたけど!?」

「わざわざ言うような人じゃないから。きみが来てない間、そりゃもう怖かったのなんの」

 どう怖かったのか、聞くのが恐ろしい。そしていま犬飼が、久しぶりに来た智也を見つけたということは、もしや。

「うん、きみの想像通り。二宮さんに智也くんのこと教えちゃった。あと十分くらいで来るからそこを動くなって」

 わざわざスマートフォンを見せつけて、犬飼がにこやかに言い放つ。

「……見逃してくれませんか」

「そんなことしたら僕が叱られるじゃん。二宮さん来るまでおしゃべりしてよう」

 彼は頬杖をつき、人好きのする巧笑を振りまいた。あくまで提案でも、そこには有無を言わせぬ雰囲気があった。もはや智也に逃げ場はなく、“ご立腹”らしい二宮に引き渡される瞬間を待つのみだ。

 智也は両手で顔面を覆って俯いた。ゆっくりと、意識をして呼吸を整える。

「なにしてんの」

「精神統一です」

「そんなに二宮さんが苦手?」

「苦手ですよ……ぼくみたいな特筆すべきところもない平凡なB級が、どうしてこんなに構ってもらえるのか謎だし……」

 手のひらの隙間から、深いため息を漏らす。この調子では試験休み中落ち着いていた胃痛も、今夜あたりから再発するかもしれない。師弟のことだって智也は誓って聞いていないし、きっと二宮も智也なんかを弟子にしたつもりはなく、犬飼が勝手に誤解しているだけなのだ。そうであってほしい。

「いいこと教えてあげるよ」

 俯いて呻く智也の耳に、くすくすと吐息交じりの声が届いた。僅かに顔を上げて様子を窺えば、目を細めて軽薄な印象の拭えない笑みを浮かべた犬飼と目があう。

「二宮さんがきみを初めてボコボコにしたあと、僕、『きみが二宮さんに再戦を挑むか』で焼肉を賭けようって二宮さんに言ったんだ。僕はきみが泣き寝入りする方に賭けるつもりだったんだけど」

「……勝手に賭けの対象にされてた」

 恨みをこめて睨めど、犬飼はへらへらいなして取り合わない。そもそもそんな条件では、前者に賭ける者などいなくて、賭け自体成立しないのではないだろうか。

「まあ、取りあってくれなかったんだけど」

「でしょうね」

「『勝ちがわかってる賭けなどつまらん』ってね」

「……はい?」

 智也の気のない相槌に重ねられた言葉は、予測の正反対の意味を語っていた。ぱちぱちと瞬き、犬飼が「嘘だよ」と言う気配がないことを察し、数拍遅れてあんぐりと口が開く。間抜け面を晒している自覚はあるが、それどころではない。

 にんまりと口の端を上げ、腹の見えない無邪気さを湛えて、犬飼はひどく上機嫌である。

 

「きみ、すごく気に入られてるみたいだね。せいぜい期待に沿えるよう頑張って」

 

 ショートして機能を停止した機械のごとく、呆然と犬飼を見つめるばかりだった智也は、すぐそばに迫る横暴な靴音に気付くことができなかったのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。