「二宮、弟子取ったそうですよ」
東がそう太刀川から聞いたのは、いつものように諏訪隊の作戦室で麻雀をすべく集まったときだった。「へえ」と答えたのは東と冬島で、諏訪は既に堤経由で話を聞いていたそうだ。なんでも、二宮がチーム未所属のB級隊員を弟子にしたとか。
おかしな話ではない。ただ、二宮と同じチームで戦い、彼の成長を見守った東からすれば非常に感慨深かった。東の手を焼かせた彼が、誰かを指導する立場になるとは、元隊長として嬉しいことこの上ない。もしかすると同じようなことを二宮隊が結成されたときも、加古隊や三輪隊のときも考えたような気がするが、それはそれ。後輩の成長はいつでも嬉しいものだ。
「なんか、射手の中学生だって。確か……佐藤、とかいう」
太刀川から名前を聞けば、ぼんやりと、そういえばそんな子がいたなあと思い出せる。隊に所属していないB級隊員とは混成チームで防衛任務に出ることがあるが、佐藤智也とは今までに何度か一緒に任務にあたった覚えがあった。
射手としての筋は良く、トリオン量もそれなりな隊員だが、どこか他人から一線を引いているような、何を考えているのかわかりにくい子だった、はずだ。任務中はミスなく自分の仕事をこなしていたと記憶するが、名前を言われてようやく思い出すような、あまり目立たない隊員だ。
ふと、狙撃手の合同訓練の際に、新設のチームに射手を入れたがっていた隊員がぼやいていたことを思い出す。東の耳に聞こえたのは偶然だったが、確か佐藤が勧誘を断ったとか言っていた。ちょっと評価が良いからって気取っているだとかなんとか文句を言われていたようだったが、もしかすると大人しい印象の佐藤も、実際は昔の二宮のようにとんがっているのかもしれない。似た者同士で引き合ったのだろうか。
何にしろ、二宮と佐藤、どうにも東には接点の見つけづらい二人だ。うまくやれているのだろうか、老婆心ながら気にかかった。
――ゆえに、ラウンジでくだんの少年を見つけたとき、思わず声をかけてしまった。
自動販売機の前で難しい顔をしている佐藤が目にとまったのは、偶然だ。休憩がてらぶらぶらと出てきたラウンジで、先日雀卓を囲みながら話題に上った中学生の横顔が、行き交う隊員たちの向こうに見えたのだ。三門市外の私立中学の制服を着ている彼は、同年代の隊員の中に居ると目に留まりやすい。
彼は歩み寄る東にも気づかず、困り顔で自動販売機を前に首を傾げていた。既に百二十円が投入されている機械は、缶ジュースのボタンが赤く点灯しており、佐藤の人差し指はホットミルクティーとホットココアのボタンをうろうろしている。
「迷ってるのか?」
何気なく声をかけたところ、東よりずっと華奢な肩がびくりと飛び上がった。その拍子に決めかねていた指がココアのボタンを押し、がこん、鈍い音が足下から響く。
大げさすぎる反応に東が面食らっていると、佐藤が引きつった顔で振り向き、東を見上げる。ほとんど関わったこともない、しかも十歳も年上の隊員が突然声をかけたせいで驚かせてしまったようだ。棒立ちになっている少年の代わりに東が屈み、取り出し口に落ちたココアの缶を回収すると、「はい」と佐藤に手渡した。
「あ、ありがとうごじゃいましゅ……!」
噛んでる。恐縮してぺこぺこ頭を下げる佐藤を前に、東は苦笑した。任務のときの取っつきにくい印象とはだいぶ違うが、これが普段の様子なのだろうか。
「東隊の東だ。ちょっと話したいんだけど、今いいか?」
「えっ……いま、ですか」
「都合悪い?」
「いや別に、悪くない、です!」
ちぎれんばかりに左右に首を振る姿は、大型犬に凄まれたポメラニアンを彷彿させる。どう見ても東を怖がって、まるで誘いを断れば命はないとでも思っているような必死さだ。
なんか、想像していた子と違うな。内心そう思いながら、「じゃあ、そこで」と空いていたテーブルを示した。
佐藤少年は東に言われるまま席についたが、明らかにガチガチに緊張しており、缶飲料のプルタブを明ける手つきも覚束ない。向き合うかたちで座ってしまったせいで、余計に尋問のようになってしまう。
目の前の少年はできるだけ平然としていようと努力しているみたいだが、視線はきょときょととあちらこちらを彷徨き、一度も東と目が合わなかった。瞬きの回数もやけに多い。
師匠としての二宮の様子を聞きたくて声をかけた東だが、自分を怖がっているらしい中学生を前に、どう接したものかと困惑していた。と、そのとき佐藤の後ろに位置する人工観葉植物の影から、見慣れた髭面がひょこりと顔を出した。太刀川だ。
偶然そこにいたらしい太刀川は、佐藤の背後からジェスチャーで話しかけてきた。口の動きも合わせて読み取ると、「それが二宮の弟子?」あたりだろう。東が頷くと、更に太刀川の横から加古が顔を覗かせる。同い年で仲の良いことだ。二人は興味津々で、同席する東と佐藤を眺めている。
図らずも見世物みたいになってしまったと東が僅かな申し訳なさを抱いたところで、「あの、」と佐藤のほうから口を開いた。沈黙に耐えられなくなったらしい。
「お話って……」
「ああ、うん。二宮がおまえを弟子にしたって聞いてな――」
「二宮」「弟子」というワードで、佐藤の顔色がさっと青ざめる。
「――師匠としてのあいつはどうかって、聞こうと思ったんだけど」
「弟子じゃないです」
否定は早かった。佐藤は東の言葉を遮る勢いで流布する噂を根本から否定した。あまりにきっぱりと、そして必死な口調に、東だけでなく向こうで聞き耳を立てている太刀川と加古も怪訝な面持ちになる。
「二宮さんには、その……妙な成り行きゆえいろいろお世話になってますが、弟子じゃないです」
「弟子じゃ、ない」
「弟子じゃないんですよ……」
疲れた表情でどこか遠くを見る少年は乾いた笑いをもらした。佐藤はそう主張するが、噂の広まりようを考慮するとにわかには信じがたい。
東は頭の中で情報を整理しながら、慎重に話を進める。これは余計なことを言うとこんがらがりそうだ。
「でも、最近二宮隊とおまえが一緒にいるって、いろんなとこで聞くぞ?」
それは二宮が中学生と個人戦をしていただとか、犬飼がチーム未所属の隊員に絡んでいたとか、二宮隊での焼肉会に隊員じゃない少年が混ざっていただとか。隊員たちに慕われている東の広い人脈、あちこちで「二宮の弟子」の目撃情報が上がってきていた。
噂の真偽を確かめる東に、佐藤は「それは不可抗力で……」と項垂れる。本気で嫌がっているようには見えないが、対処に困っているのは確かなようだ。
「そもそも不可抗力でもなきゃ、ぼくがあんなスタイリッシュ極道ジャパニーズマフィアみたいな人たちと関わるわけ――」
思わずといったふうに吐露した言葉は、途中ではっと我に返った佐藤自身の手で塞がれた。彼はばっと両手で口元を覆ったけれども、時既に遅し。正面に居た東だけでなく、フェイクグリーンの裏でこそこそしていた太刀川と加古にもばっちり聞こえていたようだ。太刀川だろうか、飲み物に噎せる咳が聞こえる。
しかし後ろを気にする余裕もない佐藤は、口を押さえたまま硬直し、数秒後にやっとのことで「いまの、聞こえました……?」と東に確かめてきた。蚊の鳴くような声だった。
「ああ、聞こえたな」
「ひぃ……! そ、そんな、二宮さんのことを有能だけど偉そうな若頭だとか犬飼先輩のことをナチュラルボーンサイコの若衆だとか辻先輩のことを刺青すみが似合いそうな用心棒だとかぼくが思ってるなんて、お願いですから内緒に……!」
どうやら彼は、テンパると余計なことを口走ってしまうタイプらしい。佐藤は聞いてもいないことを半泣きでまくしたてている。東はこの場を和めようと努力する一方、妙な形容をされている二宮隊に失笑してしまいそうになるのを耐えていた。
確かに二宮隊の隊服は、極道と言われればそう見えなくもないし、それぞれの隊員の形容もわからなくはない。現に太刀川は佐藤の二宮隊評がツボに入ったようでテーブルに突っ伏して背中を震わせているし、加古も我慢ならずに顔を背けて震えていた。
「ちが、ちがうんです! お世話になってるのは確かですしもちろん感謝もしてます! でも苦手なのは仕方ないんですよ!」
「うん、大丈夫、いろいろ事情があることは察した。だからそんな緊張しなくても平気だぞ」
どうどう、と混乱して支離滅裂になっている少年を宥める。二宮の師匠ぶりを聞きたくて話しかけたけれども、これはまず二宮のほうに事の次第を聞いた方がいいだろう。
手にしていたココアを一口飲んで多少冷静さを取り戻したらしい佐藤は、おずおずと東に上目遣いで尋ねる。
「あの、お話はこれで……?」
「おお。付き合わせて悪かったな」
一刻も早くこの場から立ち去りたいと全身で訴えていた少年は、東の了承を得ると、「じゃあ……」と逃げるように小走りで行ってしまった。去り際にぺこりと頭を下げるのが、律儀というか。もしかすると彼はひどい人見知りなだけなのかもしれない。
佐藤が姿を消したのを見計らって、立ち聞きしていた二人がにやにやしながら東のそばに寄ってきた。
「いやあ、なんか、変わったやつでしたね。ス、スタイリッシュ極道……!」
佐藤の独特な二宮隊評を思い出した太刀川が、吹き出すのを必死で堪える。
「二宮くんが怖いなら、私が優しく教えてあげるのに。それにしても、偉そうな若頭って……!」
「気持ちはわかるが、あんまり笑ってやるなよ」
呼吸困難に陥っている二人を落ち着かせて、東は先程の少年と二宮について考えていた。
佐藤について人見知りが強く内気な少年という印象を抱いたが、二宮のほうもお世辞にも人付き合いが上手いとは言い難い。初対面の人間に悪い意味で誤解されることもしばしばだ。
「加古、太刀川、ちょっと二宮とあの子を気にしてやってくれ。悪いやつじゃないんだが、どうにも誤解を与えやすいから」
「はぁい。二宮くん、顔コワイものね~」
二十歳にもなった後輩に過保護だろうとは自覚しながら、同学年ゆえに二宮と顔を合わせる機会の多い二人に声をかけておく。いまだ思い出し笑いでツボに入っている二人にため息をつきつつ、東も二人につられて笑ってしまった。
後日二宮と顔を合わせた太刀川が「よう、若頭!」と口を滑らせたことにより、スタイリッシュ極道は二宮隊の知るところとなった。便乗して二宮を若頭と呼ぶ二宮隊員たちを目にした佐藤はその場で平謝りしたそうだが、舎弟を引き連れていつもの黒スーツで颯爽と歩く二宮は、目撃した東からすれば満更でもなさそうだった。