地形に合った弾種の選択、味方全体を援護できる適切な位置取り、欲しいときに絶妙なタイミングで放たれるハウンド。
即席混成部隊での任務は、往々にして個人技になりがちである。通常の任務シフトでは足りず報酬を稼ぎたい奴や、B級でありながらチームを組まない一匹狼、とにかくトリオン兵を討伐したい奴、そういった人間が集められるからだ。
そんな混成部隊の防衛任務で、その日の二宮は己の力を遺憾なく発揮することができていた。個人ランク総合二位を誇るに相応しく、戦闘能力には自信があったものの、交流の少ない隊員と組んでこれほどストレスなく戦えるのは珍しいことだった。それは二宮に限らず、共に任務に就いた攻撃手たちにも言えていた。
攻撃手たちはその日の好成績を自分たちの調子がよかったからだと思ったようだが、二宮はその理由をしっかりと理解していた。
二宮と同じポジション――射手としてチームに編成されていたのは、周囲とあまり言葉を交わさない、大人しい印象の男子中学生だった。
換装を解いた少年は、三門市外の私立中学の制服を着ていた。特筆すべきところはそれだけで、気がつけばするりと姿を消して帰宅してしまっているような、地味な少年である。B級ランク戦で顔を見たことはない。
そんな彼の技術に、二宮は素直に感心した。
仲間が高いパフォーマンスをできるようアシストできる。しかもほぼ初めて組む相手にだ。援護された人間がそれと気づかないほど自然に支援できるのは、能力のある証拠だ。
良い射手が出てきた――それが、二宮匡貴が佐藤智也という後輩へ下した、初めての評価だった。
二宮匡貴は、好きなものの一つに「才能のある人間」を挙げる。
二宮隊には才能のある隊員ばかりを集めたし、才能は正当に評価されるべきであると思っていた。
ゆえに、佐藤智也が隊にも所属せずふらふらし、個人ポイントでも六千ポイント程度に甘んじていることに疑問を抱いたのである。
トリオン量をとっても、ボーダー内のデータベースによれば十点満点評価で九点だ。年齢を鑑みても、今後の更なる成長が期待できる有望株と言えるはず。
まだ戦い方に荒さがあったり、攻撃の際に慎重になりすぎるきらいがあったりするようだが、適切な指導を受ければ見違えるようになるだろう。なんなら二宮自身が師匠となってもいいとまで思っていた。
とにかく、あれだけ「使える」射手ならどこのチームからも引く手数多、マスターランクさえ手が届くだろうに、なぜあんな隊員がB級で埋もれているのかどうしても気になったのだ。
そうして二宮は、佐藤という隊員の観察を始めた。
始めた、のだが――
すぐに二宮は理解した。佐藤智也には知識を得る、技術を学ぶという目的はあれど、「上を目指す」という意志がないのだと。
防衛任務はボーダー側から求められる最低ラインでシフトを入れているに過ぎず、個人ランク戦の対戦記録はB級昇格以降に限ると、数える程度。ランク戦は負け無し、すべての試合で危なげなく相手を下していたが、記録映像に映る佐藤の表情に高揚はなく、勝者でありながらむしろ申し訳なさそうに眉を寄せてぺこぺこと頭を下げる始末であった。
さらに佐藤智也の名に注意を払っていると、ある噂が二宮の耳へと届いた。曰く、B級の佐藤という射手は、どれだけチームに勧誘されても誘いを断るのだと。ラウンジで愚痴を漏らしていた隊員の話によれば、奴は「自分はマイペースに楽しみたいから」と言うのだそうだ。
マイペースに、楽しみたい、と。
それを聞いた瞬間、二宮の我慢が限界に達した。
佐藤智也という隊員には、恵まれたトリオンがある。フィールドを見渡す観察眼に、戦闘中に自分がすべきことを瞬時に判断する思考力も、そこから行動する対応力もある。
佐藤にボーダー戦闘員の才能があるのは、明白だ。本人の消極な態度によっていまはまだあまり注目されていないが、才ある者を見抜く目に関して、二宮は自信を持っていた。
だからこそ、二宮にはその才を持て余すような、佐藤の態度が癪に障ったのである。その日のうちに、二宮は初めて会話をする中学生相手を個人戦に引きずり込み、一方的に叩きのめしていた。
きっと、才能を認めた後輩に、井の中の蛙でいてほしくなかったのだ。彼が満足していようと上には上がいるのだと見せつけて。そして佐藤智也はやりようによっては上に上がれる人間のはずだと、気づかせたかった。
「二宮さんが中学生ボコボコにしたって、噂になってますよ」
聞きつけた犬飼が、にやにやと「珍しいこともありますね」と笑う。
「いたいけな後輩いじめて、ボーダー辞めちゃったらどうするんですか。ただでさえ二宮さん、顔が怖いのに」
「……そうなったら、そこまでの人間だったというだけだろう」
「あ、じゃあその子が二宮さんにリベンジマッチ申し込むか、賭けませんか?」
部下の軽口には慣れている。新しいオモチャを見つけて面白がっている犬飼を一瞥して、二宮はきっぱりと答えた。
「勝ちがわかっている賭けなどつまらん」
もちろん、あまりにも派手に負かしすぎて佐藤の心を折ってしまう可能性もあった。
けれども二宮には不思議と、あの少年はしぶとく食らいついてくるだろうという確信があった。一人遊びに興じ、負けのない世界で楽しく過ごしていた、太刀川あたりに言わせれば「舐めプ」の少年。
その彼に、二宮は力を、強さを、技術を見せつけた。対戦には消極的だとしても、トリガーでの戦闘技術をあそこまで修得している佐藤が、一方的にやられて黙っているわけがない。
そして、期待通りに二宮へリベンジを申し込み、期待以上に善戦した佐藤智也を、二宮は弟子として迎えたのである。
特にはっきりと口にしたわけではなかったが、教導のために個人ランク戦を繰り返す関係は、師弟以外に表されるものはないはずだ。佐藤と対戦を繰り返すたびに、彼はその前の試合で二宮が見せたテクニックを学び、二宮が見せた動きを真似し、その合間にも自主的な勉強を進め――まるでスポンジが水を吸い込むように、ますますの向上を見せた。
まるで親の動きを真似する子のようで、親しみを感じていたのは間違いない。
ゆえに、教えてもいない合成弾で初めて一本を取られたときには、彼がそこまで成長したという感慨を越えて、自分以外の教えの片鱗を見てカッとなってしまった。
二宮自身、筋の通らないことを言った自覚はある。
内気な佐藤の交友関係が広がるのは良い傾向であるのに。嫉妬や独占欲にも似た感情に突き動かされて、初めての勝利を称えもせず、彼へ理不尽なことを言ってしまった。完全に子離れのできていない親だ。
二宮という強敵に勝ったのに、しかも新技まで覚えてきたのに、一切誉められず、逆に叱られるなんて。冷静になれば、佐藤の落胆は想像に難くない。彼が真正面から二宮にキレてきたのは意外だったが、当然のことだろう。
そう、理解はできていても。今更佐藤のところへ謝りにいくなどできないのが、二宮匡貴という男のどうしようもないところだった。
結局、佐藤と会わないままに一ヶ月が過ぎていた。
最近の佐藤は何の心境の変化か、個人ポイント稼ぎにせいを出しているらしく、お粗末だったポイントがもうすぐマスターに届くかというところまできていた。犬飼がこそこそ動いて佐藤に入れ知恵でもしたのだろうか。
がんばっていると思うと同時に、彼はこんなものじゃないとも思う。評価が厳しくなってしまうのは、師匠としてあの子の才能を引き延ばしてやりたいからだ。
こんなことを漏らせば、加古あたりに「あら、師匠はフられたんじゃなかったの」と揶揄されそうだ。
佐藤を内気だとか人付き合いが下手だとか思っていたけれども、自分も大概じゃないか。ため息をつきながら、他の隊員たちが出払った二宮隊の作戦室で、佐藤の個人戦のログを眺める。
アステロイドのキレが増している。相手の反撃を封じながら、ハウンドでとどめを刺すことができている。逆に、突進傾向の戦い方は課題だ。以前からその片鱗はあったのだが、射手のくせに相手へあまり突っかかるなんてリスクばかりだ。バッグワームも交えた効果的な距離の取り方を覚える必要がありそうだ。
佐藤と会ってもいないのに、彼に教えるべきことを考えてしまう。未練がましいとわかっていても、彼の才能の開花を二宮の手で促したいという気持ちは隠せなかった。
これでは、元カノにすがる男のような状態だ。二宮は自分の情けなさにため息をつき、眉間を指で押さえた。
作戦室は静かだ。辻も氷見も今日はまだ学校にいるようで、犬飼は三十分ほど前に荷物だけを置いて出て行ってしまった。物思いにふけるなら、静かであることはありがたい。ため息をつくなら一人のときだ。
そんな二宮の時間は、挨拶もなしに開いた扉に遮られる。
一人の時間を妨げた音に、反射的に振り向く。そこに立っていた人物に、二宮は瞠目した。
「たた、た、たのもう! たのもう!」
道場破りのような時代錯誤な挨拶は、どもりながらも精一杯張られた高い声で、ますます滑稽に響いた。けれども、その声の主の真剣な表情に、二宮は思わず椅子から立ち上がった、
「二宮さん!」
「……ああ」
「ぼくと一本、真剣勝負のタイマンしてください!」
そう頭を下げた少年の姿が、初めて彼が二宮隊作戦室を訪れた日と被って、やけに懐かしく見えたのである。