Fate/Grand Order -East in the lost order-   作:浜田猫@執筆中

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時間かけたわりに助けて欲しいくらい全然進んでません。ごめんなさいぃ泣


妖々跋扈

 どうにも、世界が終わるというのは本当らしい。

 人理修復の記憶を奪われた立香にとって、世界の滅亡なんて言葉は比喩表現以上の意味を持たなかったし、たとえその言葉を口にした誰かを信じたとして、やはり本当の意味での現実味は感じていなかった。

 だがそれもまた人間の本質。後の祭りという言葉が生まれたように、人は直面して初めて、事実の重さを認識する生き物だ。藤丸立香はあくまでも普通の人間である。神話伝承に名を連ねる数多くの英雄たちに、異常時において霊長としての善性を保つという希有な人間性を認められながらも、生物そのものの本質を逸脱したりはしない。

 故に、世界の終わりという現実を甘く見た。十分に警戒したつもりでも、あまりに足りていなかったのだということを、瞬時に自覚するほどに。

「あれ、もう動かない?」

「もはや虫の息。つまり、まだまだ動く」

「可哀想に。目も見えない、耳も聞こえない。それでもまだ動くなんて」

「夜雀はそうやっていたぶるのが好き。我々()には理解できない。恵みに感謝して、粛々と食べるべき」

「わたしにとってはあなたも恵みなのだけど、虫の王様」

 いったいどれだけ逃げただろう。どれだけの傷を負ったのだろう。いまや視界は閉ざされ、聴覚も奪われた立香には、命を削り続ける身体の痛みでしか自分の生存を実感できない。

「ところでこの人間、さっきから何故意味もなく声を出している? 助けを呼ぶ声には聞こえない」

「うふふ、面白いでしょう。人間ってね、耳が聞こえなくなると声が漏れ出すのよ。無意味もそのはず、これは意思のない声なのだから」

 夜雀と呼ばれた少女の口元が鋭利に歪む。

「単調で色気のない音階だけど、まるで無垢な赤子のようでしょう。美しい、素敵な声色だわ」

「行動の意味が、我々()にはやはり理解できない」

 だが、と虫の王は静かに続ける。

「そうか、これが美しいというものか。理解した、おかげで腹の虫が治まらない」

 少女、否、人の形をした化生共。二人は咥内を濡らす涎を止め処なく滴らせながら、瑞々しい肉の味に思いを馳せる。

 その間も、立香は為す術無く倒れたままだ。五感の半分は失われ、血を失いすぎた身体はいうことを聞いてくれない。

 だが脅威に対する恐怖、本能の警笛とも呼べる直感は、特に理屈を飛び越えて奇跡を生むことがある。ふとした瞬間、立香は手足に熱が戻るのを感じ取った。指先にまでしっかりと力が入る。

 そこからの行動は、まさに打って響いたような反射的なものだった。

「あ、逃げた」

「さすがは人間。往生際の悪さだけは見上げたものよね」

 辺りは光の失せた夜の森。もとより人には前後を知ることすら難しく、夜雀の伝承通り目を封じられては、ただまっすぐ進むことすら不可能に近い。どこまで逃げられるか見物だと、夜雀は泳ぐように空を浮遊し、虫の王は音もなくその後を追う。

「さあ、生涯最後の追いかけっこだ。楽しいだろう、人間。楽しいなあ、人間」

 何者とも知れぬ不気味な声が夜の森に共鳴して行く。伝承の通り、夜雀の声は人を惑わし拐かす。絶世の美声に聞こえるというそれも、正体を知る者にはただの寒々しい笑い声にしか聞こえない。

 ――ヒョオヒョオヒョオ。

 性別も人数も、この世のものとさえも判別が付かない、腹の底を震わせる恐怖の音。恐怖故に人は錯覚し、吸い込まれるように引き寄せられる。

 幸いなことに立香は影響を受けないが、夜雀のその声は、遙か遠くにいる人妖を見境無く集め始めていた。

「世界の終わりがかくも愉快なものとは知らなかった。死んでみるものだ。これも二度目の生があってこそ。そうでしょう、虫の王」

我々()には理解できない。ただ粛々と、種の繁栄のために頂くのみ。たとえ死んだとてそれは変わらない」

「いいさ、それでも。私は咽喉から上を貰う。他はくれてやるわ」

「それは助かる。我々()の腹の虫を治めるには、まだまだ恵みが足りない」

 鬼が子を追いかけるように、二人は段々と立香との距離を詰めていく。これだけ入り組んでいる木々の間を、足下の枝草を避けながら、よくもまあ上手く逃げるものだと感心した。

 だがそれもいよいよ終わり。おぼつかない足取りで逃げ続けていた立香は、ここまで上手く避けてきた木の一本に衝突し、そのまま力なく倒れてしまった。それを見た夜雀は、逸る気持ちを抑えながらゆっくりと降りてくる。虫の王もわらわらと散けだしそうな身体を保ちながら歩み寄ってくる。

「よくやった、よくやったよ、人間。ここまで生き穢く、恐怖に染まりながらも足掻き抜いたその肢体、さぞ甘美な味を蓄えたに違いない」

我々()は理解できる。その精力、十分な糧となる。もたらされた恵みに感謝を」

 もはや精も根も尽き果てた。人間としての限界を迎えた立香は、意識も残らず刈り取られ、辛うじてか細い呼吸を繰り返すだけ。想像しうる限り、およそ生存は絶望的な状況である。

 だが現実はそうではない。

 真実は未だ、この場の誰も理解していない。

 この状況を見て誰が考えたであろう。

 次の瞬間にも死に絶えそうなこの少女が、実は想像を絶するほどの幸運によって生かされているということを。

「――上出来さ、小娘」

 それは夜雀でも、虫の王でもない誰何の声。それが二人の耳に届いた次の瞬間。

「な、!」

「ッ!」

 彼女たちの足場が崩落し、突如口を開けた大穴が二人の身体を飲み込もうとした。さらに追い打ちを仕掛けるように、その穴を目がけて巨大な丸太が落ちてくる。夜雀は咄嗟に翼を広げて落下を回避するも、虫の王は身動きすら取れず、丸太の槌に潰されるように穴の底へ落ちていった。

「これは狩猟の罠……、一体誰が――」

「――教えてやろうか」

 後頭部を打ちつける鈍重な衝撃。ただの一撃で夜雀は意識を刈り取られ、強かに地面へ打ちつけられる。

「罠を仕掛ける奴ってのは、古今東西、狩人って相場は決まってんのさ。小鳥ちゃん」

 振り抜かれたるは一本桧の兎杵。

 夜半に輝く紅玉の瞳と、穢れなき純白の大耳は、知る人ぞ知る伝説の妖怪の容姿そのもの。神話の時代に生を受け、幸運の象徴として幻想郷の歴史に刻まれた大妖怪。

「さすがは因幡の白兎。生身でこれだけ動けるなら、私たちも形無しね」

 神に最も近い兎。幻想郷において、因幡てゐを名乗るその少女は、大杵を軽々と担ぎ直して声のした方を見やる。

 森の影から現われたのは、美しいという概念を形にしたような絶世の美女。艶やかな黒髪を腰下まで流し、儚げな微笑を浮かべた彼女は、この地に招かれた最後のサーヴァント。

 革命者、蓬莱山輝夜である。

 てゐはフン、と鼻を鳴らす。

「夜雀一匹伸したくらいで感心されても嬉かないやい」

「ふふ、助かってるわ」

 輝夜は立香の下へ歩み寄ると、袖口から小さな貝殻を取り出した。縁を巻き込むように閉じられた口から、じわじわと水が漏れ滴っていく。やがて輝夜の手からも溢れた水は立香の身体に落ちていく。すると不思議なことに、立香の身体に受けた傷が次第に癒え始めていった。見る見る内に傷はなくなり、それに伴ってか細かく小刻みであった立香の呼吸も落ち着きを取り戻していった。

「生前じゃあ一度も見せてくれなかったのに、まさかこんなところで見られるなんてねえ」

「仕方ないじゃない。本当に持っていなかったんだもの。私だって一度は諦めた物よ、死んで手にするとは思わなかったわ」

 それは蓬莱山輝夜の持つ五大神宝がひとつ。伝承において、本来海にいるはずの子安貝だが、燕が卵と共に産み落とすそれは、命の泉を無限に生み出し続けるのだという。

 五大神宝・竹取飛翔、第四の難題『子安貝・永命泉』。触れれば立ち所に傷を癒やす生命の泉である。

「てゐ、頭を支えてあげて頂戴。この子、内側も酷いわ」

 立香の頭を抱えたてゐは、顎を掴んで口を開かせる。子安貝から湧き出る水を立香の咥内へ流し込んでいく。そこで輝夜が呟いた。

「信じられる? この子、自分で耳を潰してるわ」

「へえ、だから夜雀から逃げられたんだ。鈴仙みたいなことするね」

 輝夜はそうね、と言って、懐かしい光景を思い出すように、静かに目を閉じた。

「死中に活を見るのではなく、死が確実な道を潰していく足掻き方。生き方は違うのかもしれないけど、根本はあの子に似ているのかも知れないわね」

「しぶとくやってたんだけどね。ありゃ性格がよくないよ、自分を省みなさすぎだ。ついに死んでも治らなかったね」

「ホントよ。私と会うまでくらい、いてくれればよかったのに。寂しいわ」

 子安貝の水は止まっていた。輝夜は再び袖口にしまい込んで立ち上がる。

「さあ、運んでしまいましょう。生者を連れ帰れば、白澤にいい口実ができるわ」

「一言伝えて出てくればいいだけのことだろうに。姫様の散歩に付き合わされて、こっちも迷惑だよ」

 そう言っててゐが立香の身体を担ぎ上げた時、彼女の上着から何やら紙が落ちてきた。背負う体勢を調整しているあいだに、輝夜がその紙を拾う。

「姫様」

 中を覗こうとしたそのとき、てゐが声を上げる。視線を向けると、くいっと顎で立香の右手を示した。

「これ、お師匠様が言ってたアレじゃないの?」

「――まあこれはびっくりね。ええ、ええ、その通りよ」

 立香の右手に浮かび上がる三画の紋様。

 それを目にした途端、死体が血を取り戻したように、輝夜の表情が色めきだした。

 てゐはその顔に憶えがある。

 あれは初めて輝夜と出会ったとき。

 月から落ちてきた兎を輝夜の下へ連れ帰ったとき。

 偽りの月を浮かべ、幻想郷に明けぬ夜が訪れたとき。

 あれらのときも彼女は同じ顔をしていた。

「ようやく訪れてくれたのね。あの黒球を作り出した黒幕に叩き込む、会心の一撃が」

 

     …

 

 空には浮かぶ黒い球。

 その正体を知る者は誰もいない。

 その正体を気にする者も誰もいない。

 昼は瘴気を吐き、夜は妖気を蔓延させる。触れればたちまちに自我を失い、妖怪であれば力を増し凶暴化する。

 あれが今の形で現われた瞬間から、幻想郷は加速的に崩壊が進んでいった。諸悪の根源ではないものの、幻想郷の崩壊はあれの出現で決定したと言ってもいい。

 そんな禍々しい妖力を垂れ流す黒い孔を頭上に、少女はひとり森を彷徨い歩いていた。

 ――復讐、ただそのための生涯であった。

 彼女は探し続けている。それこそが存在理由であり、そのためになら死の淵すらも越えて来た。

 命を燃やす怨の一字。

 魂がすり切れるまで探し続け、報復を忘れることなく、恩讐の彼方まで駆け抜ける。

 たとえ道半ばに力尽きようとも、もはやその復讐心は永劫不滅にして、月まで届けとばかりに燃ゆる。やがて英霊の座に召し上げられて、サーヴァントとして再び現界してまで、少女の目は唯一人の姿を追っている。

 故に、まだ見ぬまでも、必ずどこかにいると確信していた。彼女は復讐者。七騎のクラスには当てはまらないエクストラクラス、アヴェンジャー。ならば復讐の対象なくして、この霊基が現界するなどあり得ない。

 どれほどの時間をかけようと必ず見つけ出す。そして復讐を成し遂げる。この身はただ、その一事を成すためだけに召喚されたのだから。

 そんなアヴェンジャーの進む先に、地面に深く突き刺さった丸太が現われた。その根元にわらわらと蠢く小さく無数の影がある。

我々()は怒る。傷つけられた尊厳のため、あの四足を貪り喰らおう」

「だが我々()の魔力は残り少ない。どこかで補填する必要がある」

「問題はない。新たな恵みが、我々()の前に現われた」

「喰らえ」

「喰らえ」

「喰らえ」

 幾重にも同じ声が聞こえる。

 個人ではなく、種そのものがひとつの霊基として現界している影響か、虫の王は複数の意識を統合して有している。その全てが虫の王の声であり、意思である。

我々()が霊基名はリグル。リグル・ナイトバク。名も知らぬ英霊よ、大人しく糧となれ」

 蠢く群衆は濁流の如く、漆黒の身体を弾幕のごとく積み上げながら、アヴェンジャーに襲いかかる。

 だが虫の王は知らない。

 復讐者は決して折れない。決して退かない。

 安息を知らず、痛みを顧みず、苦悶を捨て置き、ただ燃えるような意思のみで動き続ける。

 故に恐れはなく、慈悲もなく、憐憫もない。怨の一字において、邪魔する者には報復を。

 

 ――そうして、炎獄の門が開いた。

 

 アヴェンジャーを中心にして、周囲一帯を焦土へ変える灼熱の波紋が広がっていく。轟々という音と共に空気までも焼き尽くされ、瞬間的にその場のあらゆる生命が死滅する。

 もちろん虫の王、リグル・ナイトバクも例外ではない。一匹残らず業火に焼却され、無数にあったはずの霊基はすべてあっけなく消滅してしまった。

 そんな地獄の中で、アヴェンジャーは当然のように生きている。懐から取り出した紙煙草を咥えると、触れてもいない先端に火が点く。大きく吸い込み、細く吐き出した息に紫煙が帯びていた。

「ク、ククッ。嗚呼、臭いな。この匂い、忘れるものか」

 常人では嗅ぎ取れないほどの残り香。常軌を逸した復讐心故に、研ぎ澄まされた感覚があるからこそ察知した誰何の気配。

 アヴェンジャーは歓喜する。

 炭化した死体を踏みつけながら進むその足取りは、ただまっすぐに、彼女の見据えた場所へ向けられている。

「さあ、もう一度殺し合おう。何度でも殺し合おう。たとえこの星が砕けようとも、どちらかが滅び尽くすまで。或いはこの復讐心が、業火と共に貴様を地獄に引きずり込もう」

 復讐者は高らかに笑う。

 其が征くは恩讐の彼方。

 月まで届く、不死の煙。

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