Fate/Grand Order -East in the lost order-   作:浜田猫@執筆中

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閑話的な感じで、ちょこっと慧音の話


人里の守護者

 慧音曰く、歴史を二元的に観測した場合、過去から現在まではひと繋がりの線で表すことができる。だがその線そのものに影響を与えかねない局地的改変が起きると、これが特異点として表出する。本来であればありえなかったはずの未来への可能性、つまり一本しかなかったはず道が枝分かれし、新たな選択肢が生まれるということだ。

 霧が晴れなければ。

 桜が枯れなければ。

 夜が明けなければ。

 歴史はそのもしもの可能性を切り落とし、ただひとつの選択肢のみを辿って現在を構築する。特異点とはその現在を根底から覆す、いわば歴史の転換期である。

「つまり幻想郷が今の状態に至った原因を探り当て、特異点と成ったその原因を取り除くか、もしくは別の選択肢を取ることさえできれば、あの黒球は消え去るということね」

「理解が早くて助かる」

 輝夜の言葉に慧音が答える。その言葉とは裏腹に、慧音の表情は浮かばなかった。

「特異点を見つけても、そこに行くことができなければ修正は不可能だ。永琳殿であれば、その手立てにも見当がつくかと思ったが」

「結界起動のために霊基を失っては、さすがの永琳でも思考はできないでしょうね」

 慧音はうつむき、下唇を噛む。

 英霊、八意永琳。地上よりも遙かに文明の発達した月において随一の知能を持つと評され、月の頭脳とまで呼ばれた永夜異変の英雄であり、蓬莱山輝夜と共に永すぎる生涯を生きた人物。

 サーヴァントとして召喚されてた彼女は、慧音を含めた多くのサーヴァントたちを纏め上げ、幻想郷の滅亡を攻略するために奮戦してた。

 だが徐々に状勢が傾きはじめ、どうやら旗色が悪くなってきたと誰もが感じ取っていたとき、慧音にだけは言い漏らしたことがある。

 ――輝夜が来るとすればこのあと。そうしたら幻想郷はまず滅びる。次の手を打たなければいけない。

 そのときは何を言われたのかよく理解ができなかった。その言葉の意味を知る間もなく、味方のサーヴァントが次々と消滅していく。後は永琳と慧音を残すのみとなったとき、いよいよもって永琳が輝夜の現界を感じ取った。

 そうして召喚された輝夜によって、永月輪転結界の発動を命じられた永琳は、自らの霊基と引き換えに見事、永夜の帳を下ろしてみせた。

 消滅していく永琳から、慧音に向けて最後に残した言葉が、

 ――この世界は駄目だった。これを救うためには、原因から取り除く必要がある。

 ――特異点を探して。もしも私が考えた通りの方法しかないのであれば、必ずまた誰かが現われる。

 そう言って、英霊八意永琳は消滅した。

「空論だ。輝夜殿のように、また次が現われるとは限らない。仮に現われたとして、どうやって特異点に干渉するというのだ」

 厳しく眉根を寄せる慧音に、輝夜は平坦な口調でさあ、と返した。

「永琳にわからないことは私にもわからないわ。でも永琳だって確信がなければ軽々にそんなことは言わないでしょう」

「言葉が矛盾しているように聞こえるが」

 終わりまであと半歩と迫った状態での抵抗。背水の陣と言うにはあまりに乱暴な、ただの時間稼ぎで終わりかねない無謀な策だ。

 自然、問い質そうとする口調は強くなる。

「何も矛盾してないわよ。永琳は次の一手があることを確信しているけど、その正体がいまはまだはっきりしない。そう言っているのでしょう」

「なぜ確信に至れる。それだけの根拠が、今の幻想郷の一体どこにあるというのだ」

 もうずっと、鉛に潰されるような感覚が、胸の辺りに重く沈み込んでいる。人里の守護者として歴史に刻まれた英雄は、無力な人民の盾になってこそ真価を発揮する。だがもはやその守るべき対象は幻想郷から消え去り、世界そのものなんて規格外のものを守ろうとしている。

 その現実が、鉄の意志をもっていた英雄の矜持を押し潰す。何もできず、何も導けず、何も守れない。本当に残るべき者たちが、自分の目の前で次々と消滅していく。気持ちばかりが摩耗し、やがて自分がここにいる意味さえ喪失していった。

 或いは、その内面を覗かれたのだろう。

 慧音はハッと息を呑む。

 輝夜の表情からあらゆる感情がこそげ落ちていたからだ。

 ひどくつまらないものを見せられている。嫌悪ですらない。一切の関心が失せた、そんな顔だ。

 慧音は蓬莱山輝夜の人となりを見誤った。彼女は人に近しい情など持たない。好奇を向ける対象でなければ、彼女の永遠は揺るがない。期待や失望、尊厳すらもないのであれば、かける言葉などあるはずもない。

「……特異点を探す」

「そう。精々気楽にね。なにせ、時間は無限に等しくある」

 そんな返答すら、慧音には独白のようにさえ聞こえた。

 あてがわれた私室に戻ると、慧音は震える身体を抱きながら、輝夜の表情を思い出した。あれが本当に、幻想郷を救う為に呼ばれた英雄なのだろうか。

 そもそも彼女は革命者。異変の黒幕として歴史に刻まれたオルターのサーヴァントだ。その本質は限りなくあの黒球に近い。

 今更になって信頼が揺らぐ。

 だが慧音はすでに、幻想郷のために身を挺して戦った輝夜の姿を見ている。何騎ものサーヴァントを屠り、どの戦場でも無傷で勝利した怪物じみたあのサーヴァントを相手に、サーヴァントオルターは単騎で正面から立ち向かったのだ。

 幻想郷の存亡を賭けた一手、今幻想郷を覆う永夜の帳、永月輪転結界を発動させるために。ならばこの行動こそ、幻想郷を救わんとする者の正しい姿勢ではないのか。

 慧音は自問する。

 だがその答えは、まだ出そうにない。

 否、出したくないのかもしれない。

 いつまで続くともわからない、破滅の半歩手前の一夜。輝夜の言うように、結界が維持され続けている限りその時間は限りなく永遠だ。

 もしもいま、彼女の姿こそが正しい英雄のそれだと認識してしまえば、それこそ無限の時間を使って、慧音はきっと自らを、贖罪の牢獄に投げ込んでしまうだろうから。

 英雄たり得ぬ、矮小なその霊基()を。

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