東方永命録 -麗水伝-   作:ギャクテム

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永夜抄 三話

今夜は妹紅と酒を呑む約束をしていた。

診察を終える頃を見計らって竹林で落ち合う手筈だったのだが。

 

大きな爆発音が、一つ。

吹き飛んできた草木を手で払い落とした。

何をしているかはすぐにわかった。

 

藤原妹紅と蓬莱山輝夜の、殺意の混じった戯れは日常茶飯事である。

 

輝夜の光弾を弾き、妹紅の焔があてられる。

炙られた輝夜はすかさず距離を取る。

 

妹紅の腕には光弾によって開けられた風穴がある。

対して輝夜には、炙られ黒色と化した肌が見え隠れしている。

 

そんなふたりの様子を見かけ、溜息を一つ。

 

「なんとも醜い戦い方だな。何度見ても。」

「麗水。」

「あら、お元気?」

 

二人の意識がこちらに向いた隙に、二人の間に割って入る。

お互いの射線を塞がなければ、じゃれあうかのように致命弾を飛ばし合う。

 

「喧嘩するなとは言わんが、女だろうお前ら。」

「私達は、良いんだよ。」

「麗水は私の体を気遣ってくれてるのね、嬉しいわ。」

 

二人の反応は、いつも真逆だった。ならば反りが合うわけもないのだろう。

 

「儂がお前らの体を気遣うか。そこの穴はもう塞がるし、そこの肌はもう白い。」

 

それぞれ、妹紅と輝夜を指差した。

致命傷とも取れたそれぞれの傷は、もう治まりを見せつつある。

不死なのは、別にこの際どうでも良い。不死に頼って、殺意をただぶつける両者の戦い方を、麗水は醜いといったのだ。

しかし、麗水も、そんな戦い方を一度くらいはしてみたい、とは思っている。

ただの好奇心ではあるが。さぞや気持ちが良さそうだ。

 

 

「ほらほら、喧嘩はもう仕舞いだ。」

「麗水に言われたら、仕方ないわね。ところで、永琳の診察はどうだったのかしら?」

「別に、いつも通りさ。ぺたぺた体を触られて、彼女の冷たい手が気持ちよかったぞ。」

「それはお元気そうで何より。」

「ふん。」

 

不服そうな表情の妹紅を、引き寄せ、肩を抱く。

 

「そんな表情をするなよ妹紅。いつもお前らの喧嘩を止める儂の気持ちになってみたことがあるか?」

「な、なにさ。」

 

完治した、妹紅の腕の箇所を突く。

妹紅の服装は長袖だったはずだが、今は半袖である。理由は言われずともわかる。

 

「喧嘩するたび、穴ぼこだらけになりおって、気が狂いそうになるわ。死なないとわかっていても、儂から見れば、致命傷だ。」

「さっき私たちの体の心配はしてないって言ったわよね?」

「体の心配と、お前への心配というのは一緒ではない。」

 

よく、女心が分かっていないと、紫にも、妹紅にも言われる。

だが、男心も分かっていないと、麗水は言い返したい。

 

「とにかく、これ以上喧嘩してても仕方ない。帰るぞ、妹紅。」

「ちょっと、わかった、から!」

「麗水~、また来てね~、待ってるわよ~。」

 

輝夜が呑気に手を振る。それを見た妹紅は、何が苛ついたのか分からないが顔を険しくする。

妹紅の腕を掴み、多少強引に連れて行く。

よく飽きないものだと、麗水は呆れる。

 

 

 

 

 

時刻は夕暮れ。

人里が茜色に染まり、ちらほらと灯りが付き始めていた。

 

晩飯を人里で済ませるのも、悪くないと考えていた。そして家で肴と酒。

胸が躍る。

 

「蕎麦、饂飩、すき焼きも良いな。」

 

蕎麦と饂飩の店は人里ではありきたりな食事処ではあるが、すき焼きの店もあった。

想像するだけで、涎が口の中に満たされる。

甘辛いタレ、とかした卵に肉を通す。そしてすかさず飯をかっ込むのだ。

 

「で、どうするの?」

 

妹紅は呆れるように溜息を。

麗水は涎を飲み込んだ。

 

「お前は何が、良い?」

「貴方の家で、酒を呑みながら肉でも、と思っていたんだけど。」

「あまり腹が膨れるものは備えてないぞ。」

「今は酒の方が呑みたいわ。」

 

今日は特に、輝夜との喧嘩で機嫌を損ねたらしい。

 

「お前がそう言うならば、そうしよう。」

「別に麗水が外食したいのであれば。」

「まぁまぁ、お前が酒を呑みたいと言っているんだ。叶えてあげるのが男の務めだろうが。それに、手頃な店も、目前にある。」

 

目の前の饅頭屋を指差す。

 

「これならば腹も膨れる。」

「まぁ、確かに。」

 

妹紅の反応を待たずして、店の暖簾をくぐる。

麗水の行きつけの饅頭屋「香味堂」である。

店主の男が出迎える。中年だが、溌剌とした気迫を漲らせている男だ。名前を香蔵(こうぞう)と言った。

 

「麗水さん、朝にも買いに来たでしょう?」

「酒の肴にでも、と思ってな。」

「駄目ですよ、ちゃんと味わってくれなきゃ。」

 

香蔵に、麗水は苦笑を返す。

妹紅は、麗水が男の友人と仲が良さそうに話をするのを見るのは、初めてだった。

圧倒的に、女性と仲睦まじく会話していることの方が多い。

しかし、そう思っているだけで、麗水には男の友人が多数いて、いつもは楽しく遊んでいるのかもしれないと、考え始めていた。

 

「じゃあいつもの組み合わせと、そうだ、これもおまけで。」

「おお、本当か。」

 

店主が一つ一つ袋に饅頭を入れていく。

それを、幼い子供のようにわくわくした表情で、見つめる麗水。

この表情は、妹紅も大好きだった。きっと店主もそうだろう。

 

「実は、昼間、親父が跳ね起きましてね。」

 

店主の表情が曇り、呟いた。聞こえたのは、麗水だけだ。

麗水の表情も、驚いた。

 

「正気を保ってか?」

「ええ。一時間ほどですが。」

 

彼の父親は、既に寄る年波に、負けていた。呆けているのだ。

一日の中で、年波に打ち勝った時だけ、自我があった。さらに、打ち勝つ時間も長くはなかった。

 

「何を、していた?」

「饅頭の調理法を、考えていました。」

「あいつは。」

「な、なに?どうかしたの?」

 

麗水の表情の曇りを見て、妹紅が声をかけた。

 

「香蔵、見舞いを、出来るか?」

「ええ、勿論ですとも。どうか声をかけてやってください。親父も喜びます。」

「こいつを、連れて行っても?」

 

麗水が、妹紅を顎で示す。

 

「ええ、麗水さんが良しと言うなら。」

「妹紅。」

「え?」

「儂の古くからの友人を、紹介しよう。ついてこい。」

 

我が家知ったるといった風で、店の奥に上がっていく麗水。

状況がわからないといった様子の妹紅は、店主と麗水を交互に見たあと、麗水の後を追いかけた。

 

 

店主の女房に声をかけ、次いで入った部屋が、目的地だった。

年老いた老人が、呻きながら寝ている部屋だ。

生とも死とも呼べない、不思議な雰囲気がこの部屋を支配していた。言うなれば、何もない、虚無。

この雰囲気は、妹紅には、滅多にない感覚だった。いたたまれなくなる、そう妹紅は感じた。

 

「香蔵の父。薫(かおる)だ。」

「薫。」

「女々しい名前だろう?小さい頃は、それでなじっていたものだ。」

 

麗水が腰掛けを二つ引っ張ってくる。

勧められるまま、腰掛けに腰を落ち着けた。

 

「薫。お前、まだ饅頭を作りたがってるようだな。」

 

呼ばれた老人が、ぴくりと動いた。動いただけだ、何も感じない。

 

「それを聞いて、普段なら見たくもないお前の醜態を、見に来てしまったよ。」

 

麗水が語りかけている。というよりは、思っていることをただ口に出しているように感じられた。独り言と一緒だった。

 

「お前の饅頭は、最高だ。そして、その最高の饅頭は、香蔵にしっかり受け継がれている。むしろ、饅頭を作る才能だけで言えば、お前よりも素晴らしいものを持ってる。」

 

老人がまったく動かなくなった。呻きも聞こえない。だが、息はしている。

 

「どうして、まだ饅頭を作ろうとする。どうして、まだ生きようとしている。」

「そりゃあんた、饅頭のためだろうさ。」

 

部屋に生気が満ちた、妹紅はそう感じた。同時に、饅頭の香りも広がったような気がした。

 

「麗水さん、あんたが認めた饅頭が、あんたにとっての最高の饅頭だと、儂は思っちゃいない。」

「儂にとっての最高?」

「ああ、あんたが最高だ、と吹っ飛んでしまうくらいの、あんただけの饅頭を、作りたくなったのよ。」

「儂のために?」

「まさか、儂の為だよ。儂はあんたを驚かせたいのさ。歳が幾つになってもね。」

「薫。」

「あんたに駄目出しされた饅頭を作り直して、あんたに認めさせるのが、最初の目標だった。それを続けて、あんたに認められた頃には、饅頭屋として既に成功していた。」

 

老人の声は止まらない。制限時間の中で、言いたいことを、全て言いたいのだろう。

 

「それを息子に伝授して、そうして店を継がせた頃にはもう、気が抜けたんだろう。今じゃこの有様さ。」

「強欲な奴だな、薫は。もう人の一生としては十分すぎるくらいだろうに。」

「麗水さんには言われたかないね。あんたを超えなきゃ、意味がない。そう気付いただけだよ。」

 

老人が、起き上がった。とても先ほどと同じ老人とは、思えなかった。

 

「気が付いたときは、饅頭のことしか考えていない。そして麗水さんの好みも考え続けた。

そして、その作り方も、漸く思いついた。あとは、作るだけよ。」

「まさか、今からか?」

「時間がないからなぁ。」

 

時間とは、恐らく、人生のことだ。

不死身の妹紅にも、そのことはよくわかった。

 

「麗水さんには、調理は見せんぞ、どっかいっててくれ。」

「はは、そうかそうか。香蔵とおしゃべりでもしてるかな。」

「あ、あの。」

「どうした妹紅。」

「私、饅頭作るの、見せてもらっちゃ、ダメかな…なんて。」

 

老人がにこりと微笑んだ。

 

「いいよ、お嬢さん。」

「お前よりもかなりの年上だぞ。」

「麗水、年齢はどうでもいいから。」

 

二人の老人が、ケタケタ笑う。麗水が、青年の見た目のままで居ることを、悲しいことなのだと、妹紅は知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薫の手際は見事としか言いようがなかった。妹紅は内心舌を巻いていた。

 

料理の心得はある。饅頭の作り方だって理解している。

しかし、さっきまで寝たままだった老人が、これほどの精細で手を動かしているさまは、端的に言って理解できなかった。

 

「あの人は、なんだって食べる。」

 

薫が呟く。返事は、しないことにした。多分、返事をしても、聞こえない。

 

「獣を食べるときは、なんだって山椒と塩をまぶして焼くだけだ。ベタベタして、辛くて、しょっぱいけれど、食欲を刺激してくる。」

 

料理が上手なのではない。しかし、麗水の食事は、確かに旨かった。

 

「だけどね、あの人は本来、薄味での素材の味を何より好む。彼にとって、肉には素材の味は必要ないらしい。」

 

もしくは、それが肉という素材を活かす一番の方法だと、思っているのかもしれない。

 

薫の手は、止まらない。今は、饅頭の具を、練っているところだ。肉饅頭のように見えるが、香草も入っているのだろう。

 

「肉に齧り付く、麗水さんの顔は好きさ。本当に美味そうに齧り付く。」

 

麗水の食事は、見ていて楽しい。妹紅も、好きだった。

楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに、表情がころころ変わる。

あまり多くを食べる方ではないが、食事は心底好きなのだろう。そう感じさせる顔をするのだ。

 

「だけど、儂が見たいのは、そういう顔じゃねぇんだ。見るんだ、見せてやるんだ。」

 

妹紅は、そんな薫を見ていた。

一言も、聞き逃すまいと、全て胸に刻みこもうと、考えている。

 

 

 

 

薫の部屋に、香蔵と麗水が腰を落ち着け、待っている。

麗水が、香蔵に呟いた。

 

 

「親父の調理に、立ち会わんでいいのか?」

「する気もありませんし、多分親父も許してくれませんよ。」

 

きっと薫の臨終の時だ。

話したいことは、きっとあるはずなのだ。

しかしそれを、香蔵は押し込めた。

 

「良いのか?きっと、もう正気には戻らんぞ。」

「でしょうね。」

 

あとはずるずると死ぬまでの準備期間を過ごして、ある日ぽっくり死ぬだけだ。

薫はこの饅頭作りにすべてを賭けるのだろう。文字通りの全てだ。

 

「親父にとって、麗水さんは壁なんだと思います。」

「壁か。」

「男なら、壁は乗り越えたい。打ち壊していきたい。そう思うはずです。」

「儂も、困ったもんだな。」

「ほんとにそうですよ。親父も、麗水さんを超えたいなんて、本当に馬鹿だったんだ。」

「だが、尊敬してるだろう?」

「勿論。自分にとっては、親父が壁ですね。」

「だからこそ、親父の最高傑作、見なくていいのか?今作っている。」

「親父が壁なんです。俺は俺で、親父を超えなきゃならない。だから、見るわけには、いかない。それに、どうせ全部麗水さんの腹に収まるんです。」

「本当に良い息子を持ったな、薫は。」

「俺からすれば、こんな友人を持てて、親父が羨ましいですけどね。」

「儂か?」

 

香蔵が、大きな頷きを返す。

 

「最後の最後まで、壁として立ち向かえるような友人を、いつか持ちたい。」

 

香蔵の言葉に、麗水も、小さいながら、頷きを返す。

 

薫の最後の壁になれたことが、麗水は嬉しかったのだ。

 

 

 

 

 

 

しばらくと待たず、妹紅が皿に饅頭を載せて、薫の部屋に戻ってきた。

香蔵が薫を、寝床に座らせる。饅頭を焼き上げた頃には、薫は一人では歩けなくなっていた。

しかし、目は死んでいない。ギラギラとした輝きで、麗水を睨みつけている。

 

蒸し饅頭ではなく、焼き饅頭。薫には、珍しいことだった。

 

「では、頂こうか。」

 

皿に乗せられた饅頭の一つを、手に取る。香蔵が箸を勧めてきたが、手を振って断った。

手に、油が付く。そのまま気にせず、口に放る。

 

麗水は、ほんの少し、目を見開いたように、見えた。

手に付いた油を、見つめながら、咀嚼する。驚愕というよりは、無表情のようにも、見える。こんな顔を見るのは初めてかもしれない、と妹紅は思った。

最後に、味わうように瞳を閉じると、麗水はゆっくり喉を鳴らした。

薫が笑う。

 

「旨いだろ?」

「薫、これはどうやって作った。」

「教えないよ。これは儂が墓に持ってくもんだ。これからずっと、この味を思い出して涎を垂らせばいい。」

「勝敗なんかで語ることではないだろうが、これは負けなんだろうなぁ。」

 

麗水が薄く笑って、次の饅頭を齧った。表情は変わらない。感嘆、の類なのだろうか。

 

 

「あぁ、その表情だ。たった一度見たその表情を、儂の饅頭でさせたくてなぁ。」

 

薫が瞳を閉じて、寝床に横たわる。すぐに寝息が聞こえてくるが、もう起きることはないのだろう。きっと今のが、臨終の言葉だ。薫は、笑っていた。

 

 

「旨い、旨いぞ。薫。」

 

皿にある饅頭を麗水は平らげていく。手は止まらない。饅頭が無くなるまで止まることはないだろう。

妹紅も、香蔵もその様をただ黙って見ていた。

どちらも、この焼き饅頭に、手を伸ばそうとは思わない。

この饅頭はすべて、麗水のものなのだから。

 

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