東方永命録 -麗水伝-   作:ギャクテム

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妖々夢編です。


妖々夢 二話

雪がしんしんと降り積もる中、博麗の巫女こと、博麗霊夢はというと―――炬燵でぬくぬく過ごしていた。

 

「はー、こんな天気じゃ参拝客も来るわけないしねぇ…。まぁ、境内の掃除をしなくていいのは良いことだけどねぇ。」

 

そうぼやきながらみかんを一つ手に取り、皮を剥く。

今日の霊夢は、自堕落を満喫していた。

いつもではないか、よくそう言われる。

そんな訳はない、と霊夢はいつも否定はするが、こんな天気では境内の掃除はできなかった。雪かきをする気もなかった。

 

 

「ん?」

 

外から漏れる風の音が、少し強くなった気がした。

来客か、巫女の勘は告げていた。

 

今、霊夢がいる場所は縁側側の私室だった。

その目前に、降り立つ音と、雪を踏みしめる音が聞こえた。

縁側に設置された部屋ではあるが、ここに普段霊夢が居ることは、特定の人物しか知らない。

参拝客ではないのか。と霊夢は内心で舌打ちをする。

縁側から、声が聞こえた。

 

「霊夢、居るか?」

「居ません」

「ふむぅ…じゃあ、帰るのみか。辛いな、態々ここまでやってきたというのに、辛いなぁ。文が。」

「そうですね、めっちゃ辛いです。羽が、凍える。」

 

八雲 麗水の声である。

烏天狗の声も聞こえた。

 

「わかった、わかりました。博麗の巫女は、居ますよっと。」

 

麗水の声が聞こえただけで少し気が高揚するが、口調で表すようなことはしなかった。

襖越しに会話は続く。

 

「何かありました?」

「いいや、別に。いや、何もなかったわけじゃないのだが…なぁ?」

「そうですね。一言では表しづらいですね。本当に。」

 

麗水にしては珍しく、歯切れが悪い。

特に用事がないときは、用事がない、と言って入ってくる。

何か用事があれば、単刀直入に話し始める。

泰然自若とはしているが、明確な男。麗水は、そういう男だった。

 

「取り敢えず、こちらへどうぞ。寒いでしょう?文も。」

「んむぅ、すまんな。」

 

襖を開け、彼を招き入れる。

しかし彼女は、襖を開けて驚愕した。

 

「ぇ?」

 

麗水はただ外套を羽織り立っているだけだ。

それは別におかしなことではない。

しかし、湯気が立っている。誰とはもちろん麗水から。

頭から、肩から。

彼の体に舞い降りた雪が、その場で瞬時に溶けているのが、簡単に見て取れた。

 

 

「ふふん…すまないが、汗とかを拭く布巾などをくれると、嬉しいが?」

「あ…え、ええ、今用意します」

 

彼特有の、鼻から出すような笑いと共に出された頼み。

そばにあった、未使用の手拭いを渡した。

がしがしと、自らのあちこちを麗水は掻き始めた。

 

その間、文は、自分が被った雪を丁寧にほろっていた。

 

麗水が、掻き終えてから、麗水は文の羽を拭き始めた。

文の羽は、誰かが触ると、不快感を隠そうとはしなかった。しかし、麗水に対してだけは、反応は違った。表情は、満更ではなかった。

その様子に、ほんの少し、霊夢は腹が立った。しかし、すぐに忘れることにした。

向こうはそのことに対して、特別な意識を持っていなかった。自然だった。

 

それに、自分が過剰に反応するのも、馬鹿馬鹿しいと感じただけだ。

 

事を終えてから、二人は霊夢の部屋に上がった。

二人共、滑るように炬燵に入った。それにも、腹が立った。

ため息が、漏れずにはいられなかった。

 

「それで、何があったの、文。」

 

あえて、文に聞いた。

どちらが説明がうまいかは、明確だった。

曲がりなりにも、新聞記者だ。第三者の視点から、客観的に説明することは、巧かった。

麗水が下手というわけではない。ただ、麗水の説明には、私情が入ることもある。

 

「麗水の薪が盗まれた。」

「薪を…盗まれた?」

「んぁ、そして薪をたった今調達してきたところだぁ」

 

麗水は霊夢の対面に位置している。たまに足が触れ合うのが、気恥しかった。

大きな吐息と共に、その大きく引き締まった体を炬燵の上に預けた。

湯気は、もう出ていない。

 

「それは、災難でしたね」

「いや、実はそれほどでもなかったかもしれんな」

「へぇ、どうしてです?」

「ん?」

 

麗水はみかんの皮を剥き、一つ口に含む。

甘味をしっかりと体に染み込ませるかのように、じっくりと咀嚼したあと、麗水はまた話を再開した。

 

「最近は雪ばかりで、外に出ることもなかったからな。体が相当鈍っていたんだろぅ?確かに薪が奪われたのは口惜しいが。」

自己鍛錬につながった、それで良い。というつもりらしい。

 

「お人好しですよね…麗水さんも。」

「今更だなぁ。」

「今更ですね。」

 

少し心配にもなったが、麗水は口調を保っていた。

精神が揺れ動いている時と、酒に酔ったときは、口調が変わる。

付き合いの比較的短い霊夢でも、知っていた。

切羽詰ってはいないのだろう。麗水は今も、蜜柑に、目を奪われていた。

霊夢はひとまず胸をなでおろし、お茶を差し出す。

 

 

「はいはい、本当にご苦労様でした。粗茶ですけどどーぞ。」

「何回目の出涸らしだ?」

「今回は、一回目の新茶です!」

「今回、は、ね……」

「ぐぐ、ぐ……」

「いや、ありがたく頂戴しよう。なんだかんだと、巫女の茶の淹れ方には、才能を感じるからな。」

「才能?技術とか、センスじゃないんですか?」

「それはお前…お湯の温度、淹れ方、注ぐ時期、注ぎ方を、どうしている?」

「勘」

 

愚問だった。即答で返した。

麗水は破顔した。

 

「だろぅ?ならば才能だろぅ?褒めるのは技術ではないだろぅ?それを巧いと褒めてしまっては、本職の茶人たちが可哀想ではないか。うむ、そこらの茶人のお茶より、旨いな。」

「そ、そうですか…ありがとうございます…?」

 

褒めているのか、貶されているのかは、わからなかった。

風が、変わった。三人は気づいた。誰かが来た。

言葉に出す必要はなかった。

 

「うわぁ!雪積もりすぎだろ。」

声が漏れてきていた。

その声は、通りやすく、わかりやすい。

知らず、三人が同時に茶を啜っていた。

 

「おぉい霊夢!!境内の雪かきぐらいしろっての!」

 

盛大に襖が開け放たれた。霧雨魔理沙だった。

 

「げっ、あんたもいるのかよ。」

 

麗水を見かけ、顔が歪む。魔理沙には、あまり好かれていなかった。

その理由は、麗水は知っていたが、別にどうしようとも思っていなかった。

人間なのだ。好き嫌いくらいはある。矯正して関係が深められるほど、安易な生き物ではないということも、麗水は知っていた。

 

「よぉ。」

 

返事を返したが、一瞥されただけだった。

気にはしなかった。

 

「なによ、魔理沙。あいにくだけと、炬燵は狭いわよ。」

「いいよ、そんなもの。それどころじゃないって知ってるだろ。」

「なんのことよ。」

「博麗の巫女ともあろうものが、この異変を黙って見過ごして置くのかってことだよ!明らかに異常だろ!こんな天気!!」

 

魔理沙がまくし立てた。

文と麗水は、もう一度お茶を啜った。

 

「あー、そのことね。別にいいじゃない。きっと誰かが解決してくれるわよ。私はここでゆっくりできるし、構わないわ。」

「ああんもう、見損なったぜ、霊夢。お前も、そこで弛れてるおっさんみたいで居るっていうのかよ。」

「なによ、麗水さんは関係ないでしょ。」

「いーや、あるね!実力も才能もあるのに、意識が低い奴を、私は大っきらいだ。霊夢もそうだったんだな。もういい、この異変は、この霧雨魔理沙が、一人で、解決してやるぜ。」

 

引き合いに、名前を出された。

やはり、気にはしなかった。茶が、なくなっていた。

無言で、急須から茶を足された。文だった。

魔理沙はこちらを一度睨みつけたあと、飛び立っていた。

忙しない娘だ。そんな感想しか浮かばなかった。

 

「ごめんなさい、麗水さん。」

「いや、まったく気にしていない。年頃の娘だ。多感な時期なのだろう、多少荒れることもあるだろうさ。反抗期かな。それよりも、魔理沙の言っていたことは、良いのか?」

「異変の事?」

「ああ。」

 

これは明らかな異変だった。

それは言うまでもないことだった。

 

「あのままでは、魔理沙、帰ってこなくなっても知らんぞ。」

 

遠まわしに、危険を伝えた。

言霊は存在する。麗水はそう信じていた。

 

「麗水さんは、どうするんです。」

「儂の事情は、関係ないだろう。」

「じゃあなんでここに来たんです?」

 

博麗の巫女は、何か異変に心当たりがあるのではないか。

なかったとしても、彼女の勘に少し頼ろうと思っていたふしも、あった。

自分は、無力で、情報音痴だった。

 

「儂は、無力だ。」

「はい。」

「だから、自分の出来ることを、無力なりに成し遂げようと思っただけだ。人間とはそういう生き物だと思う。」

「私が今できることは、なんだと思います?」

 

 

問われて、気づいた。

彼女も、現状を、心苦しく思っているのだと。

 

「友達を、死なせぬことだと、思う。人間は、支えあって生きるものだ。」

 

死なせぬ。その言葉に、言霊が宿れば。そう思った。

 

「そうですよね。恥ずかしくて言えないけど、魔理沙は大切な友達です。」

 

霊夢が立ち上がった。

彼女は少し、面倒臭がりなだけで、芯は真っ直ぐで柔らかだ。たおやかと言っても良い。

そんな彼女に惹かれる人物は多い。自分もその一人だった。

 

「その素直さ、これからも大切にしろよ。」

「それは、あなたもですよ。」

「素直なだけでは生きられない時代だ。だが、お前は若い。せめて歳を喰うまでは真っ直ぐであってくれと、儂は思う。」

「女性に、歳の話は厳禁ですよ。」

 

そう言って、霊夢は笑った。

魔理沙を追うように飛び立った霊夢を見送り、急須を片付けた。

 

「儂に、出来ることをしようか。」

「はいはーい。お次はどこでしょうか?」

「取り敢えず、泉だ。妖精が集まる。」

 

珍しく、文は黙って話を聞いていた。

 

「なに、出来ることをしているのだ。なにも恥じることはないぞ、文。」

「今は、あなたを補助するのが、私の出来ること、ですから。」

「その息だ。お前の翼、借りるぞ。」

 

文に抱えられ、空を飛ぶ。

そういえば、厚着していた魔理沙はともかく、霊夢は寒くないのだろうか。

そんなことを、頭をよぎった。

 

 

 

 

八雲紫は、この異変には、無干渉だった。

無干渉だが、事の全てを把握してもいた。

 

「紫様、麗水は博麗神社から移動したようです。」

 

式神の藍には、麗水の足跡を逐次調べさせていた。今回の異変は、彼が思う以上に、彼の動きに機敏でなければなかった。

 

「そう、どこに向かいそうか、わかる?」

「まだはっきりとは、しかし、私の予想では妖精泉かと。」

「そう、だったらまだ大丈夫そうねぇ。」

 

ひらひらと手を振ると、藍は一礼の後、辞した。

藍の予想は、外れることはなかった。

 

確実に、自信があってから、予想を挙げるのだ。

狡い性格だ、と麗水に言われた事もあったらしいが、藍本人はそれを気にしてはいないようだった。

 

紫は、悩んでいた。長い時間を生きていても、これほど悩むことはあまりなかった。

睡眠時間も、日の半分から、四半に減っていた。

減った時間の分だけ、悩んでいた。

もう一度、確かめる必要がある。それが、紫が出した、最初の考えだった。

異変の首謀者に、異変を止めるつもりはないのか。

 

今回の異変は、幻想郷に大きな影響は及ぼさない。それはよく知っていた。

精々、冬が異常に長くなるだけだった。しかし、それももうすぐ終わる。

あと少し経てば、普通の春が訪れ、夏が訪れる。そしていずれはまた冬が来る。

 

「藍、少し出かけてくるわ。」

「白玉楼ですね。」

 

黙って頷いた。

藍の察しの良さは、好きだった。

 

 

 

 

 

 

 

妖精達が、よく戯れている泉に着いた。

雪も多少は収まり、視界が遮られることもなかった。

 

目的の妖精は、すぐに見つかった。

 

「おぉい、チルノ。」

「あ、ししょー!!」

 

氷の妖精、チルノだ。手に、剣を遣っていた。

安直だが、わかりやすいところから、調べるしかなかった。

 

「剣の稽古をしてくれるの?!」

「稽古はまた後でつけてやる。今日は少し聞きたいことがあってな。」

「なになに?」

「この、天気に、思い至ることはないか?」

 

単刀直入に、聞いた。他の聞き方は、知らなかった。

 

「うん、知らない。」

「だろうな。」

 

妖精は基本的に裏表がない。あえて悪く言うが阿呆だった。

知らないのだから、知らないのだろう。

 

「わかっていたことですけど、役に立ちませんねー。」

 

文がチルノに聞こえない声で、呟いていた。

 

「え、今日は本当にそれだけ?」

「うむ。」

「本当の本当にそれだけ?」

「…うむ。」

「そっかぁ。」

 

ちらりと、文を見る。

文は体を竦ませ、苦笑した。

それは、了承の意味だという事を、麗水は知っていた。

 

「わかった。一刻(30分)だけだぞ。剣の稽古をつけてやる。」

「本当に!やった!!はい、ししょーの竹棒。」

 

チルノに渡していた、稽古用の竹棒を受け取る。

お互いに構えた。手始めに、構えの隙を見つけ、軽く叩いた。脇腹だった。

今度は、踏み込もうとした時にできた隙に、打ち込んだ。肩だった。

何度も打たれていると、隙がなくなった。そうすると、また違うところに隙ができる。今度はそこを叩く。そうして、稽古をしてきた。

 

こうなったのも、最初は、チルノから喧嘩をふっかけられた事から始まる。

 

最強を目指しているらしい。最初に出会った時に聞き取れたのは、その程度だった。

弾幕ごっこはできないので、軽く竹棒で打ち据えた。泣きながら帰り、次の日、また挑まれた。

いつしか、自分の言うことに従順になり、ししょーと勝手に呼び、喧嘩を稽古と呼ぶようになった。そんな言葉を教えたことはない。

裏表のない妖精だ。麗水が教えることを、スポンジのように吸収した。

技術を教えたことは一度もない。心持ちを教えただけだった。

 

妖精は、その精神力を姿かたちに大きく左右される。

大妖精も、精神力を高めた、一種の逸材だった。

 

成長したのか、チルノは最初に出会った頃よりも、背丈が伸びていた。肉付きも、多少は女性らしくなっている。久方ぶりにチルノを見かけた霊夢が、その変容にひどく驚いていたのも、記憶に新しい。そして、麗水を真似た剣の成長も、顕著だった。

 

チルノの成長を見るのが楽しみでない。そういえば嘘であった。

 

「そろそろ時間ですよ。」

 

文の声で、気がついた。もうそれほど稽古をしていたのだ、と。

最後の隙を見つけ、先程より強く、打った。

それが稽古の終了の、合図だった。

 

「ありがとうございました!」

 

チルノが礼をした。

最初では考えられなかったことだった。

 

「おう。少しささくれた、手入れをしておけ。」

 

竹棒を返した。

稽古をしてもらう、準備もある。チルノに教えたことだった。

 

「うん!!」

 

随分と叩かれた筈であるのに、笑顔で応えた。

彼女の最強への思いは、多少幼いが、本物だった。

 

 

 

 

 

紫は、白玉楼の主と、向かい合っていた。

 

「紫、珍しわね、いつもなら寝ている時間じゃない?」

「ちょっと桜についての話をしようと思ってね。」

「あら、またその話?」

 

紫の向かいに座る女が扇を広げた。

西行寺幽々子。この白玉楼の主であり、今回の異変の首謀者だった。

幽々子は一声上げると、彼女の庭師がお茶請けを持ってきた。

彼女は、話をするときは必ずと言っていいほど、食べ物を欲しがった。

紫は、あまり手をつけたことがなかった。

 

「本当に、西行妖を、咲かせるのね。」

「ええ、私は、あの下に誰が埋まっているのか、とても興味があるの。」

 

幽々子がそばにあった巻を、持ち上げ、ひらひらと振った。

そこには西行妖について書かれているという。紫は中を見たことがなかった。見せてもらう必要もなかった。

西行妖は、白玉楼に生えている桜だ。その桜は、人間の精気で汚れていた。少なくとも、綺麗な木ではない。紫はそう思っている。

 

西行妖に、目を向けた。六分、といった所だった。

 

「この煎餅美味しいわぁ。紫もどう?」

「遠慮しておくわ。」

 

幽々子との付き合いは、長かった。麗水を除き、彼女より親しい存在はいないと言える。そういう関係だった。

 

「春集めはどうかしら?」

「滞りなく。」

 

紫は茶請けを用意した庭師に、声をかけていた。

帰ってきたのは、簡素な返事だけだった。

魂魄妖夢という庭師で、刀をよく遣う。しかし、つまらない半人半霊だった。生真面目すぎるのだ。しかし、からかい甲斐はあった。

 

「幽々子、私からは特に邪魔もしないし、あなたのしたいようにすれば良いと思っているわ。」

「ええ。」

「でも、下に埋まっている人物は封印されている。と同時に西行妖も。その意味をしっかりと、考えておいて。」

「わかってるわよ。ただ、ほんのちょっとだけだから、ね?見るだけ、見るだけ。」

 

興味本位であることは、隠そうともしていなかった。

彼女は紫の忠告を、お節介か小言と勘違いしているのだろう。

 

かっと熱くなる物が自分に流れ込んだのを、紫は感じた。

悩んでいたことだったが、それももうなくなった。

 

「それだけよ、じゃあね。精々お花見を楽しみなさい。」

「お気遣いありがとうね。」

 

自分が知っていることを、麗水に告げよう。紫は決めていた。

私は幽々子を邪魔しない。邪魔をするのは、麗水だ。

 

幽々子との、付き合いは長かったが、麗水との付き合いは、もっと長かった。

 

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