東方永命録 -麗水伝-   作:ギャクテム

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妖々夢 三話

情報は、まったく、集まっていなかった。

麗水は、愚痴がてら、香霖堂に立ち寄っていた。

 

「お前、この天気どう思うよ。」

「商売上がったりだね。」

「だよなぁ。」

 

店主、森近霖之助がこちらに目をくれず答える。手には、外界の本が握られている。

 

「で、君はこんなところで暇を潰してて良いのかい。」

「ここは、暇を潰すには最適でなぁ。」

「店主としては、お客以外はあんまりたむろして欲しくないんだけどね。」

「客がいないくせに、よく言う。」

「それは君の鬼泣堂もそうじゃないかな。」

「違いない。」

 

霖之助とは、馬が合った。

数少ない男友人でもある。

売れない店主という同じ立場も、馬が合う要素なのかもしれなかった。

 

これでも、持ちつ持たれつの関係であったりする。

妖怪退治に必要な道具を、求めることがあれば、向こうが危険な道具の入手を依頼してくる事もあった。

 

「情報収集に、難儀しているようだね。」

「ああ、そりゃぁもう。」

「魔理沙には会ったかい?今朝、異変を解決してやると意気込んで来店したけど。」

「おう、会ったぞ。全くつれない反応であったぞ。年頃の娘とは、本当に難しい。」

「魔理沙は君のことが嫌いだからね。」

 

正面からそう言われると、心にくるものはあった。

霖之助には、そういう物言いがあった。しかし、それを嫌ったことはなく、むしろ好ましいとも思う。

 

「まぁでも、いつかは君も、宴会に参加できるようになれば良い。そう思うよ。」

「流星祈願会のことか。」

「そう。」

 

霖之助達が開く、流星祈願会に参加したことは、なかった。

魔理沙が居るからだ。

二人の不和が、全てに響くことだって、あるのだ。

 

「いずれ、そうなると良いな。」

 

魔理沙がなぜ、麗水を嫌っているのか。その理由を、麗水も霖之助も知っていた。

しかし、そのことについて、語ったことはなかった。

わざわざ語ることではない。ましてや、魔理沙に訴えることでもなかった。

だが、いつかは自分を、魔理沙も理解してくれる。麗水はそう信じていた。

 

 

店内を見渡した。

文が店内のものを物色していた。

 

「麗水さん、これ、すごくないですか?回すと音が鳴りますよ!」

「子供か、お前は。」

 

文は、はしゃいでいた。

知的好奇心をくすぐられるのは、よく理解できたが。

 

「そうだ、なにか掘り出し物が、ないかな?」

「どの分野でかな?」

「得物だな。儂向きの、得物だ。」

「それならちょうど、興味深いものがあるよ。」

 

霖之助が、立ち上がり、顎を軽く外に向けた。

外の小屋に来い。そういう意味らしい。

霖之助と共に、小屋に向かった。文も遅れてついてきた。

 

「ほら、これだよ。」

 

小屋で手渡されたものは、剣だった。巨大な、片刃の剣だ。

 

「おお。」

 

奪うように受け取り、吟味する。

多少重いが、それくらいがちょうどよかった。

切れ味は格段良さそうではなかったが、研げば問題はないし、そもそもこの重量だ。

重さで断ち切ることが、真髄だろう。

 

「この剣には、少し特徴があってね。」

「む。」

「その取っ手を手前に引き出してごらん。」

「おお。」

 

刃から、刃が取れた。片手で振るに、ちょうど良い、片刃の剣だ。

霖之助に言われるがままに、その工程を四度続けた。

どうやら、六本の剣が合体して一本の大剣になるらしい。

小屋の床には、六振りの剣が横たわっていた。

 

「すごい。すごいな。格好良い。」

「子供ですか、あなたは。」

 

文に、指摘された。

さっき、文に言ったことだった。

 

「こんな武器だ。少なくとも、僕には使い道も、使いこなせもしないからね。渡すなら、麗水、君かな。そう思って取っておいたよ。」

 

それぞれの剣が、形状が違う。刃も違った。それぞれの役割があると思って、違いなかった。

それが、ひとつに束ねられ、一つの大剣となる。感動だった。

これは、一つの芸術。そうとしか思えなかった。

 

「買う。買うぞ。何が欲しい。」

「今はこれと言って、欲しい物が、ないんだよね。それが。」

「なに、では儂は何をすれば良い。」

「あげるよ。」

 

拳を振り上げた。二度三度、拳を震わせた。

 

「嬉しいぞ、霖之助。」

「日頃のお礼だよ。お得意様でもあるし。」

「これからも、よろしく頼むぞ。信頼している。」

「ああ、僕もだよ。ちょっと待っててくれ、その剣を入れるものを持ってくるよ。」

 

霖之助が持ってきたのは、大きな鞄であった。拾ってきたものではないのは、わかる。

 

「全部ひとつにしている時は、そのまま入れればいい。六つに分けているときは、中にあるしきりに、一本づつ入れればいい。」

「わざわざ作ったのか。」

「そのまま持って帰らせるわけにもいかないしね。」

「何から何まで、すまんな。」

「ところで、名前をつけたりは、しないのかい?」

「名前?」

 

武器に、名前をつけたことはなかった。槍だ、斧だと、その武器がどのような武器なのか、名称をつけたことがあるだけだ。

 

「武器に、名前をつける意味があるのか?」

「付喪神って知っているかい?」

「無論。」

 

万物全てに宿るであろうという、九十九【ツクモ】の神だ。

物は、道を違えれば、妖怪になることもある。

そんな妖怪を、見たことはあった。

 

「名前をつければ、愛着が沸く。相棒だと思うこともできる。そういうことじゃないかな。」

「愛着か。」

 

武器は、確かに相棒だった。

普段遣う大刀も、相棒だ。しかし、名前をつけようと考えたことはなかった。

そもそも、自分には、得物とは体の一部のような考えがある。

自分の体にわざわざ名前を付けるのも、おかしいとは、思う。

 

「しかし、せっかく貰った剣だ。名前をつけても、良いかもしれんな。」

「そうするといい。あげた僕としても、大切にしてもらったほうが、良い。」

「良いのか、俺が大切にするということは、戦いの中で酷使する、そういう意味だぞ。」

「道具とは、なにかしらを成し遂げるために、存在する。麗水の言うそれは、道具として幸せなことだと、僕は思うよ。」

 

少なくとも、骨董好きに手渡し、芸術品として飾られるよりは。

霖之助は、そう付け加えた。

 

「名前は、決まりましたか?」

「六陣刀《むじんとう》、陸姫《ろくひめ》。陸の姫と、書く。」

 

文の問いに、答えた。

 

「どういった意味か、聞いていいかい?」

 

得物とは、陣である。麗水が、長い年月を経て出していた、答えだった。

得物の達人に近づけば近づくほど、その陣形は尖がり、切れ味は増していく。

槍は、長く、疾い。それが槍の強さである。

小刀は、短いが、槍よりも、もっと疾い。

組み付けば、槍になす術はない。

達人同士の槍と小刀は、相手をいかに斬るかではなく、いかに近づかせぬかと、いかにして近づくか、その点のみだ。結果など、後からついてくるものだった。

 

そして、この剣には六つの刃がある。それぞれが違う役割を持ち、違う強さがある。

六つの陣形を持っている。麗水には、そう思えた。

戦いとは選択肢の、重ね合いだ。選択肢が、多いに越したことはなかった。これも、麗水が出した、答えの一つだった。

 

「陸姫の、意味は?」

「一陣を、一人とした時、六人の姫が、儂を支えてくれる。男として、これほど頼もしいことはない。」

「な」

 

文が、口を開けた。

付けるならば、女の名前だ。それは、名前を付けると決めたとき、最初に決めたことだった。その女が六人だっただけだ。

 

「いずれ、全てに、名前をつけようとは思う。」

「まったく、麗水、君らしいね。」

「儂らしさを失ったら、それは儂ではないよ。」

「待ってください、なんですかその名前は。遊郭じゃないんだから、おかしいと思います。」

 

文が食ってかかった。

 

「情欲を満たすだけの、花魁なんぞと一緒にするな、文。彼女たちはこれから、儂の命を支え、共に闘ってくれるのだ。言うなれば戦巫女か戦乙女だ。」

 

自らの命を支えるものに、女の名前を与えることは、古来から、ある。

それは決して男の色欲だけではなく、女の温もりを求める男の生理的欲求だ。

その最たる存在は、母親だ。母親の名前を叫び、死んでいった朋達を、麗水は何度も見ていた。

 

「だ、だからって。」

「もし現実に、儂を支える六人の姫達がいるとしたら、そのうちの一人は、お前だと思うぞ、文。」

「え。」

 

文は、今度は口を閉じ、黙った。

 

「つまりは、そういうことだ。情欲だけではない、それをわかってくれ。」

「は、はい。」

「ありがとう、麗水。それほどの名前を、剣につけてくれて。」

「いや、それほど気に入ったということでも、あるぞ。」

「それじゃあこの話はおしまいだ。どうだい、奥でお茶でも飲んでいくかい?」

 

霖之助の誘いは、断った。

流石に、時間を喰いすぎていた。

時間を無駄に潰したとは、思わなかったが。

 

「麗水。」

 

この場の三人の、どれでもない声がした。

声は、上からだった。

 

「紫か。」

 

天井にスキマがあった。中から紫が見下ろしている。

 

「話があるんだけど、来てくれない?」

「いきなりだな。急な話か。」

「急な話よ。」

 

紫の態度は、いつもと変わらない。ゆったりとしたものだ。

故に、急いでいるとは伝わりづらかった。

 

「お前の家にか。」

「私が連れて行ってあげるから。」

 

紫の家が、どこにあるか、それは秘匿されていた。

麗水ですら、紫に送られる以外で、行き着いたことはない。

紫が、家の存在を歪めているからだ。

 

「文は?」

「駄目よ。貴方が、一人で来るの。」

 

有無を言わせない。そういうつもりらしかった。

 

「文、今日はここでお別れらしい。」

「私ができることは、ここまでなんですか?」

「そういうことに、なるな。」

 

剣は、もう鞄にしまってある。

 

「準備は良い?」

「ああ。頼む。」

 

浮遊感が、体を包む。

スキマに落ちたのだということは、わかった。

 

 

 

 

 

 

八雲家の、床に足をつけた。

自然な足で、紫の部屋に向かう。

普段は、橙が擦り寄ってくるが、橙は見当たらなかった。

藍が、紫の部屋の前に佇んでいた。

 

「待っていた。」

「そうか。」

「中には、饅頭も用意してある。」

「気が利くな。」

 

それだけ言って、部屋に入った。藍はついてくる気はないらしい。

 

「ここまで直接送ればいいものを。」

「ここは、私の部屋。入れるのは、その戸からだけよ。」

 

紫は、そういう縄張りというか、住み分けに関しては徹底している。

八雲家には、麗水の部屋もある。

最近はめっきり使っていないが。

 

 

「それで、話というのは?」

「この異変、首謀者について教えるわ。」

 

顔が引き締まるのを、感じた。

 

「今更だな。」

「私も、気が変わるのよ。それに、あなたには伝えなければいけないと思ったしね。」

「そうか。では教えてもらおうか。」

 

部屋の中央には卓がある。そこに胡座をかき、饅頭に手を伸ばした。

紫も、腰を下ろしていた。

 

「首謀者は冥界にいるわ。白玉楼、という場所よ。」

「道理で、地上を探しても見つからないわけだ。」

「そういうこと。」

 

饅頭を口に押し込んだ。餡子が入っており、甘かった。甘い饅頭も、もちろん好きだった。

 

 

「冬が続く原因は、一本の、桜よ。名前を、西行妖というわ。」

「なに。」

 

喉が詰まりかけた。たまらず、茶を飲み干した。

 

「その桜に春を集め、満開にしようというのが、今回の目的。春が訪れないのはそのせいね。」

「西行妖、あの汚れた桜か。べっとりと、血に染まった、あの汚い桜か。」

 

目眩が、した。饅頭のせいでは、決してない。

 

「ええ、そして、その首謀者は冥界の管理者にして、白玉楼の主、亡霊西行寺幽々子よ。」

「おい。」

「そう、生前はあなたと、想い人だった存在。」

「待て。」

「動機は、ほんのちょっとした好奇心らしいわよ。西行妖に、誰が埋まっているのか、というね。」

「ふざけるな。」

 

紫の、両肩を掴んでいた。目眩はひどくなる一方だった。

 

「色々、聞きたいことがありそうね。」

「当たり前だ。幽々子だと。あの幽々子か。」

 

遠い昔の話だ。

幽々子は、死んだ。目の前で、桜の下で。今では、顔すらはっきりと思い出せない。

ただ、彼女を愛したという、想いが残っているだけだ。それは、今でも消えていない。

それが、亡霊になり、冥界に住んでいたなど、知りもしなかった。

 

「どうするの?時間は、刻一刻と迫っているわよ。見た限り、明日の夜には、満開ね。」

 

紫は、知っていた。全てを。

麗水と幽々子の生前の関係。西行妖の封印について。その全てを。

紫に、殺意が、沸いた。

 

「そこまで、知っていて、俺に彼女と戦わせようってのか。」

 

俺、自分をそう呼んだ。本来の一人称は、俺、だった。

 

「戦え、なんて言っていないわ。ただ、異変について教えただけよ。どうやら、色々調べて回っているみたいじゃない。」

 

紫を、押し倒した。抵抗はなかった。

 

「お前は、悪女だ。最悪だ。」

「そうかもね。」

「俺が、お前に手をかけられない事も、知っている。」

「抱いても、くれないけどね。」

 

紫から、離れた。

怒りから、抱くことだけは、してはならなかった。

そんなものは人間では、ない。獣のすることだった。

しかし、あのままでいたら、自分が獣になりそうで、恐ろしかった。

 

「それで、どうするの?言うまでもないことだけど、幽々子は、あなたのことは覚えていないわよ。あなたの知っている幽々子は、確かに死んだわ。」

「今晩、考えさせてくれ。明日の朝に、会いに来い。」

「わかったわ。じゃあ、送るわね。」

 

紫に背を向けた。これ以上、紫を見ていたくなかった。

 

「私は、悪い女よ。ここまで貴方に黙っていたツケが、回ってきたのよ。」

「黙れ。早く、送れ。」

 

また、体に浮遊感が生まれる。

目眩が収まる気配は、なかった。

 

 

 

 

 

 

家に帰り、薪を割った。新しい得物、陸姫で嫌というほど、割った。

この剣の癖を、掴みたかった。しかし、それだけではない。

落ち着かせる時間が、自分には必要だった。ほかでもない、自分自身を、だ。

 

幽々子が、亡霊として、存在している。

信じたくは、なかった。

彼女の亡骸は、西行妖の下に、封印されている。

西行妖が、咲く。それは、封印が解かれることだ。

 

亡霊の幽々子は、亡骸の開放とともに、成仏するだろう。

彼女を、冥界につなぎとめているのは、桜だ。

 

止めるのか、止めぬのか、麗水にはどちらが正しいのかなど、わからなかった。

幽々子はどんな顔をしていたか、紫とどのような交友関係だったのか。

 

様々な考えが頭に浮かぶが、それらを全て斬って捨てた。

そうしなければ、自分が壊れそうだった。

 

一際大きな木を、薙いだ。木が倒れてくる。それに陸姫を叩きつけた。木の中ほどで刃が止まり、割れなかった。

木が、自分を押しつぶしてくる。麗水は、吼えていた。

 

すると、体が、横に飛んでいた。雪の中に、飛び込むことになった。

 

「危ないじゃない!!麗水!!」

 

文が、自分を抱え、木の下から抜け出したのだろう。顔が、赤かった。

文の口調も、素が現れていた。こちらの口調の方が、少女らしく、好きだった。

 

「すまない、文。加減を間違えた。」

「加減って…、そんな大きさの木じゃないわよ!もう少しで、押しつぶされる所だったじゃない!!」

 

あのまま押しつぶされたかった。そんなことは、口が裂けても言えなかった。

文を抱きしめた。

 

「れ、麗水?」

「すまない、少しだけだ、こうさせてくれ。」

 

今は、温もりが、欲しかった。こうすれば、少しは救われる気がした。

陸姫に、温もりは、なかった。

 

 

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