情報は、まったく、集まっていなかった。
麗水は、愚痴がてら、香霖堂に立ち寄っていた。
「お前、この天気どう思うよ。」
「商売上がったりだね。」
「だよなぁ。」
店主、森近霖之助がこちらに目をくれず答える。手には、外界の本が握られている。
「で、君はこんなところで暇を潰してて良いのかい。」
「ここは、暇を潰すには最適でなぁ。」
「店主としては、お客以外はあんまりたむろして欲しくないんだけどね。」
「客がいないくせに、よく言う。」
「それは君の鬼泣堂もそうじゃないかな。」
「違いない。」
霖之助とは、馬が合った。
数少ない男友人でもある。
売れない店主という同じ立場も、馬が合う要素なのかもしれなかった。
これでも、持ちつ持たれつの関係であったりする。
妖怪退治に必要な道具を、求めることがあれば、向こうが危険な道具の入手を依頼してくる事もあった。
「情報収集に、難儀しているようだね。」
「ああ、そりゃぁもう。」
「魔理沙には会ったかい?今朝、異変を解決してやると意気込んで来店したけど。」
「おう、会ったぞ。全くつれない反応であったぞ。年頃の娘とは、本当に難しい。」
「魔理沙は君のことが嫌いだからね。」
正面からそう言われると、心にくるものはあった。
霖之助には、そういう物言いがあった。しかし、それを嫌ったことはなく、むしろ好ましいとも思う。
「まぁでも、いつかは君も、宴会に参加できるようになれば良い。そう思うよ。」
「流星祈願会のことか。」
「そう。」
霖之助達が開く、流星祈願会に参加したことは、なかった。
魔理沙が居るからだ。
二人の不和が、全てに響くことだって、あるのだ。
「いずれ、そうなると良いな。」
魔理沙がなぜ、麗水を嫌っているのか。その理由を、麗水も霖之助も知っていた。
しかし、そのことについて、語ったことはなかった。
わざわざ語ることではない。ましてや、魔理沙に訴えることでもなかった。
だが、いつかは自分を、魔理沙も理解してくれる。麗水はそう信じていた。
店内を見渡した。
文が店内のものを物色していた。
「麗水さん、これ、すごくないですか?回すと音が鳴りますよ!」
「子供か、お前は。」
文は、はしゃいでいた。
知的好奇心をくすぐられるのは、よく理解できたが。
「そうだ、なにか掘り出し物が、ないかな?」
「どの分野でかな?」
「得物だな。儂向きの、得物だ。」
「それならちょうど、興味深いものがあるよ。」
霖之助が、立ち上がり、顎を軽く外に向けた。
外の小屋に来い。そういう意味らしい。
霖之助と共に、小屋に向かった。文も遅れてついてきた。
「ほら、これだよ。」
小屋で手渡されたものは、剣だった。巨大な、片刃の剣だ。
「おお。」
奪うように受け取り、吟味する。
多少重いが、それくらいがちょうどよかった。
切れ味は格段良さそうではなかったが、研げば問題はないし、そもそもこの重量だ。
重さで断ち切ることが、真髄だろう。
「この剣には、少し特徴があってね。」
「む。」
「その取っ手を手前に引き出してごらん。」
「おお。」
刃から、刃が取れた。片手で振るに、ちょうど良い、片刃の剣だ。
霖之助に言われるがままに、その工程を四度続けた。
どうやら、六本の剣が合体して一本の大剣になるらしい。
小屋の床には、六振りの剣が横たわっていた。
「すごい。すごいな。格好良い。」
「子供ですか、あなたは。」
文に、指摘された。
さっき、文に言ったことだった。
「こんな武器だ。少なくとも、僕には使い道も、使いこなせもしないからね。渡すなら、麗水、君かな。そう思って取っておいたよ。」
それぞれの剣が、形状が違う。刃も違った。それぞれの役割があると思って、違いなかった。
それが、ひとつに束ねられ、一つの大剣となる。感動だった。
これは、一つの芸術。そうとしか思えなかった。
「買う。買うぞ。何が欲しい。」
「今はこれと言って、欲しい物が、ないんだよね。それが。」
「なに、では儂は何をすれば良い。」
「あげるよ。」
拳を振り上げた。二度三度、拳を震わせた。
「嬉しいぞ、霖之助。」
「日頃のお礼だよ。お得意様でもあるし。」
「これからも、よろしく頼むぞ。信頼している。」
「ああ、僕もだよ。ちょっと待っててくれ、その剣を入れるものを持ってくるよ。」
霖之助が持ってきたのは、大きな鞄であった。拾ってきたものではないのは、わかる。
「全部ひとつにしている時は、そのまま入れればいい。六つに分けているときは、中にあるしきりに、一本づつ入れればいい。」
「わざわざ作ったのか。」
「そのまま持って帰らせるわけにもいかないしね。」
「何から何まで、すまんな。」
「ところで、名前をつけたりは、しないのかい?」
「名前?」
武器に、名前をつけたことはなかった。槍だ、斧だと、その武器がどのような武器なのか、名称をつけたことがあるだけだ。
「武器に、名前をつける意味があるのか?」
「付喪神って知っているかい?」
「無論。」
万物全てに宿るであろうという、九十九【ツクモ】の神だ。
物は、道を違えれば、妖怪になることもある。
そんな妖怪を、見たことはあった。
「名前をつければ、愛着が沸く。相棒だと思うこともできる。そういうことじゃないかな。」
「愛着か。」
武器は、確かに相棒だった。
普段遣う大刀も、相棒だ。しかし、名前をつけようと考えたことはなかった。
そもそも、自分には、得物とは体の一部のような考えがある。
自分の体にわざわざ名前を付けるのも、おかしいとは、思う。
「しかし、せっかく貰った剣だ。名前をつけても、良いかもしれんな。」
「そうするといい。あげた僕としても、大切にしてもらったほうが、良い。」
「良いのか、俺が大切にするということは、戦いの中で酷使する、そういう意味だぞ。」
「道具とは、なにかしらを成し遂げるために、存在する。麗水の言うそれは、道具として幸せなことだと、僕は思うよ。」
少なくとも、骨董好きに手渡し、芸術品として飾られるよりは。
霖之助は、そう付け加えた。
「名前は、決まりましたか?」
「六陣刀《むじんとう》、陸姫《ろくひめ》。陸の姫と、書く。」
文の問いに、答えた。
「どういった意味か、聞いていいかい?」
得物とは、陣である。麗水が、長い年月を経て出していた、答えだった。
得物の達人に近づけば近づくほど、その陣形は尖がり、切れ味は増していく。
槍は、長く、疾い。それが槍の強さである。
小刀は、短いが、槍よりも、もっと疾い。
組み付けば、槍になす術はない。
達人同士の槍と小刀は、相手をいかに斬るかではなく、いかに近づかせぬかと、いかにして近づくか、その点のみだ。結果など、後からついてくるものだった。
そして、この剣には六つの刃がある。それぞれが違う役割を持ち、違う強さがある。
六つの陣形を持っている。麗水には、そう思えた。
戦いとは選択肢の、重ね合いだ。選択肢が、多いに越したことはなかった。これも、麗水が出した、答えの一つだった。
「陸姫の、意味は?」
「一陣を、一人とした時、六人の姫が、儂を支えてくれる。男として、これほど頼もしいことはない。」
「な」
文が、口を開けた。
付けるならば、女の名前だ。それは、名前を付けると決めたとき、最初に決めたことだった。その女が六人だっただけだ。
「いずれ、全てに、名前をつけようとは思う。」
「まったく、麗水、君らしいね。」
「儂らしさを失ったら、それは儂ではないよ。」
「待ってください、なんですかその名前は。遊郭じゃないんだから、おかしいと思います。」
文が食ってかかった。
「情欲を満たすだけの、花魁なんぞと一緒にするな、文。彼女たちはこれから、儂の命を支え、共に闘ってくれるのだ。言うなれば戦巫女か戦乙女だ。」
自らの命を支えるものに、女の名前を与えることは、古来から、ある。
それは決して男の色欲だけではなく、女の温もりを求める男の生理的欲求だ。
その最たる存在は、母親だ。母親の名前を叫び、死んでいった朋達を、麗水は何度も見ていた。
「だ、だからって。」
「もし現実に、儂を支える六人の姫達がいるとしたら、そのうちの一人は、お前だと思うぞ、文。」
「え。」
文は、今度は口を閉じ、黙った。
「つまりは、そういうことだ。情欲だけではない、それをわかってくれ。」
「は、はい。」
「ありがとう、麗水。それほどの名前を、剣につけてくれて。」
「いや、それほど気に入ったということでも、あるぞ。」
「それじゃあこの話はおしまいだ。どうだい、奥でお茶でも飲んでいくかい?」
霖之助の誘いは、断った。
流石に、時間を喰いすぎていた。
時間を無駄に潰したとは、思わなかったが。
「麗水。」
この場の三人の、どれでもない声がした。
声は、上からだった。
「紫か。」
天井にスキマがあった。中から紫が見下ろしている。
「話があるんだけど、来てくれない?」
「いきなりだな。急な話か。」
「急な話よ。」
紫の態度は、いつもと変わらない。ゆったりとしたものだ。
故に、急いでいるとは伝わりづらかった。
「お前の家にか。」
「私が連れて行ってあげるから。」
紫の家が、どこにあるか、それは秘匿されていた。
麗水ですら、紫に送られる以外で、行き着いたことはない。
紫が、家の存在を歪めているからだ。
「文は?」
「駄目よ。貴方が、一人で来るの。」
有無を言わせない。そういうつもりらしかった。
「文、今日はここでお別れらしい。」
「私ができることは、ここまでなんですか?」
「そういうことに、なるな。」
剣は、もう鞄にしまってある。
「準備は良い?」
「ああ。頼む。」
浮遊感が、体を包む。
スキマに落ちたのだということは、わかった。
八雲家の、床に足をつけた。
自然な足で、紫の部屋に向かう。
普段は、橙が擦り寄ってくるが、橙は見当たらなかった。
藍が、紫の部屋の前に佇んでいた。
「待っていた。」
「そうか。」
「中には、饅頭も用意してある。」
「気が利くな。」
それだけ言って、部屋に入った。藍はついてくる気はないらしい。
「ここまで直接送ればいいものを。」
「ここは、私の部屋。入れるのは、その戸からだけよ。」
紫は、そういう縄張りというか、住み分けに関しては徹底している。
八雲家には、麗水の部屋もある。
最近はめっきり使っていないが。
「それで、話というのは?」
「この異変、首謀者について教えるわ。」
顔が引き締まるのを、感じた。
「今更だな。」
「私も、気が変わるのよ。それに、あなたには伝えなければいけないと思ったしね。」
「そうか。では教えてもらおうか。」
部屋の中央には卓がある。そこに胡座をかき、饅頭に手を伸ばした。
紫も、腰を下ろしていた。
「首謀者は冥界にいるわ。白玉楼、という場所よ。」
「道理で、地上を探しても見つからないわけだ。」
「そういうこと。」
饅頭を口に押し込んだ。餡子が入っており、甘かった。甘い饅頭も、もちろん好きだった。
「冬が続く原因は、一本の、桜よ。名前を、西行妖というわ。」
「なに。」
喉が詰まりかけた。たまらず、茶を飲み干した。
「その桜に春を集め、満開にしようというのが、今回の目的。春が訪れないのはそのせいね。」
「西行妖、あの汚れた桜か。べっとりと、血に染まった、あの汚い桜か。」
目眩が、した。饅頭のせいでは、決してない。
「ええ、そして、その首謀者は冥界の管理者にして、白玉楼の主、亡霊西行寺幽々子よ。」
「おい。」
「そう、生前はあなたと、想い人だった存在。」
「待て。」
「動機は、ほんのちょっとした好奇心らしいわよ。西行妖に、誰が埋まっているのか、というね。」
「ふざけるな。」
紫の、両肩を掴んでいた。目眩はひどくなる一方だった。
「色々、聞きたいことがありそうね。」
「当たり前だ。幽々子だと。あの幽々子か。」
遠い昔の話だ。
幽々子は、死んだ。目の前で、桜の下で。今では、顔すらはっきりと思い出せない。
ただ、彼女を愛したという、想いが残っているだけだ。それは、今でも消えていない。
それが、亡霊になり、冥界に住んでいたなど、知りもしなかった。
「どうするの?時間は、刻一刻と迫っているわよ。見た限り、明日の夜には、満開ね。」
紫は、知っていた。全てを。
麗水と幽々子の生前の関係。西行妖の封印について。その全てを。
紫に、殺意が、沸いた。
「そこまで、知っていて、俺に彼女と戦わせようってのか。」
俺、自分をそう呼んだ。本来の一人称は、俺、だった。
「戦え、なんて言っていないわ。ただ、異変について教えただけよ。どうやら、色々調べて回っているみたいじゃない。」
紫を、押し倒した。抵抗はなかった。
「お前は、悪女だ。最悪だ。」
「そうかもね。」
「俺が、お前に手をかけられない事も、知っている。」
「抱いても、くれないけどね。」
紫から、離れた。
怒りから、抱くことだけは、してはならなかった。
そんなものは人間では、ない。獣のすることだった。
しかし、あのままでいたら、自分が獣になりそうで、恐ろしかった。
「それで、どうするの?言うまでもないことだけど、幽々子は、あなたのことは覚えていないわよ。あなたの知っている幽々子は、確かに死んだわ。」
「今晩、考えさせてくれ。明日の朝に、会いに来い。」
「わかったわ。じゃあ、送るわね。」
紫に背を向けた。これ以上、紫を見ていたくなかった。
「私は、悪い女よ。ここまで貴方に黙っていたツケが、回ってきたのよ。」
「黙れ。早く、送れ。」
また、体に浮遊感が生まれる。
目眩が収まる気配は、なかった。
家に帰り、薪を割った。新しい得物、陸姫で嫌というほど、割った。
この剣の癖を、掴みたかった。しかし、それだけではない。
落ち着かせる時間が、自分には必要だった。ほかでもない、自分自身を、だ。
幽々子が、亡霊として、存在している。
信じたくは、なかった。
彼女の亡骸は、西行妖の下に、封印されている。
西行妖が、咲く。それは、封印が解かれることだ。
亡霊の幽々子は、亡骸の開放とともに、成仏するだろう。
彼女を、冥界につなぎとめているのは、桜だ。
止めるのか、止めぬのか、麗水にはどちらが正しいのかなど、わからなかった。
幽々子はどんな顔をしていたか、紫とどのような交友関係だったのか。
様々な考えが頭に浮かぶが、それらを全て斬って捨てた。
そうしなければ、自分が壊れそうだった。
一際大きな木を、薙いだ。木が倒れてくる。それに陸姫を叩きつけた。木の中ほどで刃が止まり、割れなかった。
木が、自分を押しつぶしてくる。麗水は、吼えていた。
すると、体が、横に飛んでいた。雪の中に、飛び込むことになった。
「危ないじゃない!!麗水!!」
文が、自分を抱え、木の下から抜け出したのだろう。顔が、赤かった。
文の口調も、素が現れていた。こちらの口調の方が、少女らしく、好きだった。
「すまない、文。加減を間違えた。」
「加減って…、そんな大きさの木じゃないわよ!もう少しで、押しつぶされる所だったじゃない!!」
あのまま押しつぶされたかった。そんなことは、口が裂けても言えなかった。
文を抱きしめた。
「れ、麗水?」
「すまない、少しだけだ、こうさせてくれ。」
今は、温もりが、欲しかった。こうすれば、少しは救われる気がした。
陸姫に、温もりは、なかった。