気になった以上は、検証したい。それが俺ことプレイヤーネーム「ツヴァイシュライン損得」だ。伝記好き。
マッドフロッグというモンスターがいる。二番目の街セカンディルから出た先、「四駆八駆の沼荒野」に出現する箱のようなカエル、としか表現できないモンスター。
彼らに攻撃の意思はあまり見られない。むしろ沼地で採掘に励むプレイヤーの傍でのんびり泥浴びをする姿は癒しになり、モンスターとプレイヤーの死闘をのんびり眺める姿は殺意すら湧くほどのんびりしている。
この危険の少ないモンスターなら、俺の好奇心を満たしてくれるかもしれない。
「ゲゴゴッ?」
泥浴びをして日向ぼっこをしていたマッドフロッグに近づく。シャングリラ・フロンティアはゲームにする前に他に使い道がいくらでもあったろうと思うほど頭のおかしい技術を使用している。敵意が無いことを心から表現し、願えばそれは伝わる。もちろんほとんどのモンスターがそんなもの関係なくプレイヤーを襲う存在だが、このマッドフロッグの場合敵意は少ないほうだ。だから、『押せる』。
「ゲゴゴゴゴゴゴ」
泥の中、大型犬並みの大きさのカエルを押す。
押す。
押す。
泥を出た後はNPCに引かせた荷車に縛りつける。
「ヘヘッ、開拓者の旦那。酔狂な人ぁ多いが、こんな変なこと頼むのはアンタくらいだ。そいつの肉売るのはたまにやりますがね。食わないんでしょう?」
思いついたのはこのNPCと出会ったからだ。「料理人」から聞いた話を頼りに訪れたエリアで凶暴なモンスターに襲われていたこの男を助けた後、発生したユニークシナリオ「悪魔の食卓ー食材調達ー」。この男の運んでいた荷物・・・・・・それはゲームとはいえ顔をしかめるような『肉』達だった。
新鮮なそいつらを食べる美食家がいて、そこへ卸す途中だったらしい。
その肉の中に、別エリア限定のモンスターがいた。
だから思ったのだ。
テイムではなく、物理的には、モンスターをどこまで連れて行けるのだろうか、と。
男と交渉し、脅し、街を通らずに次のエリアへ行く裏道を聞き出し、荷車を譲り受けた。
目指すはそう、新大陸。
荷車を引く。
街は通れない。脇道獣道を荷車を引いていくのは重労働だ。だがこのためにSTRとAGIにステータスを振ってきた。
「ゲゴゴッ」
「うるさい。黙って・・・・・・ッ、モンスターか!」
さすがは獣。俺より早くモンスターの接近に気づいた。荷車を放し迎撃の姿勢を取る。数が多い、だが、
「お、損得ちゃーんみっけー。って襲われてんじゃねぇか! おいみんな戦闘準備!」
俺には、仲間がいる。
この我ながら好奇心純度100%のアホな考えに乗ってくれる、愛すべきアホ達(俺含む)十五人。
「うわマジでサードレマをモンスター連れてスルーできてるよこの人」
「スルーっていうか抜け道通っただけだし」
「PKとかに抜け道情報売れるんじゃ無いの?」
「どうせ知ってるだろうし、知らないんだったらPKの利益になるようなことしたくない」
以前有名なPKプレイヤーは確か何とか言う仮面アイテムで街を逆走して行ったとか。まぁ俺には関係ないし、今の興味はこいつだけだ。
そこからも苦難の連続だった。ルートは選んだ。トリップダメージのない、敵が集団で襲ってくることの少ないルートを選び、それでも手違い、ミス、不運。あらゆる困難が俺たちを襲った。喧嘩もした。だが、なぜかこの荷台に積まれたマッドフロッグが、
「ゲゴゴッ」
鳴くとみんな笑顔になったんだ。
その頃にはマッドフロッグは縛られてもいないのに荷台に大人しく積まれていた。俺たちの守るべき対象。俺たちの、十六人目のアホ仲間だ。
高い金を支払って新大陸へ向かう船に乗る。ワープも試してみようと思ったが、不確定要素が多すぎる。いや、正直に言おう。もうみんなこのマッドフロッグと一緒じゃなきゃ嫌だった。なんでここまで入れ込んでいるのか分からないが、それでいい。
「で、損得ちゃん。新大陸に渡った後は?」
マッドフロッグを大きな桶に入れて、真水をかけながら友人が聞いてきた。嬉しそうに鳴くマッドフロッグに皆目を細めながら、こちらに聞く。
旅をやめる、そんな選択肢はない。
こいつはいずれ死ぬ。分かっていた。日に日に弱っていっている。環境に適応できないんだ。
今は水にポーションを混ぜたりしてやり過ごしているが、いずれ限界が来る。
だったらその前に、
「雪を、見せてやりたい」
新大陸北。樹海を抜けた先の、この全世界が春頃くらいの気温で固定されているはずなのに雪の降る大地。
そこには俺と、暖かくなるようにと毛布を掛けられたマッドフロッグだけがいた。
仲間はみんな、俺たちを先に行かせるために死んでいった。今メールが来た。
無事着いたよ。やり遂げたんだ、俺たちは。
「なぁ」
「ゲゴ」
「たくさん旅したな」
「ゲゴゴッ」
雪が降る。
白い雪に、マッドフロッグは興味津々のようで、顔を上げて雪を見つめている。
「連れてこれるもんだな。いっぱいマーニかかったけど、これで検証完了だ」
「ゲゴォ」
マッドフロッグの目がだんだん閉じていく。
泣いちゃいけない。誰のせいだ。この愛らしい生き物を過酷な旅に連れ出した、俺が一番泣いちゃいけない。だけど、それでも。
俺はこいつの前に跪く。
「ごめんなぁ。俺が、俺がアホなせいで、お前を・・・・・・!」
「ゲゴゴッ!」
マッドフロッグが頭突きをした。攻撃されたのは初めてだ。驚いて尻餅をついて、顔を上げると、
「お前、笑ってるのか・・・・・・?」
気のせいかもしれない。だが、俺にはその笑顔が、「これでおあいこ」とでも言っているかのようだった。目が閉じた。マッドフロッグの大柄な体がポリゴンとなり天へ消える。そこには、素材がドロップしていた。
ちょっとレアなものだった。
ぐしぐしと目を擦り、凍った涙を振り払う。ここで死んだら、こいつの残したものを落としてしまう。だから俺は、あいつとの旅で一度も使わなかったテレポートアイテムを使ってこの白雪の地獄を出た。
その後。
割と高レベルプレイヤーなのに頑なにマッドフロッグの装備を大事に使うプレイヤーが少しだけ、噂になった。