天蓋を覆うほどの、巨大な海月が地に落ちる。
空を泳ぐ優雅さは擬態。その実態は幾万もの触手がプレイヤーに毒麻痺火傷呪い裂傷倦怠石化帯電その他もろもろ、ありとあらゆる状態異常を付与してくる嫌がらせの塊だ。
だからぼく/僕/俺/あたし/ウチ/拙者/小生/みども/手前/おれ/オレ/ミー/ナッツクラッカーは、最適解を命じる。
「やっちゃって」
「はっ。ま〇こ!」
突撃したパーティーメンバーの自爆。それに付随する大ダメージと、そして『味方が犠牲になること』で条件を満たす魔法を唱える。
「最悪…よりによって大嫌いな上司と相部屋だなんて…。酒にクスリを盛られ盗撮され脅され、為す術なく●されてしまう。夫の事なんてどうでも良くなるくらいイカせまくってやるよ(笑)。エアコンが壊れた客室で朝まで続く醜悪クズおやじの汗まみれの……」
それは常識を疑う詠唱。
涼しい顔をして卑猥な言葉を臨場感たっぷりに、女性の悲鳴、男の獣性、(笑)に至るまで、すべてを再現してのけるその口は、まさに魔法のごとく。
発生した魔法は、海月を立方体に閉じ込め、その内部を焼き尽くす。
クラゲがもだえる。のたうち、みっともなくあがき、醜悪な液をまき散らして。
その様に、ナッツクラッカーは嬉しそうに無表情になった。
スペル・クリエイション・オンライン。
ボスを倒すことでプレイヤーが使用できる魔法の『詠唱文』を決めることができるゲームシステムは、すべてが下ネタに染まりつつあった。
「見つけたぞ! 魔女!」
ボスがいなくなったイベントボスエリアには、他プレイヤーも入ってくることができる。
本来はボスを倒したプレイヤーを他プレイヤーが称賛するため。
だがその人の善性を信じすぎた結末は、
「ここで会ったが百年目! 貴様を倒す!」
確実に敵プレイヤーと戦える場所のセッティングにしかならなかった。
「あーはいはい君たちはぁ、ああ、最近噂の歌い手さんたち?」
こんな手合いは大勢いた。どいつもこいつも迷惑だのマナー違反だの通報するだの、騒ぎ立てていればなんとかなるとでも考えている木偶の坊どもだ。
直接かかってくるだけならまだマシだ。だからいつだってかかってくるなら相手をしてやる。
「木偶の坊ならよぉ、イカせてくれるくらいふっといの用意してくれてるんだよねぇ?」
「ッ、お前のせいで……いや、いい。よく見てろサンラク! 繋げてくれ、俺たちの希望を!」
サンラク、という名前にナッツクラッカーの挙動が止まる。
姿は見えない。だが、覚えがあった。
少し前、初心者のフリをして関わった、声だけなら自分とそう変わらない少年。
プレイヤースキルの高さからこちらに引き込めればと思ったが、からかいには反応しても、下ネタ詠唱には興味を示さないどころか顔をしかめて、「なんか、それは、面白くない」と言って去っていった。
声だけならいくらでも変えられる。──なまじ自分がそうできるから、ナッツクラッカーはプレイヤーをキャラクターとしか『見れない』。
正義ぶっている奴も、悪人を装う奴も一皮むけばどれも同じ。
だから、ナッツクラッカーはその少年に興味を示さない……まだ、今は。
最初にかかってきたプレイヤーを下ネタまみれに殺した後、
「出ておくれやすサンラクくん、ここからホームに戻るのも面倒だろうし一思いにヤってあげるわよぉ?」
「……どこまでやれるかわからないけど……」
声のした方向とは少しずれたところからの突進。予想が外れ、反応が間に合わない。だが、
「ナッツクラッカーさん! おらま●こぉ!」
間に挟まったパーティーメンバーの自爆に巻き込まれ、サンラクが爆炎に消える。
爆死の寸前、投げた短剣がナッツクラッカーの頬をかすめた。
誰もいなくなったイベントエリアで、頬から流れるポリゴンの血を舐めてナッツクラッカーは笑う。
「ずいぶんカタい骨のある子が敵になってくれたみたいじゃねぇか……、ちょっとは『私』も、本気になろうかな?」
まだ冗談。
まだ思いもしない。
自分を倒す、ヒーローの様な貴方にもう出会っていたなんて。