龍宮院流道場の年越しは、戦場だ。
何しろ道場主が蕎麦を打つ。
年終わりの稽古が終わったら、師から弟子への薫陶の言葉とともに蕎麦を手渡される。その後、時間のある者は本家の大広間でともに年越し蕎麦を食べるのだ。ほぼ全員残るのが慣例なので、その人数は百数十人に上る。
富嶽おじいさまが道場を開いたその年から続けている伝統だというのだから筋金入りだ。
今年も、僕を含めた道場の若い連中がお母さまや門弟のご母堂たちを手伝い、蕎麦を煮る、具を洗う、切る、炒める、焼く、載せると奔走し続けている。年にこの時期くらいしか顔を出せないくらい忙しい免許皆伝の先輩方にぶっ叩かれまくった体が悲鳴を上げるが、泣き言は言っていられない。
だって、一番先輩方に目の敵にされていた奴が、涼しい顔をして料理をしているのだから。
「なんだってそんなに平気そうなんだよ、楽郎」
作業の合間に、思ったよりも太い腕でニシンを煮漬けているそいつに話しかける。
「ん? んー、慣れ、かな? 国綱さんにぶっ叩かれまくったら今日の位屁でもねーって」
陽務楽郎、それがこの、全国大会上位常連の先輩方と何十回となく戦ってなお平気そうな顔をした、僕の……相方。
小学生のころ、『龍宮院家の地所が安く売りに出されていたから』という理由で引っ越してきた彼は、「ゲームで勝ちたい奴がいる」という当時皆が首を傾げるような理由で龍宮院流の門下になり、『なぜか』(今の私は理由を知っているが)富嶽おじいさまに気に入られ、みっちりと稽古をつけられた。
「避けることにのみ、免許皆伝を許す」
とまで生前のおじいさまに言わしめたその体捌きは、同年代の中では隔絶したものをもっている。
にも関わらず、こいつは部活動に参加していない。今日のように道場の行事には積極的に顔を出しているが、いつも真っ先に学校から帰りゲーム三昧の日々だ。
「国綱兄さまの竹刀を受けてそんなこと言えるの君くらいだよ……」
「おー、そういえば先輩方もバッタバッタとなぎ倒されてたな」
「──そんな人から勝利をもぎ取ったのが、『あなた』だけどね」
「ん? 何か言ったか?」
んーん、なんでも! と顔を背け赤くなった顔をごまかし、作業に戻る。
数日前、楽郎は僕の兄、龍宮院国綱に勝利した。
五十回に一回勝てればいいレベルのひどい勝負だったとか、勝負があったことを知らなかった僕が楽郎に頼み込まれてウィッグをつけて道場に顔を出した瞬間だったとか、まぁいろいろ言いたいことはあったけれど。勝負は勝負、勝ちは勝ち。道場主たる父の前で勝利した楽郎は、晴れてぼ、ぼぼぼぼぼぼ、ぼくの、こここここここここここここここここ
「おい京極! 虚空を切ってる! 十六連打も真っ青の連打まな板に決めちゃってる! 落ち着け! まな板(が)かわいそう!」
「誰がまな板だぁ!」
「言ってねぇよ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ僕たちを、母様は静かに、薙刀でぶっ叩いて沈めた。
「──さて、ようやく皆落ち着きましたね。京極、あとは頼みましたよ」
「はい、母様」
宴会じみた年越し蕎麦のふるまいが終わり、あとは三々五々に皆帰っていく。
そんな中、僕は……いや、私はもう一度年越し蕎麦を作る。
父が打ったものではなく、私自身が粉から打った年越し蕎麦。
みんな帰ったのに、「家近いから」と待っていてくれる、私の相方のために作った年越し蕎麦。
心を込めて、あ、愛情込めて。
あなたは美味しいと言ってくれるだろうかと考えて。
「おー、待ってたぞー。腹減ったー」
「──おまちどうさま」
美味しいって言ってくれなきゃ、天誅だからね!