全知全能には程遠い   作:オサレ修行

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ノリと勢いで書いた




賛歌①

 

 

 

 

 

 ──なるほど、お前が私を呼んだのか

 

 

 

 

 その声が、ヴァレリー・ツェペシュの運命を変えた。

 

 真っ黒な影の塊。薄暗い地下室の中ですら分かるほどに黒い、何もかもを呑んでしまうような何か。

 

 彼女はそれを直感的に『悪魔』と呼び、果たして彼はそれを肯定した。

 

 そしてそれは告げた。お前の願いを叶えに来た、と。

 

 ヴァレリーの心にあった願いを汲み、対価を払えば叶えてやるとその『悪魔』は告げていた。

 

 

 本能は、警鐘を鳴らしている。

 

 理性は、ダメだと叫んでいる。

 

 

 自称、『運命の悪魔』。

 名をヨシュア(預言者)と名乗ったその『悪魔』は、契約の対価を必ず彼女から奪うだろう。

 

 それがどれほど重く、大切なものであったとしても。

 なぜなら彼は『悪魔』で、彼女はただの少女に過ぎないから。

 

 恐ろしさに彼女の身体は震えていた。

 規格外の怪物を前にして、身体は恐怖に呑まれていた。

 

 

 ──どうか、契約を。

 

 

 恐怖に震え、怯えながら。それでも、少女は己の心を貫いた。

 

 

 

 ──私が差し出せるものなら全て差し出します。だから、だからどうか、この子をここから助けてください

 

 

 

 最も言ってはならぬことを言い、享楽に生きる『悪魔』に契約を持ちかけた。

 

 契約とは、絶対に遵守されるもの。

 決して破られることの無いものである。

 

 古く偉大な存在であればあるほどそれは強く、対面する『悪魔』がそうであると感じる彼女は、それでも契約を望んだ。

 

 あまりにも愚かしい行為だ。

 あまりにも哀れな女だ。

 あまりにも美しい女だ。

 

 故に、『悪魔』は嗤う。

 

 女の差し出す対価を思い、心の底から彼は嗤った。

 自らが手にするものを思い、嗤った。

 

 心ゆくまで嗤い、願いを叶える。

 

 

『ああ、愉快だ。運命に呪われた女よ、お前の未来を貰い受ける』

 

 故に、その全てを悪魔は収奪する。

 一人の少年に未来を与える対価に、一人の少女の未来を奪う。

 

 

 そうして、契約は成立した。

 

 

 悪魔は嗤い、少女は歓んだ。

 

 それを以て、未来は分岐したことを世界は知らぬまま。

 

 

 確かに、歯車は回り始めたのだ。

 

 

 

 

 

 数いる悪魔の中でも『神滅具』を手に入れた者はいない。

 それは所有者が現れないというのもあるが、その所有者を従えられるほどの器量を持つ悪魔がいないのも理由の一つだった。

 

『悪魔の駒』と呼ばれるものを使用することで他種族を悪魔に変えるものを用いるにしても、それはそもそも使用者の力量によって可不可を変える。

 故に、眷属悪魔に強力な神器持ちが現れることも極稀だった。

 

 だからこそ、一介の上級悪魔がその頂点である『神滅具』の保有者を眷属としてしまうなど、誰も想定などしていなかった異常事態だ。

 それが十三種確認されている『神滅具』、聖遺物ともされる『幽世の聖杯(セフィロト・グラール)』ともなれば、上へ下への大騒ぎになるのは必然だったと言えるだろう。

 

 そして、それを求めて多くの悪魔が動き出すのもまた必然。

 

 冥界の現体制に反対する者たち、俗に言う旧魔王派はいわずもがな。

 古くより君臨する『バアル』を頂点とした『大王派』もまた、その強大な力を寄越せと迫った。

 四大魔王は静観の姿勢を保とうとしたが許されず、危険な『旧魔王』や力を持たせたくない『大王派』に渡さないためにも、その保有者の身柄を要求しなくてはならなくなった。

 

 それほどまでに貴重で時には危険なものとなるのが『神滅具』であり、生命に関する能力を持つとされる『幽世の聖杯(セフィロト・グラール)』だ。

 使い方次第では不死になれるなどという噂すら流れれば、もはや一人の上級悪魔からその眷属を奪うことが正当であるような風潮となる。

 

 そうなれば、必然その主人は怒り狂った。

 

 盗人猛々しいにも程があると叫び、自らの眷属を奪おうと居城を襲う者たちを弾劾。

 元七十二柱の一角として『大王派』に属し、息子からその『女王』を奪って献上しようとした実の両親を殺害。

 その後、『旧魔王派』『大王派』を問わず強引に眷属たる少女を奪おうとした存在を殺害し続けた。

 

 上級悪魔百体を同時に相手取って鏖殺し、古き最上級悪魔が出向いても同じように鏖殺。

 これによって幾つかの古き血が途絶え、古くから生き続けてきた古参の悪魔もその一体が消滅した。

 

 それに危機感を煽られた『大王派』は四大魔王にそれを成した『彼』の討伐を命じ、それに納得できないまでも彼らによって流布された噂によって高まった貴族たちの意見によって討伐を行わざるを得なくなった。

 

 そして、その眷属を差し出せと要求した。

 

 その全ての結果が、今サーゼクスの目の前にあるものだ。

 

 少年から青年へと変わりかけの男。黒い髪は乱雑に後ろに流され、蒼い瞳は心底の侮蔑を宿して魔王たちを見据えている。

 放たれる力は彼ら『魔王』にすら匹敵し、その手で最上級悪魔であった父母すら殺めたことは疑いようがない。

 

「……もう一度だけ機会をやろう。お前たちは何の用で、我が『真世界城(ヴァールヴェルト)』へと訪れた?」

 

 殺し合うかどうかを選べ、と傲慢にも魔王に選択を迫る姿は強気そのもの。

 負けるなどとは微塵も思っておらず、殺意と怒りに満ちている。

 

「……すまないが、君の眷属であるヴァレリー・ツェペシュの身柄をこちらに預けて欲しい。必ず丁重に扱うし、『大王派』を黙らせたら君の元に帰す。そうでなくとも傍にいられるように取り計らおう。だからどうか、一時でいい、譲歩してはくれないか」

 

「……いつまでかかる?」

 

 そして、サーゼクスの嘆願にも似た言葉に返ってくるのは侮蔑の籠った冷たい声。

 

「ゼグラム・バアルを筆頭とした過去の遺物を黙らせるのに、果たしてどれほどの時がかかる? 一年か? 二年か? 十年か? 百年か? ──いいや、一万年経とうともお前たちには不可能だ。他の誰でもない、今までのお前たちがそれを証明している」

 

「そんなことは──」

 

「私は真実を述べているぞ、サーゼクス。お前も、セラフォルーも、アジュカも、ファルビウムも、もはや私にとっては大王の手先でしかないのだ。まさか、ここに来ておいて違うとは言うまい? そうでなかったのならば、私が多くの悪魔を殺すこともなかっただろうに」

 

 心底から、彼はサーゼクスたちを敵と看做していた。

 目の前から失せるか、戦って死ぬかしかないのだとその冷めきった瞳が告げている。

 

「ヨシュアちゃん、お願い! 一度だけでいいの、私たちを信じて! ヴァレリーちゃんには指一本触れさせないから!」

 

「その程度の言葉で納得すると思ってはいまい」

 

 セラフォルーの言葉に、思ってもいないことを口にするなと魔力が溢れる。

 横に伸ばした手に蒼白い魔力で編まれた不安定な剣が生じ、魔王をして怯ませるほどの圧力が放たれる。

 

「そもそも、私にお前たちと話をするつもりなどない。立ち塞がるならば、殺して進むだけだ」

 

「ヨシュア……!」

 

 

 

 

 

 

 

「教えてやろう、魔王ども。私はな、奪われるのが嫌いなのだ」

 

 

 

 

 

 

 刹那、光の鏃が空を覆った。

 

 その一つ一つが一撃で上級悪魔を塵に還し、最上級悪魔に深手を与えるほどのもの。

 それが都合、四千と八百四十四。

 ただそれだけで魔王を討てるとは思っていないのだろう、降り注ぐ鏃の雨の中でファルビウムの懐へと飛び込んでいる。

 

 放たれた斬撃は無抵抗のファルビウムを斬り裂くかのように思われたが、その程度で死ぬならば彼は魔王に数えられていない。

 斬撃はその体表を滑り、傷をつけるのには叶わなかった。

 

「……防御の魔力か!」

 

「そして、これが滅びの魔力だ」

 

 放たれた滅びの魔力に対し、ファルビウムの顔面を掴んで投げつけることで対処。

 当然のように滅びの魔力を突き抜けたファルビウムをサーゼクスは回避し、空から降り注ぐ鏃の雨がアジュカに誘導されて消滅していく。

 

 追い打ちをかけるように放たれる滅びの魔力を剣で打ち払い、凡そ戦いに適しているとはいえないステッキによる殴打を掴んで止める。

 その瞬間にステッキの内部に隠蔽されていた魔力を感じ取るも、受けた時点で手遅れだった。

 

 セラフォルーの意思に従って起爆した氷の魔法がヨシュアを呑み込んで発動し、簡易的な封印として氷の棺を形成していく。

 

「…………やっぱり、ダメか」

 

「当然だ」

 

 そして、ヨシュアは当たり前のように内側からそれを砕いて現れる。

 最上級悪魔ですら捕えられるそれは、逆に言えばそれを遥かに超越するヨシュアには通用しないということ。

 

 ましてや、領地であり結界を初めとする各種補助が働いているならば尚のこと。

 

 光の鏃や槍が形成されて飛翔し、アジュカによって逸らされていく中で、幾つかがそれを無視した軌道でセラフォルーやサーゼクスを狙い撃つ。

 短時間でアジュカの能力を超えたのかと驚愕するものの、固まっている時間はない。

 

 サーゼクスは正面から受け止めて砕き、セラフォルーは回避することで対処した。

 次いで現れる鏃の雨とヨシュアの背後に浮かぶ巨大な光の弓。

 

 

大聖弓(ザンクト・ボーゲン)!」

 

 

 一矢が街を一つ更地にしかねない魔力のそれは、それによる戦闘への影響を考えれば、アジュカの力で相殺してしまうわけにもいかない。

 故に選択肢は受け止めて砕くという一択。

 

 三本の鏃をサーゼクスとセラフォルー、アジュカは正面から受け止めて砕き、ファルビウムの魔力が霧散したことに三人同時に気がついた。

 

「まずい、ファルビウム!!?」

 

 アジュカが居るはずの場所を振り向けば、そこには剣を振り抜いたヨシュアと崩れ落ちるファルビウムの姿があった。

 

「そんな……っ!?」

 

 アジュカの脳内に防御という面に特化したファルビウムをこの短時間で落としたその火力に疑問が浮かぶものの、熟慮する暇は与えられない。

 セラフォルーも叫びそうになる自分を抑え、ステッキで剣と打ち合う。

 

 そして時間は与えられないが、アジュカの脳裏には一つの答えが浮かんでいた。

 それはシンプルかつ有り得てはならなかった可能性。短時間でも導き出せる最悪の結論。

 

「──君は『超越者』か!!!」

 

「正解だ。しかし遅い」

 

 悪魔の枠組みを超えた力を保有する者は『超越者』と呼ばれる。

 魔王を遥かに凌ぐ魔力と能力。世界中の実力者を集めても上位に君臨することが出来る規格外。

 アジュカやサーゼクスが存在し、公には伏せられているその領域に、ヨシュアは既に立っていた。

 

「まさか、ガープ家がそんな存在を隠していたとはな! 驚かせてくれる!」

 

「両親にすら隠していたことだ、無理もあるまい。そして、チェックだ」

 

 不意に高まった魔力に、絶妙に開かれた距離を見たアジュカとサーゼクスの対応は早かった。

 

「下がれ、セラフォルー!」

 

「遅いと言ったぞ!」

 

 剣を持たぬ左腕を前に。光り輝く文字群が指先から大地へ落ちる。

 

 

「──〝聖唱(キルヒエンリート)〟」

 

「セラフォルー!」

 

 アジュカが無理矢理にセラフォルーと倒れ伏したファルビウムを庇うように立ち、サーゼクスが滅びの魔力を弾丸ではなく防御膜のように使用して備える。

 そうして、完全に戦局が詰まされた。

 

 

 

 

 

聖域礼賛(ザンクト・ツヴィンガー)!!」

 

 

 

 

 

 周辺一帯を光の十字架の群れが埋めつくした。

 明らかに神聖であり悪魔の天敵であるそれを前に、アジュカとサーゼクスは防御以外の選択肢を許されなかった。

 

 一瞬でも緩めようものならばファルビウムは消滅を免れず、サーゼクスはその力の性質上、『超越者』としての全力を解き放てない。

 アジュカは『覇軍の方程式(カンカラー・フォミュラー)』である程度の領域は確保できるものの、やはり敵地(アウェー)であるのが不利に働いている。

 

 そもそも一帯を治めるのがヨシュアであり、彼の居城がある以上はある程度の不利があるものだと承知はしていたが、それが『超越者』同士となれば天秤は地の利を持つヨシュアへと傾く。

 そもそも根本的に悪魔の弱点である神聖な光をこうも押し付けられては、如何に『超越者』の身であろうとも影響は免れない。

 

「悪魔の天敵である神の光だ。全力を出し切れない貴様らでは決して破れん」

 

「……これは、してやられたか」

 

 アジュカの明晰な頭脳は、初めからこの状況に持ち込むつもりだったことを瞬時に理解した。

 サーゼクスならば無理矢理にでも動けるが、それは冥界への深刻な被害を意味している。

 

 加えて、アジュカは実力のほどは同格とはいえ背後に二人を庇い、その上で絶えず更新され続ける『神聖』を帯びた魔力を捌き続けなくてはならない。

 そうである以上は魔王を二人切り捨てて戦わなければ、仮にサーゼクスが全力を出しても足手まといにしかならないだろう。

 

「つまり、俺たちはこのまま大人しく帰るしかないわけだ。君が俺やサーゼクスと並ぶ『超越者』であるという事実を抱え、明らかに異常な『神聖』を帯びた魔力を扱えることを『大王派』に伝えなくてはならない、と」

 

「ついでに『旧魔王派』も大人しくさせろ。根絶やしにしかねんぞ」

 

「要求が多いな」

 

「然るべき賠償を請求しているに過ぎん。ああ、それとも首都に行ってこれを行使してやろうか? その時は誰も生き残れんだろうがな」

 

 薄らと笑みを浮かべながら言う姿にアジュカは口を噤み、サーゼクスは思わずといった様子で天を仰ぐ。

 初めから乗り気で戦闘を始めたわけではなかった上に加減していたとはいえ、蓋を開けてみれば若手の悪魔に封殺された魔王四人だ。

 

 間違いなく今後の『大王派』との関わりに影響があるし、新たに確認されてしまった『超越者』の問題もある。

 少なくともアジュカとサーゼクスに肩を並べられるだけの力はあると予想されるだけに、問題は山積みだった。

 

「降参だ、ヨシュアくん。私たちは大人しく帰らせてもらう」

 

「……ふむ、いいだろう。サーゼクス、お前の降参を受け入れる。ただしセラフォルーは置いていけ、人質のようなものだ」

 

「…………本気かい?」

 

「本気だ。なに、バアルの老爺に何か言われたら私がセラフォルー共々殺してやろう。再度の侵攻がなかった場合にのみ無事に帰してやる」

 

 言い終わると同時に聖域が解除され、アジュカに庇われるようにして立っていたセラフォルーの目の前にヨシュアが現れる。

 有り得ない速度に反応が遅れ、次の瞬間には意識を失って倒れ込むセラフォルーが肩に担がれていた。

 

 それを見て、サーゼクスとアジュカは視線を合わせてファルビウムを拾い上げ、命に別状はなさそうな様子に一息吐いた。

 もはや語ることもないと居城、『真世界城(ヴァールヴェルト)』と呼んだ城へと向かうヨシュアの背中を見届けて、彼らもまた荒れ果てたガープ領から立ち去った。

 

 

 

 結局、辺境にあるガープ領での戦闘は隠蔽されることとなる。

 新たなる『超越者』の出現とその敵意に『大王派』は恐怖し、ヴァレリー・ツェペシュの身柄を巡る争いは、ヨシュア・ガープの名を関係者に刻んで終わった。

 

 また、争いにより幾つかの純血が断絶したことは事実であり、その責任は『大王派』の筆頭であるゼグラム・バアルへと返った。

 

 そして、廃れかけていた『ガープ』の家系がレーティングゲームで暴れ出すこととなるのだが、この時は誰も知る由がなかった。

 

 

 

 


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