ゴッドイーターが三門市に単身迷い込む話   作:まるとも石油王

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2話

 

「座標誘導完了。(ゲート)、展開します」

 本部オペレーションルームに響く事務的な声。これから警戒区域内にゲートを誘導させ、防衛隊員を向かわせて討伐する。日常的にトリオン兵の侵攻がなされているここでは既に珍しくない作業である。

 モニターに、開いた門の様子が映し出された。そこから姿を見せた異形に、オペレーションにあたっていた沢村は息を呑んだ。

「なに、これ……!」

 

 太刀川隊と風間隊に緊急の出撃命令が下された。初めて確認される形の近界民(ネイバー)が1体、警戒区域に現れたと。

 俺はすぐさま換装すると、歌川と菊地原と合流し、司令室から提示されたポイントへと向かった。その間にも太刀川と出水の出撃が沢村さんから報告される。また、近界民の出撃地点が近かったということで、鈴鳴第一も既に出撃しているようだ。土曜日の午後ということもあり、ほとんどの隊員が本部や支部に出向いていたゆえの幸運か。

 トリオン体の全速力で駆け抜けながら、俺はこの異常な事態に緊張を強めていた。太刀川隊、風間隊、鈴鳴第一。あきらかに通常のトリオン兵への対応を越えている。一体なにが起こったというのか。

「急ぐぞ」

 追従する二人に声をかければ、菊地原が「もう十分急いでますって」とぼやいた。

 そのとき、内部通信から緊迫した来馬の声が届く。

「鈴鳴第一、現着しました! けど、でもこれ――!?」

「来馬先輩、なんですかこれめちゃくちゃキモい!」

 困惑の滲む来馬の後ろで、別役の悲鳴が聞こえた。司令室には映像が出ているはずで、本部長が「うろたえるな」と叱咤している。

 俺は隊員たちに目配せし、近界民を見下ろせるポイントへと走った。三上が割り出したのは6階建てのアパートの屋上、そこに駆け上がり、すぐに状況を視認する。

「これは……」

 来馬の困惑は、一瞬で理解できた。そこでは遠征先の近界(ネイバーフッド)でも目にしたことのない、グロテスクな物体が家々をなぎ倒しながら暴れていたのだ。

 本部に現着の報告をしながら、俺の目はその異形に釘付けにされていた。体の土台は紫色をした四つの太い足、そこから背中、両脇腹、臀部に黄色いゼリー状の器官がついている。正面にはてらてらひかる二本の角が上向きに生え、その中央には女の豊満な肉体がそびえ立つ。

 普段相手にするトリオン兵とは明らかにモノが違う。そもそもトリオン兵なのか?

 そしてさらにおかしいのは――

「おうおう、あの気色悪いのとやってるの、ありゃ誰だ? うちの隊員じゃないだろ?」

「ああ、おそらくな」

 到着したらしい太刀川の声が、通信に割り込んでくる。それに相槌を打ちながら、この場に居るもの皆が、あのグロテスクな何かと――それと戦う一人の人間にその目を向けていた。

 赤毛の、若い男だ。そいつは自分の身長ほどもある大剣を、重さなどないかのように軽々振り回し、巨大な異形を切りつけている。人間離れした動きは、おそらくトリオン体。それが示す結論は限られる。

「人型近界民とは、厄介ですね。あいつがあのトリオン兵を連れてきたのでしょうか」

 村上の声は、緊張を孕んでいた。その疑問に、忍田本部長が指示を出す。

「まだわからん。とにかく最優先はその妙なトリオン兵を倒すことだ。人型近界民は捕縛のち本部へ連行しろ。現場の指揮は風間に委ねる」

「了解しました」

 頷き、「菊地原」と呼べば、自分に任された役割を察した菊地原が「わかりましたよ」と面倒そうな声で了承した。

「まずは別役と出水の射撃で様子を見る。それから近接でかかろう。来馬は攻撃手(アタッカー)を援護してくれ。人型が攻撃をしてきた場合、俺か太刀川が応戦する」

「風間さん随分慎重っすね?」

 出水が茶化すが、俺は素直に「そうだ」と肯定した。

「相手の情報がなさすぎる。慎重すぎるくらいでちょうどいい」

「りょーかい!」

 俺の指示で各隊員が配置に散っていく。強化聴覚で敵を探る菊地原を従え、俺は屋上の縁に足をかけた。

 そのとき、菊地原が通信を通さず、わざわざ直接耳打ちをしてきた。

「風間さん、あの人型――」

 その情報に、目を見開く。けれどもトリオン兵らしき怪物を討伐するに不要な情報だと判断し、「そうか」と答えるのみに留める。菊地原も眉をひそめて、頷いた。

 ――あの人型、たぶんトリオン体じゃなくて、生身です。

 

 

 

「こん、の……!」

 おれの神機が黒い捕喰口を展開し、がぶりとヴィーナスの前足に食いつく。敵から摂取したオラクルによってゴッドイーターとしての体が活性化するのを感じながら、捕喰の隙をついて攻撃してくる触手を間一髪で避けた。接触禁忌種として指定されるだけあり、やはりこのアラガミは強い。援護もなく一人で戦うには、少々しんどいのが事実だ。

 だけど、このおれが負けるはずはない。激戦地の極東で、13年もゴッドイーターを勤めてきたおれが、いまさらヴィーナス1匹にやられるはずがないのである。

 それよりも気がかりなのは、この場所だ。ヴィーナスは立ち並ぶ住宅を破壊し、戦闘が長引くほどに瓦礫の山が積み上がる。人気がないのは幸いだったが、誰かの生活の場をやたらに壊すべきじゃない。できることなら、早々に決着をつけたいところだ。

 一年前に、剣と銃の両方を装備した新型へと更新した神機は、仲間の援護なしで戦わざるをえない状況に真価を発揮する。まさに今。ゴッドイーターとしては年齢の高いおれが今更神機を乗り換えることに心配の声もあったが、それを押し切って第二世代へとグレードアップしておいたことを今ほど感謝したことはない。

 剣形態(ブレードフォーム)から銃形態(ガンフォーム)へとフォームチェンジし、常に位置を変えながらアサルトライフルを臀部ゼリー体へとぶちこんでいく。オラクル弾が切れたところでまた剣へと戻り、動きを止める目的で後ろ足へと連続攻撃を叩きこんだ。

 ヴィーナスが体を震わせ、わずかに動きを止める。はっとして足元を見れば、奴から分泌された紫色の体液がじわじわと広がっていた。

「げっ」

 後ろに転がり、寸でのところで接触を避けたが、有毒な体液に触れた地面や瓦礫はみるみる溶解、捕喰されていく。そしておれが距離を取ったところで、ケツからあの白いやつが光線をお見舞いしてくるのだからたまったものじゃない。

 あー、くそ。やはり一人で相手をするとなると、決定的なダメージを与えにくい。せめてホールドトラップがあればよかったが、無いものをねだっても状況は変わらない。おれは必至に思考する。応援の期待できないこの状況でどう立ち回るべきか。せめて一瞬、ヴィーナスの体勢を崩すことができたら。

 一撃で倒す手はある。が、それを打ちこむまでの状況がどうしても整えられない。

 

 そのとき、無数の光弾が空から降り注ぎ、ヴィーナスを射抜い――ちょっと待て、これおれも巻き込むつもりじゃないか!?

 おれは慌ててシールドを展開し、頭上に掲げて弾丸の雨を耐える。応援のゴッドイーターが来てくれたのだろうか。それにしては随分と乱暴な。

 通常の人間よりも強化された視界が、この弾の出所を探る。それはおれの正面に位置する住宅の屋根に。黒いコートを着た少年が光弾を浮遊させて様子を窺っていた。ゴッドイーターか? いや、神機は持っていないし、腕輪も確認できない。

 弾丸は、あまりヴィーナスにダメージを与えていないようだった。けれども女神の意識は少年の方へ向き、悲鳴を上げて突進を始める。

「危な、逃げろ……!」

 おれの位置では、どんなに急いでも少年を助けるには間に合わない。必死の思いで捕喰形態(プレデターフォーム)の神機で敵を引き留めようとするも、僅かに届かず。

 ――まずい、と思ったおれの前を、影が過る。

 それは刃物とおぼしき武器を構えた人影だった。おそらくおれよりも若い、子どもたちだ。数は5。彼らは目にも止まらぬ動きで、ヴィーナスの左右前足を斬りつけ、足を止めさせた。

 彼らは一撃を与えるのみで、ヴィーナスから距離を取った。恐らく様子見。おれとヴィーナスを囲むように、円状に散る。彼らも神機は持っていない、腕輪もない。だというのにアラガミに対抗しようなんて、なんと無謀な。

「硬ったいなー。なにこいつ、今ので弧月刃こぼれしたんだけど」

「スコーピオンでは無理があるな。弾丸もほとんど効いていないようだ」

 ヒゲの男と、黒髪の少年が分析をしているようだが、正直それどころじゃない。彼らはアラガミを倒せるのはゴッドイーターしかいないということを知らないのか? まさか、アラガミが世界中を食いつくす世の中、そんなことあるはずがない。

 ヴィーナスはちょっかいを出されたことで興奮したらしい。甲高い哄笑を響かせて、ばちばちと火花を散らす雷を身に纏いだした。活性化している。

「おい、おまえら! 何のつもりか知らないが、危ないから手を出すんじゃない!」

「そっちこそ何のつもり? こんなキモいトリオン兵連れてきて」

 髪の長い少年が、敵意の籠った声を投げかけてくる。「トリオン兵」、聞きなれない単語だ。

「とにかく、ゴッドイーターでもないおまえたちに、コイツの相手は無理だ!」

「あんた一人じゃどのみち手こずりそうに見えたけどな」

 ヒゲがへらへら笑いながら、どうする? と問いかけてきた。

「さっきのかんじなら、俺ら全員でかかれば足止めくらいはできそうだ」

「おまえがこいつを打倒したいというならば、俺たちは手を貸そう。今すぐ選べ」

 鋭い目つきをした黒髪の少年が、冷ややかに俺を見据える。おれはその目と、雷の柱を放出して辺りを破壊していくヴィーナスとを見比べた。彼らを危険に晒すとしても、おれの取れる策はこれしかない。

 おれは頷いた。

「2秒だ。あいつの動きを2秒止めてくれれば、決着をつけてみせる。奴の後ろ足を攻撃して怯ませてくれ」

「わかった。タイミングはこちらではかるが、いいな?」

「オーケー」

 言うが早いか、おれは神機を構えてヴィーナスの正面を位置取った。前足や触手の攻撃を避けながら、奴が触れられるのを嫌がる角に弱い攻撃を入れて牽制をする。

 バスターブレードは攻撃の後の隙が大きくなりがちだ。ここで重い攻撃を入れてしまえば、肝心なときに動くことができなくなってしまう。我慢しろ。息を整えろ。

 ヴィーナスの女体が、両手を合わせて練るような動きに入る。みるみるうちに彼女の正面に紫の電撃が球状に集まり、近づくことすら危険な状態に入る。おれは横ざまに跳び、女体の斜め右前を取った。一歩間違えれば攻撃をモロに受ける、けれどもクリティカルヒットを狙うならここしかない。

 大技の前に隙ができるのは、敵も味方も一緒だ。

 ――がら空きの左後ろ足に、所属不明の兵士たちの総攻撃が入る。側部には、触手の攻撃を抑える銃撃。おれがダメージを与えていた個所に追撃を受け、ヴィーナスは仰け反って身悶えた。練り上げていた電撃が、霧散する。

「いまだ!」

 おれは大上段に構えたバスターブレードを、さらに深く構えて力を溜める。チャージ時間を短縮するスキルを可能な限り投入してカスタマイズした神機は、大きな刀身にぶわりと赤黒いオーラを纏って眩しいほど輝く。

「これで、斃れろ――!」

 振りかぶ刃は、狙い通りに女体の胸元を切り裂く。通常のチャージ攻撃を大幅に超えた攻撃力。ブラッド隊長の血の力で開花した、おれのブラッドアーツだ。C・Cブレイカー、隙は大きいが、決まれば大ダメージの必殺技だ。

 手ごたえはばっちりだった。白い火花が散り、瞬きののちには力なく項垂れる巨大な女の体。一拍おいて、グロテスクな巨体がぐらりと傾ぎ、どすんと瓦礫の上に倒れた。

「……っ、やっ、た」

 詰めていた息を吐き切り、労いを込めて神機を撫でる。これで一安心だ。

 解けた緊張にほへーと脱力していると、神機が早く肝心なものを食わせろと急かしてくるように思えた。せっかちな相棒をヴィーナスの骸の前に掲げてやると、待ってましたとばかりに黒い触腕が伸び、捕喰形態へと変形する。

 ぐっちゃぐっちゃと、辺りに咀嚼音が響く。頑張ってくれた相棒の食事を見守っていたところで、先程加勢してくれた兵たちがやってきた。1、2、3……見えるだけで7人。けれど先程の射撃の弾道から鑑みて、おそらく遠方から狙撃をしている奴もいるはず。

 近くで見ればやはり若い。十代から、年長でも二十歳そこそこだろう。年齢だけならゴッドイーターたちとそう変わらないが、やはり右手に神機使いの証たる腕輪はない。

 おれは感謝をこめて、彼らへ笑顔を向けた。

「おー、どこの誰かわからないけど助かった! 礼を言――う、よ!?」

 

 ひらひら振った左手は懐に飛び込んできた少年に捕らえられ、首元には鈍く発行する白い刃。ひたりと当たる刃物は少年の肘から生えているように見えたが、見間違いだろうか。

 頭半分低いところにある赤い瞳は、あくまで静かに、しかし確かな攻撃の意志を持っておれを見据えていた。

「武器から手を離せ」

 見た目よりも低い声が、静かに迫る。

「おまえは何者だ」

「……それ、こっちこそ聞きたいんだけど」

 にやり、動揺を精一杯押し込めて、おれは笑ってみせた。

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