(強化、その代償)
(あまりにも説明不足だったので加筆修正しました)
「で、今日も今日とてレギオン勧誘な訳ですが……」
二水と合流した梨璃と楓は、レギオンの勧誘活動を再開した。
ちなみに、流瑠は今日は仕事で忙しく、夢結は梨璃にレギオン結成を指示した立場なので手伝えず、別行動している。
「梨璃さん、今日も頑張りましょうね♡」
「そうだね、楓さん!」
メモ帳を捲る二水の横で、楓と梨璃は腕を組んでイチャイチャしながら歩いていた。二人は確かに仲がよかったが、それにしたって昨日よりも距離が近すぎる。というかほぼ密着している。楓の方に至っては、梨璃の腕を抱いて、そこに自分の胸をムニムニと押し当てている始末だ。それを笑顔で受け入れている梨璃も梨璃だが。
最初は「珍しいこともあるなー」と思っていた二水だが、これが数十分も続くと、いい加減二人の纏うピンクオーラが鬱陶しくなってきた。
「あの、今日のお二人はなんでそんなに距離が近いんでしょう……?」
「えー?そんなことないよ二水ちゃん」
「ええ、そうですわよ二水さん。寧ろ今までが離れすぎていたのですわ」
そう言いながら梨璃のお尻をスリスリと
梨璃は梨璃で、「ひゃんっ!?」と小さく声をあげて赤くなりはするが、特に楓を嗜めるでも怒るでもなく、照れた笑顔でされるがままになっている。
「……まぁ、仲が悪くなってるわけじゃないみたいなんでいいんですけど………。くれぐれも、勧誘の交渉中は控えてくださいね?」
「まあ!わたくし、そこまで節操なしではありませんわよ?」
「本当ですかね……?」
惚ける楓に、二水は疑いの目を向ける。楓は以前から自信家ではあったが、今はそれに輪をかけて精神に余裕があるように見える。
この二人に何があったのか……あとで絶対に調査してやろうと心に決め、二水は心を切り替えた。
「ここですね。今回勧誘したい方のお部屋です」
二水は、ある部屋の前で立ち止まる。梨璃と楓も立ち止まって、入居人のネームプレートを見た。
そこには、やたら達筆な字とやたら丸っこい字で、こう書かれている。
『郭 神琳』
『王 雨嘉』
「わたくしを、一柳さんのレギオンに……?」
郭 神琳。梨璃達と同じ1年椿組の生徒であり、台北市からの留学生である。
赤と金の
そんな彼女を、梨璃達はレギオンに勧誘しに来ていた。
「いえ、お姉様のレギオンなんですけど……」
「そう、とても光栄だわ」
小さく訂正する梨璃の声は、無情にも神琳に無視される。
「え!?じゃあ……」
「光栄なのだけど、その……」
神琳の言葉に期待に満ちた目を向ける梨璃と二水に、神琳は言いにくそうに言葉を濁した。
「なんですか?何か気になることがあるなら、何でも聞いてください!」
「では、遠慮なく聞かせてもらうけれど……楓さんと梨璃さんは、何をやっているのかしら?」
「……へ?」
神琳に言われ、梨璃は改めて自分の現状を省みる。
座っている。
そして、楓に後ろから抱きしめられ、髪をモフモフされたりお腹をサワサワされている。
「……何をしてるんでしょう?」
「いえ、わたくしに聞かれても……」
梨璃は、何をしているかという質問に答えられない。今自分がされていることが何なのか、言語化できないからだ。
聞き返された神琳も、聞いた側なのだからわかるわけもない。
仕方なく、二人は答えを求めて恍惚とした表情の楓に視線を向けるが、楓はそれに気付くと、ニコニコと笑顔のまま、手を横に振った。
「あ、わたくしのことはお気になさらず〜。ただ梨璃さんを愛でているだけなので〜」
「……私、勧誘中は控えてくださいって言いましたよね?」
「わたくし、これでも譲歩してますのよ?勧誘の邪魔になってはいけないと思いまして」
本日何度目かもわからない二水からのジト目も、楓にはどこ吹く風だ。
まるで自分が最大限まで妥協しているかのような態度を取りながらも、手を梨璃のお腹から胸の方へと徐々に這わせていく楓に「……楓さん?」と二水は釘を刺した。それを受けて、楓は不承不承といった様子で梨璃から手を離した。
「ふう……。なるほど。貴女のレギオンは愉快なところなのね」
神琳は、手元の緑茶を一口飲んで一拍置くと、少し遠い目をして言った。
梨璃はそれに笑うしか無い。
「あ、あはは……私じゃなくてお姉様のレギオン……」
「雨嘉さん、貴女はどうするの?」
またも梨璃をスルーした神琳は、部屋の奥にいる少女に声をかけた。
梨璃も神琳に倣って、奥の少女に目を向ける。楓が梨璃を愛で始めてから、ずっと両手を顔の前に といっても、例の如く指と指の間は開いており、しっかり前は見えているのだが 翳して、顔を真っ赤にしている少女だ。
「わ、私は……」
顔を赤くして言い淀む雨嘉に、神琳はまたか、とため息を吐いた。
王 雨嘉。実家はアイスランドの首都レイキャヴィクで、中等部時代は欧州最強の一角・ヘイムスクリングラトレードゴードに籍を置いていた優秀なリリィだ。しかし、優秀な姉と妹に挟まれて、世界最高峰と名高い百合ヶ丘の中でもさらに上位に食い込む力を持ちながら、自分に自信を持つことができないでいる。そんな雨嘉に、神琳は不満を抱いていた。
神琳は、百合ヶ丘に幼稚舎から通う生え抜きのリリィだ。
故郷である台北市がヒュージに落とされ、自分はその故郷をいつか取り戻すため、血の滲むような努力をしてリリィとなった。もちろん才能もあったと自覚しているが、それでも神琳は挫折も苦悩も味わい尽くしてきた。だからこそ、神琳は自分にリリィとしての誇りを持っていたし、自信を持っていた。
なのに、雨嘉はどうだ。故郷も健在で、才能もあり、成長する環境も整えられ、きっと自分と同じくらい努力もしたはずだ。にも関わらず、彼女は自分に自信を持てていない。挙句、毎日のように母親と電話。
いつまでも甘ったれるな。同じ百合ヶ丘のリリィなら、自信と誇りを持て。
神琳は、雨嘉に常々そう思ってきた。言葉にはしなかったが。
だからこそ、神琳は雨嘉を敢えて谷に突き落とす。
「自信が無いならお止めになっては?雨嘉さん」
「神琳……」
「自信が無い者が中途半端な気持ちでレギオンに入っても、一柳さん達も迷惑でしょう。レギオンとは、背中を預け合う者達の信頼によって成り立つもの。それぞれがそれぞれに、命を預け合う集団です。
もう一度言います。自信が無いならお止めなさい」
神琳の厳しい言葉に、雨嘉は俯く。
そのまま黙ってしまうが、雨嘉は「やめる」とも言わない。
そんな雨嘉の様子に、神琳はもう一度ため息をついた。
「……それは、違いますよ。神琳さん」
暫く、場を沈黙が支配したが、それを破ったのは梨璃だった。
梨璃は、楓の膝から立ち上がって雨嘉に思いを伝える。
「レギオンって、最初から完全に信頼で成り立ってるわけじゃないと思うんです。一緒に戦って、一緒に訓練して、一緒に過ごして、一緒に笑って……そうやって、0から信頼関係を作り上げていくものだと、私は思うんです!
自信も、それと同じでいいって、私は思います!私も、雨嘉さんと同じです。というか、雨嘉さんより酷いです。才能も、経験も、楓さんみたいな自信も持ち合わせてません……。
でもだからこそ、レギオンって大切なんじゃないでしょうか?一人でできないことも、みんなとなら成し遂げられます。一人じゃ持てない自信も、みんなと一緒なら少しずつでも重ねられるはずです!
だから、雨嘉さん!私達と一緒に戦いませんか!?」
梨璃の言葉に、神琳は目を見開く。
言葉は
(もしかしたら、この人の作るレギオンでなら )
雨嘉は、梨璃からの説得で、以前流瑠に悩みを相談しに行った時に掛けてもらった言葉を思い出した。
『 あの人は突っ込みがち、とか、あの人はサポートしないと負傷することが多いとか、今誰か射線上に入ってこようとしてるかとか……特に雨嘉ちゃんは狙撃手だから、レギオンで戦う時にはそういう、「相手のことを考える力」が必要になってくる。そして、レギオンでの活動が長くなればなるほど、その力は有用性を増してくるんだよ。レギオンメンバーのことをより深く理解していけるからね。
特に百合ヶ丘は、ノインヴェルト戦術というリリィ同士がどうしても協力しなきゃいけない戦術に重きを置いてる。もちろん、『レジスタ』や『ファンタズム』みたいな有用視されるスキルもあるけど……雨嘉ちゃんみたいな、優しくて他の人のことを考えられる『性格』も、ノインヴェルトではレアスキルと同じくらい必要なんじゃないかって、私は思うんだ』
梨璃は言った。信頼も自信も、レギオンに入ってから積み上げていけばいいと。それはきっと、自分をレギオンメンバーとして長い目で見てくれる、ということなのだろう。
嬉しかった。自分を即戦力でなく、「一緒に様々な経験を積み上げていく仲間」として必要としてくれていることが。
レギオンでの活動が長くなればなるほど、私は強くなる、と流瑠様は言っていた。ならきっと、梨璃のレギオンは自分にとって理想的な場所なのではないだろうか。
「一柳さん、私……ヘボリリィだから、期待されてるほど強くないと思うよ……?」
「大丈夫です!私なんて今年リリィになったばっかりで、レアスキルもわかんないので!」
「私、ずっとこんな仏頂面だから、話してても楽しくないかもしれないし……」
「そんなことありません!私、雨嘉さんがとっても優しいの、わかります!もっともっと、いろんなお話をしたいです!」
「きっと私よりも良い人、いると思う……」
「私、ここで雨嘉さんに会えたのは運命だと思います!雨嘉さんは雨嘉さんです。他の人には変えられません!」
梨璃にとことん説得され、雨嘉は 初めて梨璃に笑顔を見せた。
「……うん。ありがとう、『梨璃』。私、貴女のレギオンに入りたい。貴女と一緒に戦いたい。貴女と一緒に強くなりたい!だから 私を梨璃のレギオンに入れてください!」
「 もちろんです!」
梨璃と雨嘉は、手を取り合って笑い合った。
「……わたくしもいいですか?梨璃さん」
「神琳さん?」
手を取り合っている二人に声をかけてきたのは、神琳だ。
「……正直に言って、わたくしは、雨嘉さんにイライラしていました。実力も経験も申し分ないのに、なんで自信が持てないんだろうって」
「神琳……」
雨嘉は自分がルームメイトにどう思われていたのかを知って、申し訳なさそうな顔になる。そんな顔を見て、神琳は少し笑った。
「でも……ふふ、そうですね。そもそもわたくしも、レギオンに入るのは初めてなのでした。
わたくし、もう一度初心に帰ろうと思います。ただ共闘することと、レギオンで長い間一緒に戦うのはまるで違う。時間をかけてお互いを知っていくことで信頼関係を築き上げる。自信もまた同じく、そのレギオンの中で新しく培っていくものなのかもしれません。そして、その自信が、他の場面での自信にも繋がるかもしれない……。
雨嘉さん。わたくし、貴女ほどの実力者が自信を持てていないことに、まだ納得はできていません。……ですが、今貴女は変わろうとしています。焚き付けたのはわたくしですから……貴女がどう変わるのか、わたくしも側で見させてもらいますね」
「それじゃ……!」
梨璃と二水の期待の眼差しに、今度こそ神琳は頷いた。
「はい。梨璃さん、わたくしも貴女のレギオンに入れてください」
「あ、ありがとうございます!」
「神琳……!」
「雨嘉さん、これからもよろしくお願いしますね」
梨璃が立ち上がってモフモフする対象がいなくなり、手持ち無沙汰になってしまった楓は、出されていた饅頭を手慰みに弄びながら、神琳に目を向ける。
「素直に雨嘉さんと一緒に戦いたいと仰ればよろしいのに。面倒っちい方ですこと」
楓からの評に、神琳は笑顔を返した。
「 よく言われます♪」
「ぜー、はー、ようやっと見つけたぞお主ら……」
梨璃達が勧誘を終え、神琳達の部屋から出てラウンジに向かおうとしている途中、後ろから追いかけてきたリリィがいた。ミリアムだ。
「あら?どうしたんですのちびっ子2号」
「おう、なんかそう呼ばれるのも久しぶりな気がするのう」
息を整えたミリアムは、改めて梨璃達に向き直った。
「お主らが、梨璃のレギオンを作っとると百由様から聞いてな?ワシで良ければ入らせてもらおうかと思っての」
「ての!?」
「いいんですか!?私じゃなくてお姉様のレギオンですけど!」
二水と梨璃の言葉に、ミリアムは胸を張って頷く。
「ワシは元々、夢結様の戦い方に興味があってな?レギオンには属さんと聞いとったが、同じレギオンに入れるなら戦い方の研究も捗るじゃろうし。ワシはアーセナルじゃから、お主らのチャームの点検・改良とかもできるぞ?」
「ありがとうございます!心強いです!」
「お、おう……いいのか?そんな即決で」
ミリアムは自分のアピールポイントを梨璃達に話すが、梨璃達は別に「こんな人材が欲しい」と思っているわけではないので、基本的に即採用である。
あまりにもあっけない採用に、ミリアムの方が拍子抜けしてしまった。
「いいんですのよ。わたくしたち、別にレギオンメンバーを選り好みしているわけではないので」
「普通はもうちょい選り好みすると思うがな……まあよいわ。これからよろしく頼むぞ?……しかし……」
ミリアムは梨璃と楓の方に目線をやった。
「……?どうかしましたか?」
「なんか……今日はお主ら、やたら距離が近くないか?前はそんなでもなかったじゃろ?」
梨璃と楓は、またしても腕を組んでいる。手の指までしっかりと絡ませて、まるで恋人のような手の繋ぎ方だ。
「や、やっぱりそう思いますよね!?今朝からおかしいんですよ二人とも!」
「そうかな?これくらい普通だと思うけど……」
「そうですわ。ただ、わたくしたちが相思相愛なだけですわよ」
「相思相愛、のう?」と胡乱げな顔をするも、ミリアムはため息を吐いて受け入れることにした。
「……お主らがお互いの同意の上でやっているのであれば、ワシから口を出すことでもないか。ただ……梨璃に変な薬とか使っとらんじゃろうな、楓?」
疑いの眼差しを受けた楓は、心外だと言わんばかりの顔をする。
「そんなことしませんわよ!?というか、寧ろ今回はわたくしが巻き込まれたというか、誑し込まれた側なのですから!」
ミリアムは、楓の発言に「ほーう?」と意外そうな声を上げる。
「そういやお主は流瑠様を狙っておったはずじゃがな?」
「ええ、今でもお姉様はお慕いしておりますわよ」
「じゃが、今は梨璃とこうしておる、と?」
「ええ、お姉様からも了承済みですわ」
「ほうほうほう」と、ミリアムは興味深そうに楓と梨璃を観察する。
「なるほどのう。ま、百合ヶ丘の校風としては割りかし正しい在り方ではあるな。わかった、もうワシからは口は出さん。好きにすると良い」
「ええ、言われなくとも」
「しかし、随分と都合の良い環境を手に入れたものじゃな、楓?」
「オホホホ、わかりますか?欲しかったものが全部手に入ってしまって、今最高に気分がいいんですの!」
「ちょ、ちょっとちょっとー!お二人だけで話してないで、私にもわかるように説明をー!?」
二人だけで会話を成り立たせるミリアムと楓に、二水は不満そうに声を上げた。
梨璃はそんな三人の様子を眺めて苦笑いしながら、この幸せを噛み締めるように、楓の手をキュッと握った。
「……出迎えまでしてくれなくてもいいって言ったのに」
「いえ、貴女は私たちの希望ですから」
「これくらいはさせてください、流瑠様」
梨璃達と別れた流瑠は、百合ヶ丘のある場所に訪れていた。
特別寮。特別な事情があるリリィや、保護された強化リリィ達が暮らす、通常の寮とは少し離れた場所にある寮だ。
その玄関先で流瑠を出迎えたのは、白いファーのついた黒いマントを羽織ったリリィ達。LGロスヴァイセのリリィ達だった。
「
「い、いえ!そんな!これ以上流瑠様のお手を煩わせるわけには……」
「遠慮しないでよー。もう、伊紀ちゃんは可愛いんだから!」
「流瑠様……」
流瑠は、「伊紀」と呼んだ少女に抱きつく。抱きつかれた伊紀は、顔を赤く染めながらも、安心した様子で流瑠に抱きしめられている。
その横で、もう一人のロスヴァイセのメンバーが「流瑠様、それくらいで……」と流瑠を嗜めた。
そしてもう一人が、
LGロスヴァイセは、G.E.H.E.N.Aから保護された強化リリィ達で構成されたレギオンなのである。
「 それで、今回の内訳は?」
特別寮の中に入ると、流瑠はそれまでの軽い態度を消し、伊紀達に尋ねた。
「一つが12人、二つが13人……そして、四つが1人です」
「四つ……!?」
伊紀の言葉に、流瑠は眉を顰めて驚愕する。
「こう言っては何だけど、よく耐えたね」
「スキルの組み合わせが良かったようです。また、彼女自身に適性があったことが大きいかと。……それでも、一番症状が重いですけれど」
「具体的には?」
「41℃を超える高熱の常態化、頻回に起こる発作的な頭痛、吐き気。これらのせいでほとんど寝たきりですね。また、固体の食べ物の嚥下ができず、現在は点滴と流動食でどうにか。水分の摂取は経口でできるようですが、流動食でも咽せたりすることがありますね。それから、どうやら実験前と後で毛髪の色素に変化が出ているようです」
「スキルは?」
「リジェネレーター、マギリフレクター、ドレイン、そして…………未確定ですが、おそらくノスフェラトゥ」
「ノスフェラトゥ……」
流瑠は伊紀から出てきた言葉に目を閉じる。
ノスフェラトゥ。「不老化」のブーステッドスキルだ。
成功例は確認されていない……とされているものの、実際は何人か成功例が存在する。流瑠がその一人だ。
ノスフェラトゥは、ブーステッドスキルの中でもさらに異端とされる。実験そのものの難易度が非常に高く、また適応するリリィが少なすぎるため、そもそも行われにくいのだ。
しかし、成功してしまうと、そのリリィはリリィ達からも異端として扱われることになりやすい。何せ老いることもなくなり、もはやリリィとも違う別の生物になってしまうと言っても過言ではないからだ。
だから、ノスフェラトゥの実験の成功者は、基本的にそれをロスヴァイセによって隠される。その例外であり、さらに世間やリリィ達から受け入れられているのは、流瑠くらいだろう。
話している間に、流瑠達は保護された強化リリィ達の療養室に着いていた。
「じゃあ、行こうか」
「……ええ、お願いします」
伊紀が扉を開くと そこは死屍累々の有様だった。
「いたいよぉ………くるしいよぉ……」
「あつい、からだがあづいぃ!だれかだすげでぇ!」
「さむい……さむいよぉ……」
「あははははははははは!!あは、ひぃひひひひ!!」
「…………………………」
「もうやめて……いたいのいやぁ……もうじっけんいやぁ……!」
療養室は、物が散乱していた。
ベッドの一部は壊れ、壁にはビビ割れ、どうみても無事とは言い難い。
そこには、様々な症状の強化リリィ達が「収容」されていた。それぞれのリリィ達は透明な仕切りに遮られた部屋の中に入れられている。
ここにいるのは、全てLGロスヴァイセが「保護」した、外部の強化リリィ達だ。
百合ヶ丘は反G.E.H.E.N.A主義を掲げたガーデンとして有名だが、その最たる例がこの、強化リリィの保護である。
強化リリィは、リリィ達に特殊な施術をすることで「ブーステッドスキル」と呼ばれる特有のスキルを与えることを目的としたプロジェクトだ。その中には強力無比なスキルもあり、自分から強化リリィに志願するものも確かに存在する。
……だが、タダで強力な力を手に入れられるわけもない。その能力には、大きな代償が伴う。
それが、「死亡のリスク」と「後遺症」である。
施術自体にも多大な苦痛が伴い、さらに死亡のリスクまであるが、生き残ったとしてもリリィ達を苦しめるのが、この後遺症だ。
一例を挙げれば、「高熱」、「内臓損傷」、「精神不安」など……全てを挙げ始めればキリがない。
そして、強化リリィはただ単に一つのスキルを手に入れるために施術するだけで終わらないことも多い。
つまり、複数のスキルの施術をされることが圧倒的に多いのだ。
これが何を意味するのかというと……後遺症の増加と合併症による苦痛だ。
もちろん、望んで施術するリリィばかりではない。G.E.H.E.N.Aに連れ去られたり、「強化リリィになる」か「死」かを選ばされたりと、G.E.H.E.N.Aが強化リリィを作ろうとする手段は悪辣だ。
そうやって望まずに後遺症を抱えることになってしまったリリィ達を、百合ヶ丘……ひいてはLGロスヴァイセは保護しているのである。
そして、流瑠達が今いる、特別寮の療養室。ここが、重篤な症状の後遺症に悩まされるリリィ達が収容されている場所なのであった。
その中には、例えば、後遺症の苦しみと「リジェネレーター」のスキルによって死ねず、「殺してほしい」とすら思うほど苦しんでいるリリィも存在する 。
「まず、その一番症状の重い子のところに行こうか」
「はい。こちらです」
そんな強化リリィ達の間を通り抜け、奥に行こうとする流瑠達の前に、
ガシャーンと音を立てて仕切りを壊し、一人のリリィが出てきた。
「殺して!ごろじてよぉ!もう痛いのいやだよぉ!私を殺せえええええええ!!」
「そんなっ!?この壁はチャームも無しに壊せるようなものでは……!」
伊紀の悲鳴を聞きながら、流瑠はそのリリィに近づいていく。
リリィも流瑠に気付き、流瑠に近づいて首元を掴んだ。
「あんたが私を殺してくれるの!?」
その言葉に、流瑠は首を横に振る。
「ごめんね、それはできない。私はリリィを……可愛い妹を殺したりはできないよ」
「……なら、あんたが死ねぇ!」
流瑠の答えを聞いて怒ったリリィは、流瑠の首を両手でギリギリと締め上げた。
しかし流瑠は リリィに首を絞められながら、穏やかに
その予想外の反応に驚いたのか、リリィは「なっ……」と、手から一瞬力を抜く。
その隙に、流瑠はそのリリィを愛おしそうに抱きしめた。
「殺してはあげられないから……その痛いの、とってあげるね」
「なっ……!?」
流瑠はリリィを抱きしめると、接触している部分から、自分のマギをリリィに流し込み始めた。
「マギ交感」だ。
(………この子、心臓近くの部分にマギがかなり滞留してる。なのにマギは作られ続けるから、どんどん同じ部分にマギが溜まり続けて肥大化して、物質的な身体の臓器にも圧力がかかっちゃってる。典型的な「リジェネレーター」施術後の症状だ。でも、場所が悪い。下手したら多臓器不全が起こってた可能性すらある。これは苦しいだろうね……。それこそ、死にたくなるくらい)
そのリリィの苦しみの原因を特定した流瑠は、抵抗するリリィを優しく、しかし強く抱きしめ、マギをリリィに指向的に流し込んでいく。流瑠のマギは滞留しているマギの循環を促して、滞留していた余剰マギを流瑠は自分の身体に取り込んでから排出した。
「あ、あれ……?いたく、ない?」
すると、効果は劇的に出た。リリィを襲っていた身体の内部の痛みはたちどころに引いていき、楽になってくる。
「もう大丈夫だよ。よくがんばったね」
「え?え?」
流瑠はもう一度リリィを抱きしめると、頭をよしよしと撫でた。
「痛かったね。苦しかったね。……大丈夫。もう大丈夫だから」
そうやって撫でられているリリィの目からは、だんだんと涙が出てくる。
涙を流すリリィもまた、流瑠を抱きしめ返した。
「ごめっ、ごめんなさい……!わ、わたし、あなたをころそうと……!」
「いいんだよ。大丈夫。私は大丈夫だから。貴女が楽になってよかった。……生きててくれて、ありがとう」
そう言って暫くリリィを抱きしめた流瑠は「じゃあ、他の子も助けなきゃだから」と言ってリリィを離すと、伊紀と共に奥の部屋へと歩き始めた。
「あ、あ、ありがとうございました!」
そんなリリィの言葉に、手を振りながら。
「……お見事でした、流瑠様」
「壁、壊れちゃったね。また百由に強化を依頼しとかないとねぇ」
笑ってそう言う流瑠に、伊紀は舌を巻く。やはり、この人は別格だ。
普通、マギ交感をするだけで、あそこまで症状が改善することなどない。普通のリリィには、「その強化リリィがどこが悪いのか」を把握することができず、指向的にマギの異常を取り除くようにマギ交感を行うことができないからだ。
しかし、流瑠はマギの流れに異常なほど敏感だ。クリスタルコアに触れればレアスキルを判定し、身体に触れればマギの状態を把握できるほどに。
そしてそれだけでなく、流瑠の行うマギ交感は、通常のそれよりも大きな効果を発揮する。「ブレイヴ」を使用しないにも関わらず、
故に、流瑠が強化梨璃の後遺症を治療・軽減するために行うマギ交感は、通常のソレを遥かに凌駕した効果を齎すのだ。
流瑠は確かにリリィ達を妹のように思っていて、大好きだ。だが、それだけでリリィ達に無闇矢鱈に抱きついているわけではない。流瑠は、リリィ達に抱きつくことで「マギの状態の把握」と「マギ交感」も同時に行っているのだ。
……いやまあ、流瑠の趣味や衝動がそこに介在していないといえば嘘になるし、完全にマギ交感のためだけにやっているわけではないのは明らかなのだが。
この事実は、学院側も知らない。知っているのは、LGロスヴァイセのメンバーのみだ。
LGロスヴァイセは、強化リリィの保護を目的とする特務レギオンだ。そのメンバーは全て強化リリィであり、ガーデンを親として行動する。
故に、親である百合ヶ丘の命令であればどんな仕事でもこなすし、時には百合ヶ丘を直接守るために戦うこともある。
しかし、そんなロスヴァイセの面々が、親であるガーデンと同じくらい敬愛しているリリィがいる。
それが、三巴流瑠だ。
強化リリィでありながら現役最強として君臨し、強化リリィのもつ負のイメージを、完全とは言えないまでも払拭した。
そして、強化リリィの後遺症の回復技術。これに、多くの というより、百合ヶ丘で保護された殆どの強化リリィがお世話になった。もちろん流瑠はロスヴァイセのメンバーではないが、ロスヴァイセが強化リリィを保護してくるたびに、ボランティアとして喜んで治療に参加してくれるのだ。今回ロスヴァイセが流瑠をわざわざ呼び出したのも、その治療のためだったのである。
かく言う伊紀も、流瑠の治療にお世話になったリリィの一人だ。伊紀は実験後、呼吸器不全と高熱、そして身体に滞留したマギによる内臓圧迫に苦しんでいたが、流瑠にこれを治してもらった。
苦しくて苦しくて仕方ない身体を、流瑠の身体が優しく包むと、どんどん身体が楽になって、気持ち良くなる。その後起こっていた発作も、全て流瑠に治してもらった。
百合ヶ丘の強化リリィは、みんなそうだ。みんな、流瑠に助けられた。
だから、その集まりであるロスヴァイセは、流瑠を「強化リリィの希望」、「至高のお姉様」として慕っている。
何が言いたいかと言うと、百合ヶ丘の強化リリィたちは、みんな流瑠のことが大好きなのだ。伊紀ももちろん、流瑠のことが大好きなリリィの一人で
「ここでいいの?伊紀ちゃん」
と、思考に浸っていた伊紀は、流瑠の声で正気に戻る。
「は、はい!」と伊紀は返事をして、自分が今ロスヴァイセの主将であることを思い出し、心を切り替えた。
「こちらです。……どうか、彼女をお願いします、流瑠様」
「うん。……伊紀ちゃん、少しサポートに入ってもらって良い?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
二人は、その部屋に踏み込む。
そこには……ベッドに横になっている、一人の少女がいた。
まだ幼く、中学生……下手すれば、成長の早い小学生にも見える少女だ。
身体はG.E.H.E.N.Aの実験の影響か、まともな食事を食べさせられなかったのか、細ってしまっている。
毛髪は真っ白に染まっており、ところどころに金色の髪が見え隠れしている。毛髪の色素が変化したと言うことだから、おそらく元は綺麗な金色の髪だったのだろう。
点滴を受けている腕は痛々しく、力がまるで入っていない。注射痕もそこら中に散らばっており、少女が受けた実験の数を物語っている。
喉はひゅーひゅーと音を立てて呼吸をしている。肌の色も病的に白いのに、顔だけは熱で不自然に火照って赤い。
異常だ。これだけのことを一人の少女にして素知らぬ顔をするG.E.H.E.N.Aという企業は、明らかに異常だ。
そして、こんな幼い少女が、「ノスフェラトゥ」の実験を受けた。彼女はこれから、成長することはないだろう。どころか、リジェネレーターのせいで死ぬことすらできず、生きていくしかない。
こんな所業が許されて良いのか。知らずのうちに、伊紀は歯を噛み締めて拳を握る。
そんな少女に、流瑠は近づいていった。
流瑠は少女に、優しく語りかける。
「……こんにちは。話はできる?」
流瑠に気付いた少女は、身体を動かすのもつらいのか、ゆっくりと首を横に動かした。
「……そう。わかった。少し、触っても良い?」
今度は、少しだけ顎を引くかのように頭を動かす少女。それを受けて、流瑠は少女の身体に触った。
熱い。ヒトの体温としては高すぎるくらいだ。
「……マギの量が尋常じゃない。多分、ドレインが変に暴発してて、周囲のマギをやたらめったら取り込んでるんだ。そのせいでマギが流れてる速度が早すぎる。なのに、身体からマギを排出する速度が追いついてない。これが発熱と頭痛の原因だね。毛髪の色の変化も、マギが暴走している時に良く見られる症状だから……これが回復すれば、完全とは言わないまでも、元に戻ると思う。
嚥下不全と吐き気は……マギの異常じゃなく、精神的なものかな。マギリフレクターの投薬は、経口摂取の薬を複数回に分けて行われるもので、その度に身体に異常が起こる感覚がするから、多分口から固体を取り込むのがトラウマになっちゃってるんだと思う。
まずはマギの流れからどうにかしようか。伊紀ちゃん、クーリング用の枕と保冷剤をお願いしても良い?すぐに解熱剤まで飲ませると体温の変化できつくなりそうだから、今はそれだけで」
「は、はい!」
流瑠のテキパキとした指示に、伊紀は頼まれたものを持ってくるために駆けていった。
その間に、流瑠は少女の手を握ってマギ交感を始める。
「何か、スキルを使うことはできる?マギを排出すれば少し熱が下がると思うんだけど」
流瑠の問いかけに、少女は少し逡巡した後、小さく頷くように首を動かした。
流瑠はその反応に笑顔で頷き、これから行う治療方法を説明する。
「今から、貴女の中で流れるマギの速度を遅くするね。ドレインで吸収してるマギの中に私のマギを混ぜて、それを少しずつ
流瑠の説明に、少女はゆっくりと頷いた。さっきまで力のなかった目には、希望の光が宿る。
「……うん。じゃあ、私と一緒に頑張ろうね。……始めるよ」
流瑠は、マギ交感しながらスキル「フリーレン」を発動して、自分のマギを少女に取り込ませていく。少女に渦巻いていた莫大なマギが、その速度をそのままに流瑠の中に入ってくる。少女が感じているであろう痛みと同じ痛みに、流瑠も顔を顰めた。
「っ……スキルを使って!」
少女は流瑠の言葉に従って、「マギリフレクター」を発動した。その顔はとてもつらそうだが、必死にマギを排出しようとしている。
流瑠もなるべく少女の中のマギを自分の中に取り込んで、「フリーレン」の行使で消費していく。
「頑張れ……!大丈夫、大丈夫だよ……!」
段々と、少女の身体を流れるマギが流瑠のものと置き換わっていく。「フリーレン」が行使されたソレは、先ほどまで少女の中にあったマギとは段違いに動きが遅く、少女の熱を少しずつ下げていった。
「………おねー…ちゃんの、手………つめた、くて……きもちいぃ………」
「……っ、よかった……!もう少しだから……!」
少女は、初めて流瑠に声を聴かせた。弱々しく、か細い声だ。でも、その声は希望と喜びで満ちている。それが、流瑠にはとても嬉しかった。
その間にも、少女はマギリフレクターを発動し続け………そしてついに、少女のマギは通常のリリィと同じくらいまで少なくなった。速度も安定し、熱も少しずつ引き始める。
「……うん。もういいよ、頑張ったねぇ」
そう言って少女の頭を愛おしそうに撫でる流瑠に、少女も嬉しそうに顔を綻ばせた。少し身体が動かせるようになったのか、少女は自分の顔を、流瑠の手に擦り付けるようにスリスリと動かした。
「流瑠様、持ってきました!」
必要なものを持ってくるために駆け回っていた伊紀が戻ってきたのは、その時だった。
肩で息をしており、必死に集めてきたのがよくわかる。
「おかえり、伊紀ちゃん。大丈夫、マギに関してはどうにかなったよ。
あとは三点クーリングして、体温とバイタルの経過を見ようか。朝夕の食事の後、体温を見ながら一日二回解熱剤を入れよう」
「あ、はい!遅くなってすみませんでした……」
申し訳なさそうに頭を下げる伊紀に、流瑠は笑って首を振る。
「そんなことないよ。ありがとね、伊紀ちゃん」
流瑠は、再度視線を伊紀から少女に向けた。
「お腹、空いてない?」
流瑠の質問に頷いた少女のため、流瑠と伊紀は飲用水と食べ物をかき集めてきた。
「水は飲めるんだよね?」と確認した流瑠に、伊紀は頷く。それを見て、流瑠もまた嬉しそうに頷いた。
「……なら、まずは水から飲んでみようか」
流瑠はそう言って、伊紀から飲用水を受け取った。
それを流瑠は
「「 !?」」
その行動に、伊紀も少女も驚く。驚いている少女の口の中に、流瑠は少しずつ水を流し込んでいった。
最初は少し抵抗していた少女だったが、与えられる水が美味しかったのか、だんだんと受け入れ始めた。
そして、流瑠が口に含んだ水が全て飲み干されるころには、少女はすっかり流瑠から口移しされることに抵抗が無くなっている様子だった。
「じゃあ、次は……これ、食べてみようか」
そう言って、流瑠はパンを取り出す。
それを少しちぎって、流瑠は自分で食べた。そして、少女に向かって「美味しいよ」とでも言うようにニッコリと笑顔を見せる。
それを見た少女は、やはりお腹がすいていたのか、ぐ〜っとお腹を鳴らした。
「まずは柔らかいのからね」
流瑠は少女に笑って、もう一度パンを口に含んで、今度はそれを
流瑠の唾液で柔らかくなったソレは、咀嚼することによって、忽ち飲み込みやすい流動食のようになる。
そのまま流瑠は再度少女に口づけし、それを口移しで少しずつ食べさせていった。まるで、「これは食べられるものだから、安心していいよ」と言うかのように。
果たして少女は 流瑠の口から与えられるそれを嬉しそうに口に取り込み、飲み込んだ。そして、もっともっとと言わんばかりに流瑠からの口移しをねだる。
その少女の様子に流瑠は優しい笑顔になって、もう一度少女に口移しで食べさせた。
その、流瑠と幼い少女が何度も口づけしているかのような光景を見て、伊紀は顔を赤くしてドキドキしてしまう。これが流瑠の善意からの行動であるのは伊紀もよくわかっているのだが、流瑠と少女のやりとりが淫靡で背徳的なものに見えてしまい、伊紀は顔を背けた。
そうして伊紀が顔を背けている間に、伊紀と流瑠が持ってきた食べ物も飲み物も、いつの間にか全て口移しで少女に与えられてしまったのであった。
「貴女のお名前、話せる?」
食事後、少し落ち着いた少女に、流瑠は質問をした。
少女は頷き、口を動かす。
「………ヨツヤ、ルリ………」
「
伊紀は、即座に端末でその名前を調べ始める。
「……ありました!福岡天神女子の中等部生の、死亡者リストの中に「四ツ谷瑠璃」の名前があります!顔認証も一致、本人でしょう」
流瑠は、伊紀の言葉に頷く。
「……福岡天神女子は、別に親G.E.H.E.N.Aじゃなかったよね?ってことは、死んだことにされて攫われた……かな?」
「おそらくは。……瑠璃さんは幼い頃に、ヒュージによって親を亡くし、それを福岡天神に拾われたようです。身寄りのないリリィを狙い、死を偽装して攫う……いつもの汚い手口ですよ」
流瑠は伊紀の言葉に目を閉じる。その顔は、怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えた。
少しして流瑠は目を開き、瑠璃に優しく微笑む。
「……瑠璃ちゃん。瑠璃ちゃんは、福岡に帰りたい?」
その問いを受けて 瑠璃は、ふるふると首を横に振った。
「……やだ……。かえりたく、ない……」
「どうしてかな?」と、流瑠はやはり優しく尋ねる。
「………わたし、いじめられて、た。嫌なやつに、ヒュージのまえに、ほうり、こまれて………。それで、ゲヘナに、つかまったの……。
そこで、なんねんもじっけんされた……。わたし、あそこに、かえりたく、ない……」
舌が回らないのか、未だたどたどしい瑠璃の発言に、伊紀は補足を入れる。
「死亡発表は、二年前になっています。つまり、二年間ほどG.E.H.E.N.Aにいたと思われますが……当時、瑠璃さんは中等部二年生、だったようです……」
二年前に、中等部二年生。この幼い少女は、本当なら今頃、伊紀と同じ歳になっていたのだろう。
それを思うと、伊紀は涙すら出てくるようだった。
そんな瑠璃を、流瑠は優しく抱きしめる。
「……もう、大丈夫。ここには、貴女を虐める人も、貴女に酷いことする人もいないから……。絶対、貴女は私が守る。ここにいていいよ。ここが、貴女の居場所だから……」
抱きしめられる瑠璃は……本当に安心し切ったような顔で、流瑠に言った。
「つめたくて、あったかい……。ふしぎな、おねーちゃん……」
その言葉に、流瑠は笑った。
「私は、三巴流瑠。よろしくね、瑠璃ちゃん」
「……うん。よろしく、ね。るる、おねーちゃん」
「じゃあ、また来るから!」
流瑠のその言葉に、瑠璃は寂しそうにしながらも見送った。まだ身体は動かないのか、手を振ることもできないが。
「行っちゃ、やだ……」と涙を見せる瑠璃をどうにか説得し、流瑠は他の強化リリィ達の治療に向かっていった。
残された伊紀と瑠璃は、話をすることもなく、暫く一緒にいた。
何を話して良いか、何を話題にすればいいか、伊紀にはわからなかった。
流瑠様やロザリンデ様なら、こんな時、すぐに話題を思いつくのだろうが、と伊紀は自分を卑下する。やはり、自分は主将の器ではないのではないか、と。
「……いのり、おねーちゃん」
沈黙と自虐に耐えかねた伊紀が部屋を出ようと立ち上がった時、瑠璃から声がかけられた。
その声に、伊紀はビクッと反応する。
「おねーちゃん」。見た目は幼い少女だが、本来、瑠璃は自分と同じ歳のはずだ。そんな瑠璃から「おねーちゃん」と呼ばれて、伊紀はどんな反応をして良いかわからなかった。
「な、何かしら?」
結局、無難な反応をした伊紀に、瑠璃は尋ねる。
「るるおねーちゃんは、わたしと、おんなじなの?」
「 え?」
質問の意図がわからなかった伊紀は、瑠璃に聞き返す。
そして、その質問が「流瑠が強化リリィであること」かと推測した。
「そ、そうね。流瑠様も私たちと同じブーステッドリリィで」
「ちがう」
その答えに、瑠璃は首を横に振る。
「わたしを、けんきゅうしてたやつら、言ってた。『これでお前は、死ぬことも老いることもない』って。……るるおねーちゃんも、そうなの?」
その言葉に、伊紀は目を見開く。
こんな幼い子が、自分の運命を知ってしまっている。そして、流瑠様に自分の未来を重ねたのだろう。
それはある意味で残酷な真実だ。だが、強化リリィ達が乗り越えるべき試練でもある。
そう思って、伊紀は心を鬼にして瑠璃の言葉を肯定した。
「……そうね。流瑠様は、貴女と同じ、ノスフェラトゥとリジェネレーターの使い手よ」
その言葉を受けて、瑠璃は 伊紀の予想に反して、
「そっか……るるおねーちゃんは、わたしとおなじなんだ……えへ、えへへ……うれしいなぁ」
その瑠璃の表情に………伊紀は、何故か心がモヤモヤと騒ぎ出すのを感じた。
(私も )
一瞬頭に浮かんでしまった考えを、伊紀は頭を振って、馬鹿らしいと切り捨てる。そんなこと、強化リリィであり、ロスヴァイセの主将である自分が思うわけがない。いや、
まさか 「自分もノスフェラトゥの実験を受ければよかった」なんて、考えて良いはずがないのだ。
「 ほら、今回も終わり。これでいいんでしょ?」
『 ああ。もう上がってかまわない』
赤い服を着た少女が、無線で誰かと会話をする。
少女の周囲には 沢山のヒュージの死体が転がっていた。
夥しい数のヒュージの死体。辺りにはヒュージの青い血液が垂れ流され、周囲に特有の、決して良いとは言えない臭いを放っている。
少女が、その赤い服を真っ青に染めてしまうかのように浴びた返り血。それが、このヒュージの死体の山がこの少女一人によって作り上げられていることを物語っていた。
少女は手に持ったチャームを下ろし、無線の向こうにいる人間に質問した。
「……で?ご褒美はいつくれるの?」
催促するような声に、無線の向こうの人間は返答を躊躇った。
『……本当に、お前はあれを望むのか?』
無線の向こうの人間は、「理解不能だ」と言わんばかりの困惑した声を出す。
その声に、少女は嗤って応えた。
「当たり前でしょ。何のために、私がお前らなんかに協力してやってると思ってるの?」
『父の無念を晴らすため、では無かったのか』
その言葉を、少女は鼻で笑い飛ばし、その辺の石ころを一つ蹴飛ばした。
「そんなの、お前らのために働いたって叶いっこない。……私には、もっと大切な人がいる。その人と『同じに』なれるなら、なんだってやるよ」
無線の向こうの人間は、『やはり理解不能だ』と呆れた声を出した。
『どちらにせよ、まだタスクは残っている。完了した暁には、お前の望むソレを……お前の死を、約束してやろう』
「死……ねぇ。私がいつそんなことを望んだ?私は、絶対に生き残ってみせる。そして……ふふ、あははは……!」
笑い始めた少女に、無線の向こうの人間は呆れ返って無言で無線を切った。
それでも、少女の笑いは止まらない。
一頻り嗤った後、空を見上げて、少女はつぶやくように言った。
「私も今、貴女の隣に行くから 待ってて、流瑠ねえ」
・楓さん
流瑠様公認で梨璃さんと付き合い始めたので、かなりボディタッチ多め。梨璃が自分のことを好きなのもわかってるので遠慮が無くなってきた。
・梨璃ちゃん
魔性の女。可愛いけど多分一番やべーやつ。
・伊紀さん
一年生ながらレギオンの主将、ピンク髪、既にシュッツエンゲルがいる、など梨璃ちゃんと共通点が多い。流瑠様が大好き。治療の時にされたのがきっかけで抱きしめられるのがクセになった。
・瑠璃ちゃん
オリキャラ。百合ヶ丘に来てさっそく流瑠様の被害に遭った。
・流瑠様
ちょっと万能すぎない?と思われるが……。
こういうことを繰り返しているので、強化リリィ達からの評価は総じて高い。
・謎の少女
イッタイナニモノナンダ……(棒読み)
というわけで、アニメ第四話、終了です。
でも「モモ」は後一話だけ続きます。
ええ、アニメでは完全にスルーされていたアレですね。
沢山の評価・感想・UA・お気に入り等ありがとうございます!
いつも皆さんの感想に励まされています!これからも頑張ります!