百合には女の子だけいればいい。それで事足りる。
(夢結様の誕生日のやつ)
(前回の話があまりにも説明不足が目立っていたため、加筆修正しております。本筋は変わっておりませんが、気になる方は是非ご一読ください)
「かんっぜんに忘れてましたぁ !」
ラウンジに梨璃の絶叫が響き渡る。
唐突なその叫びに、一緒にお茶をしていた楓と二水は紅茶で咽せてしまう。
「んぐっ!?ゲホッゲホッ!り、梨璃さん!?急にどうしたんですの!?」
「な、何を忘れてたんですか?」
ワナワナと震える梨璃の顔は、絶望に染まっている。
「あ、明日……明日は……」
「明日?何かありましたっけ?」
「明日、明日……あっ」
メモ帳をめくって明日のことを調べる二水は、声をあげる。
明日 4月12日は、
「お姉様の誕生日 !」
モモ 特別編
Happy Birthday to My...
「ど、どどどどうしましょう楓さん!?私まだお姉様へのプレゼント何も買ってませんよ!パーティするから何か買っといてってお姉ちゃんが言ってたのに!」
動揺しまくってガタガタしている梨璃とは対照的に、楓は「そんなことですか」と再度紅茶を口にして落ち着く。
「別に良いんじゃありません?プレゼントなんて無くても。夢結様は梨璃さんに「お誕生日、おめでとうございます!」って言って貰えれば満足すると思いますわよ?」
非情にもそんなことを言い出す楓に、梨璃は「そんなぁ〜!?」と頭を抱える。楓の態度に呆れ返った二水は、楓の耳元でボソリと呟いた。
「そういうこと言ってると誕生日に梨璃さんからプレゼント貰えなくなりますよ楓さん」
「わたくしが間違っていましたわ!ささ、梨璃さん!今からプレゼントを買いに行きましょう!!」
手のひら返しするが早いか、楓は立ち上がってどこかへ行こうとする。
しかし、その歩みはすぐに止まった。
「……とはいえ、何を買えばいいのでしょう?」
「それがわからないから困ってるんですよぅ!」
うーんうーんと三人揃って唸るが、夢結の好きな物、夢結の趣味など、三人は夢結について何も知らなかった。
今は既にお昼時を過ぎてそろそろ夕方になろうかという時間。今から街に繰り出して買い物、というわけにもいかない。
「……もうこうなれば、夢結様の知り合いに聞きにいくしかないのでは?」
「それはそうなんだけど……」
楓の尤もな意見に、梨璃はあまり乗り気ではない様子をみせる。
「どうかしましたの?」と楓が尋ねると、梨璃は答えた。
「ちゃんと自分で考えたほうが、いいプレゼントになるかなって……」
「気持ちはわかりますが……そうは言っても、もう時間はありませんわよ?それに、他の方のプレゼントを参考にすることは、別に自分で考えないことにはなりませんわ。大切なのは心が篭っているかどうか、でしょう?」
楓の意見に、二水も同調する。
「そうですよ!夢結様がどんなものが好きで嫌いなのか、それを知っておく意味でも、知り合いの皆さんに聞くのは悪いことではないと思います!」
「楓さん、二水ちゃん……」
二人の説得に、梨璃は頷く。
「そ、そうだよね。参考にするのは悪いことじゃない、よね」
「ええ、その通りですわ!」
自分を納得させるように何度も頷く梨璃の手を取って楓は立ち上がる。
二水もそれに釣られて立ち上がり、興奮気味に梨璃の反対の手を取った。
「さあ梨璃さん!ネタ集め……じゃなく、夢結様の情報収集にいきましょう!」
「そうですわね!最初はどなたのところから行きましょうか?」
「うーん、それじゃあ……」
「ふーん、それで
まず梨璃達が訪れたのは、夢結と関わりが深いであろう、吉村・Thi・梅の元だった。
梅は梨璃達の用件を聞くとニカッと笑って了承してくれる。
吉村・Thi・梅。
姉御肌で陽気な二年生。ベトナムの出身で、夢結とは元初代アールヴヘイムとしてレギオンメイトだった、今でも仲の良い親友だ。
そんな梅は、梨璃達に「夢結の好きなもの」を聞かれ、少し悩んだ後、「あんまり夢結って好きなものとか他人に言わないんだよなー」と呟いた。
「好きなものそれ自体っていうか、好きなものの傾向ならわかるゾ。夢結は、高尚な感じのものが好きだな。実家が金持ちでお嬢様育ちだったっていうのが理由の一つではあるんだろうけどなー」
「だから梅とは趣味が合わなくてさー」と、梅は頬を掻きながら笑う。
「では、好きな食べ物とかわかりませんか?」
「好きな食べ物……あ、梅が渡そうと思ってるプレゼント、見るか?」
そう言って、梅は手元の袋をゴソゴソと漁る。その袋は、梨璃達もよくお世話になる購買部のレジ袋だ。
「じゃーん!これが梅から夢結へのプレゼントだ!」
そう言って梅が取り出したのは
『激辛!ハバネロチップス』と書かれている袋だった。
「す、スナック菓子 !?」
「い、いやいや梅様?流石にこれだけではない……です、よね?」
驚く楓と梨璃の反応を見て、梅は不思議そうに首を傾げる。
「なんでだ?これで全部だゾ?」
「ええ……」と引く三人に、梅はケラケラと笑う。
「こういうのは数とか値段じゃないだろー?渡したいものを渡す、それでいいと梅は思うけどなー」
「それに」と梅は続ける。
「夢結、辛いものが好きなんだゾ。この前も食堂で激辛麻婆豆腐食べてるの見かけたから声掛けたんだけど、
『辛いものを食べている時は、イノチを感じる気がするの!ハフッハフッ』
って言ってたしなー」
「お姉様は辛いものが好き、なんですか……」
「梅様の夢結様の真似、絶妙に似てませんわね……」
「いやいや、結構似せたつもりだゾ?」と梅は笑って、手元の「激辛!ハバネロチップス」に目を落とした。
「これはな、趣味も、食べ物の好みも全然合わない私と夢結が、唯一どっちも好きなものなんだ。だから、私は毎年これを夢結に贈ってる」
そう言う梅の顔は、夢結のことを思っているのか、とても穏やかで優しい顔だ。
思わず見惚れてしまうような、普段見せない顔を梅はすぐに消してしまい、再度明るく振る舞った。
そして、「そうだ!」と購買の一角を指差して言った。
「そういや夢結、アレを食べてみたいって言ってたゾ!」
梅の指先が指す場所には
『超激辛!!鬼焼きそば』と書かれたカップ麺があった。
「こ、今度はカップ麺ですか……」
「流石にこれは……」
揃って微妙な顔をする一年生達に、梅は「値段見てみろ」と声を掛けた。
そのカップ麺の置かれている場所の値札には、信じられない値段が書いてあった。
「に、ににににせんえん!?」
「カップ麺一つで二千円ですか!?普通のサイズなのに!?」
「なんでも、超高級唐辛子をふんだんに使ってるとかで、めっちゃ高いんだってさー。流石に夢結も
『カップ麺1つに二千円使うのは……でも、これは経験値として……いややっぱり……』
って凄い悩んでたんだけど、財布の中身見て、結局買わずにしょんぼりしながら帰っていったんだよ。あの時の夢結は面白かったなー!」
「お、お姉様がそんな可愛らしいこと……!」
「(えっ、夢結様かわ……かっわ……)梅様、それをずっと眺めてたってことですわよね?割と性格悪いですわね……」
夢結のそんな様子を想像したのか、目を輝かせて鼻血すら出そうになっている梨璃の横で、楓は梨璃と同じように妄想しながら、梅にジト目を向ける。梅はそれを受けて、「あははー」と笑った。
「でも、夢結が欲しがってたものなんだし、私は悪くないと思うけどなー?」
「はぁ……結局買っちゃいました……」
梨璃は、手元のレジ袋に目を落とす。
そこには、『超激辛!!鬼やきそば』がしっかりと入っている。
「これで二千円、ですか……なんか釈然としませんわね……」
「でも、お姉様が喜んでくれるなら……」
「 あら?貴女は一柳梨璃さん、で合ってるわよね?」
微妙な顔をしてレジ袋の中を覗く梨璃達に、側を通りがかった見知らぬ銀髪の女性から声が掛けられる。
「あ、はい!一柳梨璃です、けど……あの、どちらさまでしょうか……?」
「ああ、ごめんなさい」と女性は笑って謝り、梨璃に自己紹介を始めた。
「私は、二年生の
「よろしくね」と笑顔で言う祀に、梨璃も「は、はい!」と返事をした。
夢結のルームメイト。そう名乗る祀に、楓は希望を見出した。
「祀様。少しお聞きしたいことがあるのですけれど……」
「……なるほどね。明日は夢結の誕生日だものね。ええ、今は少し時間があるし、相談に乗らせてもらうわ」
祀は、梨璃達の相談を聞くと、笑顔でそれを快諾した。
「夢結の趣味を知りませんか?」という梨璃達の質問に、「そうねー」と祀は少し考えた後、口に出した。
「夢結、最近は読書に凝ってるみたいよ?哲学書とか、歴史書とか。たまーにだけど、夜更かしするくらい読み耽ってたりするから」
「お姉様が、夜更かし……?」
全てにおいてキッチリキッカリしていると思っていた夢結の新たな一面を知って、梨璃は驚く。
それを見て、祀は面白そうに笑った。
「梨璃さん。夢結はね、ああ見えて面白いところや可愛いところがたくさんあるのよ。例えば……朝一番の紅茶に砂糖と塩を間違えて入れたりとか、寝言で「梨璃ー、お姉様ー、すきー……」って言ってたりとか」
「お、お姉様……!」
「夢結様の極秘情報ゲットですー!」
祀からのリーク情報に、梨璃は顔を赤く染めて喜んだ。その隣で、二水は必死にメモを取っている。
祀はそれを見て笑って、「話を戻しましょうか」と言った。
「それで、夢結は今読書にハマっているのよ。私からも、夢結が欲しがってた本を一冊贈るわ」
そう言って祀は、バッグから一冊の本を取り出す。
その表紙に書かれたローマ字のタイトルを、梨璃は頑張って読んでみようとした。
「ろぎっしゅ……ぴろそ……あぶは……?なんかよくわかりませんけど、難しそうですね……」
「そうね。ドイツ語だし、難しいと思うわよ」
「ど、ドイツ語……」と、梨璃は絶望したような声を出し、フラフラとよろめく。
お姉様に憧れる梨璃が、また一つお姉様と自分の差を実感してしまったのだろうか。
「……これ、結構高かったんじゃありません?有名なドイツの哲学書ですわよね?」
「あら?楓さんはわかるの?」
祀の言葉に、楓は「もちろんですわ」と胸を張る。
「わたくし、ドイツ語くらいならペラペラでしてよ」
「か、楓さん……凄い……!」
楓は梨璃の羨望の眼差しを受けて、さらに胸を張る。
「なるほど、才媛というのは本当みたいね」と、祀も感心した様子を見せた。
「でも、そういう本がわからないなら………そうね、あれなんていいんじゃないかしら?」
祀はそう言って、購買部にあるソレを指差した。
「……これは?」
「ブックカバー、ですわね。確かに、さっきのアレに比べればよほど実用的でしょうけど」
「さっきのアレ?」と首を傾げる祀に、梨璃は「いいえ、なんでも!」と首を横に振った。
お姉様への誕生日プレゼントにカップ麺だなんて、お姉様のルームメイトに知られたらどうなるかわからなかったからだ。
「まあ、プレゼントとしては無難な選択だと思うわよ?なんなら、私から贈る本のサイズに合わせて選んでおけば、すぐ使えるから間違い無いわ」
「結局、これも買っちゃいました……」
「まあ、さっきのよりはいいと思いますわよ?……さっきのよりも安かったのが、釈然としませんけど」
「毎回釈然としてませんね」
ブックカバー、千円。それが、『超激辛!!鬼焼きそば』と同じレジ袋に入れられている。
同じ袋に入っていると、梨璃も楓と同じで、このカップ麺の値段がさらに釈然としなくなってきた。
なんせ、ブックカバーがこのカップ麺の値段の半分なのだ。これでブックカバーだけを贈ったとなると、なんだか安く済ませてしまった気がしそうでモヤモヤする。
だからといって今から本を買いに行く時間はない。何か他に良いものはないだろうかと、梨璃達は上級生の寮である旧館の近くに来ていた。
「あれ?珍しいね、貴女達がここに来るなんて」
当てもなく旧館を彷徨っていた三人に声を掛けたのは、天野天葉だった。
「あ、ごきげんよう!天葉様!」
「ごきげんよう。今日はどうしたの?夢結なら今は訓練場だと思うけど」
そう言う天葉に、楓は首を横に振る。
「いえ、今は夢結様がいない方が都合がいいんですの」
「いないほうが?……なるほど、プレゼントかな?明日は夢結の誕生日だしね」
天葉の推理に、楓は「そうですわ」と頷いた。
「天葉様は何か知りませんか?夢結様が好きなものとか、欲しいものとか」
天野天葉。彼女もまた、元初代アールヴヘイムであり、夢結のレギオンメイトだったリリィだ。
そんな天葉は、夢結が好きなものに心当たりがあるようだった。
「夢結はクラシック音楽とか好きみたいだよ。昔、流瑠様や美鈴様と一緒にコンサートを見に行ってたしね。あの夢結が、自分から「行きたい!」ってお二人にねだって連れ出したとかで、一時期話題になったんだよ」
「クラシック、ですか」
「そりゃまたプレゼントとしては難易度高めですわね……」
クラシック。それをどうプレゼントにしたものかと、三人は頭を悩ませる。
「ちなみに、その夢結様がお二人を連れ出した時の公演って何だったかわかったりとか……」
「いやぁ、流石にわからないなぁ。……あ、先に言っとくと、流瑠様も多分覚えてないと思うよ?あの人、何故か曲の名前を覚えるのが絶望的に苦手だから」
「えぇ……?い、意外です。流瑠様はなんでもできるものだと」
二水の評価に、天葉は笑った。
「流瑠様も万能じゃないんだよ。何でもできるように見えるのは、あの人ができることを必死でやってるから。そして、できることを増やすことに躊躇が無いから。あの人にだって欠点はある。流瑠様も……一人の女の子なんだよ」
そう言って目を伏せる天葉に、梨璃達も何も言えなくなる。
流瑠もまた、成熟しているように見えるが、精神の成長が遅くなってしまったことも含めて、まだ一人の女子高生でしかないのだ。
「……と、話が暗くなったね。ああ、ちなみに私からはこれを贈るよ」
そう言って天葉が見せてくれたのは、金色に装飾された美しい箱だった。
「わ、綺麗です……!」
「これは……オルゴール、ですか?年代物に見えますが、状態はかなりいいですわね」
そうなんだよ、と天葉は楓の言葉に自慢げに頷く。
「これね、遠征先の骨董屋でたまたま見つけたんだ。割と良い値段したけど、本来はもっと高かっただろうし、「ヒュージをやっつけてくれたんだから割引してやる」って安く売ってくれてね。良い買い物をしたよ」
「ちなみに中身は……」
「もちろんクラシックだよ。そうじゃなきゃ夢結には贈らないだろうからね」
「なるほど、夢結様は喜ぶでしょうね」と楓が評すると、天葉も「でしょー?」と笑った。
「でも、貴女達が夢結に何かを贈るんだったら……そうだね、夢結は確かあれを持ってなかったはずだよ」
「アレ、とは?」
「 イヤホン。購買部にも一応あるはずだよ」
そんなに良いのじゃないけどね、と天葉は付け加えた。
「イヤホン、ですか。でも、お姉様は使うでしょうか?」
「夢結は音楽好きだからね。でも、何て言うの?何か変な意地で、イヤホンを買わないのよ、夢結は。最新の機械について行けない、頑固なおばあちゃんみたいな感じで。だから、大切なシルトからのプレゼントとして貰えば、多分使うんじゃないかな?」
「……で、買ったはいいんだけど」
「これ単品で贈るのってなんか違和感ありますね?音楽プレーヤーとかと一緒に贈るならまだしも」
「釈然としませんわね……」
「楓さんはもうそれ言いたいだけでしょ」
イヤホン、千五百円。そして、ついでに買ったラッピング用の袋。それが、カップ麺とブックカバーと一緒にレジ袋に入っている。どんどん品物は増えていくが、梨璃にはそれらが、プレゼントのために買ったもののようにはまるで見えなかった。
時刻は既に6時半。梨璃達は夕食のために、それらプレゼントを持って食堂に来ていた。
「なんか……これをプレゼントって言ってお姉様に渡すのは、違うような……」
「……まあ、言わんとすることはわかりますわ。今までアドバイスをくれた天葉様、祀様、なんやかんや梅様も、結構凝ったものを渡そうとしてらっしゃいましたし」
「そうですねー。とは言え、もう購買部も閉まる時間ですし……」
「手作りにしても時間がありませんしね……」
と、梨璃はそこで、気になったことを二人に尋ねた。
「二水ちゃんと楓さんは?何を贈るの?」
その言葉に、二水は頬を掻きながら答えた。
「わ、私は、皆さんの誕生日には万年筆を贈ることにしてるんです。だから、いつ皆さんの誕生日が来ても良いようにある程度ストックしてあって……」
「なるほど、賢いやり方ですわね。わたくしは……まあ、明日になればわかりますわ」
「そっか、二人ともちゃんとあるんだ……」
どうしたものか、と頭を抱える梨璃。そこに、「あ、梨璃達だ!」とまたしても声がかけられた。
「あ、流瑠様!ごきげんよう!」
「ごきげんよう、二水ちゃん!梨璃と楓は朝ぶりだねー」
梨璃達の前に現れたのは、仕事を終えた流瑠だった。
流瑠は自分の夕食を持って来て、「隣、いいかな?」と梨璃達の側に座った。
「天葉達から、梨璃達が夢結のプレゼントを探してるって聞いてね。どう?何か見つかった?」
そう尋ねる流瑠に、梨璃は顔を俯かせた。
「それが、ピンとくるものがあんまりなくて……」
そっかー、と流瑠は、夕食のパエリアを食べながら頷く。
「……梨璃は、料理とかできる?」
突然そんなことを聞く流瑠に、梨璃は困惑しながらもおずおずと頷いた。
「え?は、はい。お母さんの手伝いとかで、ある程度は……」
「お姉様お姉様、一口くださいな」
梨璃の返事に流瑠はにこやかになり、隣で口を開ける楓にパエリアを食べさせながら、梨璃に提案した。
「なら、こうしない?明日、私と雨嘉ちゃんと一緒に、夢結の誕生日パーティーで食べるご飯を作ろうよ。それを、夢結へのプレゼントの一部にするの。どう?」
「え?いいんですか?私も参加させてもらって……私、そんなに料理ができるわけじゃ……」
遠慮がちに言う梨璃に、流瑠は「もちろん!」と頷いた。
「明日は結構人が集まってくれるみたいだから、梨璃がいてくれると助かるなー。私と雨嘉ちゃんだけじゃ手が足りないだろうし……。お願い!手伝って、梨璃!」
手を合わせて言う流瑠に、梨璃は笑顔を見せた。
「……ありがとうございます、お姉ちゃん。気を遣わせちゃって……。私、お姉様に美味しい料理を作りたいです!こちらこそ、お願いします!」
「というわけで、その料理は料理でするんですけど、結局お姉様に何を渡したらいいかなーって……」
「なるほどね……」
夕食後、部屋に帰った梨璃は、ルームメイトである閑にプレゼントの相談をしていた。
カップ麺、ブックカバー、イヤホン。料理は料理で出すにしても、何か一つくらいプレゼントとして物を渡しておきたいと思った梨璃は、どれを渡せば良いか、閑にアドバイスを貰おうとしていたのだ。
「なんか、どれもピンとこないと言うか……迷っちゃって」
閑は梨璃の悩みに、少し思案してから答えた。
「そうね……結局のところプレゼントというのは、渡す義務があるわけじゃないから、気持ちの問題よ。だから、「渡したい物を渡す」というのが正解なんだけれど……」
「そうなんですけど、どれを選ぶか、と言われると、決められないと言うか……」
そう言う梨璃に、「なら実利で考えましょうか」と閑は言った。
「例えば、ブックカバーをプレゼントしたとしましょう。そうしたら、貴女の手元には何が残るかしら?」
「え?カップ麺と、イヤホンですね」
「じゃあそのカップ麺、どうするの?誰が食べるのかしら?」
「あっ」と、梨璃は声を上げる。
「なら、カップ麺を夢結様に……」
「その場合、ブックカバーは?梨璃さんはブックカバーを使うの?」
「……使いませんね………」
そうでしょうね、と閑は頷く。
「つまり私が言いたいのは……全部渡しちゃえばいいんじゃないかしら?ということよ」
「え?全部って……なんか雑じゃないですか?」
プレゼントを雑に決められた、と夢結が思わないかと心配する梨璃に、閑は首を横に振る。
「でも、それらは全部、梨璃さんが夢結様のことを思って買ったプレゼントなんでしょう?なら、夢結様は喜ぶと思うわ。それに、どれかが手元に残っても、梨璃さんが使わない物ばかりでしょうし。それなら、いっそ夢結様にプレゼントした方がいいんじゃないかしら」
閑の提案に、梨璃も「なるほど」と頷いた。
「確かにそうですね……わかりました!これ、全部夢結様にあげます!」
吹っ切れた様子の梨璃に、閑は「それがいいわ」と微笑んで、ベッドの上で寝転んだ。
梨璃は、ラッピング用の袋にプレゼントを入れていく。
カップ麺、ブックカバー、イヤホン。それらを袋に入れて口を閉じようとした時、ふと、梨璃の机の上の「ソレ」が目に入った。
梨璃は、「ソレ」を手に取る。そして、「これをお姉様に……」と思うも、思い直してかぶりを振った。
(いやいや、こんな使い古しの物、お姉様に渡しても……でも)
梨璃は手に取った「ソレ」を見つめて、「ソレ」に込められた感情を思い出す。
(でももし、これをお姉様に渡して喜んで貰えたら……凄く嬉しいな)
『渡したい物を渡すのが正解』。閑はそう言った。
梨璃はしばらく「ソレ」を持ったまま悩んでいたが、「どうにでもなれ!」とばかりに、「ソレ」をプレゼントの袋の中に一緒にいれて、袋の口を閉じた。
翌日。
レギオン用の空き部屋。使われていないはずのその一室に、マイクで拡大された音声が響く。
『ええっと……ほ、本日はお日柄もよく……み、皆様におかれましては、お忙しい中ご足労いただき……』
「夢結のつまらん挨拶は置いといて、かんぱーい!!」
「「「かんぱーい!」」」
『ちょ、ちょっと梅!?貴女が何か一言言えって!』
そんな感じで、夢結の誕生日パーティーは始まった。
余っていたレギオン用の部屋を一室借りて行われたそのパーティには、夢結が考えていたよりも多くの人間が集まっていた。夢結の元レギオンメイトである初代アールヴヘイムのメンバー数人を始め、百由、祀、現在結成の最中である梨璃のレギオンメンバーなど、合わせて十数人。なお、二代目アールヴヘイムのメンバーは現在遠征中なので、プレゼントだけ置いてくれている。
マナーを強く気にすることはなく、各々が大皿に盛られた料理を好きなように取っていく形の緩めのパーティとあって、会場は話し声で賑わっていた。
テーブルの上には色とりどりのオードブルやご飯ものなどが並べられ、どれもが食欲をそそるいい香りを放っている。
中でも夢結の気を引いたのは……やはり辛い食べ物達だった。
まずはドライカレーを、と思って席を立とうとする夢結。それを、隣にいた流瑠が抑えた。
「ちょっとちょっと、主役は座ってなきゃ。私が欲しいもの取ってあげるよ。あのカレーでいいよね?」
「え、ええ?それくらい自分で」
「お姉様は座っていてください!今日はお姉様の誕生日なんですから!」
梨璃にまでそう言われ、「そ、そう……」と夢結は座るしかない。
流瑠はドライカレーをよそってくると、スプーンにそれを掬って、夢結の口元まで持ってきた。
「はい、夢結。あーんして」
「ちょ、ちょっとお姉様!?それくらいは自分で……」
夢結は恥ずかしがるが、流瑠も譲らない。
目の前に持ってこられたドライカレーのいい香りが、夢結の食欲を刺激する。
「いいからいいから。はい、あーん」
「……あ、あーん」
結局夢結は食欲を刺激する香りと流瑠からのあーんの魅力に耐えられず、ドライカレーを口にする。
その味に、夢結は目を見開いた。
「お姉様、これ……」
「うん。二年前に夢結が美味しいって言ってくれた、私特製のドライカレーだよ」
香辛料のピリッとした舌への刺激、そして野菜や肉から出たであろう濃厚な旨味。夢結はその味に覚えがあった。
二年前、まだ美鈴がいた頃に、夢結が「流瑠お姉様の手料理が食べたい!」と我儘を言ったことがあった。その時に作ってくれたのが、このドライカレーだ。紅茶が好きな夢結のために、紅茶に合うように改良してくれたのだというそのカレーは、夢結の好みにピッタリと合っていた。
これを食べるまで、自分はそんな思い出をすっかり忘れていた。でも、お姉様がそれを覚えていてくれた。二年間の月日を跨いでも、お姉様は自分との思い出をずっと持っていてくれたのだ。
そう思うと、夢結の中にジーンと暖かいものが込み上げる。
「お姉様……ありがとうございます……」
「ううん、こっちこそ。私の味を覚えててくれるなんて、夢結はお姉様想いだねぇ。いい子いい子」
そう言って頭を撫でられると、夢結の目からはホロリと涙が落ちる。
その涙を、流瑠は優しく掬って微笑んだ。
「昔の泣き虫夢結ちゃんに戻っちゃったかな?中等部に入ったばっかりの頃、夢結は泣いてばっかりだったもんねぇ」
「お、お姉様、それは……!というか、そんな時のことを覚えて……!」
夢結の顔は流瑠の言葉で、かあっと赤くなる。
中等部に入ったばかりの時。それは、夢結が流瑠に憧れて強くなることを決意した頃のことで、もちろんノルンになるずっと前のことである。
あまりにもキツい訓練に、夢結は歯を食いしばって我慢していたが、たまたま居合わせた流瑠に先程のようによしよしと撫でられて、涙を流してしまったことがあった。
その時に、流瑠に言われたのだ。『夢結ちゃんは泣き虫だねぇ』と。
『 でもね、涙を流すことは悪いことじゃないよ。他人を想えて、自分に打ち克とうとすることができる人だけが、夢結ちゃんみたいな優しい涙を流せるの。
夢結ちゃんは、涙を流せない、泣くことができない人になっちゃダメだよ』
(……そう言えば。私は流瑠お姉様と仲直りするまで、泣くことを忘れていたわね)
いつの間に、自分は他人を想うことができなくなっていたのか。
いつの間に、自分は自分に打ち克とうと思えなくなっていたのか。
そんな自分を流瑠と仲直りさせてくれて、また涙を流せるようにしてくれたのは
「お姉様!こっちの麻婆豆腐もどうですか!?お姉様が辛いものが好きだって聞いて、私と雨嘉さんで心を込めて 」
この子。私の大切なシルト、梨璃だ。
「梨璃 !」
「わ、わっ!?お姉様!?私は梨璃ですよ!麻婆豆腐じゃありませんよぉ!?」
夢結は感極まって、麻婆豆腐を持ってきた梨璃を抱きしめる。
「梨璃、梨璃ぃ……」
「お、お姉様……泣いてるんですか……?」
梨璃の言う通り、梨璃に抱きついた夢結は涙を流していた。
「梨璃、貴女のおかげよ。私がお姉様と仲直りできたのも、自分の罪と正面から向き合えたのも……そして、泣くことができるようになったのも。あの時貴女が、私に流瑠お姉様とちゃんと話し合うようにって言ってくれなかったら、私は今年もきっと、こんなに賑やかな誕生日を過ごしていないわ。お姉様のあのカレーも、もう一度口にすることなんてなかったかも知れない。貴女にもお姉様にも、私はいつも貰ってばかり……」
全ては、梨璃が始めてくれた。
梨璃が自分が変わるきっかけをくれた。お姉様と仲直りするきっかけをくれた。梨璃がいなければ、きっと自分は孤独なままだった 。
そんな万感の思いを込めて梨璃をギュッと抱きしめる夢結を、梨璃も優しく抱き返した。
「……いいんです。私がやりたくてやったことなんですから。それに、あの時お姉様が私を助けてくれなかったら、私はきっと、今ここにいません。だから 私にきっかけをくれたのも、私を導いてくれたのも、お姉様なんですよ」
梨璃の優しい声に、夢結は梨璃を抱く力を強める。
「梨璃……やっぱり、貴女と私は
「お姉様……私もです。私も愛してます、お姉様」
そう言って抱き合う二人を、周囲は暖かく見守っていた。
「麻婆豆腐もカレーも、どれも美味しかったわ。ありがとう、梨璃、お姉様。雨嘉さんも、料理を手伝ってくれたと聞いたわ。ありがとう、私のために」
大体の食べ物が食欲旺盛なリリィ達によって食べ尽くされた後、今日の主役は大変満足そうな様子で、料理人達に礼を言って回った。
雨嘉は、自分も感謝されると思っていなかったのか、「いえ、そんな……!お、お口に合って何よりです……!」と恐縮していたが。
「んじゃ、そろそろプレゼントタイムってことで!」
進行役の梅は、頃合いを見計らってそう切り出す。そして、「まずは私からなー!」と言って夢結にレジ袋を差し出した。
「貴女のはいつものでしょう……というか、これ購買のレジ袋よね……?」
「ラッピングした方がよかったか?」
「……いえ、むしろ綺麗なラッピングからこれが出てきた方が残念な感じね」
そう言って夢結は、レジ袋から「激辛!ハバネロチップス」を取り出す。
「梅は変わらないわね」と少し呆れた後、夢結は笑顔で梅に礼を言った。
「……いつもありがとう、梅。貴女にはお世話になってばかりね」
「おお、あの夢結が感謝を……なんてな。梅は夢結が優しいこと、よくわかってるゾ!梅は夢結のこと大好きだからな!」
「ええ。これからもよろしくね」
梅は「おう!まかせとけー」と言って下がった。
そして、「次に渡すやつー?」と適当に声をかける。
その声に反応したのは、ルームメイトの祀だった。
「じゃあ、次は私ね。お誕生日おめでとう。はい、貴女が欲しがってた本よ」
「祀……いいの?これ、結構高いはずだけれど……」
驚く夢結に、祀はクスリと笑った。
「いいのよ。私、そうやって驚く貴女の顔が見たくてそれをプレゼントにしたんだから。目的は達成したわ」
「……本当に、意地が悪いわね。でも、ありがとう。いつも支えてくれる祀には、感謝しかないわ」
「本当にねー。何回夢結が荒らした部屋を片付けたかしら。……でも、いいのよ。私、貴女の気持ちが少しわかるから。……お姉様とシルトを、いつまでも大事にね」
優しい顔でそう言った祀は、夢結の前から下がった。
次に出てきたのは、百由だ。
「やあやあ夢結ー。今年もお誕生日おめでとう!私からはこれよ!」
そう言って百由はバッグから、
「…………それは、何?」
「おおっと間違えた。これはあれよ、ヒュージの目玉。これじゃなくて……あ、これこれ!ヒュージの心臓」
「そういうのはいいから」
夢結に嗜められた百由は、「ちょっとしたジョークじゃないのよー」と笑う。
「はいこれ。チャームのオプション一個無料券!どんな高級オプションでも一つだけ無料で付けちゃうわよ!」
「……あ、ありがとう。百由が今までくれたものの中では一番まともね……」
「そりゃそうよ。いろんなお祝いも含めてのプレゼントだからねー」
いろんなお祝い?と夢結が聞き返すと、百由は笑った。
「そりゃ、流瑠様との仲直り記念とか、梨璃とのシュッツエンゲル記念とかよ。……ほんと、よかったわね。夢結」
「百由……?」
百由は夢結を正面から抱きしめる。百由からそんなことを初めてされた夢結は、突然のことに驚いた。
「貴女が二年間、自分の罪の意識で悩み続けてきたのを私はよく知ってる。……何もできなくて、ごめんなさい。貴女の親友として、自分が恥ずかしいわ」
「百由……」
「貴女の孤独を、私じゃ癒すことはできなかった。……梨璃には、感謝しないとね。お誕生日おめでとう、夢結」
そう言って百由は暫く夢結を抱きしめた後、名残惜しげに離し、努めて明るく話した。
「……はい!湿っぽいのはこれで終わり!お礼はドーナツとかでいいわ!今度研究所に送っといて!」
照れ隠しするように言う百由に、夢結はクスリと笑った。
「もう、なんで誕生日の人がお礼を送らなきないけないのよ……でも、ありがとう、百由」
そう言って、今度は夢結が百由を抱きしめる。
「ちょ、夢結……!?」
「百由がいつも私を気にかけてくれているのはわかっていたわ。それなのに、私は貴女に酷いことを……。ごめんなさい。それから、いつもありがとう、百由」
「……そういうのズルいよ、夢結」
「最初にやったのは貴女でしょう?」
抱きしめ合う二人の親友は、涙を見せながらも、二年ぶりにやっと心の底から笑いあうことができた。
夢結へのプレゼントは、どんどん渡されていく。
二水から万年筆を、神琳から紅茶を、雨嘉から小型のテラリウムを。
ミリアムからぬいぐるみを、初代アールヴヘイム一同から高級菓子の詰め合わせを、二代目アールヴヘイムからはオルゴールや和菓子などを。
その一つ一つに、夢結はお礼の言葉を述べていった。
そして、ついに梨璃の番が回ってきた。
「え、えっと……私からは、その……」
「どうしたの?……大丈夫よ。貴女がくれるものなら、何だって嬉しいわ、梨璃」
言い出しにくそうにモジモジする梨璃に、夢結は優しく微笑む。
その笑顔に、梨璃はおずおずとプレゼントを出した。
「ど、どうぞ……」
「ありがとう、梨璃。開けてもいいかしら?」
「は、はい」
夢結が可愛らしいラッピング用の袋を開けると、いくつかの品物が出てきた。
「これは……イヤホン?」
「あ、はい!天葉様に、お姉様は持ってないんじゃ無いかって教えてもらって……」
「ええ、持ってないわね。気にはなっていたのだけれど、中々買う機会が無くて……今度使ってみるわね」
次に取り出したのは、ブックカバーだった。
「これはブックカバーね?」
「はい。祀様にアドバイスしていただいて……。祀様のプレゼントの本にぴったりになるサイズにしてます」
「ええ、シンプルでいいデザインね。ありがとう」
三つ目に取り出したのは……どこからどう見ても、カップ麺だった。
「こ、これは……「超激辛!!鬼焼きそば」!?」
「え、えっと、それは……梅様から、食べたがってたと聞いて……」
「梅、貴女いつそんなこと……ま、まあ、たしかに食べたかったのは事実ね。これ、結構高かったでしょう?」
夢結の言葉に、梨璃は「ええ、まあ……」と曖昧に頷いた。
「私ひとりじゃ、買う勇気は出なかったわ。ありがとう」
夢結はそう礼を言って、ラッピング用の袋を動かす。すると、その中にもう一つ、何かが入っていることに気づいた。
「あら?これは……」
「あ、それは……!」
夢結が袋の中から取り出したのは……四葉のクローバーを押し花にした、ラミネート加工された栞だった。何度か使われた形跡があるものの、保存状態は良い。大切に使われていたことがわかる。
「これは……栞?」
「それはその……うう……」
「これ、丁寧に使われているわね。大切なものなんじゃないの?」
その問いに、梨璃は顔を赤くした。
「それは、その……」
「言ってみて、梨璃」
夢結の言葉に、梨璃は少しずつ話し始めた。
「その栞は、その……私が受験の時に使ったものなんです」
「受験?」
「はい……百合ヶ丘の高等部に編入するための受験です。
私、二年前夢結様に助けていただいて、百合ヶ丘に入りたいって思いました。お姉様に会いたいって。
でも、百合ヶ丘は編入試験も難易度が高くて、私、そんなに頭も良く無いし、スキラー数値も高くなかったから、すっごく頑張って勉強しなきゃ百合ヶ丘に入れなかったんです。
だから、神頼みの意味も込めて、四葉のクローバーの押し花で栞を作って、それを使って受験勉強したんです。
……二年前にお姉様に助けてもらったあの場所に、私、あの後もう一回行ったんです。この四葉のクローバーは、たまたまそこにあったものなんです。だから、もしかしたら、このクローバーを持っていれば、お姉様にまた会えるかもって……それで、そのクローバーを栞にしたんです……」
「それで、見事合格した、と」
「えへへ……そのクローバーのおかげかもしれませんね」
この栞の経緯を聞いて、夢結はなんとも申し訳ない気持ちになる。
「いいの?そんな大切なものを私が貰って……」
「いえ、私、これを夢結様に渡したかったんです!……この四葉のクローバーは、私とお姉様を繋げてくれたもののような気がして……。これをお姉様が持っててくれるなら、それがきっと、私とお姉様の繋がりになるんじゃないかって。だ、だから、良ければもらってください!」
そう言われて夢結は、その栞を大切そうに握った。
「……ありがとう、梨璃。私、こんなに素敵なプレゼントを貰ったのは初めてよ。……この栞は、梨璃の私への想いが形になった物なのね。とても……とても嬉しいわ。ありがとう。大切にするわ」
「いえ……喜んでもらえたなら、何よりです!」
「じゃあ、次は私が渡そうかな。楓はトリがいいらしいからねー」
夢結にプレゼントを渡す者も、残すところ後二人。最後の一人を残して夢結の前に出てきたのは、流瑠だった。
「はい、どうぞ。お誕生日おめでとう、夢結」
そう言って流瑠が夢結に差し出したのは、綺麗な箱だった。
「ありがとうお姉様。開けてみても?」
「もちろん!開けてみて!」
夢結がその高級そうな箱を開けると、そこに収められていたのは……クリスタルのようなもので作られた、綺麗な物体だった。
「こ、これは……?」
「ノンホールピアスだよ」
たしかに、耳を直接挟むであろう部分と、そこから伸びるチェーン、そしてその先の花のような物体、という3つで構成された一連の耳飾りのように見える。それが、左右で1セット分収められているのだ。
ただ、それらは全て、クリスタルのような青っぽい透明な物体で作られている。
それを見ていると、他のリリィ達も気になったのか、流瑠からのプレゼントを見に来た。
「わぁ、綺麗……」
「ノンホールピアスか、中々洒落とるのう」
「この先の花……もしかして桃の花ですか?」
二水の指摘に、流瑠は「正解―!」と手を叩いた。
クリスタルブルーという透明な素材のせいでわかりにくいものの、確かに花弁の形や雄しべ・雌しべの形など、桃の花そのものである。花弁の一枚一枚、雄しべと雌しべの一本一本までかなり細かく作られた、いっそ芸術品とすら言える美しい花のピアスであった。
その造形美をウットリと眺めている夢結に、流瑠はさらに言葉を続ける。
「夢結、これにマギを通してみて」
その言葉に、夢結は首を傾げた。
「マギを、ですか?どういう……」
「いいからいいから、やってみて」
催促する流瑠に、夢結は首を傾げながらも従う。
ピアスに夢結はゆっくりとマギを通していく。すると……
ピアスが、綺麗に発光し始めたのだ。
左耳側のピアスは白く、右耳側のピアスは桃色に。
それまではクリスタルカラーのせいでわかりにくかった桃の花の輪郭が一気に色付き、花を咲かせる。その細かな造形が一層際立ち、見る者に感動を与えた。
「わ、光った!?」
「こりゃまた、なんちゅう細かさじゃ……職人技じゃな」
「凄い……!」
「美しいですわね……」
その辺の宝石を軽く凌駕する輝きに、リリィ達は圧倒される。
夢結もそれを美しいと感じると同時に、冷や汗をかいた。
「お、お姉様?これ、高かったんじゃ……」
「ん?ね、値段なんて気にしないの!ほら、つけてあげるから!」
流瑠に無理やり話を逸らされた夢結は、そのまま流瑠にピアスを着けられる。
少し耳たぶを圧迫する感覚があって、夢結の両耳にピアスは挟まれた。
「よく似合ってるよ、夢結」
そう言って流瑠は、手鏡で夢結に自分を見せる。
確かに、小さめのサイズの桃の花は、自分の耳元にあっても違和感がない。
再度マギを通すと淡く光って、とても美しい。
「……ありがとう、お姉様。大事にするわ」
夢結はそう言って、ピアスを大切そうに箱にしまった。
「……できれば、大事にするだけじゃ無くて、たまにはつけて欲しいんだけどなー?」
「こんな高そうなもの、私には……それに、作りが細かすぎて壊れてしまいそうだし……」
「壊れないよー!ぐろっぴのフェイズトランセンデンスを受けても壊れないんだから!」
「なんか急に比較対象に出されたんじゃが!?」
わいわいとみんなが騒ぐ中で、百由はそのピアスを観察していた。
「……マギを通すと発光?なにそれ、そんな物体聞いたことない……」
しかし、百由はピアスの全体を観察していた時、あることに気が付いた。
桃の花の真後ろ。そこに、とてもわかりにくいが、発光している時にあるものが刻まれているのが見えたのだ。
それは、ルーンだ。しかも、その形状を百由は見たことがある。おそらくあれは、
それを見て、百由はピンときた。
「……そういえばあったわね。マギを通すと発光する、クリスタルカラーの物体……。まさか、あのピアス……!」
誕生日パーティもいよいよ大詰め。最後にプレゼントを残したのは楓だけになった。
「トリがいいって言うからには、たいそうなもんが出てくるんだろうなー?」
梅にそう煽られるも、楓は揺るがない。
「確かに流瑠お姉様のアレには劣るかもしれませんが……皆様、誕生日に欠かせないアレを、お忘れではないですか?食欲旺盛なリリィの皆様のこと、まだお腹には入るでしょう?」
「アレって、まさか……」
「そのまさかですわ!」と言って、楓は指を鳴らす。
「アレを持ってきてくださいませ!」
すると、どこからかSPのような者達が現れて、パーティ会場にあるものを運んできた。
縦長に鎮座する銀色の塊。
前面にはドアがあり、下方にはまた、いくつか箪笥のような引き出しがある。
それは 巨大な冷蔵庫だった。
「れ、冷蔵庫……!?」
「そうですわ!これがわたくしから夢結様へのプレゼント……巨大ケーキwith巨大冷蔵庫ですわ!!」
なんと楓は、ケーキを冷蔵庫ごと持ってきたのである。
「いや、ケーキはありがたいのだけれど、この冷蔵庫は私の部屋には入らないわよ……」
夢結の懸念に、楓はあっけらかんと答えた。
「ご心配なく!この冷蔵庫は役目を終えましたら、わたくしからこの学院に寄付させていただきますので!」
それだけでも相当な値段するであろう冷蔵庫を無償で学院に寄付すると言う楓に、梅はボソリと「うわ、いけすかねー……」と呟いた。
「ささ、ではさっそくご開帳といこうではありませんか!」
そう言って楓は、意気揚々と冷蔵庫のドアに手をかける。
この大きさの冷蔵庫を無償で学院に寄付すると言う楓のこと、おそらくケーキにも相当に金を使っているであろうことは予想できた。
どんなケーキが飛び出すのか……リリィ達は、ゴクリと唾を飲み込む。
楓はそんな期待の眼差しを受けて、扉を開け放った。
「いざオープン!ですわ!」
そこにあったのは
ふんだんに散らされたイチゴ。
一部の隙間もなく埋められた生クリーム。
美しくデコレーションされたベリージャム。
そして、
「…………これウェディングケーキじゃありませんの !?」
「なんだー!夢結と楓はそういう関係だったのかー!」
「おめでとう。夢結、楓さん」
「いやー、さすがの私もこれは予想外だったわー」
「これは明日の一面記事確定ですね!」
「幸せになるんじゃぞ、二人とも」
「あらあら〜。お二人とも、末永く爆発してくださいね〜」
「お、お幸せに……!」
「私、少し寂しいですけど……お姉様と楓さんが幸せになるなら……!」
「私も寂しいよ……。じゃあ梨璃、梨璃は私と結婚しよっか」
「うん、お姉ちゃん!」
口々にかけられる祝福の言葉に、楓は「ちょちょちょ!ちょっと待ってくださいまし!?」と慌てふためく。
「皆様!?わかってやってらっしゃいますわよね!?というかなんで私まで祝われる対象になってるのですか!?これ夢結様の誕生日ですわよね!?
夢結様からも何とか言ってください!」
そう言って楓が夢結の方へ顔を向けると………
夢結は顔を赤くして、恥ずかしそうな表情をしていた。
「その……楓さん、こんなに私のことを想ってくれていたのね……」
「貴女まで何をおっしゃってますの !?」
楓は天に向かって絶叫する。
「夢結様は流瑠様と梨璃さんがお好きなのでしょう!?何わたくしとのウェディングケーキで喜んでらっしゃいますの!?」
「だって……誰だって、こんなに想われて嬉しくないわけがないわ。それに、前も言ったでしょう?私、貴女のこと
「んなっ!?」と顔を赤くする楓に、夢結もまた顔を赤くしたまま、目を潤ませた。
「楓さんは……その、私のこと、好きかしら?」
「え、ええ……?いやその、嫌いではないですけど……」
「好きか、嫌いかを聞いているのだけれど」
夢結の詰問に、楓は「ぐぬぬ……」と声を詰まらせる。
そして、観念したのか逆ギレしたのか、声を荒らげて夢結に答えた。
「あーもう!わたくしも夢結様のことは結構好きですわよちくしょう!」
「ど、どこが好きなの?」
「好きだ」と言ってしまってもう何もかもがどうでもよくなった楓は、これにもヤケクソ気味に答える。
「クソ真面目なのにドジっ子属性なところとか!機械音痴なところとか!なんやかんや乙女なところとか!わたくしと趣味が合うところとか!ふとした瞬間に可愛い部分が見えたりするところとかですわよ!」
そう告白した楓を、夢結は抱きしめた。
「ありがとう、楓」
「へ?ゆ、夢結様?」
突然抱きしめられて呼び捨てにされた楓は、顔を赤くする。
そんな楓を見た夢結は、楓の耳元で悪戯っぽく笑った。
「私も、貴女の
「 。
あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ"ッ!!」
楓の今日一番の絶叫が、パーティ会場に響き渡った。
・夢結様のピアス
全体が淡いクリアブルーのクリスタルのようなものでできている、美しい桃の花をあしらった、穴を開けなくても着けられるピアス(左右1セット)。マギを通すと、左耳側は白く、右耳側は桃色に淡く光り、とても綺麗。クリスタルでできているにしては軽いが、マギを通すと少し重くなる。
左耳側には流瑠の、右耳側には夢結のルーンが刻まれており、これもマギを通すと発光する。
(ここから下は消されている)
流瑠自身はこれについて深く語りはしないが、流瑠が以前使っていたチャームと、夢結がまだ中等部時代の時に使っていたチャームのマギクリスタルコアを丸々ひとつずつ使い、流瑠自らの手でそれを削り出して作られている。製作期間は二年間(二年前の誕生日から当日までの丸々二年。つまり、流瑠はその年の誕生日に次の誕生日のプレゼントを作り始めていた)。一年前(昨年の夢結の誕生日)までで形自体はできていたものの、その時は仲違いで夢結に手渡すことができなかったため、さらに一年を掛けてのブラッシュアップが行われており、その造形美は一種の芸術品の域にまで至っている。製作過程を見ていた「そうさく倶楽部」の面子は、「あの執念は異常」と語る。
ちなみに、値段のことを言われて動揺していたのは、このピアスが原材料・加工料ともに一切かかっておらず、0円だったからである。流瑠は、自分が一番安いプレゼントを渡したのを気にしていたのであった。
何故流瑠が夢結の昔のマギクリスタルコアを持っていたかというと、その経緯は長くなるが、一言で言ってしまえば「流瑠は夢結がノルンになる前から、夢結にかなり目をかけていた」ということである。
花の部分は一見すると触れれば壊れてしまいそうな繊細な造形であるものの、花弁の一枚一枚から雄しべ・雌しべの一本一本に至るまで流瑠のスキル「フリーレン」がくまなく練り込まれており、その細かな作りに反して耐久性は抜群。もちろん、それ以外の本体部分にもフリーレンによる表面加工が行われており、恐らくこのピアスが壊れたり錆びたりすることは、今後一切無いだろう。「フェイズトランセンデンスも受け切れる」とは流瑠の言である。
さらに、上手く最低限のマギの制御中枢は残しながら加工されているため、小型のマギクリスタルコアとしても機能する。つまり、チャームを持っていない状態でも指輪とリンクし、小規模なマギ行使ならこれ単体で行うことができる。
桃の花、そしてフリーレンによる加工を合わせ、流瑠はこのプレゼントに「私の心は永遠に貴女の虜」、「絶対に壊れることも、錆びることもない愛」という意味を込めている。
また、リリィの命であるマギクリスタルコアを他人にあげる、ということの意味を考えると……
なお、4月12日の誕生花は「モモ」である。
さらに、流瑠の誕生日(正確には、G.E.H.E.N.Aから捨てられて理事長に拾われた日)である3月5日の誕生花は、「白いモモ」である。