(今回はイチャイチャ成分薄め)
翌日。
一柳隊(仮称)の面々の前に出てきた夢結は、久しぶりにぐっすりと眠れたのか、お肌がツヤッツヤになっていた。
「おはよう、みんな。昨晩はよく眠れたかしら?」
「うわ、わかりやすく元気になっとるのう……」
「やっぱり梨璃さんとそういうことしたんじゃ……」と二水は疑うが、ツヤツヤの黒髪をファサッと靡かせる夢結は、昨日よりもかなり余裕がある顔で不敵に微笑んだ。
「ふっ、ご想像にお任せするわ」
「あ、もう動揺しなくなってる」
夢結と二水がそうしている間に、ミリアムはすすっと梨璃の近くに寄って耳を寄せた。
「……で?実際どうだったんじゃ?梨璃」
「え?別に添い寝をしただけですよ?」
「マジか!?据え膳は食わんかったか……」
「すえ……?何の話ですか?」
「そこ。ちゃんと聞こえているわよ」
厳しい目を向ける夢結に、ミリアムは「いや、ほんとになんもしとらんとは意外でな」と苦笑した。
「それに対して楓は……」
目線を向けるミリアムに釣られて、みんなもそちらを見る。
そこには……ゾンビのように干からびた楓がいた。目の下には隈ができ、げっそりした様子で、明らかに眠れていない。眼には生気があるような無いような暗い光が宿っており、幸せそうで退廃的な笑みを浮かべている。
「………おはようございます………」
「お、おう……大丈夫か……?」
「………はい。わたくし、幸せに逝けそうですわ……。えへ、えへへ……」
「あー、こりゃ大丈夫じゃないな……」
「る、流瑠様?楓さんに何を……?」
流石に心配になった二水が流瑠に尋ねると、流瑠は言いづらそうに頬を掻いた。
「いやぁ、楓に「一晩中愛を囁いてください!」って言われたから、その通りにしたんだけど……」
「……まさかお姉様、本当に一晩中……?」
「流石にそれは……ねえ?」
冗談だろう、と曖昧に笑う一柳隊(仮称)の前で、流瑠は申し訳なさそうに笑った。
「あはは……えっと、反省してるよ?」
「マジか……マジかー……」
「お姉ちゃんに一晩中……羨ましいけど、ちょっと怖いような……」
「いいわね、楓さん……私もやってもらいたいわ……」
「夢結様?正気ですか?楓さんのアレを見て本気で言ってるなら相当の筋金入りですよ?」
楓に一晩中愛を囁いたと言う流瑠と、それをしてもらいたいと言う夢結。二人に一柳隊(仮称)の面々がドン引きする中、流瑠は今日の予定を切り出した。
「えっと、話を進めていい?今日も瑠璃ちゃんのお見舞いに行きたいんだけど……楓は休もうか。ちゃんと寝た方がいいよ」
「……申し訳ありませんけど、そうさせていただきますわ……」
「まあ寝かさなかったのは流瑠様じゃがな」というミリアムの呟きをスルーして、楓はフラフラと寮に帰っていった。
いつもなら「梨璃さんと流瑠様を放って自分だけ休むわけにはいきませんわー!」とか言いながらセクハラでもしそうなものだが、素直に寮に帰っていったあたり、相当参っていたらしい。
「じゃあ、残りのメンバーで瑠璃ちゃんのお見舞いに行くってことでいい?」
流瑠の呼びかけに一柳隊(仮称)全員が肯定の返事をする。
それに流瑠はにこやかに頷いて、「じゃあ行こうか」と、特別寮の方へ歩き出した。
「あ!おねーちゃんたち、きょうもきてくれたんだ!」
目的の少女は、今日も元気に梨璃達を出迎えた。
梨璃が最初に見た時よりも、瑠璃はかなり血色が良くなっている。ちゃんと食べてちゃんと寝た成果、と言ったところだろうか。
そして、瑠璃の部屋でもう一人、一柳隊(仮称)の面々を出迎えたリリィがいた。
「みなさん。瑠璃さんのお見舞いに、連日ありがとうございます」
「あ、ど、どうも……貴女は?」
下げていた頭を上げるリリィを、梨璃達はまじまじと見つめた。
ファーのついたマントの下から見えるのは、百合ヶ丘の標準制服では無い。レギオン隊服だろうか。
白い肌と、梨璃のものよりも色素の薄いピンク色の髪は、そのリリィもまた、瑠璃と同じく強化リリィであることを物語っている。
「この子は
流瑠からの紹介に、「どうぞよろしくお願いします」と、伊紀は再度お淑やかに頭を下げる。その所作は、少女の育ちの良さを感じさせた。
「よ、よろしくお願いします!」
「一年生で主将ですか。梨璃さんと同じですねぇ」
「まあ、一年生の主将自体はままあることではあるが、それでも「ロスヴァイセ」の主将となれば、並の使い手ではなさそうじゃな」
「だから私のレギオンじゃなくてお姉様の……!」という梨璃をいつものようにスルーして、雨嘉が「ロスヴァイセってどう言うレギオンなの?」と質問した。
「私たちロスヴァイセは、主に衛生と強化リリィの保護を担当しています。戦場での怪我の手当などは私たちが担当することもありますね」
「戦場で、自分の身を守りながら怪我の治療など、戦況理解や自衛の技術に長けとらんとできんぞい。それに、強化リリィの保護も、かなり強硬的にやることもあるらしい。政治的な意味でも、手腕が問われるレギオンじゃな。その長となれば、相当なリリィでないとできんじゃろ」
ミリアムからの褒め言葉に、伊紀は「わ、私はまだロザリンデお姉様や碧乙お姉様に頼り切りですが……」と恐縮する。
その後、自分がロスヴァイセの主将であることを思い出して「はっ」とし、コホンと息を整えた。
「皆様のことは、流瑠様から聞いて存じています。瑠璃さんのお世話をお願いできるとのことで」
「ええ。四六時中は無理だけれど、代わる代わる来るつもりよ」
「はい、それで構いません。……瑠璃さん、みなさんが来てからとても元気になったんです。仲間が元気になっていくのを見るのは、私たちの喜びでもありますから……」
伊紀はそう言って、雨嘉と一緒に遊ぶ瑠璃を優しい目で見つめた。
瑠璃も伊紀の視線に気づいたのか、伊紀に笑顔で手を振る。そんな瑠璃に伊紀もまた笑顔で手を振り返した後、流瑠の方を向いた。
「それで、流瑠様。瑠璃さんの今後のケアについて、少し相談をと」
「うん。じゃあ向こうで話そうか。梨璃、夢結。瑠璃ちゃんをお願いしてもいい?」
「はい!任せて下さい!」
「ええ。行ってらっしゃい、お姉様」
心強い二人の返事に頷いて、流瑠は伊紀とともに部屋の外に出て行った。
「じゃあ、私たちも行きましょうか」
「はい、お姉様」
流瑠を見送った梨璃と夢結は、先に瑠璃と遊んでいる雨嘉達と合流するため、手をしっかりと握って歩き始めた。
「りりおねーちゃん!ゆゆおねーちゃん!きのうはおたのしみ……あれ?」
仲良く手を繋いで歩いてきた夢結と梨璃を見て、瑠璃は嬉しそうに話しかけるが、その声は途中で止まる。
そして、瑠璃は鼻をスンスンと動かして、首を捻った。
「……ゆゆおねーちゃん、もしかして……ヘタレた?」
いきなり核心をつく瑠璃の言葉に、夢結は「ギクっ」とわかりやすく反応し、口元を引き攣らせた。
その反応を見て、瑠璃は「はぁ……」と残念なものを見るような目で夢結を見る。
「ほんと
「え?な、なんですって?」
瑠璃の方言混じりの言葉を聞き取れなかった夢結は聞き返すが、瑠璃は「なんでもない!」と取り合わない。
「ゆゆおねーちゃん?わたしいったよね?たべないんならたべちゃうって。それにくらべてゆぅおねーさんは……」
瑠璃は目線を夢結から雨嘉に向けて、再度鼻をスンスンと鳴らす。
そして、嬉しそうな、恍惚とした表情で囁いた。
「……けっこういいところまでいった?
「ふぇっ!?」
瑠璃に不意打ちを食らった雨嘉は、顔を真っ赤に染める。
その反応に気を良くしたのか、瑠璃はいたずらっぽく笑った。
「ゆぅおねーさん、しぇんおねーさんのことすきなんでしょ?ならはずかしがらなくてもいいじゃない。ね、しぇんおねーさん」
「そうですよ雨嘉さん。正直に昨日あったこと、言ってみればいいんじゃないですか?」
瑠璃に便乗してイジワルな言い方をする神琳に、雨嘉の顔はさらに赤くなる。
「な、何もしてない!私は何もしてないから!神琳に言われた通り天井のシミを数えてただけだから!」
「………………………………」
雨嘉の爆弾発言に、瑠璃の部屋はシンと静まり返る。
「………それは、ほぼ答えじゃな」
「お、お二人はそういう関係だったんですか……!ぶほっ」
「ふ、ふみちゃーん!?なんか久しぶりだねこういうの!」
「……?どういうことかしら?天井のシミ?」
「夢結様、マジで言っとるんか……?」
「まあ実際は、軽くキスしたり、抱き合って寝ただけなんですけどねぇ」
夢結様達に
(あれー?おかしいなー。かるくキスとか、そんな
………まさか、ゆぅおねーさん……!?)
「あ、あの、ゆぅおねーさ……」
言いかける瑠璃の口を、雨嘉は人差し指を立てて塞ぐ。
その顔は真っ赤に染まっている恥ずかしそうではあるが、同時に妖しげな艶に濡れてもいる。
「神琳が寝てる間に、ちょっと……ひ、秘密だよ?」
雨嘉の言葉に、瑠璃は何かを察して頷く。
雨嘉と神琳。どうやら、この二人を見ていれば面白いものが見られそうだ、と瑠璃は二人のこれからにワクワクが止まらなかった。
一方、伊紀に連れ出された流瑠は、瑠璃のこれからのケアプランを話し合っていた。
「……というわけで、機能はかなり戻りつつあります。食事もちゃんと摂取していますし、この分なら、今週中からリハビリに入ってもいいかと」
「そうだねー。最近は熱発も無いみたいだし、バイタルも安定してるし。あとは本人の気持ち次第だけど……」
「その点も、一柳隊のみなさんが来てくださって、かなり前向きになっているようです。特に、一柳さんの影響が大きかったみたいですね。いい傾向です」
伊紀の報告に、流瑠も嬉しそうな顔で頷く。
たしかに、間違いなく瑠璃は容態がよくなっていた。流瑠一人で来ていた時よりもずっと身体も動くようになったし、喋りもかなりしっかりしてきた。後は運動機能を取り戻して、精神的な退行がどうにかなれば完全回復だろう。
「うん、よかったよかった。……それで?それだけじゃないんでしょ?」
流瑠は口ではそう言いながらも、伊紀を探ってやろう、というような様子は一切ない。ただ、確信を持って「伊紀は自分にまだ用事がある」と思っているのだ。
そんな流瑠に、伊紀は両手を挙げて降参の意を示した。
「……わかりますか。流瑠様には敵いませんね。
『プロジェクトF.F』。この言葉に聞き覚えはありますか?」
伊紀の言葉に、流瑠は首を捻った。
「……プロジェクトF.F?いや、聞いたことないかな。何、それ?」
伊紀は「そうですか……」と視線を落とした後、続けた。
「四月の半ばに行った強化リリィの保護の時のこと、覚えていらっしゃいますか?」
「うん。瑠璃ちゃんを連れてきた時のやつだよね?確か、神奈川の一角にあるG.E.H.E.N.Aの研究所に強硬突入したんだっけ」
思い出しながら言う流瑠に、伊紀は頷いた。
「ええ。『プロジェクトF.F』というのは、その研究所で見つかった資料に書かれていた単語です。その資料は、殆どが暗号で書かれていて、現在ロザリンデ様に百由様のところへ持って行ってもらい、解析していただいている途中です。なので今のところ、『F.F』というのが何を意味するのかはわからないのですが、ただ……」
「ただ?」
先を促す流瑠に、伊紀は言いにくそうに口をモゴモゴさせていたが、やがて短く息を吐いて離し始めた。
「……その資料の一部読み取れる部分に、こう書かれていたんです。
『33366』と」
「 。」
伊紀の口から出た数字の羅列に、流瑠は目を見開いて絶句する。
ある程度付き合いのある伊紀でも、流瑠のこんな顔はあまり見ない。それだけ、流瑠が驚いて困惑していることがわかった。
「これが、単なる数字の羅列だと言うなら問題ありません。……ただ、これがG.E.H.E.N.Aにとって、特別な数字であるということは、流瑠様もよくご存知でしょう?」
そう問われて暫く、流瑠は現実を受け入れられないかのように黙っていた。しかし、諦めたかのように、悲しむかのように目を閉じて、口を開いた。
「………私のこと、だね」
『33366』。それは元々流瑠にG.E.H.E.N.Aから付けられていた検体番号だ。流瑠がG.E.H.E.N.Aにいる間は、ずっとそう呼ばれていた。
記憶を無くし、自分の元々の名前もわからず、検体番号だけで識別されていた流瑠。そんな流瑠に、「三巴流瑠」という名前をくれたのは、百合ヶ丘の理事長である高松
流瑠は祇恵良に名前を与えられ、検体番号33366から三巴流瑠に成ることができた。
……しかし、G.E.H.E.N.Aはそうは思っていない。検体番号33366はいつまでたっても検体番号33366だし、三巴流瑠などというリリィは存在しないと言って憚らない。それは当然だ。戸籍上は「三巴流瑠」なんて人間は存在しないのだから。
だから、G.E.H.E.N.Aは流瑠を捨てた今でも、流瑠のことを『33366』と呼称している。
そして、この数字はG.E.H.E.N.Aにとって特別だ。なんせ流瑠は、「強化リリィの成功例の極地」にして「研究価値を失った失敗作」でもある。そのレアリティとスペシャリティは計り知れない。故に、G.E.H.E.N.Aという企業で『33366』という数字が出たのなら、間違いなくそれは流瑠のことなのだ。
私はまだ、あいつらに 流瑠はそんな感傷を振り払うように頭を振って、伊紀に目を向けた。
「ううん。大事なのはそこじゃないんだよね?問題は……それが、『瑠璃ちゃんが保護された研究所から見つかった』ってことかな?」
流瑠の言葉に頷き、伊紀は目を細めた。
「はい。プロジェクトF.Fが何を示すのかわかりませんが、瑠璃さんのあの容体から見るに、恐らく瑠璃さんが受けていたプロジェクトなのでしょう。あまり良いものとは思えません。百由様の方で解析が終わり次第、流瑠様へもお知らせするつもりです。
……こんな話をした後では何ですが、あまりご無理なさらないでくださいね。私たちも、そして
それだけ言うと、伊紀は「ではこれで」とそそくさと流瑠の前を後にした。恐らく、流瑠が「頼って欲しい」という言葉に首を縦には振らないことをわかっていたのだろう。だから、返事を待たずに行ってしまったのだ。流瑠がいつか、伊紀たちを頼ることができるように。
「……気を使わせちゃったなぁ。お姉ちゃん失格だね……」
あはは、と流瑠は独りで力なく笑う。
研究価値が無くなった後も、G.E.H.E.N.Aに捨てられた後も、自分はG.E.H.E.N.Aに縛られている。
今やっていることだって、そうだ。『特型ギガント級ヒュージの捕獲』。あれも、細かく依頼主を偽装してはいるが、送り先は恐らく大半がG.E.H.E.N.Aだろう。一応、流瑠本人も捕獲したヒュージの使い道について聴取したりはしているが、実際は何に使われているか知れたものではない。
自分は、G.E.H.E.N.Aに加担していると言っても過言ではないのだ。不幸中の幸いは、捕獲したヒュージの犠牲になったリリィは今のところいない、ということだろうか。
だが。流瑠にはその「ヒュージの捕獲」という仕事を断れない理由もある。
「一人でも多くのリリィを、助けられるなら……」
流瑠は、この仕事をするにあたり、G.E.H.E.N.Aと契約を交わしている。
それが、「捕獲の依頼を一件片付けるごとに、強化リリィにする予定だったリリィを1人、手付かずで解放する」という契約だ。
毎回、どこの誰が解放されるかはわからないし、リリィ本人に解放された理由は伝えられない。だが、流瑠はそれでも良いと思っていた。
確かに捕獲一件毎にリリィは一人解放されているし、一人でも多くのリリィを助けられるなら、流瑠にそれをやらない選択肢は無かった。そして、これは学院側も把握している。なんせ反G.E.H.E.N.Aを掲げ、大々的に強化リリィを保護している学院だ。リリィをG.E.H.E.N.Aから保護できるなら、その条件を断ることはできない。
理事長である祇恵良や、その代理である咬月も、苦い顔をしながらもこの条件を飲まざるを得なかったのだ。リリィの保護活動を逆手に取られたというわけである。
「……今考えてもしょうがない、よね」
しかし、そんなことは今更だ。自分だって納得づくでやっている。
今大切なのは、瑠璃のことだ。何ごともなく、元気になって欲しい。楽しく、充実した生活をしてほしい。
それが流瑠の、リジェネレーターとノスフェラトゥという同じ業を背負った者としての、せめてもの願いだった。
「それで、百由さん?解析は進んでいるのかしら?」
百合ヶ丘は地下三階。そこは、チャームを研究・開発すべく集まった学生たちの聖域……工廠科の領域だ。
そこに、普段は姿を表さないであろう人物の姿があった。
ロザリンデ・フリーデグンデ・
そんな彼女と対面して……いや、コンピューターの方に向かっているから対面はしていないが、話しているのは、二年生の真島百由。
普通の生徒なら恐縮してロザリンデの方を向いて頭を下げてしまうような場面だが、百由は相も変わらずマイペースにコンピューターに向かいながら答える。
「ええ。もう8割方終わってるわー。大体の内容も頭に入った。こりゃ、えらい無茶な計画ねー。
まずもって非効率。そして無茶。無謀。無意味の極みよ。こんな実験、ただただリリィたちを
「そこまででいいわ、百由さん。貴女が怒っていることはよくわかったわ」
ロザリンデは口が止まらない百由を制して頭を抱える。
興味のあることを話す時や怒っている時は、どんどん言葉が出てくる。百由の悪い癖だ。
百由は「ああ、こりゃ失敬」とやっとロザリンデの方を向いて、眉尻の下がった笑顔を見せる。その顔が、コンピューターに向かっていた時はどんな顔だったのか、ロザリンデには容易に想像がついた。
「それで?その資料には何が書かれていたの?」
ロザリンデは、百由の前のコンピューターを見る。そこでは、LGロスヴァイセが瑠璃を保護したときに研究所から押収した資料が解析されていた。
百由は「ええ、それだけど……」と前置きした後、話し始めた。
「この資料に書かれていたのは、プロジェクトF.F……『ファムファタール計画』についてよ」
「ファムファタール計画……」
ロザリンデは、百由の言葉を反芻する。『ファムファタール計画』。知らない単語だ。
ロザリンデの様子を見て、百由は解説を始めた。
「簡単に言うと、どうやら『カリスマ』の改造計画みたいね。相当に無茶な方法で行われてるけど」
「『カリスマ』、というのは、あの『カリスマ』かしら?」
ロザリンデの疑問に、百由は首肯する。
「ええ。レアスキルの『カリスマ』。それで合っているわ。具体的な方法は……原文をそのまま読むわね。『カリスマ持ちに、適当な順番・適当な頻度で全てのブーステッド施術を行い、最後に特殊な施術を行う』……アホみたいな計画でしょ?」
そう言う百由の顔はバカにするように笑っているが、目は一切笑っていない。相当怒っているようだ。
「……それで?その施術の結果、何を作ることが連中の狙いなのかしら?」
ロザリンデの質問に、百由は答えにくそうに目を閉じて顔を俯かせる。ロザリンデが様子を見ていると、暫く後、ふーっと息を吐いて百由は答えた。
「……流瑠様よ。やつらは、流瑠様を作ろうとしていたの」
その答えに、流石のロザリンデも眉をピクリと顰める。
「……流瑠様を、作る?『フリーレン』を、ということ?」
スキル『フリーレン』。マギの運動を完全停止させ、付随的に空中の水分を凍らせることのできる、強力なスキルだ。しかも、流瑠が唯一の例とはいえ、施術によって得られるスキルであることもわかっている。確かに研究価値はあるだろう。多数のリリィを犠牲にしてまでやるべきかと言われれば否だが。
しかし、百由はロザリンデの言葉に首を横に振った。
「いいえ、違うわ。さっきも言ったように、これは『カリスマ』の改造計画よ。『フリーレン』とはまた別」
その言い方に、ロザリンデは首を捻る。流瑠を作る、という意味がわからない。そこにカリスマがどう関係してくるのかも。
「どういうこと?カリスマが流瑠様となんの関係が 」
「流瑠様の元々のレアスキルよ」
言葉を遮るように言う百由に、ロザリンデは顔を顰めた。
「……どういうこと?だって確か貴女は、流瑠様のレアスキルはフリーレンを獲得すると同時に無くなったって」
「それがそうでも無かったみたいなのよね、これが」
百由はズレた眼鏡を掛け直し、もう一度資料を表示する。
「確かに、流瑠様のスキル認定が行われた時、全てのレアスキルは『適正なし』と診断されていたわ。ところが、このスキル認定の時、少しだけ不思議な現象が起こっていたの」
「不思議な現象?」と聞き返すロザリンデに、百由は頷く。
「カリスマの詳しい定義はご存知?」
「確か、『ヒュージ側のマギエナジーをリリィのマギに変換し、自分に取り込む。その後、取り込みきらなかった余剰マギを周囲のリリィに分け与えることで、結果的に周囲のリリィのマギの回復・士気の高揚を同時に行う』レアスキル、だったかしら」
その答えに「ピンポーン!」と百由は笑顔になる。
「そのカリスマを認定する際の試験で、流瑠様は、ヒュージ側のマギエナジーを自分のものにするのではなく、『消した』の」
「消した……?凍らせた、とかではなくて?」
「そうなのよ!」と百由は興奮気味に話し出す。
「当然、流瑠様の身体のマギが増えたのは観測できなかったわ。でも……何故か、そばにいたリリィのマギが増えたのが観測されたの。
流瑠様のマギはその時、空きがあったわ。だから当然、それはカリスマのスキルだとは言えない。それに、消えたマギと増えたマギの因果関係だって証明できなかったから、記録には『レアスキルなし』と書かれたわ。
そして、その認定試験の様子と同じことが、この資料にも引用されているの」
「引用?どこから?」
「引用」。その言葉がロザリンデの頭に引っかかる。つまり、それは瑠璃たちを保護した施設の外の資料からの情報ということだろうか、と。
それに、百由は少し溜めてから答えた。
「……流瑠様が、G.E.H.E.N.Aに捨てられる前にいた研究所の資料からよ。
この資料には、引用と一緒にこう書かれているわ。
『「検体番号33366のレアスキルは失われた。元々持っていたカリスマは効力がなくなったらしい。ヒュージマギエナジーを自分のマギに変換しなくなった」。あの施設はそう判断した。しかし、私たちは違う。確かにあの時、33366のマギは増えなかったが、ヒュージマギエナジーが消え、他のリリィのマギが増えたのを私たちは観測した。これは新たなスキルだ!私たちは知りたい、このスキルがどんなスキルなのか!33366を捨てた連中はバカだ。こんな格好の実験材料をデータも取らずに捨てるなんて!』
……はぁ。こいつらは、とことんまでリリィを実験材料としか見てないようね」
百由の呆れたような、怒っているような顔に、ロザリンデはさらに質問をぶつけた。
「カリスマ?カリスマを、流瑠様が元々持っていた?」
「ええ。そうらしいわね。……というか、ロザリンデ様。強化リリィをよく知る貴女なら気づくと思っていたのだけど?」
百由の言葉に、ロザリンデは首を傾げる。
「私なら?それはどういう……」
「ブーステッドスキル『ドレイン』。全てのブーステッドスキルを持つ流瑠様は、もちろんこれも持っているわ。……あとはお分かりでしょう?」
「あ」とロザリンデはらしくなく声を上げた。
「『ドレイン』の施術は、『カリスマ』持ちでないと基本的に成功しない……」
「そう。つまり、『ドレイン』を持っていることは、逆説的にカリスマを持つ確率が非常に高いということでもあるわ」
百由の説明に、ロザリンデは納得したように頷く。
「それはわかったわ。わかったのだけれど……結局、その『新しいレアスキル』というのは何なの?」
その言葉に、百由は「待ってました!」とばかりに答えた。
「そこなのよ!私の予測なのだけど、おそらくこれは『カリスマの上位スキル』だと思うの!」
「カリスマの上位スキル……?確か、存在が予言されていた『ラプラス』という名前だったかしら?でもそれは、記憶の書き換えという効果だったはず……」
「でも、『カリスマの上位スキルが一つだけ』なんて予言もないでしょう?」
あっけらかんという百由に、「それは詭弁ではないかしら?」とロザリンデが突っかかるも、百由は相手にしない。
「でも実際そうでしょう?それで、私の予想なのだけれど……効果はいくつかあるわ。
一つ。ヒュージ側のマギエナジーの変換と、『味方への積極的な譲渡』。
二つ。マギの流れに敏感になり、レアスキルやリリィの身体状況まで把握できるようになる。
三つ。ブレイヴを使用しない、マギ交換による『負のマギの残滓の除去』。
そして四つ。……マギを通じた、擬似的な『読心』」
「ちょっと待ちなさい、百由さん。それは……あまりにも滅茶苦茶だわ?」
百由の予想に動揺するロザリンデ。しかし、百由は口を緩めない。
「でもこれ、全部貴女たちから貰った資料やら何やらを元に予想してるのよ?一つ目は認定試験の結果から。二つ目、三つ目は貴女たち強化リリィが身をもって体験していることのはず。
そして四つ目は……貴女たちだけじゃなく、私も体験してる。あの人はまるでリリィの心がわかっているかのように振る舞うことが多々あるわ。必ずしもわかってるわけじゃないから、コントロールしてるわけではないんでしょうけど……」
そう言われると、ロザリンデにも思い当たる節が多すぎる。
何も言い返せず黙していると、百由は先を話し始めた。
「で、『ファムファタール計画』の話に戻るんだけど。この計画、全く計画性が無いわ。要は、この新しいスキルのことを研究したかったんでしょうけど、そのスキルを覚醒する条件がわからない。なんせ今までに流瑠様一人だからね。だから、連中は「流瑠様にしたのと同じ工程を踏む」ことにしたの。つまり……「カリスマ持ちに全てのブーステッドスキルを付与する」ということね」
「何をバカな、そんなの耐えられるわけがない……!」
ロザリンデの怒りに、百由も同調する。
「そう。普通、ブーステッドスキルは一つ適合すればいい方。三つ四つとなれば強化リリィの申し子と言っても過言ではなく、全部になんて耐えられるリリィはほぼいないでしょうね。「全くいない」と言えないのは、流瑠様という前例がいるからだけど。
でも、それでも「全てのブーステッドスキル」という課題には大きな壁が聳え立つわ。それが、『ノスフェラトゥ』。群を抜いて適合率が低いこのスキルのせいで、殆どのリリィは死んでる。この資料に書かれた犠牲者も、殆どの死因はこの「ノスフェラトゥ」の施術よ。
それら全てを耐え抜いた先にある、流瑠様と同じレアスキル……これを、やつらは『ファムファタール』と呼称しているわ」
「ファム、ファタール……」
呟くように口から出たロザリンデの言葉に、百由は頷いた。
「好奇心と知識欲だけで、衝動的に作られた計画。非効率的にリリィの犠牲者を増やし、無駄に多くを敵に回し、無謀にも挑んで破れ去った無意味な計画。それが、この「ファムファタール計画」よ」
その結論に、ロザリンデの顔には影が落ちる。
「……なら、瑠璃さんは……」
「恐らく、この計画の途中だったんでしょうね。最も大きな壁である『ノスフェラトゥ』をクリアして、あとはどれだけのスキルを得られるか、そしてどれだけ弄れるか、と言ったところでしょう」
あくまでも事務的に告げる百由に、ロザリンデは俯いた。
「……こんなこと、流瑠様には言えないわね」
「そうね。こんなこと言ったら、流瑠様はまた自分を責めてしまうわ。『私のせいで、リリィが犠牲になった。私が瑠璃ちゃんを苦しませた』って」
誰よりもリリィを愛し、誰よりもリリィを救おうとする流瑠。だが、その流瑠の影響が、リリィを苦しませ、リリィの犠牲を増やしている。きっと流瑠は、そうやって自分を責めるのだろう、と、百由には簡単に想像がついた。
「ままならないものね」と呟いて、百由は天を仰いだ。
・流瑠様
知らん間に自分のせいで犠牲が増えている。やっぱ世の中クソだわ。
・瑠璃ちゃん
流瑠様の犠牲者。でも当の本人はそんなこと知らずに流瑠様を慕っている。やっぱ世の中(ry
・楓さん
死にかけ。でも幸せだったそうです。ちなみに後でもう一回抱きしめてもらって、顔を真っ赤にしてビクンビクンしてたそうです。流瑠様、それくらいにしてあげて……。
・雨嘉さん
寝ている間に……?え?何?
・ファムファタール
流瑠様のレアスキル。カリスマの上位スキル。色々やりたい放題やってたけど全てはこのスキルのせいだったんだよ!
ΩΩΩ<な、なんだってー!?
なお本人は「自分にレアスキルはない」と思っている。
マギを通じて読心ですか、いやあこれは流瑠様以外にはできそうにないなー(棒読み)
はい。ちょい暗めというか、そんな感じの話になりました。
次はもうちょっとイチャイチャできるといいなー。
沢山の感想・UA・お気に入り・評価など、ありがとうございます!
これからも頑張ります!