アサルトリリィPRESERVED   作:(確信)

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神はイヴとリリスを作り上げて、二人に百合イチャを教えた。



(今までで一番遅くなったのに、文字数少ないし、鶴紗さんと瑠璃さん以外出てこないです)


デンファレ その6

 

『君の方から連絡とは、珍しいじゃないか。安藤の娘』

 

 

まだ陽も登らない早朝。

金髪の少女は、廃墟になった港湾で通信機を片手に佇む。

その顔は、未だに動揺と困惑で塗りつぶされていた。

 

「教えろ。なんでアイツは生きてる?そもそもアイツは本物なのか?」

『アイツ    とは、何者だ』

 

電話口の男の冷静な声に、少女     安藤鶴紗はギリっと歯を噛み締める。

 

「惚けるな!四ツ谷瑠璃だ!検体番号42866の!ノスフェラトゥの実験で死んでるはずの!」

『四ツ谷、瑠璃……検体番号42866?そのような人間は、G.E.H.E.N.Aの被験者データベースには存在しない。その検体番号も、欠番になっている』

「何を……!?アイツは私と同じラボで実際に……!」

 

憤る鶴紗の耳に、呆れたような嘆息が聞こえてくる。

 

『……そもそも、ノスフェラトゥの施術などここ数年は行われていない。行われているのは精度を高めるための非人体への実験だけだ。記録上はな。最後に行われたのは……検体番号33366となっている』

「流瑠ねえ……なら、どういうことだ!?」

『非公式に行われたのだろう。(わたしたち)を通さずに。……地方のG.E.H.E.N.Aラボでは稀にあることだ。自分の好奇心や知識欲だけで暴走し、G.E.H.E.N.Aが本来認可しない実験を強行する。まったく嘆かわしい』

 

どの口が、と鶴紗は思ったが、口には出さなかった。

今はそんなことよりも、瑠璃のことだ。

 

「アイツは……瑠璃は生きているの?死んでいるの?」

『ふむ    少し待っていろ。こちらで調べる。結果は後ほどこちらから連絡する』

「随分と気前がいいんだな……何を企んでる?」

『我らとしても、実験に付き合ってもらうリリィ達には、()()()()()実験に参加してもらいたいのでね。その為なら手間は惜しまない。礼は結果で出してくれればいい』

     『リリィの精神状態は戦闘力に直結する』。いいデータが取りたいだけだろ、アンタらは」

 

『ふっ』と笑って切られた通信機を手に持ったまま、鶴紗は「ちっ」と足元の小石を蹴る。

 

その頭には、瑠璃との思い出……あの最悪な、しかし希望に溢れたG.E.H.E.N.Aラボでの生活が思い起こされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「安藤鶴紗。……よろしく」

 

 

今から二年前。

私、安藤鶴紗は、G.E.H.E.N.Aの研究所に入った。

G.E.H.E.N.Aは悪名高い組織だ。リリィを好き勝手に改造し、強化リリィを生み出す。しかも、「死」か「強化リリィになる」かの究極の二択を迫って強化リリィを作り上げるのだ。その上、行われる実験はリリィを人と認めないかのような非人道的なものばかり。最悪だと言ってもいいだろう。

 

そんなところになぜ私が入ったかと言うと     父親の無念を晴らすため、だった。

 

私の父親は昔、軍隊を率いてヒュージに無謀な特攻をしかけ、多くの死傷者を出し、静岡陥落の原因を作ったと()()()

しかし、実際にはその認識は少し間違っている。父がどうにかしようと思った時には既に指揮系統はボロボロになっていて、無茶な特攻を仕掛けるしか道がなかったのだ。にも関わらず、父は「静岡陥落の原因となった」と言われて批判された。その無念を、G.E.H.E.N.Aは私に強化リリィになることで晴らさせようとしているのだ。

 

そういうわけで、私は自分から志願して、地方にあるG.E.H.E.N.Aのラボに入れられた。

 

「私、四ツ谷瑠璃!よろしくね、鶴紗!」

 

そこで、同室のリリィとして出会ったのが瑠璃だった。どうやら、マギ交感による負のマギの除去のためにルームメイトを作っているようだった。

 

四ツ谷瑠璃。やたら明るい笑顔を振りまく、G.E.H.E.N.Aのラボの中ではあまりにも異質なリリィ。そんな彼女と同室になって、「不運だ」なんて思ったこともある。なんせ、自分とは全く逆の人間だったから。

 

 

「鶴紗〜!ご飯食べよ〜!」

「一人で食べれば……?」

 

一人で静かに食べたい食事を、一緒に食べようと誘ってきたり。

 

 

「鶴紗〜!お風呂一緒に入ろ〜!」

「急に入ってくんな……!」

 

ゆっくり浸かりたいお風呂に急に入ってきたり。

 

 

「た〜づ〜さ〜!一緒に寝ようよぉ〜!」

「やだ」

 

寝ているベッドの布団の中に潜り込んできたり。

 

 

 

明るくてうるさくて人懐っこい。何度拒絶しても話しかけてくる。そもそも、私は自分で志願してここに来たのに、彼女は攫われてきただけ。

 

だから、性格も、振る舞いも、実験に対する態度も。全てが自分と真逆な彼女を、最初はたしかに疎ましく思っていた。

 

 

 

 

でも、少し一緒に過ごすと、彼女が良い人だというのはすぐにわかった。

こんな愛想の良くない自分を気遣ってよく話しかけてくれるし、自分のことをよく見てくれて、そしていつも笑顔だ。

きっと苦しかったはずの実験の後も、施術室の壁を貫通して彼女の声が聞こえるほど絶叫を上げていたブーステッドスキルの施術の後も。

彼女は笑って、私にこう言うのだ。

 

「大丈夫!明日はきっといい日になるから!」

 

生きていればいつか、なんとかなる。瑠璃はいつもそう言った。

だから、私も元気付けられて、実験や施術に臨むことができた。

 

やっぱり痛かったし苦しかったけど、部屋に帰ると笑顔の瑠璃がいつも出迎えてくれた。最初は八つ当たりもしてしまったけれど、それすらも彼女は優しく受け入れてくれた。

 

そんな関係だったから、私はすぐに瑠璃と仲良くなった。

色々お喋りするようになったし、食事もいつも一緒に食べた。たまに、お風呂にも一緒に入ったりした。苦しい実験生活の中で、瑠璃との時間は私にとっての癒しになった。

 

 

 

 

 

 

 

「それでね!女の子同士でっていうのが私の最近の流行りでー!」

 

趣味や生い立ちのような、少しだけ踏み込んだ話題も出るようになった。

まあ、瑠璃の「女の子同士がイチャイチャするのを見るのが好き」という趣味は、私には理解することはできなかったけれど。

 

「……ちょっと私には理解できない。……まあ、他人の趣味を否定するつもりもないけど」

 

そう正直に話せば、瑠璃はなぜか目を輝かせた。

 

「ほんと!?じゃあ……私とイチャイチャしてみる?鶴紗♪」

「いや、そういう意味で言ってないし」

 

少し艶っぽい顔で言う瑠璃をバッサリと切り捨てると、瑠璃は「えー?」と頬を膨らませた。

何をどう取り違えたら、私と瑠璃でイチャイチャすることになるのだろうか。わけがわからない。

 

わからないけれど……不思議と、私は笑ってしまった。

 

「あ、鶴紗、今笑った?」

「え、いや、笑ってないし……」

「笑ったよー!……あ、そういえば、鶴紗は何か趣味とか無いの?」

「趣味……」

 

趣味。瑠璃に問われて考えてみたが、特に思い浮かばなかった。

 

「別に無いな……」

「じゃあ好きなものとか」

 

それにも、顎に手を当てて考えてみる。

少しして、思い当たるものがあった。それを口に出すのは少し恥ずかしくもあったが、瑠璃が相手なら別にいいか、とも思った。

 

「……猫」

「猫?」

「うん。猫、見るのが好き。怖がって逃げちゃうから、触れないけど……」

「そっか……。猫、ここから出たら一緒に触りにいこーね!」

 

瑠璃と一緒に猫と戯れる。それはきっと、とても素敵なことだろう。言葉では言い表せないくらい。

そんな光景を幻視して、私は一も二もなく頷いた。

 

「その代わり、私の百合イチャウォッチングにも付き合ってね?大丈夫!最初は戸惑うかもしれないけど、女の子同士がイチャイチャしてるのを見てると、とっても幸せになれるから!」

「え」

 

その言葉には、素直に頷けなかったが。

 

 

 

 

 

 

「私ね、前いた学校でいじめられてたんだ……。それで、ヒュージの前に突き落とされて、G.E.H.E.N.Aに捕まっちゃった」

 

ある時、瑠璃は私にそう打ち明けてきた。

その顔は、いつもの晴れ渡るような笑顔ではなく、少し弱々しい笑顔だ。もしかしたら、これが瑠璃の本当の顔なのかもしれない、と思った。

同時に、そんな顔を見せてくれることが嬉しい、とも。

 

「……不幸だね。なのに、あんたはいつも明るい。……なんで?」

 

自然と、そう尋ねていた。

一言目から「不幸だね」ときた。なんて無愛想で無遠慮な質問だろうか。デリカシーのカケラもない。話すのが苦手な自分に嫌気が差す。

それなのに、何が嬉しいのか、瑠璃はいつものような笑顔に戻って笑うのだ。

 

「だって、明日はきっといいことあるって思ってるから!今が、今までが苦しくても、明日はきっといい日になるって!」

 

     そんなわけがない。今日の実験も昨日よりつらかった。「明日の実験はもっとつらいぞ?」と、さっきG.E.H.E.N.Aの職員も嗤っていた。リリィの命を、苦しみを、なんとも思っていないかのように。

 

「……バカだよ、瑠璃は」

 

気付けば、口をついてそんな言葉が出ていた。

 

「ば、バカ!?」

 

そうだ、大バカだ。

瑠璃は別にアホじゃない。勉強だってできるし、物分かりもいい。頭の回転だって速い。この前だって、手慰み程度に置いてあったクロスワード集を、数時間で全部終わらせてしまっていた。私が見た時は結構難易度が高かったのに、だ。

今日の実験だって、呼び出された時、瑠璃は陰鬱そうな顔をしていた。

瑠璃はわかっているはずなのだ。「明日は今日よりもいい日になる」なんてことは無いんだって。

 

なのに、彼女は言い続ける。きっとそれは、自分を保つためなのだろう。自分を誤魔化すためなのだろう。絶望しそうになっている自分をどうにか繋ぎ止めて、この現実に健気にも足掻こうとしているのだろう。なのに、自分から何かをするのではなく、ただ「明日がいい日である」ことを信じているだけ。きっと、抵抗するという意識を、気力を削がれてしまっているのかもしれない。

 

だから、バカだ。現実を否定しながら現実に抗っている。「今」がどうしようもないから、「未来」に縋っている。「助かりたいのに助かろうとしていない」大バカ者。それが瑠璃だ。

 

それでも私が      そのバカの言葉の中に、眩い光を見たのも事実なのだ。

 

 

「でも……私も信じてみたい。明日はきっといい日になるって」

 

 

本気で、そう思った。

助かろうとするとか、何か自分がしなきゃならないとか、自分を保つとか。そんなことを考えずとも、「明日はいい日になる」と心の底から思える、そんな日常が欲しいと。

 

きっと、瑠璃がいなければこんなことは思えなかった。

痛みと苦しみしかない現実の中で、もしかしたら死を願っていたかもしれない。誰かに「殺してくれ」と頼んでいたかもしれない。

私は瑠璃のせいで、生きる希望を見つけてしまったのだ。

 

 

ならば      未来(あした)をより良い一日にするために、私は私に出来ることをしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日から、私は暇さえあれば自分のレアスキルである『ファンタズム』を使うようになった。

 

ファンタズム。いくつもの「仮定の世界線」を幻視して、欲しい結果に至るための道筋を理解するスキルだ。

 

どうすれば瑠璃と一緒に逃げられるのか。どうすれば助かるのか。その道筋を、私はファンタズムで探し始めたのだ。もはや、父親の無念がどうとかよりも、瑠璃と一緒にここから出たい。そればかり考えていた。

 

瑠璃がやらないなら、私がやってやる。瑠璃のできないことは、私が補ってやる。

瑠璃は希望を見せてくれた。なら、それを幻視(カタチに)するのは私の役目だ、と。

 

 

 

当然、なかなか上手くはいかなかった。どう動いても、どちらかが置いていかれたり、どちらかが死んでしまったりする結果ばかり。そもそも、ファンタズムはそこまで先の未来のことを幻視できるわけではない。精々が数十分、精一杯頑張っても数時間程度だ。

 

しかも、チャームも持っていない。マギクリスタルコアがあるとないとでは、まるでレアスキルの精度は違ってくる。

さらに、ブーステッドスキルの施術や実験でも、身体の中には負のマギが溜まったり負のマギの残滓が残ったり、そもそもマギを消費してしまったりする。ファンタズムに使えるマギは、そう多いとは言えなかった。

 

 

それでも、諦めなかった。毎日少しずつ、コツコツとファンタズムを重ねる。

仮定や方法などをとにかく変えて試しまくった。数ヶ月経っても相変わらず道は見えなかったが、そればかりやっていたからか、鶴紗のファンタズムの力はどんどん強くなっていった。視界が開けるかのように広く、深く、遠くの未来まで見えるようになっていく。

 

この調子でファンタズムが強くなっていけば、いつかは道も開けてくるかもしれない。そう信じて、ファンタズムを使い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから暫く経った、冬の寒い日。瑠璃と私は、同じ布団の中に入ってお互いの熱で暖をとっていた。私よりも少し高い瑠璃の体温が、私をとても安心させてくれたことを覚えている。

そんな布団の中で、瑠璃は私に、いつになく真剣な顔で話し始めた。

 

「鶴紗。きっと、私と貴女がここに来た理由は違う。実験の内容も、大きく違うと思う。多分、連中にとって重要なのは私の方。だからね、鶴紗。もしもチャンスが、希望が目の前にあったら……私のことは気にせずに、掴みに行って。明日を掴んで。貴女は、幸せになっていいの」

 

捲し立てるように、それでいて大切なことをしっかりと教えるかのように。瑠璃は私にそう言った。

 

「なんの、話をしてるの……?」

 

私は、震える声でそう返すだけで精一杯だった。

 

訳がわからなかった。私と瑠璃がここに来た理由が違う?それはそうだろう。私は父の汚名を晴らすために自分から志願して、瑠璃は攫われてきた。

そう言うと、瑠璃は言葉少なに「そうじゃないよ」と言う。

 

実験の内容が違う?それは、適正にあった実験をするというだけじゃないのか、そう尋ねた。それにも、「そうじゃないんだよ」と答える。

 

連中にとって瑠璃が重要?わからない。意味がわからない。訳がわからない。わかりたくもない。これ以上、何かを考えたくなかった。

「どういうことなんだ」と問い詰めても、瑠璃は曖昧に笑ってこう言うだけだった。

 

「えへへ、内緒♪」

 

 

 

 

その時くらいからだろうか。私と瑠璃は、中々会うことができなくなっていった。

 

瑠璃が昼間に実験されている間、私には待機命令が出て、私が夜に実証実験隊として駆り出される時には瑠璃は部屋で休んで。その逆も然りだ。

 

 

偶に、同じ時間に部屋で休める時もあった。その時は、いつも瑠璃にべったりだったように思う。

 

「瑠璃、お風呂はいろ」

「いいよ〜!背中流したげるね!」

「うん。私も流してあげる」

 

「瑠璃、ご飯食べよっか」

「うん!今日は……あ、チョコ味のレーション!割と当たりじゃない?」

「瑠璃と一緒なら、何でも美味しいよ」

「……ふふ、そうだね!あ、口移ししてあげよっか?」

「うん。じゃあ私も」

 

「瑠璃、そろそろ寝よっか」

「え〜?もうちょっとお話しようよ〜」

「明日も早いでしょ。……それに、話なら布団の中でもできるでしょ?」

「……じゃあ、お布団の中でギュッてしていい?」

「……瑠璃は甘えん坊だね」

「鶴紗もでしょ?」

「……ふふっ」

「あははっ!」

 

 

幸せな時間だった。つらいことばかりだった人生の中で、「こんなに幸せなことがあっていいのだろうか」と思えるくらい、幸せだった。

 

 

 

「瑠璃……!」

「きゃっ……ふふ。鶴紗、今日は積極的だね?……いいよ。おいで、鶴紗」

 

身体も、何度か重ねた。お互いに相手のことを「好き」とは決して言わなかったし、「愛している」と宣言したわけでもなかったが、自然と、お互いがお互いを求めていた。というよりも、つらい実験の日々に、自分をわかってくれる人間と二人きりで長く過ごして、そうならない方がおかしかったのだ。

監視カメラがあろうが、盗聴器があろうが関係ない。つらいことも苦しいことも全部忘れて、瑠璃のことだけを求める。瑠璃も、私の名前だけを呼んで、私のことだけを見る。そんな時間が、空間が、私にとっての聖域(アジール)になっていた。

 

前に言われたことは、相変わらず意味がわからなかったが、この幸せに比べれば些細な疑問だと思った。そんなことを問い詰めてせっかくの時間を無駄にするより、幸せな時間を享受した方がいいと思ったのだ。

 

 

今にして思えば、きっと私は、瑠璃のことが………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瑠璃と会えない時間は、段々と長くなっていく。

ファンタズムは強くなっていくが、二人が一緒に脱出する道は、全くと言っていいほど見えなかった。

 

ある日、全く実行しようとは思っていなかったが、「私一人だけ」で脱出できる可能性を幻視してみた。

 

 

 

 

行けた。というか、いける。直ぐにでも。

今からでも、私は脱出できそうだった。

 

なんだ、簡単じゃないか、と思った。ならばなぜ、二人だと脱出できないのか。その原因を探るために、今度は「瑠璃一人で脱出できる可能性」を幻視する。

 

 

 

 

 

 

 

ない。瑠璃が助かる道が、一切ない。

皆無だ。どうやっても、瑠璃はここから抜け出せない。

それが、結論だった。

 

 

ふと、あの時の瑠璃の言葉を思い出した。

 

『鶴紗。きっと、私と貴女がここに来た理由は違う。実験の内容も、大きく違うと思う。多分、連中にとって重要なのは私の方。だからね、鶴紗。もしもチャンスが、希望が目の前にあったら……私のことは気にせずに、掴みに行って。明日を掴んで。貴女は、幸せになっていいの』

 

 

何かが、瑠璃の逃亡を阻んでいるのだろう、と思って     すぐに、逆の発想を思いついた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

仮にもG.E.H.E.N.Aの研究所だ。リリィがレアスキルを使って抜け出そうとするのは想定済みだろう。

なら、何で私はこんなに簡単に逃げ出せるような結論が出せた?

 

おかしい。何かがおかしい気がする。

でも、いくら考えても答えは出ない。仕方なく、私は明日に備えて休むことにした。

 

 

 

 

     おやすみ、鶴紗』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。私は長期の実証実験に向かう途中、ラボの廊下で偶然にもその話を聞いた。

 

「42866番の次の実験だが……」

「本当にやるのか?『ノスフェラトゥ』だぞ?そもそもの実証回数が少なすぎる」

「だが、あれほどの適性を持つ『カリスマ』持ちは42866番くらいだ。やらない手はあるまい?」

 

42866。瑠璃のことだ、とすぐにわかった。何度も聞いていたから。

 

『ノスフェラトゥ』。不老になるブーステッドスキルだ。

ただ、これまでに成功例はほとんど確認されていない。

()()()()()()()()()()()()()。ノスフェラトゥの実験を受けたものは、そのほとんどが死に絶え、そうでない者も『狂化リリィ*1』になってしまう可能性が非常に高い。

 

瑠璃が、それを受ける。そんな研究者たちの話を聞いて、私は思わず掴みかかった。

 

「どういうことだ!?瑠璃がノスフェラトゥを受ける!?」

「なんだ貴様……ああ、安藤の娘か。そういえば42866は貴様と同室だったな。ふっ……まあいい、教えておいてやろう」

「おい、勝手に……」

 

鶴紗に首元を掴まれた研究者は、余裕そうに教えてくれると言う。隣の研究員に嗜められそうになるが、それを手で制して、話し始めた。

 

「貴様と42866がここに来た理由は全く違う。42866はファムファタール計画のために。そして貴様は……隠れ蓑のためにここに来たに過ぎない」

「ファムファタール計画……?隠れ蓑、だと?」

 

全く聞き覚えのない言葉を、口が勝手に反芻する。研究者はそんな反応を見て、くつくつと笑った。

 

「ファムファタール計画……至高のリリィを作り上げる計画だ。それには、『ノスフェラトゥ』の力が必要不可欠。42866には、いずれノスフェラトゥの施術を受けてもらう」

 

言葉少なに、研究者は言う。それ以上教える気はない、ということらしい。なら、と質問を変えた。

 

「隠れ蓑とはどういうことだ!?」

「簡単なことだ。ノスフェラトゥはその性質上、施術の許可はG.E.H.E.N.Aから全くと言っていいほど降りない。そんな計画が見つかれば、我らはG.E.H.E.N.Aからも切り捨てられる。だから貴様らのような、生存率の高い『隠れ蓑』の研究を、G.E.H.E.N.A上層部に報告するための表向きの活動としている。それだけの話だ」

 

その話に、私は絶句した。

私がここにいる理由は、本命の研究を誤魔化すため?なら     私はなんで、あんなにつらい実験を受ける必要があったのだろうか?

 

そして同時に、「なぜ自分が逃げやすいのか」という理由もわかった。

私は、隠れ蓑でしかないからだ。他にも、私と同じ実験を受けているリリィは多くいる。だから、私一人が逃げたところで、こいつらの実験には何の影響もない。

 

何よりも     瑠璃の「本命の」実験。

ノスフェラトゥを施術する?G.E.H.E.N.Aからも許可を得ていない?意味がわからない。

 

理不尽の連続に歯噛みする私に、目の前の研究者は哂って続けた。

 

「ノスフェラトゥは生存確率が低い施術だ。しかし、42866の生存確率は、その辺のリリィとは一線を画すのだ!

0.02%!この数字がどれだけ素晴らしいかわかるか、安藤の娘!?平均的なリリィの200倍に匹敵する!つまり、この娘と同じ適正値の者が5000人いれば1人は生き残るのだ!素晴らしい、最高だ!君もそう思うだろう!?」

 

もう、そんな言葉は聞きたくなかった。

私は、研究者を掴んでいた腕を乱暴に離し、言葉を最後まで聞かずに走り出した。

 

(絶対に、瑠璃と一緒にここから逃げ出してやる……!!)

 

そう、心に決めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実証実験中、私はファンタズムを使い続けた。

ヒュージと戦っている間も、休んでいる間も、ずっと瑠璃と逃げる算段だけを立て続けた。

 

そして、ついに    確率は低いが、二人とも助かる方法を見つけ出した。

 

1秒でもズレたらどちらかが死んでしまうかもしれない、そんな危うい作戦ではあったが、ノスフェラトゥの施術の生存確率よりは何十倍もマシだろう。

 

 

私は実験が終わるとすぐにラボに戻り、居室のドアを勢いよく開けた。

 

「瑠璃!ここから逃げよう!」

 

 

 

……しかし、その声に反応する者はいなかった。

 

「……瑠璃?」

 

部屋には、誰もいない。瑠璃は、今の時間は部屋にいるはずだったのに。

 

瑠璃がいないことが信じられずにか、それともどうすればいいかわからなかったからか、私は部屋の中、瑠璃を探し始めた。

 

すると机の上に、可愛らしい便箋が置いてあることに気づいた。

差出人は「四ツ谷瑠璃」、受取人は……「安藤鶴紗」になっている。

日付は、私が実証実験に行く前日だった。

 

私は、急いで便箋を破り、中身を取り出す。その中にあったのは、一枚の手紙と、赤い金属の何かだった。わたしにはそれが、瑠璃がいつも付けていたヘアピンだとすぐに分かった。

 

手紙を開いて、読んでみる。

 

 

『鶴紗へ

 

これを読んでいるということは、多分私はもう死んでいると思う。

原因は、ノスフェラトゥの施術。ごめんね、ずっと黙っていて。

私と鶴紗がここに来た理由の違い。それに、多分ノスフェラトゥの施術が関係しているんだと思う。私も、これ以上詳しくは知らないけれど。

 

私、鶴紗と一緒に暮らせて幸せだった。実験はつらかったし痛かったし苦しかったけど、鶴紗と一緒だったから、「明日はきっといい日になる」って思えた。だって、帰ってきたら鶴紗がいるんだもん!それだけでも、きっと素敵なことだよね♪

 

鶴紗は、どうだった?私と暮らして、楽しかった?幸せだって、思ってくれてた?そうだったら、とっても嬉しいなぁ。

 

色々言いたいことはあったけど、寂しくなっちゃうからこれでおしまい。

もし     もしも私がノスフェラトゥの実験を生き残って、鶴紗とまた会えたなら……この手紙のことは笑ってくれていいよ。そうなったら、一緒に猫、触りにいこうね。

 

鶴紗。貴女は苦しむ必要はない。逃げたっていいんだよ。

チャンスがあるなら、ちゃんと掴んで。私のことなんて、引き摺らなくていいから。自殺なんて絶対しちゃダメだよ?

 

生きて、鶴紗。生きなさい。そして、幸せになりなさい。

それが、私の唯一の願い。

大丈夫。明日はきっと、いい日になるから。

 

四ツ谷 瑠璃」

 

 

 

短い、手紙だった。死に際の断末魔にしては、あまりにも短い。

今から死ぬっていうのに、自分のことなんて少ししか書いてなくて、私の心配ばかりだ。

最後の最後まで、瑠璃は私のことを好きだとは言わなかった。きっと、それが私にとっての鎖になってしまうと思っていたのだろう。

 

でも、もう遅かった。だって私はもう、瑠璃のことが大好きだった。愛していたのだ。

身体の関係が、とかじゃなく。いつも隣にいてくれて、私に希望をくれた瑠璃は、私にとってなくてはならない存在だったのだ。

 

 

 

瑠璃のヘアピンを握りしめ、私は外に駆け出した。そして、瑠璃の名前を叫びながら、手当たり次第に探し始めた。しかし、瑠璃は私の前に姿を現してはくれない。

そんな私の前に、瑠璃の代わりに姿を表したのは、G.E.H.E.N.Aの職員だった。

 

    安藤の娘か。何をしている?」

「瑠璃は!?瑠璃はどこに行った!?」

 

私は叫んだ。怒りをぶつけるように。そして、そいつの首元に掴みかかった。

 

「答えろ!アイツはどこに」

「ああ……42866のことか?あの()()なら既に、別の研究所に回されている。それがどうかしたか?」

 

事も無げに、ソイツはそう言った。私は怒りに身を任せ、ソイツを壁に叩きつけ     なかった。

 

 

その言葉を聞いた瞬間、全身の力が抜け落ちて、膝をついてしまったのだ。

 

 

 

瑠璃は     死んだ。ノスフェラトゥの実験の犠牲になって。

その事実が、私の頭を支配する。

 

いつも実験が終われば部屋で待っていてくれた瑠璃が。

明るい笑顔の瑠璃が。

希望をくれた瑠璃が。

女の子同士の恋愛が好きな瑠璃が。

私と食べさせ合いっこをした瑠璃が。

一緒にお風呂に入った瑠璃が。

私と    身体を重ねて求めあった瑠璃が。

 

死んだ。

しんだ。シンダ。死んでしまった。

 

間に合わなかった。便箋の日付は、私が実証実験に行った日だった。私が事実を知った次の日には、もう瑠璃は死んでいたのだ。

 

憎しみすら、湧かなかった。ただ、瑠璃が死んでしまったと言う事実が、喪失感が、私の胸に穴を開けた。

 

 

「この研究所は用済みになった。私たちもここを破棄して別の研究施設に移る。そろそろ場所を変えなければバレるところだったからな。貴様らは好きにするがいい」

 

 

G.E.H.E.N.Aの職員が何か言っていたが、私は茫然自失として、何も聞き取れていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

それから、どれくらいそうしていただろうか。私は、床に膝をついたままだった。

ふと、握りしめていた手のひらを開く。そこには、瑠璃が残したヘアピンがあった。赤色の、綺麗なヘアピンだった。

 

自分の髪に、付けてみる。

 

 

なにも、起こらなかった。瑠璃と一緒にいるという実感も、瑠璃が私の中で生きているという綺麗事も、私の中には生まれない。

 

立ち上がって、鏡を見てみる。

赤いヘアピンは、瑠璃がつけている時はあんなに似合っていたのに、私がつけると、絶望的に似合っていない。

 

同じ金髪なのに、なんでこんなに違うのか。私は笑いそうになって………代わりに出てきたのは、涙だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                 !!」

 

 

叫んだ。

 

絶望を。怒りを。悲しみを。怨嗟を。

力の限り、叫んだ。

 

 

言葉になっていない叫びだった。音になっていたかどうかすら怪しい。

 

そうして叫んで、叫び続けて      

 

 

 

 

いつのまにか気絶して、目を覚ました時、私は百合ヶ丘にいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
マギが暴走して破壊の限りを尽くしてしまうようになったリリィの成れの果て。




次回につづく。




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