本当に本当に、遅くなってごめんなさい……
そ、そのかわりいっぱい書いたよ!!
はい、ごめんなさい
(マギ交感や負のマギなどについて、かなり独自の解釈を含んでおります。ご了承ください)
『夢結!必殺技を作ろう!』
ある日、お姉様は私にそう言った。
ちょうど、サブスキルの訓練が終わって数日した時だっただろうか。
必殺技。言葉にしてしまえば簡単だが、つまりそれは、一際強い攻撃のことだと解釈すればいいだろう。
しかしだ。そんなことが簡単にできれば苦労はしない。
要は「フェイズトランセンデンス」のようなものだ。必殺の一撃というものは、無二の威力を放ちながらも消耗が大きい。継戦能力というものを考えるなら、必殺技という選択肢を廃した方が良い場合もある。
それに、どうやって習得するというのだろうか。そんな疑問を漏らすと、流瑠お姉さまは「ふっふっふー」と自身ありげに笑った。
『これはね、夢結のルナティックトランサーの問題を解決する意図もあるんだよ』
ルナティックトランサーの問題を解決しながら必殺技を練り上げる。流瑠お姉様はそう言ったのだ。横で梨璃や瑠璃さん、二水さんが『おおー!』と興奮気味に声を上げていたのを思い出す。
『それで、その必殺技というのはどういうものなんですか!?これが成功すれば、百合ヶ丘のエースにさらに箔が付くことになりますよー!』
ぼたぼたと鼻血を落としながらそう問う二水さんに、お姉様は言った。
『負のマギを、戦闘用に使うの!』
『負のマギを……戦闘に?』
意味がわからなかった。負のマギ……つまりヒュージマギエナジーは、基本的にリリィが使うことはできない。だからこそ、リリィにはマギ交感が必須なのだ。
だが、流瑠お姉様は「それが可能だ」と言う。
『おかしいと思わない?夢結は美鈴を亡くしてから、ずっと他のリリィとの接触を絶ってた。それは私が不甲斐ないせいなんだけど、2年間もそんな状態でいて、それでも夢結は自分を保ったままだった。
2年間もマギ交感をせずにいて戦えるリリィなんてそうはいない。夢結は多分──そもそもの身体組成が、普通のリリィとは違うんだと思う』
私の体が普通と違う。そう言われて、動揺しなかったわけではない。
でも、流瑠お姉様があまりにもあっけなくそれを言うものだから、なんだか大ごとには思えなかったし、それを聞いた時のレギオンメンバーたちの反応も別にどうということはなかった。
『そもそも私たちはヒュージ化した人間なんだし、強化リリィなんてかなりヒュージに近いしね』とは鶴紗さんの弁だ。
『夢結は、負のマギをエネルギーとして発散してるんじゃないかなって。そんなことをするには普通のリリィよりもヒュージに近くないといけないし、だとしたら夢結のスキルへの光明も見えてくる』
負のマギをエネルギーとして発散する。なるほど、それは確かに私自身の異常な身体能力も頷ける。そして、だからこそ私は完全に壊れずに済んだと。
だから、と流瑠お姉様は口を開いた。
『───負のマギを使った攻撃。これを完成させよう』
『まず、マギ交感に関しておさらいしよっか。
マギ交感っていうのは、私たちリリィ同士が接触することによって、負のマギを純化させて正のマギにすることだよ。普通のマギ交感だと負のマギは純化されるんだけど、負のマギの残滓は残っちゃうね。
あ、負のマギっていうのは私たちが使うことのできない不純物の混じったマギで、これが体内にずっとあると気分不良を起こしたりするよ』
流瑠お姉様は私の指とお姉様の指をぎゅっと絡めて手を握りながら解説を続ける。なんだか恥ずかしいけど、なんだか嬉しい。
『例えば、今夢結と私はこうやって手を合わせてるでしょ?この合わさった掌から、マギ交感は行われるの。
私のマギが、私の手のひらから夢結の手のひらに移動する。その時、私のマギが「純粋なマギ」として夢結に受け入れられやすいように、不要な要素を排除しながら夢結に入り込んでいくんだね。この「不要な要素」が、負のマギの残滓なんだよ。
逆もまた然り。夢結のマギが、純化されながら私の中に入ってくる。で、こうして入り込んだ夢結のマギが私の身体からまた夢結の身体へ……。
つまり、マギ交感は「相手とのマギの循環によってマギから負の要素を排除し、純化させて使えるマギを回復させる」行為なの』
流瑠お姉様は解説しながらも、私の手をにぎにぎと弄ぶ。手の弱いところをぎゅっぎゅっと柔らかく、時に強めに握られて、「んっ……」と声が出るのを抑えられなかった。
顔が熱くなるのを感じる。解説どころではない。まるで愛撫されているような手の動きに、周囲で見ているみんなの目が釘付けになっていて、さらに恥ずかしくなってしまう。
『逆に言えば、マギ交感をしても負のマギの残滓が体内に残っちゃうのはそのせい。マギ自体はマギ交感のたびに純化していくんだけど、相手の身体に入り切らずに排除された「不要な要素」。これが、例えるなら「残り滓」みたいになって元の持ち主の身体の中に残っちゃう。それが、負のマギの残滓ってことなんだ』
『ちゃんと聞いてる?』とお姉様に問われ、意識を引き戻した。いや、そもそも話に集中できないのはお姉様のせいなのだが。
『そもそも、ルナティックトランサーの原理は「精神を意図的に不安定に揺らすことで、精神と状態が直結するマギの暴走を引き起こすスキル」なの。まず精神を不安定化させ、それによってマギが暴走、その結果負のマギは生まれる。マギの暴走は、負のマギを生み出す代わりにリリィに更なる力を与える。これがルナティックトランサーの力。
そこで問題になるのは精神面だよね。精神を不安定にする性質上、強い意志がなければ制御は困難。それに、同じルナティックトランサー持ちだとしてもリリィによって精神の不安定さは変わってくるし、その上負のマギが自分の体内に残り続けて気分不良や過度な高揚感を引き起こす。これがルナティックトランサーの狂気の由来なんだ』
頭が痛くなってきた。少し纏めよう。
「負のマギ」=「純粋なマギ+使えない成分」で、その中の使えない部分を取り除いて使えるようにするのがマギ交感。マギ交感の時にフィルターを通り切らず、体内に残ってしまうのが負のマギの残滓。
ルナティックトランサーは精神を不安定にすることでマギを暴走させる能力。ルナティックトランサーの狂気はルナティックトランサーそのものと負のマギの両方に由来する、と。こんな感じだろうか。
お姉様は興味があるものにはどこか研究者気質なところがあるから、語り出すと止まらなかったりする。
『それで、最初の話に戻るんだけど。夢結は負のマギをエネルギーとして扱うことができるんだと思う。完璧に、とはいかないまでもね。負のマギはヒュージが術式に落とし込まずそのまま行使するエネルギーなんだけど、エネルギー効率は普通のマギより格段に良いの。だから、負のマギを攻撃に使うことは凄く有効な手段なんだよ。負のマギを発散できれば、精神面も安定するしね』
と、ここまで調子良く喋っていたお姉様は顔を曇らせた。
『ただ、夢結がそれを習得するにあたって一つ問題があってね……。
夢結のルナティックトランサーの場合、より多くの力を得られる代わりに精神の不安定さが大きいの。「狂気」と言っても過言じゃない。普通のルナティックトランサー使いには見られないほどの深度……。でもだからこそ、これを使いこなせれば夢結は強くなれる。それが、必殺技だよ』
ルナティックトランサーと負のマギ。その両方を使いこなすこと。それが必殺技、らしかった。
『夢結がルナティックトランサーを使う時、大抵は周囲の全てに攻撃しようとしちゃってる。これって夢結の精神の防衛機構……自分を取り巻く恐怖や不安から自分を守るためなんだと思う。だから、このルナティックトランサー自体の在り方を変えれば良い』
でも、どうやって。そんな私の疑問に、お姉様はいつになく真剣な顔で答えた。
『怒って、夢結。恐怖でも不安でも悲しみでも憎しみでもなく、怒りで自分を動かすの。そうすればきっと、夢結の怒りは正しく怒るべき方向に向けられるはずだから────』
「ルナティックトランサー!ディセンションッ!!」
怒り。正しき相手への、正しき怒り。今私を突き動かすのはそれだ。あれから何度お姉様と特訓しても、「怒り」で自分を動かすと言う感覚は掴めなかった。
でも美鈴お姉様と心の中で話して、やっと掴むことができた。ルナティックトランサーで増幅された私の感情が、いつものように不安定に揺れるのではなく、怒りという明確な方向性を持つのを感じる。
「はぁああああああああああっ!!!」
私の中の負のマギが、私の力として放出されるのを感じる。同時に、負のマギが体内から除去されていくせいか、どんどん私の心は精錬されていく。
ルナティックトランサーが更なる力と負のマギを作り出し、その負のマギすらも私の力となって相手に叩きつけられる。これが、ルナティックトランサーの私なりの使い方、ルナティックトランサー・ディセンション。流瑠お姉様の提案から生まれ、そして美鈴お姉様によって完成した、必殺技。
私の全てを、このヒュージにぶつける。CHARMの刃から激った黒い閃光が、止め処なくヒュージを襲う。閃光はヒュージの外殻をゴリゴリと抉り、その中身を露出させた。「ぴぎぃぃぃぃぃぃぃッ!!」と不愉快な鳴き声のようなものが聞こえる。
「もうあなたなんかに囚われ続けるのは懲り懲りよ!私は!あなたを!!乗り越えるッ!!!」
美鈴お姉様の無念。流瑠お姉様の悲しそうな顔。その全てを、過去のものにしてみせる。全て背負って、それでも未来へ歩くために。
────ピギャアアアアアアアアアアア!!!!!
やがて、私のマギが尽きようかと言う時、ヒュージは一際大きな絶叫を上げた。途端、黒い閃光はヒュージの身体を真っ二つに割り、そのまま地面まで突き抜けた。
青い雨が降る。ヒュージの血だ。ヒュージの身体を両断する溝の間から、焼け焦げた地面が見えた。
力なく倒れた巨体は、ピクリとも動かない。
「…………っ、はぁ、はぁ、はぁっ…………」
私はどうやら、このギガント級に勝ったらしい。アールヴヘイムが仕留め損ねた、そして美鈴お姉様を殺したこのヒュージを、私が。
「美鈴お姉様……」
お姉様は、見ていてくれただろうか。
青い空を見上げて、そんなことを思うのだった。
「────ゆゆぅ〜!!」
「お姉様!おねえさまぁっ!!」
「わぷっ……?」
暫し放心していた私の胸に、二人のリリィが飛びついてきた。落ち着いた灰色の髪と、可愛らしいピンク色の髪。
「二人とも……」
もちろん、流瑠お姉様と梨璃だ。キラキラとした目を向ける二人は、興奮気味というか涙ぐんでいる。どうやら、かなり心配をかけてしまったらしい。
「心配したんですからね!!」
「信じてたよ夢結〜!!」
「もう……みんな見てるわ」
みんなが見ている前で二人に抱きつかれるというのは何とも恥ずかしいが、心配をかけてしまったのはわかるし、大人しく抱きつかれることにする。
「まったく、ヒヤヒヤさせてくれますわね」
「夢結お姉さんすっごーい!なんか背中から翼がぶわーって!ぶわーってなってた!」
他の面々もワラワラと群がってきた。瑠璃さんは翼がどうのと言っていたが、どういうことだろうか。
「ついに完成させたんだね!ルナティックトランサーの必殺技!」
「ええ、お姉様のおかげです」
ルナティックトランサー・ディセンション。負のマギを最大限に使った攻撃。必殺技、という呼び方は少々気恥ずかしいが、しかしノインヴェルトでないと倒せないはずのギガント級を倒してしまったその威力は、まさしく必殺と飲んで差し支え無いのだろう。
とはいえ、きっとそれは私一人では成し得なかった。一柳隊、そしてアールヴヘイムのみんながヒュージを弱らせてくれていたからできたことだ。
「流瑠お姉様。美鈴お姉様の仇、取りました」
「……うん。頑張ったね、夢結」
そう言ってもう一度しっかりと私を抱きしめる流瑠お姉様の目尻は、少しだけ光っていた。
それを見て私は──いつもなら絶対にそんなことをしようなんて思い浮かばないのだが、お姉様を今すぐにでも押し倒したくなってしまった。お姉様を抱きしめる腕に力が入る。
「……?夢結?」
しかし、ぐっと堪える。多分私は、戦闘の余韻で興奮状態にあるだけなのだ。今押し倒すのは色々とまずい。
……でも、今私が何を考えているかなんて何も知らなさそうな惚けた顔の流瑠お姉様をこの場で押し倒したらどんな顔をするのか、すごく気になって……いやいや、ダメだ。落ち着け、白井夢結。
「なんでもないです」とお姉様を離し、心を切り替えることに集中する。
「ところで、お姉様は今日は来られないはずだったのでは?」
話を逸らすために疑問をぶつけると、お姉様は「あー……うん、そうなんだけど」と気まずそうに頬を掻いた。
「本当は、私は手を出さないつもりだったの。美鈴の仇は夢結が取りたいかなと思って……。でも、心配だから来ちゃった」
「……いえ。そのおかげで梨璃も助かりました」
あの時、私は梨璃が死んでしまったと思い込んでいた。それで暴走して、でも心の中で美鈴お姉様と出会って、どうにか勝てた。なんとも綱渡りな勝利だ。
でも、流瑠お姉様の心遣いに感謝している。お姉様が最初から全力だったら、きっと私が手を出すまでもなく美鈴お姉様の仇は取られていただろう。私を鍛え、私に仇を取らせてくれたお姉様の意図は理解できるし、そうしてくれてよかった。
「ありがとう、流瑠お姉様」
「うん!」
「みんなも、ありがとう。その……すごく、助かったわ」
一柳隊の面々にお礼を言うと、みんな強く頷いてくれた。本当に、良い仲間を持ったものだ。
これでやっと、美鈴お姉様も報われる。私たちは、やっと一つ何かを乗り越えた気がした。
「あ、そういえば夢結様のダインスレイフ!」
倒したヒュージを尻目にみんなで和気藹々としていた私たちの耳に飛び込んできたのは、二水さんのそんな声だった。
そうだ、そういえばヒュージに刺さっていたダインスレイフはどうなったのだろう。
二水さんの鶴の一声で、みんなで探し始める。ヒュージの死体はいずれ空気に溶けて消えていくが、そんなの待っていられない。
「梅、そっちはどう?」
「ダメだ、見つからない……。鶴紗ー?」
「上に同じ。瑠璃は?」
「こっちもないよぉー……」
「二水さんはどう?鷹の目で見つかりそう?」
「うーん…………いえ、今のところは」
二水さんの鷹の目をもってしても見つからない。となれば、ヒュージの死体の下にある可能性もある。
「うぇ、この下を探すんですの……?」
「お姉様のためですから!私、頑張って探します!」
「り、梨璃さん!?そんな、ヒュージの体液で梨璃さんがぐちょぐちょに……!ぐへへ」
「楓、真面目に探そうね〜」
「お姉様もぐちょぐちょに!?」
「楓には何を言ってもダメそうじゃの……」
楓さんの平常運転の変態さもなんだか面白くて、クスッと笑ってしまう。今の私は、なんとも晴れやかな気分だった。
手伝ってくれるみんなのためにも早く探さなければ。
「夢結様、やっぱり一度ヒュージが消えるまで待った方がいいんじゃ……」
「そうですわね。楓さんの興奮具合も大変なことになっていますし」
くまなく探したはずなのだが、中々CHARMは見つからない。確かにヒュージに刺さっていたはずなのに。
「そうね……そうするべきかしら……」
雨嘉さんや神琳さんの言うように、一度体勢を立て直したほうが良いのか。そう思っていたその時、「あっ」と梨璃が声を上げた。
「お姉様!これって……!」
梨璃は、ヒュージの死体の1番上にいた。私もそこへ向かい、梨璃の指差すものを見る。
「これは……」
鈍く金色に輝く刀身。それは確かに、私のダインスレイフだった。そこかしこについている傷も、私が使っていたものと一致している。
「梨璃、お手柄だわ」
「えへへ、ありがとうございます!でも……」
ダインスレイフを見つけてくれた梨璃を撫でるが、しかし梨璃の表情は浮かない。
「どうしたの?梨璃」
「いえその……こんなに目立つところにあるなら誰か気付くはずなのに、なんで誰も気付かなかったんだろうって。二水ちゃんだって鷹の目を使ってくれたのに」
「……」
確かに、その通りだ。二水さんはこういう場面では誠実な人だし、そうでなくとも私たちの誰かがここを探さないわけがない。既にヒュージを倒してから結構な時間が経っていて、隈なく探したはずだったのに、こんな目立つ場所にあるダインスレイフを今の今まで誰も見つけられなかったのは何故なのだろう。
「……まあ、それは後で考えましょう。今は早くこれを持っていかないと」
疑問は残る。しかし、今はその疑問の解決よりもダインスレイフを持って帰ることが先決だ。ダインスレイフの柄に手をかけて引くと、あっさりとヒュージの身体から抜けた。
「ダインスレイフ……」
金色の大剣の重さは、あの頃と全く同じだった。美鈴お姉様が持っていってしまったダインスレイフ、それをついに取り返したと実感が湧いてくる。
「みんな!見つかったわ、ありがとう!じゃあ、そろそろ帰り───」
ましょう。そう言いかけた時、遠くから流瑠お姉様の声が私の耳を劈いた。
「夢結!危ない!」
「え──」
私の脳はそれをいち早く聞き取って、すぐに戦闘態勢に───なる暇も、無かった。
構えたはずのダインスレイフが、私の手元になかったからだ。
「…………え?」
「あなたは誰……!?」
顔を上げれば、目の前には流瑠お姉様の背中がある。いつの間にか私を守るように前に立っていたらしい。
傍には梨璃もおり、CHARMを構えている。
周囲を見れば一柳隊の面々は既に戦闘体制だ。私も呆けていた思考を振り払ってブリューナクを手に取った。
お姉様の背中越しに、お姉様が睨みつける先を見る。
そこにいたのは……
「…………」
「もう一度聞くよ。あなたは、誰……?」
バイザー、とでも言えば良いのだろうか。黒い仮面を着けた、おそらくはリリィと思われるシルエット。長く伸ばされた髪は、私や流瑠お姉様と同じくらいだろうか。端を赤のレースで彩られた真っ黒な衣装は、彼女をふわりと包み込んでいる。その手には、金色の大剣。私から奪い取ったらしいダインスレイフがあった。
「………………」
流瑠お姉様からの問いかけに、しかし彼女は何も答えない。ジリ、と戦況が動き出そうとする。雨嘉さんは既に射撃体勢になり、神琳さん、楓さん、梅が彼女を囲むように陣形を作っている。
リリィと刃を交えるのは不本意だが、あのCHARMは大切な美鈴お姉様の形見だ。やっとヒュージから取り返したのに持ち去られてはたまらない。彼女に渡す気がないなら、力ずくでも。
「それ、返してくれませんか?!お姉様の大切な方の形見なんです!」
そんなことを考えていたが、しかし梨璃が一歩前に出た。CHARMを下ろし、戦う意志がないことを示しながら。
はっとして、私もCHARMを下ろす。そうだ、話が通じないと決まったわけではない。どうも頭に血が上っていたらしい。
梨璃や私の様子に気付いたのか、楓さん達もCHARMを下ろし始める。目の前のリリィに戦闘の意志が無さそうなこともあって、段々とひりついていた空気が解けていくようだった、
……しかし、そんな中。CHARMを下さないリリィが一人。
流瑠お姉様だった。
「お姉様……?」
背中越しに見えるお姉様の横顔を見て、私は驚愕した。お姉様は珠のような汗をかいて、心なしか身体も震えているようだった。
「答えて!あなたは誰なの!?」
「お、お姉ちゃん落ち着いて……」
必死、とも呼べそうなお姉様の様子に梨璃も駆け寄るが、それに気付かないほどお姉様は目の前のリリィに釘付けになっているようだった。流石の私も、異様な様子のお姉様を見て尋常でないことを悟る。
「…………」
黒衣のリリィはお姉様の質問に答えないまま、何度かぐっぐっと感触を確かめるようにダインスレイフの柄を握った。そして、心なしかフッと笑みを浮かべ──
まるで、お姉様の質問に答えてやろう、とでも言うかのように。自分が何者なのか、見せつけるように。
「なっ……!?」
「………っ!!」
その構えを見た瞬間。私の頭は、真っ白になった。
それは、その構えは……
「美鈴、お姉様……?」
直後、「ガギィィィッ!」という金属同士がぶつかり擦れる大きな音で、私の思考は帰ってきた。
「答えなさいっ!!あなたは誰なの!?なんで、なんで美鈴の構えを知ってるの!!?」
「……ふっ」
お姉様の大剣と、リリィの持つ金色の大剣の鍔迫り合い。どうやらその音らしかった。いつの間にかお姉様が飛び出して、仮面のリリィにCHARMを振るっていたらしい。あの「リリィ大好き」なお姉様がリリィに対してCHARMを振るうなんて珍しいことだ。思えば、あんなに狼狽えているお姉様も珍しい。
とはいえ、お姉さまの気持ちもわかる。ダインスレイフを持って、あの構え。私は一瞬でも……否、今も、彼女が美鈴お姉様なんじゃないかと思ってしまっている。流瑠お姉様も多分そうなんだろう。
でも、あり得ない。美鈴お姉様はあの時、甲州撤退戦で間違いなく死んだのだから。
お姉様のCHARMでの一撃を完全に防いだ仮面のリリィは、余裕すら感じさせる笑みを零した。その様子すら、どこか美鈴お姉様を見ているようだ。
「あの人、流瑠様とやりあってる……?」
幾度も続くCHARM同士のぶつかり合い。リリィ同士が戦うこともある様なガーデンでは普通の光景だが、それを百合ヶ丘で、果ては流瑠お姉様がしているとなれば話は全く違う。
流瑠お姉様は、はっきり言って強い。デュエルでも集団戦でも、私では敵わないほど。なのに、仮面のリリィはまるで流瑠お姉様の攻撃を見切っているかの様にかわし、いなし、弾く。
──強い。間違いなく、私よりも。
「お姉様、加勢を!」
天下の三巴流瑠が苦戦している。そんな想定外の状況に1番に対応したのは楓さんだった。仮面のリリィに向かって、ジョワユーズと共に突っ込んでいく。
「楓、ダメっ!来ないで!」
お姉様の静止の声。それを無視してCHARMを振るう楓さん。狙いはおそらく、持っているダインスレイフ。当の仮面のリリィはお姉様に抑え込まれていて、確実に当たるコースだ。
「貰いましたわ!」
──しかし。
ガキィンッ!
「か、えで……だからダメだって……!」
「…………え、あ……?」
しかし、楓さんのCHARMが捉えていたのはお姉様のCHARMだった。
暫し呆けていた楓さんだったが、すぐにCHARMを下ろした。楓さん自身でも、今何故流瑠お姉様と鍔迫り合っていたのかわからないらしい。青ざめた顔からは強い動揺が窺える。多分、
今、何が起こった?仮面のリリィに振るわれたはずのCHARMがお姉様に向けられ……いや、楓さんは
矛盾しているようだが、私にはそうとしか思えなかった。
「お、お姉様……ごめんなさ……そんな、そんなつもりは……」
「……ふぅ。ううん、大丈夫。楓のおかげで、ちょっと頭も冷えたしね。でもダメだって言ったでしょ?」
「は、はい……」
警戒しながらとは言え、仮面のリリィの前でお姉様は楓さんを抱きしめる。悠長にも見えるが、楓さんのメンタルの回復にはそれが良いと判断したのだろう。仮面のリリィにも動きはない。
「大丈夫。大丈夫だから」
「……は、はい」
何事かをボソボソと二人が囁いている間に、仮面のリリィはCHARMをゆっくりと構え直す。戦闘態勢。相変わらず美鈴お姉様の構え方だ。
まるで煽る様なその態度に、今度は梅と鶴紗さん、瑠璃さんが飛び出した。
「それは!その型は美鈴様のだ!夢結や流瑠様の心を乱してなんのつもりだ!?」
「楓は、まっすぐに突っ込んでいってダメだった……!」
「でも、3人でなら!」
三方向からの同時攻撃。これもまた、間違いなく敵を捉えられるはずの連携だ。
しかし。
「うぇっ!?」
「瑠璃、梅先輩っ!」
「くっそ、どこに行った!?」
これも不発に終わる。三方向から同時に攻撃したはずなのに、その中心に仮面のリリィの姿はない。
消えた。何の前触れもなく。流石に楓さんの突撃から予想はしていた様で、3人ともぶつかることはなかったが、原因も前兆もない消滅で困惑してばかりだ。
その時だった。キョロキョロと仮面のリリィを探す梅の背中を、ちょんちょんとつつく影が突如として出現したのは。
「っ!?お前っ!」
もちろん、仮面のリリィだ。梅の振り向き様の横薙ぎを余裕を持って回避し、ふわりふわりと崩れそうな建物の上を飛び回る。
「……今です、雨嘉さん」
「うん」
だが、1番安定した足場になりそうな建物の屋上に飛び乗ろうとした彼女を、砲撃が襲った。
雨嘉さんの砲撃だ。マギの弾丸は正確にダインスレイフの刀身を撃ち抜こうとしている。着弾予想は着地の瞬間。避けられない、完璧なタイミング。
「……え?」
だが、仮面のリリィの手からダインスレイフは落ちなかった。当たったのに、ではない。"当たらなかった"のだ。まるで、仮面のリリィやダインスレイフを、マギの弾丸がすり抜けるように。
「雨嘉さん、後ろっ!」
神琳さんの声が響く。射撃に集中していた雨嘉さんの後ろには、いつの間にか仮面のリリィの姿があった。雨嘉さんのいる場所と仮面のリリィがいたはずの場所には少なくとも数百メートルの開きがあったはず。なのに、仮面のリリィは既に雨嘉さんに向けてダインスレイフを振り上げていた。
あまりにも、
「っ!!」
雨嘉さんは咄嗟にアステリオンで防御するが、アステリオンはクッキーでも割るかの様に簡単にダインスレイフで砕かれてしまった。
仮面のリリィは、アステリオンを砕くと雨嘉さんから距離を取る。まるで、CHARMの破壊が目当てだったかのように。
「雨嘉さん、下がって」
「うん。……神琳、気をつけて」
雨嘉さんを守るように、今度は神琳さんが前に立った。続けて、楓さんや流瑠お姉様、ミリアムさんが仮面のリリィの前に立ち塞がる。
「お姉様、私たちも!」
「……ええ」
梨璃に誘われ、私もそちらへ向かう。仮面のリリィは、まるで私を待っていたかの様に棒立ちになったままだった。殺気どころか、警戒心も感じない。私たちなど歯牙にもかけない、ということなのだろうか。
「……あなたは、美鈴お姉様なの……?」
「…………」
無言。どうやら質問に答える気はないらしい。
私もみんなと協力して……と思ったが、はじめてのルナティックトランサー・ディセンションでかなり疲労が蓄積している。私が加わると却ってみんなの邪魔になるかもしれない。
「ダインスレイフを返して。それは私の……私たちの大切な人の形見なの」
訴えるも、やはり仮面のリリィは微動だにしない。
やはり、無理にでも奪うしか無いのか。CHARMを構える。そして、まさに踏み込もうとした、その瞬間。
仮面のリリィは、唇を開いた。
「……夢結」
そこから紡ぎ出されたのは
あまりにも懐かしい音。
「──────」
動きが止まる。
世界が静止する。
聴こえるべきじゃなかったその声に、私は
「夢結。わたしは、あなたを──」
私の頭は
強く
つよく
ゆさぶら
れ
て
「御前。お戯れが過ぎるのでは?」
────戻って、きた。
凛々しい声に、まるで意識を引き戻されるかの様に。
「……琴陽さん」
御前、と呼ばれた仮面のリリィの傍には、いつの間にか桃色の髪のリリィが侍っていた。
どこか梨璃に似ていて、でも決定的に何かが違う。そんなリリィのように見えた。
「帰りましょう、御前。貴女の目的は達しました」
「…………」
「待ちなさい!あなたたちには聞きたいことが山ほど」
何の事情も察せないまま帰ろうとする彼女らを止めようとするも、「琴陽さん」と呼ばれたリリィが虚空に向けてCHARMからマギの弾丸を一発放つ。砲撃音に驚いて止まってしまった数瞬の間に、「御前」はフッと消えてしまった。私の、ダインスレイフと共に。
辺りを見渡しても、もう「御前」は影も形もない。どうやら追跡は諦めた方がよさそうだ。
……となれば。
残る一人に情報を求め、皆の視線が集まってしまうのは仕方のないことだろう。
「琴陽、ちゃん」
「……お久しぶりです、流瑠様。その節はどうも」
琴陽と呼ばれている、桃色の髪の彼女。どうやら流瑠お姉様とは顔見知りらしい。みんなが見つめる中、二人は言葉を交わす。
「うん。……あの後、お友達は?」
「……元気、だと思います」
「連絡、取ってる?ちゃんと連絡してあげないときっと心配するよ」
まるで母親のような、彼女を案ずる表情を浮かべる流瑠お姉様に、琴陽さんの顔は曇る。
これだ。この人の真骨頂は。
私は今ダインスレイフで頭がいっぱいになっていたし、もしも琴陽さんとやらを尋問するなら、性急になって御前や目的について話を聞こうとしていただろう。
お姉様は違う。一見この場にそぐわない話から始めて、まずは相手の警戒感を弛める。計算してやっていることかはわからないが、これがこの人の人心掌握術なのだ。
……しかし、琴陽さんは頭を振って、表情を厳しくした。
「流瑠様、私は強化リリィです」
「……っ」
その宣言に、お姉様はつらそうに顔を歪めた。まるで、その責任が自分にあるとでも言うかのように。
「あの子は、友達はどうにかG.E.H.E.N.Aの魔の手から逃れられました。でも、私は……。
甲州撤退戦の後、G.E.H.E.N.Aに捕まって酷い実験ばかりされました。そんな私を助けてくれたのが、あのお方。御前でした。だから私は御前と共に行きます」
「…………そう」
琴陽さんの強い言葉に、お姉様は俯く。琴陽さんの言い分からは「友達に迷惑をかけたくない」という思いも見えて、だから俯くしかなかったのかもしれない。
「琴陽ちゃんと御前の、目的は……?」
「……そうですね。今はまだ、明確な方向性が決まってるわけじゃありませんが……とりあえず、G.E.H.E.N.Aを潰そうかと」
「それは……」
G.E.H.E.N.Aを潰す。その言葉に、周囲がざわりと揺れた。
G.E.H.E.N.A。たしかに強化リリィを生み出したりとその行いは非人道的なものが多いが、そんなことが可能なのだろうか。
そんな疑問を読み取ったかのように琴陽さんは「私たちなら可能です」と自信ありげな様子を見せ、瑠璃さんと鶴紗さんの方に目を向けた。
「安藤さん、四ツ谷さん。あなたたちも私たちと共に来ますか?あなた方もまた、強化リリィとしてG.E.H.E.N.Aに改造されてしまった同士。あの苦しみ、つらさを味わったなら、きっと私たちの考えもわかってくれるでしょう?」
「なっ……!」
唐突な勧誘に声を上げたのは梅だった。瑠璃さんも鶴紗さんも強化リリィであることは知っていたが、だからといって一柳隊を抜けられても困る。
しかし、難しい顔をしている鶴紗さんや瑠璃さんは、G.E.H.E.N.Aを潰したいほどの恨みを抱いているのだろうか。私は強化リリィではないから、想像することしかできない。
「まてまてまて!なんでそうなる!?G.E.H.E.N.A潰すならお前らで勝手にやってくれ!」
「ついてくるかどうかを決めるのはお二人のはずです、吉村・thi・梅様。……それで、どうですか?」
暫し無言で考えていた二人だが、少しして顔を同時に上げ、お互いに目を合わせて頷き合った。
「私たちは」
「流瑠お姉ちゃんと一緒にいる」
どんな迷いを二人が感じていたのか、やはり、強化リリィでない私には計り知れないものがあるのだろう。それでも、彼女たちの目からは確かな覚悟を感じた。
それを琴陽さんもわかったのか、ふぅと一つため息を吐き……流瑠お姉様の前で、傅いた。
「……将を射んとすればまず馬から、と思いましたが、そうなりますか。でしたら、本題に入りましょう。
流瑠様……いえ、我らが
「なっ…………」
「…………」
俯いたままの流瑠お姉様。その返答を、琴陽さんだけでなくみんなが見守る。楓さんは声を上げそうになったが、私と同じく説得の材料が見つからなかったのか、悔しそうに俯いてしまった。
「プリンセス」が何を指すのか、私にはわからなかったが。たしかにお姉様はプリンセスと言われても違和感がないくらい綺麗な方だが、多分そう言うことではないのだろう。
お姉様は、どのような結論を出すのだろうか。お姉様だってG.E.H.E.N.Aの魔手に晒された一人だ。その強化施術も並のものでは無かったと聞く。
……もし、お姉さまがここで「G.E.H.E.N.Aを潰すために協力する」と言ったら、私たちはどうしたらいいのだろう。
瑠璃さんや鶴紗さんはついていくと言った。なら、私や梨璃や楓さんたちは?
きっと私は行けない。でも、放ってもおけない。お姉様は目を離すとすぐ無茶をしてしまうだろうから。
やっと4人で掴みかけている幸せなのに、またバラバラになってしまうのだろうか。
……怖い。お姉様ともう一度離れるのが、なによりも恐ろしい。
でも、説得するにはあまりにも私たちは無知で、無神経だ。強化リリィの苦しみなんてわからないのだから。
だから、私たちは固唾を飲んで見守るしかなかった。
「…………私は、協力はできないかな」
顔を上げたお姉様の拒絶の言葉に、一同がほっと息を吐いて緊張が解けるのを感じる。かく言う私も、やっと胸を撫で下ろした。
一方で不満そうなのは琴陽さんだ。傅いた状態から立ち上がり、膝を手で払った。
「それは、何故です?」
「G.E.H.E.N.Aは……悔しいけど、あれでも多くのリリィの面倒を見てる。G.E.H.E.N.Aを潰してしまえば、沢山のリリィが路頭に迷うことになる。百合ヶ丘や他のガーデンだって受け入れるところはあるだろうけど、強化リリィをちゃんと診てあげられるだけの施設や設備はそんなに多くない。短絡的に潰すのは……得策じゃないよ」
「……そうですか。まあ、無理強いするつもりもありませんが……協力『は』、していただけないんですね?」
「うん。それに私、ここには大切なものが多すぎるからね。やっと、大切なものが何かってわかったの。だから……」
「離れる気はない、ですか。
「わかった」
琴陽さんの要求に、流瑠お姉様は躊躇なく頷いた。
意外だ。誘いを断った以上、お姉様はG.E.H.E.N.Aを潰すのを止めようとするかとも思ったのだが。
「では、私はこれで」
「まって、琴陽ちゃん!」
要件は済んだ、とばかりに去っていこうとする琴陽さんを、流瑠お姉様が引き留める。
立ち止まる琴陽さんに、お姉様は意を決したように問いかけた。
「御前は……一体誰なの?琴陽ちゃんは知ってるんだよね?」
恐る恐る、といった様子で言葉を選ぶお姉様に、琴陽さんは背を向けたまま、呟くように答えた、
「……もうわかっているのでしょう?あなたの力は、そのくらい容易く見抜くはず」
「…………」
返答に、お姉様はまた思い詰めた顔で下を向いてしまった。
そんなお姉様をちらと横目に見て、琴陽さんは再度口を開く。
「……そういえば。G.E.H.E.N.Aの内情を探っていたのですが、流瑠様、貴女の"刻印"。ことと次第によっては、それが使われる可能性があります。そう遠くないうちに」
「……っ!?」
「警告はしました。……気が変わったら、いつでもお呼びください。私たちは貴女を待っています、
そう言って一礼し、今度こそ琴陽さんは去っていった。去り際に、意味ありげに私の方を見ていたが、あの目はどういう目だったのだろう。
去って行く彼女を止める者は誰もいない。あの御前というリリィとの戦闘、そしてアールヴヘイムを下したヒュージとの戦闘。そのどちらもが、小さくない負担を私たちにかけていた。琴陽さんは、おそらくかなり手練れのリリィだ。今の一柳隊で追いかけて行っても返り討ちに会うだけ。私が全快の状態でも、負けはしないにしても勝てるかどうか。唯一止められそうなお姉様も、俯いて動かない。
桃色の髪をたなびかせた彼女は、悠々と百合ヶ丘から飛翔して出て行ったのであった。
「……帰ろっか」
暫く誰もが動けないままだったが、流瑠お姉様の一声で、まるで緊張が解けたかのように全員が動き始めた。
いや、実際に緊張が解けたのだろう。その証拠に、ある者は地べたにへたりと座り込み、ある者は親友と肩を寄せ合う。
ヒュージ。御前。私たちは短時間に、あんなにも強い敵と連戦したのだ。無理もない。
そんな中、私と梨璃は、お姉様のところへ向かった。
「お姉様、あのリリィは……」
お姉様は伏し目がちなままだったが、それでも少し顔を上げて、口を開いた。
「あの子は、
「G.E.H.E.N.Aに?」
「……うん。わかるよね?強化リリィにされたの。一緒にいた琴陽ちゃんの友達はどうにか逃げられたみたいだけど……琴陽ちゃんは」
その先は、言わなくてもわかった。好きなように身体を弄られて、あんな、私と同等となるほどのリリィに仕立て上げられて。どれほどの苦痛を耐え抜いて来たのだろうか。
話を聞いていた梨璃や楓さんは複雑な表情をしていたが、多分1番複雑なのは瑠璃さんと鶴紗さんだろう。最終的に流瑠お姉様といることを選んだ二人だが、きっと琴陽さんに同情する部分もあったはずだ。
「琴陽ちゃん、今はルド女の所属だったはずなんだけど……」
ルド女、ルドビコ女学院。東京御三家ガーデンの一角で、G.E.H.E.N.Aラボをバックに持つ親G.E.H.E.N.Aガーデンの一つだ。G.E.H.E.N.Aラボに支援されているガーデンは数あれど、ルド女はその中でも最大級。もしかしたら、琴陽さんはそこでG.E.H.E.N.Aを潰す機会を窺っているのかもしれない。
「あの、お姉ちゃん。さっき琴陽さんが言ってた『刻印』って…?」
「え?あ……うん。刻印っていうのはね、これのこと」
そう言って流瑠お姉様は、唐突に上着をはだけ始めた。
「ちょっちょっちょ、お姉ちゃん!?」と梨璃がわたわたして止めようとするが、お姉様はスルスルと脱いでいく。
「ほら、背中にあるでしょ?」
お姉様が長い髪を持ち上げると、確かにそこには一対の天使の羽のような、光り輝く紋章があった。これが刻印、というやつなのだろうか。
……それはそれとして、お姉様の綺麗な背中を見るとなんだかすごくムラムラする。お姉様の背中に変なところなんて無いのに、何故だろう。
息が荒くなってはいないだろうか。梨璃やお姉様にはしたない女の子だと思われたくない。我慢しなければ。
「私の背中にある刻印。これが強化リリィの目印なの。まあ、強化リリィならみんな、どこにどんな刻印があるのかは違うんだけどね」
「ちなみに私はここだよ〜」
強化リリィの話題と見てお姉様の隣にきた瑠璃さんが髪をかき上げる。すると、確かに首筋の後ろに5枚の花弁のような刻印が見えた。
「鶴紗さんもあるの?」
梨璃が興味深げに聞くが、当の鶴紗さんはモジモジとしている。
「……恥ずかしいから、言わない」
「鶴紗のはね〜、あそ」
「瑠璃!!言わないで!!」
「もー、恥ずかしがり屋だなぁ♪」
楽しそうに話す二人だが、刻印はG.E.H.E.N.Aから強化を受けた証。きっと、この刻印にも複雑な思いがあるのだろう。
「それで、琴陽さんが言ってた『刻印が使われる』ってどういうことですか?」
梨璃の口から出た疑問に、お姉様はピクリと肩を震わせた。
確かに、琴陽さんはそんなことを言っていた。お姉様の話によれば、刻印とは『強化リリィである証』としか受け取れなかったのだが。
「…………さあ、何のことだろうね?」
「お姉様……」
……眉尻を下げて笑うお姉様は、まるで美鈴お姉様が亡くなられた時のように弱々しくて。「嘘をついている」なんて、あまりにもわかりやすくて。
つらくて、苦しそうで。あの時、側にいられなかったことがフラッシュバックして私の胸まで苦しくなってくる。
そうだ。手を伸ばさなきゃ。今度こそ、苦しみをちゃんと分け合って一緒にいなければ。
そう思いながらも動かない私の両手は……唐突に、温もりに包まれた。
「お姉様、大丈夫です!」
「ほら。行きますわよ夢結様」
「梨璃、楓さん……」
梨璃は明るく、楓さんは少しだけ呆れた表情で。私の手を取って、お姉様のところへ連れて行ってくれる。
「流瑠お姉様。言いたくないのなら、今そのことを深く聞きは致しません。でも、あなたのそんな顔は見たくありませんの。
……辛い時は、頼ってくださいまし。わたくしたち、そういう関係でしょう?」
楓さんの優しい声に、お姉様はハッと顔を上げた。その目尻には、少し光るものがあった。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん!私たち、絶対お姉ちゃんから離れてあげませんから!ね、お姉様!」
梨璃の明るい声に、お姉様の目からは一筋の雫が落ちていった。
私も、梨璃の言葉に頷く。
「……ええ、そうですお姉様。もうお姉様を一人にしないって決めましたから。お姉様とずっと一緒に居ると。だから、どうか一人で泣かないでください。私にも……私たちにも、一緒に泣かせてください」
そうだ。もう私は、あの頃みたいに一人じゃない。
楓さんがいる。梨璃がいる。お姉様がいる。
あの頃みたいになりそうになっても、私たちは4人だ。
私が挫けそうになっても、楓さんや梨璃が引っ張ってくれた。
だから今度は、泣いているお姉様の涙を私が、私たちが拭ってあげなければ。
お姉様の涙は、まるで堰き止めていた水門が開いたかのように、次から次にどんどんと流れているのだから。
「みんな…………多分、いっぱい迷惑かけちゃうよ?」
「ええ」
楓さんが頷く。
「傷ついちゃうかもしれないよ?」
「うん」
梨璃が頷く。
「しんじゃう、かもしれないんだよ?」
「はい」
私も、頷く。
「ぐすっ……なのに、私と……一緒にいてくれる、の……?」
「お姉様」
一歩、前に出る。
お姉様を抱き締めると、お姉様の温もりが私の腕の中に収まった。
なんだか不思議な感覚だ。いつもはお姉様にこうして抱きしめられているのに、今は私がお姉様を抱きしめている。
私を抱きしめてくれるお姉様はいつも、こんなにあったかくて愛しい気持ちだったのだろうか。
「大丈夫です。私たち、絶対にいなくなったりしませんから」
「ゆゆぅ……」
私を抱きしめ返すお姉様は、いつもより弱々しい。
お姉様だって女の子だ。いつも守って貰ってばかりの私だけれど。
次は私がお姉様を守れるといいな、と、腕の中の温もりを一層強く抱きしめた。
「えへへ、ごめんね。カッコ悪いとこ見せちゃった」
お姉様が泣き止む頃には、もう夕暮れだった。私たち以外の面々は既に寮に帰って休んでいる。
夕陽に照らされてはにかむお姉様は、少しは立ち直った様子だった。
「たまにはカッコ悪いくらいがいいですわよ。その方が可愛らしいですし♡」
楓さんの言葉に、私も同意する。お姉様は笑顔が1番だ。
お姉様が琴陽さんに言われた言葉に何を感じ取ったのかはわからないが、察するにかなり危険なのかもしれない。
「刻印」。強化リリィの証であるそれが、どのように流瑠お姉様の心を蝕んでいるのかなんて、私には想像もつかない。瑠璃さんや鶴紗さんも思い当たる節はなさそうだったから、二人にもわからないのだろう。
「お姉ちゃん……無理やり聞こうとはしませんけど、いつでも相談してくださいね?お姉ちゃんは一人じゃないんですから」
「……うん。ありがとね」
お礼と共に梨璃を抱きしめるお姉様の腕からは、徐々に震えが無くなっていく。梨璃を抱きしめて安心する感じは私にもよくわかる。小さいしふわふわしていて、凄く抱き心地が良いのだ。不安な時にギュッとすると心が安らぐので、よくお世話になっている。
「さて、わたくし達も帰りましょう?」
楓さんの言葉に頷き、私たちも帰路へ着く。
不思議と、あの「御前」という仮面のリリィや持ち去られたダインスレイフの話題は出なかった。何か知っているらしいお姉様に聞いても教えてくれないだろうとわかっていたからだろうか。ダインスレイフは……悔しいけれど、私は美鈴お姉様の仇が取れたことがなによりも大切だった。だから、今はいい。いつか必ず取り返してみせるから。
お姉様を非難するつもりはさらさらないのだ。お姉様が私たちのことを思って言わないでおいてくれるのはわかっているし、私だって言いにくいことはある。
「お姉様、今日は何を食べましょうか」
「そうだねぇ〜、今日はみんな頑張ったし、私が作っちゃおうかな」
「あ!じゃあ肉じゃが!肉じゃがが食べたいですお姉ちゃん!」
……でも、お姉様が一人で抱え込んでしまうのが1番心配だ。本当は寂しがりやで、でも一人で抱え込んでしまうお姉様の心を少しでも癒すには、こうしてそばにいるしかない。
「私もそれがいいです。楓さんは?」
「もちろん、お姉様が作ってくださるものなら何だって大歓迎ですわ!」
お姉様の悲しそうな、不安そうな顔を見ると、胸がズキズキと痛む。私までつらくなる。だから、私たちがそばにいることで、お姉様が笑顔でいられる時間が少しでも長くなりますように。
そう願わずにはいられなかった。
「うう……お姉様……」
と、そう言ったは良いものの。私は今、お姉様に頼らざるを得ない状況になっていた。
夕食後、お姉様達と分かれて自分の部屋に戻り、ベットに入った私だが、何故か全く眠れなかった。
身体が熱い。ジクジクする。まるで、今は曖昧になってしまった真夏の暑さの中にいるようだ。思わず布団を剥ぐが、暑い。パジャマのボタンを外してはだけるが、まだ熱い。
「祀は……」
「すぅ……すぅ……」
「……寝てる、わよね」
ルームメイトの祀はとっくに寝ている。暑さなんて全く感じさせない穏やかな寝顔だ。原因はわからないが、この暑さは私だけ、ということだろうか。起こさないようにそろそろとベッドを降り、冷蔵庫を開けた。
「はぁ……」
ひんやりとした冷気が身体を包む。少しだけ身体の疼きも落ち着いた気がしたが、ずっとこうしているわけにはいかない。冷蔵庫の電気勿体無いし。
「……」
そういえば、楓さんが私の誕生日に持ってきてくれた巨大冷蔵庫。もらっておけばよかったかな、なんて思う程度には、どうやら私の頭は暑さでやられているらしい。
お姉様は、起きているだろうか。消灯時間はとっくに過ぎている。こんな時間にお部屋に行っては迷惑ではないだろうか。
「う、う……」
でも、今は凄くお姉様に会いたい。抑えられない。
会いたい。逢いたい。会いたい。
身体が、心が疼いて仕方ない。
「おねえ、さまぁ……」
居てもたってもいられず、玄関のドアを開けた。
涼やかな夜の空気が入り込み、少しだけ暑さが紛れる。
フラフラ、フラフラと寮を歩くと、いつの間にかお姉様の部屋の前だ。後から思えば、寮監に見つからなかったのはあまりにも運が良かったが。
ドアノブに手をかけ、しかしその手は途中で止まった。今更になって、開いていなかったらどうしよう、という根本的な問題に行き着いてしまったのだ。
「あ……」
だが、そんな心配は杞憂に終わった。ドアノブを回すと、ドアは音も立てずに開いたのだ。
正直不安になるくらいの警戒の薄さだが、私にとっては都合が良い。お姉様に会うため、私は中へと足を踏み入れた。
「ひっく……ぐすっ……」
「おねえ、さま?」
「はぁ」
優しいスタンドライトに照らされた室内。私は横になるような気分にもなれず、ベッドの上で座っていた。
最初、全く気配に気付かなかった。
私は、常に警戒を欠かしたことなんてない。寝てる時も、ヒュージと戦っている時も、食事の時も、大切なみんなと一緒に過ごしている時も。
なのに、気付かなかった。あの仮面のリリィが夢結の背後に唐突に現れるまで、全くと言っていいほど。
琴陽ちゃんが言うように、あのリリィの正体にある程度の推測は付いている。私はマギに敏感だ。顔や様子で誤魔化せても、マギの質で私を誤魔化すことなんてできない。でも、それは信じたくない結果だった。
だって、御前の纏うマギの気配は、間違いなく“あの子”だったから。
そして、琴陽ちゃんの最後の警告。私の「刻印」が使われるかもしれないというもの。
正直、私はそれを1番に恐れていた。私がG.E.H.E.N.Aに大々的に手を出せない理由はそこだ。
今は可能性の示唆に留まっているけれど、もしも本当にそれが起こるなら……私は、このまま百合ヶ丘にいて良いのだろうか。琴陽ちゃん達に着いて行ったら方が良いのではないか。そんなことすら思ってしまう。
「どうしよ……私、どうしたら……」
琴陽ちゃんの話は断った。私はここに大切なものがあって、それを守りたくて、だからここから離れたくないと思った。
でも、本当にそれでいいのだろうか?私の大切なものは、本当にここにあるものだけなのだろうか?
御台場女学校の子達。ルドビコ女学院の子達。
エレンスゲ。神庭。桜ノ杜。メルクリウス。相模。聖橋。イルマ……私の大切な妹は、挙げればキリがないほど居る。
みんなを守りたくて、今まで沢山の学校で指導してきた。沢山のリリィを助けてきた。
なのに最近は、百合ヶ丘に……というより、梨璃や夢結、楓、一柳隊のみんなに付きっきりだ。一柳隊以外の百合ヶ丘生との交流すらも減ってしまっている。
他のみんなのことは大切じゃなくなってしまったのだろうか?他のリリィ達はどうでもよくなってしまったのだろうか?そんなことはない、と否定したかったけれど、今の私が一柳隊……否。梨璃、夢結、楓以外の子達と過ごす時間が減っているのは明らかだ。それは、とても寂しいことな気がした。
そして……このままここにいたら、大切な子達にすら迷惑をかけてしまうかもしれない。
今日何度も私の心を締め付けた「刻印」という言葉が脳裏をまた過る。
もしも最悪のタイミングで使われたら。そう考えると、怖くて、不安で堪らなくなる。
だから、私はここを離れた方が───
「……あ」
ぽとり、とパジャマに水滴が落ちた。どうやら泣いてしまっているらしい。
ダメだ。一人はいけない。一人でいると、「お姉ちゃん」として強いところを見せようとする神経が途切れてしまう。弱い私が、本当の私が出てきてしまう。
私の精神は、“あの時”から成長していない。いつまでもいつまでも、子供のまま。
増えていくのは知識と記憶だけ。変化を拒む精神との狭間で、私は自分がおかしくなってしまうような感覚をいつも感じていて、でも狂ってしまうこともできない。成長も退化も、変化も。私とは無縁のものだから。
私は強いお姉ちゃん。みんなの頼れるお姉ちゃん。
絶対にみんなを裏切らない。絶対にみんなを見捨てない。
でも……どれだけ頑張っても、どれだけ助けても、リリィ達は毎日傷ついて、毎日死んでいる。
無力感を感じると同時に、その原因の一つであるG.E.H.E.N.Aを許せない。そういう気持ちも確かにあった。
『G.E.H.E.N.Aを潰そうかと』
『流瑠様……いえ、我らが
……わかっている。G.E.H.E.N.Aの横暴をこれ以上許すわけには行かない。
G.E.H.E.N.Aにだって良識を持つ人間がいるのは確かだ。でもそんなのは一握り。他は日和見の傍観主義者か……本当にリリィを道具としか思っていない人でなしども。
琴陽ちゃん達は、きっと必要悪だ。リリィが下手にG.E.H.E.N.Aに手を出せば人類とリリィとの戦争に発展しかねない。それを、リリィへの評判の被害を最小限にしながら成し遂げるには少数精鋭でなければならないのだ。
「……でも」
手を貸したい。その思いが無いわけではない。多くのリリィを守るためにも、ここを出る必要があるのは明らかだった。でも、私はここを離れたくないのだ。
今の私は、ダメだ。夢結や梨璃、楓がいないと生きていけない。愛を、恋を知ってしまったから。
でも3人を巻き込むわけには行かない。3人は明るい世界でこそ生きていくべきだから。
夢結が昼間に見せた、完成した必殺技。『ルナティックトランサー・ディセンション』。ちゃんと夢結は狂気を
きっと、夢結はこれから百合ヶ丘の希望になる。そんな夢結を、こっちの世界に巻き込みたくはなかった。
梨璃は純真無垢で優しい子だし、楓は世界的大企業の御令嬢だ。二人は裏のことなんか知らずに過ごして欲しい。
……瑠璃と鶴紗は、私についていくと言ってくれたけれど。二人は、つらい思いを今までしてきたからこそ、明るい世界で生きて欲しい。
だから、だから
「うぅ……うう〜」
拭っても拭っても、涙が溢れてくる。
いやだ。離れたくない。みんなと一緒がいい。
どうしたらいいんだろう。わからない。もう考えたくない。また涙がこぼれた。
「ひっく……ぐすっ……」
「……おねえ、さま?」
その時だった。急に夢結の声が聞こえたのは。
「ゆゆっ!?ちょ、ちょっとまって……なんでここにっ……」
驚いて振り向くと、そこにいたのは紛れもなく夢結本人だった。黄色いパジャマを着ている夢結は、不思議そうな顔で私を見ている。
すぐに涙を拭った。もしかしたらまだ目は赤いかもしれないが、涙はすぐに止まった。
「あ、お姉様……その、ごめんなさい。こんな時間に……。で、でも、部屋のドアが開いていたから」
「え……」
そうだったのか。3人と分かれてフラフラと帰ってきたから、無用心になっていたらしい。
「でも、夢結?どうしたの?こんな時間に……」
言いながら、私はどうにか心を整える。私は強いお姉ちゃん。頼れるお姉ちゃんだ。そう心の中で唱えて、弱い私を覆い隠す。
「その、お姉様。なんだか私、身体が熱くて仕方なくて……。ベッドに入っても寝られなくて。……そしたら、その。急にお姉様に、無性に会いたくなって」
「夢結……」
夢結を座らせておでこを当てると、確かに体温が上がっているようだった。体感で37.6℃くらいだろうか。
「お姉様ぁ……」
懇願するかのように熱い吐息を吐き出す夢結は、何とも扇情的だ。頬は赤らんでいて息も荒く、その姿はどこか──
「……あ」
そうだ。私はこの症状を見たことがある。瑠璃ちゃんだ。
瑠璃ちゃんがG.E.H.E.N.Aの研究所から保護されて来た時、急激な体温の上昇があった。あれはマギが暴走・活性化した結果の症状だ。
つまり、今の夢結はマギが不安定な状態なんだと思う。その原因はおそらく、夢結が昼間に使った「ルナティックトランサー・ディセンション」で──
「お姉様っ」
「きゃっ!?」
と、私は突然夢結に、ベッドに押し倒された。
夢結はますます息を荒くしていて、瞳は常夜灯に照らされて潤んでいる。
もしかして、夢結は今……
「泣いて、いらっしゃったんですか?かわいい、かわいいですお姉様っ」
「ちょ、まって夢結!まっ……んんっ」
涙の跡をペロリと舐められ、そのまま唇を奪われる。夢結の体温がこちらまで伝わってきて、身体が熱くなってしまう。
舌で口内を蹂躙され、容赦なく貪られた。流し込まれる甘い蜜をごくりと飲み込むと、私の頭まで熱で蕩けてしまいそうだ。
「はぁっ、はぁっ、ごめんなさいお姉様っ。からだ、あつくてっ、おねえさまぁっ」
「ん、はっ、あ……ゆ、ゆ」
胸やふとももを私に擦り付け、衣擦れの感覚に身体を震わせて恍惚とする夢結。
……今の夢結は冷静じゃない。私としては、このまま夢結と身体を重ねるのも全く嫌じゃないのだが、きっと夢結は行為が終わったら責任感で落ち込んでしまうだろう。
マギの暴走がこの熱の原因なら、私はそれを解決できる。瑠璃ちゃんにやったみたいに、マギの動きを抑えてやればいいのだ。
私のスキル、フリーレンを使って。
「っ、夢結、じっとしてて」
「あ……」
夢結を抱きしめてマギを感じると、案の定マギが活性化していた。すぐにマギ交感をして、私のマギを夢結の中に流し込んでいく。
「おね、さま」
「うん。大丈夫、大丈夫だよ」
夢結の体温が治まっていくのを感じる。頭を撫でてあげると、夢結は甘えるように私の胸に顔を預けた。
かわいい。すごく愛おしい。……やっぱり、離したくない。離れたくない。
「おねえさま、つめたい……きもちい……」
「うん」
やっと見つけたんだ。やっと、何よりも大切なものがわかったんだ。私はこの子たちを失いたくないし、片時だって離れたくない。離すものかと抱きしめる。だからきっと、私はここにいて正解なんだ。それでいいんだ。精一杯に正当化し、自己暗示する。
でも、それはあくまでも私の思いだ。
夢結は、私のことをどう思っているのだろう。私と同じように思ってくれているのだろうか。それとも。
「ねえ、夢結」
「…………」
「……夢結?」
腕の中の夢結から、反応はない。見ると、すやすやと寝息を立てていた。きっと疲れていたのだろう。
私も少しその気になっていたのになぁ、と苦笑して、さらさらの髪を撫でると、夢結は気持ちよさそうに寝顔を笑みの形にした。
「……ねえ、夢結。もしも、もしもだよ?夢結の大切だった人が、「もう一度やり直そう」って夢結の前に姿を現したら……夢結は、どうするのかな……」
寝ている夢結には聞こえるはずもないのに、私は思わずそんな質問をしてしまった。脳裏に思い描くのは、あの仮面のリリィのことだ。
「やっぱり、着いて行っちゃうのかな。夢結、大好きだったもんね。大切、だったんだもんね」
胸がギュッと苦しくなる。いつかあの子が夢結を連れて行ってしまうんじゃないかと、不安で堪らなくなる。夢結がいなくなったら、きっと私はまともではいられないから。
「あの子がいなくなって、悲しくて、夢結はずっと泣いてて。色々あって、やっと私のところに来てくれた」
美鈴が死んだ後、夢結と私はすれ違って、2年間も距離を置いていた。だから夢結と仲直りできた時、私は嬉しくて、本当に嬉しくて……夢結との失われた時間を取り戻すように、夢結と一緒にいた。長く離れていたからこそ、夢結がどれだけ私にとって大切なのか理解した。
「…………やだ」
だから、怖い。次に離れてしまったら、今度こそ最後の別れになるんじゃないかと、そう思ってしまう。
「やだ、やだよぉ……。夢結……私のこと捨てないで……」
私は、三巴流瑠は、強くなんかない。強いリリィを演じているだけだ。
私の心は成長しない。あの時、目の前で多くのリリィが第四世代型CHARMの実験の犠牲となって、私に怨嗟の目を向けながら死んでいったあの時から、私は何も変わらない。
本当に強いリリィというのは、今腕の中で穏やかな寝顔を見せている夢結のようなリリィのことだ。
リリィの本当の強さは心だ。つらいことも、苦しいことも乗り越えて、成長していく心。今をただ繋ぎ止めるだけじゃなく、明日を手にしようとすること。それこそが強いリリィの資格だと、私は思っている。
「すきなの。だいすきなの。あいしてるの。ゆゆ。おいていかないで。やだ。こわい。こわいよ。
ずっといっしょにいてくれるっていったのに。やだ、いかないで。ゆゆ。ゆゆ……」
私は、弱い。あまりにも弱い。発展性すらない。
ただヒュージを殺すのが上手いだけ。ただ現状に座し、これ以上の悪化も改善も望まない日和見主義者。
だから、琴陽ちゃんの勧誘を断った。だから、こうして今でも決断がつかない。
G.E.H.E.N.Aなんて嫌いだ。私だって潰してしまいたい。でも、潰したらG.E.H.E.N.Aによって生かされてるリリィたちはどうなる?G.E.H.E.N.Aの恩恵を受けている普通の人たちは?G.E.H.E.N.Aの資金援助でやっと食べていけている小さなガーデンのリリィたちは、これからも生きていけるの?
そんな迷いがぐるぐると私の頭を回り続ける。まるで出口のない迷路のようだ。
いつもそうだった。私はそうやっていつも悩んで、迷って、決められなくて、ズルズルと問題を先延ばしにした。
夢結との仲直りだってそうだ。梨璃や楓が頑張ってくれなかったら、私は今でも夢結とこうやって一緒には居られなかっただろう。
「…………」
こんな自分に嫌気が差す。夢結が離れてしまわないかと不安になってしまう原因は、こんな自分そのものだというのに。
────なら。
なら、いっそ今ここで、夢結を私のものにしてしまおうか。
「………………」
多分、できる。今ここで夢結を完全に私のものにしようとすれば……もう誰にも惑わされず、ずっと私のことだけ見てくれる夢結にすることが、できてしまう。
御前の正体が“あの子”だと知らない今が、その決定的なチャンス。
「ゆゆ……」
夢結の可愛い寝顔を撫でる。唇は瑞々しくて、思わず吸い込まれてしまいそうだ。
鼻を近づけると、シャンプーの良い匂い。
胸が高鳴る。顔が熱くなってくる。きっと夢結だって喜んで受け入れてくれるはずだ。夢結は私のことを大好きでいてくれているし、私からされることを嫌がりはしないだろう。
「ゆ、ゆ」
夢結は依存体質だ。今だって、私や梨璃に大きく依存している。一人では生きていけない、そんなリリィ。
でも大丈夫。だって私がちゃんと面倒を見るから。ずっと一緒にいるから。絶対に離さないから。だから、夢結を私のものにしても何の問題もない。私しか見えないようになっても、夢結は幸せでいられる。
「すき、すきぃ……っ」
髪に、頬に、何度もキスを落とす。
欲しい。夢結の全部が欲しい。
私は夢結のことがこんなに大好きで、夢結も私のことが大好きで。なら、私のものにすることになんの躊躇いがあろうか。誰にも否定なんてさせない。だって、だってこの思いは、
「──────。」
……この思いは、何だと言うのだろう。
本当に私は、この胸の内にあるドロドロとした暗い甘美さのことを、胸を張って愛だと言い切れるだろうか。
夢結のことを、ただ自分が安心するためだけの精神安定剤のように扱っている、なんて指摘されたら、私はきっと否定できない。そんな独りよがりな思いを愛だなんて言えるのだろうか。
「…………はぁ」
夢結を胸の内に抱えたまま、私はベッドに身を放り出す。
やっぱり、できなかった。私は前に進めない。良くも悪くも、私は変われない。
夢結を私のものにしたら、今の関係が壊れてしまう。今の「夢結」が壊れてしまう。それもまた、どうしようもなく怖いと思ってしまった。
夢結はあんなに頑張ってルナティックトランサーを克服したのに。梨璃だってもう随分と戦いに慣れて、戦場でも堂々と戦っている。自信なさげだった二水ちゃんや雨嘉ちゃんもそうだ。
また私は置いて行かれている。みんな先に進んで、私は進めなくて。
「私……ダメだなぁ」
もう幾度もした自嘲。腕の中で気持ちよさそうに眠る夢結の暖かさだけが、唯一の救いだった。
はい、ついに第6話が終了です
アニメbouquetもやっと半分、次からはついにあの子が…と言いたいところですが、もしかしたら新キャラとか…出ちゃうかも?
いつも沢山のUA、お気に入り、感想などありがとうございます!!
私はとまらねぇからよ……これからもよろしくお願いします!