お久しぶりです(n年単位投稿)
「てぇいっ!」
小柄な少女の気合いの咆哮が、空を震わせた。
同時、彼女の振るう鉄塊が敵に叩きつけられる。
ヒュージに一撃が命中したものの、少女──瑠璃は一柳隊の誰よりも小柄だ。ラージ級を相手にする今の状況では有効打にはならない。そう思う者もいただろう。
だが。
「どっ……せーいっ!」
裂吼一喝。あろうことか、瑠璃がその小さな身体に力を入れると、叩きつけられた
「おー、ホームラン」
「瑠璃ちゃん、気合い入ってるねー」
「いや、気合いとかそういう次元じゃないような……」
梨璃の感心しているのか呆けているのかわからない声に、二水は冷や汗を流しながらツッコんだ。
表面上、ヒュージは吹き飛ばされただけでそこまでのダメージを負っている様子はない。おそらく、「ただ吹き飛ばしただけ」だからだろう。ラージ級以上のヒュージは、マギによらないダメージを受けない。地面に叩きつけられただけのダメージなんて尚更だ。
しかし、なんという馬鹿力だろうか。あの巨体の体勢を崩すに留まらず、宙に浮かせてしまうとは。
「あんな芸当ができるの、御台場の鈴木
「呆けてる暇はないぞ、二水。ほれ、こっちにも
「わ、わ……!」
戦場の全てを見渡せる鷹の目とて、一点に意識を集中してしまっては見落とすこともある。自分に向かってくるヒュージをすっかり見逃していた二水は、ミリアムの一言ですぐそこまで接近していたスモール級にやっと気付き、慌てて攻撃をCHARMで防いだ。
「二水ちゃん、それは私が!二水ちゃんは鷹の目で状況把握お願い!」
「は、はい!お願いします梨璃さん!」
何とか攻撃を防いだ二水は、梨璃と入れ替わって支援に徹する。その目には、さっきまでの油断は無い。
「行きます……鷹の目っ!」
二水の瞳が赤く光り、彼女のレアスキル・鷹の目が発動した。
俯瞰視野という圧倒的なアドバンテージから得られる情報を楓や神琳に伝えることで、一柳隊の動きは格段に良くなる。
「はっはっはー!梅についてこられるカ!?」
「そのくらいの速度なら、ギリギリっ」
「梅、あまり突出しすぎないように」
梅と鶴紗が撹乱しつつ攻撃、態勢を崩す。その援護を受けて本命の攻撃を当てに行くのは夢結だ。
競うように前衛を務める梅と鶴紗は、ヒュージにとっては捉えられそうで捉えられない、絶妙なスピードで戦場を駆けている。鶴紗のファンタズムで未来を見ながら、梅の縮地で正確に撹乱する。「二人で行うスピード型ファンタズム」。それが、梅と鶴紗が新しく身につけたコンビネーションだった。
「もうお互いのスキルの感覚を……早いですね。
わたくしも見習わなくては」
それを支えるのは、郭神琳のテスタメントだ。
他人のレアスキルの効果をまた他人に。そうして与えられるスキルは、使い慣れていないと事故の元になるだけだ──が、梅と鶴紗は見事にお互いのスキルを使いこなしていた。その習熟速度に、神琳は舌を巻く。
指揮の甲斐もあるというものだ。
「ふっ──!」
気合いの吐息とともに、夢結の攻撃が瑠璃の作った打撃痕に正確に吸い込まれる。既に瑠璃の攻撃1発だけで表層が砕けかけていたヒュージの甲殻は、夢結の一撃を以って完全にその中身を露わにし、コアを剥き出しにさせるに至った。
「ミリアムさん、今ですわ」
「うむ、雑魚散らしは任せい!」
「私も小さいのを倒します!」
さらに惜しげもなくレアスキル・フェイズトランセンデンスを使ったミリアムのマギレーザーが、道を開くように小型のヒュージたちを殲滅して行く。撃ち漏らしに対処するのは、二水の援護から駆けつけた梨璃だ。
「雨嘉さん」
「うん」
そして、最後の一撃はそんな短い会話の後、殆ど間を置かず正確無比に放たれた。
誰よりも遠距離から、開かれた道を正確に突き抜け、動く相手に対して一発でコアを撃ち抜く。司令塔との息の合い方も含め、
軋むような叫び声を上げて崩れ落ちるラージ級。将の陥落に動揺するかのように統率が乱れた小型のヒュージたち向けて、まだマギに余力のあるリリィたちが迫った。
「新しい戦術、良い感じにハマりましたわね!とは言え戦闘はまだ続いていますわ。皆様、最後まで気を抜かれませんよう!」
残っているのはミドル級以下の残党のみだ。手こずることの方が難しいだろう。
だが、ここでも冷静な楓の一言は皆の背筋を正させる。凛とした司令塔の声は、何度も重ねてきた訓練の中、しっかりと一柳隊の面々に刻みつけられているようだった。
「じゃあ、仕上げにいきましょう!」
梨璃の号令に頷くメンバーたちの顔は頼もしく、油断も無ければ悲壮感もない。良い顔になった、というのはこういうことを言うのだろう。
一柳隊、結成から1ヶ月。
本日も無事、任務を終えられそうだ。
「と、こんな感じだよ」
「へぇ……良いレギオンに入ったものね、流瑠」
「えへへ、そうでしょ?」
そんな一柳隊の様子を、廃墟の上から眺める女性2人。
一人は、美しい白銀の髪と赤い瞳を楽しそうに揺らす流瑠。もう一人は、赤みがかった茶髪をふわりと風に舞わせる美しい女性だ。
「散々一人で戦うことに拘ってたあなたが入るレギオンって聞いたから、さぞ頼り甲斐のあるレギオンなんでしょうと思ってたけど……」
そう言ってチラリと一柳隊の面々が残党処理をしながらもどこか浮き足だった様子に目を向け、赤髪の女性はクスリと笑った。
「何とも頼り甲斐のあるメンバーじゃない?」
「あ、
「ふふふ、そうなの?」
頬を膨らませる流瑠を楽しそうに見ていた彼女は、ふと目を細め、愛妹に目を向けた。
「……本当に。良いレギオンに入ったものだわ、
「梨璃ー!すごかった!!」
残党処理を終えた梨璃達の元に、結梨が駆け出す。飛び込んできた結梨を優しく受け止めると、梨璃は心配げな表情を向けた。
「結梨ちゃん!大丈夫だった?」
「もー、梨璃は心配しすぎだぞ!みんな強かったから結梨のとこまで何もこなかった!」
「ほっ、はっ!とぉー!」と一柳隊のみんなの動きのマネをする結梨に、梨璃は少し呆れるように微笑んだ。
「あら、将来有望ですわね」
「ええ。これはそう遠くないうちに、一柳隊として一緒に戦うかもしれませんね」
そんな結梨を微笑ましげに見ながら、他の一柳隊の面々も集まり始める。
「もう、楓さん!神琳さんも!結梨ちゃんにはまだ早いですよ!」
「そうかしら?最近は私たちの訓練を見て基礎を覚えつつあるみたいだし、ちゃんと鍛えれば戦えるようにはなりそうよ」
「私も早く結梨ちゃんと一緒に戦いたーい!」
「お姉様、瑠璃ちゃんまで……」
褒められてご満悦なのか、瑠璃に抱きつかれたままえっへんと腰に手を当てる結梨。そんな結梨を心配そうに見つめる梨璃は、まるで──
「結梨ちゃんのお母さんみたいだね?梨璃」
「お姉ちゃん!」
と、和気藹々していた一柳隊の面々は、梨璃の背後から現れたその人物の登場に背筋をピシッと伸ばす。
三巴流瑠。この一柳隊の一員にして、実質的に教導官のような仕事もしている彼女は、その柔和な笑顔で慕われながらもスパルタ気質な訓練からある種恐れられる存在でもあった。
一柳隊でもそれは同じ。一柳隊は流瑠にとって特別で思い入れのあるレギオンだが、だからこそ、流瑠はこのレギオンを厳しく指導していた。それがこうして、仲が良い中でも緊張感を保てる理由になっている。
「みんなお疲れ様〜。うんうん、ちゃんと殲滅できてるねぇ。でも……」
そこで流瑠は一呼吸置くと、その笑みを一層深めた。
「戦場で気を抜くのは、ちょっといただけないかな?特に今は結梨ちゃんがいるんだから、戦闘領域から出るまでは油断しちゃダメだよ」
ビクッと、一柳隊のメンバーたちの肩が跳ねた。
たしかに、ついさっきまで戦闘していた今の場所では新たにヒュージが出てきてもおかしくない。そんな場所で和気藹々するのは、無用な危険を招くだけだろう。
「ご、ごめんなさい」
自分が真っ先に結梨に駆け寄って行ってしまった梨璃は、レギオンリーダーとしてはあまり褒められた行動ではなかっただろう。そう思って、梨璃は硬くなった身体のまま頭を下げた。
他の面々にも反省の色が見えるのを見て、流瑠はその笑みをいつもの穏やかなものに緩めた。
「謝らないの。次から気をつければ、それでいいから。……それから」
「え……?」
頭を下げていた梨璃は、ふといつもの、しかし何度経験しても変わらない心地よさを感じる。
目を開けると、すぐそこには愛おしげな流瑠の顔があった。すぐに、梨璃の顔は流瑠の胸にぎゅっと押し当てられる。強く、しかし壊れものを扱うかのように優しく。
「心の緊張は保ってても、身体は緩やかに。いざという時に動けないでしょ?……今日も無事でよかった。おかえりなさい。梨璃、みんな」
「お姉ちゃん……」
柔らかな感触。鼻腔をくすぐる安らぎの匂い。安心してしまう体温。流瑠の全てが、梨璃の体から即座に緊張を奪い去っていく。
そして同時に、梨璃の思考も安心に染まっていってしまう。
「お姉ちゃ……だ、だめだよ……身体だけじゃなくて心まで緊張抜けちゃうからぁ……」
「うんうん。もういいんだよ〜。私がいるから安心だからねぇ。今日もよく頑張ったねぇ」
甘い言葉でへにゃへにゃになってしまった梨璃に、流瑠の注意で緊張感が漂っていた一柳隊全体も緩やかな雰囲気になっていく。
しかし。
「──相変わらずね、流瑠」
「っ!?」
和やかな雰囲気になりつつあった一柳隊に、流瑠の後ろから唐突に知らない声がかけられる。瞬間、気が緩んだと思っていた一柳隊は即座に緊張感を取り戻した。
「……どちら様ですの?名乗りもせず後ろから声をかけるなんて、礼儀を知らないようですわね」
つい先日、戸田琴陽と御前というリリィに襲撃された一柳隊。例え相手がリリィであろうとも、隙を狙うようにして現れた相手には警戒を持って対処できるよう心構えを新たにしていた。
それが功を奏したのだろう。楓、神琳、梅、鶴紗を筆頭に、既にCHARMを構えたリリィ達は陣形を構築済みだ。特にヘニャヘニャ状態から即座に復帰した梨璃と楓は流瑠や夢結を庇うように前に出ており、その顔には油断も隙もない。
ただ二人、笑顔のままの流瑠と……顔を引き攣らせた夢結を除いては。
「……まさか、その声は……」
緊張感に満ちた一柳隊を見て「あら、なかなか良い反応ね」と感心したように見ていたその人物は、夢結の引き攣った顔を見つけた途端──パァァっと顔を顔を明るくし、夢結に飛びついた。
「夢結〜〜〜〜〜〜〜!!会いたかったわ!!!」
「に"ゃっ」
謎の人物は夢結を抱き締めると、その喜びを表すようにぶんぶんと身体を振り回す。一方、そんな強烈なハグを受けた夢結はと言えば、変な声を上げてされるがままになるしかない。
しかし強く拒否する様子もなく、流瑠も楽しそうな顔でそんなやり取りを見つめている光景に、警戒していた一柳隊はポカンと豆鉄砲を食らったような空気になってしまった。
「……あの、えっと。お姉ちゃん?」
「こちらの方はどなたですの?」
訳知り顔な流瑠に訊ねると、彼女は「うんっ」と嬉しそうに頷いた。
「あの子はね、白井
「白井……白井?」
全員の目が、夢結の方へ向く。
白井。白井といえば、夢結の苗字もそうだ。そう思い至った面々だが、夢結は未だに抱擁から抜け出せていない。
強烈な愛に少しだけ呆れたような笑顔を見せ、流瑠は夢結の代わりに口を開いた。
「白井咲朱ちゃん。元百合ヶ丘のリリィだよ。私の元同級生で、教導官で――」
「……私の、実の姉よ」
なんとか拘束から抜け出した夢結は、未だに引き攣った顔でそう続けた。
またもポカンと頭が真っ白になってしまった一柳隊だったが、夢結本人から言われた言葉が、徐々に浸透していく。
直後。この日一番の驚きの声が、浜辺に響いたのだった。
「咲朱お姉様……その、近いです……」
「え〜、これくらい良いじゃない。私としてはもっと近く、もっと密着して!夢結のことを可愛がりたいのだけれど?」
あれよあれよと百合ヶ丘に連れ戻された一柳隊一行は、戦後処理を終え、控室で駄弁っていた。
夢結の隣で存分にスキンシップを楽しむ、白井咲朱と名乗った女性を前にして、面々はその強烈な人柄にすっかり面食らっていた。
夢結の艶のある黒髪とは対照的な赤髪はともかくとして、そのあまりにもフレンドリーな性格は、「夢結の姉」だと名乗られても信じられないリリィがほとんどだったのだろう。
「もー。咲朱ちゃん、帰ってくる直前まで教えてくれなかったんだもん。私もびっくりしちゃったよ」
「百合ヶ丘には伝えたわよ?1週間前くらいだけど」
事も無げに言う咲朱に「相変わらずだねぇ」と呆れ気味の流瑠だが、咲朱も「流瑠だって他人のこと言えないでしょう」と笑った。どうやら旧知の仲らしい。
この唐突な状況で何から切り出せば良いか迷うリリィ達の中、真っ先に口を開いたのは二水だった。
「し、し、白井咲朱様と言えば!百合ヶ丘で伝説と言われるテスタメントの第一人者!生徒会長も務め、数々の戦功を挙げられてきたという……あの白井咲朱様ご本人ですか!?」
興奮が隠しきれない、と言った様子の二水に、咲朱の顔は少し照れ臭そうに笑顔を作った。
「そ、そういう風に伝わってるの?私は……そんな大したリリィじゃないわ。あなた達と同じ、ただ必死でその時を戦って、生きてきただけ。そうでしょ?」
そう話を振られた流瑠は、「そうだね」と首を縦に振る。そんな謙虚な様子のレジェンドを見て、二水の目の輝きはさらに増し、ぶほっと鼻血を噴いて倒れてしまった。
「それに、一番辛い時に夢結のことも、私は……」
「咲朱お姉様……」
そんな二水を尻目に(鼻血はミリアムによって片付けられた)、咲朱はその顔に影を落とした。
しかし、そんな影を彼女は直ぐに消し去り、一柳隊の面々に向き直る。
「暗くなっちゃったわね、ごめんなさい。改めて、自己紹介しておきましょう。
私は白井咲朱。夢結の実の姉よ。それから……今日からあなた達一柳隊の教導官として赴任することになったわ。よろしくね」
「……教導官、ですか?」
一柳隊の隊員たちは揃って流瑠の方を見る。現在、一柳隊の教導官は流瑠が隊員と兼任して行っている状態だ。
教導官というのは、この百合ヶ丘女学院においては2種類の意味を持つ言葉だ。一つ目は、「リリィの先生」としての教導官。普段から教員業務だけでなく、リリィたちの戦闘技術の向上訓練なども行う、一般的な学校でいうところの先生に近い。
二つ目が、「レギオンごとに付く司令官」に近い立場の教導官。1レギオンに1教導官が顧問として付き、任務の斡旋やレギオン単位での戦術構築、訓練などを担当する。ただ、百合ヶ丘では近年、生徒の自主性をかなり重んじるようになってきており、レギオン付きの教導官がほぼ何もしなくても戦術を構築したり自分たちで訓練したりすることも多い。あくまでも戦術の「提案」や、戦闘に学業に忙しいリリィたちの代わりの書類仕事などをある程度こなす顧問の立場であり、レギオンの方針に直接的に介入することは非常に少ない。
流瑠は1つ目の意味での「教導官」と2つ目の意味での「教導官」、ついでに一柳隊の隊員としての仕事まで全てをやっていた。以前はそれに加えてレギオンランクの査定や単独外征、他校への遠征などなどまでやっていたのだから、もはや人間業とは思えない仕事量だった。
「それって……」
目の前の白井咲朱は、「一柳隊の教導官になる」と宣言した。それは、教導官としての流瑠の仕事を咲朱に移管するということである。
つまり。
「あはは……なんか理事長が気を回してくれたみたいでね。私、普通のリリィの扱いになるみたい」
困ったように笑う流瑠に、咲朱は「当たり前でしょう」と不満げに息を吐いた。
「貴女はまだ戦える、私たちは最前線には出られない。そういうものよ。だからそういう仕事は戦えなくなった私たちに任せておけばいいの」
「そうは言うけど……」
まだ少し不満げな流瑠だったが、袖をくいと引かれて顔を向けると、そこには期待に満ち溢れた楓の顔があった。
「お姉様お姉様、それはつまりお姉様のお仕事が少なくなったということですわよね?」
「まあ、うん。そうなるかな?」
「つまりつまりそれは……!」
「もっとお姉ちゃんと一緒にいられるってこと!?」
瑠璃のその言葉に、キャイキャイとはしゃいで流瑠に抱きつく梨璃や瑠璃、楓たち。流瑠がある種の重荷から解放されたことを悟ってか、夢結や梅の表情も柔らかい。
「流瑠、わかるでしょう?貴女には大切な人がたくさんいる。貴女のことを大切に思っている人もね。
言っておくけど、教導官から降ろされたから暇になるとか思ってなら大間違いよ?最近ろくに顔を出してないところもあるでしょう。貴女の妹たちは貴女のこと待ってるんだから、ちゃんとその時間を大切に使いなさい」
「咲朱ちゃん……」
たくさんの暖かさに囲まれた流瑠の困り顔は、少しずつ笑みに変わっていく。
「……うん。ありがと」
しかし、その笑顔の中に一抹の憂いを見出し、また何か抱え込んでいるようだと察した咲朱は、呆れたように息を吐くしかなかった。
「で、その子が例の?」
いつも通り賑やかな一柳隊を尻目に、咲朱は自分で淹れた紅茶を一口啜って、梨璃の後ろにしがみつく紫髪の少女を見つめた。
「うん。今は一柳結梨ちゃんって名前。記憶がないみたいで、このレギオンに仮入隊状態だよ」
「その辺は資料で見たわ。でも……」
咲朱自身はジロジロと見ないように気をつけたつもりだったのだが、観察するような視線は隠せなかったのか。結梨は咲朱の目から逃れるように、梨璃の後ろに隠れた。
「結梨ちゃん?だ、大丈夫だよ。お姉様のお姉さんだから」
「あぁ、いいのよ梨璃さん。結梨さん、ごめんなさい、結梨さん。あんまり見られると嫌よね」
咲朱が気遣うように言うが、そもそも結梨はあまり人見知りをしない方である。実際、百合ヶ丘の他レギオンのメンバー達にも積極的に話しかけたり、物怖じせず会話したりしている。にも関わらず、咲朱に対してはこの態度だ。梨璃も流瑠も、どうしたのだろう?と目を見合わせた。
しばらく梨璃の後ろから咲朱を見ていた結梨だったが、唐突に口を開く。
「サアヤ、ほんとにユユのおねーちゃん?」
「ええ、そうだけど……なんで?」
疑うように訊く結梨の言葉の意図を、咲朱は計りかねていた。もちろん自分は、完全無欠に夢結の実の姉である。血が繋がっている分、流瑠や美鈴にも負けないのだと、そういう自負が咲朱にはあった。
しかし。
「だって似てないもん」
……その自負は、そんな結梨の一言で粉々に打ち砕かれた。
「……え?」
「ユユとサアヤ、似てないもん。髪の色もちがうし、ふんいき?もちがうし、話しかたもちがうもん。リリは『おねえちゃんと妹は似てる』っていってた」
「────」
絶句。妹たる夢結がいろんな方向から矢印を向けられ、自分以外に姉(義理)が複数人いる中でも、血の繋がっている自分こそが真の姉なのだと、咲朱はそう思ってきた。その自信が、最愛の
それが今、幼子の無垢によって粉々に打ち砕かれてしまった。
「そ、そうかなー?そんなことないと思うよ?ほら、咲朱ちゃんってこう見えて結構抜けてるところあるし……」
「そ、そうだよ!お姉様と似てるよ!」
「あの、お姉様?梨璃?それはもしかして、私が抜けてると」
「にて……にてない……?わたしとゆゆが……?しまいじゃ……ない……?」
真っ白に燃え尽きてしまった咲朱を必死にフォローしようとする流瑠と梨璃。その過程でなんだか本人の評判を落としそうなことまで暴露され始めるがしかし、咲朱の傷は深いようで、呆然とした様子で何かを呟いている。
「いやほら、そう!夢結も咲朱ちゃんも辛いもの好きだし!あとあれ、うん、似てるよ!そっくり!ねっ、梅ちゃん!」
「うぇっ!?いやまあ、その、そ、そっくりだナ!あのー、あれダ、妹過激派なところとかナ!な、瑠璃!」
「ふぉあっ!?えっ、なんかちょっと……大事な人に向ける目がやばいとことか、似てる……かも……?ゆ、雨嘉お姉ちゃ〜ん!」
「わ、私も言うの!?えっと、えっと……髪が長いところ、とか……?」
「それはもう姉妹とかそういう話じゃないのぅ……」
急に話を振られたメンバー達も一緒になって、もはやフォローなのか口から出まかせなのかすらわからない方向からどうにか結梨に伝えようとする。神琳に至っては、ニコニコしながら「よく言えましたね〜」と雨嘉の頭を撫でているが、それで良いのだろうか。
皆の必死な形相に、結梨は少し信じる気になったのか、「ふーん」と息を吐いた。
「じゃあ、サアヤも『お"ね"え"さ"ま"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!』って叫んだりするの?」
「えっ」
……全く悪気なく発せられた誰も得をしない致命的な質問に、その場はしばらくの間沈黙した。結梨がどこからそんな情報を仕入れたのかわからないが、どうやら進むも地獄、戻るも地獄らしい。夢結は真っ赤を通り越して青くなりつつある顔を手で覆って「コロシテ…コロシテ…」とぼやき、咲朱はいまだに燃え尽きている。既に死屍累々の様相を呈する姉妹を見て、残る一柳隊の面々は、一度目を見合わせた後にすっ……と目を逸らした。
「あー……うん。言う言う。咲朱ちゃんも確か昔言ってたよ。そんな気がする。うん」
既に死屍累々であれば、これ以上地獄が悪化することもなかろう。そんな判断なのか違うのか、目を逸らしながらそんな返事を返す流瑠に、一柳隊から胡乱げな視線が集まった。
「そっか!じゃあサアヤとユユはおねーちゃんと妹なんだな!」
どうやらそれで納得してくれたらしい。警戒を解いたのか、咲朱の髪をいじったりほっぺを触ったりし始めた結梨に、メンバーたちはほっと息を吐く。
その咲朱はというと、いまだに燃え尽きて結梨にされるがままだ。幸いなのは、先ほどの流瑠の適当にも程がある(ともすれば名誉毀損レベルの)証言が咲朱の耳には全く聞こえていなかったことだろう。
「……でもね、結梨ちゃん」
「?」
咲朱をいじくり倒していた結梨に、梨璃が声をかける。不思議そうに顔を向けた結梨は、何も知らない
かがんで目線を合わせ、慈しむように頭を撫でると、結梨はくすぐったそうに梨璃の手を受け入れた。
「血が繋がってなくても、似てなくても。姉妹にはなれるんだよ。家族にだってなれるの。
「……そうなの?」
まだ飲み込めていないのか、結梨は悩ましそうに眉を困らせる。ちらと目を向ければ、夢結も流瑠も、優しく頷いていた。二人から背中を押されて、梨璃もまた、結梨に頷きを返す。
「そうだよ。結梨ちゃんはまだ、わからないかも知れないけど……私は結梨ちゃんのお姉ちゃんになりたいの。私にとってのお姉様やお姉ちゃんみたいに、立派なお姉ちゃんに」
「おねーちゃん……」
家族とはどんなものかすらわかっていないこの子にも、きっと本当の家族がいるのだろう。……それでも、今このひと時は、自分が。
「もしかしたら結梨ちゃんにも、いつか妹ができるかもしれないね」
「いもーと……?」
「焦らなくていいんだよ。ゆっくり、大切なものを一緒に見つけていこうね」
「……うんっ!」
全部が全部伝わったわけではないだろう。それでも、結梨は梨璃の言葉に目一杯の笑顔を見せ、頷いたのだった。
「……はっ!?ここは……」
やっと目を覚ました時、すでに外は暗くなりつつあった。
自分が受けたショックのことは一旦頭の隅に追いやっておいて、起きあがろうとすると、「あ、起きた」と声が聞こえる。
「おはよ、咲朱ちゃん」
「流瑠……」
一番最初に目に入ったのは、ニコニコと人好きのする笑顔の流瑠だった。
どうやら膝枕されているらしく、無意識なのかなんなのか、流瑠の手は私の頭を優しく撫でている。
「……あの、流瑠?」
「なーに?咲朱ちゃん」
「いえその、この歳になってまだ女子高生の見た目のあなたに撫でられるのはちょっと……いえ、かなり恥ずかしいというか」
「えー、いいでしょ?このくらい。久しぶりに会ったんだもん」
「こうされるの好きだったもんね」という悪戯っけもない純粋な慈しみの表情を向けられ、いつの話よ……とボヤきながらも、咲朱は百合ヶ丘に帰ってきたことを実感した気がした。
髪を優しく撫でている流瑠に、少しだけ身を任せる。昔こうしていた時は、もっとおっかなびっくりで、自分が触ることで相手が壊れてしまうのを恐れているかのような手つきだったが……随分と
「私、何時間くらい寝てたの?」
「んー、2時間くらい?長旅で疲れてたんじゃないかな」
「そう……」
はぁ、と息を吐き、未だに頭を撫でる流瑠の手の誘惑を払いのけて起き上がる。
「帰ってきて初日とはいえ、明日からの準備をしなくちゃ。いつまでもこうしてはいられないわ」
「いつまでもこうしてはいられない」。特別な意図を持って行った言葉ではなかったが、それを聞いた瞬間、流瑠の肩がぴくりと動いた気がした。しかし、直ぐに流瑠は努めて笑顔を作るように「そうだよねっ」とはにかむ。
「じゃあ教導官のお仕事のためにも、見に行ってみる?」
「見に行ってみるって……何を?」
既に立ち上がって移動を始めようとしていた流瑠の背中に問いかけると、流瑠は振り向いて答えた。
「自主練、だよ」
「二水ちゃん、そこで下がって!」
「はいっ!ミリアムさん、お願いします!」
「任せておけいっ!」
「援護するから……!」
「もう数テンポほどずらした方が安定するでしょうか……?」
「ベストコンディションの連携としては今のが最適解だとは思いますが、そのパターンも試してみて良いかもしれませんわね。その分、神琳さん。あなたの動きに精密さが求められますが……」
「問題ありませんわ。このくらいこなしてみせます」
「梅も合わせるぞ!心配せずドーンとやってみろ!」
「鶴紗さん、少し先行しすぎよ。ファンタズムを使った連携を意識する時は、テレパスでの情報共有が終わってから動かないと崩れてしまうわ」
「はいっ……」
「ぷすすー、鶴紗怒られてんの〜」
「瑠璃さんは逆にワンテンポ遅いわ。テレパスを受け取ったら反射的に動けるようになりなさい。AZは反応速度が問われるポジションよ、自分たちが最前線であることを常に意識して」
「うっ……はーい」
「へぇ……」
他のレギオンは既にいなくなっている訓練場。そこには、流瑠以外のフルメンバーの一柳隊が揃っていた。
ポジションごとに分かれての連携訓練だろうか、3〜4人ずつに分かれて連携を繰り返しているようだった。
流瑠に連れられて訓練場の上階に来た咲朱は、興味深そうにその様子を眺める。
「実戦は先に見てしまったけど、結構頑張ってるみたいじゃない。流瑠が指示したの?」
午前中に実戦を見た時、連携はなかなか上手く行っていたように思える。だが、まだまだ発展途上。改善点やもっと良くできる部分は多々あった。それを流瑠が見抜いて、更なる磨きをかけるよう指示したのだろうと咲朱はあたりをつける。しかし、意外なことに流瑠は首を横に振った。
「ううん、これはあの子達が自主的にやってるの。言ったでしょ?自主練って」
「そう……」
少し以外そうな声が漏れた。大抵のリリィは、あれくらいの連携ができればある程度満足するものだ。もちろん、高みを知るトップレギオン達であれば話も違うだろうが、どうやら一柳隊は思った以上にハングリー精神が強いらしい。
これは鍛えがいがありそうだ、そう思って頭の中で立てていた一柳隊の育成計画を修正する。
「……」
そんな一柳隊を、安堵したような、少し寂しそうな表情をしながら見る流瑠のことが、咲朱は気になった。
わざわざ流瑠に代わって教導官になる自分に、流瑠が指示していない自主訓練をしている姿を見せることも含めて。
「ねぇ流瑠。まさかあなた……自分がいなくなってもあの子達はやっていける、とか思ってないでしょうね?」
「……!」
一瞬、流瑠が顔をこわばらせる。直ぐに「そんなことないよ」と取り繕うが、咲朱は見逃せなかった。
「流瑠、何を隠してるの?あなたが恐れているものは何?」
「……ないよ、そんなの」
「嘘」
「嘘じゃないもん」
流瑠は嘘が下手くそだ。あまりにもわかりやすい。何よりも顔に出やすく、その上顔に出ている自覚がない。今の流瑠は、まるで昔、1人で延々とヒュージを狩っていた頃のようだった。
それでいて、自分のことよりも妹達のことだから、妹達に迷惑をかけないために誰にも相談せず苦しそうに生き続ける。
不器用すぎるところも変わっていないらしい。
「流瑠。私の名前を呼んでみて」
「えっ?」
「いいから」
咲朱からの突然の要望に首を傾げる流瑠だったが、「さ、咲朱、ちゃん?」とやっと絞り出す。
だろうな、と思わず咲朱はため息を吐いた。同時に、胸が少しだけ、キュッとする気がした。
「やっぱり……そうよね」
「な、何が?」
「ちゃん付け。あなたが『ちゃん』を外して呼ぶのは、年上か……もしくは相当のお気に入りだけ。そうでしょ?」
そう指摘すると、流瑠は気まずそうに顔を逸らした。
「別に、私に何もかも話せとは言わないわよ。でも、さっき言ってたじゃない。あの子達は『頼りになる』んでしょう?」
「そんな簡単に……!」
「簡単じゃないって言い続けて、あなたは何年抱え込むつもりなのよ」
「っ……」
流石に自分がかけてきた年月の重みを、流瑠自身も理解しているらしい。一柳隊の訓練を見ながら、咲朱は続ける。
「『ちゃん』付けが外れてるのは……梨璃さん、夢結、あと楓さんあたりかしら?」
「……亜羅椰も」
「4人もいるの?奇跡ねこれは。なら尚更、引きずらずにこの世代でカタをつけるべきよ」
「でも!大切な子達だからこそ巻き込みたくなんて」
「知ってるわよ流瑠」
「……?」
遮ってきた咲朱の言葉に、流瑠は一瞬何のことか分からず首を傾げる。
「あなたのお気に入りの選定基準。その一部は、一定以上の強さを持ってること」
流瑠の顔が驚きに満ちる。その表情で、咲朱はさらに確信を深めた。
思えば、流瑠の設定したシルト選定条件を考えれば分かりやすいことだった。「流瑠に一撃を与える」、それは「リリィとしての強さ」を求めていることに他ならない。
「あなた関連のゴタゴタに巻き込まれても自分の命を守れるようなリリィを近くに置いてるでしょ。いや、そういう娘しか側に置かないようにしてる。理由は……」
「やめてっ!」
顔を青ざめさせた流瑠から放たれた悲痛な声に、咲朱も流石に一度言葉を止める。
「そんな……そんなんじゃないもん!強いことだけ、なんて。梨璃も夢結も楓も、亜羅椰も。強さなんて関係なくて、私、そんな……本当に大好きで、だから……」
「……わかってるわよ、それも。ごめんなさい」
涙ぐみ始めてしまった流瑠に、咲朱もこればっかりは少し踏み込みすぎたことを後悔した。
だが、この流瑠についての考察は、海外遠征で流瑠と離れている中でずっと考えていたことでもあった。
「あなたが心を許す相手の、大きな要素の1つに強さが含まれてるというだけの話よ。邪推してるわけではないわ」
「……」
少し膨れっ面のままだが、なんとか理解してもらえたようで、話を引き続き聞いてくれるらしい。
「それでも、その条件に強さが含まれてることはあなたの心理を考えれば重要なことなの。あなたがリリィに強さを求める理由は一つ。『強ければ、自分の前からいなくならない』から」
「……」
今度は流瑠も言い返せないようだ。やはり、と咲朱は心の中で納得する。流瑠が怖がっているのは孤独だ。
咲朱は知る由もないが、春の初めに楓たちに救われて、流瑠は一時孤独を克服したかに見えた。のだが、今また流瑠の心には「自分が迷惑をかけることで自分の前から大切な人がいなくなってしまう」という恐怖が呼び起こされてしまっていた。
「でもそれは、逆に言えばあなたが心を許してる娘達は『何があってもあなたの前から消えることはない』ってあなた自身が認めたってことでしょう?美鈴さんのことがあった後なら尚更、選定基準は高くなってたでしょうし」
「それは……」
「それでもあなたが話せないのは、ただ過剰に怯えてるだけよ。いつか乗り越えなければいけないことを乗り越える勇気がない。いつか頼らなければならない誰かの力を、信じきっていない」
「っ!そんなこと」
「あるわ。あなたは大事に大事にしすぎて、その大事な人達の力を信じられていない。
力があると認めているし、自分から離れていかないと
『流瑠様!貴女、少し傲慢になりすぎではなくて!?』
「っ!?」
咲朱の言葉が、いつか楓に言われた言葉と重なる。
あの時も悩んでいて、一人で抱え込んで、怒られた。
でも。でも、今回の件とあの時の件は違う。絶対にみんなに迷惑をかけてしまう。大切な人が傷ついてしまうかも知れない──。
「それでも」と咲朱は言った。
「信じないといけないのよ、流瑠。あなた一人の力ではどうにもならないなら、信じられる人を信じて、頼って、任せて。力を合わせなければならないの」
敢えてかなり強い言い方をしていると、咲朱にも自覚はある。だが、これくらい言ってやらないと……否、これでもまだ足りないのではないかと思ってもいた。実際、今の流瑠は心配と不安が過剰に表に出ている。思い込みが強く大きな変化を拒みやすい流瑠は、誰かが強く言わなければ変化しきれない。自分が百合ヶ丘に
「さあや、ちゃ」
「一晩、よく考えなさい。期待に応えようとしているあの子達の思いを、無駄にしないためにね」
咲朱は再び、自主訓練に励む一柳隊に目をやった。これまでにも、幾人ものリリィが姉と慕う流瑠の期待に応えるために努力するのを見てきた。皆、流瑠よりも先に卒業してしまう自分を悔いながら先へ進んでいったのだ。そして、きっと彼女達も。
(……私だってそうなのよ?流瑠)
顔を俯かせた流瑠に背を向け、咲朱は訓練場を後にするのだった。
ぽたりと、一粒の水が床にシミを作る。
否、既に一粒どころの話ではなかった。苦しげに呻く彼女の顔は脂汗で覆われており、それらが床に落ちるたびに新たな汗が噴き出てくる。足元は既に汗の後でずぶ濡れで、まるで大雨にでも降られた後のようだった。
「……一度、横になりませんか?」
「……」
そんな彼女に、甲斐甲斐しく寄り添う影が一つ。濡らしたタオルで汗を拭き取り、臥床を促す。
しかし、彼女は首を横に振り、手にした杖──否、杖代わりにしていた
「御前……!」
寄り添う影──戸田琴陽は、自分が主と認めた彼女の強い意志を止めることができない。ここで止められるならきっと既にどこかで止まっていたはずだとわかっているが、それでも琴陽は彼女の身を案じずにはいられなかった。
「……!」
ダインスレイフが──正確にはそのマギクリスタルコアが、琴陽の前で本日何度目かになる発光を齎した。おどろおどろしい、緑とも白ともつかない光がコアから放たれるたび、苦しげに呻き声をあげる
「御前っ!!」
抱き止めた琴陽は、御前が気絶しているだけであることを確認し、今日も隠れ家のベッドに彼女を横たえた。
「る、る……」
「お休みください、御前。どうか、夢の中だけでも安らかに……」
窓から月を見上げる。真っ黒な夜空にはあの日と同じ、狂ってしまいそうなほどまん丸な月が、二人を見下ろしていた。
続きます!続くったら続きます!!