ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
これは、ウルトラマンティガの世界に転生したと思ったら、もっとひどい世界でしたっていうお話。
古代の闇が、スフィアが、根源的破滅招来体が、カオスヘッダーが、スペースビーストが、ボガールが、闇の四天王が、スパークドールズが、世界の穴が、太平風土記に記された怪物が、狂信者な小説家が、星をリセットする狂獣が、光も闇も無意味と嗤う闇の巨人が、遊技と称して文明を殺す快楽主義者がやってくる地球に転生した主人公が最高効率で人類救済を目指して転げ回る物語である。
※
某国立大学の下っ端研究員であった俺は、日ごろの睡眠不足が災いしたのか、赤信号に気付かずそのまま横断歩道にフラッと突入してそのまま現世を退出した。
あふれ出る血の量に反比例するように薄まる意識がついにぶつりと途切れ「これはもう駄目だな」と死を受け入れた俺の意識は、しかし次の瞬間には鮮明なものとなった。
「おぎゃあ!! おぎゃあ!!」
「……っ!! 呼吸が戻ったぞ!!」
意識は鮮明なれども言葉を話すことは出来ない。慌ただしく動き出す医者や看護師、そして心底安心したように息を漏らした母親らしき人と嗚咽を漏らしてその手を握る父親らしき人を尻目に、ただただ泣き叫ぶことしかできなかった俺は、内心で冷静になりながら現状を把握した。
わーお、これが流行りの異世界転生ってやつ? と。
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結論から言えば、俺が転生した世界は、いわゆる、分かりやすい異世界ではなかった。
心のどこかで期待していた、剣と魔法のファンタジーはそこになかった。ビルは建ち並び、車はビュンビュン走っている。前世での景色とさして変わりはない。前世のころに比べると、年代に比べては科学技術の発達は著しいように感じたが、それだけだった。
科学が幅を利かせた世界に、魔法などあるはずもなく。転生という、非凡な経験をしながら、俺はしかし平凡で温かい毎日を送っていた。
まあ、かといって俺の第二の人生が万事において平凡と言うわけでもなかった。
時は1972年。これからバブル期へと突入していこうという日本である。中学二年にまであっという間に成長した俺は、種子島にやってきていた。
「もうすぐ君のお父さんが宇宙に上がる。……緊張してきただろう? 僕もだ」
父の同僚だというナカノさんは、初対面の俺に対しても気さくに話しかけてくれた。
「ここでロケットの打ち上げをじっくり見ていくといい。僕はこれからまた作業があるから」
「送っていただいて、ありがとうございます」
「いや、大したことないよ。それにしても、カツヒト君は落ち着いていてしっかりしているな」
ナカノさんは打ち上げコントロールのスタッフの一人だった。彼は手を振りながら、足早に去っていった。
一人残された俺は、改めて周囲を見やった。種子島宇宙センターは普段の静けさが嘘のようにざわめきを伴っていた。それもそのはずで、今回日本が打ち上げるこの「はごろも7号」は月面基地建設の第一歩と目されていて、メディアの注目も一入だった。
前世のころはすでに宇宙開発は民間に下げ渡されていて、ここまで衆目を集めることもなかったように思う。まだまだ未知なるものに大衆が無垢に期待を寄せている時代なのだろう。
「それにしたって、随分と進んでいるとおもうけど」
独り言ちる。前世と照らし合わせても、今世の地球は科学の歩みが早いように感じられた。
内心に澱みの様に積もっていく小さな違和感は、今世に生まれついてからずっと付きまとっていたものだった。俺は首をかしげるばかりで、その違和感の解答を見つけられずにいた。
それにしても、テレビの取材チームが騒がしい。どうやら手当たり次第にギャラリーにマイクを向けながら中継しているらしい。関係者──ましてや今回打ち上げられる「はごろも7号」のキャプテン、ミウラ・タケヒコの息子と知られれば煩わしいことになると考えた俺は、人目を避けて階段を昇って行った。
上階には人気はなく、喧噪から切り離された俺は幾分か気分が良くなった。前世のころから相変わらず、人混みは苦手なのだ。
上階には既視の少女がいた。種子島の船着き場にいた少女──12歳くらいだろうか──だった。
そらにはすでに星が見え始め、夜空と呼んで差し支えなかった。星を見上げる彼女は、白い肌と黒い長い髪が随分とその光景に映えていた。
絵画にもなりえるワンシーン。見目麗しい少女に声をかけるなど、前世のころの俺であれば不可能であったろう。だが、前世と合わせてこちとら40年近い精神年齢を重ねているのだ。今更、小学生の子供に声をかけることなど意識するようなことでもないのだ。
「君は、関係者の子? ──俺は、関係者の子なんだけど。あそこに乗ってるの、俺の父親」
真剣な顔で──しかしどこか怯えを含んだ表情が気になって、俺はそう声をかけた。
「ふうん」
「いや、ふうんて」
興味がなさそうに生返事をした少女に負けじと声をかける。
「俺はミウラ・カツヒト。君は?」
何事も自己紹介から始めるのが大事だとかなんとかと、前世で流し読んだビジネス書を思い出す。
少女の方は、やっと俺に焦点を当てた。
「私はイルマ・メグミ。父がコントロールにいるの」
「へえ。お父さん、JAXAの人?」
イルマ、という珍しい苗字に、俺はどこか妙な引っかかりを感じた。
「JAXA? NASDAじゃなく?」
「あ、ああ。いや言い間違えた」
そう言えば、この世界ではまだNASDAという略称だったか……。
「お父さんは、科学技術省の人。夏休みだからって連れてこられたの」
「へえ……」
そう言うイルマが、父親の関わるロケットではなく、夜空ばかりを見上げることが気になった。
「私たちは、これからこの宇宙の果てまで行けるのかもしれない。……でも、それを見ているナニカの存在を、考えずにはいられないの」
「なにか……? 例えば、宇宙人とか?」
「それは、わからないけど」
彼女はようやく夜空から視線を切り、こちらを見て笑った。
「ついついこんなことを考えちゃうの。友達には、よく『変なの』って笑われるのだけれど。……あなたも引いてしまった?」
問われて、俺は「いや」と続けた。
「俺も時々思うよ。人類にとっての未知がこの先に幾つも転がっているんだろうなって。それが時には、脅威になることもあるのかもしれない」
「怖くないの?」
後から思えば、父の乗るロケットの打ち上げというなかなかにない出来事に舞い上がっていたのだろう俺は、一時のテンションに身を委ねた、茹ったセリフを吐いていた。
「怖いけど……でも、恐れはしない。人は必ず乗り越えられるって信じているんだ。行く先を照らす『光』はいつだってすぐそこにある」
カウントダウンの0とともに飛び立っていく、その先駆けを指して、柄にもなくキザなことを俺は口走った。
「積み上げて積み上げて、多くの手で一つずつ。果てには鮮やかに暗闇を切り開いていくんだ。あんな風にね」
その日は、二人で見えなくなるまで──見えなくなっても──月を目指す鉄の船を見送った。
そうして帰り際、俺とイルマは手を振った。
「……あなたとは、またいつか会える気がする」
「かもしれない。何たって、地球は丸いんだからね」
お気に入りの作品の主人公の言葉を借りて、俺はやはり柄にもない言葉を贈った。
※
後日。
最新の黒歴史に身悶えしながらのたうち回っていた俺は、たまたま目に入ったテレビのニュースに釘づけになった。
『国連事務員サワイ・ソウイチロウ氏に聴く。これからの「ただ一つの地球」フォーラム70』
今まで積み重ねた数々の違和感たちが点と点から線になった瞬間だった。
「……ウルトラマンティガの世界だったかぁ」
そしてこれから起こりえる未来を思い描き、俺はこう叫ばずにはいられなかった。
「未来こっっっっっわ」
それなりにウルトラ作品見てきたつもりですが、うろ覚えも多くあります。設定矛盾等ありましたら温かい目でどうぞお願いします。
まあ、マルチバース設定なんでね、ガハハ。