ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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#10

 東京と言えども、この季節ともなればコートの一つもなしではぶらぶらと歩くには少々肌寒い。ましてや、懐の事情を想えばその寒さも三割増しに感じられた。

 

「また、やってしまった……」

 

 誰に聞かせるでもなく、彼はそう呟いた。

 

 彼は先ほど、勤め先を辞めてきたばかりだった。

 

 働いていたのは、もとは東京とはいえ、まだ田舎風景の残る町にあった個人経営の商店だった。雇い主だった老齢の夫婦は彼──マキオの複雑な経歴も気にすることなく彼を雇ってくれていた。その老夫婦との付かず離れずの距離感は、これまでの人生ですっかり草臥れた彼には居心地が良かった。

 

 しかし、彼にとってのオアシスは老夫婦の息子の帰郷によって脆くも崩れ去った。その息子はなんやかんやと理由をつけて老夫婦を隠居させると、個人商店を大手小売店に身売りしてしまったのだ。

 

 規模の大きくなった店に、増える従業員。そして明らかに性格の合わない商売っ気の強い老夫婦の息子が上司に座ってしまったことで、マキオの穏やかな職場環境は還らぬものとなった。

 

 それでも息を潜めてどうにか耐えてきたマキオだったが、老夫婦の息子が次第に猿山の大将と化していき、さらには老夫婦の大切にしていた隣の母屋さえ壊して駐車場にしてしまおうという言葉に、遂に切れた。

 

 激しい口論の末、ヒートアップしてしまったマキオは、ついついその息子の隠し事について触れてしまった。

 

『何が事業拡大だ!! 浮気相手に貢いで作った借金を返すために、親の大事なものまで売り渡すのか!!』

 

 言ってから、しまったと思うも、もう後の祭りだった。

 

 息子は顔を赤くしたり青くしたりを繰り返しながら、泡を吹くようにマキオに怒鳴りつけるも、隣にいた経理担当の奥さんに襟首をつかまれて大人しくなった。その光景には留飲の下がる思いだったが、同時に、隠しごとを暴いた彼に対する従業員たちの目は次第に恐れを含むようになった。そして時を置かずして、マキオが『あの』キリノ・マキオであると噂が立つようになり、彼はもう潮時であることを悟った。

 

 そうして退職届を出して、逃げるように辞めてきてしまった。

 

「これからどうするべきかな……」

 

 無気力感が彼を苛んでいた。だが、それでも腹は空く。空くが、無い袖は振れないのだった。

 

 いっそこの能力を使って金を稼いでやろうか、とも思う。

 

 他者の記憶を読み取るサイコメトリー。思念を伝えるテレパシー。隠されたものも見逃さないクレイボヤンス。そして限定的な未来予知。

 

 こうして列挙してみれば随分と盛っているな、とマキオは自嘲する。こんなにたくさんの能力を一人で保有している人間なんて漫画でも早々出て来やしない。

 

 だがいい加減に、彼はこの能力たちを煩わしいように感じていた。幼いころからこの能力を使うと碌なことにならない。もう使いたくない──使わないと、そう思っていた。

 

「自分でもう使わないって決めてた癖にな。使っちゃうんだもんなあ」

 

 あまりにあの男がムカつくもので、ついつい弱みでも握ってやろうという醜い心が出てしまった。

 

 きっと、強い力に弱い心が追い付いていないのだと、そう思う。

 

 いっそ滝にでも打たれてくるか、とそう思うものの、グゥーっとなる空きっ腹には逆らえない。とりあえず何か腹ごしらえでもするかと、マキオは近くに牛丼屋はあるかと辺りを見渡して、気づいた。

 

 何だか、ものすごい勢いで走ってくる男がいる。そしてそれを追いかけているのは、

 

「……防衛軍、か?」

 

 追いかけられている男は、なかなかに精悍な顔つきの男だった。年齢は30代半ばころだろうか。人相的には、公的機関に追いかけられるような悪い人間には見えない。

 

(いや、他人は見かけによらない……。これまでの人生で何度それを思い知らされてきたことか)

 

 興味本位でついつい使ってしまいそうになったクレイボヤンスをおさめる。危なかった。決めた傍からこれだ。

 

 あの男は、自分とは関係ない。さっさとあの集団が通り過ぎるのを待つべきだ。

 

 そんな風に思ったマキオは、しかし次の瞬間に酷い立ち眩みを覚えた。

 

 彼はこの感覚を知っていた。未来予知の能力が発動したのだ。

 

「うっ……、グゥ……」

 

 自分の意思とは関係なく発動するこの能力は、マキオの抱える超能力の中でも特に融通が利かないものだ。限定的な未来視。発動条件は、自身に危機が迫った時。

 

 映像が頭の中を駆ける。

 

 壊れる街。悲鳴を上げる人々。這いずり回る、ナメクジのような怪物たち。恐るべき、目を覆いたくなる惨劇の光景。そして、それに立ち向かい斃れる精悍な男。

 

 彼の本能が警鐘を鳴らした。彼を、殺させてはならない。

 

「こんなことは、初めてだ……!!」

 

 誰かに、しきりに叫ばれている感覚だった。あの男を殺させるな。助けろと。

 

 マキオは自身の能力が嫌いだった。何故なら、この能力を使って碌な目にあったことが無い。

 

 だが、この未来予知にだけは、今までに何度救われたか分からない。

 

「おい!! こっちだ!!」

 

 マキオは叫んでいた。驚いたような顔をした、追いかけられている男の手を取ると同時に彼は近くの消火器を手に取った。

 

「くらえ!!」

 

 あまりにも咄嗟のことで、追跡者たちはもろに煙を浴びて、その足を止めた。

 

『チィッ!!』

 

 誰かが、そう舌打ちをした。気がした。

 

「お、おお。誰だか知らないが助かった!!」

 

 精悍な顔つきの男の礼をしかしマキオは素直に受け取りはしなかった。

 

「まだ振り切れてない!! さっさと行くぞ!!」

 

 逃げるといっても、いったいどこに逃げればいいのか。マキオも思いつきはしなかったが、しかし既に行動を起こしてしまった後だった。とりあえず、人目に付かないところをとそう考えていた時、事態はまた一つ動いた。

 

「何だアレぇ!?」

 

 ただ見ていた通行人の一人が空を見上げて、指をさした。

 

「あれは……!!」

 

 マキオは歯噛みする。先ほど未来視の中で見た、ナメクジのような怪物が蠢くように空を飛行している。その数は3匹。明らかにその進行方向はこちら側だ。

 

 このままでは、未来視の通りになってしまう。阿鼻叫喚の光景が、現実に起きてしまう──!!

 

 立ち尽くすマキオだったが、しかし隣の男はそうではなかった。

 

 逃げ遅れた子供が、目の前にいて。その男が動かないわけがない。

 

「ウオオオオオオオッ!!」

 

 やけっぱちのような雄たけびをあげて、マキオが助けた男が怪物に向かって駆けだした。

 

「おい!! 死んでしまうぞ!!」

 

 マキオの言葉に、しかし彼は振り返りもせずに言った。

 

「馬鹿野郎!! このまま見てても、あの子が死んじまうだろう!!」

 

 マキオは彼自身の命を──そしてマキオ自身の命を危ぶんだ。逆にそれしか考えられなかった。だが、件の男はと言えば、他人の命を助けようとしていた。きっとその瞬間の彼には自分の命なんて勘定に入っていないのだ。

 

 土壇場での人間性の差に、マキオは言いようのない劣等感を抱いた。目の前のこの男は『強さ』が違うと。

 

「か、勝手にしろよ!!」

 

 突き放したような言葉が口を吐いた。それでも、何故か彼は足を動かせなかった。彼から目を背けて大衆に交じって逃げ出すことができなかった。

 

 男は子供を抱き抱えると、懸命に逃げた。だが、ナメクジの怪物は触手を伸ばして彼に叩きつけようとする。振り回す鞭のような触手を、彼は人間離れした動きで躱すが、子供を抱き抱えたままではすぐに限界がきた。

 

 壁に叩きつけられた男は、それでも抱えた子供を庇い通した。

 

「どうして……」

 

 何故、逃げ出さないんだ。その疑問だけが胸に去来した。

 

 そして危機迫る彼とその子供。ただその瞬間を見ているだけのマキオの横を、誰かが通り過ぎた。

 

「なっ!?」

 

 とっくに通行人たちは逃げ出していた。逃げ遅れた人かとも思ったが、方向が逆だ。よもや避難しようという人間が怪物のいる方向に行くわけがない。

 

「願えっ!!」

 

 怪物に向かって走る男が叫んだ。

 

「願え、マキ・シュンイチ!! お前の想いに、きっと『光』は応えてくれる!!」

 

 俺がそうだったように!!

 

 正体不明の男の言葉は、子供を庇って動けないマキの耳にしかと届いた。

 

「お、」

 

 マキと呼ばれた男から、声が漏れた。

 

 同時に、彼から光が迸るのをマキオは目撃した。

 

「おおおおおおおオオオオオオオオッ!!」

 

 精悍な男の胸に、赤い光が走る。彼の全身が白い光が包み込み、そして徐々に彼の身体の輪郭に別のナニカに置き換わっていく。

 

 昼の光さえも塗りつぶすような光の束が彼を包み、そして次の瞬間、彼の立っていた場所には、代わりに10m大の銀の巨人が存在していた。

 

「あ、あれは、いったい……」

 

 呆然とその光景を見ているだけのマキオの言葉に、正体不明の男が答えた。

 

「ウルトラマン。ウルトラマン・ザ・ネクスト……」

 

 

「その子は俺が預かる」

 

 俺の姿を見たネクストは、どこか驚いた挙動を見せたあと頷いた。

 

──まさか、生きていたとはな。

 

──ああ。おかげ様で。

 

 念話に念話で答えてやると、ネクストはさらに驚いたようだった。

 

──お前も……なのか。…………後で洗いざらい吐いてもらうぞ。

 

 そう言い残すと、ネクストは後ろで未だ暴れるスペースビーストたちに向き直った。

 

「アンファンスであったとしても、あれぐらいならばどうにかなるな」

 

 ここは下手に手を出すよりも、マキに任せてしまおう。こちらはアイツが戦いに集中できるように後方支援といこうか。両手に抱えた、この気を失っている子供のこともある。

 

「というわけでキリノ・マキオくん。俺と一緒に人命救助だ」

 

「は、はぁ? 何なんだ君は。いきなり現れて、しかもどうして僕の名前を知っているんだ」

 

 キリノ・マキオが、ずれた眼鏡をカチャカチャして訴えた。

 

「君の超能力で見てみたらいいんじゃないか?」

 

「…………眼鏡が壊れてるんだ。対象にきちんと焦点を当てないと、サイコメトリーは発動しないんだよ」

 

「案外制限が多いな」

 

 俺の期待外れな表情が出てしまっていたのだろう。キリノ・マキオは憤慨したように言った。

 

「何なんだよお前は!! いきなり出てきて、勝手に期待されても困るんだよ!! ていうかあの巨人と知り合いなのか!?」

 

「あー、すまない。……彼とは知り合いだよ。一緒に空を飛んだ仲だ」

 

 確かに少し横暴だったし、不審者が過ぎる登場の仕方だったか。と内省する。ともあれ今は急ぎなので反省は後でするとして。

 

「そうかー。キリノ・マキオくんは眼鏡が無くなるだけで能力が使えなくなるのかー。そうかー」

 

「べ、別に使えないとは言ってない!! クレアボヤンスは普通に使える!! 視界はぼやけたままだけどな!!」

 

 言った瞬間に、彼は「しまった」というような顔をした。

 

「煽りに弱過ぎやしないか」

 

「う、煩い!! ぼ、僕はやらないぞ!!」

 

 意固地になって言うキリノ・マキオ。うーん、メンタルが原作に比べて弱いというか捻じきれ切ってないというか。ティガ本編の時よりも幾分か若いせいか。

 

 彼を仲間にスカウトするにつけて心配事項だった彼の捻くれ具合は、この調子だと大丈夫そうではある。

 

 俺は、彼に振り向いた。

 

「キリノ・マキオ、俺に雇われてみないか」

 

 突然の俺の言葉に、彼は面食らっていた。

 

「な、何?」

 

「リクルートさ。俺は君をスカウトしに来たんだ。……君、仕事探しの真っ最中なんだろ?」

 

 尻ポケットに入っていたままの財布を指さした。薄っぺらくて何も入っていない寂れた皮財布だった。

 

「ぐ、それを、言われると……」

 

 痛いところを突かれたように彼は呻いた。よし、時間もないし勢いで押し切る。

 

「月30万からでどうだ」

 

「さ、さんじゅう……」

 

 いきなりにしては、きっと破格の値段相場に違いない。なおこの金額設定は、今までコツコツ貯めてきた貯金を切り崩して出せる最大限の額だ。多分1年もたないかもしれないけど。

 

 だが、職にあぶれた今のキリノ・マキオには例え不安定な職業だとしても、この提示額は極めて優良に見えるはず。

 

「………………、職種は」

 

 絞り出すように問う彼に、俺はきっぱりと言ってやった。

 

「──正義の味方。ああ、きっとそう言って差し支えないはずだ、うん」

 

 流石に恥ずかしくなって最後は随分ぼやかした言い方になってしまった。

 

 だが彼は、俺の言葉に対して虚を突かれたようにした後、大笑いしだした。

 

「は、ハハハハハッ!! 正義の味方? 正義の味方と来たか、この僕が!!」

 

 彼はやはりどこかひねた笑みをして答えた。

 

「正義の味方で月収30万か。……なんだ、案外世知辛いなぁ」

 

 言って、キリノ・マキオは右手を差し出した。

 

「悪いな。子供を抱えているから手を握れないんだ」

 

 彼はバツが悪そうに手を引っ込めた。

 

「く、空気の読めない奴だな。……取り敢えず、この子を無事に送り返すことが最初の仕事か」

 

 そう言って、彼は俺の前に立った。

 

「ま、せいぜい給料分は働くよ」

 

 そうして、俺とキリノ・マキオは子供を抱えて戦場を後にした。

 




流石にキリノ・マキオの超能力は制限いれました……

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