ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
銀色の巨人が東京の地を駆ける。
「ハァ!!」
裂帛の気合籠る叫びをあげて不定形の怪物に果敢に挑みかかる。
右左とワンツーパンチで戦闘のリズムを取りながら、相手を後退させる。しかし、敵は3体。1体を後退させてもすぐに2体目、3体目がフォローに入る。
これはネクサス本編でのペドレオンよりも知能が高いことを示す証左であったが、残念ながら『知識』を持たぬネクストには知りえないことだった。
口からの粘液攻撃をバックステップで避ける。距離を取られると、光線技のレパートリーがない今のネクストでは決定打に欠けた。
3体のペドレオンは巧みにチームワークを取りながら、徐々にネクストを追い詰めていく。
放たれる鞭を掴む。両手が塞がったのを好機とみて、残る2体がコンビネーションですかさず攻めてくる。
だが、
「デュゥゥゥウウアアアアッッッ!!」
ネクストは鞭を掴んだままペドレオンを引っ張り上げると、そのまま敵側へ投げ飛ばした。
「グギュオオオ!?」
3体まとめて吹き飛ばされたペドレオンたちは、そのまま勢いを殺しきれずにビルに突っ込んだ。
窓ガラスは飛び散り、ビルの壁は無残に瓦解した。舞う埃が視界を遮るが、銀色の巨人の瞳と胸のエナジーコアが薄ぼんやりとだけ光って見える。
壁に叩きつけられたペドレオンたちは、なおも戦意を衰えさせない。比類なき戦闘本能と知生体への悪意が彼らの知性を上回り、撤退の選択肢を取らせない。
戦意衰えぬ異生体の動きを見て、ネクストが次の手段をとる。両腕を突き出すように構えると、ネクストの肘に黄色の光が集まった。
「ゼアァ!!」
腕の振りとともに光の刃の空気を裂く高い音が響く。
エルボーエッジより放たれるネクスト・アンファンス唯一の光線技。エルボーカッターが懲りずに伸ばされたペドレオンたちの触手を次々に刈り取っていく。
「グギャアアアアア!?」
この星の生物ではありえぬ色の血液を撒き散らしながら、怪物たちがのたうち回る。
ついにスペースビーストの本能が恐怖に塗りつぶされた。奴らはその形を液体に近い形動かすと、そのまま撤退を開始した。
──待ちやがれ!!
追おうとするネクストだったが、彼は一歩目を踏み出したところで片膝をついた。今回が初変身である。そしてネクスト自体も未だ失われた力を取り戻すことができておらず、また地球環境に適応できてもいない。本来の制限時間以上の速さでネクストは力を使い果たしていた。
ネクストの身体が光ると、その体積は見る見る小さくなっていく。人間大までになった光が終わると、疲労困憊のマキ・シュンイチが膝をついていた。
「はあっ、はあっ……くそ。逃がしたか……!!」
両手をついて悔しがるマキ・シュンイチに彼の既知である人物が肩を貸した。
「あの状態じゃもう人間を襲うだけの体力もないだろう。本体の方に回収されるだろうが、所詮は末端。含まれる細胞も大したことは無い。倒せなかったとしても大勢に影響はないさ」
肩を貸してくれたその男は、どうやらこの異常事態に対して何かを知っているらしい。それこそこの国の諜報機関よりも事情に通じている可能性があった。
「……ミウラ、カツヒト……。お前はいったい何を知っている?」
息も絶え絶えにそう問うマキ・シュンイチに、カツヒトは苦笑した。
「何をと聞かれると困るが……。どちらにせよ、ここにこのままと言うわけにもいかない。追われているんだろう? 今のうちにとんずらしよう。……セーフハウスを用意してある。そこで作戦会議だ」
「お、おい!! 僕も行くのか!?」
こうして3人の男たちは、人知れず戦場を後にした。
※
東京がメトロポリス化してから早くも数年が経過している。東京周辺の再開発は、俺の前世のときよりも活発になっていたが、その再開発に取り残された地域もまたそれなりに存在していた。
俺がパイロット時代にこっそり購入していたこの空き家も、その再開発に取り残された物件の一つだ。
地方分散ではなく、一極過集中ともいうべき都市構想を掲げたこの世界の東京は、現在過渡期にある。再開発による集団疎開染みたことも行われているため、東京の中だけでも、日々流動的に人口密度が移ろっていた。行政も当然リアルタイムでの数字の把握は不可能だ。故に、当面の間はこの近辺の人通りは皆無と言えた。
この時代、まだそこかしこに監視カメラがあるという時代でもない。人目さえ気にしておけば早々に見つかることもないだろう。
「まさかこんなのを持ってるとはな。別荘ってわけじゃなさそうだが」
開発部のパイロットって儲かるんだな、とマキがしみじみと呟いた。現役だったころの自身の給料明細でも思い出しているのかもしれない。
「別に言うほど高いものでもなかった。ここら辺、再開発計画に入っていなかっただろ? だから買い手がつかずに、ほぼ捨て値で売りに出されてたんだよ。建物も古いしな」
「こんなおんぼろアパート、賃貸でも住人が寄り付かないでしょうけどね」
早くもこちらの財布事情を心配しつつあるキリノはそうぼやいた。大家にでもなれば安定した収入が得られることは確かだが、現状住人はゼロだ。
「でも『星雲荘』ってのはいい名前だな」
「もともとの名前だよ。俺が名付け親じゃない」
俺が買い取ったときには既に付けられていた名前だった。というかこの名前だったから買い取ったのだが。
本来、この星雲荘という建物はウルトラマンX、ウルトラマンジードに登場したアパートだ。前者では宇宙人たちのシェアハウスとなっており、後者では主人公アサクラ・リクが住んでいたアパートの名前だった。なお、ジード本編での秘密基地の方の「星雲荘」ではない。
この世界にすでにアサクラ・リクがいるかもしれないという可能性を考えてこの建物を探し出していたのだが、残念ながら彼の発見には至らなかった。まあ居たら居たで、また問題が増えるので困るのだが。
その後、価格が手頃だったこともあって万が一のセーフハウスにと俺がこのアパートを買い取ったのだった。
俺が大家である星雲荘の一室に、俺たち3人は身を寄せていた。うっすら埃が積もってスプリングの壊れたソファーに腰かけたマキは、ひとしきりこの建物について質問した後、本題に入った。
「それで、ミウラ・カツヒト特尉。アンタ、死んだんじゃなかったのか。ていうか、この状況についてどこまで知ってる?」
嘘偽りは許さないと、彼は俺に鋭い眼差しを向けた。
「話せば長くなるからな……。とりあえず、マキの方はどこまで知ってるのか聞いておきたい。どうやら軍部に追われていたようだが」
「何にも知らねえさ。何にもだ。……パイロットを辞めて1か月も経たないころ、再就職先に軍部の連中がやってきてな。有無を言わせず連行された先の研究所みたいな場所で、いきなり殺されそうになった」
「殺されそうになった……?」
映画ULTRAMAN本編とは異なる状況になっているらしい。
「研究員の一人に助けられて、監視を抜けてどうにか逃げてこれたんだ。本当に、何が何だかだ……」
憮然とするマキを見て、俺は腕を組んだ。
本来、前例であるはずのザ・ワンを補足していない軍部は、マキがウルトラマンと同一化していることに気付きようがないはずなのだ。だというのに、軍上層部は彼がウルトラマン・ザ・ネクストであることをどうやって知ることができたんだ……?
「軍部の連中はどんな感じだった?」
「どんなって……そうだな。俺も必死で周りをちゃんと見れていたわけじゃないが」
腕を組んだマキは思い出すように言った。
「思い出してみると、あいつら、なんか妙に目が座ってたような気がするな……」
マキの言葉から推察するに、どうやら軍部の大多数は既に正気を失っている──つまり操られている可能性が出てきた。
「精神操作……。ザギがもう動き出しているのか……?」
「ザギ……?」
「お前の中にいるウルトラマンに粘着している傍迷惑なストーカーだよ」
「俺の中の……ウルトラマン……」
自身の胸の内に眠るその存在を感じるように、マキは胸に手を置いた。
「そこらへんは当人同士で話した方が早い。……そしてザギに関しては、俺よりも詳しい奴がいる」
そう言って、俺は居心地悪そうに隅で黙りこくっていたキリノ・マキオに視線を向けた。
「ぼ、僕は何にも知らないぞ!?」
「いや。後ろ後ろ」
「後ろ……? 何だよ水槽しかないじゃないか。まさかこの中でぷかぷか浮いているクラゲに聞けとでもいうんじゃないだろうな」
「そのまさかだよ」
「「はあ?」」
二人の間の抜けた声がシンクロした。
※
「こいつが宇宙人ねえ……」
とても信じられないと、マキが首を振った。
マキとキリノの二人に、大方の説明を終えた俺は改めてキリノ・マキオに『来訪者』との通訳を頼んだ。
「待ってろよ。今、チャンネルを合わせるから」
彼曰く、サイコメトリーは対象に合わせてラジオのつまみを捻るようにチューニングする必要があるらしい。
キリノは水槽に手を置くと、目を瞑って集中した。
「『ようやくコミュニケーションがとれるぽよ。……改めてご挨拶を。私は、M80さそり座球状星からこの地球に訪れたものぽよ。我々に個体名をつける習慣はないので、簡単に『来訪者』とでも呼んでもらって構わないぽよ』」
「ぽよて」
「こいつらの語尾がそうなんだよ!! 僕が勝手につけてるわけじゃない!!」
キリノはそう叫んだあと、再び集中しだした。
「『早速だが、これまでの状況を整理するぽよ』」
キリノを媒介にして『来訪者』がついに口を開いた。
「『我々はこの地球にダークザギ──我々が造り出してしまった悪魔を追ってこの惑星にやってきたぽよ。でも途中でザ・ワンのやつに追いかけまわされて殺されかけ、あわやというところで、そこのウルトラマン──ミウラに助けられたぽよ。今更だけど改めてお礼を言わせてほしいぽよ』」
「まあ、そのあと俺も助けられたしな。お互い様だ」
『来訪者』の言葉を受け取って俺が言った。
「『力を使い果たして海に投げ出されたミウラを我々は神通力を使って救出したぽよが、その時にかなりの力を使ってしまったぽよ……。現在の我々はあまり戦力には数えられないぽよ』」
どうやら『来訪者』たちの超能力は、その得手不得手がはっきりしているらしい。精神に作用するタイプの能力はローコストで使用できるが、物理的な現象を引き起こすにはかなりのエネルギーを要するということだった。
「実動隊は俺らでどうにかするさ。……貴方たち『来訪者』には、とりあえず情報提供とか頼みたいわけだが」
マキの言葉に『来訪者』は快諾した。
「今の状況、貴方たちはどうお考えですか」
ダークザギとスペースビーストに対しての経験値は彼らの方が俺よりも上手であることは間違いないだろう。彼らの見立てを聞いてみたかった。
「『ダークザギは、恐らく焦っているとみて間違いないぽよ』」
「焦っている……?」
予想していなかった言葉に、俺は思わず聞き返した。
「『奴のそもそもの目的は、自身の力を取り戻すこと。そしてノアに対してコンプレックスにも似た感情を有してしまったダークザギは、ノアの力を奪って復活するという手段に固執しているぽよ』」
そのためにダークザギは、ザ・ワンをこの地球に呼び寄せ、そしてそのザ・ワンを餌にノア──ネクストを呼び寄せようとした。
「『そしてノアに呼び寄せたスペースビースト──地球ではザ・ワンと呼称される個体を撃破させ、その細胞を各地に散らせてノアをこの惑星に釘付けにする算段だったぽよ。あとはノアのこの惑星での宿主となれそうな波長をもつ人間にじっくりと時間をかけながら『闇』を植え付けていく……きっとこういう腹積もりだったに違いないぽよ』」
そして心を闇に染められた適能者から力を奪い去り、自身の力とすることでノアに対する歪んだ敵愾心を満たそうとした。それがダークザギの動機だった。『来訪者』の見立てと俺の知識に差異はない。
「今のところ、その目論見は上手くいっているように見えるが」
俺の疑問に、『来訪者』は首を振った。いや、首を振ったのはキリノだが。
「『奴の誤算は、ミウラ……貴方だぽよ』」
「俺が、誤算?」
「『そうぽよ。奴は、この世界に既に光の巨人がいることを把握していなかったはずぽよ。おまけにその光の巨人はスペースビーストの対処方法を──細胞を完全に消滅させねばならないことを知っていた。これで焦らないはずがないぽよな』」
なるほど。言われてみれば確かに、俺の存在は奴にとってイレギュラー以外の何物でもない。
「『それにもう一つ。これは我々にとってもダークザギにとっても喜ばしくないことがあるぽよ』」
「どちらにとっても?」
「『キリノの記憶を閲覧したぽよが』ってちょっと勝手に他人の記憶を読むなよ!!」
「いや、お前にだけは言われたくないだろうよ」
俺に言われてグヌヌ、と口を紡ぐキリノ。いや、口を紡ぐなよ。通訳なんだから。
「くっ……では、改めて『キリノが見た、マキを追う集団の中にダークザギの宿主がいるぽよ。これは驚くべきことぽよ。奴はギリギリまで表舞台に現れたがらない。手下を使って高みの見物をするのが大好きな性格の捻じ曲がった奴ぽよ。それが現場に出てきて汗をかくなんて相当ぽよ』」
「ということは、つまり奴には今、手下がいない……?」
それってつまり、
「『これはあくまで推測になるぽよが、恐らく今、ザ・ワンはダークザギの制御下にいないぽよ』」
「マジでか」
ザ・ワンが、ダークザギのコントロール下にいない?
「あー、その、俺は詳しいことはよく理解していないんだが、そのザ・ワンって奴をダークザギっていうのがこの星に呼んだんだろ? 仲間じゃないのか?」
マキの疑問は尤もだったが、俺には心当たりがあった。
「………いや、違う、もともと、ダークザギは人造ウルトラマン……人間が作った兵器だ。だからスペースビーストとは出自からして異なるから……」
「『そうぽよ。ダークザギとスペースビーストの関係は支配者と被支配者、支配する者とされる者──いうなればご主人様と奴隷の関係に近しいぽよ。ザギは特殊な思念波でスペースビーストを意のままに操ることができるぽよが、それはあくまでダークザギがスペースビーストの力を上回ってるのが大前提で、両者の力関係がはっきりしているからできていたことぽよな』」
つまり『来訪者』の言いたいことはこうだ。ザ・ワンは今、ダークザギからの支配を跳ね除けられるほどに強くなっているのだ、と。
「『奴はこの地球に眠る怪獣たちを取り込みながら急成長したと思われるぽよ。でないと力を分散させたがらないザ・ワンが、わざわざ自分の身体を千切って分隊を編成してマキを襲わないぽよ』」
スペースビーストでも高い知性を持つザ・ワンはやはり特殊個体であるらしく、奴のパーソナリティは『来訪者』も把握しているらしかった。ザ・ワンは細胞を分けることをあまりしない。それは本体の戦力低下を招くためだ。自身の力を絶対のものとする奴は、己が少しでも弱くなる選択肢を取りたがらないという。
であるならば逆説的に、ザ・ワンが自身の細胞を分けて数を増やすという選択をとったということは、つまりそれだけ奴が今強くなっていて余裕があることの証左に他ならない。
「『想定外であるノア以外のウルトラマンに、勝手にノアに喧嘩を売りに行ったザ・ワン。奴は大いに焦ったはずぽよ。だから、防衛軍を使ってマキの確保に動いたぽよ』」
俺たちの記憶から、マキを追いかけていた防衛軍の一人にザギがいたと『来訪者』は言う。ギリギリまで裏側に潜むことを好むダークザギらしからぬ行動だ。そしてその事実が、この推測が決して見当外れではないことの証明だった。
つまり、今の状況を整理するとこうだ。
ダークザギの支配から抜け出し、勝手にノアの殺害を目論むザ・ワン。
ザ・ワンに殺される前にノア(の力)を回収したいダークザギ。
ザ・ワンとダークザギの企みを食い止めたい俺たち。
この東京メトロポリスを舞台に、三つ巴の戦いが始まろうとしていた。