ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
そんなわけで開き直って好き放題しはじめた13話、よろしくお願いいたします。
雫が丘とは、ウルトラマンギンガSの舞台となる土地の名前だ。関東地方にあるベットタウンの一つであるこの町は、実は強力なエネルギーを秘めた鉱石『ビクトリウム』が特に豊富に眠っており、これを巡って物語が動き出す。そういう設定だったはずだ。
俺がこの雫が丘に来るのは、実はこれが二度目だった。
この世界が、必ずしもティガの世界ではないということを知って以来、俺は他作品のウルトラマンたちに由来のある土地を度々巡っていた。
特に雫が丘に眠るとされていたビクトリウムは俺の抱えていたエネルギー問題を解決できるアイテムとして注目していたし、期待もしていた。だが、ビクトリウムは本来、地下深くにある。ギンガS本編ではチブル星人の暗躍により無造作に掘り起こされていたが、残念ながら当時ただ人だった俺には到底採掘は不可能という結論に至った。
「それに、ビクトリアンと敵対する可能性も否定できないしな」
古来より、ビクトリウムの守護と監視を先祖代々受け継いできた、地球の地下に暮らす一族──ビクトリアンは、本編での描写を見るに、だいぶ保守的な組織運営であったことが伺える。下手に手を出して関係を拗らせると取り返しがつかないと接触を諦めていたのだが、ここにきて彼らとの接触が現実のものになろうとは。
「だからって、僕も来る必要があったのか? 自慢じゃないが、僕は本当に腕っぷしはないぞ」
運動不足からゼェハァと息を切らせて登山道を歩くのは、晴れて俺の部下となったキリノ・マキオだ。言われなくてもその有様を見れば嫌でもわかる。
「キリノ君に期待しているのは、サイコメトリーによる裏付けだよ。藁にもすがる思いでここまで来たけど、罠の可能性だってある」
実際問題、こんな回りくどい手口で俺たちを貶めようなんて奴はいないだろうが。
とは言え、キリノ・マキオの超能力は、こういう対知生体との交渉フェーズではチート級の性能を発揮できる。面と向かい合いさえすれば、相手の嘘偽り、隠し事を強制的に暴けるというのは交渉事では果てしないアドバンテージだ。
「大体、普段の人間関係でそういうことすると、次に飛んでくるのは言葉じゃなくて暴力だけどな」
自嘲するようにキリノが言う。
「今回のビクトリアンっていう連中も、保守派とか穏健派を名乗る割にはかなりの武闘派っぽいけど」
「そのあたりは俺がどうにかするさ。これでも従軍経験はあるんだ。逃げ道くらいは確保する」
キリノにはそう言うが、実際不安はぬぐえない。
ビクトリアンの社会的な慣習や思考については、ギンガSから推察するほかないが『オーパーツ技術を抱えた田舎社会』という表現が適当だと思われる。ビクトリウムの守護を司るという性質もあるのだろうが、外様に対する態度は刺々しいだろうことが想定できた。こちらに交戦の意思は勿論ないが、問答無用で襲ってくるという可能性もなくはない。
マキあたり連れてくるべきだったとも思うが、彼には一度、家族のもとに戻ってもらっていた。彼にとって家族の存在は守るべき象徴で力の源でもあるが、同時にウィークポイントでもあることは間違いない。ダークザギの活動が本格化している今、彼の家族にその魔の手が伸びないとは言い切れなかった。
それに決戦も近い。彼のモチベーションのためにも、一度家族に会ってもらう方が良いと判断した。
「あの手紙がいったい誰からのものなのか……。案外、ビクトリアンの女王からとかだと話が早くて助かるんだが」
ビクトリウムの欠片が同封されていた以上、可能性が最も高いのはビクトリアンの女王ないしはその関係者なのだが、俺の直感はそうではないと言っているのだ。
「アンタの直感って、どんくらい当てになるんだよ」
「明日の天気をなんとなく言い当てられる……みたいな」
『天候は空気中の湿度や風向きなどから予想が可能です。完全な直観というには経験による代入値が入りすぎています』
ユザレのAIらしい突っ込みに黙る。
『そしてカツヒトの『明日の天気予報』的中率は58%です』
「ダメダメじゃないか」
呆れたようにキリノが溜め息を吐いた。
うるさいやい。実際、ウルトラ戦士の直感は馬鹿にできないんだぞ? まあ、鈍すぎるくらい鈍いときもあるんだが。
益体もない会話をしながら、人気のない険しい登山道を歩くこと暫し。懐に入れていたビクトリウムの欠片が熱を持って光った。
「っ!! これは」
ビクトリウムの欠片を取り出せば、それはさらに光を増した。眩い青い光に目がくらむ。咄嗟に目をつぶり、そして再び瞼を開けた時には、すでに俺たちがいた場所は人のいない登山道ではなかった。
光に包まれた俺たちは、そうして地下世界へと招待されたのだった。
※
オーロラのごとき光の天幕が下りる場所。透き通った、そして巨大な水晶の柱がそびえ立つ。この地底世界のシンボルともいえる光景を背に負って、年端も行かない幼女が目の前にいた。幼い見た目をしながらも、どこか人を率いるカリスマ性を既に身に纏いつつある地底の巫女が、目の前の玉座に座している。
隣に侍る初老の男が声を張り上げた。
「キサラ様の御前である!! 頭を下げよ!!」
その大声に、驚いたようにキリノが膝をついた。どうやら既にこの状況に呑まれつつあるらしい。だが実際、突然にこんな状況に追いやられれば、右も左もわからずについつい頭を下げてしまうだろう。というか俺も頭を下げた。
「カムシン、よい。彼らは客人である」
その可憐な唇が開いて、鈴の音が鳴った。
「妾は、キサラ。ビクトリアンの巫女であり女王である」
キサラ。その名前には聞き覚えがあった。ギンガSに登場した、ビクトリアンを束ねる巫女であり女王。本編では30代ほどの見た目だったが、今目の前にいる彼女は10歳にも満たない年齢に見える。
そして傍に侍る従者のような男であるカムシンもまた本編に登場した人物だったが、年齢は本編よりもかなり若い。
キサラの幼い見た目からは想像もできない、透徹した瞳が俺を貫いた。
「我らが地底世界にようこそ、ウルトラマン」
シャランと、涼し気な音が響いた。彼女の持つ錫杖の先がカツンと地につけられた。
「貴方がこの地に訪れたということは、もうすぐ地上では大きな時代の変革が起きようとしているのですね」
「……それは、どういう」
果たして、彼女らビクトリアンに予言の力などあっただろうか。記憶を掘り起こしてみるも、そういった設定は思い出せない。
俺の疑問を知ってか知らずか、彼女が続けた。
「我らが古き友の言葉です。『いつかの未来、ビクトリウムの導きを辿って二人の男がこの地底を訪れる。一人は、超常なる力を持て余す若き青年。もう一人は、ただ一人運命に抗うことを選んだ、光の巨人』
「…………随分と詳細な予言だ」
「女王の御前だ。口を慎め!!」
「ひぅ」
キリノを窘めたカムシンを、しかしキサラ女王は手で制した。
「よいと言ったはずです、カムシン。彼らは、伝承によれば我らビクトリアンを救ってくれた救世主の仲間だといいます。礼は尽くさねばなりません」
「きゅ、救世主……?」
俺がそう聞き返すと、彼女は「ええ」と頷いた。
「我らビクトリアンは、強大なエネルギーを蓄える鉱石ビクトリウムの扱いに長けた種族。我らの祖先は、この力を使って地上に栄えていました」
しかし大昔のビクトリアンたちは、その大きな力を与えるビクトリウムを巡って争い合い、その争いの果てに、彼らは聖獣シェパードンを暴走させてしまう。ビクトリウムによる災いによって、彼らの祖先は大きな打撃を受けた。
「我々の危機に、しかし駆け付けてくれた者たちがいました」
「それが、ウルトラマンビクトリー……」
俺の呟きに彼女は頷いた。が、続く言葉は俺を混乱させた。
「ええ。星の彼方からきた彼と、二人の巫女が我々を救い、導いてくれた」
「二人の、巫女……?」
初めて聞く単語だった。ウルトラマンギンガS本編では、シェパードンの暴走をどこからかやってきたウルトラマンビクトリーが止めたとされていた。二人の巫女なんて存在はどこにもなかったはず。
「それは、ビクトリアンの当時の女王のことですか」
「いいえ。彼女たちはビクトリアンの国の外からやってきた、旅の巫女だと伝えられています」
旅の巫女だと……?
「シェパードンの暴走は収まり、かの聖獣は再び穏やかな気性を取り戻した。そしてビクトリーは我らにビクトリーランサーを与えると眠りにつきました」
そのあたりは、俺の知識の通りだ。一方で、そのイレギュラーである『二人の巫女』の話には続きがあった。
「『二人の巫女』は、ビクトリアンの民に引き止められながらも、まだ旅の途中なのだとだけ告げて我々の下から去っていきました。ただ、いくつかの助言と未来への言伝とを我らに残して」
その後は俺の知る通り、彼らビクトリアンは自らをビクトリウムの守護者に定め、地下へと潜っていったという。
「『二人の巫女』の名前は、長きに渡る歴史の中で忘れさられてしまいました。ですが彼女たちの遺した予言は、代々受け継がれてきたのです」
「その予言に、俺たちが……」
言いながら、キリノの方を見る。彼と視線が合うが、キリノはただ頷いた。嘘はない、ということか。
「本来であれば!!」
大声で、カムシンが言った。
「本来であれば、我々は地上のあらゆる事象に関与しない。地上が火の海に包まれようが、海の底に沈もうが、我らは一切関知しない。ビクトリアンの民は、ただビクトリウムの守護にのみその人生を捧げるのだ」
「では、今回の地上の騒動にも、これから起きることにも、あなた方ビクトリアンは一切協力しない、ということですか」
「そのつもりだ」
カムシンは深々と頷いた。
古来より伝わる定めに従って生きる。それが彼らビクトリアンの選択だった。この口調だと、彼らに大々的な協力を頼むことはまだ難しそうだ。
ギンガS本編では、ショウとヒカルが絆を結び、そして新たな世代が地上の世界を直に体験することで、この地下世界に新たな風を吹かせる。だがキサラ女王の姿から察するに、まだ新たな世代は生まれていなさそうだ。
キサラ女王が、カムシンの言葉を引き継いだ。
「そもそもの話ですが、現状我々は直接的な手助けが出来ないのです。現役の世代にビクトリーランサーを扱える者がいないばかりか、シェパードンも半世紀ほど前から衰弱してきていて、とても戦闘に耐えられる状態ではないのです。そして、このように抑止力のない状況でビクトリウムを地上に出してしまえばどうなるか、ご理解いただけると思います」
ビクトリアンの至上命題であるビクトリウムの守護を考えれば、仕方のない話かもしれない。しかし、ビクトリーもシェパードンも協力が得られないとなると、空振り感は否めないな。
内心の落胆を表情に出さないようにしていた俺に、キサラ女王は言葉をつづけた。
「しかし、我ら一族は受けた恩は必ず返します」
そう言って、キサラ女王が手に持つ錫杖をトンッと地に打てば、控えていた女官たちがいくつかのものを持ってきた。
「『二人の巫女』はこう言いました。いつか来るその二人に『これ』を渡してほしいと。そして一度だけで良いから、力を分け与えて欲しいと」
女官たちが持ってきたものの一つは、やはりビクトリウム鉱石だった。
「こぶし大くらいの、これくらいの大きさのビクトリウムであれば、地上に与える影響も少ないと判断しました。ただし、第三者には決して渡さず、そして一度で使い切るように」
厳かな雰囲気の下、キリノがそれを下賜された。
「それは、我らからの『一度だけの協力』。そしてこちらが『二人の巫女』からの預かり者です」
そうして俺に下賜されたものを見て、俺は目を見開いた。
「こっ、これは…………!? どうしてこれが、こんな場所に!!」
「こんな場所とは、随分な言い様ですね」
キサラ女王の言葉に、カムシンがそっと腰の剣に手を伸ばしたのが見えた。
「も、申し訳ない。その、あまりにも予想外だったもので」
しどろもどろになる俺に、彼女は初めてその厳かな雰囲気を解いた。
「ふふっ。すいません。揚げ足を取ってしまって。少しいじめたくなってしまいましたもので」
「は、はは。お戯れを……」
「どうにも貴方を見ると、こう、疼くというか」
どことなく嗜虐心を押さえるように頬をぴくぴくとさせるキサラ女王に、冷や汗をかく。キサラ女王ってこんな性格だったの? 本編だともうちょっと穏やかで母性を感じさせる性格だったはずなんだが。いや、成長前だとこんな性格だったのか?
背筋に走る寒気を誤魔化していると、カムシンが咳払いをした。いいぞ、もっとこの心臓に悪い幼女を諫めてくれ。
「カムシンに怒られちゃいますね。……これで私との謁見は終了となります。お力になれず心苦しい限りですが」
「いえ。希望は見えてきました」
ビクトリーやシェパードンの力は借りれなかったが、しかし望外の収穫があったことは確かだ。
「最後に。我々にこの地を訪れるようにと手紙を寄越したのは、あなた方ですか?」
「いや。我らはそのようなことはしていない」
カムシンは首を振った。
キサラが、頤に人差し指を当てて可愛らしい仕草をした。
「我らビクトリアンは、あくまで伝承の通りに準備していただけですから。……とすれば、その手紙なるものを貴方がたに送ったのは『二人の巫女』の関係者、と考えるのが妥当でしょうか」
「では『二人の巫女』についてなにか他に伝承は残っていませんか」
女王は首を振って、カムシンの方を見た。
話を振られたカムシンが口を開いた。
「何分、1000年以上も前の話だ。多くは風化してしまったか、他の言い伝えや昔話の中に埋没してしまったか……。私も歴史学者ではないのでな」
「そうですか。……ありがとうございます」
俺たちのことを予言した『二人の巫女』は分からずじまいか。多分、悪意ある存在ではないんだろうが。
「それでは客人たちよ。ここから疾く立ち去るといい」
「カムシン、言い方が悪いですよ? ……すいませんね。この地下世界に地上からの来客なんてずっとありませんでしたから、皆怯えているのです」
幼い女王の言葉に頷いた。
「俺たちも、ビクトリアンの皆さんをいたずらに刺激したくはありませんから」
俺とキリノはそうして立ち上がった。
「それでは、お世話になりました」
「お世話ってほど世話になった覚えは……って痛い!! 叩くなよ!!」
女王たちに別れを告げると俺たちは再び光に包まれ、そして地下世界を去った。
※
「帰られてしまいましたね」
残念そうに幼い女王は言った。
「随分とあの青年を気に入ったようですな」
「ええ。あの者の瞳、とても良いです。困難に立ち向かう戦士の炎が灯って見えました」
カムシンは「そうでしょうか」と懐疑的に首を傾げた。
「光の巨人というから幾分期待しておりましたが、あのように動揺を表に出しているようでは、まだまだ戦士として未熟としか言えませんな。そして未熟さに反して、目に濃い疲労が見える。若さが感じられない」
「カムシンに『若さが足りない』と言われたくはないと思いますよ」
「未熟者は若さで補ってようやくどうにか半人前というものです。逆に超能力使いの方は幼い。あれは早々に自分の殻に閉じ籠ったな」
女王の側近を務める彼の目は確かに的を射ていたが、彼の言葉に頷くことのできるほど彼らの人となりを知る人間はここにいなかった。
「あの疲れた目がいいのです。目の前にそびえ立つ絶望の嵐に翻弄されながらも、それでも諦めずに希望に縋りつこうという執念。雨に濡れ、風に吹かれて、なおしつこく燻り続ける火が彼の内にある。とても良いです」
「そうですか」
カムシンは思った。早くもこの年で厄介な性癖を拗らせつつあると。
「それにしても歯がゆいですね。丁度、ビクトリーランサーの適合者の途切れる空白期にこのようなことが起きるとは。流石に腰を曲げたヨボヨボのお爺さんを助っ人に出すわけにもいきませんから」
「仕方ありませぬな。こればかりは時の運ですとも」
「せめて、もっと何かしら手助けができれば」
女王は口惜しいというように言った。それに対してカムシンはやれやれと首を振って嗜めるように言い含めた。
「我らの使命をはき違えてはなりませぬ。我らがビクトリアンの役割は、ビクトリウムの守護。地上に必要以上に関われば碌なことにならないと歴史が証明しておりますれば」
「そう、かもしれません。でもいつか、我らビクトリアンと地上の人間たちが手を取り合える日が来ればと、そう思うばかりです」
キサラ女王は随分とまっすぐに育ちましたな、とカムシンは親心を抱く。同時にその願いへの忠告も含めて彼は言葉を贈った。
「『古き友は言った。期待はあらゆる苦悩のもとだ』と昔から言いますからな。安易な期待は、頂点に立つ者として自重なさってください」
ビクトリアンに古くから伝わる、『古き友が言った』から始まる格言たちの一つだった。彼女の教育係たちが毎度の如く引用するので、彼女もよく聞き覚えていた。
「『古き友は言った』シリーズですね。ふふ、ではこう返しましょう」
キサラは、カムシンの忠言にやはりビクトリアンに古来より伝わる言葉で返した。
「『みんなで手を繋げばきっとハッピー』です。隣人同士、相互理解には距離を詰めてしまうのが一番というのは昔からの習わしですね」
「そうかもしれませんが……」
カムシンが苦笑するのを見ながら、はたとキサラは首を傾げた。
「そう言えば、この昔から伝わる格言たちって由来は何なのでしょうか」
問われ、カムシンも首を傾げた。
「……そう言われると」
そうして二人はそろって腕を組むのだった。