ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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#14

 時は、カツヒトとキリノが地下世界を訪れる20時間前──東京郊外で起きた第二の怪獣災害直後にまでさかのぼる。

 

「一体どういうことだ!!」

 

 ヨシオカ・テツジの怒声が作戦室に響きわたった。

 

 作戦室のオペレーターの一人が、恐々としながら答える。

 

「わ、我々はソガベ陸佐の命令で動いておりましたが……」

 

 防衛軍に秘密裏に設立された対バイオテロ研究機関BCSTの実質的な責任者であるソガベの指揮で、彼らは動いていたらしかった。

 

「私はそんな報告は受けていない」

 

「そ、そんな!! 確かに、今回の一連の責任者はヨシオカ長官であるとソガベ陸佐が……」

 

 狼狽えるオペレーターの声を聞きながら、ヨシオカは思案する。

 

 BCST所属の研究員ミズハラ・サラの密告により発覚した、今回のソガベ陸佐の独断的行動。それに対し、防衛軍日本代表の自身が自ら対処することを、ヨシオカは即断した。軍の命令系統の混乱は極めて重大なインシデントであり、トップである自身が直接指揮を執らねば収まらないと判断したためだ。

 

「改めて問おう。此度の一連の作戦についてだ。お前たちは、いったい何を追っていた」

 

 ヨシオカの迫力に怯えきりの研究者たちは、皆顔を見合わせてばかりで質問に答えられなかった。敢え無く、ヨシオカの隣に控えていたミズハラが、周囲の者たちにも聞かせる目的で口を開いた。

 

「我々BCSTはソガベ陸佐の命で、とある人物を追っていました」

 

 メインモニターが切り替わり、一人の人間のプロフィールが映し出された。

 

「マキ・シュンイチ。元空軍パイロットで、現在は民間の星川航空に勤めています。ソガベ陸佐は、ここ最近の怪獣事件のカギを握る人物だとおっしゃっていました」

 

「なるほどな。……そのような報告は一切挙がっていなかったが」

 

「はい。ここ最近のソガベ陸佐の動向には不審な点も多く見られていました。私は、それをいぶかしみ、本部とソガベ陸佐との通信履歴などを探らせてもらいました。事実、彼は一切独断で行動していることが発覚しました」

 

「ふん。普段ならば懲戒処分は免れない越権行為だ」

 

 不機嫌そうにヨシオカが言った。ミズハラが「申し訳ありません」と頭を下げる。

 

「いい。今回ばかりは不問にする」

 

 続きを、と促され、ミズハラは再び言葉を紡いだ。

 

「ソガベ陸佐率いる作戦部隊は星川航空に勤務していたマキ・シュンイチを確保し、この研究施設に運び入れました。……ですが、その行動に不信感を抱いた私は独断でマキ・シュンイチの逃走を幇助。ソガベ陸佐は部下を引き連れ、逃げ出した彼を追跡。彼が本部からいなくなった段階で、ヨシオカ長官に報告させていただきました」

 

 ミズハラの行動は的確だった。不審な行動をするソガベ陸佐とその側近たちを、彼らが執心するマキ・シュンイチを逃がすことでこの作戦室から排除し、その間にヨシオカ長官ら軍本部を引き込んだ。

 

「今度情報部に推薦状を出しておこう」

 

「申し訳ありませんが、今月末で寿退社の予定ですので」

 

「そうか。結婚式には祝電を送っておこう」

 

 ヨシオカとミズハラが軽口を叩きながら、モニターを再び操作した。

 

「ソガベ陸佐と彼の率いる部隊はマキ・シュンイチを追跡するも、道中にてウミウシ型の怪獣に遭遇。現場の混乱の中でソガベ陸佐は姿を消しています」

 

 その事件の報告は既にヨシオカの下にも届いていた。

 3体のウミウシ型の怪獣——九州近海で目撃された大型怪獣の姿に類似している——が東京郊外に出現し、住民たちを襲ったと。死者こそ出なかったが、多数の住民が怪我を負って病院に運び込まれた。

 

 そして、再び現れた光の巨人が人々を救ったということも。

 

「ソガベ以外の連中は」

 

「皆、負傷しておりますが命に別状はありません。……ただ、運び込まれた13名の隊員全員が、ここ数日の記憶を失っています」

 

 ソガベ陸佐の失踪に、その側近たちの記憶障害。どうやら事態はヨシオカの想像をはるかに超えて深刻な事態に陥っているらしい。

 

 さらにミズハラが情報を加えた。

 

「また、映像は残っていませんが現地住民の話では、マキ・シュンイチと思われる人物が『光の巨人』に姿を変えて、怪獣から人間を守ったと」

 

「何だと?」

 

 ソガベの追っていたマキ・シュンイチが、光の巨人に姿を変えた。その情報に、ヨシオカは腕を組んだ。

 

「九州近海での怪獣災害は記憶に新しいが、そこでも『光の巨人』の報告はあった。てっきり現場の混乱によるものだと思っていた。……ましてやその正体が人間だとは思いもしなかったが」

 

 人間に味方する謎の巨人に、それを秘密裏に追っていたソガベ。この構図は、いったい何を意味するのか。

 

「ソガベ陸佐は、このことを知っていたのではないでしょうか。マキ・シュンイチが光の巨人であるということを」

 

「だとしたら、いったいどうやって知ったのか。そしてどうしてそれを黙っていたのか」

 

 ソガベ陸佐のことをヨシオカは詳しくは知らないが、報告によれば仕事に忠実でとてもこのような企てを起こすような人間ではないということだった。だとすれば、彼にいったい何があったというのか。そして、光の巨人になったというマキ・シュンイチは、いったいいつ光の巨人の力を手に入れたのか。そして日本で起きた怪獣災害と何か関連があるのか──

 

 一つ一つの事件が繋がっている。そんな確信がヨシオカにはあった。

 

「ソガベ陸佐およびマキ・シュンイチの捜索、そしてWINGに兵器を搭載した上で実践配備。サワイにも至急連絡をせねばな」

 

 どうせまた揉めるんだろうが、とヨシオカは頭を掻いた。

 

 だが、気が乗らずともやらねばならないことは幾つもあった。

 

 これは、近々、何か今までにないことが起きる。そしてその波に乗り遅れたら最後、人類はその奔流にただただ翻弄されることになるだろう。彼はその直感を信じて、行動に移し始めた。

 

 

 防衛軍が動き出し、カツヒトとキリノが地下世界へと足を踏み入れていたころ。

 

 マキ・シュンイチは最愛の家族と再会していた。

 

「お父さん!!」

 

 息子のツグムが駆け寄ってくるのを抱きとめた。

 

「おいおい。走っちゃまずいだろ」

 

 心臓に先天的に疾患をかかえているツグムは簡単な運動でもすぐに息が上がってしまう。息子を心配する彼だが、己を心配して走り寄ってくる姿に言葉に言い表せないほどの愛らしさを感じてもいた。

 

「ヨウコも、悪かったな。心配かけて。……それにマンジョウメさんも」

 

「本当にね!! ……大丈夫だった? 酷いことされなかった?」

 

 息子に次いで胸に飛び込んできた妻を抱きしめながら、マキは再就職先の星川航空の社長であるマンジョウメにそう謝罪した。

 

「いや。気にしないでくれ。そんなことより君が無事でよかったよ」

 

 それからマキは、星川航空の執務室に案内されながら、マンジョウメから彼が拉致されてからのことのあらましを聞いた。

 

 マキが防衛軍に連行された後、妻と息子にもその手が伸びそうになったらしい。そこで二人を助けてくれた人物がいた。

 

「クラシマ……」

 

「よお。久しぶりだな、マキ」

 

 マキの元同僚であるクラシマ・タケシは、ヨウコからの連絡を受け取って即座に彼女らを匿うことを選択した。クラシマとヨウコ、そしてツグムの3名はマキの職場である星川航空に身を寄せた。

 

「すまんなクラシマ。迷惑をかけた」

 

 クラシマもまた防衛軍に所属する一人だ。それなのに、こうして防衛軍から家族を守ってくれたのだ。パイロットであることに自負を抱えていた彼にとっては、相当の覚悟が必要だったことだろう。

 

 しかし、当のクラシマには職を失いそうな人間の悲壮感はなかった。

 

「そりゃあ、最初に話を聞いたときは悩んだし、戦闘機から降りる覚悟も決めたけどな。でも風向きが変わったんだ」

 

 クラシマによれば、どうやら今回マキを連行したのはとある人間の独断であったらしかった。そしてマキが逃げていた間に、すでにその人物の上役が指揮権を回収したらしい。

 

「俺に正式に命令が下ったよ。マキ・シュンイチの家族および知人の警護をってな」

 

 これはヨシオカから連絡を貰ったサワイのファインプレーであった。恐らくは地球外生命体と何らかの接触を受けたマキ・シュンイチの家族を警護する必要があるだろうと。

 

「なるほど。……だから、ずっと構えているのか」

 

「……やっぱりバレるよな。まあ、報告でもお前が危ない感じじゃないっていうのは聞いてたから。一応の保険だけどよ」

 

 クラシマは、腰のホルスターにかけていた手を外した。

 

 クラシマの受けた任務は、マキ・シュンイチの家族およびその知人の警護。それは、未だ動向のつかめないソガベ陸佐から彼らを守るということのほかに、マキ・シュンイチ本人からも守るということを意味していた。

 

「お前が『光の巨人』なんだな」

 

「……ああ」

 

 クラシマは一瞬面食らった表情をした後、薄く笑った。

 

「そうか。まさかお前がウルトラマンとはな」

 

「ウルトラマン?」

 

「ああ。防衛軍による正式なコードネームさ」

 

 防衛軍および国連は、人類を窮地から救ったと思われる『光の巨人』に対し、有名な映像作品からそのまま『ウルトラマン』とコードネームをつけた。

 

「お前が変身したっていう光の巨人は2例目だから『ウルトラマン・ザ・ネクスト』って言うらしいぜ」

 

「ザ・ネクスト……。随分けったいな名前をいただいたもんだ」

 

 苦笑するほかない。胸に抱くツグムがキラキラした目を向けた。

 

「お父さん、ウルトラマンなの!?」

 

 マキはさらに苦笑を深めた。

 

「ああ。どうやらそうらしいぞ」

 

 あいにくとまだ現実感はないのだが。

 

 心配そうに見つめる妻に「大丈夫だ」と頷く。何とも過分な役柄を頂いてしまった。

 

 そうして和やかに再会をしていたその場に、唐突に声が投げかけられた。

 

「ソウか。ヤハリオマエガウルトラマンか」

 

「っ!?」

 

 彼らの背後、滑走路にソレはいつのまにかいた。

 

 獣。その表現が真っ先に浮かぶ。

 

 鋭い爪を擦り、異常に発達した太腿を蠢かせる。唇のない口部からは、牙が剥き出しになっており、そこから空気が漏れるようにして発声している。

 

 マキは抱えていたツグムを妻に預けると、即座に守るべきものたちを庇うように前に出た。

 

「キサマは!!」

 

 警戒するマキを、その怪獣は嗤った。

 

「オレサマはツヨクナッタ」

 

 唐突に、怪物は語りだした。

 

「ダトイウのニ、ウルトラマン、オマエはヨワイママだ。オレは、オレノ強サを証明スル。証明、シタイ」

 

 それは、ザ・ワンに起きた明確な変化だった。

 

 この地球で多くの命を取り込み、今までにない隔絶した強さと自我を獲得しつつあるザ・ワンは、その本能から逸脱した、それでいてそこから派生した欲望を抱きつつあった。

 

 知生体の恐怖を貪り、増殖するスペースビーストの本能から派生した欲求。それは歪んだ征服欲。

 

 ザ・ワンは望んだ。大敵であるウルトラマンを完膚なきまでに叩きのめし、地に貶め、踏みつけにしたいと。

 

 だというのに、ウルトラマンは弱いままだ。このままでは、勝って当たり前だ。

 

 だからザ・ワンは仇敵たるウルトラマンに強くなってもらおうとした。スペースビーストの本能からは逸脱したその行動原理は、結果、奇しくもダークザギと同様の目的を持つに至った。

 

 だが、ザ・ワンにはダークザギほどの知性はなく、計画性もない。そして何より堪え性がなかった。だから、極めて短絡的な手法に打って出たのだ。

 

「あ、あああああっ!?」

 

 マキの後ろで、ツグムの苦しむ声が聞こえた。

 

「つ、ツグム!?」

 

 妻が動揺した声をだす。後ろを見れば、息子のツグムが胸を押さえて苦しんでいた。

 

「オレの細胞ヲ、ソノ子供に植エツケタ。オレヲタオサネバ、モウ1時間スレバ、ソイツの精神ハ死ニ、身体ハ俺と同ジニ成ル」

 

 目の前の怪物の言葉に正気を失いそうになる。この子が、怪物になる……?

 

「き、貴様あああああ!!」

 

 怒りに震えるマキを、怪物は嗤った。

 

「ハハハ!! 怒ッタナ、ウルトラマン!! ソウダ、怒レ。怒ってもット強クナレ」

 

 そして、俺に殺されロ。

 

「ハハ、ハハハ、ハ、ハハハハハハハハハハハ!!」

 

 哄笑を上げて、怪物はその身体をメキメキと膨張させていく。

 

 大きさにして、50m級の強大な怪獣の姿が、東京の地に立ち上がった。

 

「お、大きくなった!?」

 

「あ、あの野郎!!」

 

 マンジョウメが慄き、クラシマが怒りで震える。

 

 そしてヨウコは、目に涙を浮かべながらツグムを抱え込んだ。

 

「ツグム、ツグムがぁ!!」

 

 焦燥する妻の瞳と視線が交差した。揺れる瞳が、彼に訴えかける。

 

 助けて、と。

 

「俺は、」

 

 ああ、ああ。マキは空を見上げた。

 

 今までどうにも現実感のなかった、この身に息づくウルトラマンの力。それが今はしっかりと手に取るように感じ取れる。

 

「お前を、」

 

 力の限りに、世界へと。その咆哮、雄叫びは、あるいは産声でもあった。

 

 叫ぶ。

 

「許さない────!!」

 

 


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