ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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#17

 出会いがしらの挑発は面白いように決まってくれた。

 

 極限まで高まった憤怒は、目の前の男──BCST責任者ソガベから表情さえ失わせた。早打ちで撃ち込まれる拳銃の弾丸は、そのすべてが人体の急所を狙ったものだ。その腕には脱帽するが、どこに撃たれるかあたりが付いているなら回避することは不可能ではない。

 

 怒りの感情をトリガーにして本来のスペック以上の能力を引き出す者と、逆に弱くなる者の2種類がいるが、目の前のソガベ──の意識を乗っ取っているダークザギは恐らく後者と言っていい。

 

 入念に準備し、場を整えて機を伺う。ダークザギが得意とするのは、そういう戦い方。戦う前に九割がた終わらせて、チェックメイトするだけという状況を作り出す。目の前の敵は、そういった戦略を立てるのが得意だ。

 

 頭を使っての戦闘がダークザギの本来のスタイルであるならば、俺はそれを崩すことを考えるべきだろう。

 

 一手目で思考を奪い、周囲を見る冷静さを失わせる。実際、この場面で最も困るのは、形勢不利と判断されて、身を隠されることだ。ここでまた潜伏されると、今後俺たちは常にコイツを意識して動かなければならなくなる。

 

 次に困るのが、ザ・ワンに加勢されること。これに関しては俺とウルトラマンノアでどうにかなると思われるが、巨大な生命体が4体同時にこの東京メトロポリスの地で暴れ回れば、要らない被害が増えることになる。せっかくノアとザ・ワンの戦場が空に移ったのだ。これ以上、人類の生存圏を脅かすような事態にはしたくない。

 

 だから、ここでダークザギを釘付けにしたかった。

 

 人々は皆避難しており人気はないが、もともとこの廃工場は無人となって久しい。監視カメラについては、この時代のものであれば画質はお察しで特定できるまでには至らないだろう。

 

 ソガベは弾切れになった拳銃を投げ捨て、そして懐から禍々しい気配を放つなにかを取り出した。

 

 ダークエボルバー。暗黒適能者に受け継がれていく、闇の変身アイテムだ。

 

 応じて、俺もまたスパークレンスを構える。

 

 ほぼ同時に、二人の姿が変化した。

 

 俺の方は、鈍色の銀をメインカラーにした青い瞳の戦士。

 

 一方、ソガベが姿を変えたのは、暗黒の体色に血管のような赤いラインが所々に走る、赤い瞳の戦士。

 

 人間体の大きさのダークザギが、口を開いた。

 

「お前は、九州の」

 

 九州近海での、俺のデビュー戦のことを言っているらしい。このタイミングでそれを確認したということは、俺を目の前にしても、ダークザギは俺が超古代の戦士だと気づけなかったということだ。

 

 奴が見分けられるのは、適能者だけだということがこれで分かった。まあダークザギとはここで片を付けるつもりだから、この情報が生きる場面がこないといいんだが。

 

「無駄話は好きじゃないな」

 

 こちらの情報を安易に伝えることはしない。強引に話を打ち切り、距離を詰めるべく走る。

 

 まずは拳。戦闘のリズムを作る、テンポのいいコンビネーションパンチで牽制していく。

 

「チィ」

 

 舌打ちを一つ。ダークザギは的確に俺のパンチをパリィしていく。

 

 そしてこちらの呼吸を読んで、隙間に無理やり拳を割りこませてきた。

 

 防御が間に合わず、それを胸で受ける。が、覚悟していたとはいえ重たい一撃にたたらを踏む。

 

 両者の間が僅かに離れた。

 

「死ねッ」

 

 鋭い蹴りが、あたかも蛇のようにしなって俺を捉える。咄嗟に片腕で頭をガードするが、そのガードを貫通して衝撃が来る。

 

 俺はその蹴りの方向に合わせて、身体を転がす。衝撃を逃がしつつ、距離を離して仕切り直しだ。

 

 だが奴はそれを許さない。このまま殺しきるという、殺気を迸らせて叩きつけるように拳を放つ。

 

 転がるようにそれを避ける。

 

「ハハハッ。大口をたたいた割に大したことは無いなァ!!」

 

 煽り返してくるダークザギの言葉を聞き流しながら、俺は次の組み立てを考える。廃工場とは言え、民間の土地である。光線技はあまり多用したくない。かといって、ダークザギの格闘能力は想像以上だ。

 

 弱体化著しいとはいえ、あのウルトラマンノアを目指して造られただけはある。この時点で俺と同格か、もしくは格上かもしれない。

 

 ならば、これを使うか。

 

「フゥ」

 

 呼吸を一つ。そして構えた。

 

「ゼアァ!!」

 

 逆転の策を胸中に秘め、俺は地を蹴った。

 

 

 空。雲の上で、ノアとザ・ワンの第2ステージが幕を上げた。

 

 音速を優に超える速度でザ・ワンが逃げ、それをノアが追う。

 

 地上での戦闘は互角な者同士の戦闘だった。だが、この空の上では、両者の関係は違うものになっていた。

 

 狩るものと狩られるもの。戦闘とは呼べない。これはもはや狩りである。

 

 牽制と放たれるザ・ワンの光球を、ノアは一切速度を緩めないまま紙一重で躱す。

 

 ノアの変身者が、例えばコモン・カズキであれば、その牽制は有効であったろう。だが、今ノアに力を貸しているのは、第一の適能者でありながら最も戦闘センスに優れると言われるマキ・シュンイチである。

 

(飛べる!! 俺は、翔べるぞ!!)

 

 まして、彼は防衛軍の中でも指折りのパイロット。彼にとって空は、もしかしたら陸よりよほど慣れ親しんだフィールドであるかもしれなかった。

 

 追われる重圧に耐えきれなくなったのか、ザ・ワンはついに反転して攻勢にでた。

 

 連続で放たれる灼熱の光球。ノアといえど直撃すればただでは済まないかもしれない。だがそれは直撃すればの話だ。

 

「なんて綺麗に飛ぶんだ……」

 

 両者を追いかけて飛んでいたWING2のパイロット、ムナカタは感嘆の言葉を漏らした。

 

 当たらない。次々に放たれる攻撃をスレスレで、しかし余裕をもってノアは見切っていく。

 

 ザ・ワンが動く。自身の放った光球を目くらましにして、ノアに急接近していく。その鋭い爪が、ノアを切り裂こうと振り上げられた。

 

 ノアの手刀が、その剛爪をすれ違いざまに叩き折った。

 

「ギュガアアアアアッ!?」

 

 悲鳴を上げるザ・ワン。間髪入れずに、今度はノアから急接近。

 

 すれ違いざまに、急降下キックがザ・ワンの翼を砕いた。

 

 錐揉みしながら高度を下げていくザ・ワンは、しかしそれでも諦めなかった。ノアに隙が無いのならばと、追ってきていたWINGに狙いを定めた。

 

 放たれる光球。この距離、この速度ならばノアでさえ間に合わない。

 

「ふ───ざけるなあっ!!」

 

 ムナカタが吠える。ここで、あのウルトラマンの足を引っ張るものか。

 

 人類の盾たる防衛軍の一員として、そしてただの人間としての意地を見せてやる。

 

 WING2がGを無視しての回避挙動で2つ躱し、後ろを飛ぶWING1もその機動力で振り切った。

 

 ザ・ワンに、次の一手はない。

 

 過信。征服欲に身を委ねたこと。ネクストがノアに覚醒した時点で逃げの選択をとらなかったこと。ザ・ワンの敗北の要因はいくつか挙げられる。

 

 だが一番の敗因。敗北を決定づけた要因はただ一つ。

 

「あまり……、人類を、舐めるなよ」

 

 憔悴しながら、しかし勝ち誇るようにムナカタは言い捨てた。

 

 それが、ビースト・ザ・ワン敗北最大の原因。事実、この時点でさえ遮二無二宇宙へ向けて全力で飛べば、制限時間のあるノアから逃げきることはできた。だが、ザ・ワンは人類を甘く見て無駄にエネルギーを使い、そして逃げ切る体力を失った。

 

 それに思い至れるほど、ザ・ワンは賢くはなかった。

 

 墜落するザ・ワンに向かって、ウルトラマンノアは両腕で十字を作る。

 

(ありがとう、マキ・シュンイチ)

 

 彼の中で、ウルトラマンの声が聞こえた。

 

(こっちこそ、ありがとうだよ。君と出会えて、良かった)

 

(そうだろうか。君は私と同化したせいで多大な迷惑を被ったと思うが)

 

 マキは首を振った。

 

(そうかもしれない。でも君と出会って、俺は最高のフライトができた)

 

 惜しむらくは、ツグムにもこの景色を見せたかった。

 

(ツグムは、大丈夫だろうか……)

 

 マキの不安を、ウルトラマンは吹き飛ばすように言った。

 

(君の息子については、何も心配はいらない)

 

 ウルトラマンは、大きく頷いた。

 

 彼にそう言われれば、マキも信じるしかない。いや自然とそう信じられる。何て言ったって、一緒にこの大空を飛んだ盟友の言葉なのだから。

 

 二人は笑った。人間と、ウルトラマン。過ごした時間は僅かだが、心を通わせるにはきっと十分な時間だった。

 

 七色の稲妻が迸る。幾重もの光子プラズマを一本に束ねて放たれる、超絶稲妻光線が第三の怪獣災害に終止符を打つ。

 

 ライトニング・ノア。

 

「これで、終わりだアアアアアッ!!」

 

 渾身の一撃。圧倒的な光量と熱量が、細胞の一片も残すことなくザ・ワンを葬り去っていく。

 

「あれは、」

 

「パパー、あれ花火かなぁ」

 

「なんて、綺麗」

 

 昼間の地上からでさえ見える、虹色の爆発。それは俯く人々に上を向かせるだけの熱があった。

 

 下を向いて、ただ不安におびえる人々はもういない。かのウルトラマンは、人々に上を向くことを思い出させた。

 

「ああ。勝ったな」

 

 疲れ果てて身を投げ出していたキリノ・マキオは、そう言って口の端を僅かに上げた。

 

 こうして、第三の怪獣災害──のちの新宿事変は、人類とウルトラマンの勝利で終わりを告げたのだった。

 

 

 勝負は、一瞬の交錯によって定まった。

 

 追撃をかけるダークザギ、それを迎え撃つべく走る俺。

 

 すれ違いざまに、ザギの鋭爪が俺の胸を深々と切り裂き、血のように火花が迸る。俺は膝をつき、振り向いた奴は勝ち誇るようにして俺を見て、そして前のめりに倒れこんだ。

 

「な、なに……?」

 

 ダークザギは己の脇腹を見た。深々と、切り傷が奔っている。驚いて奴が俺を見た。

 

「光の、剣」

 

 俺の右手から伸びるのは、光で組成された一本の剣。ティガ本編では見られなかったこの光の剣は、闇の巨人カミーラの光の鞭とウルトラマンメビウスの技を参考に編み出した俺独自の技になる。

 

 いや剣というより槍の形状に近い。銘打って、ゼペリオン・スピア。本家ティガと比べて貧弱なこの光の巨人の戦闘力を補うべく生み出した苦心の一作。

 

 あの一瞬の交差での仕掛けは簡単なことだ。すれ違いざまの一瞬だけ、この槍を発生させて間合いを騙す。ただそれだけだが、怒りで思考が狭まったダークザギ相手には有効だった。

 

「狡猾さがお前の一番の武器だった」

 

 言いながら、構える。本来ならば、この一合で勝負を決めたかったがそうはいかなかった。これはもう、周辺の被害には気を配っていられない。

 

 これが、最後の攻防になる。

 

 息も絶え絶えに、ダークザギは絶叫した。

 

「ここで負けてなるものかッ!!」

 

 強引に身体中からエネルギーをかき集めて放つのは、奴の必殺光線ライトニング・ザギ。

 

 迎え撃つべくこちらもL字に組んで、最大の一撃──ゼペリオン光線を放つ。

 

「グオオオオオッ!!」

 

「ハアアアアアッ!!」

 

 両者から放たれる暗黒の闇と紫紺の光が、互いを喰い合うように押し合う。

 

 光と闇の鍔迫り合い。勝ったのは、俺だ。

 

 直撃。奴は、一瞬何が起きたか分からないというように言った。

 

「な、ぜ」

 

 その問いかけはいかなるものか。あらゆる企てを封じられ、宿敵ウルトラマンノアを目の前にして、しかし全く関係のない俺に討たれることへの純粋な疑問への言葉だろうか。

 

 言葉にもならない音を最後に、ダークザギは爆散した。

 

 

 爆発の後の焼け落ちかけた廃工場から、一人の死にかけの男が抜け出てきた。

 

「ハアッ、ハアッ、あのウルトラマンめぇ……!!」

 

 重症の身体を引きずり、それでもソガベ──ダークザギは生きていた。

 

 廃工場は、二人の光線のぶつかり合いの末に起きた爆発で惨憺たる有様と化していた。かろうじてまだ崩れてはいないが、これを再び使おうとしたら全部ばらして更地にした方がまだマシと呼べる状況だ。

 

 名も知らぬこの地球のウルトラマンに、よもや敗北することになろうとは。ダークザギは歯噛みした。

 

 本来のスペックとは程遠い状態であったとはいえ、勝てる見込みはあったはずだ。

 

「いや、最初から、負けていたのかもしれない」

 

 手すりに体重を預けながら、一歩一歩進む。最新の敗北の記憶。それを思い返すだけではらわたが煮えくり返るが、反省と改善の重要性は彼にもわかっていた。

 

「一手目の挑発に乗ったのが、最大の敗因か」

 

 怒りで周りの観察を怠った。初見の敵に対してあまりに不用意であった。反して奴の方はこちらのことを良く調べていたのだろう。でなければ、あの挑発は出てこない。

 

「クソ、がァ」

 

 抜けるような青空の光が、今はどうしようもなく忌まわしい。太陽を睨みつければ、空に七色の光が見えた。

 

「あ、ああ」

 

 呆然と見上げる。

 

 ウルトラマンノアが、ビースト・ザ・ワンを討ち取ったのだ。

 

 何故。

 

「何故、こんなところにいるッ……!!」

 

 己への怒りが、彼を強烈に燃やした。不倶戴天の敵が──ウルトラマンノアが、あそこにいる。人々の歓声を受けながら、地上へとゆっくりと降り立っている。待っていた。奴から光を奪うのを。今度こそ、奴を超えるのだとそう決意していた。この地球のあらゆる全てを踏みにじり、愚弄し、弄んででも奴を───。

 

 ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。

 

「ふざ、けるなァ……!!」

 

 手を伸ばす。届かぬ光に焦がれるように。

 

「悪いな。お前の宿願は果たされない」

 

 背後に、奴がいた。

 

 必死に逃れようと藻掻くが、もう体が言うことを利かない。まるで本来の持ち主が必死で抗っているようだった。

 

「お前は不死身だからな。倒して終わりじゃないってのは、面倒なもんだよ」

 

 背中に何かが圧しつけられた。

 

「『来訪者』特製の封印装置だ。……もう、終わりにしよう」

 

「の、」

 

 這いつくばって、もはや主導権を奪われつつある身体で、それでもダークザギは空を見上げた。

 

「あ」

 

 ウルトラマンノア。届かない、光。

 

 こうして、誰にも──ウルトラマンノアにさえも知られることなく。

 

 歪みを抱えた巨人は、その歪みをついぞ解消できることなくその意識を途絶えさせた。

 

「おやすみ。ダークザギ───いや、ウルティノイド・ザギ」

 


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