ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
新宿事変と公称される一連の怪獣災害は、ウルトラマンの勝利で幕を閉じた。だが、現実を生きる人々にとってはむしろこれからが戦いの本番といったところかもしれない。
あれから1週間が経過しようとしていた。
被害の多くは東京新宿を中心に発生していた。首都の中心街ともくれば、復興は今までにない速度で行われている。
日本政府は今回の事件でマスコミに突き上げを喰らっている。今回の怪獣災害が予見可能だったのかどうかが焦点になっており、一部被害者が国を相手取って訴訟も辞さない構えを見せていた。とはいえ、これは無理筋だろうというのが識者の見解だが。
日本での一件は、諸外国にとっても他人事で済ませるには大ごとすぎた。もとよりサワイが精力的に動いていたが、これから地球一体となった防衛組織の編成の動きは加速度を増すことだろう。事実、イルマには既にサワイから戻ってきてほしいという連絡が来ていた。
イルマもサワイの考えには当初から同意していたし恩義もある。サワイの力になりたいのは山々だった。だが、大学卒業も間近であったことからもうしばらくは学業を優先させる旨を伝えていた。
(いえ。それは本当の理由ではないわね)
独り言ちる。
彼女は既にサワイの下で働いていた実績がある。制服組に交じる気もない彼女は、今更学歴をどうこう言われることもない経歴だった。
ここで踏みとどまっていた理由はただ一つ。彼が、亡くなったことだ。
ミウラ・カツヒト。彼女らWINGシステムの養成パイロットコースの教官であり、幼いころからの知り合いでもあった不思議な青年。
失ってみて初めて思い知ったことがあった。彼に、己は惹かれていたのだと。もし運命が掛け違えば、家庭を築くことさえあっただろう。だが、現実は彼女の幼い恋心が成熟するのを待ってはくれなかった。
もう卒業まで幾ばくも無い。同期のハヤテは新設される月面基地ガロワへの就任が決まり、卒業を待たずして既に月へと飛び立ってしまっていた。だというのに自分だけが、どうにも足踏みをしている。
卒業すれば、彼女もサワイの下で働くことになる。それまでに心の整理をつけておきたかった。
だというのに、だ。
今回の新宿事変で、何故かミウラ・カツヒトの名前が捜査線上に浮かんできたのだという。サワイを経由してもたらされたこの情報に、彼女はいてもたってもいられなくなった。だからこうして、サワイに無理を言って今回の現場検証に同行することになった。
東京メトロポリス郊外。再開発から取り残された一帯には古びた建物がまだ昭和の空気を残している。
そのうちの一つ。築数十年にもなるという古びたアパート。星雲荘。
現場には、サワイのほかにヨシオカ長官とそのお付きも同席していた。大物の登場に現場の空気が固くなっていた。
「ここで、例のビーム兵器が発射されたわけだな」
東京を襲った怪獣──ビースト・ザ・ワンと公称された──を狙撃し、手傷を負わせた謎の青い光。それがこの建物のポイントから発射されたことが確認されていた。
現場検証を取り仕切っていた科学班のメンバーが答えた。
「アレを見てください。でっかい砲台でしょ。どうやらあれがこの建物の地下に置かれていたらしいんですわ」
関西弁で話す彼は、東京メトロポリス大学の科学研究室の一人だという。名はホリイだったか。
「地下はほとんど引き払われてて、何か大掛かりな作業がされていたことは間違いなさそうなんですが。残っているのは、あの砲台とこのぼろいアパートだけです」
興味深げにサワイがあたりを見渡した。
「ぼろいアパートとはいうが、おそらくこの地下室は増設されたものだろうね。前の持ち主曰く、地下室はここまで広くは無かったということだ」
「では、現在の持ち主がここにこの兵器を保管するために手を加えた、と」
「そうだ。……そしてこのアパートの現在の家主は、君の教官だった人物だ」
ミウラ・カツヒト。彼の名前が、ここで出てきた。
「とはいえ、彼は死人だ。あの砲撃を行ったのは別の存在だろうが」
ヨシオカがそう言った。別の人間ではなく、別の存在という言葉を使ったあたり、彼はこの構造物が人類以外によって構築されたことも視野に入れているようだ。
「だが、無関係とも言えないだろうな」
これを見ろ、とヨシオカはイルマを砲台のところまで案内した。
「これは……!!」
イルマは目を見開いた。
ホリイが解説する。
「この砲台兵器の動力部には、マキシマ・エンジンが使われているらしいんですわ。……まあ、どうやら今回の攻撃では別のものに入れ替えたっぽいんですが」
僕も詳しくはないんですが、と前置きしてホリイは続けた。
「ヤオ教授に確認をとったところ、細部は異なるが根本的な部分でマキシマと同じ理論が使われているらしいですわ」
「ミウラ・カツヒトはWING計画の開発パイロットでありながら、一時期マキシマの開発にも参加していた。……不審と言えば不審な動きだ」
ヨシオカの言葉に、イルマは反応した。
「彼が、人類に仇なすような真似をするはずはない!!」
「これを見る限り、極秘計画のマキシマを外部に持ち出しているのは事実だろう。あまり死人を悪く言いたくないのは私もだがね。だがこれは重大な服務規程違反だ」
ヨシオカとイルマを落ち着かせるように、サワイが会話に入った。
「それはどうかな。ミウラ君の個人データを誰かが盗み取って、この砲撃兵器を造り出したというのが、今のところ有力だと思うんだが」
この時代、まだ情報セキュリティのリテラシーは甘いと言わざるを得ない。個人で仕事用にと家庭に情報を持ち出す人間もまだ多くいた。
「防衛軍本部にハッキングが仕掛けられるご時世だ。それくらいあってもおかしくない」
ヨシオカがサワイを睨んだ。
「当てつけのつもりか。……新宿事変でバタバタしていたことは認める。当時の記憶がないというソガベへの尋問もあったしな」
新宿事変の後、何者かが防衛軍の機密情報に不正アクセスを行った形跡があったのが確認された。すぐにセキュリティが見直され、何が盗まれたのかも調べられたが、特定には至っていない。
「だがそれとこれとは関係ないだろう。……それに、ミウラ・カツヒトが無関係だった場合、何故彼がこのぼろいアパートをわざわざ買い取ったのか、何故地下室を増築したのか説明がつかん」
ヨシオカが不機嫌に言った。
彼らには真実を知るすべはない。何せ、ミウラ・カツヒト本人は既に故人なのだから。
「これ以上は推測にしかならないな。一応、後で彼のご家族には聞いて回るつもりだが」
ヨシオカはそうして会話を切り上げた。
サワイもまた頷いた。
「そうだね。……私としては、マキシマの代替になったという別のエネルギーの方が気になるけど」
「そっちに関しては、完全に分からないですねぇ」
ホリイが頭を掻いた。この国でもトップレベルの科学班の知識でも分からないとなれば、真実は迷宮入りだろう。
「兎も角、これ以上遅れを取るわけにはいかんというわけだ。一刻も早く、この惑星全体で一丸とならなければ」
「分かっているさ」
ヨシオカとサワイの言葉を聞きながら、イルマは彼を思わないわけにはいかなかった。
(カツヒト君。貴方は、いったい何を抱えていたの)
サワイにさえ、言うことを躊躇った。生前、彼は確かに何か重大なことを一人で抱えていた。それは確かなはずだ。
彼女の疑問に答えられる人間は、ここにはいなかった。
※
星川航空に一機の小型飛行機が着陸した。
降りてきたのは元防衛軍のエース級パイロット、マキ・シュンイチ。そしてもう一人は、その息子であるツグムだ。
「すんごい、楽しかった!!」
満面の笑顔を浮かべる愛息子に、彼は破顔した。
「そうだろそうだろ。これが、空を飛ぶってことなんだよ」
抱き上げてぐりぐりと頭を撫でていると、マキは向こうから誰かが近づいてくるのを見つけた。
「……ツグム、お母さんのところに行っててくれ。お客さんだ」
「わかった!!」
元気に頷いて走り出す息子を見送った後、彼は近寄ってきた人物の方を見た。
「悪いな。親子水入らずのところを」
ミウラ・カツヒトはそう言って、申し訳なさそうに頭をかいた。
「いや、いいさ。これからアイツとの時間はいくらでもある」
マキの言葉に「やはりか」とカツヒトは頷いた。
「ビースト細胞だけじゃない。先天性の病気の方も治ってたか」
マキは神妙に頷いた。
「信頼できる医者に見せた。あり得ないって驚かれたよ」
あの後。
ビースト・ザ・ワンを撃破しても、マキ・ツグムに植え付けられたビースト細胞はそのままだった。ザ・ワンが死んでも、その細胞は残り続ける。ネクサス本編を知っていれば当然の結論だった。
だが、彼の息子を救ったのは、マキと共に戦った盟友の力だった。
「キリノが渡してくれたあのクリスタルだっけ? あれが、すーっとツグムの中に入ってな。そしたらあの通りだ。全力で走り回ってもけろりとしてやがる」
彼の身体に巣食ったビースト細胞を、おそらくノアのクリスタルが打ち消したのだろう。カツヒトはそう結論付けた。
マキは、カツヒトを見て言った。
「……悪い。あのクリスタルとやらは、きっとお前らにとってとても重要なものだったんだろ?」
その謝罪に、カツヒトは「いいんだよ」とぶっきらぼうに笑った。
「一人の未来ある子どもの命を救った。……これ以上に有意義な『奇跡』の使い方なんてありはしない」
「……苦労を掛ける。皆の記憶の書き換えについても世話になったし、お前には頭が上がらん」
「それはユザレと『来訪者』の方に言ってくれ」
新宿事変の後、ユザレに頼んで防衛軍にハッキングを仕掛けてマキ・シュンイチ=ウルトラマン・ザ・ネクストである映像をすべて消去し、そして『来訪者』の協力を得て、人類からマキ・シュンイチがウルトラマン・ザ・ネクストであるという記憶も書き換えた。
すべては、彼自身とその周囲を守るためだ。
「やっぱり、もう変身できないか」
「ああ。……ウルトラマンに言われたよ。俺の身体は、もうウルトラマンになるにはボロボロすぎるらしい」
ウルトラマンノアの力に、マキ・シュンイチという器が耐えられなかったということだった。彼がまたウルトラマンになれるくらいに回復するには、相当の時間が必要らしい。そして回復するころには、肉体は全盛期をとっくに過ぎるだろうとも。
同時にウルトラマンノアも今回の一件で大きく消耗してしまった。現在、彼は長い眠りについている。
マキ・シュンイチはもうウルトラマンには変身できない。だが彼がウルトラマン・ザ・ネクストであったことは既に幾人かに知られてしまっていた。将来的にF計画が持ち上げられるような世界である。彼にいつ魔の手が来るとも分からない。
故に、カツヒトは『来訪者』の力を使ってマキ・シュンイチに関する記録と記憶の消去を選択せざるを得なかった。
何より、マキ自身が家族の安全を願ったということもある。
「…………どうしても、俺は家族を見捨てられないからな。お前から見れば、逃げたと思うかもしれんが」
マキの言葉を目の前の男は鼻で笑った。
「英雄よりも父親であることを選んだ。それだけだろ? あるいは英雄よりもよっぽど過酷かもな」
にやりと人の悪そうに笑うカツヒトに、マキも笑って答えた。
「だな。ああ、きっと」
マキは続けた。
「ツグム以外に対しても、まだ託せるものはある。そう考えたんだ」
「っていうと?」
「この力を、次に託そうと思う」
強い瞳で、彼は言った。
「俺の中で眠るこの力を、次の誰かに受け渡す。その選定が、俺のウルトラマンとしての最後の仕事だ」
ネクサス。絆の力。人々の間を渡り歩くことで、かのウルトラマンは再び力を取り戻すだろう。
「そして一人の人間としても、後に託すことを仕事にしようと思う」
マキはWINGシステムの養成パイロットコースの教官に再就職することになった。カツヒトの後任という形になる。
「マキ・シュンイチが育てたパイロットになら、背中を任せられる」
「過分な評価だな。だけど、悪い気分じゃない」
二人はこれから別々の場所で戦うことになる。彼らは互いに餞別として言葉を贈って、背を向けた。
これが、彼らの最後の邂逅となった。
※
新宿災害から2年後。
サワイを中心にTPC──地球平和連合がついに設立され、極東支部として千葉県房総半島沖に海洋基地ダイブハンガーが建設された。
また、人類はこの期間に宇宙進出への機運が一気に高まり、月面基地ガロワの本格始動に加え、ステーションデルタの打ち上げ成功など、目覚ましい進歩を遂げた。その科学的進歩の恩恵は民間にまで波及し、インターネットも徐々に一般に普及しつつあった。
そうして地球は劇的に、しかし平和的な発展を遂げることとなった。
そしてTPC発足より3年の1987年。
最後の大規模怪獣災害より5年の月日が流れたが、その間ETH関連の事件が発生することはほとんどなく、宇宙人がウルトラマンを忌避したのではないかという仮説がまことしやかにささやかれた。
しかしウルトラマンがもたらした一時の平穏も徐々に破られつつある。この1年で常識では考えられない超常現象が再び観測されるようになった。TPCは地球外生命体が人類に再接近していることを認め、これらの超常現象に対応する特別捜査チーム──GUTSの設立を決定した。
初代隊長は、サワイ・ソウイチロウの秘蔵っ子とも目され、また科学者としても確かな才覚を持つイルマ・メグミが就任し、副隊長には元防衛軍の叩き上げであるムナカタ・セイイチが任命された。
そのほかのメンバーも、少数ながら各分野の最精鋭が集められた。
TPC隊員養成所から、狙撃の名手でもある元アストロノーツ、シンジョウ・テツオ。
東京メトロポリス大学の総合科学研究室より引き抜かれた天才科学者、ホリイ・マサミ。
情報収集と解析を一手に担う若きプログラマー、ヤズミ・ジュン。
シンジョウ同様隊員養成所より抜擢された、ミウラ・カツヒト、アスカ・カズマの再来と目される、エースパイロット候補のヤナセ・レナ。
そしてこの6人に、今回もう一人のメンバーが加入される運びとなった。
※
「まさか、サワイ総監の窮地を救ってGUTSに抜擢とはね。漫画みたいな話だな」
輸送部の同期で相部屋だった彼と、ささやかながらの懇親会を開くことになった。その道中での会話だった。
「そんなに羨むような話でもないさ。入隊前から悪目立ちだ」
肩を落として、疲れたように言う。実際、やっかみや嫌がらせは多かった。これはこれからの活躍で黙らせるしかないと、前向きに考えてみるしかない。
「そういうカズキだって配属先が変わるんだろ?」
「そうらしいけど……。どこに配属されるかまでは分からないんだ。どうやら警務局なのは確かっぽいんだけどね」
困惑したように言う彼は、なるほど確かに警務局のような強面の集団にはそぐわない人相をしていた。人が良いともいう。
「失礼なことを考えてないか?」
「そんなことないよ」
少々上ずった声で答える。不服そうな顔の彼は「まあいいか」と持ち前の心の広さでさらりと流した。
「ともあれ、お互いの行く先が明るいものであることを願うばかりだよ」
繁華街は喧噪に満ちていた。
「安いよ安いよ~」
「お兄さん、いい女の子揃っているからさぁ」
「──メヤぁ、戦地帰りだかなんだか知らないが、お前は暗くて行けねぇ」
「いやオノダさん。飲みすぎですよ……」
他愛もない会話を交わしながら、キャッチやら酔っ払いの声をBGMにして繁華街を練り歩く。こういった夜の街を歩くと、自分も大人になったなあと感じるのだ。
特段、予約もしていないため店の構えでああだこうだと言い合いながら入る店を考える。グダグダではあったろうが、なかなかどうして楽しい時間だった。
そんな人込みの中で、一瞬交差した誰かが、どうしても気になった。
振り向いて、その後ろ姿を探す。
「どうしたんだ?」
「……いや」
声をかけられた気がした。
待っている、と。女の声が。
「流石に、そろそろ決めないとまずいぞ」
カズキの言葉に折れて、結局、僕を呼ぶ誰かを探すことを諦めた。
だからその言葉を聞き逃した。
「待っているわ、マドカ・ダイゴ。いいえ、ウルトラマンティガ」
再び後ろを翻ってみたけれど、背後にはやはりそれらしき人物は見られなかった。
視界の端で、はためく古ぼけたローブの女が笑っていた気がした。