ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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#2

 あの後。

 

 俺は狂ったように新聞を読み漁り、日本地図を開き、時には出自も定かではない古文書さえもかき集めた。母親からはおかしなものを見るような視線を向けられていたが、残念ながら俺にはその視線を気にする余裕もなかった。

 

 おおよそ3か月に及ぶ調査の末、俺は一定の結論に至った。

 

 ここは「ティガの世界」ではないか、と。

 

 しかし、反証もまた存在した。

 

 前世の俺は、人並み以上には特撮作品を嗜んでいた。仮面のバイク乗りやら5人組のヒーローモノもさることながら、ウルトラ作品には特に熱を入れていたといっていい。そんな趣味が高じた収集物の中には、小説版や設定資料集なども揃っていた。

 

 ウルトラマンティガ本編は、2007年から2010年にかけての設定なのだが、小説版では1982年から始まる。冒頭で三浦克人なる少年は、父の乗るロケットの打ち上げを見に来た先で、25年後にはGUTSの隊長である入麻恵美と出会うのだ。

 

 そう。まんま3か月前のことである。

 だが、今は1972年。丁度10年の開きが存在する。

 

 この時間の齟齬が、何を指すのか。今は分からなかったが、ともかくこの時の俺は前世で熱中した作品の世界に転生したのだということに興奮していた。いてもたってもいられなかったのだ。

 

「……とにかく、このまま分からないままでいるのは据わりが悪いしな」

 分かり切った免罪符のようなもので自分を納得させた。

 本音は、一人のファンとして確かめずにはいられなかった。

 こうして俺は、現地に実際に赴くことにしたのだった。

 

 

 イルマ・メグミ、サワイ・ソウイチロウの二人の存在から考えれば、この世界は「ティガ」の世界の可能性が最も高い。俺は、ティガの存在を追いかけることにした。

 

 東北地方の奥深い山地・悌枒。近隣には集落もない、全くの未開発に近しい森林山である。俺は、長期休暇を利用してこの地を訪れていた。

 

 過保護気味の今世の母親にはフィールドワークの一環と説明したが、合意を得られるまでには大分時間がかかった。気苦労も手間も多かったが、それでも来てよかったと思わずにはいられない。

 

ウルトラマンティガ第一話では、ここに衛星にさえ映らないという謎のピラミッドが存在していたわけだが──

 

「『ティガ、あります』ってな……。まさか、本当にあるとは」

 

 原作を知っていてもなお驚かずにはいられない。まさか日本でこんなトンデモ技術のピラミッドを見ることになるなんて。

 

 やはり原作を知る身として、これは興奮せずにはいられないものだった。何せ、本当にウルトラマンティガが存在するのだ。幼いころから、大人になっても魅了されてきた世界に、今俺はいる。

 まあ、これでティガの世界であることはほぼ確定で、それはつまり、将来において人類に数々の危難が立ちふさがることも確定してしまったわけだが。原作そのままの光景に我を忘れていた俺は、この時そこまで思い至ってはいなかった。

 

「お、おお!! ホントにすり抜けられるんだなコレ!!」

 

 すっかりテンションを上げた俺は、いきおいそのままにピラミッド内部に突入した。このピラミッドは実体がなく、光で構成された、いわばカモフラージュのためのものなのだろう。壁を通り抜けて、俺はかの巨人像の前に出た。

 

 そびえ立つのは、3体の巨人。超古代において世界を救ったものの躰……。

 

「これが、ティガ……」

 

「そう。そこの中心に在るのが、ティガ」

 

 気配はなかった。はずだった。しかし、俺の背後から確かに、声が聞こえた。

 

 ゆっくりと振り向くと、そこにいたのは白い髪の女だった。容姿を例えるならば、そう、種子島で出会ったあの少女が成長すれば丁度このような冴えた美人になるだろう。

 

 白き女が言った。

 

「私は、地球星警備団団長ユザレ。──初めまして。もう一人の光の継承者」

 

 

 ユザレに導かれ、俺はそびえ立つ巨人像の足もとから、地下へと降って行った。

 

「まさか、こんな場所があったなんて……」

 

 本編には登場しなかった古代遺跡が、よもやこんな場所にあるとは。 

 本編では明かされなかった新たな設定に愕然としていると、ユザレが反応した。

 

「ここは、我々がかつて拠点の一つとしていた基地の一つです。経年劣化が進み、多くの機材は稼働していませんが、まだ動くものもあります。私の様に」

 

 ユザレの身体は、向こうが透けている。ホログラムだ。

 

「貴方は……」

 

「……貴方の知識では、ここが有効活用されることはなかったようですが。恐らくゴルザとメルバがここの入口を破壊してしまったのでしょう」

 

「な、何を」

 

「このピラミッドに入った段階で、貴方の思考をスキャニングさせてもらっています。──異界からの訪問者」

 

「……随分と勝手な真似をしてくれる。プライバシーの侵害だぞ」

 

 ごくりとつばを飲み込む。目の前にいるのは、やはり現代の技術の届かない3000万年前の技術の結晶なのだ。

 

 そして彼女はユザレと名乗った。

 ユザレは原作において、人類に地球の危機を伝える隕石型タイムカプセルに投射された、3000万年前の地球を守護した者たちの長だ。

 

 原作では、これから始まる危機を人類に警告したキーパーソンである。

 

「それは申し訳ありません。ですが、そういう機能なのです」

 

「光の継承者と、そして異界の訪問者と、俺を言ったな? いったいどういうことだ!!」

 

 頭の中身をのぞかれたのであれば、俺が純粋にこの世界の存在ではないことは分かっているのだろう。だから異界の訪問者と呼んだことは分かる。だが、光の継承者だと?

 

「それについては、腰を落ち着けて話す必要があるでしょう」

 

 彼女が手をかざすと、鋼の壁に幾何学的な光のラインが走った。そしてラインに沿って壁が割れた。

 壁の先には、広い部屋があった。大画面の液晶に、何某かの機械。円卓型の机といくつかの椅子。例えるならば、防衛隊組織の作戦室というべきか。

 

「先も言いましたが、ここはかつて闇と戦うための前線基地で、この部屋では作戦の立案が行われていました」

 

 部屋は広いが、しかしそこかしこが傷んでいた。3000万年前に建造されたものにしては綺麗ではあるのだろうが、それでも光の灯っていない機材も数多い。ここを前線基地として復活させるには、かなりの労力が必要になるだろう。

 

 彼女に勧められるまま、椅子を引いた。

 

 俺が座ったのをみた彼女は「では」と続けた。

 

「貴方がここにたどり着いてしまったということは、この地球に起こる危機が予知していたもの以上になるということでしょう」

 

 憂いを含んだ表情を作ってユザレは続けた。

 

「異界より持ちえた貴方の知識──創作によるものとは予想外でしたが、それから照らし合わせれば、この世界はいわば『ティガの世界』であると貴方は結論づけた。……しかし、それは間違っている」

 

「な、なに?」

 

 ティガの世界ではない?

 

「正確に言えば『ティガの世界』に類似した──より過酷な宇宙。貴方はすでに答えに至るものを持っているはず」

 

 言われて、恐る恐る俺は口を開いた。

 

「…………アナザー、ユニバース」

 

 ウルトラ作品を良く知るファンなら聞いたことがあるだろう、ある種の御都合設定。そう。マルチバース設定である。

 

 ごく簡単に言ってしまえば、可能性の数だけ、世界線が分岐していく──同一存在がいる別宇宙が無数に存在するということだ。そして宇宙が複数あるなら地球も複数あるのである。そして、俺が転生したこの可能性宇宙は──

 

「『ティガの世界』よりも過酷な──宇宙。それは、いったい」

 

 ユザレの言葉を反芻する。

 ユザレは頷いた。

 

「この地球に迫り来る脅威は、もはや古代の闇だけではないということです。3000万年前の我々の想像を超えた脅威に、地球自体が、この地球を救うことのできるものを異世界から呼び寄せた。──それが貴方です」

 

「な、に?」

 

 俺が、この地球を?

 あまりにも馬鹿馬鹿しい言葉に、俺は呆けるばかりだった。

 

「この地球は、貴方の知識にある巨悪たちに狙われている。……だから、その知識を持ち、そして光へと至れる魂を持つ貴方を、この地球は選んだ」

 そしてユザレは、絶望的な事実を告げた。

 

「古代の闇が、スフィアが、根源的破滅招来体が、カオスヘッダーが、スペースビーストが、ボガールが、闇の四天王が、スパークドールズが、世界の穴が、太平風土記に記された怪物が、狂信者な小説家が、星をリセットする狂獣が、光も闇も無意味と嗤う闇の巨人が、遊技と称して文明を殺す快楽主義者が、いずれこの地球を訪れる」

 

「………………………は??????」

 

 こうして俺の、平成から令和を駆け抜けるハードモード人生が人知れず幕を上げたのだった。

 今は昭和ですけどね!!

 


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