ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
人類の科学力を集結して建設されたTPC本部──ダイブハンガーの警備体制は勿論ながら厳重なものである。思い付きで潜入できるという場所ではない。
「だけど、どんだけ設備を整えようと運用するのが人間なら隙はできる」
TPC輸送部の帽子を深く被りなおす。
5年の沈黙を破って出現した2体の怪獣、ゴルザとメルバ。こいつらの影響は計り知れない。TPC上層部はより一層の設備の拡充を計画しており、日本政府もその判断に追従した。
そしてつい先日のガクマα、βでの戦闘がダメ押しとなった。TPCは軍拡路線に舵を切り、総監サワイさえも頷かざるを得なかった。
今まで調査任務を主にしていたGUTSの戦力強化のため、現在ダイブハンガーには多くの資材と人員が集結していた。
「なるほど……これだけ人がひっきりなしに出入りしていれば、潜入することも不可能じゃないな」
隣のキリノの小声に小さく頷く。
上層部の急な路線変更。そのしわ寄せを受けるのはいつだってピラミッドの下側である。WINGの予備パーツや燃料、科学部の調査に必要な実験器具もさることながら、孤島であるダイブハンガーに勤める人員の生活に必要な各種日常品なども重要資材である。TPC輸送部の稼働率は120%を超えていた。
「隊長、これをA1ブロックに運びたいんですが」
「……ん? お前ら、新入りか」
「はい、そうであります。先週より人員補充のため警備部より異動となりました」
そう言って俺は首にかけた個人認識証を見せた。
「ああ……。この前のガクマ戦で人員配置が変わったんだったな。お前らは死ぬなよ」
「はい!! 精いっぱい気をつけます」
「ハハハ。まあ輸送部で死ぬなんざ、よっぽど運が悪くなきゃな」
輸送部の隊長格である男は、苦笑して続けた。
「A1ブロックは専用カードキーがないと入れないんだ」
「至急届けてほしいと、生化学研究所のタンゴ博士が」
「げぇ、タンゴ博士か……。こっちは今手が離せないんだが。あいつ、少しでも遅れると嫌味を言ってきやがるからな」
輸送部隊長は、カードキーを手渡した。
「これ使え。すぐ返せよ」
「了解であります」
敬礼を一つして、踵を返す。
何メートルか離れた後、呆れた様子でキリノがぼやいた。
「セキュリティの意味よ……」
「まあ、上がどれだけ口酸っぱくしても現場は現場判断で動いちゃうんだな」
俺の前世でもしばしば杜撰な管理が現場で横行していたものだ。ましてやこの世界のこの時代、こういったリテラシーが末端まで行き届くはずもない。それにTPCはまだ発足して間もない若い組織であり、人員の入れ替わりも多い。こういった教育がどうしても疎かになる。
そこにこの忙しさだ。現場が勝手に『やってはいけない効率化』をしてしまう土壌は出来上がっていた。
勿論、ああいった情報管理に疎い人間はごく一部だ。すべてのスタッフがこの程度のセキュリティ感覚で働いていたら早晩TPCは崩壊する。今回はキリノの能力を使ってこのあたりの感覚が古い人間をピックアップしていた。
「ま、あの隊長はこの後管理責任問題で処分されるだろうけど」
「心苦しいが、これを機にスタッフの教育にも力を入れてもらおう」
こうして俺たちは労せずしてダイブハンガーの重要区画に足を踏み入れた。
※
「うーん。やっぱりここからじゃ無理か」
持ち込んだハッキング機材を仕舞い込みながらそうこぼす。
重要区画といえども、たかだか輸送部の隊長程度が入場許可される区画の重要度は知れたものだった。この区画からではTPCメインサーバーにまではたどり着けない。セキュリティが杜撰だったのは、単に杜撰でも構わない区画だっただけということだったのか。
ここよりさらに一つ上の区画への侵入が必要だ。
ダイブハンガーの区画は厳密に管理されており、先ほど俺たちがいた搬入口とそこから繋がる一部区画が、ダイブハンガー外の一般TPC職員に許可された区画だ。
その次が、先ほどのTPC輸送部隊長のカードキーでも入れる区画、その次がダイブハンガー内で職務に当たる職員に許可される区画、その次が……とその隊員の所属・階級ごとに入れる区画は制限されている。もしもダイブハンガーのメインシステムを掌握したいならばGUTSメンバーが入場できる最重要区画まで入れるカードキーが必要だ。
今回はそこまでは必要ないが、少なくとも人工衛星に繋がる情報はこの区画からではアクセスできない。その先の区画は専用カードキーのほかに暗証番号の入力が必要になる。
「どうする? ここから先は警備員の数も多くなる。……超能力を使えば、作戦続行は可能だけど」
キリノの言葉は不安が滲み出ていた。この先に進むには、少々の無理が出てくる。それは同意できる。
少し考え込んでいると、向こうから歩いてくる複数の足音が聞こえた。
「もう、ダイゴ。シミュレーターの成績悪過ぎ」
「う」
「まま、そう言ってやらんでもええんちゃうか。ダイゴはまだWINGに乗って半年程度やし」
「俺もそう思うけど、でもこの調子じゃあマキ教官に申し訳ないぜ?」
「そうよ。せっかくマキ教官があんなに時間を割いて特別レッスンしてくれたのに」
聞こえてくるのは、4人の声。しかも一方的ながらよく知った声だった。
「ど、どうする?」
小声で訊いてくるキリノにジェスチャーで「落ち着け」と合図する。
目敏くこちらを見つけたのは、先頭を歩いていた女性だ。
「あれ? 輸送部の人ですか?」
向こうからやってきたのは、白を基調にしたスーツを着た者たち──GUTSの精鋭たちだった。
最初に俺たちに声をかけてきた若い女性パイロット・レナに対して俺は、被っていた帽子を深く被り直し、平静を装いながら答える。
「いえ、実はこの機材を生化学研究所の方へ至急お届けせよと言われまして」
「へえ。そんなん聞いてへんけどなぁ」
ホリイが余計なことを口走る。
「……我々は、上司から言われただけですので、なんとも」
俺の言葉にホリイは「うーん」と腕を組んだ。
首をかしげる彼に対してシンジョウが口をはさんだ。
「ほら、あそこのタンゴ博士って俺らのことを変に嫌ってるだろ? 多分それで俺たちに報告してないんじゃないか?」
「ああ、確かにそれはあるやろなぁ。あの人、二言目にはお小言をネチネチネチネチと」
嫌な人間を思い出した、とホリイが顔を顰める。
「ともかく、事情は分かった。……だが輸送部の一般職員がこの区画まで入るのは規則違反だぞ」
シンジョウがこちらの階級章とネームプレートを見ていった。
「ったく。どこの隊長だ。……お宅さんら、所属は?」
「ヨミサカ隊であります」
シンジョウが後ろにいて黙っていた最後の一人に声をかけた。
「ダイゴ、お前つい最近まで輸送部だっただろ? 知ってるか?」
話を向けられた若い青年、ダイゴは首肯した。
「知ってますよ。ヨミサカ隊長は人柄はいいんですけど、結構ルーズで」
シンジョウは「そうか」とだけ頷いた。
「その隊長さんには後できつく言っておくとして。お前さんらも次から気をつけろよ」
「は、はい!!」
「いい返事じゃねぇか。いよし、その荷物こっちで預かっておくぜ」
僅かに視線が揺れたキリノを視線で制し、俺は抱えていた荷物をシンジョウに差し出した。
「それではよろしくお願いします」
「おう、任されたぜ」
そうしてGUTS隊員らは俺たちの脇をすり抜けていった。
ふう、と安堵の呼吸を吐きそうになったところで、最後の一人が去り際に声をかけてきた。
「あの!!」
「……何か」
「どこかで、お会いしたことありませんか」
「申し訳ありません。記憶にはありませんが」
ダイゴは訝しむように首を傾げた。
「帽子、取っていただけませんか」
不味い。一応変装として化粧もしているが、彼とは一度顔を合わせている。勘づかれたのか?
何事かと、通り過ぎるだけだった3人も足を止めてしまった。このまま頑なに断っても疑心を増すだけか。
ユザレも太鼓判を押した変装に賭けるしかないか、と潔く帽子を外そうとして、
「少し早いが定例ミーティングを行う。早く集まってくれ」
彼らの来た方向から、GUTSの副隊長ムナカタが彼らにそう声をかけた。
「どうした。何かあったのか」
レナ、シンジョウ、ホリイの3人がダイゴを見る。彼は「いえ」とだけ言って続けた。
「知り合いに似ていたような気がしただけです。すみません、呼び止めたりして」
「お気になさらず」
もう一度頭を下げる。ただし、顔が見えにくいように僅かに逸らせた。
俺たちのやり取りを少しだけ不思議そうに見て、ムナカタは、
「早くしろよ、お前たち」
そう告げるだけ告げて一足早く去って行った。
「リーダー、何だか随分急いでるみたいだけど」
「ほら、あれやろ。隊長がテレビに出る言うとったから」
「ははーん。イルマ隊長の雄姿をこの目で拝みたいからって、ミーティングを早めたのか」
彼ら3人は三者三様に言葉を並べて戻っていった。
「ちょっと待ってくださいよ」
置いていかれたダイゴは、俺から視線を外すと慌てたように彼らを追いかけていった。
「良かったのか? あのシンジョウとかいう奴に荷物を渡して」
「タンゴ博士が荷物を頼んでいたのは本当だ。……まあ、中身は一部取り換えているが」
生化学研究所のタンゴ博士が、パソコン関連の機材を一式配達するよう輸送部に申し付けていたのは本当だった。
「そのパソコンの中にユザレ謹製のハッキングプログラムを仕込んである。……これを使うとタンゴ博士のパソコンの中に証拠が残るんだが、あの人はGUTSと仲が悪い。そう簡単には自分のパソコンの調査許可を出したりしないはずだ」
「そ、そっか。それは良かった」
ほっとしたように息を長く吐いたキリノ。俺の思考を読めば簡単に分かるはずなのだが、何故か彼はそうしようとしない。キリノなりの誠意なんだと思う。
人工衛星のハッキングに関しては、後はユザレの開発したプログラム次第だ。となれば次の問題は、
「キリノ」
「? 何だよ?」
トントンと俺の頭を指さす。一瞬、何をしているのかと首をひねったキリノは、しかし次の瞬間には踵を返して駆けだしていた。こういう時サイコメトラーは話が早くて助かるな。
さて、キリノが行けばあっちは大丈夫だろう。
こっちはこっちで、スニーキングミッション継続だ。
※
爆発現場に急行していたシンジョウとホリイの報告が作戦室のムナカタに送られた。
「爆発物はインフラ関係によるものではないようです。既存の爆発物によるものとも異なります」
「分かった。──ヤズミ、どうだ」
小気味よくキーボードを叩きながらヤズミが答える。
「となると、遠隔操作か何かで何らかの未知の力を使ったのかも。監視衛星のチャンネルを集中させるよう宇宙開発局に申請します」
GUTS隊長イルマ・メグミが出演する討論番組で起きた怪事件。女性キャスターの意識を乗っ取ったキリエル人を名乗る者が起こした爆発は、TPCを激震させた。
「死傷者がゼロだったのが幸いね」
目頭を揉みながらつぶやくイルマに、通信が繋がっていた現場のシンジョウが補足的に情報を追加した。
「何でも、建物の中にいた人たちが『ここにいたら危ない』って幻聴を聞いたらしいんです。それで怖くなって爆発の直前にビルを出てたみたいで」
「それもキリエル人でしょうか」
ムナカタの言葉にイルマは「わからない」と力なく首を振った。イルマが自覚できるほどに、今の彼女は疲れていた。
キリエル人を名乗る正体不明の存在との邂逅もそうだが、つい先ほどまで行われていた会議でヨシオカらに、テレビでの「ティガは人類の味方」という言動を詰められていたのが精神的に効いているのかもしれない。
(私は、ウルトラマンティガを信じすぎているのだろうか……)
目の前のムナカタもティガを信じ切っているわけではない。自分は何か錯覚をしてしまったのだろうか。考えるだけの気力も、今は沸いてこなかった。
「隊長、少し休まれては」
「大丈夫」
イルマの言葉を強がりにとったムナカタは苦笑とともに告げた。
「しばらく陸には上がれませんよ」
彼女は苦笑を返した。
※
その後、現地調査はいったん打ち切られた。まだ就寝には早い時間だが、疲労を自覚していたイルマは、隊長室で一度仮眠をとるつもりだった。
部屋に入るも、何かいつもと違うような感覚に襲われた。これが疲れによるものなのか判断はつかなかったが、彼女は自身の感覚を信じることにした。
「っ!?」
脇を何かがすり抜けるような奇妙な感覚。視界の端に青い炎を幻視した。
「誰!!」
振り向きざまに腰のレディ・スミスに手をかける。
奥の安楽椅子──そんなものはなかった──に男が座っていた。
「騒がないでください。私はあなたと話をしに来ただけです」
穏やかな、そして根底に別の感情を漂わせた声で男は続けた。
「私は、預言者です。キリエル人の意思を、言葉を伝えるだけです」
「キリエル人……」
預言者を名乗る不審な男から視線を切らさないまま、背中で隠してコム・ラインの音声をオンにする。これでここでの会話が作戦室にも聞こえるだろう。
「キリエル人はどこからきたの? まず自己紹介からが筋じゃないかしら」
少しでも情報を引き出すべく、イルマは自ら会話の糸口をつかむ。
「流石はGUTSの隊長だ。ユーモアもあるらしい」
男は鷹揚に笑った。
「キリエル人はずっと昔から、ここに来ているのですよ」
「身を隠していたの? だとすると卑怯じゃないかしら」
「それは心外な評価だ」
気分を害したぞ、と表情で預言者は訴えた。
「キリエル人に敬意を示してください。まずはGUTS隊長のあなたが」
「敬意を示さないとどうなるのかしら」
「敬意を示さないと、そうですね、私の予言では次はK1地区が……」
「ふざけないで!!」
ついに彼女はレディ・スミスの銃口を預言者に向けた。
当の預言者は銃口を向けられたにも関わらず、余裕の態度を崩さない。それどころか彼女を苛立たせるように、彼女の私物である写真立に触れる。
そこに飾られているのは、もういない彼女の憧れの人。
「…………それから手を離して」
一段低くなった声。預言者の男は「おおっと、すみません」と思ってもいない謝罪を口にした。
「それで? イルマ隊長、あなたはキリエルの神々に敬意を表さないのですか?」
彼女は唇を噛んだ。この男を刺激するような真似は極力したくない。だが、ここでイエスを選択すれば、何か取り返しのつかない事態を引き起こすかもしれない。そんな確信に近い予感がよぎった。
「残念だ……」
預言者は思案するようにわざとらしく顎に手を当てた。
「ならばキリエルの力、その怒り。身をもって知ればその愚鈍な考えも少しはマシになりますか?」
バッと男は右手をかざして、叫ぶ。
「神聖なる炎は穢れを焼き払う。その蒙昧な精神、キリエルの洗礼でもって啓蒙して差し上げましょう」
炎を操る力。あのビルの爆発はやはりキリエル人の仕業だった。
迫り来る業火から身を護るすべはない。彼女は咄嗟に手で顔を庇うくらいのことしかできなかった。
今際の際に思うのは、思いを伝えることもできなかった、あの男の背中だった。
「そこまでにしてもらうぞ」
預言者の背筋を這うような声ではなかった。
懐かしい、けれどもう聞くことは無いと思っていた。
地獄の炎はイルマを焼くことは無かった。なぜなら、その男が彼女と預言者の間に突如として躍り出たからだ。
背中しか見えない。でも、その背中を忘れるはずはない。
もういないはずの、憧れの人。彼の名前を、呼ぶ。
「─────カツヒト、くん」