ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
突如、預言者とイルマとの間に割り込んできた俺に対して、預言者は目を細めた。
「貴方は……」
その言葉の続きを待ってやる必要はない。
踏み込む。近接格闘の間合いに一瞬で詰められた預言者は、身体を仰け反らせながらも反射的に右の掌を俺に向けた。
イルマを焼きかけた、奴曰く浄化の炎。それは右手から放たれるものらしい。
左手で、最小の動作でもってその手を払う。この距離で撃たせるわけがない。
「シッ」
右の拳で顎先を狙う。咄嗟に頭を逸らされ狙いが外れ、拳が空を切る。だが、体勢は大きくよろけた。
がら空きの胴体にヤクザキックをお見舞いする。押し出されたように転がった預言者はそのまま俺から距離を取るように自らも転がる動作を取った。
再び、奴が右手を伸ばそうとする。
奴から見れば、開いてしまったこの距離であれば右手の炎で仕留められるということなのだろう。だが、甘い。
「何っ」
初めて預言者が焦りのような感情の色を見せた。
俺と預言者の距離は、俺の一歩で詰められた。先のやり直し。左の手で奴の右手を上に打ち上げ、今度こそは顎を横から殴りつける。
身体が軽い。ウルトラマンの力との同化が進んでいるのか?
僅かに過る疑問はそのままにして、膝から崩れ落ちた預言者を正面に、残心。
「倒したの……!?」
イルマそう言って預言者を拘束すべく駆け寄ろうとするのを遮る。
「まだだっ」
俺が引き止めなければイルマが踏み出した一歩目だったろうという地点に火の手が上がる。
「頭を揺らしたはずだが。やはり異形の者か」
「異形とは、少し表現が気に入らないわ」
「口調がブレてるぞ」
「おっと。これは失礼」
今はこの姿でした、と預言者は薄く笑った。何が面白いんだか。
預言者は軽快な動きで起き上がると、パンパンと服の埃を飛ばした。
「いやはやお強い。……まさかこんなところで『もう一人』と出会うとは思いませんでしたよ」
「俺は『彼』と同列に並べられるほどの存在じゃない」
「はあ。そうですか」
あまりそこには興味がないようで、預言者は薄い笑みをまた顔に張り付けた。
「良いのですか? こんなところにのこのこと出てきて。モグラのように地面の下がお好きなのでは?」
言外に、お前たちの動向は掴んでいるんだぞという脅し。だがそれくらいのことはこちらも想定済みだ。
「モグラたたきも怖くてできない奴らには言われたくないな。それとも同じく日陰を生きるものへのシンパシーでも感じたか。だとすれば余計だな」
すん、と奴の表情が消え失せた。何でこういう暗躍する連中って煽りに弱いんだろうな。
「その言葉。キリエルの神々への不遜と捉えますがよろしいか」
「勝手にしろ」
「…………やはり傲慢だ。お前たちは」
二人の間に、もうこれ以上の会話の必要はない。二度目の交錯のタイミングを計ろうと、両者が構えようとした、その時。
「隊長!!」
ダイゴとレナが遅ればせながら駆け付けた。
イルマが開いたドアに注意を取られた瞬間に、預言者を名乗る男は消え去ってしまった。
「いったいどこに……」
預言者の逃走を許してしまった彼らだが、まだ警戒は解かれていない。イルマを預言者の魔の手から救ったものの、目の前のもう一人の男が不法にこのダイブハンガーに侵入していることは確かだ。
「逃げられたか」
戦闘態勢を解いたもう一人の男に、ダイゴとレナは銃口を向けた。
「待って!!」
ダイゴとレナを制して、イルマは男に話しかけた。
「カツヒトくん、なんでしょう……?」
部屋の照明はいまだ暗く、開いたドアから差す逆光が目の前の男の顔を影で塗りつぶしている。だがそれでもイルマはその立ち姿に確信があった。
しかし男は振り返ることは無かった。
「K1地区はいいのか?」
イルマたちは自らのミスに気付いた。彼女は急いでPDIを開いて指令を下す。
「ヤズミ隊員、K1地区をモニターに映して。WING1を現場に派遣」
「もうやってます」
頼もしいヤズミの言葉を聞いて、彼女はPDIを閉じた。
だがイルマが指示を出している間に、件の彼は忽然と姿を消していた。
「ダイゴ、レナ、彼は!?」
振り返って二人を見るも、二人は揃って頭を押さえて蹲っていた。
「と、突然頭の中に、キーンって音がして……」
「すみません隊長。逃がしました……」
「……どうして」
一瞬呆然とする彼女だったが、まだ事態は終わったわけではない。彼女は気持ちを入れ替えて、立ち上がったダイゴとレナとともに作戦室へ急いだ。
※
ダイブハンガー近海。房総半島付近の無人島で、俺とキリノはようやく一息ついた。
「いや、助かった」
ダイゴ、レナの両隊員を一時的に行動不能に陥れたのはキリノの超能力だ。あの場では強行突破も選択肢に入るくらいの状況だったのであの助けはありがたかった。
「ちょっと考えなし過ぎたんじゃないか。退路も用意せずにあんなにダイブハンガーの奥まで入り込むなんて」
キリノの諫言に素直に頭を下げる。
「……悪い。少し冷静じゃなかった」
考えてみれば、イルマを害するのが預言者の目的ではなかった。あの炎も脅かしでしかなく、俺が間に入らずともせいぜい軽い火傷程度で済んでいただろう。
殊勝に反省する俺に毒気を抜かれたのか、キリノは「分かってるならいいんだ」と言葉を濁した。
「ところでK1地区は?」
「そっちはユザレと来訪者に任せた。管理会社にガス漏れの誤情報を流してある」
「抜かりないな」
これで今回の人命被害は皆無に近くなった。
「こう何度も被害者をゼロにするのは難しいだろうが……」
実際、ガクマ戦ではTPCの人員や工事関係者に被害者が出ている。それを止めることは出来なかった。
起きうる出来事を原作知識で把握している俺だが、残念ながらその事件がいつ起きるかまでは詳細に分かっていない。今回は本当に偶然、俺たちの潜入作戦とキリエル人の行動のタイミングが一致したからここまで早く手を打てた。
神ならざるこの身では、全てを救うことは不可能だ。だが端から諦めるのと、足掻いた末の結果とではやはり違う。何かを諦めた時、俺はきっと光の戦士ではなくなるのだろう。
「さて」
無人島に着陸させていたガッツシャドーに乗り込みながら、次の行動をどうするか考える。今頃、イルマが俺の遺したヒントに気付いているだろうか。
思考を練りながら、俺は黒いWING1に灯をともした。
※
預言者の予言通り、K1地区で発生した2度目の爆破事件は今回も奇跡的に死傷者が無かった。
「ガス漏れの点検作業前で、丁度住民が退居していたようです。あと少し遅ければ業者が立ち入っていたはずですから、本当に奇跡的なタイミングですよ」
ヤズミの報告を聞いて、GUTS隊員たちは改めて今回の一件が薄氷の上にあったことを認識した。そして二度続いた奇跡に誰かの手があったのではないかとも考えている。
「あくまで、警告ということでしょうか」
ムナカタの言葉にイルマが首を振る。
「とてもじゃないけど、あの預言者が人命に配慮する存在とは思えない」
「では、偶然でしょうか。……それとも」
シンジョウはその言葉の続きを躊躇った。隊長の顔が分かりやすく歪んだからだ。
「隊長室に侵入してきた、預言者を名乗る男とは恐らく敵対関係にあるもう一人」
あの状況で、最後まで顔を見ることは出来なかった。それはダイゴもレナも同様だ。だが、あの立ち姿、そして声。どれもイルマの記憶の中の彼と一致する。
「ヤズミ隊員、結果はでた?」
「ええ。…………コム・ラインに残った音声データの声紋とWING開発室の元専属パイロット、ミウラ・カツヒト特尉の声紋、91.7%で一致しています」
言葉にならない驚愕が作戦室に広がった。
「ミウラ・カツヒトって確か……」
シンジョウの言葉に、ヤズミが気を利かせてメインモニターにミウラ・カツヒトのパーソナルデータを表示した。
「WING開発室の専属パイロットで、同時にマキシマ計画にも研究者として参加。重要なブレインとして成果を残している稀有な人物です。WINGの開発が実戦段階に入ってからは教官として活動していました。……ですが、九州近海沖で発生した5年前のビースト・ザ・ワンとのファーストコンタクトの時に、ザ・ワンに特攻を仕掛けて殉職されています」
パイロットとして群を抜いた技術を持ち、将来を嘱望された人物だった。そんな彼の、開発段階のマキシマ・エンジンを載せての特攻は今でも語り草になるほどだ。
「パイロットの腕は、今から見ても最高峰だった」
「リーダーがそう言うってことは相当ですよね」
「あのマキ教官と一緒に各国のエースパイロットを次々打ち負かしたっていうんだから、もう伝説級よ? 少なくともダイゴよりは」
「よりは、は余計だよ。……でもこの声、聞き覚えありませんか」
ダイゴの言葉に、ホリイが頷いた。
「あそこで会った輸送部の奴やな」
イルマは放送局にいる間にあった出来事の顛末を聞いて、腕を組んだ。
「彼はキリエル人を追ってきたの?」
「今回と前回の爆発事故の被害者がゼロであったことが、キリエル人の意図したものではないのだとしたら、ミウラ・カツヒト元特尉がキリエル人の破壊活動を阻止する目的を抱いて行動している……という推測もできます。もしかしたら別の目的があったのかもしれませんが」
キリエル人とミウラ・カツヒトが敵対関係であり、ミウラ・カツヒトは人類の側に立って秘密裏に行動している。仮定に仮定を重ねた推論であり、イルマの願望が多分に入った推論であることは間違いない。
ヤズミの言葉を聞き、ムナカタがさらに告げた。
「そもそもミウラ・カツヒト本人である確証がない。何せ、彼は既に亡くなっている」
そもそもの話だった。ミウラ・カツヒトは5年前に死亡している。それが今になって、何故……。
ここに来て、イルマが重い口を開いた。
「彼の死体は確認されていないわ」
「お言葉ですが隊長。あの爆発で死体が残っていたら奇跡です。まして生きていたとなればなおさら」
「それに、仮に生きてたんやったら、なんで5年も経った今になって出てきたんやっちゅう話ですわ。しかもダイブハンガーに潜入なんて際どいことまでして」
ムナカタ、ホリイに続いてヤズミがさらにミウラ・カツヒトの情報を加えた。
「新宿事変の折りにザ・ワンを急襲した謎のビーム兵器の出どころが、ミウラ・カツヒト元特尉の所有するアパートの地下にあったことも気になります」
「確かあの謎のビーム兵器ってマキシマ・エンジンの理論が利用されていたものだったんだよな?」
「よお知っとるなシンジョウ。せやで。あれはマキシマの理論が使われとった。……でも、マキシマの産みの親であるはずのヤオ教授のさらに上を行く完成度やった。5年前でも今でも、人類にはちょっとオーバーテクノロジーや」
現在の人類科学を越えた兵器を所有していた疑いまで浮上してきた、すでに死んだはずの男が、TPC極東支部の中枢までほぼ気づかれることなく侵入してきたという事実。イルマを除くここにいる誰しもが、ミウラ・カツヒトという人物に疑いを持たざるを得なかった。
「本人であろうがなかろうが、怪しいことに違いはないな」
シンジョウの言葉を最後に、GUTS作戦室に重苦しい沈黙が下りた。
唇を噛んで、それでもイルマは抗弁した。
「彼は、彼は決して人類に仇なすような人ではないわ……」
「隊長、ですが」
イルマは、ムナカタの言葉を最後まで聞きたくはなかった。
「ごめんなさい。自分でも冷静でないことは分かっているわ。……少し、時間を頂戴」
彼女は振り返ることなく作戦室を後にした。
彼女の手に握られた一枚の写真に気付いた人間は誰もいなかった。