ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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#23

 ミウラ・カツヒトが去り際に置いていった一枚の写真。それをイルマは誰にも悟られることなく回収していた。

 

 映っているのは、彼と自分。そしてハヤテを始めとした第1期WINGパイロットコースの生徒たち──つまりカツヒトの教え子たちとの写真だった。

 

 時期は、カツヒトが怪獣相手に特攻し海へと散った数週間前。各国のエースパイロットとWINGに乗って競い合った、あの夜のものだ。

 

「このころから、貴方は何も変わってはいない。そういうことなの?」

 

 パーティーの会場を抜け出して、二人で歩いた人工の海岸線で交わした言葉をイルマは今でも一言一句覚えている。あの時、カツヒトが何かを抱えていることをイルマは察したが結局彼から聞き出すことは出来なかった。

 

 あの日の夜の言葉を想起する。彼は言った。いつか必ず伝えると。

 

 この写真を選んでここに置いていったというのは、そういうメッセージなのだろうか。

 

「今度こそ、貴方は私を頼ってくれますか……」

 

 写真の裏には、荒れた文字で、しかし見覚えのある文字が並んでいた。

 

「『イタハシ・ミツオ』……」

 

 彼女はPDIを開いた。

 

 イタハシ・ミツオなる人物の個人データをGUTS隊長権限で閲覧する。

 

「……何が『預言者』よ」

 

 顔写真付きで表示されたのは、先の預言者を名乗っていた男の顔だった。これが預言者の本名ということらしい。これをカツヒトが知っていることも気になったが、それ以上にこのイタハシ・ミツオなる人物も知らなければならないとイルマは強く思った。

 

 過去から今にまでかけて、イルマ・メグミの周囲にちらついていた科学では証明できない存在。己に視線を寄越していたと思われる超常の存在がキリエル人なのだと彼女は確信していた。

 

 この事件は、自分自身で何かしらの決着をつけなくてはいけない。

 

 一枚の写真を丁寧に、新たな写真立に仕舞い入れると、彼女は隊長室のドアを開いた。

 

 

 イタハシ・ミツオが住んでいると思われるコンドミニアム。イルマは単身、その一室の前にまで来ていた。

 

 カツヒトの遺した手掛かりでここまで来た。GUTSの他の隊員はカツヒトに懐疑的な視線を送っている。そんな彼らにこのことを報告すれば、きっと諫められるだろうと思い、イルマは誰にも告げずにこのビルに来ていた。

 

 東京メトロポリスの多くの住宅はネットワークで一括管理されているものが多い。このビルもその一つだった。PDIをかざし、マスター解除キーの役割をさせれば、鍵の閉まっていた玄関口は簡単に開いた。

 

 イタハシ・ミツオのものと思われる部屋は、私物が少なく生活感に欠けた。壁のコム・ライン端末にPDIを接続する。アクセス、TPCコード:0026CGGイルマ・メグミと画面が表示し、この部屋に蓄積された個人データへのアクセスが可能になった。

 

「この部屋の住人の現在地を教えて」

 

 AIの合成音が不可解な事実を告げた。

 

「この住居は3年間更新がありません。現在は空き部屋です」

 

「……どういうこと? この部屋の住人はイタハシ・ミツオではないの?」

 

 検索中……、の文字が回り、そして止まった。

 

「この部屋の前住人であるイタハシ・ミツオは3年前に生命活動を停止しています」

 

 イルマの肌が粟立った。イタハシ・ミツオはすでに死んでいるというのか?

 

 イルマは思考を整理するために深呼吸したが、一向に混乱は収まらない。

 

 死人がどうやって自分に会いに来たのか。イタハシ・ミツオの肉体はただの入れ物で、キリエル人はそれを預言者に仕立てたのだろうか。

 

 だとすれば、

 

「だとすれば『彼』も、同じ…………?」

 

 己の窮地を救って見せた男の背中は、確かに知ったものだった。ただあり得ない。彼はすでに死んでいる。そしてそれはイタハシ・ミツオと前提条件が一致する。

 

 キリエル人は、いったい何なのか。預言者を名乗るイタハシ・ミツオと敵対していたと思われるミウラ・カツヒトもまた、ただの入れ物なのか。

 

 彼女が答えの出ない謎に意識を奪われている間に、彼女の周りには黒い靄のような影が何体も湧き出てきていた。

 

「なっ」

 

 気づいたときには既に遅かった。ぼうっとした青い炎のオーラの中に小さなヒト型が黒い影となって蠢いている。

 

「これが、キリエル人──!?」

 

 超常の力が、彼女に振るわれる。鞭のようにしなるそれが彼女を壁に貼り付けにしようとして、

 

「想定よりも早かったな」

 

 突如としてこの場に現れた男の手によって遮られた。

 

「カツヒト、くん……?」

 

 

「君がここに来るまでもう少しかかると思ってたんだ。遅れてしまって済まない」

 

 いつの間にか、目の前には再び預言者がいた。カツヒトは預言者から視線を切らさないまま油断なく敵を見据えている。

 

 カツヒトの背後に庇われ余裕のできたイルマは、少しでも敵の情報を得ようと言葉を投げかけた。

 

「どうして、私をつけ狙うの?」

 

 預言者は口をゆがめた。

 

「あなたがあいつを人間たちに認めさせようとするから、我々も強硬手段に出ざるを得なかったのですよ」

 

「あいつ……?」

 

「キリエル人はあいつよりもずっと以前からこの地球に来ていたのだ。後から出てきて好き勝手な真似をされてはたまらないんですよ。分かりますよねぇ?」

 

 ウルトラマンティガのことを言っているのか───?

 

 彼女が次の言葉を発する前に、カツヒトが口を開いた。

 

「お前たちにも、好き勝手にふるまう資格はない」

 

「貴様がそれを言うのか。もう一人の、ウルトラマンティガ」

 

 預言者の口から語られた衝撃的な事実に、イルマの思考は硬直した。

 

 一方のカツヒトはそれを意に介した風には見えない。表面上は動揺もなく、ただ毅然と預言者に反論する。

 

「やめてくれ。俺には『ウルトラマン』の名を背負えるほどの器はない」

 

「はあ。そうですか」

 

 カツヒトのこだわりには興味がないのか、預言者は気のない返事をして続けた。

 

「ウルトラマンかウルトラマンでないかを論じるつもりはないです。……貴方が、それに類する力を持っている。それが問題なのですよ」

 

「力を持っているだけで粛清対象か。随分と狭量だな。……お前たちの布教活動を邪魔しているのは俺ではないが」

 

「そんなことは分かっている。本家本元にも、すぐにでも我らの浄化の火が降り注ぐだろう」

 

 大げさな身振りで預言者は宣言する。だが対するカツヒトはあくまで飄々とした態度を崩さない。

 

「一つ、お前たちの勘違いを訂正しよう」

 

「何だと?」

 

 訝しげな表情の預言者は苛立ちを含んだ言葉を投げる。

 

「例え、お前たちがティガを倒したとしても人類がお前たちを信仰することはないだろう」

 

 カツヒトの断言をしかし預言者は鼻で笑う。

 

「ふん。何を世迷言を。人類はかくも儚くか弱い。その肉体も、そして精神も。矮小な彼らは、何かに縋らずにはいられまい」

 

 預言者の言葉に反論しようとイルマが口を開けようとするが、それよりも先にカツヒトが言葉を放った。

 

「まあ、それは正しいな」

 

「なっ」

 

 カツヒトの予想だにしない言葉に、イルマが絶句し、預言者は我が意を得たりと怪しく笑った。

 

「でも縋りつく対象くらいは、人間だって選ぶさ」

 

「……何?」

 

 今度はカツヒトが鼻で笑った。

 

「いい加減鏡を見ろよ。どこのだれが、お前らみたいな三下をありがたがるんだ。藁に縋るよりよっぽど心細いよ」

 

「き、貴様ぁ……!!」

 

 血管を浮き上がらせて預言者が歯を剥いたが、意に介せずとばかりにカツヒトが続ける。

 

「せめて『闇』と戦う算段をつけてから宗教ごっこを始めるべきだったな」

 

 もはや彼らに語る言葉は無かった。沸点をとうに超え、預言者は怒りのあまり表情が抜け落ちる。

 

「死ね」

 

 預言者が手をかざそうとしたところに、さらにこの場に躍り出たものがいた。

 

「妙な真似はよせ!!」

 

 銃口を預言者に向けて駆け付けたのは、単身ダイブハンガーを飛び出したイルマを追ってきたマドカ・ダイゴだった。

 

 即座に形勢不利を判断した預言者は、掲げた腕をそのまま窓に向けて衝撃波を放つと、割れた窓から飛び出ていった。

 

「最後の預言を君たちに告げよう。次に浄化の炎が燃やすのは、ここだ!!」

 

 そう捨て台詞を吐いて、預言者は夜の闇に溶けた。

 

「そういうところだよ」

 

 呆れたようにカツヒトは呟く。

 

 呆気に取られていた二人がようやく預言者が残した言葉の意味を理解したころ、PDIからヤズミの慌てた声が聞こえた。

 

「隊長とダイゴ隊員が現在位置しているポイントに向かって、地下から巨大なエネルギーの上昇を観測しました!! すぐに逃げてください!!」

 

 ダイゴのPDIをひったくるようにカツヒトが奪い取った。

 

「この付近の地下はインフラの中継地点だ。爆発させれば都市機能は大幅に麻痺する可能性がある。マイクロウェーブ波なら熱源を止められるはずだ。WINGに積んで今すぐ急行するんだ」

 

「だ、誰ですか……!? 暗くて顔も良く見えないんですが!!」

 

「いいから早くしろ!!」

 

 それだけ告げるとカツヒトはPDIの通話を切った。そしてイルマとダイゴの方を向く。

 

「3人で手分けして近隣住民を避難させるぞ」

 

「ええ、分かったわ」

 

「え、ええ? ちょ、何であなたが仕切ってるんですか!? っていうか、アレ? もしかして、ピラミッドの」

 

「細かいことをいちいち気にしていられる時間は無いぞ。急げ!!」

 

 勢いで誤魔化す気全開のカツヒトの号令で、彼ら3人はそれぞれのすべきことを為すために行動を開始する。

 

 その直前、イルマはカツヒトを振り返った。

 

「ねぇ!! ……またすぐに逢えるわよね?」

 

 一瞬だけ、彼の歩みが止まった。

 

「……まだ。けれど近いうちに必ず」

 

 振り返りもせず、彼は走って行ってしまった。

 

 彼の去って行った方向を名残惜しく見遣って、彼女は再び為すべきことへと取り掛かった。

 

 

 シンジョウ操るWING1がマイクロウェーブ砲を下方に構え、その瞬間を待つ。

 

 地下から吹きあがってくるエネルギーを打ち消すためのマイクロウェーブは、その特性上今回の作戦ではきわめてシビアなタイミングが要求される。

 

 その時間、わずか0.3秒。

 

 だが決して不可能ではない。トリガーを任されたシンジョウは精鋭の中の上澄みであるGUTSメンバーの中でも一番の射撃センスを誇る。そして彼は数々の難関ミッションを熟してきたアストロノーツでもあるのだ。

 

 WING2に待機するホリイの支援を受け、シンジョウがWING1をホバリングさせ態勢を整える。

 

 だが、その現場の近くに子供の姿を見つけた。逃げ遅れたのだ。

 

 このまま電磁波を放てば、子供にどのような障害が出てしまうか。だが敵は待ってはくれない。ゴゴゴ、という地下からの異音がシンジョウを急かす。一人の幼い命とその他大勢の人々の命。天秤を計りかねたシンジョウの前に救いの手が現れた。

 

 突如真昼のような明るさが大地を照らし、目を開けた次の瞬間には銀の腕がその子供を優しく拾い上げていた。

 

「ウルトラマンティガ!!」

 

 誰かがそう叫んだ。

 

 そしてシンジョウもまた叫びたい気分だった。

 

「ティガ、ベストタイミングだぜ!!」

 

 憂いのなくなったシンジョウは今度こそ地下からせりあがる破壊のエネルギーに照準を合わせた。

 

それが地上へと吹き上がる紙一重の瞬間にシンジョウは撃鉄を引いた。

 

 派手なエフェクトこそないが、WING1から放たれた電磁波が真下の地下に放射され、地鳴りは停止した。

 

「よし。やったか」

 

 ふう、と一息つく。まずは第一段階クリアだ。だがティガが出てきた。とすればキリエル人が奴へと挑戦してくるのは目に見えている。

 

「来たな……」

 

 ティガが何かに気付いて、振り向いた。視線の先には、先ほどの預言者を名乗る男が両手を広げて歓迎の意を皮肉げに示している。

 

「君を待っていたんだよ。ウルトラマンティガ!!」

 

 預言者は続けた。

 

「君はこの星の守護神にでもなったつもりかね!? おこがましいとは思わないのか!?」

 

 動揺し、たじろぐような仕草を見せたティガに畳みかけるよう男は続けた。

 

「君が姿を現すずっと前からこの星の愚かな生き物たちはキリエル人の導きを待っていたんだ!! 君は招かれざる者なのだ!! 見せてやるキリエル人の力を!! キリエル人の怒りの姿を!!」

 

 地下の明かりが星々のように輝く都市の夜に吹き上がる指向性の炎。そして次の瞬間にはその炎がやみ、露になったのは禍々しき亜神の姿。神を自称するキリエル人がかの巨人に抗すべくその身を寄り合わせた異形の巨人。

 

 キリエロイド。

 

 そしてそれに立ち向かう、光の戦士ウルトラマンティガ。

 

 両者が腰を落とし、そして駆けだした。

 


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