ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
一夜明けて。
未だ東京メトロポリスのライフラインはストップしたままだったが、早くも復旧のためのスタッフが街を動き回っている。間もなくすれば、この都市はその姿をまた取り戻すだろう。人類の強さがそこにはあった。
徹夜明けのぼんやりとした頭の中、ヤズミは画面の中で、数値によって表示されるアレコレをリアルタイムで観測していた。
「データ整理に精が出るね」
コーヒーを差し出して隣に座ったのは、同じくGUTSの隊員マドカ・ダイゴだった。
「僕は現場に出ていないですから。午前中には今回の事件の総括としてまた会議があるでしょうし、そこで纏まった資料をと思いまして」
ダイゴの好意を素直に受け取って、ヤズミは一口それを含んだ。
「ダイゴさんはまだ起きてたんですか? 現場出てたんですし、ちゃんと寝ないとダメだと思いますよ」
「いや、変に眼が冴えちゃって」
ダイゴの身体には重たい疲労が残っていたが、頭の方が眠ることを妨げていた。
「それじゃあ、ちょっとまとめた資料見てもらえませんか?」
ヤズミの言葉にダイゴは「勿論」と頷いた。
ヤズミがパソコンのコンソールを動かして動画ファイルを開いた。昨夜出現した敵性生命体の映像だ。
「キリエロイド……。実体を持たないキリエル人がティガに対抗すべく集合体を形成した戦闘形態と思われます」
思えば、人類が初めて遭遇した敵性知生体でもある。
「人類以外の知生体との交流はGUTSの設立の理由そのものなんですが」
「アレと仲良くなんて、無理だな……」
溜め息を吐いてダイゴは続けた。
「神様気取りか……。ティガもそう見えているのかな……」
「そんなことないです。ティガとキリエル人では違いますよ、絶対」
力強い断言で語るヤズミに少しだけ救われた気分になるダイゴだった。特に根拠も理由もなく、若干ヤズミは思慮に欠けるところもあるのでこの励ましがどこまで参考にできるものかも怪しいことはさておいて、少しだけ気持ちが上向いた気もする。
「このキリエロイドも難敵でしたが。……今日の会議の中心になるのは、こっちですかね」
ヤズミが新たなファイルを開示した。
くすんだ銀色の、青き瞳の巨人。
「もう一人の、ティガ」
ダイゴの呟きにヤズミが頷いた。
「TPC上層部は、この巨人を『オルタナティブ・ティガ』と命名しました」
まんまですよね、とへらりとヤズミは笑った。
「人類に敵対的でない巨人型のミュータントに対する統合識別名称として『ウルトラマン』が正式採用されて、九州沖に出現したウルトラマンをザ・ファースト、新宿事変に確認されたウルトラマンを、二番目という意味でザ・ネクスト。そして三番目の巨人はユザレの言葉の中の『ティガの巨人』から、ティガと命名したんですが」
またティガはサンスクリット語で3を意味することもあり、ダブルミーニング的に命名されている。
「九州沖に出現したウルトラマンは映像もなく、混乱した現場にいた人員の証言しかないため、その存在を疑う声すらあります。それに、証言していた人々に謎の記憶障害が出ているのも、この最初のウルトラマンの不確定性を助長させています」
そして今回確認された、4番目の戦士。ティガに類似した似姿からそのままオルタナティブと冠された巨人。
「何者なんでしょうね。……まあそれはティガも一緒なんですが」
人類の味方として突如として現れた、光の巨人。彼らは光とともに現れて、そして空に帰っていく。彼らは本当に宇宙からやってきたのか。学会では喧々諤々の議論となっている。
「案外、本当に人間が変身してたりして」
ダイゴがブフーッっとコーヒーを噴いた。
「ちょ、どうしたんですかダイゴさん」
「い、いや。ごめん、むせただけだから」
ダイゴの反応は完全に図星をつかれた故のものだったが、ヤズミはそうは思わなかったらしい。
「やっぱりバカバカしいですよねぇ。人間があれだけ大きくなるなんて、質量保存の法則ガン無視ですもん。流石にそこまで創作通りなんてありえないですよ」
「あ、ああ。そうだよね」
噴き出したコーヒーを拭きながら、ダイゴは話を合わせるように同意した。
二人がそんな会話を繰り広げていると、そこに加わる人物が現れた。
「せやせや。ウルトラマンみたいなんが人間になってたら科学に喧嘩売っとるで。……まあ、最近科学に喧嘩売っている連中だらけなんやけど」
寝ぼけ眼で現れたのはホリイとシンジョウだった。
シンジョウがそこに加えるように疑問を呈した。
「ウルトラマンといえば──テレビ特撮の方な──あれも大概謎っていうか。一部じゃ預言者扱いされてるとか聞くけど」
「そうですね。ネット上でも話題になっています。ただ、制作元のツブラヤ製作所はウルトラマン80を最後に解散してます。ウルトラマンシリーズを強力に推し進めていた初代社長さんも既に他界されてますし真相は謎のままです。本当にただの偶然だとは思いますけど」
「ありゃ、もうその会社無くなっちまっているのか」
「ええ。製作費が掛かり過ぎて赤字になっちゃったとか。……噂では、最後のシリーズが企画されていたらしいんですがそれもお蔵入りしてしまったそうで」
ヤズミのトリビアに一同が「へえ」と頷いた。ダイゴもまた内心で、その幻の最後のシリーズを見てみたかったな、と思わずにはいられなかった。
「ともあれ、明日の会議は荒れるで。キリエル人にもう一人のティガもそうやけど、ダイブハンガーに侵入された件もある」
そうだった、とダイゴは思い出した。キリエル人と、そしてあの男がこの基地に潜入してきたのが事の発端だった。
「ミウラ・カツヒト……。彼のことについても議題に上がるでしょうね」
「死んでいなかったのか、それともイタハシ・ミツオと同様に中身が違うのか。判ってるんは恐らくはキリエル人と敵対していたっちゅうことだけや」
TPC上層部の見解では、キリエル人を追ってミウラ・カツヒトがこのダイブハンガーに潜入したということになっているらしい。
「でもよ、キリエル人を追いかけていたっていうんならその人は味方なんじゃないのか?」
シンジョウの問いにホリイは難しい顔をした。
「敵の敵が味方なんて単純な話でもないやろうけど。ただ、上の人たちはミウラ・カツヒト氏を最重要人物として指名手配するらしい」
「そんなっ」
ダイゴが立ち上がって、そして我に返って座りなおした。
「気持ちは分かるで。あの人は隊長を助けてくれはったし教官やってたころも人望があった。ええ人や。でも、だからこそ話を聞きたいんや。現状、うちらは彼を敵とも味方とも取れん」
「隊長も、辛いだろうな……」
イルマ隊長がミウラ・カツヒトに対して並々ならない感情を抱いているのは傍から見れば明らかだった。
「キリエロイド戦でも最後まで現場で避難誘導してたし、襲撃だってされてるんだ。明日の会議はリーダーに任せて休むってのもありだと思うが」
「実際、リーダーがそう進言してイルマ隊長は明日いっぱい本土の方で療養らしいで」
シンジョウとホリイの言葉を聞きながら、ダイゴはかの男を思う。
ミウラ・カツヒト。あの顔はピラミッドで自分に光を託した男と同一だった。
そして、戦いの最中で聞こえてきた言葉の主もまた、同一の声音に違いない。となれば、その正体は───
画面の中の青い瞳の巨人を見た。
「僕と同じ、光の継承者……。オルタナティブ・ティガ……」
次第に別の内容の会話に移っていった他の3人には、その小さな呟きが届くことは、幸いにもなかった。
※
現場から直接、TPC傘下の市中病院へ搬送されたイルマは諸々の診察を受けた。打ち身など軽いものこそあれ、深刻な症状を伴うものはなかった。
「まったく、みんな心配し過ぎなのよ」
一人きりの深夜の病室で、困ったようにそう呟いた。確かに疲労こそあるが、主治医の「様子を見て一日程度は安静にしておきましょう」という言葉に頷けるほど、イルマの職責は軽くはないはずだ。
だが客観的に見て、己には休息が必要なのかもしれない。自分に若干過保護気味のムナカタはまだしも、上役のサワイも明日の会議には出席しなくてもいいと言ってくれた。
恐らくは気を使われているのだろう。今回の事件の一件で姿を見せた、死んだはずのかつての想い人。精神的な動揺は確実にある。
「本当に、よくよく頭を悩ませてくれるわね。あなたは」
彼の映る一枚の写真がベッドサイドに無造作に置かれていた。だが、イルマはその写真に向けて話しかけたのではない。
「それに関しては申し訳なく思ってるよ」
暗闇の中から声が聞こえた。優し気な、懐かしい声だった。
「ここに来たということは、出頭する用意はできたってことでいいのかしら?」
彼女はあふれ出る思いをぐっと心の奥に仕舞い込んで、GUTS隊長という職責で蓋をした。キリエル人から彼女を救ってくれたこの男は、依然正体不明であることは間違いない。
「それは難しいな……」
困ったように彼は笑った。
「それは、どうして? 貴方は、人類の味方ではないの?」
「味方のつもりだ。……ただ、そちらに行くことは出来ない」
彼の姿は月の光の逆光が邪魔で、やはりよく視認できなかった。
「『ただの人間がウルトラマンになった』……この事実は今の人類には劇薬過ぎる。そう思わないか?」
「それは……」
イルマは人の可能性を信じている。それでも、即座に反論できるほどの夢想家でもない。
ウルトラマンに変身できる人間……空想の中だけと思われたその設定が、実際は真実であった。イルマはそういった作品には疎いが、彼ら変身者がその事実を隠してきたことは知っている。
現実で、もしもそれが明るみになったならば……。
「人類はウルトラマンという力に溺れるか、それとも……。まあどちらにせよ俺という存在が人類の結束にひびを入れる公算の方が高い」
TPCが設立されたとはいえ、この地球上の人類国家が皆一枚岩になれているかと言われれば、そうではない。机の上では笑顔で手を結んでいようとも、その下では足の踏み合いが行われている。それが政治だ。
「今回はお願いに来たんだ。……俺がもう一人のティガであることを黙っておいてほしい」
彼が共に来ないとなれば、その言葉も想像できるものだった。
彼はイルマにこう言うのだ。ダイブハンガーに侵入したミウラ・カツヒトは依然正体不明であり、その目的も不明なままにしておけ、と。
「でも、それじゃあ貴方はきっとTPCによって指名手配されることになる」
「構わないさ。元より死人の身空だ。コソコソするのももう慣れたよ」
「私が構うのよ!!」
初めて、彼女が声を荒げた。
「……貴方は、今日たくさんの人を救ったわ。だというのに、貴方がそんな不当に扱われることになるなんて承服できない」
「別に、称賛が欲しいわけじゃない。……それに、まだ人類には、ウルトラマンは未知で神秘の力であるという認識が必要なんだ。ここで選択を誤れば、人類はウルトラマンをただの兵器として認識してしまうことになる」
ウルトラマンは光であり希望。決して戦うためだけの兵器ではない。彼はそう語った。
「人類にとってのより良い選択……。そのために、貴方の正体を伏せて置けと、そう言うのね」
イルマは俯いた。
「もしも、それに頷かなかったら?」
影の中で、やはり困ったようにして男は笑った。
「それは困るなぁ……。まあ、その場合、君の記憶を少し改竄することになる。進んでしたいとは全く思わないけど」
後半の言葉は、憂鬱そうではあった。だがかと言ってそれで彼の選択が覆ることもないのだろう。
記憶の改竄。彼はそんなことさえできるのか。
「……5年前、九州沖に現れた最初のウルトラマン……。新宿事変の後、その姿に関する証言が人によって一致しなくなったわ。それも貴方なの?」
「あー、アレは、まあ事故みたいなものだな。ほんとはそこまで影響を及ぼすつもりはなかったんだけど」
カツヒトにとっても誤算ではあったらしいが、それでも既に彼が人々の記憶に干渉していることは確からしい。
「ここで私がごねても、始まらないわね」
イルマは深く溜め息を吐いた。
「貴方がそれを望むのなら、黙っていてあげる」
影の中で、男がほっと息を吐いたのが分かった。イルマはそんな彼にこう釘を刺した。
「それでも、憶えておいて。貴方が不当に評価されているのを見て、心を痛める人間もいるのよ」
「それは…………。ああ、肝に銘じておくよ」
神妙な感情が、彼の声には宿っていた。
イルマは少しだけこの男を困らせたくなった。
「本当に、病院のベッドに臥せっている人間にお見舞いの一つもなく口封じにくるなんて」
「そ、それは」
分かりやすく狼狽えた男に、彼女は一矢報いた気分になった。
「ま、いいわよ。貴方の言っていることは何も間違っていないわ。人類がウルトラマンの力を自由にできてしまうと錯覚してしまうのは、決して良いことではない」
彼女がそう締めくくり、こうして二人の僅かな逢瀬の時間は終わった。
彼の去り際に、イルマは一枚の紙飛行機を飛ばした。
彼が驚きながらもそれを掴んで広げた。
「電話番号、か」
「何かあったらかけて来て。力になる」
「……ああ。ありがとう。今回の埋め合わせってわけじゃないけど、君も、何かあったら俺を頼ってほしい」
「ええ、そうするわ」
頷いたイルマは「なら一つ」と言うかどうか迷ったが、それでも告げた。
「TPC内部に不穏な動きがあるの。……警務局が、アメリカと独自に連絡をとりあっているみたい」
「アメリカと?」
「ええ。今はどこの国も、自国の土地に人知れず眠っている怪獣がいないか血眼になって探しているわ。伝え聞く話では、オーストラリアやアメリカで多数、正体不明の巨大生物の痕跡が見つかっている……」
特にアメリカでは自国強化論がそれによって台頭しているらしい。元よりUFOの目撃報告もダントツで多い土地柄であることも後押しになっているようだ。
「TPC極東支部の警務局がそこに人を送り込んでいるみたいで……」
「警務局が?」
「ええ。……あそこの人たちはGUTSをライバル視しているのも多いから、あまり情報が回ってこないのだけれど。彼らは彼らでGUTSに相当する部隊を結成して、それの運用試験と活動成果を求めてアメリカに渡りをつけた」
きな臭い話だ、とカツヒトは腕を組む。イルマはそれを見ながら、話を続けた。
「警務局が元防衛軍を主要メンバーに据えて始動させた作戦部隊……その名前は『ナイトレイダー』。そして、米国が主導している詳細不明の実験計画が『プロメテウス・チルドレン』」
カツヒトが息をのんだのが、イルマにもわかった。
「……どうしてそれを俺に」
「貴方なら、何か知っているかもと思ってね」
窓の外に視線を向けて、彼女は言葉をつづけた。
「嫌な予感がするのよ。その計画とやらが、ね」
イルマのそれは決して杞憂などではなく。
怪獣災害が頻発する日本から離れ、世界一の大国アメリカでもまた、闇が蠢いていた。
※
「なあ。俺ははやくベストフレンドに会いに行きたいんだが」
「俺に言われても困るっつーの。ていうか、俺はあいつのことなんざ……」
「アイツの、ことなんざ……?」
「い、いや。なんでもねえ」
「そう。口が悪いのはいつものことだけれど、口は禍の元とも言うわ。気をつけなさい」
「なあなあ。俺はよぉ、さっさとアイツと暴れてぇんだ」
「待っていなさい。何事にも手順があるの」
「手順?」
「ええ。彼の中の闇に囁くの。そのためにもキリエル人にはもうひと頑張りしてほしいわねぇ」
粗暴な大男は頭を捻り、酷薄な痩せ男は顔を顰めた。それを見て、狂える女はなおも笑う。
彼らの背後では、再起を誓う怪獣が深い微睡の中にいた。その咆哮が轟くことになるのは、まだもう少しだけの時間が必要だった。