ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
GUTSの奮闘により、確実にリガトロンの進行速度は衰えていた。
「それでも……!!」
WING2を駆るムナカタとシンジョウの顔色は良くはない。速度は落ちているものの、リガトロンの足は止まらないのだ。
今までの怪獣より、タフネスがある。長い宇宙航行にも、数度の大気圏突入にも耐えうる強度を持つジュピター3号の外装が利用されているのは疑いようがない。
地上ではTPCの工作部隊が地面に穴を掘る、古典的な足止め作戦を敢行しているが、それもどこまで効果があるか。
「せめてレナが戻ってきてくれたら……」
僅かな隙をつかれたレナの乗るWING1は、リガトロンの放った光球に尾翼部を焼かれて戦線を離脱していた。幸い、レナに目立った傷はなかったため、彼女にはそのままデ・ラ・ムにてホリイとともに地上で活動してもらっている。
「ホリイ、何か手立ては見つかったか」
ムナカタが通信機越しに問いかける。
ホリイは今、現場でリガトロンを解析しつつ、同時並行で取り込まれたクルーたちを怪獣から引き剥がす作戦に使えそうな論文を片っ端から探すという離れ業をやってのけていた。
もちろん、現場ではTPC科学班が、作戦室ではヤズミが、それぞれ補う形で動いているが、それを手足として動かすのは頭脳となるホリイであった。
「ちょっと待ってくださいよ……」
言いながら、彼は現場に持ち込んだPC画面から目を離さない。
今までにないくらい、集中している。ホリイは脳をフル回転させながらもどこか俯瞰的に自身を見つめていた。
まだジュピター3号に危機が迫る前に、そのクルーたちの家族をホリイは遠巻きに見ていた。
TPCに、彼らの帰還を祝う式典の準備のためにやってきていた、エザキ博士の娘。6年ぶりに再会する父を思い描いて、不安そうな、でも嬉しそうな表情を見せていた、溌溂とした女性だった。
彼女は今、どうしているだろうか。もしかしたら泣いているかもしれない。
「あんな笑顔見せられたら、どうやってでも会わせてやりたい思うやろ……!!」
作戦室のヤズミが、膨大な論文データからワード検索でピックアップしたいくつかの論文をその場で流し読んでいく。
この短時間で用意可能で、それでいて可能性があるもの。
キーワードは電磁波。
「あの妙な球体は無機物を取り込んで怪獣化できるけど、有機物を取り込むんには少しだけ時間がかかるみたいや。だからあの怪獣に取り込まれたクルーの身体は、まだ完全に同化しきってはいない……。クルーの細胞が完全に取り込まれてまう前に分離させるには、電磁波を当てて2物体間の位相を逆にずらしてしまえばええ……」
「位相をずらす……?」
隣でホリイの手伝いをしていたレナが聞き返した。
「せや。あの怪獣を一瞬だけ別の位相にずらす。簡単に言えば異次元や。それで怪獣の部分を『どこにでもいて、どこにでもいない』状態にするんや。そうすれば『こっち側』に人間の部分だけが残る……」
「そんなこと、可能なの?」
「分からん……。ただ実験室レベルでは、これに近い現象を実際に扱った論文があったはずなんやけど…………あった!! これや!!」
それは城南大学の研究室で纏められた論文だった。多くは理論だけが先行した仮説レベルであったが、実験室レベルでは成功が確認されている。
「位相は……、そうかこれだけずらせば……。全く、これを考えた奴は天才やで……」
「ど、どうなの? いけそうなの?」
「希望は見えた。キリエロイド戦で使うたマイクロウェーブ波発生装置を基盤にすれば、いけるはずや」
特殊な電磁波を特定周波数に合わせた上で怪獣に投射し、一時的に怪獣の位相を今の状態からずらす。そうすることで、ぎりぎりまだ取り込まれていないクルーたちの身体を分離させる。
「ただ、クルーと怪獣の成分を明確にしておきたいんや。そのためにはクルーたちの意識にどうにかして呼び掛けて、脳波を観測したいんやけど……」
恐らくは眠った状態に近い彼らの精神をどうやって励起させるか。悩むホリイだが、そこに「それなら考えがある」とシンジョウから通信が入る。
「奴が取り込んだジュピター3号の通信設備はまだ生きてる。ならそこにクルーたちの家族の映像を送りつけるんだ」
「なんやて?」
「アストロノーツはな、何にもない孤独な宇宙空間で、地球に残してきた家族を思わずにはいられないんだ。……ジュピター3号のクルーたちも、それは絶対に」
「よっしゃ。元アストロノーツのお言葉や、信じるに値するで」
そして作戦は決まった。
彼らを、怪獣から取り戻す。GUTSの前人未到の挑戦が始まる。
※
ジュピター3号のクルーたち、その家族たちから集められた写真や映像記録をヤズミがデータへと変換していく。
「頼むぞ~……」
そう独り言ちて、ヤズミはエンターキーを叩いた。
リガトロンと化したジュピター3号へと送信されたのは、総数1000を超える写真と動画。クルーたちとその家族の思い出の数々。
「お願い……」
「頼むよ、思い出してくれ」
「負けないで!!」
祈るように組んだ指に力を籠める。一人、宙を越えて帰ってきた箱舟の長を父に持つ彼女は、歩みを止めない怪獣を前に天に呟いた。
「───お願いします。もう一度、父さんと逢わせてください」
電子に変換された彼らの思い出は、怪獣へと──否、その中の彼らに送られる。
「見て、怪獣が……」
作戦室で、イルマが立ち上がった。
「止まった……!!」
TPCとGUTSの攻撃を寄せ付けなかった怪獣。その足が止まり、そして頭を抱えるように苦しみだす。
「グオオオオオオオオッッッ」
咆哮。それは怪獣のものか、彼らのものか。
「奴の足が止まった。狙うなら」
「今や!!」
ムナカタが冷静に指示を出し、眼に強い光りを点したホリイが叫んだ。
飛び出したのはWING1。予備として配備されていた2機目のそれを駆るのは、勿論GUTS最高のパイロット、ヤナセ・レナだ。
苦しみながらもデタラメに光球を吐き出すリガトロンの猛攻を躱しながら、彼女はマイクロウェーブ波の射程圏内に踏み込んでいく。
今回の作戦の成否を握る特殊兵装。そのスイッチを押し込む。
「───パイロットウェーブ、発射!!」
それはとある世界線において、とある不確定存在である怪獣に用いられたものと同一の名称をもつ。それでいて、得られる効果はその逆。一時的に対象を不確定存在へと変換する。
リガトロンの身体が点滅し、その輪郭がぼやけていく。
「あそこだっ!!」
怪獣から分離した3人のクルーたちが空へと投げ出されていく。慌てたように地上のTPC工作員たちが彼らを受け止めるべく動き出す。
そこに滑り込ませるようにやってきたのは、宙から舞い戻った光の巨人。
巨人の手が、3人を優しく包み込み、そしてそっと大地へと下ろした。
「ありがとう、ウルトラマン……」
朦朧とした意識で、それでもそう声を出したエザキ博士。彼は頷いて、そして視線を切った。
パイロットウェーブの効果が切れ、再び確定存在へと戻ったリガトロンへと向き直る。
胸のカラータイマーがタイムリミットを知らせる中、オルタナティブ・ティガは静かに拳を握った。
※
大地を蹴った。
ぐんっと動く視界の中で、目の前の怪獣だけを見据えて振りかぶる。
拳が怪獣を叩く。だが、その身体はびくともしない。
それも当然だ。ティガ原作において、この怪獣はパワータイプの膂力さえ意に介さない頑強さを備えていた。原作では最終的に、ジュピター3号のクルーたちに呼びかけることでリガトロンの動きを封じ、デラシウム光流で仕留めた。
だがGUTSの尽力によってクルーたちとリガトロンが分離した今、この手はもう使えない。そして俺にはティガパワータイプほどの破壊力もない。
右手に光の剣を造り出す。刺突の構え。
イメージは鎧通し。ジュピター3号の外装で構成された硬い体表の隙間を狙い穿つ。
「ゼアッ!!」
最短の距離、最小の動き、そして腐ってもウルトラマンの膂力で放たれた点の一撃は、確かにリガトロンを貫いた。
だが、
──装甲の隙間が、そもそも致命に届かない位置にしかない……。
怪獣もまた生物であるならば、その急所は頭や心臓など身体部の中心線にあるだろう。だが、そこにはしっかりと硬い外表で包まれている。
装甲の継ぎ目にあるのは腕や足など、ダメージこそあれ致命傷には至らない場所しかない。そこを狙っても一撃必殺とはならない。
──手足を狙えば確かなダメージとなるが、その戦法は確実に長期戦になる。
胸のカラータイマーが、焦らせるように赤く点滅する。
ならば、手足を切り飛ばすか。だが装甲の隙間を通し、尚且つ突くのではなく斬るというのなら、それは格段に難易度が高くなる。
逡巡が手を鈍らせる。そしてその隙を見逃すほど、目の前の怪獣は甘い存在ではない。
死神がごとき両手の鎌に捉えられる。
切り裂かれた胸から出血のように火花が飛び散った。不味いな、こっちの方が先にダウンしちまう……!!
月での戦闘も、明らかに影響している。こんなに変身状態を維持しているのは、今までにない。
膝をつく。見上げた先に、鎌を振りあげたリガトロンが嗤った気がした。
──まず、
覚悟した一撃は、しかし届かない。
光の矢が、奴の手を止めた。
「シュワッ!!」
窮地を救ってくれたのは、赤と紫のラインを体に奔らせた大いなる戦士。
ウルトラマンティガが並び立つように、そこに立っていた。
※
走っていた。
息が切れる。整えることも忘れて、マドカ・ダイゴは駆けだしていた。
「間に合えっ、間に合えっ」
近隣住民と入院患者たちの避難を完了させた彼は、避難の最中も耳につけた通信機越しに同僚たちの会話を聞き及んでいた。
イルマが、ムナカタが、シンジョウが、ホリイが、レナが、ヤズミが、それぞれがそれぞれの出来る最大限を発揮しながら、失われかけた命のために戦っていた。
そしてクルーたちの家族の願いを、改めて思い知った。
──つまんないことで悩んでいる暇はなかった!!
自分のことしか考えられないことが人の闇ならば、今誰かのために奮闘している彼らは人の光だ。
人には醜い部分もあるだろう。だが、それを補って有り余るくらい美しいところだって確かにあるのだ。
──人の光を、守りたい。
綺麗な物は確かにある。それは誰の胸にだって、必ず。それを慈しみ、守るのが、この身に余る力を受け継いだ己に託された願いではないのか。
胸の光が、今度こそ輝いた。
スパークレンスを掲げ、青年は巨人となる。奮闘する、もう一人の巨人を今度は自分が助けるために。
※
二人の巨人が並び立った。
お互いに頷き合い、目の前の怪獣へと向き直る。
オルタナティブ・ティガは月から連戦であり、ティガもまた短時間での二度目の変身である。お互いに時間はない。
ティガはパワータイプへとタイプチェンジし、オルタナティブ・ティガと共に駆けだした。
難攻不落の要塞のようなリガトロン相手に、二人がかりで攻め入る。
膂力に劣るオルタナティブ・ティガが牽制を熟し、ティガがパワータイプとなって一撃を狙う。
ティガの拳がリガトロンを押し返す。反撃に出るリガトロンの攻撃の出鼻にオルタナティブ・ティガがゼペリオン・スピアを合わせることで妨害する。
両手の鎌を防がれたリガトロンは距離を取って光線技を打とうとする。
──させるか!!
オルタナティブ・ティガが足を狙って剣を振り、動きを阻害。すかさずティガがアッパーパンチで顎をかち上げる。
よろめくリガトロン。がら空きとなった腹目掛けて、ティガとオルタナティブ・ティガ両者がハイキックを同じタイミングで突き刺した。
吹き飛ばされた怪獣は、ダウン状態となって体力を大きく落とした。
決めるならば、今。
オルタナティブ・ティガが両腕をL字に組み、ティガは右手に光球を宿して振りかぶった。
ゼペリオン光線とデラシウム光流がリガトロンに着弾し、一瞬の静寂の後、耐え切れなくなって爆発した。
宇宙より訪れた、丸い人類の敵対者とのファーストマッチは、二人の光の巨人の活躍によって締めくくられたのだった。
※
それから数日が経過した。
TPC関連の病院にて、ようやくジュピター3号クルー最後のメンバーが目を覚ましていた。
「やはり、覚えてはいませんか」
GUTSを代表して、隊長のイルマと科学者であるホリイが目覚めたエザキのもとを訪れていた。
イルマの問いに、困ったようにエザキは笑った。
「申し訳ない。どうにも木星の近辺に辿り着いたあたりから記憶がおぼろげでして……」
心配したように「大丈夫なの?」と手を握る娘に「記憶以外は大丈夫だ」と告げて、エザキはイルマとの会話を続けた。
「他のメンバーも?」
「ええ。先に意識を取り戻した二人も、木星到着以降の記憶を失っておりました。ジュピター3号の破片に残された記録も、修復不可能なまでに破壊されており……」
「そう、ですか」
エザキは目を伏せた。
「私たちは、一体何のために木星くんだりまで行ったのか……」
イルマは何と言っていったらいいか分からずに、目を逸らした。あまりにも不本意なかたちで夢破れた彼に掛ける言葉は無かった。
落ちた沈黙の場で、口を開いたのはホリイだった。
「行ったことに、意味があるんやと思います。人類の生存圏を広げる最初の一歩に代わりはありまへん」
「そうか……。ああ、そうかもしれないな」
「そうだよ、お父さん。……こうして無事に帰ってきてくれた。それだけで」
娘の涙ぐんだ表情を見て、エザキ博士はこの日初めて表情を緩めた。
「ああ……。……そう言えば、まだ言っていなかったな」
ポンと、娘の頭に手をやって応えた。
「ただいま、ミチル。……そして、ただいま、地球……だな」
「うんっ。お帰りっ」
※
あとは家族だけの時間だろう。早々にイルマとホリイは病室を退室した。
「あの球体生物……スフィアは、恐らく」
イルマは頷いた。
「ええ。ジュピター3号が木星で回収した何か、それを狙っていた……」
それが何だったのかまでは分からない。ただスフィアはクルーたちから記憶まで奪うという徹底ぶりだった。彼らにとって著しく都合の悪いものであったことは間違いない。
「月でも、怪獣が暴れた跡地から未知の人工物らしき建築物が見つかった報告が挙がっているし、まだまだ宇宙は人間にとっては広いのね」
「希望もあります。ヘリウム3の持続的な生産の目途もようやく立ちましたし、月面の鉱石にエネルギー利用の可能性がある新種も見つかりました。……それだけやない。人だって、育ってきてる」
「今回参考にした論文のことね? 確か、著者はまだ高校生だとか」
「ええ。……末恐ろしい話ですわ。しかも日本人」
ホリイは若干興奮を隠せない様子だった。
「世界中で、若い──若すぎるといってもいい才能が続々と目覚めつつある。この世代を世間は『アルケミースターズ』なんて持ち上げてますけど、実際持ち上げられるだけの才覚と可能性がある……。今回の一件で、思い知らされましたわ」
「……まだ、途方に暮れるには早すぎる。そういうわけね」
イルマは頷いた。
二人は足取りも確かに、GUTS本部へと戻っていった。
※
同時刻。夜闇広がる裏路地にて。
ふらふらと飛ぶ青い火の玉があった。今にも力尽きそうになりながらも、どうにか光の巨人の目を盗んで逃走してきたスフィアの欠片だ。
「あらあら。いいもの持ってるわねぇ」
鞭が振るわれた。
ただの一振りで、瀕死だったスフィアは力尽く。そして吸収していたモノを吐き出して光になって消滅した。
鞭振るう女に付き従っていた巨漢の男がソレをつまんで首を傾げた。
「おおん? 何だ、これぇ。『人形』か?」
「ええ。『人形』よ。とびっきり最高な、ね」
情に狂う女は、やはり暗がりで笑った。
「ふふふ。あのバカが勝手したときは縊り殺してやろうと思ったけれど。これはいい方向に転んでくれたわ」
そう言い、女は手で『人形』を弄びながら、心底楽しそうに唇を弓なりにした。