ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
『地球にあんな怪獣がいるなど予定外にもほどがある……』
クリッターの集合体──ガゾートに襲われて不時着した宇宙船。それに搭乗していたのは異形の宇宙人だった。
悪質宇宙人レギュラン星人。
銀色と赤紫の体色と、形容しがたい体型の地球外生命体である。
『クソ。スペースバルケッタもこれではもう使い物にならない……。踏んだり蹴ったりだ……』
彼らレギュラン星人の目的はステーションデルタの破壊と地球侵略だった。だが、母船は不具合から制御不能となってステーションデルタに撃墜され、そして大破した。
小型宇宙船スペースバルケッタに搭乗していたのは、その生き残り。母船の身内を悉く見捨てて自身の生存を優先することでここまで辿り着いた、卑劣な宇宙人だった。
それでも、いや、それゆえに彼はもう止まることは出来なかった。身内の死さえ利用して、『侵略』に『復讐』というもっともらしい看板を重ねがけした。
ステーションデルタからTPCに出頭するために飛び立った小型船を襲い、乗組員を人質にする作戦は途中まで上手くいっていた。だが、偶然に近くにいたガゾートによってそれもめちゃくちゃにされてしまった。
『クソ。クソっ。クソっ!! これだけの犠牲をだしてこの程度の惑星一つ侵略できないとなれば、私の評価はどうなる……。本星のヅウォーカァに知られたらどうなることか……』
ひとり途方に暮れる異形の宇宙人に、しかし差し伸べられる手があった。
「あらあら。それは同情してしまう話だわ」
静かに笑った女は、手にしたそれをこれ見よがしに振って見せた。
『そ、それは……!!』
「あら。流石は宇宙人。これが何か、見ただけで分かるのねぇ」
彼女の右手にあるもの。それは、おもちゃ売り場にでもありそうな、子供たちが握っているのが相応しいであろう『怪獣の人形』。
彼女の左手にあるもの。それは、永遠を求むる暗黒の銀河を内包する黒のデヴァイス。そのレプリカ。
異形の宇宙人と、麗しき乙女。より異質、より危険なのはどちらか。
「欲しいでしょ?」
暗闇に浮かぶ三日月。歪に引き上げられた女の唇を見て、柄にもなくレギュラン星人はそんな表現を脳裏に浮かべた。
もはや、彼に選択の余地はなく。
空の彼方から訪れた侵略者は、海底より目覚めた闇の手を取った。
否。
闇に手を取られた。
※
ステーションデルタの作業員を載せた小型船の墜落は、どうやらGUTSもすでに知るところだったらしい。
シャドーを降りた俺がそこに辿り着いたころには、すでにステーションデルタから地球に降り立ったヤナセ技官と、その娘サカキ・レナが再会を果たしていた。
「お父さん……」
「レナ、か……」
ヤナセ技官とサカキ・レナは親子関係にあるが、二人が最後に会ったのはもう十数年も前になる。レナが幼いころに両親が離婚して以来だった。原作7話では、この二人の親子関係に焦点をあてた物語が展開されていく。
だが既に、原作のあらすじ通りとはいかないようだ。
「ま、まあまあ!! 二人にいろいろあったのは知っているけれども、今はほら。横に置いておいてさ」
重たい雰囲気に一人置き去りにされていたヤナセ技官の同僚、アサミヤ技官が耐えられなくなって二人の間に割り込んだ。
このアサミヤ技官は、原作ではヤナセ技官とレナ隊員の再会前にレギュラン星人に殺されてしまう。だが、彼は幸いにもまだ生きているようだ。
「それは、そうですね……」
「あ、ああ」
ぎこちなく親子が頷いた。彼らはその後、小型艇が既に再起不能であることを確認すると、レナを先頭に樹海を出ることにしたらしい。
「──ということだ」
木の上でじっと息を潜めていた俺は、彼ら3人の一部始終をイルマに通信機で伝えていた。
『了解したわ。……まったく、レナったら』
イルマは深く溜め息を吐いた。レナはやはり原作同様、勝手にここまで飛び出してきたようだ。
『レナの方には、ダイゴ隊員とシンジョウ隊員が既に応援に向かったわ。ステーションデルタの二人を救助した後は、彼らを襲った身元不明機の捜索に当たらせるつもり』
「そうか。……クリッターについては?」
『ホリイ隊員とムナカタリーダーがミズノ博士と共に調査に向かってるけれど……』
GUTSは実働班を二つに分けて事に当たっているらしい。
『空飛ぶ怪獣に、宇宙人。正直、手が足りないわね』
「レギュラン星人はこっちでも警戒しておく。ホリイ隊員とミズノ博士には、期待するなって伝えておいてくれ」
『レギュラン星人、ね……。それが今回の身元不明機の正体ってわけね。それにクリッターについてもその調子だと何か知っている……』
不味い。思わず口が滑った。
『どうやってそれを知ったのかは、今は聞かないでおいてあげるわ』
「ありがたいね」
通信機越しでは、俺の苦笑いも見えてはいないだろう。
『まったく。いい加減その秘密主義もどうにかしてほしいのだけど』
イルマの溜め息がまた一つ追加された。確かに、彼女と幸いにも協力関係が築けたのだから、ある程度は情報を開示してもいいのかもしれない。
だが、この世界の未来に起こり得る事象の情報ともなれば、その価値は計り知れない。値千金の情報を得るということは、すなわち狙われる可能性も高くなるということだ。
それに、俺とイルマではスタンスが異なる。俺は人類を性悪説に従って見限っている節があるが、イルマは性善説に沿って人類に希望を見ている。俺も彼女も人々を救いたいという思いこそ一緒だが、そこには大きな隔たりがある。加えてイルマにはGUTS隊長という立場もある。イルマを信頼していないというわけではないが、本来なら彼女は俺をTPC本部に通報すべき立場にいるのを忘れてはいけない。
そう考えると、情報を明かすにしても、全てとはいかない。時間をかけて開示する情報は取捨選択する必要があるだろう。
「今度時間ができた時に、改めて情報共有をしよう。それでいいか?」
『今度っていつ? 男の人の『今度』って信用できないのよ」
「い、いや。そう言われても。実際、次から次へと事件が起きててお互い休む暇がないだろ?」
『GUTS隊長相手に忙しいを言い訳に出来ると思う? 言っては悪いけど、貴方今、プー太郎だって自覚あるかしら』
「お、俺だっていろいろしてるんだぞ。これでも……」
『そのいろいろを教えてほしいのよ、こっちは』
ダメだ、勝てない……。
このまま説教コースか、と身構えた俺だったが、胸のスパークレンスが僅かに震えたのを感じた。
『……どうしたの?』
「何か動きがあったらしい。想定外の、な」
待って、と止めるイルマの声を無視して通信を切る。
背後から近づく足音。イルマとの通信に気を削がれていたとはいえ、ここまで近づかれて気付かなかったとくれば、よほどの身のこなしであろう。
「女と電話中に悪いなァ。ハハハ、別に切らなくてもいいんだぜ? 俺のことも是非紹介してくれよ?」
声の主は、酷薄な性情が滲み出る、凶相を浮かべる痩身の男。
「ヒュドラ……!!」
「自己紹介はいらねぇみたいだな」
キヒヒ、と蛇のように男は嗤った。
※
ダイゴ、シンジョウと合流したレナら3人は、彼らの先導で森をもうすぐ抜けるところだった。
「イルマ隊長が怒ってたよ? 帰ったら始末書だって」
「……分かってるわよ」
むっすりとした表情のレナに、ダイゴはバレないように息を吐いた。いつもどこか気難しいところのある彼女だが、今日はいつにも増して機嫌が悪い。
「やめとけやめとけ。女がこういう時は、何言っても機嫌が良くなったりしねぇって」
妹もこういうときはあった、と経験者のように小声でシンジョウが語る。
「聞こえてるんですが?」
「は、ははは」
バツが悪くなってシンジョウは口をつぐんだ。
そんな彼ら3人のやり取りに、ヤナセ技官が思わずと言ったように噴き出した。
「ふ、ふふ。君たちは面白いな」
「お、面白い、ですか……?」
当惑するダイゴに、ヤナセ技官は頷いて続けた。
「……レナとは、小学生に上がるかどうかってころ以来会っていなくてね」
「小学2年のころね。覚えてないんだ?」
あくまで攻撃的なレナの言葉だったが、ヤナセ技官は「ああ、そうだった」と苦笑するだけにとどめた。
「レナが同僚と親し気に話しているところなんて、初めて見たからね」
「同僚どころか、友達と喋ったところも見たことないでしょ」
「それはそうだけどね」
相変わらずピリピリしているレナとヤナセ技官のやり取りに、ダイゴは目を白黒するばかりだった。デリケートな親子関係に首を突っ込めるほどダイゴは面の皮が厚くない。
助けを求めるようにシンジョウに視線をやるが、彼はアサミヤ技官と話していてこちらを見ようとしない。逃げたな。
「GUTSのパイロットになったと聞いて心配していたんだが……君のような同僚たちがいるのなら安心だな」
「黙って歩いてよ、もう」
一人、ずんずんと歩を進めるレナだが、彼女も内心では久々の父との再会で嬉しいのだろう。経緯が経緯なだけに、素直になれないだけで。
どうにも素直になれない彼女のために、ダイゴはお節介と分かったうえで口を挟むことにした。
「もうすぐ森を抜けます。本部に戻ったら、ちゃんと二人で話したらいいと思います。……レナも、いいよね?」
「私は、別に話すことなんて」
「心配して飛び出してきたのはレナだろう? 怒るにしろぶん殴るにせよ、生きている内じゃないとできないんだから」
「そんなの」
分かっている、と言いかけてレナは言葉を放つのを辞めた。ダイゴの両親がすでに他界していることを思い出したからだ。
レナは仕方なく、ダイゴに背を向けたまま「分かったわよ」と答えた。
「ありがとう」
「いえ、出過ぎたことを言いました」
親子の仲を取り持ったダイゴはほっと一安心したが、そこで今回の話は終わらなかった。
「っ!! 誰だ!!」
最後尾を歩いていたシンジョウが背後に向かって銃を向けた。
木陰により現れたのは、銀と赤紫の体色をした異形の生物。
「あの宇宙船に乗っていた宇宙人か……?」
シンジョウの推測は、ダイゴからしても的外れではないように思えた。姿こそ異形だが、手足があり、2足歩行を前提とした体のつくりをしている。宇宙人とみて間違いないだろう。
「わた、私は、ネメシス星雲第4惑、星レギュラン星よりきたたたた」
言葉を介する宇宙人。だが、どうにも様子がおかしい。
「キタたたたタタ。おま、オマエタチにフクシュウカゾカゾカゾカゾカゾカゾ、ク」
「何だコイツ……。おかしくなっていやがるのか……?」
壊れたレコードを思わせる口ぶりの宇宙人が、唐突に右手をこちらに向けた。
「フクシュ、チガ、シンリャリャリャリャ」
念働力が彼らを襲う。
「うわっ」
シンジョウがアサミヤ技官を、レナがヤナセ技官を庇う。ダイゴは一人、GUTSハイパーを片手に前に躍り出た。
「やめろっ!!」
威嚇射撃で足もとに打ち込むが、怯んだ様子が一切ない。恐らく、この宇宙人はもう正気ではないのだと、ダイゴは判断した。
続いてシンジョウが発砲。今度は威嚇射撃ではなく、本体を直接狙う。パラライザーカートリッジを装填して放たれた一撃が本体に直撃する。火花が散って、星人の身体が傾いだ。
だが直後に、今度は左手を突き出す。
「嘘だろ!? 何で動けるんだ!?」
連続して放たれる光弾を避けながら、シンジョウが叫ぶ。パラライザーは大型怪獣の神経にも作用して僅かながらでもその動きを止めることができる。人と同じ大きさの宇宙人であれば、麻痺成分が足りないということは無いだろう。
よく見れば、宇宙人の身体は確かに弛緩している。麻痺が効いている証拠だ。
では、何故動けているのか。
「あの宇宙人の周りに、黒い闇が……」
レナが真っ先に気付いた。星人の身体を、周囲の闇が動かしているのだ。
パラライザーが効かない敵。こちらは戦闘に慣れていない人員が2名。庇いながらこの状況から脱することは出来るのか。
状況は、彼らを待ってはくれない。星人の影より、更なるアンノウンが姿を現した。
「女の人……?」
古めかしいローブをはためかせた、美しい妖艶な女。街角で見れば多くの人が振り向くだろう美貌を携えた、この場には不釣り合いな外見だった。
「あんた、ここは危ない!! すぐに避難するんだ!!」
シンジョウは彼女を偶然居合わせた民間人と考えたらしい。GUTSハイパーの銃口を下げて、手を伸ばした。
呼応して、女が手を伸ばした。だが、その突き出し方は差し出された手を取るような仕草ではない。相手を拒絶するような、手のひらをこちらに突き出したような……。
「危ないっ!!」
ダイゴの言葉は間に合わなかった。女の掌より発せられた黒い波動が、アサミヤ技官ごとシンジョウを吹き飛ばした。
「グァ!?」
「うぐぅ!?」
シンジョウ、アサミヤ技官はそのまま10メートルほど吹き飛ばされ、木に打ち付けられた。
ぐったりとした二人。死んではいないだろうが、気を失って動くことはしばらく出来そうにない。
「ふふふ」
陶然とした笑みを浮かべて、女は口を開いた。
「こんにちは。マドカ・ダイゴ」
「僕を、知っているのか……」
目の前の女は、先ほどシンジョウたちを吹き飛ばしたことをすっかり忘れているのではないかと思わせるような、柔らかい言葉で続けた。
「知っているわ。貴方が知っているよりもずっと、貴方のことを知っている。ずっとずっとね」
「何を……」
理解できない言葉を吐く目の前の女に、ダイゴは警戒度を上げる。
「今日は、本当は会うつもりはなかったの。でもこれを拾いに来たら、たまたま貴方が近くにいるのを感じてね。我慢できなくなっちゃった」
これと、宇宙人を指さした。どうやら目の前の宇宙人は、この女の支配下にあるらしいとダイゴは推理する。
正体不明ながら、危険な存在であることは違いない。警戒心をあらわにするダイゴだが、一方のローブの女の方はそれを意にも介さない。
するりと近寄り、冷たい手をダイゴの顔に添えた。
「……ああ。やはり貴方は生まれ変わりなのよ。瞳が、良く似ている」
穏やかな表情でダイゴを見つめる謎の女。動けないダイゴに代わり、レナがGUTSハイパーの撃鉄を引いた。
「離れて!!」
ローブの女は、溜め息を一つ。そしてダイゴの傍からそっと離れ、今度はレナの方に向き直った。
「感動の再会に水を差さないでほしいわ。本当に、空気の読めない間女ね」
「ま、間女!?」
「私は、浮気を許さない狭量な女ではないわ。でも遊びの関係までにしてほしいわねぇ。ダイゴ、女はよく見て選びなさい」
「なんですって!?」
「あら怖い。ほうら、よく見なさいダイゴ。あの女、絶対重たい女よ? おまけに強情で頑固。遊ぶ相手としては不適格ね」
「言わせておけば!!」
腹に据えかねたレナがさらに発砲。とはいえ足もとに打ち込むだけ、人間を撃つことを躊躇う冷静さはあったようだ。だが、この女相手にその躊躇は余計なものであったが。
「静かにしてなさい」
衝撃波がレナを襲う。だが、
「危ない!!」
ヤナセ技官が身を挺して、レナを守った。彼は吹き飛ばされて気絶した。
「父さんっ!!」
レナが悲痛に叫んだ。
「……ちっ。あ~あ、何だか興が冷めちゃった」
ローブの女は舌打ちを一つ鳴らしたが、次の瞬間には先ほどまでの冷然な雰囲気は既にない。
「はあ。ま、いいわ。今日は帰ります」
そして指を一振り。闇が蠢き、ダイゴ以外を包み込んだ。
「う、ぐっ。何……!?」
レナが苦し気に呻き、そして気絶した。
「何をした!?」
「私と逢った記憶を奪っただけよ」
伸びをして、女は続けた。
「あまり私のことを知られても困るのよねぇ。動きにくくなるし。……私のこと喋っちゃだめよ? 今度は、記憶を消すだけじゃ済まさないわ」
そのまま身を翻して去ろうとする彼女。「待て!!」とダイゴがそれを止めるべく動くが、目の前の星人に行く手を阻まれた。
「シンリャクククククク」
「それじゃあね。愛しているわ、ダイゴ」
言うだけ言ってローブの女は消えた。
そして残ったのは、正気を逸した宇宙人が1体。
星人が、いつのまにか手にしていたのは『怪獣の人形』。そしてもう片方の手には、黒いデヴァイスが握られていた。ダイゴは直感的に、それが自身のもつスパークレンスに似たものであることを感じ取った。
星人が、光に包まれる。
巨大化し、姿かたちさえ変わり果てた。
星人が変貌を遂げた怪獣が、産声にも似た咆哮を上げた。