ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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#32

「そう。皆、意識が戻ったのね」

 

 深夜のGUTS作戦室で、イルマは一人その報告を受け取っていた。

 

 ステーションデルタから地球へ帰還する途中に謎の宇宙人の襲撃によって意識を失っていたヤナセ技官ら4名が、夜の内に意識を取り戻したらしい。

 

 ダイゴの報告では、彼ら4人は宇宙人の念働力によって意識を奪われたものの、ティガによって救出されたという。もしもティガが彼らに気付かなかったならば、今頃は怪獣に踏みつぶされていただろう。

 

 安堵の気持ちが一番に沸くが、GUTS隊長としては、護衛対象ごと気絶させられてしまった二人を叱らねばならない。特にレナは独断専行した件と合わせて厳重注意だ。始末書を書いてもらわねばならない。

 

 個人的な感情と、隊長という立場の乖離にイルマは頭を痛める。

 

 頭が痛いのは、それだけではない。今回の件を報告に来たダイゴも、どうも様子が変だった。宇宙人相手に仲間や護衛対象を守れなかったから落ち込んでいるのか、とも思ったが、どうもそういう感じではないような気もする。

 

 隊員一人一人に寄り添いたいと、イルマは常々思ってはいるのだが、同時に彼らは既に立派な大人でもある。安易に、繊細な部分に踏み込むのも気が引ける。

 

 その点、ホリイは分かりやすくて良かった。

 

 クリッターの一件で一通り落ち込んでいた彼だったが、食堂で彼を見かけた際には、既に気持ちを切り替えていた。

 

『今回はどうにもなりませんでしたけど、僕は諦めませんよ。怪獣と言えど同じこの星の生き物なんです。コミュニケーションさえ取れれば、争わずに済むかもしれんのです。……夢物語かもしれないですけど、でも空想するいうんが素敵なことやって、僕はミズノ博士に教わりましたから』

 

 彼はそう言って、たこ焼きをほおばっていた。

 

 彼の、いい意味での図太さというのはGUTSというチームの精神的な支えになっている。今回の件でへこんでいる隊員たちにも、いいきっかけになればいいが。

 

「彼らは自分の力で困難を克服できる。今は信じましょう」

 

 それよりも、とイルマはデータベースを開いた。

 

 ガゾートに関する顛末は、既にヤズミが簡潔な報告書を作成してくれていた。もう一方の宇宙人に関しては、科学技術局の報告待ちということもあって書きかけの状態だった。それでも、十分読むに耐えられるあたり、ヤズミの有能さがうかがえる。

 

「レギュラン星人に、ゴモラ……」

 

 ティガによってゴモラが倒された後、現場にはゴモラに変身した宇宙人──レギュラン星人の死体とゴモラの人形が残されていた。

 

 レギュラン星人の死体の方は、TPCによって回収されたものの、輸送途中に死体が崩壊したらしく、科学的な分析は難しいということだった。

 

 これについては、敵対的だったとはいえ知的生命体を無許可で解剖するのはどうなのか、というセンシティブな議論に発展しかけていたため、むしろこれで良かったのかもしれない。どちらにせよ、死体が崩壊した原因については究明する必要があると思われるが。

 

 問題は、現場で発見されたゴモラの人形の方だ。

 

 TPCによりこちらも回収され、同じく科学技術局に引き渡された人形は、現在のところ『ただのおもちゃ』と結論付けるほかないらしい。

 

 ただ、ダイゴが、その人形を使ってレギュラン星人がゴモラへと変身したのを目撃しているため、結論を急がずに引き続いての調査、研究が計画されている。ダイゴ曰く、もう一つ怪獣の人形と共に使用された黒いデヴァイスもあった、ということで、そちらのほうも現在捜索中だ。

 

 今のところ、分かっているのはその程度。現場に残されたゴモラの人形は、添付されている写真を見る限り、おもちゃ売り場で売られているようなものと変わらない外見をしている。

 

「現在の人類の科学力では、見分けがつかないというのかしら……」

 

 もし、この『人形』が特別なものだとして。

 現在の人類の科学力では、『特別な人形』とただのおもちゃの人形が、区別できないだけだというのなら。

 

「子供たちが持つ人形の中に『特別な人形』が混じっていたりして。……なんて、ね」

 

 自分の中に降ってわいた妄想を、首を振って誤魔化した。もしもそうだったなら、恐怖以外の何物でもない。だって、この世界に怪獣を模した人形何て、どれくらいあるというのだ。

 

 イルマはたちの悪い自分の妄想を、とりあえず置いておくことにした。そしてまだ書きかけのレポートに目を通していく。

 

「ゴモラの推定スペックに、体重まで……。ヤズミ隊員は本当にこういうの得意ね」

 

 感心するイルマは、そのまま報告書を読み進めていく。今回の件でのGUTSやTPCの対応、そしてマスコミの反応まで記されている。中には、耳に痛いことも忌憚なく書かれているが、流石に表現が良くない。後で直しておこう……。

 

「……こんなことまでまとめたのね」

 

 今回出現したゴモラと、特撮作品上の『ゴモラ』の相似点についての考察だった。インターネット掲示板から出典のものもあり、公式に残すようなものでもない。恐らくはヤズミの趣味によるものだろう。

 

 確かに、あまりに見た目が一致していたため、TPC本部も深く考えずに、そのまま『ゴモラ』と呼称してしまった。それが後押ししてしまったのか、現在ネット上の掲示板では、ツブラヤ製作所の創始者ツブラヤ・エンジに関して、『預言者説』や『未来人説』といったトンデモ論が過熱しているらしい。

 

「流石に、馬鹿馬鹿しいわね……」

 

 こういうのはすごい勢いで過熱していくもので、あることないこと書かれて行って、尾ひれはひれがついていくものだ。真面目にとらえても何もいいことは無い。無いが……。

 

「何だか疲れてるわね……。久々に現場に出たからかしら」

 

 イルマは、眉間によった皺をほぐすように揉んだ。疲れているからか、どうにも思考がついつい良くない方向に流れていっているように思える。

 

 もう夜も深い。これ以上は明日の勤務に差し支えるだろう。

 

「まったく。電話の一つくらい、寄越してもいいと思うのだけど……」

 

 最後にそう呟いて、イルマは作戦室を後にした。

 

 と席を立った直後にかかってきた電話に、慌てて飛びつくイルマだった。

 

 

 TPC関連病院の一室にて、とある親子が、思い出の口紅を片手にようやくお互いの想いを伝えあっていたころ。

 

 病院の中庭に、一人の青年がベンチに腰かけていた。

 

「隣、いいかな」

 

 驚く彼の返事を待たずに、俺はそこに腰を下ろした。

 

「意識を失っていた彼らは、もう目が覚めたみたいだな」

 

「え、ええ。先ほど最後の一人が目を覚ましたところです」

 

 戸惑いながらも、マドカ・ダイゴは俺の問いに答えた。良かった良かった。原作では失われたはずだった命を一つ、また救えたのか。

 

「それでダイゴ君は、どうしてここに一人で?」

 

「レナとお父さんの、親子水入らずな時間ですから。空気を読んで、外に」

 

 そうか、と俺は頷いた。マドカ・ダイゴの両親は、すでに他界されている。親子関係というのは、彼にとって大切なモノに映るのだろう。

 

「……ええと。ミウラさんは、大丈夫ですか? 随分ボロボロですけど」

 

「ああ。まあ、派手にやられたけど、見た目ほどじゃない」

 

 ガゾートとの戦いの後、キリノに手伝ってもらって応急処置は済ませていた。俺はその手の訓練を受けたことはあるが、キリノは素人だ。手際がいいとはいえず、俺の頬に貼られたガーゼなんかも、随分と大げさに見える。

 

「ちょっと肋骨を4、5本折っただけだから」

 

「それ普通に重症じゃないですか……」

 

「そうでもないさ。僕たちのような存在にとってはね」

 

 ダイゴが、隣ではっと息をのんだ。

 

「光の戦士との順応が進んでいけば、人間の時にも、その力の恩恵に預かれるだろう。回復力なんかも向上するんだ」

 

「それは、僕も……?」

 

「さて、それはどうだろう。少なくとも、俺はそうだった」

 

 目の前の青年は、最後には人として生きることを選ぶだろう。ダイゴが望まないのなら、彼の中の光はその意志を汲むに違いない。

 

「まあ、今回はその話をしに来たんじゃないんだ」

 

 今回の目的は、彼への事情聴取だ。

 

「……君は、あの宇宙人──レギュラン星人がゴモラへと変身していたのを見たんだよな?」

 

「そ、そうですけど」

 

「レギュラン星人が変身に使ったのは、君たちが回収した怪獣の人形と、もう一つ」

 

「……僕たちが持つものと同じような、手に納まるくらいの、未知のデヴァイス」

 

 やはり、か。

 

 ダークスパーク、もしくはそのコピーであるダークダミースパーク。それがレギュラン星人が所持していたものだろう。

 

 ウルトラマンギンガにて登場した、ウルトラマンギンガと対を為す闇……ダークルギエルが所有するアイテム。それがダークスパークだ。

 

 その能力は、対象の時を止め、人形──スパークドールズへと変えてしまうという規格外なものだ。その力の前では、歴代のウルトラマンたちでさえ無力な人形へと変えられてしまった。

 

 そのダークスパークを模した劣化品が、ダークダミースパーク。コピー元のような対象の時を止める能力はないが、スパークドールズとなったウルトラマンや怪獣を読み込んで、変身することができる。

 

 レギュラン星人がそれを持っていた、ということは一つ大きな懸念が生まれる。

 

「ダイゴ君、そのレギュラン星人の近くに不審な影は無かったかい?」

 

「……そ、それは」

 

 ダイゴの歯切れが急に悪くなった。何か、迷うように視線を彷徨わせている。

 

 これが、イルマが言っていたやつか。

 

 この少し前に、イルマに今回の事件についてGUTSが掴んでいることを聞いてみたのだが、その時に「ダイゴの様子がおかしい」と漏らしていた。

 

 少し切り口を変えるか。

 

「この傷なんだが」

 

 そう言って、俺は頬のガーゼを指さした。

 

「それに肋骨の骨折も、ガゾートにやられて出来た奴じゃない。別の存在に襲われたんだ」

 

「別の、存在……?」

 

 ああ、と俺は頷いた。

 

「闇の巨人。俺たちと同様、古代の超戦士でありながら、闇へと堕ちたものたち」

 

 ダイゴが、驚いたようにして立ち上がった。

 

「僕らと同じ力を持った、闇の戦士……!?」

 

「その顔は、心当たりがあるって顔だな」

 

 核心をつくと、ダイゴは「ええ……」と力なく頷き、また腰を下ろした。

 

「レギュラン星人を操っている、謎の女がいました。……シンジョウ隊員やレナを気絶させたのも、本当はあの女の方なんです」

 

「それを、報告はしていない?」

 

「無暗に話せば、今度は気絶させるだけでは済まないと」

 

「そうか」

 

 自分自身に危害を加える、という脅しなら目の前の青年は屈しなかっただろう。だが、その周囲の人間にまで危害を加えると言われたら、この青年は拳を下げてしまうに違いない。彼にはよく効く脅しだ。

 

「あの女が、闇の巨人……?」

 

「カミーラ。それが奴の名前だ。……それに、闇の巨人はそいつだけじゃない」

 

「ほかにも……」

 

「カミーラのほかに、ヒュドラ、そしてダーラム。三人の闇の巨人が、君を狙っている」

 

 ダイゴが「どうして」と首を傾げた。

 

「……さてな。ただ平和を脅かしたいだけなら、もっと効率のいいやり方があるはずだ。だというのに、奴らはそうしようとはしていない。明らかに、君をつけ狙って行動している。それは覚えておいてほしい」

 

 今マドカ・ダイゴに、ティガがかつては闇の巨人であったことを話すことはしない。ウルトラマンとして歩き始めたばかりの彼では、その事実を持て余すだろうから。

 

 ともあれ、収穫はあった。

 

 レギュラン星人を操って、ゴモラに変身させたのはカミーラだ。そうなってくると、ダークダミースパークやスパークドールズの出どころが気になるところだが、今はまだ情報が足りないか。

 

「最悪の場合も想定しておかないとな……」

 

「最悪?」

 

 聞き返すダイゴに「こっちの話だ」と返す。この青年にも、そしてイルマにも、どこまで情報を開示するか、少し落ち着いて考えなくてはならない。

 

「うわっ……。もう、太陽が」

 

 空が白んできている。ビルに覆われた東京メトロポリスの地平線も、直に日が顔を出すだろう。

 

「また今日も、朝日を拝めたな」

 

 徹夜明けには、少々キツイ明るさだが。それでも、この光は俺たちが体を張って守り通したものだ。

 

「……また今日が始まる……。僕らが守った今日が……ってアレ!? ミウラさん?」

 

 あたりを見渡しているダイゴ青年を置いて、俺は病院を後にした。やるべきことは山積みだ。

 

 

 随分と手ごたえがなかった。

 

 つば付きの、背の高い帽子。持ち主の血に染まったそれを、大男は手で弄んだ。

 

「はぁ~ぁ。カミーラもヒュドラも、ズルいよなぁ。俺も、マイフレンドに会いに行きたかったなぁ」

 

 大柄な男は、ここにはいない二人の仲間を相手に愚痴を吐いた。そのまま、がしりと手掴みしたキャンディーを数十個単位で口に放り込んだ。

 

 バキリ。ボキリ。

 

 甘いには甘いが、いまいち腹持ちが悪い。現代の子供たちは、こんなものを喜ぶというのだから不思議だ。大男には、理解できなかった。

 

 チョコレートにウエハース、クッキーにケーキ。子供たちが喜ぶお菓子が、大男の手の届く範囲で、至る所にある。だが、甘いものより肉を好む大男には、ここにあるものでは満足できない。

 

 食欲も満たされず、闘争本能も満たされていない。大男は、ストレスが嫌いだった。

 

 暴れ足りない。身体の中で燃焼し切ってない暴力の衝動。やり場のないそれを、手近にあった『もの』を壊すことで慰めとする。

 

 バキリ、ボキリ。

 

 やはり、手ごたえはない。

 

 男が手折っていたのは、枯れ木のような怪物の腕だった。

 

 怪物の腕の持ち主は、醜い老婆だった。

 

 鼻は最初から折れ曲がった鉤鼻で、皺くちゃの顔は苦痛に歪んだまま固定されていた。老婆はもう息を引き取っている。

 

 異形のものと老婆の姿が混じり合った死体。恐らくは、怪物の姿に戻りきる前に殺されてしまったのだ。

 

「次元を渡る魔女、少しは楽しめると思ったんだが」

 

 殺されたものの名は、異次元人ギランボ。

 

 ハロウィンの夜に世界のどこかに現れては、子供たちを攫っていく、正真正銘の怪人である。

 

「ま、おつかいは済んだしいいか。これで、この家は俺たちのもんだ」

 

 次元を渡る魔女の家は、そうして闇の巨人たちの手に堕ちた。

 

 それを知る者は、彼ら以外にはまだいない。

 

 


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