ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
ビーストヒューマン。
それは、ウルトラマンネクサスにて、多くの視聴者にトラウマを与えたであろう怪獣である。
その見た目に、騙されてはいけない。彼らは、人のカタチこそ取ってはいるが、既にそれは人と呼べる存在ではない。
怪獣。もしくは、異生獣と称すべき人類の敵。
今、俺たちを襲う彼らも元はどこかで亡くなられた人たちの死体であろう。それがビースト細胞を植え付けられることで、疑似的に生命活動を再開させたもの。それがビーストヒューマンである。
ビーストヒューマンとなった彼らは、生前の記憶を有している個体が多い。だが、その生体は人類の規格からは逸脱しており、また次第に異常行動を起こしていく。
傍からは、生前の記憶を残したままに見える。一見コミュニケーションもとれるのだが、彼らは上級スペースビーストの意のままに操られる哀れな操り人形だ。
記憶はそのままに、次第に理性はスペースビーストの本能に塗りつぶされていく。
その残酷さと狂気性は、原作ネクサス視聴者の子供たちに深い傷を与えた。勿論、俺も子供心ながらに泣き喚いたし、大人になってから見ても普通に泣いた。二回泣いた。
あの両親の末路を知っていれば、おおよそ兵器運用など考えることはしない。
「くっそ、何て馬鹿な真似を……!!」
キリノの身体を担ぎながら、俺は悪態をついた。
スペースビーストの脅威を正しく伝えてくれる『来訪者』と人類組織が、接触しなかったが故の悲劇か。この世界の人類は、まだスペースビーストの脅威度を見誤っている。
これまでも多くの怪獣や宇宙人が出て来ただろうに、何でよりにもよってビースト細胞なんて超級の厄モノを研究してんだ……。
幸いにして、俺たちを追うビーストヒューマンの知性は低く、その動きも速くない。どうにか無人の空き研究室に身を潜めながら、外の様子をうかがう。
「まずは、乗り切ったか……」
安全とは、とてもではないが言い切れない状況だが、一息はつけた。頭を動かす余裕も出てくる。
「何故、このセンターにビースト細胞があるんだ……?」
一番の疑問はそこだ。
新宿事変の最後、ウルトラマンノアがザ・ワンの細胞を一片も残らずに焼き尽くしている。
あの後、TPCの調査ではザ・ワンの細胞などは回収されていないはずだ。それに俺個人でも『来訪者』の力を借りて、周辺調査を行っている。ザ・ワンに由来するビースト細胞は発見されなかった。
ましてや、あのノアが仕損じるとは思えない。
「となると、その前か……?」
新宿での決戦前に、ビースト細胞が何者かに回収されていた?
ザ・ワンが潜伏していた時に、奴は体の一部をペドレオンとして飛ばしてきたが、それもその後恐らくはザ・ワンの本体に回収されているはず。ザ・ワンも、仇敵との決戦を前に、自身の細胞を小分けにして戦力を落とすような真似はしない。全力で戦うために、細胞を本体に集めていたはずだ。
ほかに考えられるとするならば、新たなスペースビースト個体が来訪したのか。だが『来訪者』がそれらしき反応を感知したとは聞いていない。
『来訪者』は対スペースビーストの専門家であり、ザ・ワン撃破後も専用のソナーを動かし続けているのを知っている。
「切り口を変えよう……。あの細胞は、誰が持ち込んだ……?」
イルマからは、そのような細胞がここで研究されているとは聞かされなかった。となると、TPCは関与していない? 政府関係者の線もあるが、国が関与しているにしては研究の規模が小さい気もする。民間からか?
「いや、ナンセンスだ。そもそも、ビースト細胞を、人間が事前知識もないまま、ここまで安全に研究を進められるはずがない」
スペースビーストの事前知識があった。もしくは、
「ビースト細胞に接触しようとも、乗っ取られることのない強者がここまで持ち込んだ……?」
闇の三巨人か……!?
考えてみれば、奴らがどうしてこんなに早いタイミングで復活したのか疑問だった。
海底神殿にて永い眠りについていた彼ら。そして、ザ・ワンも来訪直後の戦闘の後、海底に姿を消している……。
闇の三巨人の眠りを妨げたのは、ザ・ワン。その仮説を採用すれば、推論は立つ。
ザ・ワンは海底で潜伏直後にルルイエの神殿を見つけて襲撃するも、闇の三巨人を呼び起こしてしまって反撃を受け、あえなく撤退。その際に、闇の三巨人に自身の細胞を奪取されていた。そして今になって、奴らはこれを人類側に流出させた……。
「だとするなら、奴らは人間社会に溶け込んでいることになる……」
あくまで推測の域を出ないが、これが正しいなら由々しき事態だ。どうにか対処せねばならないが……。
「それも、ここを抜け出してからだな」
携帯はすでに圏外。イルマに連絡は取れない。
「ユザレ、どうだ」
腕時計型の端末にはAIユザレのデータが入っている。演算装置は外付けだが、ここは先端研究施設。古代遺跡にある演算機代わりになるスパコンはある。
『ハッキング完了。逃走経路を指示します』
示された経路は、かなりシビアなものだ。途中途中の電子錠の開錠はユザレ任せであっても、単純に移動経路が長すぎる。おまけにキリノを担いでの移動だ。出口に辿り着く前に見つかりそうだ。
変身すれば───
スパークレンスに手が伸びる。だが、迷いがあった。
この力を、ビーストヒューマンに──見た目は人とほとんど変わらない彼らに、向けるのか。
「いや。判っているはずだ、俺」
彼らはもう、救いようがないのだ。
「光よ……!!」
願わくば、我らが行く末に広がる闇を照らしたまえ。
※
未だ気を失ったままのキリノを担ぎ上げて、俺は部屋を飛び出した。
ユザレにハッキングさせて、警備システムは既に切ってあった。これで夜間勤めの罪のない警備員が、この異常な研究室に紛れ込むこともないだろう。
ウルトラマンの速度で、無人の廊下を駆ける。目指すは裏口。そこならば、守衛もいない。一般人の不意の巻き込みを防ぐためにも、出来るだけ人気のないところを選んで逃走する。
──来たかっ!!
まずは、二人。
「ぐる、あ」
「ぐがあああ」
虚ろな瞳で、意味のないうめき声を上げながらビーストヒューマンが襲い来る。
一瞬、躊躇った。それでも、身体は動いた。
キリノを抱えたまま、跳ぶ。スピードは殺さないまま、膝蹴りを顔面にぶち込む。
「グゲェッ!?」
そのまま倒れこむところだったそいつの襟首をつかみ上げて、もう一人にぶん投げる。
消滅させることは、今は出来ない。中途半端に撃破すれば、細胞が飛び散る可能性があることが一つ。そして、それが何であれ、やはり人のカタチをしたものを、ウルトラマンの力でとどめを刺してしまうことに躊躇いがある。
──半端者め!!
内心で、自分自身に毒づく。結局割り切れてないじゃないか。
だが、これで進む先を遮るものはいなくなった。
──追ってくる気配もない、か。
謎がまた一つ増えた。
あれは、本当にビーストヒューマンか?
さらに追加で行く手を阻んできた一体を、同じく戦闘不能にして進む。
──動きに知性が無さすぎる。
原作ネクサスにおいて、ビーストヒューマンの最大の悲劇は、生前の記憶をある程度持ったまま怪物になってしまっていることだろう。
人だったころの記憶を有しているということは、知性もまた相応に残っているのだ。スペースビーストの本能と人間の狡賢さが悪魔合体した厄介さが、ビーストヒューマンの長所というべき部分だろう。
だが、連中の動きは緩慢で精細を欠いている。知的な部分が見受けられない。
まだ研究がすべてうまくいっているわけではないのか。
考察を頭の中で巡らせながら、先を急ぐ。
襲い来る追加の二体も、難なく戦闘不能にする。ウルトラマンの力では、この程度の連中であれば物の数ではない。
──研究室にいたので全部なら、あと二人。
ゴールまであと数メートルというところで、俺の進路を塞ぐ人影が見えた。
「…………よもや、ウルトラマンがここを嗅ぎつけるとはな……」
想定外だ、と言わんばかりにサナダは唇を噛み締めていた。それでも奴は、皮肉げに唇を歪ませた。
「余裕だな、ウルトラマン。追われる身でありながら、人助けか」
サナダの視線が、気を失っているキリノに向いた。こいつは今白衣を着ている。サナダからは、運悪く残業していたここの研究員とでも思われているのだろう。それならそれで好都合だ。暗くてよく顔も見えないのも、やはり都合が良かった。
サナダの周囲には、残りのビーストヒューマンが陣取っている。どうやら主人を見分けられる程度には知性があるらしい。
──これは、チャンスか。
ここで、サナダを捕らえてしまいたい。そして背後関係を洗いざらい吐いてもらう。
キリノを抱えたまま、俺は下半身に力を込めた。一瞬でサナダの身柄を拘束できるように──
「おっと。流石に、ウルトラマン相手じゃ、こいつらも、『今の』僕も敵うはずはないんでね」
卑屈に笑って、サナダは手に持ったスイッチを掲げた。
「こいつらの身体にはダイナマイトを巻いてある!! これはそのスイッチさ……。人智を超えた力を持ったお前ならば耐えられるだろうが、その手に抱えたただの人間には耐えられないだろう!!」
──なんて真似を……!!
何の罪もない人々の遺体を弄ぶに飽き足らず、そんな惨いことまでしていやがるとは。
サナダがスイッチを押す、その瞬間に、俺は一番手近にいたビーストヒューマンに巻きつけられた爆弾を切り捨てた。
だが、間に合ったのは一体だけ。後の二体は盛大に爆発した。
ドガガガガガガッ!!!!
即座にバリアーを張る。護れたのは、キリノと爆弾を解除した一体のビーストヒューマンだけ。あとは、研究施設を半壊させるほどの爆発が、周囲を包んだ。
──クソっ!! 逃げられたか……!?
爆発が止んだあと、残ったのは半分ほど瓦礫になったセンター施設だけ。早くも遠くからはサイレンの音が鳴り始めている。
サナダを見失ったが、まだ遠くまでは言っていないはず。
追跡したかったが、咄嗟の判断で助けてしまったビーストヒューマンが残っている。
「グギギィ!!」
主に見捨てられても、まだ忠実に命令を遂行しようとする哀れな怪物。それがキリノに襲い掛かろうとしていた。
──……すまない!!
右手に伸ばした光の槍が、ビーストヒューマンの喉元を貫こうという瞬間だった。
「ぐ、ぎ」
──止まっ、た……?
ビーストヒューマンは、ガクンとまるで電池が切れたように膝から崩れ落ちた。
一体、何がどうしたんだ……?
相変わらず目を覚まさないどころか、鼻いびきをかき始めたキリノと、白目をむいて停止したビーストヒューマンを見て、俺は途方に暮れるしかなかった。