ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
「『正確に言うなら、これはビーストヒューマンではないぽよ』」
いくつかの機材に繋がれているのは、見た目はまだ若い男性の身体だった。腕は奇怪な異形のそれとなっており、口内を観察すれば、鋭く伸びた犬歯が見える。
目の前に横たわる、先ほどまで動いていた男の死体を前にして『来訪者』はそう結論付けた。
ほかに人が駆け付ける前に、現場から離脱した俺は、停止したビーストヒューマンとキリノを担いで地下遺跡に急いだ。
そこで『来訪者』に、確保したビーストヒューマンの解析を依頼していた。
ようやく目を覚ましたキリノを通じて、『来訪者』が発した第一声がそれだった。
「ビーストヒューマンじゃない……?」
「『ていうか、これに埋め込まれた細胞は、もはやビースト細胞とは言えない代物になっているぽよ』」
『来訪者』がその触手を使ってユザレに画面の操作を指示した。
映し出されたのは、細胞を映した顕微鏡画像だ。
「これは」
「『ビースト細胞がエボリュウ細胞を取り込んで誕生した、新種の細胞──名づけるなら、Eビースト細胞ぽよ』」
「Eビースト細胞……!?」
ビースト細胞とエボリュウ細胞が合一した末に発生した、もはや第三の細胞とも称すべき存在が、あのゾンビもどきから発見されたという。
エボリュウ細胞は、ウルトラマンティガおよびウルトラマンダイナでも登場した宇宙由来の細胞であるが、その正体はついぞ分からないままだった。
エボリュウ細胞は、浸食した生物の身体能力を飛躍的に向上させるが、その代わりに大量の電気エネルギーを摂取しなければ生命活動を維持できない体にしてしまう。それだけでなく、浸食の度合いによって肉体を異形化させる強烈なデメリットもある。
「『このエボリュウ細胞とビースト細胞が、お互いに浸食し合った末に誕生したのが、この細胞ぽよ』」
どちらも宿主を侵食する性質を持つ細胞である。この二種が、お互いがお互いを侵食した結果、新たな、もう別種と呼んでも差し支えない細胞が生み出された。
「『ビースト細胞の増殖力と、エボリュウ細胞による一世代中での短期間進化。この新型細胞は、その二種類の性質を併せ持っているぽよ』」
「最悪だろそれ……」
俺は頭を抱えた。ていうか抱える以外なかった。いやこれ、どうすんのよ……。
だが、途方に暮れる俺に対して『来訪者』は、絶望するには早いぽよ、と続けた。
「『この細胞は、ビースト細胞と同様に知的生命体からの恐怖をトリガーに増殖するぽよが、細胞の維持に莫大な電気エネルギーを必要とするぽよ。そして増殖すれば、その分だけ消費する電気エネルギーも増大するぽよ。どこかで必ず頭打ちになるぽよ』」
「頭打ち……。どこかのタイミングで増殖が停止するっていうのか」
新たに名付けられた、このEビースト細胞は、分裂するために知生体の恐怖を、そして細胞活動の維持に電気エネルギーを利用する。その二つの性質が、互いに足を引っ張っているのか。
「『この細胞によって誕生した怪獣は、スペースビーストを越えるパワーを備える……その代わりに、活動するためのコストは跳ね上がったぽよ。電気エネルギー無しではその活動を停止させてしまうぽよ』」
その結果が、あの急停止した死体なのだという。あれは蓄えられた電気エネルギーを使い果たしたため、動けなくなったのだ。
「『それに、知性も落ちてるぽよ。電気エネルギーへの渇望……要は飢餓感によって物事を考えられなくなっているぽよな』」
この新型細胞によって生み出される怪獣は、そのような性質を持つようになるらしい。
これらを総合すると、
「つまり……扱いやすくなっている……?」
考えようによっては、そういうことになる……のだろうか。
ビースト細胞由来の増殖性に、エボリュウ細胞の性質を利用して制限をかけている。そして、電気エネルギーを上手く管理すれば、ある程度任意で、怪獣の意識のオンオフもできる。そして知性も落ちているため、人間の管理から抜け出す心配もしなくていい。
「……これを造った奴は、本気だ。本気で、生体兵器を造ろうとしている……」
ビースト細胞に手を出すなど、何て馬鹿なと思ったが。だがクリアすべき課題は、クリアできている。
「でも、こんなの……。許されないだろ」
通訳さえ忘れて、キリノが呻いた。
生命倫理の欠如。そして、想像性の欠如。この実験を企画した奴には、決定的に欠けているものがある。
「生命への冒涜とか、それだけの話じゃない。進化は人の手で方向性を定められるようなものじゃない。この細胞が、いつか人の手に負えない進化を果たす可能性を誰が排除できる……」
ましてや進化を司る細胞だぞ。いつどこで、想定外の進化を起こすか分からないんだぞ。
それとも、それさえも制御して見せるとでも考えているのか。
「神にでも、なったつもりか……!?」
生物の進化さえ、手綱を握って見せるというのなら、それはあまりにも傲慢な考えだ。
止めなくてはならない。このまま放置すれば、この暴挙はいずれ必ず、人類に致命的な打撃を与えるだろう。それは絶対だ。
「何としてでも、サナダ・リョウスケを探し出す」
奴を、これ以上野放しにはさせない。
※
GUTSが宇宙開発センターでの騒動を知りえたのは、夜が完全に明けてからのことだった。
「そんで、今日はこないに朝っぱらかどないしたんや」
アポイントもなく、ダイブハンガーにいるホリイを訪ねてきたのは、彼の旧友であるイジュウイン・サヤカであった。
「ホリイ君、私……どうしたらいいか、わからなくて……」
ロビーで、柄にもなく涙ぐみ始めたサヤカに仰天したホリイは、慌てて彼女をダイブハンガー内の来客用フロアへと案内した。
「……TPCの中には、こういうところもあるのね……。もっと、遊びのないところだと思ってたわ」
房総半島沖に建設された、人工の孤島であるダイブハンガーは、当然ながら海に面している。陸地ではめったに拝めない綺麗な水平線も一望できる。
「まあ、ここは外の人たち用のフロアみたいなもんや。本当はもうちょっと広いんやけど」
各国の重鎮を招くこともあるTPC極東支部にとって、来客室に準ずるのがこのフロアであった。そして時には、彼らをもてなすためのパーティーもしなければならない。ここは、そういう用途にも応えられるようかなり広めに設計されているのだが、今は臨時のパーティションで区切られていた。
「今日は、ここで広報の仕事があんねん。本土の方からも何人か、マスコミが来るらしいんやけど」
「……そう。それは、忙しいときに邪魔してしまったわね……」
「え、ええんやええんや!! 僕らのマドンナだった君にそんな頭下げさせたら、僕は皆にタコ殴りにされてまう。それこそリョウスケにだって」
偶然にも、その名前をホリイが口に出した。サヤカは、今回の本題について話し始めた。
「その、リョウスケのことなの……」
「……リョウスケ? 何や、君たち遂に結婚するんか」
サヤカは、その端正な顔を顰めて首を振った。
「ねえ。昨日の深夜から今日の未明にかけて、宇宙開発センターで大規模な爆発が起きたことって知ってる?」
「なんやて? 初耳やで、そんなの」
ホリイが目を見開いた。宇宙開発センターでの爆発事故なら、騒ぎにならないはずがない。だというのに、今日の朝の報道番組には、そんなこと一つも話題に出てはいなかった。
「報道管制が敷かれているわ」
「……宇宙開発センターは、日本政府側の施設やったな。てことは、TPCやのうて政府の方でか」
「ええ。……これを見て」
サヤカが取り出したのは、ポータブル型の小型のモニターだ。再生され映し出された映像を見て、ホリイは愕然とした。
「これは……!?」
「どさくさに紛れて、爆発以前の監視カメラの映像を持ち出してきたの。ハッキングの跡があって、だいぶ映像が乱れているけれど、解析ソフトをかけてここまでどうにか復元できたわ」
映像は、かなり不鮮明ではっきりとは分からない。
だが、昨夜宇宙開発センターで起きた事件の一端が、本当に一瞬だけそこに残されていた。
「ゾンビみたいに動く、怪物の腕を持った人間に……これは、オルタナティブ・ティガか……!?」
「ええ。彼は、どうやらここの職員の一人を助けているようなの。……そしてこのオルタナティブ・ティガを襲っているのは……」
映像が巻き戻される。昨夜の事件よりも前……昨日の昼頃の映像だ。
一人の若い男性研究員が、何か得体のしれない細胞を、明らかに人間の死体と思われるもの──何故なら、腸がはみ出ている──に植え付けている……。
そして、細胞を植え付けられた死体が、カッと目を見開いた……。
僅か数秒程度の映像で、それは終わった。
「これより前の記録は、別の動画に差し替えられていたわ。恐らくずっと以前から、ここの監視カメラの映像は定期的にフェイク映像に差し替えられて提出されていた……」
「これは、嘘やろ……」
ホリイは、信じたくはないというような顔で、呆然と呟いた。
映像の中で、死体が動くことも衝撃的だったが、何よりもホリイを打ちのめしたのは、その悪夢のような実験を嬉々として行っていたのが、かつての旧友であったという事実だ。
「リョウスケが……リョウスケが、こないな悪魔みたいな研究をしとったいうんか……!?」
重々しく、サヤカは頷いた。
「リョウスケは1年ほど前から、政府の命令で、とある宇宙由来の細胞の研究を任されていたわ。……そして、個人的な研究として、民間から委託された、もう一つの宇宙由来の細胞の研究も並行して行っていた。その研究を始めてから、彼は次第に私や他の研究員も遠ざけて、一人で研究に没頭するようになっていったわ」
その、研究の成果が、この動く死体だというのか。
「多分、日本政府でさえリョウスケの手綱を握れてはいなかった。今回の爆発で、彼が遂行していた研究の一端が、ようやく政府側にも知れ渡った。あのオルタナティブ・ティガが出張ってくるような、危険な研究をしていたという事実が」
「そんで、政府は慌てて情報管制を敷いたっちゅうわけか」
サヤカは、こくりと頷いた。
「まだ、リョウスケの行方も、動く死体の行方も、政府は把握できていないわ。……けれど政府は、今回の件を全て闇に葬るために、リョウスケごと何もかも消すつもりなの……!!」
再び、涙を滲ませて彼女は続けた。
「政府だけじゃない。ウルトラマンにさえ、リョウスケは追われるようになってしまった!!」
サヤカは、ぎゅっとホリイの手を握った。
「リョウスケが、これ以上道を踏み外さないうちに、そして殺されてしまわないうちに、GUTSで彼を捕まえてほしいのよ……!! 」
闇へと堕ちていった、人にも、正義の味方にも狙われている最愛の人へ、彼女はそれでも手を差し伸べることを諦められなかった。
その涙を見て、ホリイは、瞑目するように頷いた。
※
パーティションの向こう側では、二人の男がいた。
「オノダさん。何しているんですか。……聞き耳立てるなんて、流石に趣味が悪いと思いますが」
相方である先輩にそう冷たく言い放ったのは、どこか暗い影のある青年だった。使い込んだ革ジャンを自然に着こなしながらも、チープな来客用のネックストラップを首からぶら下げている。その手に握られているのは、仕事用の大きな一眼レフだ。
一方、話しかけられた方の男は、黒縁の丸い眼鏡をかけた、大柄の男だった。顔つきからして、どこか一筋縄ではいかないクセを持っている。
「馬鹿野郎。記者が聞き耳立てないで誰が立てるんだっ」
小声で怒鳴るという器用なことをしながら、オノダは続けた。
「くそ。いまいちよく聞こえないが、それでも俺の勘が言っている。これはスクープの匂いだと……。おい、予定変更。撤収だ」
「……まだ、GUTSのメンバーにもインタビューできてないですよ」
彼らは、TPCやGUTSへの取材のために特別に入場を許可されたマスコミ関係者だった。
青年の言う通り、彼らがインタビューを終えているのは、TPC総監や警務局長官を始めとしたTPC側の人間ばかりだ。一般人への露出も多いGUTSへの取材はまだできていなかった。
「あー、ほら。あの今のGUTSのメンバーも鍛えたっていう、飛行機乗りの教官にはさっき取材できただろ。それでいいじゃねぇか」
「……あの人もともと空軍上がりでGUTSでもなければTPCでもありませんよ」
「……そうだけどよぉ」
「ムナカタリーダーにもご挨拶する予定だったはずです。ここでフケたら、いろんな偉い人に頭下げなきゃいけなくなるのはオノダさんですよ」
「ぐ、ぐぎぎぎ」
まだ見ぬスクープか、それともこれまで通りの取材か。板挟みで怪獣みたいな声を出している先輩を見て、青年は溜め息を吐いた。
先輩の結論が出るまでは、もう暫しかかるであろう。
青年は、何とはなしに、今日撮った写真を眺めていく。
サワイ総監やヨシオカ警務局長官、ナハラ参謀など名だたる人たちの顔写真を捲りながら、ふと手が止まった。
──マキ・シュンイチ、か。
元空軍所属。今はGUTS候補生たちに相手に教鞭を執っており、現GUTSメンバーも指導したという。特異な経歴を持った男だった。
去り際に、何故か彼はカメラマンである青年にまで握手を求めたのだ。
『……ああ。よろしく』
別れの言葉としては、不釣り合いな言葉だった。
青年──ヒメヤ・ジュンが、その言葉の意味を知ることになるのに、そう多くの時間はかからなかった。
彼の敬語っていまいち想像できないです。セリフ周りはちょっと今後いじるかも