ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
イジュウイン・サヤカからホリイを経由してGUTS、そしてTPCへと齎された情報、そして映像はTPC本部を震撼させた。
生命と死への冒涜。一人の若き科学者の暴走と簡単に片づけられる段階は、とうに過ぎていた。そして、オルタナティブ・ティガもまた動いている。TPCとしても、迅速な対応を求められた。
サワイは即座に日本政府へ抗議し、情報開示を求めた。
しかし、政府側の対応は鈍い。責任の擦り付け合いが水面下で行われているのだろう。
日本政府からの応答を待っているだけでは、日が暮れてしまう。宇宙開発センターは日本政府が管轄する施設である。TPCとしては本来、国からの要請がない限りこの一件で動くことができない。
それでも、サワイとヨシオカは、明確な越権行為であることは承知の上で、日本政府の対応を待たずに、GUTSに事件解決に動くよう命令を下した。
「リョウスケ……どないしてもうたんや……」
旧友の暴挙に心を痛めるホリイは、落ち込みこそしたものの、持ち前の前向きさをここでも発揮し、先頭に立って事件解決に動き出していた。
「あいつは、俺が止めたる……!!」
「その意気だぜ」
ホリイ、シンジョウのペアはGUTS特殊車両シャーロックを駆って、ダイブハンガーを発った。
目的地は、東京メトロポリス化計画の際に再開発された千葉の臨海施設ネオリゾート。そこに、サナダ・リョウスケのセーフハウスがあるという。
※
その日は、丁度連休の中日であった。人工の海でバカンスを楽しむ人々の中にいて、GUTSの作戦服を着こんだホリイとシンジョウは、とても目立っていた。
「くそっ。任務とは言え、ここで仕事たぁ拷問に近いぜ」
軽口を叩くシンジョウ。普段なら芸人体質のホリイが、それに即座に混ぜ返すのだが、今回ばかりはホリイは乗ってこない。
「……悪かったよ」
「別にええ。……むしろ余裕がなくて、僕の方があかんかったわ」
少しだけ表情を緩ませて、二人はネオリゾートに踏み込んだ。
ネオリゾートは、欧米の生活スタイルを日本にも浸透させるべく、政府の肝いりで建設された超大型リゾート施設である。
大型商業施設や遊園地など、遊ぶ場所に事欠かないところではあるが、一歩奥に踏み込めば、閑静な住宅街が広がっている。
「どこもかしこも、無駄にでかい家の割に、人が住んでいる気配がないな」
「当たり前や。ここに建てられとるんは、どれも金持ちの別荘ばっかりやからな」
富裕層が長期休暇に滞在する土地……ほかに挙げるとするならば、軽井沢といった避暑地もそういった土地柄だ。昨今では、このネオリゾート近くに別荘を構えるのが、ミーハーなセレブ達の間で流行っているのだとか。
そのため、シンジョウの言葉通り、大きくて庭付きの品のいい邸宅が、一定間隔で建ち並んでいる。
「まだ、冬休みには早すぎる時期や。今ここにおる人らは、別荘の管理人くらいのものやな」
長期休暇中は人も増えるが、今はハロウィンを過ぎたばかり。人の気配は感じられない。
「サナダってまだ若いだろ。だっていうのに、こんなところに別荘なんてもっているのかよ。研究者っていうのはそんなに儲かるのか?」
「大抵の研究職は、そんなにもらわれへんよ。俺らの年頃なら余計そうや。……それだけ、リョウスケが優秀やったちゅうことや」
それにサナダは、実家も裕福だった。もしかしたら、リョウスケ個人ではなく、家族が所有しているのかもしれない。
「あいつは俺と違って、昔から何事にも品があった。嫌味なく、自然と高いものを身に着ける、そんなやつやった」
生まれも育ちもエリートで、顔も良ければ頭だって良かった。大学時代は親友としてすぐ近くで過ごしながらも、嫉妬を抱くこともないではなかった。
「それでも、それ以上に尊敬できる奴やったんや」
互いに、意識し合いながらも切磋琢磨してきたサナダとホリイの関係が崩れたのは、いつからだったのか。
今になって思えば、ホリイがGUTSに入隊してから──あるいは、サナダがGUTS入隊試験に落ちてから──かもしれない。
それ以来、お互いにやり取りする回数が減っていったような気がする。ホリイの方が、GUTSの活動で忙しくなってからは余計に。
「なんでや。なんで、踏み越えてしまったんや」
人として、科学者として、越えてはならない一線を、サナダ・リョウスケは越えてしまった。
──なら、それを止めるのが、友の役目や。
ホリイは、胸中でそう誓った。
※
サナダが、ネオリゾート周辺にセーフハウスを構えたのは、意外性による心理的なカモフラージュもあっただろうが、それ以上にもう一つの理由があった。
「このあたりは、近くに大きな施設が多くて電力消費が激しいし、発電所も近い。……研究に大量の電気を使うたとしても、目に留まりにくいんや」
短期間なら、大量の電気を消費しても気づかれにくい。そういう思惑で、サナダはここに潜伏したのだろう。
「それでも、そこにいると分かってれば、いくらでも調べはつくな」
PDIには、ヤズミによる調査結果がすでに到着していた。
その調査をもとに二人がたどり着いたのは、一見、数ある別荘と変わらない少し広め程度の家屋だった。
人の気配はない。
ホリイが専用の機材を取り出し、電子ロックを解除する。
「悪いことしてるみたいだな」
「実際、普通に法令違反やからな」
「マジかよ……。捕まったりしないか?」
「TPCがケツ持ちしてくれるはずや、多分」
警察だったら家宅捜索には令状が必要だが、GUTSやTPCに関しては、実は法令が曖昧なので黒ではない。黒に近いグレーではあるが。
国内の法律が現実に追いついていないのだ。
これは、GUTSの活動が当初の予定からは大きく逸脱し始めている証でもある。そもそもGUTSは対異星人事件即応チームだったはずなのだ。
「将来的には、もっと活動分野ごとにチームを専門・細分化する必要があるやろけどな」
GUTSのこれからについては、二人も気になるところだが、それはこの任務が終わってからでもいい。
侵入した一軒家は、人の気配こそなかったものの、埃が積もっていることもない。ごく最近に、人の手が入った証左だ。
「ここなんか怪しいもんや……」
書斎と思われる部屋の本棚を、ホリイがずらした。
「映画かよ」
呆れたようにシンジョウが、呻いた。本棚の裏に隠し扉があったのだ。
「実際映画やで。……大学生のころに、リョウスケと一緒にスパイ映画を見に行ったんや」
そのスパイ映画は、ホリイから見ても出来が良かったが、リョウスケのハマりようは傍から見てもすごかったことを覚えている。
普段の大人びた印象を覆すような、屈託ない子供のような笑みを浮かべて、かつてのリョウスケはホリイに言った。
『だって、主人公のスパイ、格好良かっただろ?』
人知れず、人を、国を裏から支えて、救う。そんなヒーロー。
あるいは。
それは、彼の憧れだったのか。
リョウスケは、自分の内心を明かしたがらない男で、それはホリイに対してもそうだった。
ホリイが知っているのは、サナダ・リョウスケは在学中にGUTSの入隊試験を受けて落ちたということ。そして、それ以来だんだんと人を遠ざけるようになっていったことだけだ。
それから暫くして、ホリイは彼の落ちた試験に受かった。恐らくは、そこが決定的な分岐点だったのではないか。
ホリイは、そう思っている。
「こいつは……地下に繋がっているな」
シンジョウが、下から吹き付ける空気に僅かに顔を顰めた。大分、秘密基地めいてきた。
そこからは、無駄口もなく長い階段を下りていく。
用途の見えない専門的な機材が所せましと並べられ、排熱ファンの回る音がやけに耳にこびりついた。
想定以上に広い研究施設を、壁伝いに進む。
先頭を歩いていたシンジョウが、後ろのホリイを手で制した。
壁の影に、二人で隠れる。
向こうからは、会話音が聞こえてくる。
「──研究は順調だよ、ああ」
「リョウスケの声や……」
小さな声で、ホリイが呟いた。
シンジョウがハンドサインで返す。
『突撃するか?』
ホリイは首を振った。
首を伸ばしても、リョウスケがどこにいるのか分からない。上手く死角ができていて、部屋の中を伺うことは出来ないのだ。
リョウスケの会話相手も気になるが、気を付けたいのは、映像で見た『動く死体』だ。
恐らくは、宇宙開発センターを襲撃したオルタナティブ・ティガとも交戦したであろうゾンビが、ここにどれほどいて、そしてどれほどの脅威なのか。
情報が足りない状況で、やみくもに突入しても返り討ちになってしまう可能性もあった。
とりあえずは、今は様子を見るべきだ。
部屋の中では、もう一人いるらしいのだが、どうにも位置が悪いのか声が聞き取り辛い。
「──だが、まだ完成とは言い難い」
「——……」
「死体に試しただけだ。動くことには動いたが、結局生きてはいない。命令に従うだけの人形だ」
「──……」
「そうだ。次は『生きた検体』で試す。そのためにも、ここじゃない、もっと整った場所が欲しい」
「──……」
「君たちなら、それくらい準備できないはずがないだろう」
「──……」
「何? 話が違う。まだ研究は終わっていない!!」
「──……」
「ふざけるな!! ……私は、そんなつもりは一つもっ!!」
両者の会話の内容は、断片的で——特にリョウスケの他のもう一人の会話が上手く聞き取れない——あったが、雲行きが怪しくなっているのは確かだ。
『これ以上は待てない』
シンジョウのハンドサインに頷いて、ホリイは腰のホルスターからGUTSハイパーを抜いた。
足音を出来るだけ立てずに、腰を落として忍び込む。
その間にも、リョウスケの口調はヒートアップしていった。
「……聞いていた話と違う。秘書の君では埒が明かない。社長の彼を」
ゴッ、と肉と骨を叩く暴力の音がした。リョウスケではない方が、手を出した。
「そこまでや!! 手ぇ上げぇ!!」
そこにホリイが飛び込んだ。
突入したホリイが目にしたのは、頬を殴られて床に這いつくばったリョウスケと、フードを被った人物だ。
「女か……?」
シンジョウが、銃口を向けながら問う。ダボついたローブに、目深く被ったフードでよく分からないが、かろうじて体格的に女性であろうと判断できた。
「チッ」
舌打ちは、件の女のものだった。
ローブを被った女は、無造作に拳を振るう。いかにも頑丈なケースに仕舞われていた、グロテスクな生物の細胞塊を掴み取った。
「動くなといったはずやっ」
ホリイが引き金を引いた。だが、荒事に向かない性格のホリイの撃った弾丸は、女の足もとからかなり離れた地面に着弾した。
最初から当てる気がなかったことを見抜かれていたのか。女は怯んだ様子も見せずに、掴み取った細胞をそのままリョウスケの口に突っ込んだ。
「あ、あがぼっ」
「テメェ!!」
シンジョウが動こうとするが、その前に女が壁にあったレバーを下ろした。
ガコンッ、という音とともに、シャッターが上がる音がした。
「な、これ、ゾンビか……!?」
白目をむいた、体のあちこちが異形化した動く死体。それが五体、女の手によって解き放たれた。
それを見届けると、女は踵を返した。逃げるつもりなのだ。
「逃げるなっ!!」
シンジョウが怒鳴るが、ゾンビに行く手を妨げられて追いかけられない。
「おい、リョウスケ、リョウスケェ!!」
ホリイは泡を吹いて痙攣するサナダを、抱えて揺すぶった。
「に、逃げ、ろ」
まだかろうじて意識があるらしいサナダは、最後にそれだけ伝えると、がくがくと痙攣しながら、今度こそ白目をむいた。
「あが、グ、ウウウウウゥゥゥガアアアアアァァァ」
「リョウスケ、リョウスケ、どうしたんやッ!?」
「どうしたもこうしたも、これはもう無理だろ!!」
「でも、」
「後ろ見てみろ!! ゾンビ共がこっち狙ってんだ!! 早くしないと逃げられない!!」
シンジョウは威嚇射撃をして、ゾンビたちを下がらせるが、知能低下著しいゾンビどもにはイマイチ効いていない。
「っ、それでも、置いてなんかいかれへん!!」
ホリイは意識を失って、獣のように唸るサナダの肩を担いだ。
「だーもう、分かったよ!!」
そこから、二人は決死の覚悟で、ゾンビどもを突破し、這う這うの体で屋敷を飛び出した。
「足が遅くて助かった!!」
そのまま扉を閉めて、ゾンビを閉じ込めることに成功した。一息付けた二人だが、そこで遂にサナダが目を覚ました。
「っ、リョウスケ、目が覚めたん───」
「危ねぇ!!」
シンジョウがホリイの首根っこを引っ張たのと、サナダの異形化した腕がホリイの顔があった場所目掛けて振るわれたのは、ほぼ同時だった。
「グ、ギ……すま、ない。……に、げロ。ホリ、い」
サナダの意識があったのは、そこまでだった。
獣の雄叫び。細胞の一つ一つを破壊され、そして怪物のものへと置き換えられていく苦痛と恐怖が、サナダ・リョウスケという人間の人格を木っ端微塵に破壊していく。
理性の殻が破れ、怪物の中身がまろび出る。
「ア、ギ、ガギャアアアアアアアアアアッッッ!!」
悲鳴。絶叫。命乞い。そして、産声。
シンジョウとホリイの目の前で、一人の人間が、巨大にして強大な怪物へと変貌していく。
「あ、ああ」
呆然と、見上げる。ホリイは見上げるしかなかった。
そこには、かつての親友。今は、醜い怪獣と成り果てた『彼』がいた。
「グルオオオオオオッ!!」
異形進化怪獣エボリュウ──改め、ヒューマンタイプビースト・エボリュウ。
人の歪みが生んだ悪魔が、そこに生まれ落ちた。