ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
対する二人もまた、俺の変身に合わせるようにしてその身を闇へと投じた。
「グオオオオッ!!」
「ヒャハハハッ!!」
まず俺の前に躍り出たのは、俊敏戦士ヒュドラだ。
「シッ!!」
奴の右手がブレた。それとほぼ同時に、俺の足もとに、闇で造られたクナイが突き刺さる。
俺の出足を挫く一手。だが、それで動きを止めるほど、俺は素直に生きていない。
跳躍。
そのまま勢いを殺さないまま、空中でキックの体制。狙うは、ヒュドラの顔面。
「グルオオオッ!!」
だが、割り込んできたダーラムによってそれは防がれた。それどころか、渾身の蹴りをしっかりと両腕で受け止められた。
奴は、掴み取った俺の脚を持ったまま振りかぶった。
「オラァッ!!」
「チッ」
空中に投げ出される。
地面に転がって、衝撃を殺す。
一息を吐く暇はない。
「シネッ」
ヒュドラの鋭爪が、蛇のように俺を狙う。
──ゼペリオン・スピア!!
咄嗟に伸ばした光の槍、その根元で受け止める。単純な力比べなら、俺の方に分がある。
だが、
「オウラアアア!!」
ダーラムの大振りの一撃。
鍔迫り合いを中断して、後ろに引く。
今さっきまで俺がいた場所が、ダーラムの超怪力によって粉微塵に爆砕された。
コンクリが砕け、土煙が舞い上がって視界を覆う。
──後ろっ!?
直感だけを頼りに、後ろの首元に剣を振るった。
ガキン、という硬質な音が手ごたえを伝える。
反応できたのは、もはや奇跡に近い。
悪くなった視界を利用して、ヒュドラが音もなく俺のうなじを狙ったのだ。
「へぇ? 案外、いい勘しているな」
俺が必殺の一手を防いだことが意外だとでも言うように、ヒュドラが嗤う。口調と態度こそ軽薄そのものだが、必殺の一撃を防がれて、奴の纏う殺気の質は明らかにもう一段階濃密なものになった。
重圧が、一瞬俺の動きを硬直させた。だが、それこそ奴の思うつぼだった。
背後。
「ちょこまかすんじゃねェ!!」
その声に振り向いたのもいけなかった。
ダーラムの剛腕が、振り向きざまの俺の顔面を捕らえた。
「デュアッ!?」
天地が何度も入れ替わる。自分の状況が把握できない。
だが、この超古代の戦士の身体は、迫り来る危機を肌で感じ取った。
反射だった。下手な思考はもう挟む余地がない。
ヒュドラの指先から放たれる光弾を、地面に転がって躱す。そして首をバネにして、ネックジャンプ。腕で着地し、さらに一回転して距離を取った。
仕切り直しだ。
「……予想外にしぶといな。ただのそっくりさんのクセによォ」
ダルそうに、ヒュドラが首を鳴らす。
その軽口に応じる余裕もない。
二人の内一人だけでも手ごわいというのに、二人同時というこの状況は本格的に手に負えない。
しかもこの二人、的確にコンビネーションを駆使してくる。
ヒュドラが前衛で敵を引き付けて隙を作り、ダーラムが渾身の一撃で息の根を止める。それがかろうじて躱された場合、躱したという一瞬の安心感に付け入ってヒュドラの暗器が速やかに息の根を止めにくる。
単純で古典的とも言える組み立て。だがそれは、目の前の二人にはそれで十分だったということ。
俺があの連携を掻い潜って生き残れたのは、本当に奇跡でしかない。どのタイミングで死んでしまっても不思議ではなかった。
再び、ヒュドラが動いた。そしてそれに合わせてダーラムも身体を沈めた。
ヒュドラが跳躍。空からの急襲。
だが、これはブラフ。
タメを作ったダーラムが、その分厚い筋肉の収縮を一気に解放させた。
突進。そして伸ばしきった丸太のように太い腕が、俺の首を狙う。
殺人級のラリアット。本命はこちらか。
だが、躱したところで、ヒュドラの追撃に対応できるかどうか。
──どっちかは、受け切るしかない!!
このままでは、どうせジリ貧だ。どこかで反撃に転じるしかこの状況を打破する方法はない。そして、そのタイミングは早いなら早いだけいい。
ここまで、ほんのコンマ数秒。覚悟を決めた。
──来いっ!!
イメージは、前世で見たプロレスのワンシーン。豪速で迫るダーラムのラリアットを、首で受け切る。
振り切られる腕に合わせて、その勢いを逃がすように首から落ちる。
背中から落ちる。地に接する直前に腕を折りたたんで着地。そのまま腕をバネにして、ダーラムの首を足ではさみに行く!!
「グオッ!?」
思わぬ反撃に、ダーラムの身が硬直する。そのまま全体重をかけて、ダーラムを後頭部から地面に叩きこむ。
「ぐギ、ガッ!?」
そのまま俺は着地。膝を折り曲げて、もう一度跳躍。空に浮いたヒュドラを迎え撃つ。
「なにッ!?」
その動揺、隙以外の何物でもない!!
光の槍が、ヒュドラの脇腹を貫いた。
「く、そがァッ!!」
格下と思っていた相手に、予想外の反撃を喰らってヒュドラが激高する。怒りが奴のスピードをさらに加速させるが、その動きは直線的で読みやすいものになる。
クロスカウンター。
突き出した右の拳が、ヒュドラの顔面を捉えた。
今度こそ、ヒュドラが膝をついた。
「……チ、クショウが……」
「ヒュドラアアアアアッ!! キサマ、許サンッッッ!!」
相方の危機に、ダーラムが復帰し俺に迫る。だが、俺の剣がヒュドラに届く方が速い……!!
決着は、しかしつくことは無かった。
「はあ。遅いから来てみたら、こんなことになっているなんてね」
俺の腕は、いつの間にか光の鞭によって縛り上げられていた。もうピクリとも動かない。
「……カミーラ、余計な真似を」
「余計? そんな風にはとても見えないけれど」
ヒュドラがそっぽを向く。一方、ダーラムは冷静さをすでに取り戻していた。
「カミーラ、もう用事はいいのか」
「ええ。……ほら、見なさい」
カミーラの視線の先。発電所にストックされていた電気エネルギーが、エボリュウに向かって放出されていく。
力を取り戻すどころか、さらにパワーアップしたエボリュウがティガに牙を剥く。
爪が、牙が、黒い稲妻がティガを苛み、ついにティガは地へ臥した。
「あの醜悪な怪獣こそが、人の行く末そのものよ」
光の巨人の敗北しようという光景を前に、カミーラは俺に言い聞かせるように言葉をつづけた。
「人の本質は、三千万年前から何も変わってはいない」
カミーラは、勝利の雄叫びを上げるエボリュウを指さして言った。
「理性と言う薄皮を剥ぎ取ってしまえば、その下にあるのは目を背けたくなるような醜悪な本性よ。怠惰で強欲、そして傲慢。それが、人」
彼女は、俺に視線を移した。
「ティガも、そしてお前も間違えている。人に守るだけの価値はない」
「……それが、お前らの主張か」
「ええ。現に今、ティガは守っていた『人』に攻撃されている」
腕は依然拘束されたまま。おまけに、敵は一人増えて三対一とさらなる劣勢と言っていい。ここから逆転の目はあるのか。
今は、会話を広げて少しでも時間を稼ぐ。
「お前たちの目的は、なんだ」
時間稼ぎとしての会話だったが、同時に知りたいことでもある。それが例え予想できることであっても、実際に本人に直接聞ける機会があるなら、確実性のためにも聞いておきたい。
「ティガを、我々の下に取り戻す。……そして、また四人で世界を相手に戦争を起こすのよ」
「ティガを……。お前たちは仲間が欲しいのか?」
「三人では手が足りないというのは確かだけれど、誰でもいいわけじゃない。ティガは、我々にとって特別なの。……貴方と違ってね」
俺を見るカミーラの表情が、僅かに歪んだ。
「不遜にも『もう一人のティガ』などと名乗るなんて、本当に腹立たしい」
「別に、自分から名乗ってるわけじゃないが。むしろ、本当の名前をこっちが教えてほしいくらいだね」
「知るわけないでしょう? 三千万年前には、多くの巨人がいた。全員の名前なんて知らないし、覚えていることもない」
カミーラは、艶めかしく息を吐いた。
「まだ復活したばかりのティガが弱かったから、そのサポートをさせるために貴方を生かしておいただけ。……でも、生かしている方がリスクになるのなら、排除するまでよ」
カミーラが鞭を引き絞る。ミチミチ、と縛り上げられた身体が悲鳴を上げた。
「哀れね。……人などという、守る価値もないもののために死ぬなんて」
「それは、違うな」
関節を極められながらも、俺はそう言葉を吐いた。
カミーラは理解できないと首を振った。
「何故分からない。あの怪物を見ただろう。あれが、人間の本質だ。どれほど賢くなろうと、知恵をつけようとも、その本質からは逃れられない」
今度は、俺が首を振る番だった。
「それを否定はしない。……だがそれは、人の一側面でしかない」
「何だと……?」
「一部分だけを見て、全部を見た気でいるのなら、それこそ傲慢だ。……お前たちに、人を裁く権利はない」
凝り固まってしまった彼女の考えは、きっと今の俺には解かせない。状況的にも、これ以上言葉を交わすのは不可能だ。
「傲慢と、我々を罵るか。自然との調和を訴えた我々を、驕り昂った愚者であると!?」
想い人を思う狂気的な愛。他者を踏み躙ることを厭わない酷薄さ。その裏に隠された、カミーラの内なる激情が一瞬だけ垣間見えた。
「決めた。お前は、誰よりも惨たらしく殺してやる」
カミーラの言葉で、ヒュドラとダーラムが待ってましたとばかりに拳を握って臨戦態勢を取る。
一対三。これはいよいよ、腹をくくるしかないか……。
敗北の定まった戦いに赴かんと、俺が身構えた時だった。
「あれは……」
いち早く異変に気付いたカミーラが、空を見上げた。
視線の先。ティガを追い詰めていたエボリュウの前に、光の柱が立ち上る。
光が消えると、そこには、銀色の巨人が拳を高く掲げて立っていた。
「……ネクサス……!!」
エボリュウの前に立ちふさがったその巨人は、そしてファイティングポーズをとった。
※
銀色の巨人が、走った。
土を巻き上げて、ネクサスが疾走する。
迎え撃とうとエボリュウが黒い稲妻を浴びせかかるが、ネクサスはそれをスピードを殺さずに躱す。
そして、跳躍。空中で、ムーンサルト。エボリュウの頭上から急降下キック。
「ギギャアアア!?」
エボリュウが明確に怯んだ。
しかし、スペースビーストの本能に突き動かされるエボリュウはこの程度では止まらない。
ネクサスは、すぐに次の一手を打つ。
ネクサスの前腕に備えられた籠手──アームドネクサスが輝き、光がネクサスの身体を包み込む。
銀から赤へ。
そして変化したネクサスを中心に、ドーム状の光の粒子が放たれていく。
メタフィールド。
ネクサスが本来持つ力を、最大限発揮できる特殊空間だ。
そこからは、ネクサスのワンサイドゲームとなった。
本領を発揮したネクサスの動きに、エボリュウは追いつけていない。そしてこれまでとは比べ物にならない破壊力を秘めた一撃が、エボリュウの脇腹を抉った。
肩で息をするエボリュウ。ティガ相手にエネルギーを消費し過ぎたのもあって、ついに奴の勢いが弱まった。
ネクサスが、両腕をL字に組む。
この勢いに任せて、エボリュウが体勢を立て直す前にすべてを終わらせるつもりなのだ。
だが、膝をついたままのティガが、ネクサスの背に手を伸ばした。
──待ってくれ……。その怪獣は、人が……。
一度だけ、第五の巨人は背後のティガを一瞥した。
それだけだった。
オーバーレイ・シュトローム。
そうして。
赤い光が、何もかもを終わらせた。
※
ネクサスの登場に、気を取られたカミーラの一瞬の隙をついて、俺は拘束を引き千切った。
「なっ!?」
カミーラが驚きの声を上げる。俺は、即座に後方にジャンプし、最大限の距離を取って警戒する。
それを見て、カミーラは首を振って溜め息を吐いた。
「今回は、ここまでね。……こちらも予定が狂ってしまったわ」
まさか、超古代の戦士でもない巨人が現れるなんてね。
そう言い残し、カミーラたちは森の奥へと跳んでいってしまった。
「次は、不覚は取らない」
「また遊ぼうぜ」
続いて、ヒュドラ、ダーラムの二人もそう捨て台詞を残して去って行ったのだった。
どうにか最大級の危機を乗り切った俺は、変身を解除して、地面に倒れこんで空を見上げた。
は—————、と長く長く息を吐く。
「九死に一生、だな……」
ほっと一安心……している暇はないか。
「ネクサス……。第二のデュナミストか」
ヒメヤ・ジュン。
孤高の戦士が、遂に覚醒を果たしたのだ。
※
ネオリゾートで発生した、人の闇が生み出した怪獣エボリュウは、第五のウルトラマンが発生させた不連続領域内にて完全に消滅。その身を取り込まれた首謀者のサナダも、現場付近にて発見された。
発見時には息があった彼だったが、病院に運び込まれる途中の救急車の中で静かに息を引き取った。
車内にて彼が、旧友やかつての恋人とどのような会話をしたのかは、当人たちしか知りえないことだった。
その後、サナダのセーフハウスの家宅捜索が行われたが、報告にあった『怪獣の細胞を埋め込まれた死体』は発見されることはなかった。
また、データも全て復旧不可能なまでに破壊されており、これらの破壊工作はホリイ、シンジョウらが目撃したという『フードの女』の手によるものとされている。現在、背後関係も含めてTPCが調査を行っているが、全貌を明らかにするには時間が必要であることは間違いなかった。
人間の手による怪獣災害。
これは大衆の人々にも大きな影響を与えた。センセーショナルな話題に伴う過熱化した報道は、世間に大きな衝撃をもたらしたと言える。ワイドショーも連日これを報道し、世論の政府および科学者全体への視線はより一層厳しいものになっていくだろう。
「そんなわけだからさあ、こっちとしても『そういう』記事を載せたいわけ」
編集長は、そう言って顔を顰めさせた。
「科学者の闇とか、その順風満帆に見えた人生に何が、とかそういうのが求められてるのよ」
ゴシップを扱う雑誌の編集長が求めていたのは、今回の事件の首謀者と言われている若き研究者についての記事だった。
だが、上がってきたのは、その研究者の記事でこそあったが、その中身は期待していたものとは違った。
「こんなの、誰も読みたがらないよ。……それどころか、苦情の電話がいっぱいくるかも……」
想像しただけでも嫌だ、と編集長は呻いた。
それでも、この記事を上げた記者──オノダは、頑として首を縦には振らなかった。
「無理を言っているのは承知の上です。どうか、これをこのまま掲載してもらえませんか」
「……どうして、そこまでこだわるのよ」
「弔い、なんだそうです」
「弔い……?」
「あるいは、鎮魂だと」
編集長は、話が見えないと首を傾げた。実際、オノダも全てを理解しているわけではなかったので、理屈を説明することはできない。
結局は泣き落としだ。
「俺の後輩の、恐らくは最後の記事だと思います。……だから」
「……ヒメヤ君の、か。彼、いい画を撮るんだけどなぁ。突然辞めちゃうなんて勿体ないよねぇ……」
編集長は、それでも悩んだが、結局は降参だと手を上げた。
「お前の『後輩想い』は良く知っているしな……。小さい記事にはなるだろうけど、このまま掲載するよ」
「ありがとうございます!!」
オノダは、勢いよく頭を下げた。
※
若き科学者の暴走……。ワイドショーでは連日の如く騒がれている、今回の事件。時間が経つにつれ、話題の焦点は、研究の中心人物であった年若い研究員に絞られていった。
…………
マスコミは連日、彼が如何にして悪の科学者へと至ったのか。その子供時代は。生い立ちは。家族は……。彼の成育された環境が、いわゆるエリートの環境であったことも作用して、どのメディアもセンセーショナルに報道を繰り返した。
…………
確かに、彼は間違えた。彼はコンプレックスを抱えていたのかもしれないし、あるいは人に言えないような闇を抱えていたのかもしれない。
…………
だが、始まりは正しかった。彼は、世間で言われるような生粋の悪などではなく、一人のどこにでもいる、人並みの正義感を持った人物だった。高潔な人格ではなかったかもしれないが、誰もが認める好青年ではあったのだ。
…………
やり方を間違えただけだ。始まりの想いは、決して間違いなどではなかった。
…………
忘れないでほしい。誰かの役に立ちたい、誰かを助けたいという想いに間違いはなかったということを。忘れないでほしい。私たちもまた、間違える存在だということを。
結末こそ不幸だった。でも、始まりはきっとそうではなかったはずなのだから。
週刊ゲンザイ十一月二十一日号より抜粋。ライター:オノダ・タケヒコ、ヒメヤ・ジュン。