ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
あれから一週間が経過した。エボリュウ事件を発端とした、過熱報道は徐々に落ち着きつつある。
政府が裏から報道各局に圧力をかけた……という黒い噂もあるようだが、過剰な報道がピークアウトしていっている遠因の一つには、彼が書いた記事があってほしい。外圧によるものではなく、マスメディアの中からブレーキを踏むことができた人間が出てきたのだと、そう思いたい。
一方で。
その、マスメディアの報道の在り方に一石を投じた当の本人に関しては、足取りがつかめないでいた。
「どこに行ったんだ、ヒメヤ・ジュン……」
マキ・シュンイチに次ぐ、第二のデュナミスト。戦場帰りのジャーナリストである彼の行方は掴めていない。
最後に確認されたのは、週刊ゲンザイ編集部に辞表を提出してきたのが最後だ。その後、先輩であった人物と食事をした後、行方をくらましている。
恐らくは、彼の中に宿る巨人の意思に導かれるまま、スペースビーストを駆逐していると思われる。
そう、スペースビーストをだ。
サナダ・リョウスケが生み出した、二つの細胞が合一化した悪魔の細胞『Eビースト細胞』。その実験体としてロールアウトされた、数体のビーストヒューマンの行方が今も分かっていない。
GUTSも日本政府も現在血眼になって探してはいるのだが、その進捗は宜しくない。それもそのはずで、ビーストヒューマンの存在は、現在極々限られた者たちにしか明かされていないためだ。
元は生きた死体であったことを鑑みても、これを白日の下に晒せばどれほどの混乱を呼び起こすことになるか……。隠蔽などを好まないサワイ総監でさえ、世間への公表を差し控えたというのだから、それが人類に与えるだろう衝撃は果てしない。
ただそうなってくると、ビーストヒューマンを探そうにも、その存在を公表は出来ないので捜索も難航することになる。人海戦術ができないためだ。
現在は、シンジョウ、ホリイが現場で目撃したというフード姿の女を指名手配しているが、人相も定かでない人物を探すのは困難を極めるだろう。
それでも手掛かりがあるにはある。
サナダが生前にやり取りを交わしていたという、いくつかの企業や研究施設、個人に関するリストが、あの地下室からサルベージされたらしい。今は、その中を手あたり次第に家宅捜査しようとしているらしいが、個人情報保護の観点からスムーズにはいっていない。
サナダが用意したビーストヒューマンは、計七体。その内一体は、俺たちが既に葬っている。
ネクサス──ヒメヤ・ジュンは、その残りの行方を追っているようだった。
「昨日出現した、スペースビーストと推定される怪獣。そしてそれを追うようにして現れた、ウルトラマンネクサス……。メタフィールドの展開によってすぐにロストしましたが、怪獣出現から数時間後、同現場にてビーストヒューマンだったと思われる死体が丁寧に棺に納められているのが発見されています」
ユザレがそう言って提示した記録映像には、住宅街近くに突如出現したウミウシを思わせるスペースビーストと、それを追うように現れたウルトラマンネクサスが映し出されている。
俺はAIユザレの報告に頷いて続けた。
「今回得られた情報は、三つ。……ビーストヒューマンは外部からのエネルギー供給で一時的に体内のEビースト細胞を増殖させて怪獣化できるらしい。これが一つ目」
「怪獣出現と第五のウルトラマン……ネクサス出現のタイミングからして、恐らくその変身者であるヒメヤ・ジュンとやらは、近くにいた。……つまりビーストヒューマンを追っていた。これが二つ目だな」
そう言うキリノからコーヒーを受け取りながら、俺はさらに付け加えた。
「そして三つ目。六体……もう五体か。ビーストヒューマンたちは、同じところにいない」
これが最大の問題点と言えた。
ユザレが、画面を切り替えた。同日深夜のニュース映像だった。
「逮捕されたのは、過激派環境保護団体GSTEの一派です。罪名はテロ等準備罪ですが、実際に何をしたのかは意図的に伏せられています」
この組織が、ビーストヒューマンの一体を所持していた。そういうことらしい。
「何でこんな連中が……」
「サナダの交友リストにも、この団体は載っていなかったらしい。っていうことは、こいつらにビーストヒューマンを流したのは、恐らくフードの女なんだろうな」
イルマ経由から仕入れた情報によると、この団体は、金銭でビーストヒューマンを手に入れたというから驚きだ。
「つまりその女は、ビーストヒューマンを売りさばいてるってことか……!?」
「あるいは、単にサナダにさせていた研究の続きをさせたかっただけかもしれないけどな」
憶測は語れるが、その真意は分からない。フードの女……恐らくはカミーラなんだろうが。
「何考えてるのか、さっぱりわからんな」
頭の後ろで手を組んで、俺は椅子の背もたれに寄り掛かった。
スパークドールズを行きずりの宇宙人に与えてみたり、人間の科学者にビースト細胞何て使い勝手の悪いものを与えてみたりと、なんとなく方向性は分かるのだが、あまりスマートなやり方には見えない。
深遠な策謀なのか、行き当たりばったりなのか。
彼らの考えがイマイチ読み切れない。
彼ら闇の三巨人が、闇へと堕ちた理由は、本編では語られていない。ただ後の外伝で、それらしいことを匂わせる発言は確認されている。
曰く、当時のティガを含めた彼らは、巨人の力を手に入れたがゆえに傲慢になりだした古代文明に怒りを覚えていたという。彼らは自然との共存を訴えたが、他の者たちには受け入れられず、人々は巨人の力をふるっては自然を破壊していった……。
そういった対立が、徐々に深刻化していき、遂にカミーラたちは人類を見限り闇へと堕ちていった……。
「私が知るころには、すでに彼ら四人は闇の側の戦士でした。ですから、私は彼らがどうして闇の巨人になったのかを知りえません。……あるいは、本来のユザレであればそれを当時のティガから聞かされていたかもしれませんが。AIとなり、データベースに残された知識しか持たない私は、それを知りません」
本物のユザレは、自身の記憶も含めてデータベースに残していったらしいが、残念ながら三千万年が経ち、そのデータベースも多くが破損してしまった。残されたのは僅かな知識と本物の人格を象ったAIユザレの人格データだけである。
残された知識によれば、とAIユザレは口を開いた。
「闇に魅入られた巨人は、狂気に汚染されるといいます」
「狂気?」
聞き返すと、ユザレは頷いた。
「彼らは、一見理性的で論理も通じるように思えます。ただ、それは見かけだけ。闇に誘われた者は、自身のうちに潜む破壊衝動や残虐性など負の心が増幅され、それに理性を塗りつぶされていくのです」
自然を破壊する同胞への怒りが、闇の影響で、次第に自身の中に眠る破壊衝動や嗜虐心と絡み合っていく。理性が解かれ、剥き出しとなった負の感情が抑えきれなくなり、やがてそれが人格の崩壊を招いた……つまりは発狂したのだ。
「彼らからすれば……主観的には、彼らは今でも自然の調和を願っているのかもしれません。……ですが客観的に見れば、彼らの行動は明らかに地球の自然さえ蔑ろにしたものになっている。でも発狂している彼らは、自身の矛盾に気付けない」
それが、闇に魅入られるということ。狂気に侵され、原初の願いは歪み、理性は解け落ち、人格は崩壊する。
その果てにあるのは、言葉は通じるが話が通じない、自己矛盾に気付けない狂人の姿。一秒前の言動と一秒後の行動が一致しない。そしてそれを、当の本人は気づけない。一秒間の断絶が繰り返され、もはや最初のころの人格とはかけ離れたものになっていく。
それが、闇の巨人。
「だから、カミーラたちの思惑を推理すること自体が、あまり良くない。あの中では最も理性的に見えるカミーラでさえ、長期的には、行動が矛盾していく。そこから真意を見抜こうとすればかえって危険です」
要は、考え過ぎるな、っていうことか。
となるとここら辺はいったん棚上げか。他のビーストヒューマンの行方はGUTSあるいはヒメヤ・ジュンに任せるしかない。勿論、こちらも出来る限り捜索するし、第二のデュナミスであるヒメヤ・ジュンとも接触したいのは山々だが……。
ただ、それだけにかまけている暇はないのだ。
「原作通りだと、次はレイビーク星人なんだけど……」
エボリュウ細胞を巡る騒動のあとにやってくるのが、人類を奴隷として母星に連れ帰ろうと誘拐を繰り返す、質の悪い宇宙人。それがレイビーク星人だ。
ユザレが、映像を切り替える。表示されたのは、国内の地図と各地域ごとのグラフだ。
「ここ一か月間における日本全国の行方不明者数の推移です。……例年と同数程度で、極端に増加したということはありませんね」
「……じゃあレイビーク星人は、まだこの地球で活動していない?」
「少なくとも、この統計からはレイビーク星人の活動を裏付けるものはないです」
マキーナやギランボの出現がスキップされたことを考えても、原作通りにイベントが起きるという確証はもはやない。
「それでももうしばらくは、行方不明者数は注意して見ていかないといけないか」
「そうですね……。ん? これは……」
ユザレが何かを見つけたようだ。
「複数から、同じような内容の通報が何件かあったようです」
リアルタイムで各県の警察をネット上で監視しているユザレが見つけたのは、東京郊外で相次いでいる同一の内容の通報だった。
「奇妙な服装の女が、慌てたように街を走っていると……。まだ警察は動いていないようですが」
奇妙な服装の女……心当たりがないわけではない。
捕虜となり、恋人と共に残虐な宇宙人の遊戯の駒にされてしまった、哀れな被害者。宇宙人の女性……ルシア。彼女が、この地球に解き放たれたのか。
そして、狩りと称して彼らを狙うのは、
「ムザン星人……!!」
銀河に捕虜を放ち、それを狩ることに愉悦するウルトラ作品中でも稀なレベルの残酷さを持つ宇宙人。ヤツが、この惑星を次の狩場に選んだのだ。
※
何かを探すように、あるいは誰かに追い立てられるように、その女は走っていた。
彼女に土地勘はない。
この惑星は、彼女にとって未知の星だ。この星の人類が、自身と似た容姿をしていたことだけが救いであった。人込みに紛れることができる。
彼女に、逃げる当てなどどこにもない。
立ち止まれば、アイツに殺される。その恐怖と、彼女の脚を無理やりに進ませた。
「ザラは、どこに……」
大切な恋人。彼も同様に、アイツの標的だった。
──せめて、死ぬ前にもう一度……。
アイツから逃げ延びた者はいない。彼も自分も、いずれは奴に殺されてしまうだろう。だが、その前にもう一度だけでも、彼に会いたい。
悲壮な覚悟を持って、片割れを探す彼女は、遠くに目線をやっていたがために、すぐ近くの人影に気付けなかった。
『ご、ごめんなさい……』
ぶつかった相手は、女だった。顔つきは理知的なようで、その奥にどうしようもない狂気を宿している。一目でそれが分った。
その女の瞳が、彼女を貫いた。
「あ、う」
緊張で、声が出ない。目の前のこの女は、アイツよりもよっぽど恐ろしい……!! 彼女は本能的にそれを悟った。
『ふうん』
女は、吐息を漏らして、何故だか頷いた。
無造作に彼女が腕を振った、次の瞬間。
『え……!?』
腕につけられていた、捕虜の証が音もなく外されていた。
驚いて、彼女はその女を見た。
『行きなさい。……探している者がいるのでしょう』
『あ、ええと……』
『愚図ね。早くいかないと、殺されてしまうわよ』
女は、山の方を指さした。
『少し離れているけれど、あの山の麓の森のあたりに、その腕輪と同じような気配を感じるわ』
女が示す先は、目測ではかなり遠い。少し、という距離ではないように見えるが、彼女はそこまでは口にしなかった。
目の前のこの女は、確かに自分を救ってくれたのだろう。だが、それはただの気まぐれに過ぎない。女の瞳の奥に渦巻く狂気を感じ取った彼女は、早々にその女から離れたかった。
それでも、言うべきことはある。
『あり、がとう』
言うだけ言って、彼女は走った。最愛の恋人を求めて。
立ち去った異邦の女の背中を見つめて、狂気を宿す女は独り言ちた。
「柄でもない……いや、そんなこともないわね」
そうして、独り笑った。愛するものの元へと急ぐ異邦の女に、僅かな羨望を抱いて。