ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
この日、マドカ・ダイゴは久々の休暇であった。
GUTS入隊から毎日のように忙しくしていたダイゴは、ここ数か月ですっかり仕事人間となってしまっていた。休みの日は何してたんだっけ、と頭の中を掘り起こす。
学生時代まで遡れば、休日は都合のついた友人と良く遊びに行っていたことを思い出す。こうやって考えてみると、自分はどうやら誰かと話したり一緒に過ごすこと自体が好きなようだ。
気分転換にはなるかな、とダイゴは最近は滅多に使わなくなった私用の携帯電話に手をかけた。
ベッドから起こした視線の先に、放りっぱなしの報告書があった。
内容は、先日のエボリュウ細胞の一件についてだった。
人の死体から造られた怪人。身の毛もよだつ行いを仕出かしたのも、また人だった。
ホリイの旧友だったというその科学者は、最後には自ら怪獣となって人々を苛む災いとなった。
行いこそ悪であったのかもしれない。それでも、死んでもいい人ではなかった。彼の研究の出発点は人類の発展を願ってのもの。そして人類が降りかかる火の粉を払いのけるためのもの。そういう想いが、原点であった。
願いは歪み、結局は間違えた。だが人類を思う気持ちは本物だったはずだ。
彼の葬儀に出向いた帰りに涙を流すホリイの姿を見て、ダイゴは強く拳を握り締めた。
守れなかった。救えなかった。
いかに巨人の力を得ようとも、手が届かないところはある。全てを救えるわけではないと判っていた。判っていた気になっていた。
結局、無様に這いつくばる始末。そして、現れた五番目の巨人がすべて終わらせてしまった。
「五番目の巨人……ウルトラマン、ネクサス……」
先日、正式に命名された第五の巨人の名を、不意に口に出した。
あの巨人は、何も間違えなかった。
街にいる無辜の人々と、怪獣となってしまった一人の男の命を天秤にかけ、あの巨人は前者をとった。
正しい。どう見ても、それは正しい選択だった。
「……それでも、僕はあの人も助けたかった」
この想いは間違っていたのか。それは分からない。
ただ一つ言えることは、足りなかったということだ。
「全てを助けられるだけの力が、僕にはなかった。そして、それを考えてもいなかった」
どこかで、巨人の力を持って傲慢になっていた。巨人の力でさえ届かないときがあるのだ。
力が足りず、考えが足りず、決断する覚悟も足りず、危うくあの街が灰燼に帰すところだった。
「どうして、僕なんだ」
誰もいない独りだけの部屋に、弱音が零れ落ちた。足りないところだらけの自分が、どうして……。
ひとりでいると、こうしてふとした瞬間に、鬱屈した感情が表に出てくる。ぼんやりとした面持ちで、ダイゴは携帯のアドレスを開いた。
なんとなく実家(といっても里親だが)に顔を出す気にもなれず、学生時代の友人ともスケジュールの都合がつかなかった。
警務部に引き抜かれたかつての同僚コモン・カズキも、現在はなぜかアメリカにいるという。
当てが外れた彼は、今日は一日部屋に籠っているつもりだったのだが、
「ダイゴ、今日お休みでしょ? 部屋で寝ているだけなら、今日一日付き合ってよ」
今はこうしてダイブハンガーを離れて、本土のショッピングエリアにやってきている。
「ほらっ、あそこのアイスクリームが今すごい人気なんだって!!」
彼の手を引くのは、同僚のレナだ。
めずらしいことにお互いの休日が重なっていたようで、暇を持て余していたところを捕まってしまった。荷物持ち係である。
これは大変だぞ、とレナに見えないところで溜め息を吐く。
レナとしては、最近思い悩んでいるようなダイゴに気分転換させようという思惑だったのだが、どうやらダイゴには通じていないようだ。
それでも、一人で部屋にこもっているときよりは余程晴れ晴れとした表情になっているのだが、本人もレナもそれは気づかない。
微妙に噛み合わない二人は、それでも初々しいカップルの如く気分の赴くまま食べ歩いたり、冷やかしたりして休日を過ごしていたのだが、
「……っ。アレは……」
女が、人相の悪い男に追い回されている。
事情は分からないが、何かのっぴきならない雰囲気であることは確かだ。少なくとも痴話げんかということはないだろう、
「待てっ」
「ちょ、ダイゴぉ!?」
抱えていた荷物──ほとんどレナのものだ──を放り出して、裏路地の方へ去って行く彼らを追う。
GUTSで鍛えられたダイゴの俊足をもってしても一向に差が縮まらない。それどころか、距離が空いていくばかりだ。
これはいよいよ普通ではない。内心でダイゴがそう確信している間に、状況はダイゴの都合がいい方へ傾いた。
彼らの進行方向は、無人の廃工場となっている場所だ。そこまでいけば行き止まりである。
ダイゴが追い付いた先には、壁際まで女を追い詰める男の後ろ姿。
第六感が警鐘を鳴らす。この男は危険だ。ダイゴは、迷わずに跳んだ。
無防備だった男の背中に、ダイゴのジャンプキックがクリティカルヒットした。意識外からの衝撃を受けて、男が吹き飛ぶ。その間に、女性を庇うような位置取りで立つ。
ダイゴの勘は正しかった。男の顔が、昆虫を彷彿とさせるような容貌のものへと変貌する。
怪獣、あるいは宇宙人か。GUTSハイパーに手を伸ばそうとして、思い至る。今日は非番で、携帯していない。
ダイゴが手近に転がっていた鉄パイプを掴んだのと、怪人がダイゴに向かって駆けだしたのはほぼ同時だった。
「ギギィッ!!」
差し込むように突き出された怪人の鋭い爪を、身を捻って躱しながら接近。振りかぶった鉄パイプで怪人の顔面を殴打する。
「グギャッ」
ファーストアタックを成功させたダイゴだが、依然余裕はない。ダイゴは、所詮は生身の人間だ。あの爪で一度でも引き裂かれればそれだけで致命傷になる。
殴られた怪人は、痛がっているようだが戦闘不能にはなっていない。随分と打たれ強いタフな身体を持っているらしい。
「待ってダイゴ!!」
ダイゴと怪人がにらみ合っている間に、レナが追い付いたようだ。その声を聞いた怪人は、数の不利を悟ったのか、ビルの間の壁を蹴りながら去って行った。
「何だったんだ、いったい……」
状況が掴めないままのダイゴに、背後から女が縋りついて言った。
『た、助けてください……!! ザラが、ザラが……!!』
何事かを必死で訴える彼女に、ダイゴとレナは顔を見合わせた。どうやら休暇はここまでのようだ。
※
ダイゴたちが、シャーロックの車内で、言葉の通じないルシアから四苦八苦しながら事情を聞き取っているころ──
宇宙に標的を放ち、それをハントすることを娯楽とする残忍なムザン星人が、今回地球に解き放った二人の男女。
そのうちの一人──ザラは、人気のない山の中に息を潜めていた。
「ハア……ハア……」
鼓動が早鐘を打ち、運動もしていないのに呼吸が乱れる。
葉擦れの音や虫の音がどうにか彼の呼吸音に被さってくれているが、ムザン星人の聴覚を誤魔化すにはやや頼りない。
そう考えると、森林の中に身を隠す、というのは実はあまり良い手ではない。そのことをザラは承知の上でここにいた。
すべては、恋人のルシアのためだった。
幸運なことに、この惑星の知生体は自分たちに極めてよく似た外見をしている。街中の喧騒の中に身を置けば、ムザン星人も探し出すのに苦労するだろうし、いかなムザン星人であろうと、衆目の中でのハントは躊躇わざるを得ないのではないか。そういう打算も働く。
ルシアならば、必ず街の中に潜むだろう。ザラはそう確信していた。
だからこそザラは、森に隠れる道を選んだ。
ムザン星人の視線を、自分に向けさせる。それでルシアの生き延びる可能性が少しでも上がるならば、安いものだ。
だから彼はこの山の中に身を隠した。
馬鹿正直に身を晒す真似はしない。ムザン星人が望むのは、逃げ惑う標的の狩り。自分は、奴にとって狩り甲斐のある獲物でなければならない。故にザラは、見つけてもらえるように隠れるという、矛盾に挑まねばならなかった。
憐れな獲物の役を演じながら、ザラは土地勘もないこの惑星の山々を転々と移動していた。程々に身を隠しつつ、立ち去る際には僅かな痕跡を残す。それをもう三度は繰り返している。
「こっちに来い……。こっちに……」
これでも、ムザン星人がこちらを素直に追ってきてくれるかは五分五分以下の勝算だ。それでも、ルシアから奴の目を引き剥がすには、現状これしか取れる手がない。
ムザン星人が目の前に現れた時が、己の最期。死への恐怖は勿論ある。最期の時には、みっともなく泣いて喚くかもしれない。それでもルシアを捨て石にしてまで生きようとは、微塵も思えない。
ザラは今、山中の洞窟の中に身を潜めていた。
洞窟の先は、行き止まりになっている。それは昨日のうちに確かめていた。
だからもしも彼を追う者がやってくるとしたら、それは洞窟の外からになる。
背後から、声がした。
「失礼、そこのお主」
何故、とは一切考えなかった。ザラは反射的に身を横に飛ばした。一回転しながら目線を声のした方に向ける。同時に腕を突き出して、反撃の構え。
『ただで死んでやるつもりはないッ!!』
心の裡では、既に己の死を悟りつつ。それでも彼は、死んでいった同胞たちのため、そしてまだこの惑星のどこかで生きているはずの恋人のため、一矢報わんと雷撃波を放たんとし、
「おっと」
「なっ」
いつの間に、そこにいたのか……。声の主は、もう既にザラのすぐ後ろにいた。振り向きざまに伸ばした腕を絡めとられ、反撃の目は未然に防がれてしまった。
暗闇の中、お互いの息が感じ取れるほどの距離になって、ザラは自身を抑え込む男の姿をようやく視認した。
「だ──」
長髪を無造作に頭の上の方で結び、無精髭を生やした男。目つきは鋭いながらも、その奥には暴力的な輝きはない。
身に着けた服装は、ザラには異様に見えた。上下に分かたれていない布を羽織り、腰の太めの紐を結んで押さえている。
──少なくとも、この惑星の一般的な服装ではない……。
彼が知る由もなかったが、その男が身に着けていたのは、いわゆる着物とよばれるものだった。
『お前は、誰だ……』
いずれにせよ、ザラを追うムザン星人ではない。
ザラの誰何に、男は首をひねりながらも口を開いた。
「雰囲気的に『お前は誰だ』とでも言っているのか……?」
気勢を削がれたザラが攻撃の意思を失ったことを感じた着物の男は、ザラから手を放した。
「拙者は──」
乱れた襟元を糺しながら、その男はこう名乗った。
「──錦田小十郎景竜と申す。なに、ただのしがない流浪人よ」