ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける   作:ありゃりゃぎ

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#42

 両者が向かい合った。

 

 右手を手刀の形にして突き出し、左手を握り締めて引く。前に出した手刀で牽制し、引いた拳で一撃を狙う攻守一体の構えで、ティガは非道の宇宙人を迎え撃つ。

 

「ギュアアアッ!!」

 

 昆虫に似た口器官をガシャリガシャリと掻き鳴らして、ムザン星人はティガに迫る。

 

 長い首をしならせながら、星人はティガの肩口をしつこく狙う。

 

 ティガは、右左と首を傾けて躱す。そして、伸びきった所で、

 

「デュアッ!!」

 

 側頭部に、振りかぶって勢いを増した手刀を叩きこむ。怯んだところに、体重を乗せた拳で二度三度お見舞いし、最後には鳩尾に向かって回し蹴りを放った。

 

「グルオオオオォォォッ」

 

 二歩三歩と後退したムザン星人は、よろめきながらも身体を捻って、その靭尾でティガの横っ面をはたいた。

 

 ティガはそれをアームガードで凌ぐが、尻尾の重さが予想以上でよろめいた。

 

 がら空きになったティガのボディを狙って、ムザン星人が鋭い鈎爪を振るった。

 

 右の爪がティガの胸に奔り、火花が散る。続いて左の爪で、連撃を放つ。

 

「させねぇぞ!!」

 

 駆け付けたのは、GUTSが誇る最新鋭小型戦闘機WING1だ。搭乗者は、射撃の名手シンジョウだ。

 

 高速飛行から、すれ違いざまのレーザービームが放たれる。吸い込まれるように、ムザン星人の左爪に直撃した。

 

「っしゃあッ!!」

 

 シンジョウが雄叫びを上げた。

 

「ここ最近はいいところなかったんでな。ここらで汚名返上だ」

 

 シンジョウの値千金の一射が、ティガの窮地を救った。ティガは僅かに視線をWING1に向けると、怯んだムザン星人に畳みかけた。

 

 握りしめた拳が星人の胴を穿つ。

 

「デュア!! ゼアッ!!」

 

 二度、三度と一発一発に渾身の力を込めて拳を振るう。

 

力のない者を獲物として宇宙に放って狩りをする、そんな悪辣な性質をもつムザン星人への怒りが、ティガに今までにない力を与えていた。

 

「デュアアアッ!!」

 

 ダイゴの強い感情が、更なる巨人の力を引き出している。

 

「いかんな……」

 

 俺がザラの身体を担いで走っている間、いつの間にか俺に並走している侍風の男は、ティガとムザン星人の戦いを見てそう呟いた。

 

「いやせめて説明しろよ……」

 

 なんでさも平然と俺の隣に浮いているんだ。何か一言くらいあるだろ。

 

「あの巨人、強い感情を表に出し過ぎておるのだ。あれでは直ぐに足元を掬われるであろう」

 

「いや、戦闘の解説を頼んだわけじゃないんだが?」

 

 まあ、もう大体察してはいるんだが。

 

 侍の幽霊で、尚且つ妖怪退治の専門家ともなれば、バラエティーに富んだ平成ウルトラ作品の中でも該当する人物は一人しかいないだろう。

 

 錦田小十郎景竜。

 

 ウルトラマンティガ第16話『よみがえる鬼神』に初登場した、妖怪退治の運命を背負って戦国時代を生きた稀代の武士。どこか惚けた、飄々とした性格でありながら、極まった剣の冴えとものの真贋、本質を見抜く目を備えた、油断ならない人物である。

 

ティガ16話に登場した時点で既に故人であったが、宿那鬼封印の楔となっていた刀が窃盗団の一味に盗まれて封印が解けかけたことを契機に霊体として復活。窃盗団一味の一人に憑依して現世で行動を開始するが、結局宿那鬼は以前よりも巨大化して復活してしまう。その後は、ティガに宿那鬼の対峙を依頼し、首だけとなってもなお生き汚く抗った宿那鬼を最後には自前の刀で再度とどめを刺した。

 

 作中の描写ではコメディなノリであった景竜だが、ダイゴ=ティガであることを早々に見抜いたり、意味深長な言葉をダイゴに残すなど、底の見えないキャラクターではあった。

 

 とはいえ、景竜は数あるティガの話の中でもこの一話にしか登場しなかったゲストキャラクターであることには違いなく、ティガ終了時点では不思議な存在ではあっても取り立てるほどの人物ではなかった。

 

 錦田小十郎景竜の名が再びウルトラ作品の中に登場したのは、ウルトラマンコスモス第18話『二人山伝説』の時だった。過去に戀鬼を封印した流浪の侍として、名前だけだが登場している。

 

 さらに、後のティガ外伝作品ではキーパーソンを担い、またウルトラマンガイアに登場した戦国時代の呪術師・魔頭鬼十朗幻州との因縁も匂わすなど、たった一話のゲストキャラにしては破格の扱いを受けた人物であるのだ。

 

 作中においても、『ティガみたいなもん』と評されるほどの強さをもった男。ウルトラマンと一切かかわりないくせに作中屈指の実力を誇る人類のバグ。それが錦田小十郎景竜なのである。

 

 そんな男が、どうしてこんなところに……。というか、何故ザラの身体に宿っていたのか。

 

 そのあたりの説明を期待したのだが、この侍幽霊は、そのあたりを説明する気は一切ないようだ。今は厳しい視線で、両者の戦いを見据えている。

 

 一方のザラは、今のところ全く目を覚ます様子はない。景竜がかなり身体を酷使したのだろう。

 

『ザラッ、ザラッ!!』

 

 この星のものではない言語で、そう叫ぶ声が聞こえた。

 

 まだ離れてはいるが、丁度木々が開けた場所の先から、見慣れたGUTSスーツを身に纏った隊員たちとザラの恋人であるルシアが現れた。

 

 ルシアは、俺が背に負っているザラを見つけたらしい。後ろにGUTSメンバーを置き去りにしてこちらに駆け寄ってくる。

 

「いかんッ!!」

 

 景竜が声を荒げたのと、ティガの巨体がルシアとこちら側の間を塞ぐように落ちてきたのはほぼ同時だった。

 

「うおぉっ!?」

 

 目の前で大質量の巨人が倒れこんできた。その衝撃で俺はザラを背中に背負ったまま放り出された。

 

 平衡感覚を乱されながらも、どうにか立ち上がる。

 

 見れば、今度はティガがムザン星人に追い詰められていた。

 

「前のめりになり過ぎたのだ」

 

 隣では霊体の景竜が眉間に皺を寄せている。

 

 視線の先では、先ほどまでは二足歩行だったムザン星人が四つ足となって地を踏みしめていた。背骨に当たる部分ごと首が浮き、妖怪のろくろ首のように首を浮かせながら、ティガに攻めかかっている。

 

 おおよそこの地球の生物にはない突飛な形状となったムザン星人に対し、ティガは想像以上に苦戦していた。

 

 鋭い歯を鳴らして、今度こそティガの息の根を止めんとムザン星人が噛みつき攻撃を仕掛ける。

 

 苦戦しているティガを助けに行きたいが、先ほど吹き飛んだせいでザラをどこかに落としてしまった。まずは彼の安否を確認しなければならない。

 

「くそ、いったいどこに……」

 

「あちらから声がする。急げ」

 

 景竜が指し示す方向に従って走る。何で命令されているんだろう、という疑問はこの際置いておいた。

 

 駆け付けた先では、朦朧とした意識のザラがふらふらと歩いていた。

 

「おい!! 貴方は今、歩けるような状態じゃないんだぞ!!」

 

 そう声をかけて先に行こうとする彼の肩を掴んだ。

 

「は、離して、くれ……!! あそこの下に、ルシアが……!!」

 

 見れば、長くて大きな石塚が、ルシアを上から押しつぶしている。

 

「あ、あれはいかん!!」

 

 その光景を見て、景竜が初めて動揺した声をだした。

 

「いや、大丈夫だ。僅かだがあの石と地面の間にスペースができている。その間に運よく挟まっているだけだ」

 

「違う。あの石は封印の楔だ!! 戀鬼が復活する!!」

 

「何だとっ!?」

 

 ゴゴゴゴゴ、と轟くような地響き。そして、その崩れた封印石の下から、勢いよく黒い煙が噴出していく。

 

 怨念を宿した、黒い霧。それがあたりを包みこんでいく。遮られた視界。霧の向こうで、赤い光を見た。

 

「あ、あれは……!?」

 

 どこからともなく、レナ隊員の声が聞こえた。どうやらGUTSメンバーたちもこの地に集結してきたようだ。

 

 俺も、彼らも、そしてティガとムザン星人も、霧の果てから徐々に輪郭を明確にしながら近づいてくる影を見ていた。

 

 影が、ガシャンガシャンと鎧を打ち鳴らして歩む。腰元には一振りの長刀。鯉口を、獲物を求めるようにカチャリと切った。

 

 赤き両目が見開かれ、おどろおどろしい口が頬まで裂けた。

 

 髪を振り乱し、咆哮。

 

「キシャアアアアアア!!」

 

 霞朧の先、黄泉帰りの怨霊鬼が、再び現世に彷徨い出でた。

 

 

 キッと硬質な音を立てて戀鬼が刀を引き抜いた。

 

 そして、ティガとムザン星人の間に躍り出た。

 

「キシャアアアッ!!」

 

 まずは一太刀とばかりに、ムザン星人に切りかかり、返す刀でティガを襲う。

 

「戀鬼め、ザラ殿たちの無念と憤怒を呼び水にして黄泉帰りおったか」

 

 苦渋の表情で、景竜が唇を一文字に結んだ。

 

「奴の騒めく気配を感じ取っていながらみすみす復活を許すとは。己の無能を恥じるばかりよ」

 

「アンタは、奴の復活を阻止するために?」

 

「左様。……結果はこのザマであるがな」

 

 重々しく景竜は頷いた。

 

「ザラとルシアの想いが、あの怨霊を蘇らせたということか」

 

「二人の想いはあくまで呼び水にすぎぬ。結局、戀鬼は生者を怨む死霊に他ならん。ザラ殿たちを引き裂いたムザン星人とやらも、奴と戦うこの時代の巨人も、そしてこの時代に生きる無辜の民も全て、奴にとっては平等に斬るべき対象でしかない」

 

 怨の感情に支配された悪霊。その復讐の対象は、生きる者すべてだと景竜は語る。

 

「戀鬼の元となった姫と若君に似た境遇のものであれば、あるいは言葉を届かすこともできるだろうが、ザラ殿もその恋人殿も、再び気を失ってしまった」

 

 原作コスモスでは、最後はシノブリーダーの言葉で刀を止めた戀鬼であるが、今この場には、奴を説得できる人間はいない。もう拳を交じり合わすほかに、戀鬼を止めることは出来ないか。

 

「もう少しすれば、GUTSの隊員たちが来るはずだ。それか、眼鏡をかけたひ弱そうな奴。それまで、ザラとルシアを見ていてやってくれ」

 

「……戦うか」

 

「ああ。あの調子じゃあ、ティガが持たない」

 

 ムザン星人にもティガにも襲い掛かる戀鬼は、まさに鬼神の強さを振るっている。ましてやティガは先ほどまでムザン星人を相手に戦っていたのだ。体力も既に僅か。このままじゃ、ムザン星人だけじゃなくティガまであの刀の錆になってしまいかねない。

 

「では心せよ。あの戀鬼、身につけし業は羅刹の如し。力で調伏するには難行であるぞ」

 

「言われずとも」

 

 敵は怨霊鬼・戀鬼。コスモスさえ寄せ付けなかったその強さは、コスモス作中でも地味に強キャラの位置にいることは間違いないだろう。俺はそれを真正面から力づくで征服しようというのだ。無謀でさえあるかもしれない。

 

「指くわえて見ているわけにはいかないんだよ」

 

 原作通りの策は出来ない。代わる解決策など用意している暇もない。それでも、奴を討つ。人々の安寧を脅かすというのなら、どれほど同情の余地ある背景を持っていようとも。

 

「光よ」

 

 霧が濃い灰色の空に向けて、俺は天に手を伸ばした。

 


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