ハードモード地球で平成から令和を駆け抜ける 作:ありゃりゃぎ
混沌とした戦場に踏み込む。
「デュアッ!!」
膝をついて肩を上下させるティガに目配せし、俺は戀鬼の前に立った。
怨の一文字を背負い、戀鬼がゆらりと刀を構えた。
ダンッ!!
大地を踏み込んで、戀鬼が駆け寄る。大上段の構えから上から下へ斬り下ろす動き。そのままいけば、俺の胸に一本の深い剣傷が走っていただろう。
「グ、ギィ」
腕から伸ばした光の剣ゼペリオン・スピアで受け止め、押し返す。鍔迫り合いとなって、戀鬼から食いしばるような呼気が漏れた。
力点をずらし、力による拮抗を早々に終わらせる。互いに一歩後退し、間を取る。
俺の後方では、ティガとムザン星人の戦い、その第二ラウンドが始まっていた。両方とも体力はすでに半分を切っている。既にある程度手の内を明かしてしまっているティガに対し、四足歩行型となったムザン星人はまだ手の内をいくつか隠しているだろう。その差で、ティガが不利か。
とは言え、ティガへの助太刀を考えられるような状況でもない。
一呼吸の後、再び戀鬼が俺に斬りかかってくる。
こちらもゼペリオン・スピアで応戦する。
上から、下から、右から、左から。次々に放たれる斬撃を丁寧に光剣で弾いて、あるいは往なしていく。
戀鬼に体力切れという概念はない。霊体であるためだ。
そして霊体……つまり実体を持たないということは、どういうことか。
振るわれる刀に合わせてパリィを決めた。攻撃を弾き返され、上体ががら空きになった戀鬼の腹目掛けて薙ぎ払いの一振りを見舞う。
だが、
──やはりかっ。
ゼペリオン・スピアは視覚的には確かに戀鬼の腹を斬った。だが、その手ごたえはまるでない。
霊体の身体をもつ戀鬼は、こちらからの攻撃がすり抜けてしまうのだ。
原作コスモスでも、コスモス・ルナモードのフルムーンレクトがすり抜ける描写があったが、この世界でもその特性は健在らしい。
──あっちの攻撃は通るのに、こっちの攻撃はすり抜けるとか理不尽過ぎる……!!
空振った腕を掴まれ、空中に投げ飛ばされた。着地はかろうじて成功し、背中から地に堕ちることはどうにか避ける。
背後より気配。首元に迫る一太刀を背中越しで受ける。
一気に反転し、戀鬼に対して正面を向いた。
再び、剣の応酬。今度は反撃を狙わずに、ただ受けることに専念する。
──さて、どうする……?
防御の手は休めずに、頭だけはフル回転で稼働させる。どうやって、実体を持たない戀鬼を討つ?
原作コスモスでは、コスモスが自然の力を利用した『サンダースマッシュ』を打つことで戀鬼にダメージを与えていた。作中にてドイガキ隊員の解説曰く、戀鬼は自然由来の攻撃には効果判定があるらしいのだ。
問題は、俺ではその攻略法が使えないということだ。このウルトラマンの肉体のスペックを掌握し切れていない俺がコスモスの真似事をぶっつけ本番でやるのはかなりリスキーであろう。
──ゼペリオン・スピアの開発にだって、結構時間かけたんだぞ。
どうにか別の攻略法を見つけ出したい。
一歩後退し、ハンドスラッシュを放つ。当然すり抜けた。
「キエエエエッ」
好機とばかりに振るわれる斬撃を横に逃げ、また鍔迫り合いの形に持っていく。
──待て。そもそも鍔迫り合いが成立すること自体おかしくないか。
鍔迫り合いとかそういう前に、『接触できている』時点で実体を持たない説は破綻していないか。
こちらの打撃に対し、奴は怯んだ様子こそ見せなくても、その動きを止めている。実体なくすり抜けるのなら、この状況はおかしい。ていうか、今までも手ごたえというか、触った感じがある。
戀鬼に攻撃が通用しない理由が『実体がない』ということならば、そもそもこちらは触れられないし干渉できないはずではないのか。
実体がない、というのは正確ではない。仮説を挙げるならば、
──霊体と実体を切り替えている……?
こちらに攻撃する瞬間だけ実体化している。それ以外に説明をつけられない。
つまり戀鬼に反撃を加えるならば、奴が攻撃しているときにカウンター気味に攻撃を当てればいい。
そういう結論に至るのだが、言うは易し行うは難し。
戀鬼の刀捌きは時間を追うごとに、その鋭さを増していっている。復活した身体の使い方が馴染んできているようだ。
シッ、と空気を裂く鋭利な音が耳元スレスレをすり抜ける。ウルトラマンの力をもってしても、すでに追いかけることだけで精一杯だ。この斬撃の嵐を越えて一太刀浴びせるというのは無理難題に近い。
コスモスが霊体と実体の切り替えという手品に気付けなかった……あるいは気付いていてそこに付け入らなかったのも頷ける。そもそも奴の攻撃中にこちらの攻撃を当てるというのが至難の業で、付け入りようがないのだ。
霊体の時にダメージを与えられるのなら、近距離攻撃しかない戀鬼から距離を取ればいい。それだけで攻略できる。原作でのコスモスのように。
だが俺にはそれができない。ウルトラマンの肉体スペックを活かしきれていない俺には。
──ないものねだりしている暇なんてない。今ある手札で切り拓け!!
覚悟は決めた。
ゼペリオン・スピアで戀鬼の刀をパリィ。今回は、上から思い切り跳ね上げる様に弾き返した。
ガキンッという金属音。そして戀鬼の身体が開いた。
だがこの状態で攻撃しても意味はない。すでに戀鬼は身体を霊体に切り替えているだろう。そこに斬りかかっても透かされるだけだ。
膝をつく。そして、祈るように手を合わせた。
「いったい何をしとるんや!?」
「う、ウルトラマンが命乞いでもしようっていうのか……!?」
地上では、ホリイとシンジョウが俺の姿を見てそう叫んでいる。確かに、傍から見れば気が狂ったか戦意を喪失したかにしか見えないだろう。
だが、
「なるほど。だが、今のお前にそれができるか?」
侍姿の男が、そう挑発的な言葉を投げかけてくるのが聞こえた。
──できるできないじゃない。やるんだよ。
上から下へ。薪でも割るかのような大振りの構えから、渾身の一太刀。それが俺の頭をカチ割る間際に、膝を立てて迎え入れるように体を前に押し込んだ。
見切る。
瞬きの間。落ちてくる銀の刃に、滑らせるように光の剣を合わせていく。
ギャリギャリギャリッ、刀腹をレールにゼペリオン・スピアが奔る。振り下ろしの勢いを殺しながら、此方の斬撃を届かせる。
地から昇る、逆巻きの流星槍。
「ご、が」
一点の風穴が、戀鬼の首に空いていた。
引き抜く。血が吹き出ることは無い。目の前の怨霊は、すでに死して久しい。
戀鬼は、呆然と己の首元に手をやり、そしてそこに何もないことに気付いた。
「あ、ああ」
声、だろうか。虚ろに響く風音を発しながら、それでも戀鬼はこちらに迫ろうと一歩一歩近づいてくる。
──もう、終わりでいいだろう?
改めて言葉を贈ることは無い。どんな言葉を投げかけようと、上辺だけの言葉に意味はない。
それでも、願わくば次の彼らが運命を怨まずにいられるように。運命を切り拓くだけの力をもって生まれてくれることを祈る。
崩れ落ちた戀鬼の身体を、そっと受け止めた。その身体が光の粒子となるまで。
※
四つ足となったムザン星人の動きはトリッキーの一言に尽きた。
乱入してきた戀鬼の相手をオルタナティブ・ティガに任せて、ティガは再びムザン星人に立ち向かった。
互いの体力は、既に残りわずか。
──心を落ち着かせろ……!!
ムザン星人への激しい怒り、自分自身の不甲斐なさへのいら立ち、タイムリミットを知らせる胸のカラータイマーが煽る焦燥。そのすべてを削ぎ落していく。
激しい感情に身を委ねている間、確かにダイゴは今までにない力を感じていた。いっそ心地よいほどの全能感。それに呑まれそうになっていたのではないか。
どこかで誰かの声を聞いた。
『心を強く保て。その先には孤独しかないぞ』
流れ込んでくるヴィジョン。着流し姿の侍が、そこに佇んでいた。
『光の人よ、焦る必要はない。貴殿には天賦の才がある』
──才能……? 僕に、ウルトラマンとしての才能があると言うのか。だから、僕は選ばれたと、貴方はそう言うのか……?
『ふむ。確かに貴殿はあのもう一人のウルトラマンよりも『戦う者』としての才覚に溢れている。だが、それがその力に選ばれた理由ではなかろう』
続く言葉は、どこかで聞いた言葉だった。
『光であり、人である。だから貴殿は託されたのだ』
頷いて、侍姿の男は続けた。
『目で相手を見据え、心で自分を見据えるのだ。さすれば、自ずと道筋は見えてくる』
どこか抽象的な言葉。それでも信じるに値する何か、その言葉を裏打ちする何かを侍から感じ取った。
──見据える。
平手を前に。拳を腰まで引く。相手をよく見て、同時に自分の状態を把握していく。
ムザン星人が首を伸ばす。ろくろ首を彷彿とさせる異形の姿が、今まではティガの目を惑わせていた。
──ああ。こんなに簡単なことだったのか。
浮ついていた心が、すっと地に落ちてくる感覚。今なら、ムザン星人の変則的な動きがよく視える。
手刀が強かにムザン星人のこめかみを打ち据えた。
ブレた視界が、ムザン星人の動きを鈍らせる。
「デュア!!」
顎にアッパーカットを決め、遂にムザン星人がダウンした。
今ならば、躱されることはない。ここで一気に片を付ける。
両手を伸ばし、交差させる。そして、体中からエネルギーをかき集めるように広げ、
「ゼアアアッ!!」
L字に組んで、一気に放つ。
ティガ・マルチタイプの必殺技──ゼペリオン光線が、ムザン星人の身体を吹き飛ばした。
爆発が周囲を吹き飛ばす。ここに悪辣な遊戯は終わりを迎えた。
※
山間部での戦闘だったため、人的被害は最小限で済んだ。
とはいえ、森林は荒れに荒ている。TPC環境部の指導の元、今後再生活動がなされるのだろうが、その道筋は決して短いものではないだろう。
戦って終わり、ということは無い。特にGUTSにとっては今回、本来の設立目的であった地球外生命体との接触の機会を得ることができた貴重な一例となった。
保護されたルシアとザラはこれから、ダイブハンガー内にて治療を受けるらしい。回復してからのことはまだ決定されていないが、TPC内部では気が早いことに二人を外部顧問という形で招き入れる計画が挙がっているのだとか。勿論、二人が希望するならばだが。
地球人類と宇宙人が平和的なコミュニケーションをとった最初のケースになってくれれば、とルシアとザラを取り巻く環境を多くの関係者たちが温かくも慎重に見守っている。
「うむ。やはり、愛する者同士は一緒にいることが一番であるからな」
うむうむ、と機嫌よく頷くこの幽霊侍も、彼らを見守るうちの一人だった。
「良かったのか。ザラについていかなくて」
「愛する男女の間に割り込むような野暮天ではないつもりだ」
景竜は、そう言ってニヒルに笑って見せた。
「何より、やるべきことができたのでな」
「やるべきこと?」
問えば、景竜は当然とばかりにこう答えた。
「拙者、貴殿を鍛えることにした」
「は?」
「先の戦い。あの度胸こそ見事であるが、剣技の冴えは二流どころか三流よ。これは拙者自ら鍛えてやらねば、と思い立ったわけだ」
「は?」
「幽霊の身の上であるが、まあ、暫くの間よろしく頼むぞ」
わっはっはー、と侍姿の男はそう快活に笑うのだった。
「あ、しばらくはあの眼鏡の坊主にとり憑くからよろしく頼む」
こうして理不尽の塊みたいな男(故人)が押しかけで仲間に加わったのだ。
キリノよ、安らかに眠れ。